淡路島・ちょぼ汁

幻の産後食を求めて。

前回に引き続き、兵庫県・淡路島よりお届けします。
今回ご紹介するのは「ちょぼ汁」です。

本題のちょぼ汁に触れる前に、ここまでの流れを少し。
神戸出張から少し足を伸ばし、淡路島へやって来ました。
市役所にご紹介いただいた地元の方を訪ね、郷土料理を教わっています。
生まれも育ちも淡路島というおふたり、河野さかゑさんと野村かよ子さん。
[ff_textlink_by_slug slug="tpc-foo-tasty-006"]前回作って頂いたのは、淡路島名物「たこ飯」と、「いびつ餅」[/ff_textlink_by_slug]です。
ほんわり優しく香るたこ飯、熱々とろ~りいびつ餅、極上の味わいでした。

今回のちょぼ汁は、私からお母さんにリクエストしたもの。
『聞き書き日本の食事』というシリーズ本があり愛読しているのですが、
その中にこんな記述がありました。

ちょぼ汁は、乳の出を良くすると言って、産婦には必ず食べさせるもの。
もち米の粉を耳たぶくらいのやわらかさに練り、
生まれた子が男の子ならひょうたん形、
女の子は俵形にする。

うーーーん、なにやら温かい、ぐっとくる。
ぜひぜひ、この郷土料理に触れてみたい。
河野さんに伺ったところ、「作れますよー」とのご返答をいただき、
今回お願いした次第。

それでは、調理室に戻ります。

ニューズドプロジェクト Part1 : リサイクルではない廃材利用、 “アップサイクル”の考え方とは?

廃材利用はものへの愛情を育む。

廃材を材料にして、新たなプロダクトをつくりだしている
NPO法人ニューズドプロジェクト。
きっかけは、母体の会社である「ケンエレファント」が、
障がい者が働く福祉施設を見学するツアーに参加したことだ。
障がい者の労働環境は、
“5000円で仕入れた材料を、バザーで5000円以下で売る”というような状況で、
1か月の給料が全国平均1万円程度。
その状況に対する疑問からスタートした活動だ。

もともとケンエレファントは、
ペットボトルなどに付いてくるノベルティを製作していた会社。
それらのものづくりのノウハウを生かして、
福祉の現場で廃材を使ったものづくりをしてみようと思い立った。

「廃材は自然と集まってきます」というのは、
ニューズドプロジェクトの青山雄二さん。
現在ではアミタホールディングスという環境コンサル会社と業務提携し、
廃材のデータを共有しているが、
“廃材を使ってほしい”というオファーが結構多いという。

「どの企業も廃材をリサイクルする努力をしています。
リサイクルは粉々にして原料に戻しますが、
もともとの素材が持つ特性が強い廃材もあります。
例えば、堅い木材とか、燃えない布とか。
材料自体に思い入れのある企業からオファーがくることが多いです」

自分たちの情熱がこもった材料だけに、
その特性を生かした活用法を見出したいという思い。
だからオファーがあると、デザイナーなどとともに、現場の見学に行く。
廃材だけを見るのではなく、
生産プロセスや産業構造や業界のスタンスなども勉強するという。

「それを確認しないと、僕たちがどういうものに落とし込んでいくべきか、
最終的なかたちが見えないのです」

例えば、あるテント生地。
東京ドームにも使われている生地で、ガラス繊維に企業秘密の特殊加工を施し、
さらにテフロンコーティングがされている。
発明されて30年。屋外で使用しても100年以上腐食しないという。
東京ドームの屋根が一度も張り替えられていないことからもわかるように、
いまだ現役だ。
そんな生地を使った「Heavy Folder/Heavy File」。
建物を守ってきた、燃えない強い素材。
次は大切な書類を守る役目を与えられた。

「minna」のデザインによる書類フォルダとファイル

デザインユニット「minna」のデザインによる書類フォルダとファイル。耐水性も高い。

例えばある木琴だった木材。当然、堅くていい音がする。
木琴として音を奏でられなくなったので、次はキッチンで音を奏でさせたい。
そしてワインオープナー「Pon」と栓抜き「Pusyu」が誕生した。

ワインオープナー「Pon」

キッチンで音を奏でるというナイスアイデア。楽譜のリピート記号が刻印されていて、何度でも使ってしまいそう。デザイナーは馬渕晃。

「After school-hanger」は、学校で座っていたイスの背板を利用したハンガー。
背板だったころから、みんな上着をかけていたことだろう。
その記憶をハンガーとしてつないだ。

MUTEのデザインによるハンガー

MUTEのデザインによるハンガー。背板のRをうまく利用している。

47都道府県のワーストを アプリで解決(したい)! 第29回:岡山

第29回:「日本一、ごはんを食べない岡山県!」

こんにちは、今回は岡山県の回です。
さっそく岡山のワーストを調べてみましょう。

日本一、お米を消費しない県(2008)

日本一、海苔を消費しない県(2010)

日本一、うつ病患者が多い県(2008)

日本一、男子がお酒を好まない県

日本一、通話中に怒って電話を切る県

ワースト少なっ!! コメった、コメった、じつにコメった……。

すいません、逆にコマらせてしまいましたね。
岡山県といえば、桃太郎で有名ですが、
きびだんごは食べても、お米はあまり食べないようです。

お米消費量をアップさせるアプリといえば、
「鼻焼肉」というアプリがよいかもしれません。

http://www.kayac.com/service/smartphone/1121

これは、特殊なアイテムを使って、
スマホから焼肉のカオリがするというすばらしいアプリなのですが、
もうちょっと別のアプローチも考えてみました。

それでは、いつものように、
アプリでワーストを解決していきましょう。

お米をみんなが食べたくなるアプリ「ライス県知事」

日本一、お米を消費しない県、
岡山のワーストを解決するアプリです。

このアプリを思いつく背景には、
世間でよくあげられる“あるあるネタ”があります。

アメリカを「米国」と表記するのはおかしい。あきらかに米よりパンの国。
ライス国務長官で、お米を推しても、ぜったいパンとかハンバーガーの国だ。
どちらかといえば、日本のほうが米国だろ?

でも、米国はもう米国なのでここはその事実を受け入れて、
岡山県民が、ライス県知事になるアプリをつくってはどうでしょうか。

「ライス県知事」は、アプリをダウンロードしたときから
ユーザーがライス県知事となり、お米を食べるたびに、
ライスポイントがアップしていきます。
名は体を表すというように、肩書きで、食べるものが変わるはずです。

海苔をよくする「ノリノリ岡山」

日本一、海苔を消費しない県ワーストを解決します。

考えてみれば、桃太郎に出てくる犬や猿やキジは、
きびだんごだけで鬼退治についてくるなんて、
そうとうノリがいいですよね。

このノリの良さをアピールしてはどうでしょうか。「ノリノリ岡山」では、
岡山県外の人の質問に岡山県人が、気軽にノリよく答えていきます。
たとえば、こんな感じに。

「鬼ヶ原という苗字なのですが、岡山にいったら退治されますか?」

「そんなことはありません。
むしろ鬼を油断させるのにうってつけなので、仲間にしてもらえるでしょう。
桃太郎 犬 鬼ヶ原さん 猿 きじ 
ぜひともチーム桃太郎のセンターを飾れるようにがんばってください!」

これで、観光客も増え、このノリで、海苔の消費量もきっと上がるはずです。
(「ホントかよ……」と思ったあなた、ノリが悪いですよ)

桃酒を飲みたくなる「桃酒リコメンダー桃ちゃん」

日本一、男子がお酒を好まない県ワーストを解決します。

個人的な思い出になりますが、私のおばあちゃんは、よくお風呂上がりに
梅酒のカンをグビッと飲んでいました。
梅酒は、コンビニでもよく見ます。でも梅酒に比べて“桃酒”は、
それほど飲んでいる人を見ない気がします。

そこで、思いきって、桃酒を大々的にアプリで
アピールしてはどうでしょうか。

「桃酒リコメンダー桃ちゃん」をスマホに入れておけば、
金曜日の夜など、お酒を飲む時期になると、

「桃酒タイムだよー!」

と、桃酒PRガールの桃ちゃんから、
写メ付きのメールが届きます。

カシスオレンジを頼む女子がカワイイように、
桃酒を頼む男子がカワイイというトレンドをつくってしまえば、
お酒を飲める男子も、モテる男子も増えていくでしょう。

「ご出身は?」

「岡山です」

「じゃあ、やっぱ、桃酒すきなんですか?」

こんな会話が繰り広げられるのも、目前です。

次回は、三重県。

次回は、記念すべき第30回。サンジューということで、三重県です。
三重県のワーストを解決していきます。それでは、またお会いしましょう!アディオス!

岡山大仏の大仏訓

あの桃ちゃんとあの太郎さんが結婚したら、岡山で式をあげてほしい。

知リ100×コロカル 鷹匠の体験がしたい!

「知リ100」プロジェクトにコロカルも参加

知リ100は、体を大胆に使い意外な学びや感動がある日本中の体験アイデアを収集して紹介するプロジェクト。やらないより一度やってみた方がいい。検索するだけじゃ分からない、見聞きするだけじゃもったいない体験が日本にはたくさんあります。そんな知リ100体験情報を集めるために、個性あふれる10人の知リ100大使が、それぞれの地域の地元のみなさんとFacebookページを通して情報交換し、魅力的な体験を取材・レポートしています。

編集部海老原、鷹匠をリアルに体験!

