連載
〈 この連載・企画は… 〉
老舗ホテルの廃業や公共施設の赤字をかかえ、窮地に追い込まれる
温泉街の事例は全国にあります。山口県長門市では星野リゾートとタッグを組み、
〈長門湯本温泉観光まちづくり計画〉を基にした“新しい方法”で温泉街を再生する事業を進めています。
コロカルではその試みをルポしていきます。
text & photograph
Akiko Nokata
のかたあきこ
旅ジャーナリスト、まちづくり人案内人、温泉ソムリエアンバサダー。旅行雑誌の編集記者を経て2002年に独立。全国で素敵に輝く〈まち、ひと、温泉、宿〉を見つけ出し、雑誌などで聞き書き紹介。旅館本の編集長。テレビ東京『ソロモン流』出演後、宿番組レギュラーも。本連載では撮影にも挑戦! 東京在住の博多っ子。
http://nokainu.com
長門湯本観光まちづくりに関わるメンバーが
初めて長門市の外で話をする機会を得た5月。
そして、温泉街のリノベーションが進んでいく夏へ。
〈長門湯本温泉再生プロジェクト〉は、
ウチ(地元)とソト(他県)から新たなメンバーと専門家を加え、
新たな展開を迎えました。
早稲田大学で2018年5月30日、「早稲田まちづくりセミナー」が行われた。
配布された資料には、『官&民&地域が一気通貫で参画する地域再生
〜山口県長門湯本温泉のライブ感ある社会実験を通して〜』とある。
このイベントは、長門湯本観光まちづくりに関わるメンバーが
初めて長門市の外で話をする機会だったように思う。
公の場で実務者が登壇する、という意味で。
会場では、同プロジェクトの推進メンバーである
泉 英明さん(有限会社ハートビートプラン・代表取締役)を中心にして、
建築担当の益尾孝祐さん(株式会社アルセッド建築研究所・主任)、
照明担当の長町志穂さん(LEM空間工房・代表取締役)、
交通事業担当の片岸将広さん
(株式会社日本海コンサルタント・担当グループ長)が
来場者を前に座っていた。
司会の川原 晋さん(首都大学東京 都市環境学部観光科学科教授)も、
「観光まちづくり」という観点から本プロジェクトに関わっている。
泉さんは長門市の公募型プロポーザルを経て、
2017年4月に推進チームのリーダー(司令塔)に選出された。
「水辺のまちづくりの達人」として知られ、
水都大阪事業や、大阪の川床(かわゆか)で話題の〈北浜テラス〉、
着地型観光事業〈OSAKA旅めがね〉をはじめ、
大阪を拠点に西日本エリアの地域活性に数多く取り組んでいる。
来場者は大学関係者、まちづくり事業者、学生をはじめ、
100名ほど。星野リゾートが関わる地域再生ということで、
遠方から視察に訪れた行政職員の姿も見られた。
多くの人の関心は、「なぜ山口県の長門湯本温泉で官民による
大規模プロジェクトが行われているのか」ということだった。
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客席には経済産業省の木村隼斗さんもいた(第3回参照)。
長門市時代に〈司令塔〉を中心になって探したのが木村さんであり、
本プロジェクトの協働パートナーである、星野リゾートの石井芳明さん
(企画開発部 プロジェクトマネージャー)である。
事業計画をよりよく進められる人材を求め、全国を訪ねた。
計画されている施設の整備やプログラムを、
地元の方々とコミュニケーションを取りながら
妥協なく進められる人物。そのなかで、泉さんと出会った。
2016年秋、泉さんが長門湯本温泉のプロジェクトを知った時、
「時間がなさすぎる」とまず思ったそうだ。
そしてそのプロセスに疑問を持った。「順番が逆だろう」と。
長門市が2016年夏に策定した「長門湯本温泉観光まちづくり計画」では、
温泉街のリノベーションは3年後に一旦の完成となっている。
全国の人気温泉地ベスト10入りを目指す、とも書かれている。
そのプロセスは、市が廃業旅館の解体を行い、
跡地へ投資家(星野リゾート)を誘致し、
同時にマスタープランも依頼する。
それをもとに「長門湯本温泉観光まちづくり計画」を完成させ、
そこでは公衆浴場のリニューアルや遊休地の活用などが盛り込まれていた。
泉さんは話す。
「マスタープランづくりに、ふつう3年はかかる。
地域の担い手が現れ、その人たちの自分ごとにならないといけない。
また地域内外の良質な投資を見つけるための試行期間がいる。
最もヤバいと感じたのは、計画書には誰がどうプロジェクトを進めていくか、
顔が見えないことでした。民間主体なしの計画なんてあり得るのか、
行政がすべて行うつもりなのかと」
これまでにはない官民連携のプロセスで、
行政がスピード感を持って事業に取り組む背景には、
長門湯本温泉は長門市の未来を左右する重要な場所と考えられているからである。
タイミングを逃すと手遅れになると、市長が判断したのだ(第1回参照)。
「もしかするとこれは、まちづくりの新しいかたちかもしれないと、
前向きに考えることにしました。」と、泉さんは話を続けた。
「期限を決めて温泉街をリノベーションする。
全国から引く手数多の星野リゾートが旅館開業の投資を決めている。
プロジェクトリーダーは首長である長門市長で、
マスタープランは目標設定や将来像など魅力的だ。
主体はあえて白紙にしたと考えました。
現地を見て、地域の担い手となりうる方々と話をしてみようと思いました」
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その時、長門市で出迎えた行政職員や地域の思いに触れて、
泉さんは「これはやるしかない、やってみたい」と決心したそうだ。
「自然護岸を残して整備された川は魅力があるし、
