連載
posted:2018.4.26 from:東京都港区 genre:ものづくり / アート・デザイン・建築
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
〈貝印 × コロカル〉第6シーズンは、貝印株式会社の商品開発・デザインスタッフが、
コロカル編集チームとともに未来志向のクリエイターを訪ね、
クリエイターのフィロソフィーやビジネススキームを学びます。
未来的なクリエイティブとは何か? という問いへの「解体新書」を目指す企画です。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:岩本良介
取材冒頭、〈貝印〉が製造している商品点数を尋ね、
「もし僕が貝印さんからリブランディングを依頼されたら、
半分くらいの点数にするかもしれませんね」とアイデアを話す
〈エイトブランディングデザイン〉代表の西澤明洋さん。
自身でもイベントでファシリテーションをしたり、
雑誌連載や書籍でインタビューをしていることもあり、人に話を聞くのが好きな性分。
西澤さんのもとを訪れた〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚淳さんは、
いきなり逆質問をされた格好だ。
社名に掲げているように、ブランディングデザインの専門家である西澤さん。
そもそもブランディングの本質を、
企業側もデザイナー側も、正しく理解していないことが多いという話から始まった。
「どちらかというと、日本の経営者はマーケティングを学び、
マーケティング視点でものごとを考える人が多い。マーケティングは“売るゲーム”。
どうやって売るかという方法論なので、
経営のゴールを売ることに設定してしまいがちです。
しかしブランディングの本質は、売ることではなく“伝えること”です」
どの企業も情報を提供し、ユーザーに伝えているはず。
西澤さんの考えるブランディングのなかで「伝える」、
そして「伝わっている」とはどういう状態を指すのか。
「伝言ゲームのように、どんどん伝播していくことが理想です。
それが起こらないような情報設計やデザインでは、
ブランディングできていないといえます。
組織自体がブランディングを正しく理解していないと、
途中からなんとなくマーケティング思考になっていって、
短期的な売り上げ増加のみを目標として
プロジェクトが途中で終わってしまうなんてことが多々ありますね」
西澤さんの言う「伝言デーム」を〈COEDOビール〉の例で見ていこう。
エイトブランディングデザインが、2005年からブランディングデザインを手がける
埼玉県川越市にあるクラフトビールメーカーだ。
ビールとして大切なのはもちろん、おいしいこと。
しかしそれだけでは、伝言ゲームは起こらないという。大切なのは、物語や背景だ。
「COEDOビールは日本のクラフトビールのパイオニアです。
既存のビールとの違いやCOEDOがビールづくりで大切にしている
クラフトマンシップについて朝霧重治社長ととことん話し合いました。
そしてそこから “BEER BEAUTIFUL”というコンセプトが生まれました。
ここから伝言ゲームが始まります。
コアなファン層になると、ただ『おいしいよ』というだけでなく、
背景やコンセプトを理解して話してもらうことができます。
最初の100人が1000人に、そして1万人にと、
ただ『おいしい』というだけではない伝わり方をする。
これがブランディングデザインに必要な波及効果だと思います」
伝わっていく状態が大切だ。企業から「第一波」は可能だろう。
そこから第二波、第三波を生み出していくには、第一波のつくり込みが肝になる。
こうして効果的な波及効果が生まれると、その世界に共感して人が集まってくる。
それは買い手だけでなく、つくり手も同様。
COEDOビールには、最近、若い職人希望者がたくさん来るという。
「伝言ゲームがうまくいくと、リクルートもうまくいくようになります。
〈山形緞通〉という手織じゅうたんの会社では、
リブランディングから数年でスタッフ数が倍近くになるまでに成長しています」
雇用、求人状況まで向上すると、企業からお客様、
そしてまた企業へとフィードバックされ、1周回っていい循環が生まれるのだ。
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ブランディングデザインと聞くと、
ロゴやパッケージのデザインが仕事の中心だと思うかもしれない。
しかし西澤さんの仕事は、そのはるか上流から始まっている。
「僕がブランディングデザインと呼んでいるものは、経営の可視化です。
どういう企業戦略で、どういう商品を、どう戦略的に売っていくか。
それをデザインの力を駆使して可視化するイメージがあります」
