連載
posted:2018.4.18 from:東京都 genre:ものづくり / アート・デザイン・建築
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
〈貝印 × コロカル〉第6シーズンは、貝印株式会社の商品開発・デザインスタッフが、
コロカル編集チームとともに未来志向のクリエイターを訪ね、
クリエイターのフィロソフィーやビジネススキームを学びます。
未来的なクリエイティブとは何か? という問いへの「解体新書」を目指す企画です。
editor’s profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:岩本良介
中西宣人さんが現在制作をしているオフィスは、小さいラボのようだ。
たくさんの配線やスイッチ類とともに置いてあるのは、
デジタル機器のような形をしているが、れっきとした楽器。
中西さんは、こうした電子楽器を製作している。
かつてはバンドでベーシストとして活動し、楽器デザイナーを目指したこともある
〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚淳さんは、
「音楽とデザインは常に隣り合わせだと思っていて、
それを実践されている希有な人だと思います」と感心する。
そこで楽器とサウンドのデザインについて、中西さんに話をうかがった。
中西さんが初めてつくった電子楽器は、2011年製作の〈B.O.M.B.〉(Beat Of Magic Box)。
手のひらに収まるサイズ感で、片手で音の大きさと高さと音色の3つをコントロールできる。
8つの圧力センサーを、やさしく握れば低い音が、強く握れば高い音がでる。
本体をシェイクすると楽器モードが変わるなど、
使用における最適化を目指したら、丸みを帯びた形状になった。
翌年、2012年に開発したのは〈POWDER BOX〉。
かまぼこのような半円形で、黄色、赤、オレンジなどカラーバリエーションが揃っており、
色によって音色が異なる。
圧力センサーや接触位置センサーなど、
操作部分のインターフェイスを自由に差し替えることができ、
簡単に奏法をアレンジできる。
デバイス自体を傾けることで、音量を調整することが可能だ。
〈B.O.M.B.〉も〈POWDER BOX〉も、小さくて、かわいいデザインが特徴。
「電子楽器って、かちっとしてツマミがたくさんついている、
難しそうなものが多いですよね。
プロだけではなく、誰でも気軽に親しんでもらえるようなものを目指して
デザインしました」
玩具のような、つい触りたくなるデザイン。使い方を知らなくても、触れば音は出る。
すぐに曲らしきものができあがる。
生楽器には音を出すことすら難しいものも多いし、
コードや曲を演奏するとなると、ひとつ上のテクニックが要求される。
しかし中西さんのつくる電子楽器は、より直感的だ。
「既存の楽器を真似てしまうと、ただの焼き直しになってしまうので、
その形式にとらわれすぎないよう気をつけています」
一方で、ここが課題でもある。“楽器”っぽく見えないと、楽器として認識されない。
しかし“楽器”っぽいままのデザインだと、イノベーションは起こらない。
現状、電子楽器とはこれだ、というアイコンやイメージは、まだない。
ユーザーがそれを思い浮かべられるようになるまで普及させるのには、
まだまだ時間がかかりそうだ。
「電子楽器の分野では、音の発生については、シンセサイザーなどすごく研究され、
独自性があります。
しかし、まだ演奏のためのインターフェイスとしての独自性を獲得しているとは
言えないと思います。だからこそ国内外でさまざまな電子楽器が日々開発されています」
貝印・大塚さんも、自身の仕事に関連づけて、
これからのテクノロジー活用の可能性を話す。
「たとえばエレクトリックバイオリンは、
バイオリンのイメージを崩さずにデザインされていますよね。
電子楽器という記号性はまだない。
当社が扱う商品も、これから機能として劇的に変わることはないかもしれません。
しかしテクノロジー領域のエッセンスを用いて、
新しいライフスタイルを実現できるのならば挑戦していきたいと思っているんです」
Page 2
自身が開発した楽器を使って、中西さんは実際の演奏も行っている。
楽器であるならば、演奏されなければ意味がない。
そもそも中西さんは、芸術系大学の音楽コースに進み、演奏者を志していた。
特に興味を持っていたのがセッションであった。
「楽器は演奏しないとどんなものなのかを伝えることはできないので、
なるべく人前で演奏する機会を持つようにしています。
また演奏から得ることもたくさんあります。