「知ったつもりにならないでリアルに体験したほうがいい、日本の100」
略して知リ100。
今回、リアルに体験してきたのは「鷹匠体験」。
鷹匠(たかじょう)とは、鷹狩りに使用する鷹の飼育・訓練を行う専門技師で、
最近では、九州の女子高校生鷹匠が話題になりました。
みなさんも憧れませんか? 鳥を腕や肩に乗せて歩く姿を。
「さぁ行っておいで!」と大空へ放せば、
また元の位置、私の腕や肩に戻ってくるのです。
……たぶん。

とすっかり知ったつもりになったところで、
鷹匠の体験ができるところを探したところ、札幌の円山動物園がヒット! 
知リ100隊隊長のさおりとともに体験してきました。
やっぱり、リアルに体験してみないとね。

それでは、コロカルの編集部の海老原が、体を張って鷹匠体験行ってきます!

晩秋の円山動物園へ。

札幌市円山動物園の入り口

ひつじ

オランウータン

寝そべる白クマ

冬には冬のさまざまな動物の生態が見られて楽しい円山動物園。

札幌市の中心からほど近い円山動物園は、日本で10番目にできた動物園。
広大な敷地には、約180種、800匹の動物がのんびりと過ごしています。
さまざまな体験プログラムも用意されていますが、
そのなかでも実際に動物と触れ合えるということで人気なのが
「猛禽類フリーフライト」。

予約なしでほぼ毎日行われているのですが、
春から夏の換羽時期や雨天荒天は中止になるとのこと。
この日の札幌は雪の予報も出ていましたが、晴れてひと安心。
この日フライトで出てきてくれるのは、
ユーラシアワシミミズクの“ふくちゃん”と、
実際に鷹匠体験させてくれるトビの“デューク”です。
まずはふくちゃんのご登場。

ユーラシアワシミミズクのふくちゃん

凛とした姿のふくちゃん。時折「ニャーニャー」と鳴きますが、これはエサを求めて鳴く、「餌鳴き」という行為だそう。

フライトのスタッフが、ミミズクの生態を説明しながら、
ふくちゃんを2本の止まり木で往復させています。
ユーラシアワシミミズクは、ミミズクの中でも体が大きい種類で、
ふくちゃんは羽を広げると1.6mあり、体重は1.8kg。
ずんぐりむっくりとした体型がとても愛らしいのですが、
日々の猛禽類フライト出演に向けてかなり絞った体だそう。

近くまで来てくれたふくちゃん

飼育員さんに連れられて近くまで来てくれた、ふくちゃん。おとなしくてかわいい!

ミミズクの頭を押さえつける

飼育員さんに頭をなでられているのではなく、頭を押さえつけると、ミミズクは何も抵抗できなくなってしまうという性質があるそう。犬や猫のように、「なでられると嬉しい!」という感情はミミズクにはなく、「きっと“いやだなぁ”と思っているでしょうね」と飼育員さん。

ログイン株式会社×佐藤阿波藍製造所×本藍染矢野工場 Part2: 600年の伝統の本藍染で染める ジャパンブルーのコラボレーション。

本藍の勝負パンツを目指して

青は藍より出でて藍より青し。
藍からうまれる青はその工程の複雑さをへて、
もとの植物の藍をしのぐ鮮やかな青へと深化する

鎌倉時代には、武士が一番濃い藍染を「かちいろ(勝色)」と称した。

究極の「勝負パンツ」を作りたいという
ログイン株式会社の野木社長に連れられ、
コロカル取材班は、藍染めの本場、板野郡藍住町へとむかった。

佐藤阿波藍製造所 十九代目藍師 佐藤昭人さんが
製造する「藍づくり」の作業場を訪れた。

藍染の布

藍は、使うほどに色が深みを増す。明治23年、日本を訪れたラフカディオ・ハーンをして「この国日本は、神秘なブルーに満ちた国」と言わしめた。いつしかそれが「ジャパンブルー」と呼ばれるようになる。

佐藤さんは徳島県特産の染料、藍づくりの伝統を守り続けている藍師。
阿波徳島で十八代続く藍師の家に生まれ、
10歳の頃から祖父に藍づくりの手ほどきを受け、 
江戸時代から続く「すくも」の製法と天然灰汁醗酵建てという
日本古来の染色技法を継承した人物だ。

現在、「阿波藍遺産と製造技術」の無形文化財の指定を受け、
600年続く伝統の製法で藍染めの原料を作っている。
国が指定する卓越技術者「現代の名工」のひとりだ。

取材に伺った11月初旬、夏の間に刈り取った藍葉を、
寝床と呼ばれる倉庫で発酵させていた。
藍の染料である「すくも」をつくるため、
天日で乾燥させた藍の葉に水をかけて発酵させる作業である。

佐藤昭人さん

佐藤阿波藍製造所 十九代目藍師 佐藤昭人さん。「阿波藍の製造と手板法」の無形文化財の指定を受け、600年続くという伝統の製法で藍染めの原料をつくっている。国が指定する卓越技術者「現代の名工」のひとり。

ログイン株式会社 Part1: 究極の勝負パンツ「包帯パンツ」。

究極の男の勝負パンツ「包帯パンツ」

大阪生まれ53才の野木志郎さんは、
「包帯パンツ」の開発メーカーログイン株式会社社長だ。
日本で一番パンツにこだわる男と言われる。

「親父が大手下着メーカーの下請けを40年近くやっていたんや。
まあ下着屋の息子やな。パンツに囲まれて育ったんよ。
……女物の下着ばかりやったけど」

しかし、父の会社の後は継ぐ気がなかったという。
自分で起業して「なんかできへんかな」とずっと考えていた。

そんな野木社長の人生を変えたのは2002年。
ワールドカップ日本代表の稲本選手のゴールを見た瞬間だった。
日本を背負って戦うアスリートの姿にこころが震えたという。

「こいつらのパンツつくりたいなって思った」

究極の男の「勝負パンツ」をつくりたい。
下着屋の息子に生まれ、
本当につくりたいパンツをイメージした日。
独立起業を決めた瞬間だった。

包帯パンツ

アスリートが気持ちよく勝負に集中できるよう肌触りを追求した「包帯パンツ」。

究極の男の勝負パンツ

それからパンツの研究をはじめた。
毎日毎日パンツを買ってきて研究を重ねた。
海外出張に行っては海外のブランドのパンツも買いあさった。

「最初はどれを履いてもいいなあと、思うてたんやけど、
だんだん目が肥えてくる。敏感になってくる」

とくに汗をかいたときにその違いがわかるのだという。

ロサンゼルスのアウトレットで、あるブランドの高級パンツを買った。
それを履いてジョギングをしてみた。
すると最高の履き心地だったはずのパンツが最低の肌触りになった。

「汗を克服せなあかん」と、いろんな素材を集めた。
最初はメッシュ素材を試した。しかしメッシュはどれも合成繊維。
合成繊維こそ、汗をかいたらまとわりつく。
綿素材でメッシュはないか、と探したがなかった。
ならばつくってみようと思ったが、方法がわからない。

そんなとき野木社長の父が言ったひと言にヒントがあった。

触れる地球 Part2: 地球儀を通して、地球人をつくる。

地球をひとつの共感圏にしたい。

「触れる地球」をつくった京都造形芸術大学教授であり、
NPO法人Earth Literacy Program代表の竹村真一先生は、
学校や教育機関など、子どもたちがさわりやすい場所に設置したいという。
オーロラ、流氷、天気図、地球温暖化と、
さまざまな科学的事象をデータベース化して
「触れる地球」上に表示できるが、本当の目的をこう語る。

「こんな地球儀面白いでしょ、ということではなく、
このような地球儀ができる時代に、
なぜ子どもたちは単純な地図だけで勉強しているのか? ということを
疑問に思ってもらいたい」

「触れる地球」は、教育の現場でこそ
最大限のパフォーマンスを発揮するだろう。

「科学とか宇宙などの理系は好きですが、知識を与えて終わりの教育だし、
数値にしてわかったような気になっているだけなんです。
月までの距離が約38万キロといわれて、誰が実感できるのでしょうか。
直径1.28mの『触れる地球』では、
月はちょうど38m離れたところに浮かぶバスケットボール。
大気の層はたった1mm。
そんな薄いところで奇跡が起こっているんだという実感値にすれば、
理科離れも少なくなると思います。そういった橋渡しができればと思います」

科学はすごく面白い時代に突入しているという。
さまざまなことが解明されるようになってきた。
それは“既知の未知化”であるという。
科学はわからないことを解明することと思っているが、
逆に考えると、科学が発達するほど、
今まで常識的にわかっていたつもりのことが、
とても奇跡的で不思議な現象であることに気がつく。

「例えば、かつて地球には酸素がありませんでしたが、
植物の光合成で酸素が生まれ、
その酸素(O2)の一部がオゾン(O3)に変化してオゾン層ができ、
UVカット層が地球にできたおかげで
ようやく植物も動物も“上陸”できるようになって緑の地球になりました。
すべて生き物がつくったんです。
過去のエコロジストは“人間だけが地球を改造している”といいますが、
そうではなく、生物は常に地球を改造してきました。
素晴らしい地球を、人間とコラボして一緒につくってきたのです。
これはここ数十年でわかったことなので、世代によっては、
この地球が生物によってつくられたものであるということを知らず、
もともとあった当たり前のものと認識しています」

こうしたことがわかるようになるすごい時代だが、
それが一般社会に伝わっていない。
「ワンダーに満ちたこの世界を実感していきたい」という思いで、
「触れる地球」は生み出された。

竹村真一先生

ITを駆使して地球環境問題に取り組む竹村真一先生。

料理するのは“ふくしま応援シェフ” 味わえるのは福島県産食材の底力です

福島の生産者が生み出した食材を、
ふくしま応援シェフが料理して、その魅力を分かち合う。
そんなコンセプトで企画された、
「県産品消費者理解促進交流会〜ふくしま食の魅力創出〜」が始まった。
第1回のテーマは「残暑を乗り切る夏果菜とふくしまのスタミナ」。
10月2日、恵比寿の「VEGETABLE HOUSE WANOBA」では、
福島産の野菜、サーモン、馬肉、そしてハチミツと、
黒木久弥シェフがコラボレート。はたしてどんな料理が登場するのだろう?

