連載
posted:2018.5.24 from:東京都 genre:ものづくり
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
〈貝印 × コロカル〉第6シーズンは、貝印株式会社の商品開発・デザインスタッフが、
コロカル編集チームとともに未来志向のクリエイターを訪ね、
クリエイターのフィロソフィーやビジネススキームを学びます。
未来的なクリエイティブとは何か? という問いへの「解体新書」を目指す企画です。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:岩本良介
〈Orphe(オルフェ)〉という靴を見たことがあるだろうか。
ソールが七色に光るので、ダンサーやミュージシャン、アイドルのライヴ演出などで、
その靴を目にすることができる。
エンターテインメントな側面が注目されがちだが、
実はモーションセンサーやIoT技術を搭載した靴であることから、
“スマートフットウェア”としてさまざまな領域から注目されている。
発売したのは〈no new folk studio〉。
今回、そのオフィスを一緒に訪ねたのは
〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚 淳さんだ。
かつて〈貝印〉のキッチン用品をつくるプロジェクトでCEOの菊川裕也さんと知り合い、
以来、その言動が気になっていた存在だという。
キッチン用品やカミソリにも、果たしてセンサーやテクノロジーを
取り入れることができるのだろうか。開発のきっかけになるかもしれない。
〈Orphe〉はアウトソールに約100個のフルカラーLEDを備えていて、見た目に美しい。
そのうえモーションセンサーを搭載しているので、
リアルタイムで足の動きをデータ化することができる。
“スマートフットウェア”として多くの機能を収斂させていく原点には、
「楽器をつくってみたい」という発想があった。
靴の楽器化はタップダンスやフラメンコなど、過去にも存在する。
それがどうしてテクノロジー満載の〈Orphe〉にまで到達したのか。
話は〈no new folk studio〉という会社名にさかのぼる。
「folkという単語が入っています。アコースティックなイメージの言葉ですが、
“自分の出自に向き合う”という意味合いで使っています。
テクノロジーに囲まれて育った私たちにとってはそれが出自だし、
アコースティックに偏ることも不自然。
今の自分たちを表現するのに適したメディアやテクノロジーで
表現していきたいと思ったんです」
菊川さん自身、音楽活動をしていた。
そこで生まれた、音楽的な視点とテクノロジー的な視点。
その両サイドから見つめて、
テクノロジーを重ね合わせた楽器という新しい表現を求めていった。
「通常の楽器で音を奏でられるようになるには、勉強やレッスンが必要になってきます。
しかし、すでに誰もが習得しているジェスチャーを使うことができれば、
多くの人を演奏の世界に巻き込める。すでに音楽を好きな人が満足する楽器より、
そうではない人も含めたすべての人を音楽の世界に巻き込むという発想で
楽器をつくったほうが、新しいことができるのではないか」
そこで靴である。歩くという動作はほとんどの人が習得しているし、靴も履く。
まったく新しい楽器の形を考えるよりも、日常生活の動作に重ね合わせた。
使い方は簡単。スマートフォンアプリと連動させて音色を設定したら、
足の運びに合わせて音が鳴る。楽器的なドラムやベース音を鳴らすことはもちろん、
水たまりを歩いているようなピチャピチャという水の音、
蹴りを繰り出すとジャッキー・チェンさながらの効果音が鳴るカンフー設定まで!
貝印も、キッチングッズやかみそりなど日用品の製造・販売がメインだ。
だからこそ貝印・大塚さんは、日用品の未来の姿を案じている。
「私たちがつくっている製品も、家庭用品や日用品など
生活に溶け込んでいるものが多く、劇的に新しいものは生まれにくい状況です。
そこで、より多くの人が使って楽しいものにするために、
こうしたテック系技術を採用していきたいと考えています。
だから歩くという日常動作に注目されたことにとても共感しました」(貝印・大塚さん)
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〈Orphe〉は2016年9月に発売された。構想から完成までの約2年間、
数十のプロトタイプをつくりながらアップデートしていった。
コンピューター基盤をただ入れれば済むという簡単な話ではないことは、
容易に想像がつく。
「当初はコンバースのオールスターにLEDやモーションセンサーを取り付けていました。
しかし既存の靴をカスタマイズするキットを発売するよりも、
通常の靴が機能拡張されているという状態がおもしろいと思ったんです。
だからどうしてもオリジナルの靴づくりをしたかった。
最初は構造を知るために、本当に靴を分解することから始めました」
貝印・大塚さんが気になったのは、靴自体と搭載させるセンサー類、
どちらの開発に苦労したかということだ。
「本当にどちらも大変でした。
靴は、僕たちが納得いくクオリティになるまで付き合ってくれる
パートナーを見つけることが難しかった。
そもそも無茶な話ですし、実績もなければ売れる保証もない。もう体当たりでしたね。
