連載
posted:2018.8.7 from:北海道虻田郡洞爺湖町洞爺町 genre:食・グルメ / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
writer profile
Nanae Mizushima
水島七恵
みずしまななえ●編集者。新潟生まれ。人の営みから生まれる文化全般を思考領域としながら、企画とディレクション、執筆を行う。この仕事につく原点は、音楽。最近目覚めたことは、筋トレ。私にとって編集とは、世界の見方を増やす手段だと思っています。
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photographer profile
Yayoi Arimoto
在本彌生
ありもとやよい●フォトグラファー。東京生まれ。知らない土地で、その土地特有の文化に触れるのがとても好きです。衣食住、工芸には特に興味津々で、撮影の度に刺激を受けています。近著は写真集『わたしの獣たち』(2015年、青幻舎)。
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今年、編集者である私、水島七恵は、菓子研究家の長田佳子(foodremedies)と
イラストレーターの塩川いづみとともに、〈腑〉(はらわた)というプロジェクトを始めた。
お菓子を食べておいしいと感じる心と絵を見ること、描くことで何かを受け取る心。
その心が交わる場所を、好奇心を持って探求したい。
それも普段の仕事とは違った視点とプロセスをもって、新しい風景のなかに見つけたい。
そんな3人のささやかな想いが〈腑〉を生み、
私たちは食べる・描く・編むをはじめとするさまざまな行為を通して、
心と体の同時性を探求していこうと考えた。
そんな〈腑〉の始まりの場所は、北海道・洞爺湖町。
きっかけは洞爺湖畔にあるまちの商店、〈toita〉の店主・高野知子さんと
長田の交流だった。
以前〈toita〉で行われたイベントに参加した長田は、洞爺湖のある風景と、
そこで出会った人たちの営みに、感銘を受けていた。
「いづみさんと七恵さんにも洞爺の景色をまず見てほしい」
長田の意思に塩川と私は導かれながら、
「お菓子と絵を通して見えてくる洞爺の景色とは何か」を自然と考えるようになった。
つまり〈腑〉は、洞爺を想う過程で生まれたプロジェクトでもある。
「最初、〈腑〉のテーマをうかがったとき、
かなり攻めてきたな〜という印象を持ちました(笑)。
けれどもともと私自身が人間の探究に興味を持っていたこともあって、
これはおもしろいことになるんだろうなって。
〈腑〉という名のもと、3人は洞爺湖町という素材を
どのように扱ってテーマに落とし込んでいくのか、非常に興味深く思いました」
当時のことをこう振り返る知子さんは、〈腑〉の心強い伴走者でもある。
知子さんに協力いただきながら、
やがて私たちは『食とドローイング』をテーマにすえて、
洞爺に自生する植物を使った「たたき染め」のワークショップを行いたいと考えた。
それに自生する植物や食材は、お菓子の材料となり、絵の具にもなる。
こうして〈腑〉の初の試みとなる『食とドローイング』が、
5月27日、〈toita〉が運営するイベントスペース〈toitaウラ〉で行われることになった。
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5月24日、長田と塩川と私は北海道大学植物園で落ち合った。
JR札幌駅から徒歩約10分の距離にあるこの植物園は、
道内の自生植物を中心に約4000種類の植物を育成しながら、
展示、研究、種の保存を行なっている。賑やかなまちの中心部に、
そっと佇む緑のオアシスのような植物園。
古くから北方民族が暮らしの中で利用してきた自生植物の分類と効能を知るにつれて、
まるで北海道の原始の姿を垣間見るような気持ちになった。
この植物園から私たち3人の、〈腑〉のためのフィールドワークは始まった。
午後にはバスを利用して、札幌から約2時間かけて洞爺湖町へと向かう。
とうや水の駅に到着後、知子さんを始め、
〈toita〉に隣接するパン屋〈ラムヤート〉のオーナー、今野満寿喜さん一家が
私たちを出迎えてくれた。
〈toita〉は満寿喜さんと知子さんがオープンさせた店だ。