季節の花を追いかけて集める蜜は、なんと11種!

この日ゲストとしてお迎えしたのは、㈲ハニー松本の伊藤身輔さん。
会津若松で70年もの歴史をもつハチミツ屋さんだ。
誰もが甘味に飢えていた時代、戦地から帰った先々代の創業者が、
砂糖に代わる甘味料として、ミツバチを使った養蜂を手がけたのが始まり。
養蜂にはミツバチと、その蜜源が欠かせない。

「会津地方は森林率82%。
とくに奥会津や南会津には、栃の木やブナの木の林が多いのです」

4月の山桜、5月の栃の木、6月はアカシアやキハダ、そして萩、
7月になれば栗の花、8月はコシアブラ、9月になるとソバが咲く……
養蜂家は、「花のジプシー」とも呼ばれる。
花の咲く場所を求め、ミツバチの巣箱とともに移動するからだ。

「巣箱を置かせていただいている、山や森の地主さんとは、何十年来のお付き合い。
『そろそろ咲くぞ』『早く巣箱を持ってこい』と、お電話をいただくこともあります」

こうして生み出されるハチミツは、全部で11種。
すべて会津地方で採取したものだ。
そこには会津の自然と植生の豊かさと、四季折々の花のテイストが凝縮されている。

「栃の木の蜜」は、会津の代表的な味わい

ハニー松本で最も多く採れるのは「栃の木」のハチミツ。
全体の約3分の2を占めている。

「栃の木は、元々日本古来の在来種です。
その実から作るトチモチは、縄文人の主食でした。
また栃の木は会津の漆器や家具の材料にもなっています(伊藤さん)」

いにしえの昔から、栃はその木も実も、そして蜜も、
会津の人たちの生活に欠かせぬ存在だったのだ。
そんな栃の木の蜜は、クセが少なく、さっばりとした口あたり。
パンに、スイーツに、料理にと、幅広く使える。

今回、黒木シェフは、この「栃の木の蜜」を、
「トマトといろいろ野菜のはちみつマリネ」に使用している。

「ベーシックな味わいなので、料理にも使いやすいですね。
会津に11種類もハチミツがあるなんて知りませんでした。
素材によって風味が変わるので、
ソースで使い分けみたいですね(黒木シェフ)」

清涼な源流で育つメイプルサーモン

次に登場したのは「メイプルサーモンと白桃の生春巻き」だ。

参加者に感想を聞いてみた。
「私は、サーモンが大好きなんですが、
福島に養殖のサーモンがあるとは知りませんでした(30代女性)」

正式には、「阿武隈川メイプルサーモン®」という。
産卵のために生まれた川へ遡上するシロザケとは異なり、
山あいの淡水養魚場で育つ、完全養殖のニジマスだ。
清涼な阿武隈川源流の水で育てられるため、
寄生虫などの心配はなく、安心して食べられる。
また、放射性物質に関する福島県のモニタリング検査はもちろん、
独自の検査も行なっている。

黒木シェフは、イベントに先立ち、西白河郡西郷村にある養魚場を訪ねている。
「他の養殖サーモンに比べて、脂がやわらかい。
そしてさっぱりした味わいです。なので今回は、マリネした桃を合わせました」

桃は夏のイメージが強い。
10月初旬に、本当にまだ桃があるのだろうか?
「実は『さくら白桃』という桃があるんです」
桃の産地の福島県には、収穫期の異なる品種が多数あり、
例えば「白川白鳳」→「あかつき」→「川中島白桃」という具合に続き、
7月から10月まで桃が採れる。
その晩生種の中で甘味が非常に強く人気急上昇中なのが「さくら白桃」だ。
太陽の恵みをいっぱいたくわえた10月の桃。
「果樹王国福島」の層の厚さを物語っている。

味の濃い馬刺は、野菜のうま味とともに

「学生時代の友人が会津出身だったので、よく遊びに行きました。
 宮城で育ったので福島は身近な存在だし、応援したい。
 facebookでこのイベントを知り、参加しました(30代:男性)」

そんな風に会津を知る人にも衝撃だったのは、
「会津馬肉のタリアータ サラダ仕立て」。

会津特産の馬肉を軽く炙って「たたき」のような状態に。
にんじん、大根、みょうが、いんげん等、香りの濃い野菜とともに味わう。
「馬刺といえば、わさびやニンニク醤油で食べるイメージ。
 こんな形でたっぷりの野菜と食べるのは初めてです(20代女性)」
黒木シェフ自身も、
「会津の馬肉は、赤身なのにコクがある。
 醤油や味噌の強い味ではなく、
 お野菜のうま味と一緒に愉しみたいですね」と話していた。

甘酒とお米とともに細かく刻んだ会津産グリーンアスパラガスを炊いたリゾット。
それをコロッケのように仕上げた「グリーンアスパラガスのアランチーニ」も、
「甘味がある」「日本酒によく合う」と大好評。
お米も、甘酒も、日本酒もすべてコメ由来。
ひとつの料理としてまとまった瞬間に一体感が生まれるのも頷ける。

料理とともに当日供されたお酒は、
「七重郎」(稲川酒造店・猪苗代町)、
「BLUE BERRY SAKE」(榮川酒造・磐梯町)など。
国産天然炭酸水の「アクアイズ」(ハーベス・金山町)も登場した。
福島のお酒が味わえるのも、このイベントの醍醐味だ。

不安や心配を乗り越えて…

イベントは終始和やかな雰囲気で進んでいたが、
㈲ハニー松本の伊藤さんのお話からは、
福島が置かれている厳しい現状も垣間見えた。
「元々ハチミツは健康を気遣うデリケートな方が、
 砂糖の代わりに愛用されていることが多いのです。
 そういう方は放射性物質にも敏感。
 私たちは検査も行なっていて、安全性にまったく問題はないのですが、
 販売面でダメージが大きい現実は否めません」

福島県では、県とJA、そして出荷業者などが、
食材の生産段階でたび重なる検査を行なった上で、
さらに流通段階でも各都道府県が検査を実施している。
検査の詳しい内容は、福島県のHPでも公開中。
さらに11月には、福島県産品を応援するWEBページも開設予定。
県産食材の生産者が想いを込めて育てた福島の食材を購入できる、
オンラインショップも紹介している。

「ミツバチは体長3cm。寿命は6週間ほどですが、その間に5gのハチミツを集めます。
そんな命の大切さと、安全性を一緒にお届けしていきたい(伊藤さん)」

ふくしまの応援は、まず客観的なデータを知ることから始まる。
実際に現地を訪れ、栽培や生産、
そして検査の様子を自分の目で確かめてきた料理人が、
現地の様子を伝えながら、自信を持ってスペシャルな料理へと仕上げてくれる。
本当の信頼と安心は、こんな試食交流会のような機会から生まれるのかもしれない。

福島県農産物モニタリング情報「ふくしま新発売。」
http://www.new-fukushima.jp
「ふくしま食の魅力創出」
第3回「11月 ~秋を彩り 温か根菜 ふくしま牛のうま味~」開催店舗

2013年11月25日(月)15:00~17:00
ラ・ブランシュ(田代和久シェフ)
住所 東京都渋谷2-3-1 青山ポニーハイム2F
TEL 03-3499-0824 

2013年11月27 日(水) 14:30~16:30
フランネル嵯峨野亭(井上憲治シェフ)
住所 東京都世田谷区奥沢5-23-21
TEL 03-3718-7101 
http://www.flanelle-saganotei.com /

2013年11月28日(木) 15:00~17:00
恵比寿 笹岡 新丸ビル店(笹岡隆次シェフ )
住所 東京都千代田区丸の内1-5-1 丸の内ビルディング5F
TEL 03-3287-9088 

◎参加費
1500円(1名)
※Bears Bear fukushimaふくしまを抱くクマ「しまくま」を、
お帰りの際に、参加者全員にプレゼント


◎申し込み方法
「ふくしま応援シェフ」のホームページで、
申込書をダウンロード、必要事項を記入のうえ、
FAX またはメールにて申し込み 
http://fukushima-ouen-chef.jp/

お問い合わせ

事務局 有限会社 会津食のルネッサンス

住所 福島県会津若松市中島町2-52
TEL 0120-91-0617 (10:00~18:00 ※土日祝日休)
FAX 0242-93-9368
E-MAIL order@a-foods.jp
http://www.a-foods.jp/

触れる地球 Part1: 新丸ビルで、地球の胎動に“触れる”。

実感として感じるための「小さな地球」。

東京駅近くにある新丸ビルのエコッツェリアには「触れる地球」がある。
1千万分の1スケール、直径1.28mほどの、見た目はまさに地球。
この縮尺だと大気の層はたった1mmしかなく、
太陽は丸の内から15km離れたディズニーランドに位置するということになる。

