連載
〈 この連載・企画は… 〉
老舗ホテルの廃業や公共施設の赤字をかかえ、窮地に追い込まれる
温泉街の事例は全国にあります。山口県長門市では星野リゾートとタッグを組み、
〈長門湯本温泉観光まちづくり計画〉を基にした“新しい方法”で温泉街を再生する事業を進めています。
コロカルではその試みをルポしていきます。
writer profile
Akiko Nokata
のかたあきこ
旅ジャーナリスト、まちづくり人案内人、温泉ソムリエアンバサダー。旅行雑誌の編集記者を経て2002年に独立。全国で素敵に輝く〈まち、ひと、温泉、宿〉を見つけ出し、雑誌などで聞き書き紹介。旅館本の編集長。テレビ東京『ソロモン流』出演後、宿番組レギュラーも。本連載では撮影にも挑戦! 東京在住の博多っ子。
http://nokainu.com/
credit
撮影:長門市、のかたあきこ
「人気温泉地ランキングで全国トップ10を目指しましょう。
今は86位でも、長門湯本のよさを表現した温泉街を
みなさんとつくることができたら、
トップ10入りは決して無理ではないと考えます」
2016年6月に開かれた「長門湯本温泉マスタープランの策定に関わる最終報告会」で、
星野リゾートの代表・星野佳路さんは地域住民に説明を始めた。
山口県長門市が星野リゾートと協同して
〈長門湯本温泉観光まちづくり計画〉を行っていることは、
前回紹介した通りだ。
星野リゾートは市から委託を受けて、
そのベースとなるマスタープランを半年の調査を経て策定。その発表を星野さんは続ける。
「マスタープランはすべてがトップ10に貢献する内容で、それ以外のことは揃えていません。
温泉街再生に必要な要素として6項目をあげていますが、
『これはダメだ、この項目は嫌だ』ということになると、順位を落とすことになります。
みなさんの協力ですべて妥協せずにできたら、
私たちはトップ10に必ずや入れるはずです」
〈温泉街再生に必要な6つの要素〉としてあげられたのが、
1.外湯 2.食べ歩き 3.文化体験 4.回遊性 5.絵になる場所 6.休む佇む空間 だ。
これまでのホテル運営経験や知見を生かし、
また全国の人気温泉地を調査して、導き出したものだという。
この時、人気温泉地として紹介された上位15位は以下である
(観光経済新聞社『にっぽんの温泉100選 2015』発表)。
1位から草津温泉(群馬県)、由布院温泉(大分県)、下呂温泉(岐阜県)、
別府温泉(大分県)、有馬温泉(兵庫県)、登別温泉(北海道)、
黒川温泉(熊本県)、指宿温泉(鹿児島県)、道後温泉(愛媛県)、
10位は城崎温泉(兵庫県)。11位は高山温泉(岐阜県)、
箱根温泉郷(神奈川県)、和倉温泉(石川県)、伊香保温泉(群馬県)、
15位は玉造温泉(島根県)
人気温泉地は大きく以下の3つのタイプに分けられるといい、
1.自然から与えられた資源で人が集まる
2.すぐにつくれない歴史遺産で人が集まる
3.自然を生かしながら魅力的な温泉街で人を集める
長門湯本温泉はタイプ3の
「自然を生かしながら魅力的な温泉街で人を集める」にあてはまり、
そのよさを見直したうえで温泉街をリノベーションしていこうという
戦略の方向性が示された。
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星野さんは説明する。
「温泉街の真ん中を川が流れ、まわりに温泉旅館が建ち並び、
すてきな橋が架かり、中心に公衆浴場の恩湯(おんとう)がある。
景観はよく、川遊びなど親水性も高い。
水と滞在できる場所をテーマにして、
外に出て歩きたくなる視点をマスタープランに盛り込みました。
温泉街には提灯の明かりが灯されるなど、
夜も歩きたくなる演出が加わります」
配置計画図を見ると、川沿いの公衆浴場そばにあった駐車場は、
高台の国道沿いに移設される。
その新しい駐車場から温泉街までは長い階段が新設され、
日中は竹林の爽やかな色彩が、夜は美しいライティングが景観を盛り上げる。
階段は中心街の公衆浴場や広場へと続き、
一部は川までのびていて水と気軽に触れ合える。
長門市の経済観光部理事を当時務めていた木村隼斗さんは、
「マイナスをプラスにする、いい案だと思いました。例えば高低差の活用。
国道から川沿いの温泉街までは高低差があります。
マスタープランでは象徴的な階段を温泉街の中央に持ってきて、
国道側の利便性と谷間の静けさをうまくつないでいる。
川沿いの温泉街をしっかり光らせる配慮を感じました」と話す。
賑わいの中心にあるのは、自噴する温泉をたたえる公衆浴場の恩湯だ。
室町時代開湯の歴史あるいで湯で、これまでも温泉街のシンボルであり、
これからも大切な存在である。
入浴料は200円で地域の憩いの場ではあったが、
年間数千万円の赤字が続き、老朽化も指摘され、地域の長年の課題ではあった。
公設公営だった恩湯は、このたびのリノベーションをきっかけに建て替えられ、
民営化されることになった。
星野さんの言葉を借りると、「顧客満足と利益を両立させること」が
一層求められる施設として生まれ変わる。
恩湯の新たな運営に関しては、あらためて紹介の回を設けたいと思う。
算定によると、人気温泉地トップ10に向けての計画が達成された際、
年間宿泊者数に換算すれば
現状の18万人から33万人と期待され(2031年を目標)、
経済波及効果は年間200億円が見込める。