突き詰めていくと、足りない機能があったり、使いにくい部分があったり、
プレイヤーとしての厳しい視点も必要です」
直感的なデバイスであるとはいえ、本格的に作曲をしたり、演奏していくには、
ある程度のコツが必要になってくる。
開発者である中西さんが、その楽器のことを一番知っていることは間違いない。
「その楽器を使ってできることを示すのは、つくった人の責任。
しかし、演奏方法を規定しすぎても良くないと思っています。
人に使ってもらって、僕が思いもしなかった演奏や使い方が発見されて初めて、
電子楽器としての独自性を得ることができるのではないでしょうか」
ギターであれば、指で弾くのとピックを使って弾くのとではまったく違うし、
ギター本体を打楽器のように叩く人すらいる。使われ方は自由だ。
そうなったときに、初めて「楽器になる」のである。
「今は、LEDを光らせたりして、“少し前の未来感”をみんなで共有している感じですよね。
そこに根ざさないと、電子楽器というカテゴリーとして認識されません。
この先、珍しいものではなく、
社会に溶け込んでいるものになっていくといいと思っています。
テクノロジーを意識しないようにしたい。
より生活にとけこむようなものにできたらと」
Page 3
中西さんが、大学で学んでいたのは「情報音楽」だ。
当初は、前述のとおり、演奏家を目指していたが、
「音楽のなかの情報」ではなく「情報のなかの音楽」を勉強し始める。
大学院でも情報系に進んだ。
「最近はいわゆる“形”をつくる人も、
プログラミングなどのスキルを持っている人が多い」という貝印・大塚さん。
その理由のひとつを中西さんが答えてくれた。
「まわりの例としては、デザイナーが理工系のスキルを手に入れているというより、
理工系の人がデザインをできるようになっている例が多いかもしれません。
加えてテック系のスタートアップにデザイン系の人が入る事例も増えていますね」
小さな規模の会社でも、デザイン系と理工系が知恵を出し合って
お互いのセンスと能力を素早く融合できるようになってきている。
このふたつは、かつては分業、あるいは異なる領域だった。
そう貝印・大塚さんはいう。
「以前は、デザイナーが考えたことを、技術者に実現してもらうという流れでした。
モックがあって、“こう動く想定です”という話だったけど、今はもうモックが動きますよね。
プロトタイプのレベルが昔とは段違いに進化している。
テクノロジーが身近になったことによって、
デザイナー個人や小さな規模でもそれが実現できるようになったんですね」
さらに開発における自由度は、“オープンソース”によって広がっている。
「こういうデバイスをつくるときは、
独自性を失わないギリギリのレベルまで中身を公開して、
開発もユーザーにやってもらうような仕組みが増えています。
B to Cでユーザーのおもしろい意見を取り入れることで、
新しいビジネスが展開されていますね」
結局、技術があっても使い方次第だ。これは日本が得意とはいえなかったこと。
中西さんも、異分野のセンサーを積極的に活用している。
「2016年に〈CMG:THE CELL MUSIC GEAR〉という楽器を、
センサー開発企業の〈タッチエンス〉と共同開発しました
これに使われているセンサーは、そもそも〈タッチエンス〉が開発した
介護などのサービスロボットや、
ベッドなどの柔軟性が重要な場面に利用することを想定しているセンサーなんです。
センサーそのものが“独自の触り心地”を持っているので、
そのおもしろさを楽器として伝えることができるのではと考え、
電子楽器の共同開発に至りました」
センサーの世界は日進月歩。
中西さんも「加速度的におもしろいものが出てくるので日々チェックしています」という。
サウンドデザイナーとしても活動している中西さんは、電子楽器の音色もつくる。
どんな音色にするのか。リアルな音を聴き、音響解析などを駆使しながら創造していく。
「その楽器の象徴する音色をつくれるかどうかというのはかなり重要で、
日々悩んでいることです」と中西さんは言う。
“形”と“音”。異なる感性のようだが、これからは一緒につくりあげていく時代だ。
information
information
貝印株式会社
1908年、刀鍛冶の町・岐阜県関市で生まれた貝印は、刃物を中心に、調理器具、化粧小物、生活用品、医療器具まで、生活のさまざまなシーンに密着した多彩なアイテムを製造・販売。現在は、日本だけでなく、欧米やアジア諸国など世界中に製造・販売拠点を持つグローバル企業に発展しています。
http://www.kai-group.com/
貝印が発行する小冊子『FACT MAGAZINE』
Feature 特集記事&おすすめ記事