目の前に日本がある。
地球儀を回すように手で右にスライドしていくと、
中国、中東へとちゃんと回っていく。
手でさわって、感覚的に操作できる地球だ。

この地球儀を発案したのは京都造形芸術大学教授であり、
NPO法人Earth Literacy Programの竹村真一先生。
内側からプロジェクターで投影された地球には、
平面地図でのデータをセッティングすれば、
さまざまなコンテンツを表示することができる。
ほとんどのデータは専門家から提供してもらったもの。
ウェザーニュースやJAXAなど、無償に近いかたちでデータを提供してくれている。
現在、コンテンツはすべて合わせれば100程度あり、
まるで科学のショーケースだ。

竹村先生は「共感のネットワーク」と呼んでいる。
「こちらのクリエイティビティとしては、プラットフォームをつくっただけ。
そこにいろいろな経験資源や知恵や専門性といった
地球大のデータベースが流れ込むと、新しいものが生まれます」

例えば過去20年分の世界の地震データ。
地震が起こった場所を黄色くマークしていくと、
自然とプレートの境界が浮き上がってくる。日本列島はまっ黄色だ。

ザトウクジラにGPSをつけて観測したデータもある。
ハワイからアラスカへと移動する彼らは、餌とともに動くのだろう。
その仮説は、プランクトンの増殖地図と重ね合わせることで証明される。
ザトウクジラの動きと、ぴったり重なりあうのだ。

渡り鳥にGPSを付けて観測したデータでは、北極を飛び立った2羽の鳥が、
大西洋上のそれぞれ違うルートを経由しながら、
最終的に南極で落ちあうというロマンチックな旅をしていることがわかった。
もちろん餌を追い求めての行動であり、
これもプランクトンの増殖とマッチする。

「触れる地球」

新丸ビル・エコッツェリアにある「触れる地球」。

淡路島・たこ飯

簡単、美味しい、港町の料理。

『コロカル』の撮影で、神戸へ行くことに。
スケジュールを確認してみると、撮影後に半日の空きがある。
ならば、ついでに美味しいものにありつきたい、とリサーチを開始。
まずはGoogleマップで神戸周辺を眺めてみた。
ふむふむ、おっと! そうだ、淡路島か。
コロカルの編集者に以前聞いたことがある。

テツ「全国を旅してみて、どこが一番美味しかった?」

エビハラ「淡路島です!!!」

と力の入った回答。

コロカルで一番の美食家とされる彼女が言い切るのだ、
美味しいものに出合えるに違いない。
mapで経路を算出してみると、神戸から車で1時間半。
行けますね、行きましょう!
ということで、まずは目的地が決定。

せっかくならば味わうだけでなく、その作り方も覚えて帰りたい。
ということで、淡路市役所に電話をかけ、相談をしてみた。
すると、親切な女性職員の方が、地元のお母さんを紹介してくださった。

河野さかゑさん。
早速電話をかけてみよう。

テツ「突然の電話ですみません、市役所からご紹介いただきました」

諸々のことを説明し、何か作って頂けないかとお願いをした。

河野「はぁはぁ、いいですよ~」

ありがとうございます! 
低音の落ち着いた声、のんびりとしたテンポが心地よい。

テツ「昔からよく作る、地元ならではの料理はありますか?」

河野「うーん……たこ飯なんかかね~」

テツ「たこ飯! いいですねー」

河野「たこは淡路でよう採れるからね~」

テツ「ぜひぜひ、お願いします! ちょぼ汁というのも本で読んだことがあるのですが、
いまでも作りますか?」

河野「は~は~、作りますよ、できますよー」

やた!

テツ「あの……甘いものも何かあればお願いしたいのですが」

河野「淡路ゆうたら、いびつ餅かね~」

テツ「いびつ餅? 初めて聞くのですが、それはどんなものでしょうか?」

河野「いびつゆうのは……まぁま、食べたらわかると思いますよ~、ふふふっ」

テツ「はい、では伺わせていただきます!」

食の宝庫、淡路島へいざ行かん。

神戸駅でレンタカーを借り、淡路島を目指す。
明石海峡大橋に差し掛かると、向こうのほうにうっすらと島が見えてきた。
ワクワク感が絶頂に。
海ーーー! 島ーーー!

今回訪ねたのは、淡路島の北に位置する江井という港町。
漁港のあるこのまちには、常に新鮮な魚が出回っている。

河野さんとの待ち合わせ場所、江井コミュニティーセンターに到着。
車から降りると、お線香の香りがあちらこちらから漂う。
江井は、お線香のまちでもあり、全国の生産量のうち
7割がこのまちで作られているそう。

建物に入り「調理室」という札の掛かっている部屋へ。
ここでよいのかしら? と、少し躊躇しながら引き戸を開けてみる。

コサイン Part2: 木を植える、育てる、使い切る。 未来につながる、 木工メーカーのアクション。

森をつくること、そして未来をつくること。

北海道旭川の木工メーカー、コサインのドレスラックは
20年売れ続けている商品だ。
シンプルで使いやすく、オイル仕上げなので木のぬくもりとやわらかさが
そのまま感じられる。
他にも、コサインの製品は、長く使って経年変化を楽しめそうなものばかり。
それらを生み出している工房を見学させてもらった。

工房で働くのは12人。120~130種類の製品をここでつくっている。
小ロット生産なので、
大規模な機械や最先端技術が導入されているわけではないが、
みんながコミュニケーションを取りやすい範囲にまとまっている。
まずは製材所から買ってきた木材から「木取り」する。
生産する製品に合わせて、できるだけ無駄が出ないように材料を選び
幅と長さを決めてカットしていく。
頭のなかで最終段階がイメージできてないといけない。
この段階で歩留まりが大きく変わってしまうからだ。

製材所から購入してきた木材

製材所から購入してきた木材。

木取り作業

まずは木取りの段階。木をよく見て、どこを使うか判断する。

その後の加工段階では、自動制御の機械を使うこともあるが、
手作業で行うことも多い。
すべて同じスピードで送っていけばいいというものでもない。
木はそれぞれ違うので、堅さや節、木目などに合わせて調整していく。
切られていく音や手の抵抗から判断する。
ここは人間の感性だ。

最終段階の仕上げはサンダーという機械などによるサンディング。
加工までは数値の世界だが、削るのはひとの手でしかできない。
特に3Dのアールのついたものなどは難しく、スキルの差が出るところだ。
作業を見ていると、ひとの手で削り込んでいく部分が
思ったよりも残っていることがわかる。
最終的には手間をかけて、手の感覚で仕上げるのだ。

手の感覚で削り込んでいく作業

手の感覚で削り込んでいく作業。

写真左から写真右の状態まで削り込んでいく。

最後は塗装。オイル塗装はなんと、軍手で塗っている。
作業性も高く、塗りやすいという。
オイル塗装のものであれば、購入後でも、自分でメンテナンスができる。
年に1回程度、専用オイルで磨くことで、
木の乾燥を防ぎ、風合いやツヤが増す。
こうすることで長持ちするのが、木工製品の特長だ。
手間をかけてあげれば、その分、応えてくれる。

「そもそも学校で本棚をつくったり、日曜大工で犬小屋をつくるなど、
木工は自分でできる工作として、慣れ親しんだものでした。
ものづくりしやすい材料だし、五感的にもその魅力を感じられますよね」
コサインの星 幸一社長は、こう語る。
私たち日本人は、木によるものづくりの感覚が、手に残っているはずだ。

コサイン Part1: 100年使える家具を目指して。

何世代も前の木材を、使い切らないわけにはいかない。

北海道・旭川は、岐阜の飛騨や福岡の大川に並ぶ家具の産地だ。
1890年、木挽場(製材所)がつくられ、
全国から家具職人が集まったのがきっかけとされる。
豊かな森林に囲まれ、ミズナラなどの良質な木材があった。
1949年には旭川家具事業協同組合(現・旭川家具工業協同組合)が設立され、
旭川家具はブランド化していった。
工房も含め、今でも100以上の家具関連のものづくり企業がある。

旭川家具は大型の収納家具を中心に栄えてきたが、
4名でスタートしたコサインは、
小さな木工製品をつくっているメーカーだ。
社長の星 幸一さんは、インテリアセンター(現カンディハウス)という
家具メーカーで職人として11年勤務し、
その後、北海道立の職業訓練校で技術指導員をしていた。
そして1988年にコサインを立ち上げる。
ペン立てやペンケース、スイッチカバーなどが最初の製品だ。
“収納家具”の産地である旭川においては異色の立ち上がりであった。

4種の木材

コサインが主に使用している4種の木材、メープル、ウォルナット、サクラ、ナラ。

大型の家具をつくっていると、端材が必然的に出てくる。
それらを集積材にして使用していたが、
なかなか使い切れずにたまる一方になってしまう。
そこで、それら端材を活用してつくれるもの=小さな木工製品をつくり始めた。

端材で製品をつくることはもちろん、木ならば、すべて使い切ることができる。
星社長は実用法を教えてくれた。
「おがくずも牛の敷きわらの代用品として利用しています。
それは糞尿と混ざって最終的には堆肥になります。
とがった屑などは冬の薪ストーブの燃料にしています。
その木の灰も肥料になります。まったく捨てるところがありませんね」
天然のものだから、すべて循環している。
産業廃棄物として出すことは少ない。

時計シリーズ

人気商品に時計シリーズ。中央のふたつ「オーバル」は2013年の新作だ。

星幸一社長

16歳で旭川に出てきた星 幸一社長。コサインは今年25周年だ。

TESニューエナジー Part2:世界初のテクノロジー。 火を電気に変える技術「発電鍋」で 世界の無電化村で発電を。

アフリカの無電化村で発電鍋が活躍!