では、実際にはどのような手段でブランディングデザインを行っているのだろうか。
西澤さんは「フォーカスRPCD®」という独自の手法を確立している。
リサーチ、プラン、コンセプト、デザインの頭文字が取られている。
どんなクライアントや案件に対しても、基本的なフローは同じだ。
「リサーチとプランのフローでは、
プロジェクトにおける決裁権を持っている人を必ず交えたワークショップ形式で、
3〜4か月かけてやります。問題解決のための情報はその会社内にあるのに、
きちんと組み立てられていない場合がほとんどですから」
ワークショップでは、宿題を出しながら進めるという。
ひとつの宿題に対して、同じ社内でも部署によって、役職によって、
少しずつ違う回答が出てくる。そこに意味がある。
「一度、プロジェクトメンバー全員に必ず経営視点に立ってもらいます。
“こうあるべきだよね”という全員が共通認識を持ったコンセプトをつくれない限り、
ブランディングデザインとは言えません。
みんなで集まって経営視点になることって、意外と盲点なんですよ」
この話に納得して、さらに貝印・大塚さんが質問する。
「企業が大きくなるほど、社員全員が必ずしも同じ方向を向いていないことも
多いですよね? しかもそれを外部がやることに弊害はありませんか?」
「 “僕はブランディングプロジェクトのなかで、
御社のデザイン部長のような働きをします”と伝えます。
デザイン部長としての立場から突っ込んだほうがいいことははっきり言いますが、
基本的に経営については経営者がリードすべきであり、
会社の方向性はトップが決めるべきです」と西澤さんは答えた。
経営に関わっていくので、経営者を巻き込み、納得してもらいながら進めることが、
ブランディングデザインの秘訣のようだ。
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ここで貝印・大塚さんから、地域ブランディングへと話が及んだ。
貝印の創業の地である岐阜県のブランディングを、より高めていきたいと考えていた。
「岐阜には伝統工芸がたくさんあり、
僕が学生のころから海外のデザイナーを登用するなどがんばっています。
これから先、貝印という地元企業として、ローカルなものづくりを定着させ、
さらに推し進めていきたいと思っているんです」(貝印・大塚さん)
「僕とも共著がある〈中川政七商店〉の13代 中川政七さんが、
『地域ブランディングというのは難しい。地域全体が盛り上がるというより、
地域の一番星をつくるのが正解』と言っています。僕も同感です。
ブランディングは平等ではありません。いかに差異化を図るか。
しかし行政は、良くも悪くも平等でなくてはなりません。
僕たちは、地域にきらっと光る何かを、
一番星にする手伝いをすることが正解だと思います」
最近は、スタッフとブランディングデザインの考え方や経営について勉強会を開催し、
〈エイトブランディングデザイン〉自体をブランディングデザインすることが
楽しいという西澤さん。そもそもブランディングデザインというものを学ぶのは難しい。
西澤さんは、大学では建築を専攻し、大学院に進んでからデザインマネジメントを学んだ。
その後、家電メーカーでプロダクトデザインを経験した後、
独立し実務の中でグラフィックデザインを学んだという。
「ブランディングデザイナー」には、そうした統合的な能力が必要だという。
「ブランディングデザイナーには、さまざまなジャンルを横断してすべる能力が必要です。
統べるとは、企画や戦略という上位概念に対して考えを及ばせることができ、
それらに1本軸を通し、デザインとして表現できるということです」
ここまではっきりとしたブランディングデザインの思考を打ち出しているのは、
珍しいのではないか。確固たるプロフェッショナリズムを感じる。
「表面的にデザインを行っていてはダメで、
戦略やコミュニケーションからデザインすることが大事だと思っています。
これだけ成熟社会になると、きめこまやかに、丁寧に設計しないと
本当の意味でのブランディングは成功しないと思います。
これからももっといいブランドをたくさんデザインしていきたいですね」
information
エイトブランディングデザイン
information
貝印株式会社
1908年、刀鍛冶の町・岐阜県関市で生まれた貝印は、刃物を中心に、調理器具、化粧小物、生活用品、医療器具まで、生活のさまざまなシーンに密着した多彩なアイテムを製造・販売。現在は、日本だけでなく、欧米やアジア諸国など世界中に製造・販売拠点を持つグローバル企業に発展しています。
http://www.kai-group.com/
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