連載
posted:2018.11.13 from:大分県別府市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
writer profile
Yuri Shirasaka
白坂由里
しらさか・ゆり●神奈川県生まれ、小学生時代は札幌で育ち、自然のなかで遊びながら、ラジオで音楽をエアチェックしたり、学級新聞を自主的に発行したり、自由な土地柄の影響を受ける。映画館でのバイト経験などから、アート作品体験後の観客の変化に関心がある。現在は千葉県のヤンキー漫画で知られるまちに住む。『WEEKLYぴあ』を経て、97年からアートを中心にライターとして活動。
アートって意外に身近にあるもの。
あなたのまちにも、きっともっと気軽にアートや
アーティストに出会える場所があるはず。
そんなまちのアートスペースやオルタナティヴスペースを訪ねます。
観光スポットだけでなく、住宅街の中にも銭湯が点在する
世界有数の温泉地、大分県別府市。
そこには、近所の銭湯に入りに行くくらい身近になったアートの場、
戦後すぐに建てられた旧下宿アパートをレジデンス(滞在制作)施設として活用した
〈清島アパート〉がある。
大分出身のアーティストである山出淳也さんが代表理事を務め、
アートによるまちづくりを実行するNPO法人〈BEPPU PROJECT〉が、
〈別府現代芸術フェスティバル 混浴温泉世界〉の会場のひとつとして使い、
芸術祭終了後も、アーティスト支援の一環として運営。
活動は住人たちの自治で行われている。
これまでに、現在も活躍中の眞島竜男さん、蛭子未央さん、関川航平さん、
落語家の月亭太遊さんなどが入居してきた。
清島アパートは3棟22室の1階がアトリエで、2階が居住スペース。
アーティストやクリエイターが居住・制作を始めてから10年目の今秋、
『清島アパート10周年展』が開催されている。
毎秋開催される市民文化祭〈ベップ・アート・マンス〉(混浴温泉世界実行委員会主催)
で恒例のオープン・アトリエに加え、10周年に向けたメッセージを募集展示している。
今秋は、大分県各地で「国民文化祭 全国障害者芸術・文化祭『おおいた大茶会』」が
開催されており、その別府市内のプログラムのひとつともなっていて賑やかだ。
取材は4月と10月の2回にわたり行った。
まずは、立ち上げ時から住み続けている勝正光さんへのインタビューをもとに、
これまでの経緯から振り返ってみたい。
2009年4月11日~6月14日、別府のまちを舞台とした国際芸術祭
〈別府現代芸術フェスティバル 混浴温泉世界〉の第1回目が開かれた。
前年の2008年から市街地調査が始まり、
清島アパートが国内作家の会場のひとつになる。
勝正光さんが、日本列島を旅しながら制作するアーティスト、
遠藤一郎さんの「未来へ号」に同乗し、東京から別府にやってきたのは2009年3月。
作家の村上隆さんが主催する現代美術の祭典『GEISAI#10』で銅賞を受賞し、
村上さんに同行して海外のアートフェアに出品するなど順風満帆に見えた若き頃。
勝さん自身は、そうしたコンテンポラリーアートの王道が
それまでの生活とあまりにも違う世界だと感じ、
「日常生活の延長上で表現を考えたい」と思い悩んでいた。
そんな時期に行われたグループ展『わくわく混浴アパートメント』には、
各地から124組のアーティストが集結。まさに「混浴」状態の展示となった。
「ご高齢だった清島アパートの家主の石丸麗子さんが、
最初は杖をついて両脇を抱えられて出てきたのに、
芸術祭の間に元気になってきたんですよ。
寝たきりの旦那さんを車椅子に乗せて訪ねてきてくださったこともありました。
そういう姿を見てようやくアートの可能性を感じることができたんです」
こうして芸術祭終了後も、石丸さんから
「活動を続けてほしい、若い人が集まると地域に活気が生まれるから」と求められ、
亡くなるときも遺言でBEPPU PROJECTにアパートが託された。
こうして、光熱費やインターネット接続料を含み月1万円という格安の家賃で、
アーティスト・イン・レジデンス(滞在制作)施設として存続してきた。
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清島アパートのある末広町は、再開発前には歌人・画家・文人などが集う
文化サロン、映画館やスケートリンクなどもある中心街だった。
アパートの近くには紙屋温泉があり、かつての風情をいまも残す。
「もともとここにあったアパートなので、僕らが近所づき合いをしていれば
人が訪ねてきて、地域と地続きになれるんじゃないかと。
展覧会のない間も、祭りやバーベキュー大会、修道院での演劇祭、
児童館で絵画教室など、企画から参加していきました。
僕が大阪出身なので、お好み焼きをふるまったりもしましたね」
大分市に本店を持つ老舗デパート〈トキハ〉からは、