熱を直接電気に変える「発電鍋」。
大阪を拠点に事業を展開するTESニューエナジーの藤田和博社長は、
東日本大震災をきっかけにこの発電鍋を開発した。
しかし震災のような非常時は別にして
日本国内で商品としての需要はあるのだろうか。

いまやどこにでもコンセントがある。
むしろ薪を使って火をおこすほうが難しい。
その需要は意外なところからやってきた。
世界のさまざまな国の無電化村からの問い合わせだ。

藤田さんの友人がアフリカに行くので発電鍋をどうしてもほしいという。
そこで1台送った。

そしてアフリカのウガンダで学校を建てるプロジェクトで実際に使用された。
彼らが携帯の充電やLED用の発電ができることを実証したのだ。

「発電鍋をたくさんつくって送ってほしい」

そのとき初めて電気がないところにマーケットがあることがわかった。
特に、アフリカ、あるいはバングラデシュ、インドなどの途上国には
大きな可能性がある。

ネットで通販を立ち上げて海外でも買えるようにした。

南米パタゴニアで自給自足の生活をしている中溪宏一さんも愛用者のひとりだ。

「たまたま電気のない環境で、毎日、薪で火を焚く暮らしだったから、
こんなに重宝なものはないですよね」と中溪さん。

「料理をつくる火力で音楽が聴けたり、一度バッテリーにためておけば、
電気が必要なときにパソコンの充電に使ったり、夜の電灯に使ったり。
同時にお湯ができるわけだから、お風呂を湧かしながら電気もつくってしまえる」

中溪宏一さん

パタゴニアで自給自足の生活をしている中溪さん。

薪を使ったストーブで煮炊き

薪を使ったストーブで煮炊きをする。ここで発電鍋も活躍。

南米パタゴニアの風景

南米パタゴニア。電気もガスもない自給自足の暮らしのなかで、発電鍋は活躍中。

ふくしま食材×応援シェフ 新たなコラボ、始まります

2013年9月から2014年2月まで、12月を除く毎月1度、
都内3か所のレストランで開催される
「消費者理解促進交流会~ふくしま食の魅力創出~」。
初回は9月30日(月)から10月2日(水)の3日間で開催。
福島生まれの食材とその生産者たちを「応援したい!」シェフたちが、
福島の食材を使って料理を披露。当日の参加者はその料理を試食し、
各シェフによるオリジナルのレシピを持ち帰ることができる。
第2回目は10月10日(木)、14日(月)、15日(火)の3日間で開催される。

福島へ行ったことがない。でも、チカラになりたい!

初回の3日間のうち、10月2日の交流会を担当したのは、
東京・恵比寿にある「ベジタブルハウスWANOBA」の黒木久弥シェフ。
イタリア料理店で修業を積み、2年前から同店へ。
「恵比寿から100km圏内の朝採れ野菜」を使うのがポリシーで、
練馬や三鷹、小平、あきるの……東京都内や神奈川県の畑へ赴き、
生産者から託された野菜を使って料理する。そんなスタイルを貫いてきた。

「僕は兵庫県出身なので、小学生の時に阪神淡路大震災を経験しています。
人生で2度も震災に遭うと思わなかった。
料理人として被災地の方々のために、何かできることはあるか?」

福島県生まれの地域プロデューサーで、
「ふくしま応援シェフ」の仕掛人のひとりでもある本田勝之助さんに出会ったのは、
ちょうどそんな時のこと。

2011年11月、黒木シェフは福島県が主催する福島県産地見聞会ツアーに参加。
福島市のある中通りエリアや会津地方を中心に生産者を訪ねた。
「生産者の方々と話すうちに、福島には優れた食材と生産者がたくさんあることを知り、
お店のお客さんにも、福島の状況や食材のすばらしさ、
安全性について、胸を張って伝えられるようになりました」

ふくしまを応援する132人のシェフたち。

福島を応援する料理人と現地の生産者をつなぐ、
「ふくしま応援シェフ」事業(福島県主催事業)に、
本田勝之助さんが携わったのが2012年7月のこと。
「ふくしま応援シェフ」とはいったいどんな取り組みなのだろう?

「震災から2年半が過ぎましたが、宮城や岩手と違い、
福島の生産者は、まだ被災まっただ中。
自分の作った作物がどう評価されているのかが生産者の耳に入りにくくなっていて、
みんな自信を失いかけています。だから、料理人のみなさんに彼らを励ましてほしい。
『福島を応援しているよ』。
そんなひとりひとりの思いを、できるだけたくさんの人に伝えていただくことで、
福島の生産者にチカラを与えてほしい。そんな思いでスタートしました」

食の魅力や安全性について、福島から発信したとしても、
なかなか伝わりにくいもの。
それよりも第三者が福島の食について客観的に伝えることで、
消費者と生産者双方の理解が深まる。
そんな役目も「ふくしま応援シェフ」は担っている。
現在「ふくしま応援シェフ」は132人。
そのうち48人が東京のシェフで、
実際に福島へ足を運んで産地を訪ねたのは40人にものぼるのだとか。

使う食材は福島産。15の料理人が繰り出す、福島の食の魅力と底ヂカラ。

これから始まる「福島県県産品消費者理解促進交流会」の内容を、
プロデューサーの本田さんにまとめていただくと、こんな感じだ。

01 食材と一緒に、必ず1人は生産者にお越しいただく

野菜や果物、畜産物が毎回登場しますが、その中から必ず1人、
生産者に東京へ足を運んでいただき、震災からのこれまでの経緯や、
生産物に込めた思いについて、参加者のみなさんと共有していただきます。

02 できるだけ福島へ赴いたシェフが料理する

多くのシェフが、黒木さんのように、現地へ赴いているので、
自信を持ってお客様におススメできるはずです。

03 毎回テーマを決めて複数の食材を組み合わせたメニューを提供する

例えば今回は、残暑を乗り切る夏野菜と、
会津人のスタミナ源である馬肉が登場。
甘酒やハチミツなどの加工品も組み合わせていきたいと考えています。

04 「しまくま」をプレゼント

今は避難区域になっている大熊町から、
会津エリアに避難しているお母さんたちが縞模様の会津木綿で作った、
熊のぬいぐるみ(「縞」+「熊」=しまくま)を参加者全員にプレゼント。
福島のことを忘れないように、身近に置いていただければ嬉しいです。

福島が誇る食材の魅力をリストアップ。

訊けば、福島には肉や野菜やフルーツなど、食材の宝庫。
「例えば『会津の馬肉』。
サシが自慢の九州の馬刺と違い、赤身のうま味を味わう肉です。
夏バテを解消するスタミナ源として、
また冷え性にも効果があるといわれています。

会津馬肉は、むっちりした食感の赤身がおいしいことで定評あり。唐辛子を利かせた味噌で食べるのが会津のスタイルだ。

それから『地鶏』。
県内にふたつのブランドがあって、
ひとつは川俣町の『川俣シャモ』。もうひとつは会津地方の『会津地鶏』。
来歴も性質も味わいも異なるふたつの地鶏は、
それぞれ異なる持ち味を楽しめます」

川俣シャモは、1平米あたり6~8羽というゆったりしたスペースで、109~120日(通常の地鶏は80日以上、ブロイラーの場合は50日程度)という時間をかけて育てることで肉の食感とうま味が高まる。

平家の落人が愛玩用に持ち込んだものが広まったともいわれる「会津地鶏」。約110~120日の日数をかけ、自由に動き回れる環境(平飼い)で飼育するため、身が締まっておいしくなる。これはその「タタキ」。

桃やりんごや柿などのフルーツも県内各地で栽培に力が入れられており、
野菜では、例えば会津地方の人たちが種を継いで残し、
現在14種あるという会津伝統野菜なども。
実は青果商を営む本田さんの父上が、
30年前からその保存と継承に取り組んできたのだそう。

例えばキュウリ。新鮮ゆえということもあるが、とてもみずみずしく、味噌を付けずに食べても味わいがあるから不思議だ。

「9月になると、黄金色に輝く田んぼと、
真っ白な花で埋め尽くされるそば畑のコントラストが美しい。
会津盆地を囲む山肌には果樹の畑が連なって、
西日を当てるとよく育つ柿の畑は東側の斜面に、
朝日を当てるとよく育つりんごは西側に広がっています」

農産物を“クリエイト”する福島の農業。

例えば会津には古くから『会津農書(あいづのうしょ)』という
農業技術を体系化した農学書がある。
1684年(貞享元年)に会津藩の村役人である佐瀬与次右衛門が記したものだが、
当時は文字の読める農民が少なかったので、
暦の読み方や野菜の種を撒く時期、冬の寒さ対策など、
農書に綴られた技術は歌に詠んで伝え残されていたと本田さん。

「ですから会津は昔から歌詠みが盛ん。
冬場の農閑期には農家が集い、歌詠みの会を開きます。
農業とは、感性を研ぎすまして季節の移ろいを的確に捉えて、
クリエイトしていくもの。
だから歌詠みだけでなく能や長刀なども農民たちは嗜みました」