レベルの高い旅館もある。
何より若い世代が地域に残っていることに可能性を感じました」
活躍が期待できる全国の仲間に声をかけて、
2017年4月6日の公募型プロポーザルに臨んだ。
そうして推進チームのメンバーに選ばれたのが泉さんであり、
冒頭で紹介した益尾さん、長町さん、片岸さん、川原さんであり、
ランドスケープを担当する金光弘志さん
(有限会社カネミツヒロシセッケイシツ・取締役)だ。
このメンバーで毎月のデザイン会議を行い、決定機関として、
年に4回は大西市長、星野リゾートの星野佳路代表が参加する
推進会議を実施している。
泉さんは長門湯本温泉に家を借りて、拠点の大阪と行き来している。
デザイン会議を毎月開く理由を泉さんはこう話す。
「時間がないから、実務を担いコミュニケーションできる
専門家集団をつくって、一気に密度高く、
事業をどんどん検討し進めています。
毎月通うことで、地域の若者とたくさん議論できるし、
若い世代を応援する上の世代とも交流できます。
住民の共感からまちの誇りは生まれ、それが公共空間を魅力的にします」
泉さんが司令塔に選ばれた理由を先の木村さんは、
「一緒に動けるパートナーと感じたから」と説明する。
「泉さんは最初から現場にぐっと入って、たくさん人の話を聞いて、
現実に即した提案を出してくれました。
そのまちにはそのまちなりの積み重ねがあり、
外の専門家が提案しがちな『こうあるべき』という概念だけでは動けないから」
司令塔に指名された泉さん。その場で木村さんにこう伝えたそうだ。
「近道はしたくない。
一緒に動けるメンバーをひとりでも多く地元から見つけていきたい」と。
そのため、ある要望を出した。
それは長門市で活躍している人の情報だ。
若手を中心に名前があがり、
長門湯本温泉の旅館若旦那の大谷和弘さんや伊藤就一さん、
国内外で活動する長門市出身のイラストレーター、白石慎一さん
(株式会社ファンタス・代表)や、
後に公衆浴場・恩湯(おんとう)再生の民間事業者
〈長門湯守〉のメンバーとなる青村雅子さん
(やきとりちくぜん・オーナー)などが候補にあった。
イラストレーターの白石さんはその後、
推進メンバーの一員になった。
〈長門湯本みらいプロジェクト〉のホームページを立ち上げ、
仲間の日々の活動を広く発信するほか、
パンフレットの制作などにも取り組んでいる。
また萩焼の田原さん、坂倉さんは、
2017年8月に温泉街に誕生した〈café&pottery音〉の
共同運営者(合同会社おとずれプランニング)となるなど、
今、まちづくりの中心となって活動している。
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外から来たリーダーが、
行政職員を介して地域の人とつながるプロセスである。
まずは地域の情報を把握し共有することで、
行政職員の意識改革を行う。
地域のタカラはすぐそばにあるんだよ、と気づかせるために。
そしてキーマンを見つけたら、
それぞれをつなぎサポートすることで相乗効果が生まれる。
眠っていたヤル気が表に現れ、人が動き出す。
泉さんが、つなげる場として活用しているのは
〈ながトーク〉と呼ばれるコミュニティイベントだ。
山口県下を中心に“まちをおもしろがる人”が集まる。
以前、山口県下関のまちづくり(下関中心市街地活性化協議会)で
活動していた時のイベントがベースになっている。
これに関しては、あらためて取材の機会を設けたい。
〈ながトーク〉スタート時のひとり目のゲストが、
長門湯本の空き家再生事業などに関わる木村大吾さん
(金剛住機株式会社・一級建築士)だ。
彼が地元の参加者に、地域で運営することの楽しさを説いた。
2012年から泉さんと付き合いがあるという大吾さんに聞いてみた。
「泉さんの魅力? まさに司令塔という言葉がぴったり。
メンバーのリードもフォローアップもしてくれて、
誰よりも動いて一番汗をかいている。
誰よりも一番お酒を飲んで熱く語り合っているし(笑)。
僕は会った瞬間に、『この人と一緒に仕事をしたい』と思いました。
『この人なら仮にだまされてもいいや』と感じたほどです(笑)」
司令塔のもとで実務を行う専門家集団。
それが長門湯本みらいプロジェクトの推進メンバーである。
いずれデザイン会議を見学して、
そのチーム編成を、その役割分担を、取材しようと思う。
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話を冒頭の〈早稲田まちづくりセミナー〉に戻す。
質疑応答で、客席からこんな質問があがった。
「なぜ全国数多ある温泉地で、
星野リゾートが長門湯本温泉を選んだのか、その理由を教えてください。
『市長のモチベーション』という答えだけでは納得できません。
今日の説明を聞いても、
川と温泉街にとりたてて魅力があるようには感じませんでした」
また、こんな意見もあった。
「川床を使った社会実験をはじめ、
プロジェクトチームで楽しそうにやっているのは大いに結構。
楽しそうな場に人は集まるというが、
内輪で盛りあがり過ぎるのは危険です。
それに、投資額が大きいプロジェクトなので
うまくいくのか心配です」
この “とりたてて魅力がない”と言われる温泉地。
しかしほかにはない力を持っている。
だから今、多くの人が関心を寄せ、動きだしている。
さて、その力とは何か?
次回は、温泉街で生まれ育ち、
次世代にもこの温泉地を生活の場としてつなぐべく奮闘する、
このプロジェクトの主役である旅館の若旦那を紹介する
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