創業時と現在の姿を描くという広告の仕事を依頼される。
その作品は「大分合同新聞社広告賞」の金賞を受賞。
創業祭の紙袋にもデザインされた。
鉛筆画を得意とする勝さんは、地域の人々に求められ、
1000人近いポートレートを描いてきた。
人を描くことで別府をデッサンするような気持ちだった。
「これは、別府最後の流しといわれたアコーディオン弾きの文ちゃん。
300曲くらいレパートリーがあり、みんなを楽しませて亡くなった。
路地裏散策のプログラムなどをつくってまちづくりに尽力している平野さん。
藤田嗣治のモデルになったことがあるという女性を、
そのご子息から写真を借りて描いたこともあります」
10月の再取材時にも、トキハの催事で似顔絵を描いていた。
絵はあげてしまうので、手元に残るのは写真やコピーのみ。
思えば損得勘定のない壮大なプロジェクトである。
別府に住んで9年。どんなところが勝さんを惹きつけるのか。
「別府の人々のコミュニティ力、コミュニケーション力に惚れてしまったんですよね。
例えば、別府では“あつ湯”(熱い湯)に水で冷ましながら入るんですけど、
外国の方が入ってきたら、地元のおじさんが
『そっちあちぃけん、こっちはいりよっちゃ』と言う。
でも意味がわからないので、また『あつっ』ってなる。
『だけん、そっちあちぃけん、こっちはいりよっちゃ』と繰り返す。
そのうち通じてくると、おじさんたちが自然に役割分担して
『英語わからんけん。どっからきた?』と聞き出して。
最後には『まあじゃあ楽しんでいけよ』と打ち解けて別れる(笑)。
幼いときから裸のつきあいが日常にある “温泉ネイティブ”だからかもしれませんが、
国籍や立場など人の属性に関係なく、『まあ風呂入れよ』みたいな感じで、
どんな人でも迎え入れる懐の深さがあるんです」
また、作品に対して構えたところがなく、思いがけないリアクションが、
それまでにないパワーを生むこともある。
「毎日のように清島アパートに顔を出してくれる方は
好奇心が旺盛で、自分でもなにかつくっちゃう」
そのようなノリを別府の先進性として吸収し、
まずは身近なご近所から友好関係を築いてきた。
今年から、土地と美術の関係をテーマに新たにリサーチを進め、
100枚の連作を描くプロジェクトを実行し、外へ発信しようとしている。
『清島アパート10周年記念展』では、その1枚目を展示している。
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アパートの入居者は、2010年から毎年公募と更新によって
BEPPU PROJECTで選考されてきた。
今年度は、勝さんのほか、飯島剛哉さん、泉イネさん、アイザック・イマニュエルさん、
大平由香理さん、滝口かりんさん、西松秀祐さん、福島麻梨菜さん、
安河内彩香さん、行橋智彦さんの10名が入居している。
アパートの外でも「清島アパートの者です」と言うとすぐに通じるので、
活動しやすいという。
そのうち、『清島アパート10年記念展』から4人の作家を紹介しよう。
岐阜出身の日本画家・大平由香理さんは入居して5年目。
ここを拠点に、各地の芸術祭や展覧会に参加している。
冬は寒くて夏は暑い清島アパート。トイレと台所が共有で風呂なし。
それぞれの生活リズムで動いているからいつも人の出入りがある。
「制作環境がいいとは言えないかもしれないけれど、それらひっくるめて、
たくさんの出会いとか、ここでしかできない経験がいっぱいある」
入居4年目の飯島剛哉さんは、立体の技術をパフォーマンスに置き換え、
自分と他者との経験を共有しようと試みている。
「開かれていて、空気の流れがいい。
洗濯機や台所の生活音も、僕にとっては心地いい。
隣に誰かがいて、いま何やってるのか、何を考えてるのか、すぐにわかる距離感。
ここでは物理的にも気持ち的にも半開きですね(笑)」
近所の児童館でバイトし、ワークショップも行った。
子どもたちと道で会うと「飯島さん!」と手を振ってくれる。
「旅する服屋さん メイドイン」の名で服づくりをしている行橋智彦さんは3年目。
旅をしながら、その人のための1着、その土地でしかできない服をつくっている。
車で旅に出たのは、2011年の東日本大震災がきっかけだ。
バイトをしながら映画の衣装などを制作するなかで、
自分がなにをつくりたいのかわからなくなっていた行橋さんは、
東京から宮城県石巻市でのボランティア活動に参加する。
「泥出しをした家の人が『こんなになっちゃって』と泣いたときに、
寄り添えたらよかったのですが、ああ、俺にはわからないなと思ったんですね。
想像はできるけど、それまで僕は東北に行ったことがなく、震災前の姿を知らなかった。
それでまずは旅をして自分の目でいろいろなところを見なきゃいけないと思ったんです」
旅の途中、ウェブ検索で遠藤一郎さんを知って会いに行き、「未来へ号」に乗る。
お金になるかどうかはわからないが、とにかくつくるアーティストの姿を見て、