福島の農家は作物の生産者であると同時に、
地域の文化を創造する人たちでもあるのだ。

本当の「安心」を感じられる場所に。

そんな福島の食材を使って、
9月30日から10月2日の3日間にかけて行われた第一回目の交流会のテーマは、
「残暑を乗り切る夏果菜とふくしまのスタミナ」。
会津特産の馬肉をメインにして、
野菜ではキュウリ、トマト、ナス、
そして東日本一番の生産量を誇るアスパラガス、
桃や梨などの果物も料理に使われた。

「素材を手助けするようにして料理したい。
野菜の味はできるだけそのまま生かして、
その味わいを支えるという感覚で料理しています」
とは第一回目の交流会で料理を披露したWANOBAの黒木シェフ。

WANOBAの人気料理は、
イタリア料理をベースにした炭火焼きや鋳鉄鍋を使って、
素材の味わいを引き出す野菜主体の料理。
滋養に溢れる会津の馬肉と、
福島の夏の名残り野菜と旬のフルーツとがWANOBAで出会う。

まずは自ら触れることで「何かが変わる」

震災以降、原発の影響が常につきまとう福島。
何度も検査を重ねた結果に出荷された作物の数値を目にして、
頭では納得できても、なかなか不安は消え去らないという人は確かに多い。
が、それは当然なのかもしれない。
その一方で実際に食材が生産される現場へ赴き、
厳しい現実と闘いながらも食材を育て続ける生産者と言葉を交わした人たちは、
自分の中で「何かが変わった」ことに気づく。

本当の「安心」は、人を介して伝わっていくもの。
また生身の人間にふれ、話し合わなければ得られないものなのかもしれない。
なかなか福島へ行けないけれど「本当の福島」に触れることはできる。
まずは「ふくしま応援シェフ」の店で、
「何かが変わる」という体験を味わってみてほしい。

information

「ふくしま食の魅力創出
〜Pro スタイリングで料理もっと楽しく〜」
第2回「10月 〜大地の恵み ふくしまの地鶏とシャモ~」

◎開催店舗
10月10日(木)13:00~15:00
「かさね」(柏田幸二郎シェフ)
住所 東京都港区赤坂3-18-10 サンエム赤坂ビル2F
TEL 03-3589-0505
http://kasanetokyoakasaka.com/

10月14 日(月) 15:00~17:00
「コムフォー 大崎シンクパーク店」(小林武一郎シェフ)
住所 東京都品川区大崎2-1-1 ThinkPark 1F
TEL 03-3779-0564
http://www.compho.jp/

10月15日(火) 15:00~17:00
「ホテル&レジデンス六本木」(菱沼欣也シェフ )
住所 東京都港区西麻布1-11-6
TEL 03-5771-2472 
http://hr-roppongi.jp/restaurant/

◎参加費
1500円(1名)
※お帰りの際に、参加者全員にBears Bear fukushimaふくしまを抱くクマ「しまくま」をプレゼント

◎お申し込み方法
「ふくしま応援シェフ」のホームページで申込書をダウンロード、必要事項を記入のうえ、FAX またはメールにて申し込み。 
http://fukushima-ouen-chef.jp/

◎お問い合わせ
(有)会津食のルネッサンス 福島県県産品消費者理解促進事業事務局
住所 福島県会津若松市中島町2-52
TEL 0120-91-0617 (10:00~18:00 ※土日祝日休 )
FAX 0242-93-9368
E-MAIL order@a-foods.jp
http://www.a-foods.jp/

profile


map

HISAYA KUROKI
黒木久弥

兵庫県生まれ。学生時代からスノーボードの選手として活躍。プロを目指すが23歳で料理の道へ。イタリア料理店等で修業を重ねる。2011年◯月より恵比寿「WANOBA」へ。今年9月4日に「ベジタブルハウスWANOBA」としてリニューアル。恵比寿から100km圏内で栽培された野菜を使った料理が評判に。

[VEGETABLE HOUSE WANOBA]
住所 東京都渋谷区恵比寿3-1-1
TEL 03-5424-0610
営業時間 月・水~金 18:00~26:00
土・日・祝 17:00~26:00
定休日 火曜日

profile

KATSUNOSUKE HONDA
本田勝之助

福島県会津若松市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。会津食のルネッサンス代表取締役。ヒルサイドコネクション代表取締役。地域を経営するという視点で、会津地方や福島県内を中心に食やモノづくりのプロデュース、ならびに伝統産業のコンサルティングやリノベーション事業を展開している。福島復興のキーパーソン。

TESニューエナジー Part1: たき火で携帯を充電!? 熱を電気に変える発電鍋。

たき火の熱を電気に変える技術。

いま「発電鍋」が、話題になっている。
鍋を火にかけることで発電でき、
煮炊きしながら携帯電話の充電ができるなど、電源として使えるのだ。

この熱を直接電気に変える発電鍋を開発したのは、
ベンチャー企業のTESニューエナジーだ。
藤田和博社長に話を聞いてみた。

藤田和博社長

TESニューエナジーの藤田和博社長

きっかけは東日本大震災。

2011年3月11日。
その日の朝、つくば市に行っていた藤田さん。
飛行機で羽田から大阪へ向かう帰路で東日本大震災が起きた。
大阪空港に近づくも上空を3周して着陸した。
空港のモニターでは東北の震災の様子が伝えられていた。

夜になってから被災地の映像が伝わってきた。
被災者の方がドラム缶に木材をいれて火を起こし、暖をとっている。
まだ寒い東北。雪も降っている。

その映像を観た時に「この火でなにかできないか」と藤田さんは考えた。
被災者は安否情報を携帯電話で確認している。
電気が来ていない地域では携帯電話のバッテリーはすぐになくなっていた。

藤田さんの会社は「熱を電気に変える技術」を持っていた。
主に産業界からの受注で工場の廃熱を電気に変える仕事を請け負っていた。

寒い東北に温かい食べものをつくれる「鍋」を送りたい。
それに自社の熱電技術を取り入れたら、
被災地の電力供給に役立てるのではないかと藤田さんは思いついたのだ。

鍋底に熱発電板を組み込み、たき火などの炎で熱すると、水との温度差で電圧が生じる。
これにより発電できれば、携帯電話などが充電できるというしくみだ。

その決断は早かった。
夕方思いついて、その夜の10時には開発を始めた。
鍋を30個近く買ってきて、使えるものを試した。
鍋底の外側に熱発電板を取りつけ、鉄のカバーで覆った。
鍋の内側と外側の温度差が電気に変換される。
3か月ほど試行を繰り返し、ついに完成した。

発電中

約10秒後に青いランプが点灯し発電が始まる。約1時間で充電できる。

フォトいばらき 2013年秋季号

茨城県『フォトいばらき』 
発行/茨城県

田園地帯から研究学園都市へと発展した「つくば」。1963(昭和38)年に国家プロジェクトとして、研究学園都市の建設が閣議了解されてから今年でちょうど50年、科学技術中枢拠点都市として発展してきた「つくば」の歩みを振り返るとともに、新しい未来に向けた取り組みも紹介していきます。

フォトいばらき
http://www.pref.ibaraki.jp/photoiba/

発行日/2013.9

スノーピーク Part2: 企業とユーザーの垣根を越えて、 スノーピークが実践していること。

アウトドアで社会を良くしていくスノーピークの道。

スノーピークは、先代の社長である山井幸雄前社長が、
自分が使う山登りの道具を
鍛冶屋にオーダーしていたところから始まった会社だ。
つまり自分もユーザーであるという精神。
これは現在のスノーピークにいたるまで、
会社の柱となる哲学として脈々と受け継がれている。

山井太(とおる)社長ももちろんアウトドア愛好家で、
特にキャンプとフライフィッシングを好んでいる。

「キャンプは少なくても年間30泊、多ければ60泊くらいしています」

自身もそれだけのユーザーでもあり、絶対にその目線を失うことはしない。
「見た目では、僕が筆頭株主に見えるかもしれないけど、
名義を貸しているようなもの。
本当のうちのオーナーはユーザーのみなさんなんです」

山井太社長

山井太社長と、写真に写っているのは父親でもある先代の山井幸雄社長。

そのように思える環境を、みずから作り出す努力をしている。
スノーピークのイベントにはほとんど顔を出し、
ユーザーからの声を直接聞き、製品や経営などにフィードバックさせる。

「イベントではいちゃもんつけられますし(笑)、
1日に何通も僕のところに要望などのメールが直接届きます。
ユーザーからも“トオルちゃん”なんて呼ばれたりしていますから。
ブランドの社長というよりも、
“キャンプ仲間の山井ってやつがたまたまスノーピークの社長だった”
というような関係性を保ちたいです」

その結果、ユーザーは製品だけの愛好家ではなく、
スノーピークというブランド自体のファンとなってくれる。
「愛好家のみなさんとのコミュニティがブランドなんです。
ユーザーのみなさんに経営に参加してもらっている感覚です」

社員とユーザー、ガラス張りの関係性。

2年半前に広大な土地の一角に現在の社屋を建て、引っ越してきた。
それからというもの、社長のキャンプ泊数が年間15泊ほど増えたそうだ。
この本社=ヘッドクウォーターでは、50名ほどの社員が働いているという。

