〈 この連載・企画は… 〉
フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。
text & photograph
Tetsuka Yamaguchi
山口徹花
やまぐち・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。
前回に引き続き、兵庫県・淡路島よりお届けします。
今回ご紹介するのは「ちょぼ汁」です。
本題のちょぼ汁に触れる前に、ここまでの流れを少し。
神戸出張から少し足を伸ばし、淡路島へやって来ました。
市役所にご紹介いただいた地元の方を訪ね、郷土料理を教わっています。
生まれも育ちも淡路島というおふたり、河野さかゑさんと野村かよ子さん。
前回作って頂いたのは、淡路島名物「たこ飯」と、「いびつ餅」です。
ほんわり優しく香るたこ飯、熱々とろ~りいびつ餅、極上の味わいでした。
今回のちょぼ汁は、私からお母さんにリクエストしたもの。
『聞き書き日本の食事』というシリーズ本があり愛読しているのですが、
その中にこんな記述がありました。
ちょぼ汁は、乳の出を良くすると言って、産婦には必ず食べさせるもの。
もち米の粉を耳たぶくらいのやわらかさに練り、
生まれた子が男の子ならひょうたん形、
女の子は俵形にする。
うーーーん、なにやら温かい、ぐっとくる。
ぜひぜひ、この郷土料理に触れてみたい。
河野さんに伺ったところ、「作れますよー」とのご返答をいただき、
今回お願いした次第。
それでは、調理室に戻ります。
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★ちょぼ汁(6人分)
材料
ささげ豆:120g
だし汁(昆布と鰹節でとる):450g
干しずいき:15g(ずいきとは里芋や八頭の葉茎。インターネットで購入できます)
もち粉:150g 味噌:60g 鰹節:少量
前もって、ささげの下準備をしておく。
さっと洗って3カップの水に3時間浸ける。
一度煮て、水切りをする(あくを抜くため)。
その後、新たに水3カップを加えて柔らかくなるまで煮る。
だし汁に、ささげとお味噌。
はて、いかような味なのか。
野村「これ、どうぞ、熱いうちに」
はい! いただきまーす。
???
お汁粉の味を想像していたのですが、完全に味噌汁よりですね。
そうかそうか、砂糖が入っていないんだものね、豆の味噌汁です。
ずずっと汁をすすると、ほっこりした豆に当たり、ふにゃっとしたずいきがやってくる。
その後、もちっとした団子と、そこへかぶさるようにして鰹節がガツンと主張してくる。
次から次へと展開する味わいと食感に、頭の中が少々混乱する。
そう、この一杯から産婦さんが栄養を取るのだもの、
ひとつのお椀にいろいろなものがギュッと詰め込まれているのだ。
「ちょぼ汁」という呼び名には、「おちょぼ口」の可愛い赤ちゃんになるように、
という願いが込められているそう。
産後の女性の回復食として、淡路島で長く受け継がれてきた。
ささげは古い血を下ろす作用があり、産後の母体をきれいにしてくれる。
栄養価の高いだんごは、母乳の出を良くする。
味噌や鰹節はタンパク質を多く含み、
ずいきはミネラル、ビタミン類、食物繊維を豊富に含む。
また、ずいきには子孫繁栄の願いも込められている。
里芋は親芋から子芋、孫芋とどんどん増えていくからだそう。
河野「どうですか~?」
私の顔を覗き込む河野さん。
テツ「んっと、なんか、ええと、初めての味です」
野村「ふふふ、そうやろね~。最近じゃこの辺でも食べんようになったしねぇ」
あら、そうなんですか?