また服をつくりたい気持ちが湧いてきた。
ファストファッションへのカウンターとして、植物染めから行ううち、
別府では温泉染めができると思いつき、清島アパートへ。
現在はストールまでできている。
人やものとの出会いを通じて、その間に起こる関係性を絵画や立体で表し、
空間化する泉イネさん。
佐渡島への旅を経て、今年、清島アパートへやってきた。
銭湯通いで、地元の人と話をしながら別府に馴染んできた泉さん。
「刺青の入ったおばちゃんがいたり、銭湯で見かけたおばあちゃんが
狭い路地の古いアパートに入っていくところを見たり。
さまざまな人生があり、どんな人でも裸になれば一緒だなと。
山出さんが最初に話してくれた、いろいろな人が温泉を通じて
一緒に生きている感じがわかってきた。
温泉を軸にしてプライベート領域の半分ずつがつながっている」
山も海もほどよい距離にあり、見守られながら自分の制作が続けられる。
まちの人たちから、温泉を中心に紡がれてきた歴史も聞いてきた。
「一遍さんが鉄輪(かんなわ)温泉の開湯の祖であるとされていて
別府の温泉の歴史は長くて深い。
また、先の大戦では、別府には遊郭があったから空襲が落ちなかったと言う人もいます。
遊郭の建物のために、天草のタイル職人がたくさん滞在していた時期があって、
その最後の職人が、別府駅西口にあるビルの岡本太郎の陶片壁画
『緑の太陽』を一緒に手がけたとも聞きました」
この数か月は竹工芸の学校へ見学に行ったり、竹細工職人の方に出会ったりして、
竹籠の編み途中をモチーフに描いている。
「竹にはいろいろな編み方があるんですが、いずれも作家性ではなく、
誰かが編み出したものが誰かに継承されてきた。
主役は自然環境で、人の記憶がそこに編みこまれていて、
その網目の中に自分がちょこっといる。
そこで何をしようか。そんな感覚になっています」
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清島アパートを運営するのは、アート体験の提供や
多様なジャンルでの創造的な問題解決を通し、
多様な価値が共存する魅力あふれる地域の実現を目指すソーシャルベンチャー、
BEPPU PROJECT。2005年に発足、翌年NPO法人化された。
清島アパート誕生のきっかけとなった
〈別府現代芸術フェスティバル 混浴温泉世界〉(2009、2012、2015年)、
毎秋開催の市民文化祭〈ベップ・アート・マンス〉(2010年から開催、今年で9回目)、
個展形式の芸術祭『in BEPPPU』(2016〈目〉、2017西野達、
2018アニッシュ・カプーア)といったフェスティバルを開催。
併せて学校などでの教育普及、地域性を生かした企画立案、
人材育成、情報発信、商品開発、ハード整備など、
行われてきたプロジェクトは大小合わせて1000を超える。
代表理事の山出淳也さんにも話をうかがった。
「創作者の移住や滞在制作を促進するため、
空き物件とアーティストをつなげる『platform』という事業を行っていて、
清島アパートはそのひとつ。
BEPPU PROJECTでは多くの事業が黒字なのですが、
清島アパートは修繕費もかかりますし、赤字事業なんです。
でも一番やりたいのはいま赤字になっている事業のほうで、
儲けにつながらなくても、アートの持つ可能性を社会的に位置づけていくことが
まずは大事だと思っています。作家が外に出れば地域との接点ができますし、
作家が制作する姿を日頃から見ていただくなかで観客の裾野が広がれば、
常識を変える変なもの、実験的・挑戦的な作品も受け入れてもらえるようになるから」
山出さん自身も若い頃に海外に出て、
ホテルとアートフェアの往復に疑問を感じていた頃、
当時賑わいを失っていた別府の温泉街で路地裏散策ツアーを始めた
という人々の創造性に感銘を受けて、故郷の大分に戻ったのだった。
「作家生活は落ち込んだり、制作が進まなかったり、前に進むことばかりじゃないから。
仲間と支え合い、一緒に考える場をつくりたかった。
それが清島アパートです。どんな作家にとっても、
滞在した時間が、未来にとって意義ある時間であってほしいと願っています」
information
清島アパート10周年展
会期:2018年10月6日(土)~11月25日(日)
会場:清島アパート(大分県別府市末広町2-27)
料金:100円(清島アパートの入場料)
http://www.beppuproject.com/news/2334
ほかに『第33回国民文化祭・おおいた2018/第18回全国障害者芸術・文化祭おおいた大会』において、BEPPU PROJECTでは『アニッシュ・カプーア IN 別府』、『KASHIMA 2018 BEPPU ARTIST IN RESIDENCE』など複数の企画を展開。
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