もともと札幌で働いていたという知子さんは、
満寿喜さんに誘われたことをきっかけに洞爺湖町に移住。
しばらく今野家に居候した後、〈toita〉をオープンした。
〈ラムヤート〉と〈toita〉は、灯台のように洞爺湖町を照らしている。
手づくりの石窯で焼かれたラムヤートのパンは、
自家製酵母や地元農園産の全粒粉、玄米粉を用いたこだわりのパンだ。
そのパンを求めて道外からも人が訪れる。一方の〈toita〉は、良質な調味料、
地元のお野菜、珈琲、ジャムなどが充実。〈toita〉と関わりのある作家の作品も並ぶ。
ふたつの店の軒先では、満寿喜さんの息子と娘のゆうらくんととわちゃん、
近所の子どもたちが元気に動き回っている。
その微笑ましい時間はゆっくりと流れていき、
目と鼻の先の場所に悠然と佇む洞爺湖は、暗闇に包まれていった。
翌25日。私たちは知子さんの案内のもと、
洞爺湖町から隣町の伊達市までを巡るフィールドワークに出かけた。
アイヌの伝承に登場する小人、コロポックルや熊を手彫りする木彫り職人を訪ねたり、
遊覧船に乗って、洞爺湖にぽっかりと浮かぶ大島へも上陸した。
その後移動した伊達市では、有珠周辺を始め、
国内外の貝の標本その数5万点を有する私設博物館、
〈有珠アルトリ海岸ネイチャーハウス〉にもお邪魔して、
貝から見える世界の入り口を感じた。
最後は以前、知子さんからうかがって気になっていたジョン・バチラーの記念堂教会へ。
丸い窓と白い十字架が目を引くこの教会で、
英国出身でアイヌの父と慕われた宣教師、バチラーの生き様と心意気を垣間見た。
密度の濃い時間はあっという間に過ぎる。夜も深まった頃には、
ミュージシャンOLAibiのAIさん一家がラムヤートに到着した。
26日の夜、〈toitaウラ〉にて「旅する音物語の音楽会 『みみはわす』」を行うためだ。
約5年の歳月を経てリリースされた
OLAibiのニューアルバム、『みみはわす』を携えてのライブ。
塩川はジャケットのイラストレーションを手がけた縁もあり、
ライブドローイングというかたちでこの音楽会に参加することになっていた。
翌26日の夜。洞窟のような暗闇空間の〈toitaウラ〉には、
溢れそうなほどの観客で埋まっている。音楽会が始まった。
静寂のなか、耳元でささやかれるようなOLAibiの音色。
それは遺伝子がざわめくような不思議な音色だ。
塩川はOLAibiの音色に呼応するかのように、柿渋液と墨液を使い分けながら、
過去と現在、男と女、陰陽を内包した洞爺湖を描いた。
翌27日。濃密なフィールドワークを経て、いよいよ私たちのイベント、
『食とドローイング』の本番の日。
塩川は、知子さんや地元の人たちとたたき染めのワークショップで使う
植物の採集へ出かけた。
クルマバソウ、クローバー、ノコギリソウ、ヨモギ、タンポポ、ヒトリシズカ……。
青々とした植物たちが日光に照らされて輝いている。
一方の長田は早朝からお菓子の準備を始める。
それは長田にとって、大きなチャレンジでもあった。
そもそもお菓子は、料理とは異なり緻密に計量することでしか近づけない完成度がある。
でもこの〈腑〉で大切にしたことは、その土地の声を聞きながら、柔軟につくること。
緻密な計量はしない。素材もできる限りその土地のもので。
長田は塩川とひとつの絵の具のパレットを分け合うように植物と、
甘みの代わりにスパイスなどを使ったお菓子と、
クルマバソウとスパイスをブレンドしたお茶を用意した。
やがて会場には参加者の皆さんが集った。
会場中央に置かれたテーブルを囲むように着席してもらい、たたき染めの時間へ。
籠に入った植物やビーツなどの食材をひとつひとつ吟味しながら、
好きなものを手に取って、石で叩く。
とんとんとん。会場に響く音がなんとも心地良い。
「ビーツはそのままのきれいな赤ピンク色をしている」、
「緑色していたのに叩いたら、茶色になった」など、色の変化に驚いたり、喜んだり。
その合間に、お菓子を口に含みながら、体にもその「色」を取り入れる。
それはまさに〈腑〉の時間だった。
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2部制で行ったワークショップの最後は、お話会をそれぞれ敢行した。
満寿喜さん、知子さん、参加の皆さん、私たち3人で
ワークショップの感想に始まり、お菓子のレシピにまつわるエピソード、
洞爺に自生する植物のことなど、ざっくばらんに話し合う。