河野「みんな作らんくなったねぇ」
やはり、そうなんですね。
関西の友人や、淡路島出身の友人にも聞いてみたのですが、
みなちょぼ汁の存在を知らなかった。
テツ「娘さんが出産されたときは作りましたか?」
河野「そんときは作りましたよ」
あ、よかった。
河野「いまはほら、昔と違って病院で生むからね。
退院してきたときに作って、近所の方に振る舞ったりね」
ほー、産婦さんだけでなく、みなさんで召し上がるんですね。
河野「赤ちゃんを見に来てくれはった方に振る舞うんやな。内祝いみたいなもんでな」
ふむふむ、なんかいいですね、そういう行事食。
テツ「野村さんも娘さんに作ったんですか?」
野村「あたしは娘には作らんかったなぁ」
おーーー、もうここで途絶えているのか……ちょぼ汁の歴史。
野村「でも、自分が出産したときは、嫁ぎ先に母親が持って来てくれたなぁ。
そんときは材料をお祝いと一緒にね」
ほ、材料という方法もあるんですね。
いろんな扱われ方があるんだな、このちょぼ汁。
河野「地域ごとにやり方も違うしなぁ、だんごの形も違うしなぁ」
テツ「あ、あの、男の子がひょうたん形で、女の子が俵形とかって本で読んだのですが」
河野「うちんとこは変えないなぁ、よそではそうなんかもしれんねぇ」
島の南北、山側と海側とで、採れる食材や食べ方など、かなり異なるそう。
テツ「産後にちょぼ汁を飲むって、どんな感じなんですか?
なんかこう、エネルギー漲る! とか、そんなことはあるのでしょうか」
野村「うーーーん、どうかなぁ、安心する感じやったかなぁ。
これでお乳がいっぱい出るから大丈夫! っていう感じやったかな。
あんまし出なかったけどな、ハハハ(笑)」
ふ~~~、お腹いっぱい、ごちそうさまでした。
あ、そうだそうだ、淡路島に来たらぜひに伺いたかったことが。
『聞き書き~』に衝撃的な写真が載っていたのです。
たこがズラッと干してある様、これをひと目見て帰りたい。
この光景に出会える場所があるか、聞いてみた。
河野「ありますよ、藤本水産いうてな、北淡のほうに」
やった! 教えてください、そこ。
野村「あそこは、ちりめんも美味しいよー」
ナイス!
ということで、たこ干しスポットの情報もゲットし、江井のまちを後にする。
河野「これ、持って行って」
手元には何やら大きいビニール袋。
河野「漁師さんからもらったたこ、冷凍してあるから持ってって」
キャー! 嬉しい!
野村「これもよかったら」
折り詰めのなかに、先ほど作っていただいた「たこ飯」と「いびつ餅」がぎっしり。
わ~~~、ありがとうございます。
河野「また遊びに来てくださいね~」
感涙。
レンタカーに乗り込み、たこ干しの現場へと向かう。
途中きれいな海水浴場を見つけて寄り道。
穏やかな海を眺めながら、先ほどまでの余韻にしばし浸る。
淡路島に住むってどんなかな~。
おふたりに教えていただいた「藤本水産」に到着。
あたりを物色すると……あった! たこ! たこ! 干してある!
風に揺られて気持ちよさそうな、たこー。
出会えてよかった、この光景に。
野村さんのおススメ、雑魚も忘れずにチェックしよう。
店内へ入ると、おーーっと、テンコ盛りの雑魚を袋詰めしているではないか。
テツ「こんにちは~、すごい量の雑魚ですね」
アー!!! ハハハハハハハ!!!
店員「どっから来たの?」
テツ「東京です」
イヤーーー! ハハハハハ!!!
彼女たちの笑う姿を見て、
「だって、ラッキョウが転がるんですもの」
という昔のCMを思い出してしまった。
テツ「なんだかいい感じ、写真撮ってもいいですか?」
やだやだ~、ギャハハハハハ!!!
テツ「ではでは、一枚いきますよ~」
こんな感じです、とモニターを見せるとまた爆笑。
いいな~、淡路島の人たちって晴れやか。
以前、どこかで聞いたことがある。
淡路島は昔から食料が豊富だったため、飢饉の歴史がほとんどない。
そのため、人々がのんびりと朗らかな気質だとか。
うん、その通り。
いっぺんで好きになってしまった、この島が。
後日、原稿を確認してもらおうと、河野さんに電話をした。
電話口から聞こえてきた河野さんの声が、初めて話した時よりも高く、少し弾んでいた。
それが、とっても嬉しかった。
河野「原稿チェック? いりまへんいりまへん、好きに書いてくれてけっこうです~」
うん、いいな、この感じ。
いただき物のたこを調理してみました。
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