メーカーとは思えないオフィス空間

メーカーとは思えないオフィス空間。事務機能はすべてこの一部屋にまとまっている。

来客時の打ち合わせスペースは2階にあり、
社員が働いている1階スペース全体を見下ろせる。
それどころか、一般ユーザーも2階を歩いて見学することができる。
メーカーとユーザー、お互いが近い存在である会社の姿勢が
ヘッドクウォーターに感じることができる。

もちろん社屋は、ユーザーだけでなく、
働く社員にとっても良い環境になるように目指している。
広い吹き抜けの社内で、大きな窓からたっぷりの自然光が注ぐ。
フリーアドレスなので、毎日違う席に座ることになる。
しかもイスの種類などもところどころで変えており、
気分一新、次なるアイデアを生み出しやすい環境づくりにつとめているのだ。

「普通、社長室は最上階だと思いますが、うちは1階にあって、
上をユーザーさんが通ります。
社員の席からは、ユーザーがキャンプしている姿が見渡せます。
それをさらに両方見ることができるのが社長室。
社員を見つつ、彼らのベクトルをユーザーに向かわせる。
そういう配置にしています」

アウトドアのメーカーの本社が、自然豊かなキャンプ場に併設されていることは、
嘘がないように思う。
オフィスで開発や営業し、工場でつくり、ショップで売り、
そして、キャンプ場で使ってもらう。
実際にユーザーが使っているフィールドまでもすぐ目の前にある環境が、
好循環を生んでいることは間違いない。

千葉・やん米

やん米、くいくい。

前回、千葉は南房総にて、[ff_textlink_by_slug slug="tpc-foo-tasty-004"]「太巻き寿司」と「鯵料理」[/ff_textlink_by_slug]を教えて頂きました。
引き続き、まだまだお邪魔しております、真夏の千葉、古民家「ろくすけ」に。
初めて知ったのですが、古民家ってとっても涼しいんですね。
開けっ放しにした縁側から、すーーーっと風が抜けていく。
あんまり気持ちがよくて、畳の上に大の字になって寝そべりたくなる。
そんな気持ちをこらえて、今回は伝統料理「やん米(ごめ)」について伺いました。

初めて耳にする、という方もいらっしゃると思うのですが、私もそのひとりで。
実際目にするまでは、どんな様子のものかまったく想像がつきませんでした。
事前に下調べをと思い、ネットで「やん米」とか「やん米 千葉」と検索してみましたが、
「米やん」という愛称で親しまれた評論家、などがヒットし、実態にたどり着けず。
ならば、しつこく調べるのはやめにして、ここは丸腰でいこう! と当日を迎えました。

そうして、ちゃぶ台の上にある「やん米」らしきものと対面を果たしたわけですが、
これが「やん米」なのか? と判断がつかず。
不思議な、いや、不思議といっては失礼ですが、
完成形なのか? まだ途中の段階なのか?
見た目はパラッと乾燥気味のお赤飯。
ぼたもちとかお饅頭の形状を想像していたので、それとはかなりかけ離れている。
そしてその量がすごい。
これ、何人前!!! という超ド迫力。

「やん米」「やき米」「やーごめ」「えいごめ」など、
地域によってその呼び方もさまざま。
お盆のみならず、田植えどきの晴れの日や、豊作祈願の縁起物としての役割など、
昔から行事食や晴れ食として地域に根づいている。

やん米を作ってくださった鈴木俊子さんに伺ってみた。

テツ「これが、例のその、やん米ですか?」

鈴木「そうですそうです、時間がかかるので作っておきました。
うまくいったかどうか、お口に合うかどうか」

照れくさそうに微笑む鈴木さん。

鈴木「まずは食べてみたら? どうぞどうぞ」

ありがとうございます! 
いっただっきまーす!

「さぁ、召し上がれ~」

FabCafe Part2: アイデアを“出力”する。 デジタル工作で切り開く 未来のクリエイティブ。

クリエイティブな制作環境とカフェをひとつにするFabCafe

世界に広がるデジタルファブリケーションのムーブメント。
その拠点のひとつが渋谷にあるFabCafeだ。
グローバルにコラボレーションしたものをローカルで製造する
そんな時代を象徴するカフェ空間となっている。

ネットワークでオープンソースのデータをシェアする文化がうまれ、
世界中のクリエイターが同じデータを共有することで
新しいものづくりの可能性が広がっている。

たとえば一枚の紙からレーザーカッターで
切り出されたペーパークラフト。
共有されたデータは世界のさまざまな場所で
同じ成形物を出力する環境が整いつつあり、
さらにその素材や加工に独自性を加えることで、
地域のカラーを生かす商品もつくることができる。

一枚の紙から切り出された素材でさまざまな商品が生まれていく

一枚の紙から切り出された素材でさまざまな商品が生まれていく。

店内のランプシェード

店内のランプシェードもFabCafeでつくられたもの。たとえばこの素材に地域性を生かしてみたらどんな商品が企画できる?

アイデアをかたちにするコンテスト、「You Fab」。

「レーザーカッターや3Dプリンタは“道具”でしかない。
どう使うか、というデザイナーの発想が面白い」と、
FabCafeのディレクター岩岡孝太郎さんは語る。

クリエイティブなアイデアをかたちにする企画として、
FabCafeでは昨年より、
レーザーカッターでつくるデザインコンテスト「You Fab」を開催している。

今年は生活に欠かせない必需品としての「紙」を素材にアイデアを募集。
「紙のおもちゃ」「紙のグリーティング・カード」
「紙でつくるパーティーウェアやアクセサリー」
の3部門のグローバルコンテストだ。

そして2012年の優勝者の作品はこの『360°Book』だった。

『360°Book』

レーザーカッターでつくるデザインアイデアを競うコンテスト「You Fab 2012」優秀賞を受賞した『360°Book』

レーザーカッターが切れるのは平面だが、
それを逆手にとって切り出した平面を円形上に配置した。
本を開くと360°にストーリーが展開する。
閉じると一冊の本になる。

FabCafeのオンラインストアで作品のデジタルデータの販売もしている。
購入者はクリエイティブコモンズ・ライセンズの
「表示・非営利・継承」扱いで自由に作品をアレンジして楽しむこともできる。

この作品は商品化のオーダーが世界中から来ていて
アメリカをはじめグローバルで、
照明器具バージョンも加えて発売することが決定している。

立体ジオラマが現れる新しい絵本

ページを一枚一枚レーザーカットし、360°開くと立体ジオラマが現れる新しい絵本。

FabCafe Part1: つくりかたの未来系  デジタルものづくり共有スペース。

世界に広がるFabカルチャー。

いま、ものづくりの世界に革命がおきている。
3Dプリンター、レーザーカッターなど
デジタルテクノロジーにともない発展した「工業の個人化」。
大企業が簡単には成しえない商品の開発に、
デジタルテクノロジーを有効的に利用して
アイデアを持った個人やグループが参入できる環境が生まれている。
それが、“デジタルファブリケーション”と呼ばれる動きだ。

デジタルファブリケーションとは、
パソコンと接続されたデジタル技術を駆使したものづくりのこと。
この場合、消費者が設計者・製造者となれるようなものづくりが多く、
必要な商品を自分でつくることを意味している。

個人がものづくりのネットワークのなかで、
つくるための知識を交換し、共有しながら、
自由な発想で、ものづくりの世界に変化をおこしている。
製造業のあり方やビジネスの方法、マーケティングの手法も
まったく違ったものに変っていくと考えられる。

そんなデジタルファブリケーションの
拠点となるスペースが渋谷の道玄坂上に構える「FabCafe」だ。

FabCafeはそんなデジタルファブリケーションのものづくりの実験場だ。

「ものづくり」の新しいアイデアが生まれる
デジタル工作機械を備えたコミュニティカフェ。

レーザーカッターやカッティングマシーン、3Dプリンターなどのデバイスを置き、
購入した「Fabチケット」で各種デジタル工作機械を使用できる場を提供している
FabCafeは、インターネット回線と電源を無料開放。
コワーキングスペースとしても使うことができるほか、
これらのデバイスを使ったさまざまなワークショップや
クリエーターが集まるパーティなど、毎月さまざまなイベントが企画されている。
また実際にFabCafeで制作された作品なども販売されている。

「FabCafe」店内

レーザーカッターで素材を切り抜く

レーザーカッターで素材を切り抜く。コンピュータ上のデータ通りにレーザー光によって素材を切断したり、彫刻したり、表面に刻印することができる。

千葉・太巻き

郷土料理を習いに、真夏の千葉へ。

郷土料理が好きです。
母から子へ受け継がれたもの、という温かい空気が落ち着きます。
そうえば、以前友人に連れられて占いに行くと、
「あなたには、伝統、文化、料理、の星があります。それも強いパワーです」
と言われた。

その星というもののせいか否か、郷土料理の世界に強く惹かれるもので、
心の赴くままに、あれやこれや試作しています。
レシピ通りに作って上手くいくものもあるのですが、
中には「ハテ?」という仕上がりのものも。

その一つが千葉の太巻き寿司。
お花の絵柄にトンボやパンダ、そう、あのド派手な太巻きです。
これに出会った時、何ともチャーミングなその姿に、それはそれは胸が高鳴りました。
さっそく作ってみようと巻いてみたのですが、これがなかなか難儀で。
すし飯の量、具の配置がとても難しく、
お花の絵柄になるはずの断面が、ただのマダラな太巻きに。
これは自力ではいかんともし難い……。
ならば、現地に出向いて教えてもらおう! と、リサーチを開始。
すると「千葉自然学校」というNPO法人が目に留まり、電話をしてみた。