デザイン面では、クリエーションを触発できるものにしたかったので、
誰もが創造の場に入り込めるというイメージでシンプルなものにしました」
一方、基盤類は壊れる覚悟が必要。ある程度、自分たちでがんばって開発もした。
「基盤類は、高度な処理ができるコンピューターを内蔵しなければならないし、
LEDもひとつひとつのピクセルを処理できるタイプを使い、
bluetooth通信や充電もできないといけない。
通常の靴の構造ではできないことだらけだったので、
ひとつひとつCADでソールの形をひきながら試行錯誤しました」
こうして完成した〈Orphe〉。まずはわかりやすく派手な側面が受け入れられて、
エンターテインメント領域で使用されることが多かった。
利用者の動きをアウトプットする利用法である。
しかし実は、「アウトプットもインプットもできるプラットフォームである」ことを
当初から訴えていたのだが「ビジュアルのインパクトが強過ぎて伝わらなかった」という。
「センサー値を取ることは当初からできるのですが、
大体、“光る靴”と呼ばれてしまって……。
センサーシューズであることが知られていなかったりします。
これからはむしろセンサー技術が核であるという
リブランディングをしていかないといけません」
こうして次のステップに進んだのが第2弾の〈ORPHE TRACK〉だ。
これまで靴に内蔵されていたセンサーモジュールを切り離し、
靴メーカーなどに提供できるようになった。
よりデータの取れるプラットフォームとしての比重が大きくなった。
一歩一歩のデータを正確に取れることが〈ORPHE TRACK〉の技術的な売りになる。
「靴をつくると同時に、データを活用してくれる研究者や企業などとの
関係性をつくっていくことが、私たちには重要だと気がつきました。
靴をつくることはできても、収集したデータを活用できなければ意味がありません」
その一例として最近では、“地域振興×健康”という側面からのオファーが多いという。
人がたくさん歩いているまちは、元気に見える。それをデータ化する。
「まちなかをいかに歩いてもらうかという視点での利用を考えています。
高齢者にたくさん歩いてもらえるような施策を考えるエビデンスや裏付けのために、
どのように歩いているかというデータを取リます。
“どれだけ歩き続けられるか”と“健康寿命”はほぼイコール。
歩くことと内蔵疾患や認知症には、相関関係があります。
将来的には、病気の予測や健康寿命の算定にも役に立てると思います」
特に高齢者においては、歩くことから運動能力や健康状態を導き出すことができる。
一般的な「歩く」だけでなく、
アスリートによる走る、跳ぶ、蹴るなどのデータ収集ももちろん可能。
すでに音楽やエンターテインメントの領域からは大きく飛躍し、
足の動きを「科学」しているのだ。
「最近、自分でも不思議に思っていますが、メディアアートの人と話しているよりも、
足の研究者と話しているほうが興奮してしまうんです(笑)」
こうした「出口設計」も重要だ。
アスリートの着地の足首の角度や時間、歩幅なども正確に測定でき、
それを解析してランニング指標を計算するソフトも開発しているという。
ほとんどの人が靴を履くので、「“何ができそうか”と投げかけると、
全職種の人が主体的に考えてくれます。それがすごくおもしろい」
と菊川さんが言うとおり、歩くというプリミティブな行為なだけに、
可能性はまだまだ無限に広がっている。
まちづくりの側面からも、まだまだ多くの発想が生まれそう。
歩いた場所をマッピングしたり、“まちぶら”データに音楽を当てはめたり。
LEDで足下が光っている人たちが、元気にまちを歩いている姿を想像すると、
なんとも平和な光景に思える。
「まちって生き物じゃないですか。住んでいる人によってどんどん表情が変わっていく。
だから“まち自体が楽器になったら”という発想で、
どんなことができるかなと考えているんです。その表現手段のひとつでもありますね」
やはり音楽的な思考が菊川さんの頭には浮かんでくる。
〈Orphe〉で培った技術は、
これからは靴だけでなくさまざまなものに応用していけるだろう。
それこそ〈no new folk studio〉のミッションだ。
「“日常を表現に”していきたい。
これからすべてのものにコンピューターが入って知性を持つようになるとしたら、
すべてのものが表現のためのインターフェイスになる可能性があると思っています」
これからも〈Orphe〉を中心に、
〈no new folk studio〉はどんどん機能拡張していきそうだ。
information
no new folk studio:https://no-new-folk.com/
Orphe:https://orphe.shoes/
ORPHE TRACK:https://track.orphe.shoes/
information
貝印株式会社
1908年、刀鍛冶の町・岐阜県関市で生まれた貝印は、刃物を中心に、調理器具、化粧小物、生活用品、医療器具まで、生活のさまざまなシーンに密着した多彩なアイテムを製造・販売。現在は、日本だけでなく、欧米やアジア諸国など世界中に製造・販売拠点を持つグローバル企業に発展しています。
http://www.kai-group.com/
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