それは継続的な魅力づくりが生まれる好循環となる。
星野さんは「トップ10入りは時間がかかるだろうが、
決して夢物語ではありません」と、
自分もまわりも鼓舞するような話ぶりで報告を終えた。
最終報告会の後、長門市の大西倉雄市長は、
「トップ10入りという高い目標には驚いたが、
それくらいの覚悟でやらなければ再生はできない。
計画の実現は、行政だけでなく、地域のみなさんの協力が不可欠。
具現化に向けてしっかりと検討していきたい」とコメントをしている。
このマスタープランをベースにして、
長門市は2016年8月に〈長門湯本温泉観光まちづくり計画〉を策定。
計画のサブタイトルに、
“地域のタカラ、地域のチカラで 湯ノベーション”が付けられた。
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この日提案されたスケジュールでは、
2019年までに温泉街散策ができる環境づくりや駐車場・遊歩道などの
整備を行い、旅館の開業も目指す。
そして2021年にはマスタープランで示した
すべての施設整備を終える予定になっている。
トップ10という明確な目標を設定した背景には、
星野さんのこのような考えがある。
「マスタープランの大きな役目として
“まちづくりの成果とは何か”を明確にするというのがあります。
具体的な目標もそのためです。
組織論では“ビジョンを掲げる”と言いますが、
利害が異なる人たちがひとつの計画に沿って活動するには、
わかりやすい目標が必要なのです。
みんなが憧れる将来像を設定して共有していないと、
途中の道のりは大変だから嫌になってしまいます」
これらは星野さんが監訳を務めてリニューアルされた
『〈新版〉1分間エンパワーメント 社員の力で最高のチームをつくる』
(ダイヤモンド社)に詳しい。
本書には、“正確な情報共有/説得力のあるビジョンを設定する/
自律的な働き方を促す/全員が経営者意識を持って行動する/
困難に遭遇することを覚悟しておく/
すぐに成果が得られる感覚がなくても内容を信じて継続していく……”
といったチームづくりのアドバイスが、ストーリー仕立てで展開されている。
それはメディアでもよく取り上げられている
星野リゾートの“フラットな組織文化”を彷彿とさせる。
長門湯本温泉の魅力を、
「川との親水性がこれほどある温泉街は貴重だ」と星野さんは語る。
音信(おとずれ)川は子どもにとっては遊び場であり、大人にとっては憩いの場所である。
今回提案された川床文化はもともと長門湯本にあり、
年配者に聞くと「置き座」と呼んでいたという。
“長門湯本らしさ”のヒントは、
地域の記憶の中にたくさん眠っているようだ。
その土地、その季節にしか味わえないものこそ、“地域らしさ”であり、旅へと誘う原動力になる。
この場所にいる喜びを感じること、それこそが旅の醍醐味だろう。
星野さんに“地域らしさ”を意識した原点についてうかがうと、
創業の地である「長野県軽井沢町」との答えが返ってきた。
それは中軽井沢の地にある星野エリアと呼ばれるところだ。
ここには外湯である〈トンボの湯〉を中心にして、
〈ハルニレテラス〉という飲食店街がハルニレなどの雑木林の中に点在し、
宿泊施設の〈星のや軽井沢〉や〈軽井沢ホテルブレストンコート〉があり、
全体を見守るように国設の〈野鳥の森〉が広がる。
その森は「ピッキオ」というプロのネイチャーガイド集団が、
軽井沢の野生動物ウォッチングツアーとして、有料案内することで成り立っている。
星野さんは、こう振り返る。
「自然と一体となった生活空間のようなものを、
ハルニレテラスからトンボの湯へと続くエリアでつくりたいと考えました。
軽井沢とは何かを表現していける場所の構想は、
2005年に〈星のや軽井沢〉が誕生する10年ほど前からありました。
そう思い始めたのは、軽井沢のイメージを
“ショッピングのまち”と答える旅行者が多くなったからです。
かつて旧軽井沢を歩くことで得られた、
自然と共にある高級別荘地の雰囲気をどこかに残していきたいと思ったのです」
星野さんは最後にこう締めくくった。
「長門湯本の若い方たちがまず、
マスタープランというひとつの目標に対して共感してくれた。
すごく前向きに捉えてもらえて、通じ合えた気がしました。
今後も推進会議をはじめ協力していきますし、目標を達成するために、
星野リゾートもすてきな温泉旅館をつくって、しっかりと集客していきます。
もうひとつお手伝いできることと言えば、海外への情報発信です。
うちはそのインフラを抱えていますから、
インバウンドを呼び込むための活動をして地域に貢献していきたいと思います」
とはいえ、このマスタープラン。
最終報告の段階では、具体的なプロジェクトメンバーは示されていなかった。
現場に入って日々根気よく、地域をまとめて動かしていける人はいるのか。
またハード面では温泉街の工事に関して、役割分担はどうなっているのか。
どの部分を行政が行い、どこを民間企業に任せるのか。
「行政が勝手に始めたことだから、
行政がすべてやってくれる」という非協力的な声が地域にないわけではない。
計画は完成し、明確な目標もできた。
外湯、食べ歩き、回遊性……、トップ10……、
誰がどう実行していくのか?
次回はチーム構成について取材していく。
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