電話口に出てくれた女性は千葉自然学校事務局長の遠藤さん。
聞けば遠藤さん、千葉の郷土料理にかなり通じている人物。
千葉全域の郷土料理を研究調査し、ひとつの資料にまとめるなど、
ふるさとの料理を絶やさずに継承していこうと活動されている方なのだ。
なんて運のよいことか、そんな素敵な方に出会ってしまった。
太巻きにまつわる歴史や背景などを丁寧に教えていただいた後、

「私の知り合いで、太巻き作れる方いますよ、作りましょうか?」と。

なーんと有り難いお言葉。
思ってもいなかったこの展開に、胸が躍る。

テツ「ぜひ! お願いします!」

ということで、千葉自然学校の遠藤さんのお力をお借りすることに。

テツ「あの、、、太巻き以外にも何かお願いできません、、か?」

すると、

「鯵がおいしいですよ~、今時期は」

とのご回答。

ア、、、ジ~~~♡

千葉へ、いざ行かん。

東京駅から1時間半、南房総の平久里へ到着。
ここに「ろくすけ」という立派な茅葺き屋根の古民家がある。
目の前に広がる里山の風景ともったりした夏の空気に、体が溶けていく。

ここ「ろくすけ」は、廃屋となっていた築180年の古民家を、
千葉自然学校が整備し再生させた建物。
千葉自然学校は、自然活動を通して、千葉の里山里海を活性化させようと活動している。
この「ろくすけ」もその活動拠点のひとつ。
かつて「里山100選」にも選ばれた、美しい景色が広がるこの平久里地区。
昨今では高齢過疎化が進み、その状況は深刻だそう。
そこで、外部からの人の流れを作り、住民たちとの交流によって
地域を元気にしようと試みている。
例えば、美しいナメ床の川を散策したあと、
この「ろくすけ」に宿泊する体験ツアーなどもあり、
地域の住民たちと共に、たき火や夕食作りが体験できる。

ubushina Part2: 伝統技術は、“こと”を生み出す “もの”づくりへ。

高岡から始まったubushina流ものづくり。

伝統技術を生かしたものづくりをすすめている「ubushina」は
全国各地の伝統工芸職人と、ビジネスパートナーとして良い関係性を築いている。
ubushinaから発注を受けて、実際にものづくりをしている現場を求めて、
関係が深いという富山県高岡市を訪れた。

ピカピカに光る鏡面仕上げの木のオブジェが迎えてくれるのが「能作」。
今ではシンプルなデザインの風鈴で有名だが、
かつてより金属を鋳造して仏具や花器、茶道具などを製作するメーカーである。

ubushinaの立川さんとの出会いは2000年。
高岡市伝統工芸センターで、立川さんがコーディネートする勉強会が開かれた。
「立川さんがアレッシィのステンレスボールを持ってきていたんです。
うちは茶道具を作っていたので、似たような茶道具を持っていったら、
立川さんが“これはすごい技術だよね”といってくれました」と
出会いを語るのは、能作の代表である能作克治さん。

能作克治さん

能作の代表取締役社長・能作克治さん。実はお婿さん。

能作さんは、もともと新聞社でカメラマンをしていたが、
能作に入社後、17年ほど現場で職人として働いていた。
当時は問屋を通しての仕事がほとんどであったため、
市場というものが見えておらず、「お客さんの顔がみたい」、
そして「商品開発をしてみたい」という思いがふつふつとこみ上げてきていた。
それまでは伝統のままに、クラシカルな商品をつくってきていたが、
ヒット商品となる風鈴が開発され、鋳造技術を生かしたOEMなども増えてきた。
それら新しい仕事のきっかけをつくったのがubushinaの立川さんであった。
ubushinaからくるオファーはほとんどがオーダーメイドで、
開発や挑戦が必要になるものばかり。

「金属の常識にない提案もあって、答えを探すのは、個人的には楽しいですよ。
うちは、どんなボールを投げられても、絶対にバットを振ります。
伝統工芸の世界では特に、バットすら振らないひとが多いんです」

多くの伝統技術が衰退していくのは、現代に合う感性を発揮することができず、
次へと進化していくことができなかったという理由が多いだろう。
そうならなかった成功事例のひとつが能作であり、
動機付けをしたのがubushinaだろう。

「“できない”とは絶対にいいたくありません。
それが一番簡単な言葉ですからね」という能作さんの言葉は、
きっとオーダーする側のubushinaにとっても安心感があるのだろう。
こうも続ける。
「ubushinaのいいところは強要しないことです。
ちゃんとクライアントにこちらからの新しい提案も確認してくれます。
さらに、ものとこと、そしてその先の心までちゃんと伝えてくれます」
能作があきらめずに難しい注文にも応えてくれるから、
ubushinaも現場の意見をくみ取る。
そんなお互いの長くて強固な信頼関係が築かれていることを感じる。

金属を流し込むための型をつくる

金属を流し込むための型をつくる。この作業が、高岡の鋳物業に伝わる職人技のひとつ。ひとつひとつ手作業で行われ、1日にひとりでできるのは60枠程度。

溶かした真鍮を型に流し込んでいる様子

能作の工場は若いスタッフで活気に満ちている。溶かした真鍮を型に流し込んでいる様子。その温度は1200℃!

能作の人気商品〈KAGO〉を磨く

能作の人気商品〈KAGO〉を磨く。この平面が立体的なカゴになる。やわらかい錫という素材の特長が活かされた商品。

ubushina Part1: コンテンポラリーなデザインによって、 伝統技術にあらたな価値を生み出す。

日本の素晴らしい伝統技術を売って、オーダーメイド制作。

家具、インテリアなどのプロデュースカンパニー「t.c.k.w」の
プロジェクトである「ubushina」。
漆、金箔、鋳物、陶磁器、和紙、布、木工など伝統的な素材や技術を用いながら、
家具・照明器具・アートオブジェなどの製作やプロダクトの開発を行っている。
ubushinaを漢字で書くと“産品”で、
生まれた場所という意味の産土(うぶすな)と
同じ意味を持つ日本の古語である。
そんな純和風のネーミングを持ちながらも、代表である立川裕大さんは、
もともとヨーロッパ系のインテリア企業に勤めていた。

仕事やプライベートでミラノサローネなどの本場に出かけていくうちに、
こんな言葉をきくことがあった。
「日本人は、なんでイタリア人みたいなデザインをしているんだ?」

そしてあるイタリア人建築家のアトリエで
デザインの社会性という視点を目の当たりにする。
美しいデザインは、実は社会に対する答えのひとつであると気がついたのである。

「高岡クラフトコンペ」の様子

富山県高岡市の「高岡クラフトコンペ」にて審査員として参加している立川裕大さん(一番右)。

それらを感じた30歳頃、
自身もまだ若く日本や社会との結びつきはわからなかったが、
ビジネス的な成功や利益のためだけに力を注ぐのではなく、
もっと足もとを見つめ直さなければならないという思いが
頭のどこかに残っていた。

1999年、33歳で独立。するとすぐに富山県高岡市から声がかかった。
高岡はもともとものづくりで有名なまちだが、当時はすごく冷え切っていたという。
かつてから、伝統工芸と現代的なデザインを
組み合わせるような試みは行われていたが、そのほとんどが一度つくって、
大きな展示会などで発表して終わりというものだった。
そんな一過性なことでは意味がないと思った立川さん。
そこで思いついたのが、「ものではなく技術を売りましょう」というアイデアだ。
前職で、店舗や施設などのオーダーメイドを手がけていた立川さんにとって、
そのニーズがあることもわかっていた。

「例えば薄いガラスを使ったグラスをつくれるのならば、
その技術を使って照明器具にしたいひともいるかもしれないし、
アートワークをつくりたいデザイナーがいるかもしれないですよね」
そして200種類ほどのマテリアルサンプルをつくり、東京で紹介をはじめた。

〈槐樹〉のパーテーション

八芳園にある会席料理店〈槐樹〉のパーテーション。組子で仕上げた。(写真提供:ubushina)

もちろん最初は鳴かず飛ばず。うまくいく確信はなかったが、
「巨匠建築家のアンジェロ・マンジャロッティがつくったシャンデリアは
ムラーノグラス(イタリアのムラーノ島の伝統技術)だったなぁ」
など、世界のいくつかの成功事例が立川さんに勇気を与えていた。

2003年に目黒のギャラリー&ホテルのCLASKAで照明製作の依頼が入り、
そのころから伝統技術が“売れる”ようになってきた。
これらマテリアルサンプルをもとに生まれるのは、
伝統技術を用いつつもコンテンポラリーなデザインの商品。
ubushinaにオファーしてくる設計事務所やデザイナーは、
伝統技術を拡張してくれる。

「伝統工芸職人が培ってきた技術や知恵を、そのままトレースするのではなく、
上書きしていかないといけません。
しかし、職人にまったく新しいことをやってくれといっているわけではなく、
新しい枝を生やしましょうという提案なんです。根っこは変わりません」

水は流れていないとよどんでしまう。伝統技術に甘んじてはいけない。
過去もしっかり見ている立川さんだからこそ、未来を職人へ語ることができる。

ペニンシュラホテル内のPETERバーに設置されている木のオブジェ

ペニンシュラホテル内のPETERバーに設置されている木のオブジェ。ubushinaが「能作」に依頼して制作された。ピカピカの光沢仕上げが高級感あふれている。(写真提供:ubushina)