「植物や野菜の色を、日常のなかで意図的に見つけて
取り入れようとすることがないので、このワークショップは僕にとって新鮮でした。
僕は山が好きでよく山に入るんですけど、
ふと気づくといつの間にか服が汚れるんですね。
植物や土に服が擦れて。それでこれは何の色だろう? って
いつも思っていたんですけど、このワークショップを通じて、
山に入る時の感じ方が変わりそうです」(満寿喜さん)
「見た目は茶色く、煮汁も茶色い玉ねぎの皮は、布に移すと鮮やかな黄色になりました。
それを見た瞬間、玉ねぎが秘めている部分を覗いてしまったような気持ちになって、
ドキドキしました。
また、植物をたたく石は友人や子どもたちと一緒に洞爺湖畔や海辺で拾ったんですが、
拾う石にも個性が出ておもしろかったです。
なんだか自然を通して、それぞれが見ている世界を語り合ったような気がします。
それに今まで緑一色に見ていた洞爺湖畔の植物にも、
実は繊細なグラデーションがあることに気づかされました」(知子さん)
「今日の午前中は畑で芋を植えていたんですけど、
植えている側で草が生えていたので、その草を無造作にぽいっと抜き取ったんです。
でも、午後になってこのワークショップに参加していると、
急にあの抜き取ってしまった草が気になり始めました。
もう少し丁寧に扱ってあげたらよかったなって。
それこそ、たたき染めにしたらどんな色が出るのでしょう。
植物はどれも愛おしいものなんですね」(50代・女性)
「植物をたたいたときに匂う、なんともいえない自然の匂いに体が喜んでいました。
ビーツは体にいい、貧血に効くと言われていますけど、
たたき染めをしても同じ赤ピンクに染まっていて、
ああやっぱり恵みの赤なんだなってつくづく感じました。
その恵みの赤をお菓子でも取り入れる。
身体の外側と内側がつながっていくのを感じられた気がします」(30代・女性)
出会う人、そこに在る営み、文化に対して五感を開きながら、
多くの人たちと一緒に〈腑〉を感じたい。
私たち3人が〈腑〉ではなく、現場で起きる現象そのものを〈腑〉と呼ぶような
取り組みにしたい。そんな風に願っていたけれど、
実際はそう願うことがおこがましいくらい、参加者の皆さんは、それぞれにわかっている。
「小さい頃から今この瞬間の自分の意識というものが、
ものすごく不思議でたまらなかったんです。五感ってなんだろう? と。
そのせいか今でもずっと、ふわふわと夢の中にいるような感覚があって、
すべてにおいて現実感がないんです(笑)。
そしてこの不思議は、自分が生きているあいだには
絶対理解することはできないんだろうなあと思っているんですが、
そうなると自分の子どもに託すしかない。
だから託す想いでいつも子どもに接しているんですが、
そのときに子どもにとって一番良い教材とは何かを考えると、
この社会で生き生きと自分の仕事、活動、暮らしを
探求している大人に出会ってもらうことだなって。
今回、本当に良い体験、良い出会いができました」(満寿喜さん)
「自分を取り囲む植物と向き合い、体の中に入れるという同時性は、
世界との循環と広がりを感じました。『食とドローイング』は自分の感覚を開くことなのでは?
と、私なりに腑に落ちました。
答えはひとつではなく、それぞれの中にあると思います。
そしてそれでいいんだと思います」(知子さん)
自分の体を通して触れた匂い、色、味、形は、新しい風景を見せてくれる。
これからも、〈腑〉という窓を通して、その風景に出会いたいと思う。
その土地で出会った人たちと共に。洞爺湖町の皆さん、参加してくださった皆さん、
本当にありがとうございました。またいつか、洞爺で。
information
腑
はらわた
2018年foodremedies(菓子研究家・長田佳子)、塩川いづみ(イラストレーター)、水島七恵(編集者)が立ち上げた腑は、食べる、描く、編む、をはじめとする人のさまざまな行為を通して、心と体の同時性を探求していくプロジェクト。同年5月27日(日)、第1回目の企画となる「食とドローイング」を北海道・洞爺村のtoitaウラにて開催。現在は第2回目の企画を思案中。活動の最新情報はinstagram(@harawata2018)にて随時お知らせしている。
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