〈 この連載・企画は… 〉
フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。
text & photograph
Tetsuka Yamaguchi
山口徹花
やまぐち・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。
『コロカル』の撮影で、神戸へ行くことに。
スケジュールを確認してみると、撮影後に半日の空きがある。
ならば、ついでに美味しいものにありつきたい、とリサーチを開始。
まずはGoogleマップで神戸周辺を眺めてみた。
ふむふむ、おっと! そうだ、淡路島か。
コロカルの編集者に以前聞いたことがある。
テツ「全国を旅してみて、どこが一番美味しかった?」
エビハラ「淡路島です!!!」
と力の入った回答。
コロカルで一番の美食家とされる彼女が言い切るのだ、
美味しいものに出合えるに違いない。
mapで経路を算出してみると、神戸から車で1時間半。
行けますね、行きましょう!
ということで、まずは目的地が決定。
せっかくならば味わうだけでなく、その作り方も覚えて帰りたい。
ということで、淡路市役所に電話をかけ、相談をしてみた。
すると、親切な女性職員の方が、地元のお母さんを紹介してくださった。
河野さかゑさん。
早速電話をかけてみよう。
テツ「突然の電話ですみません、市役所からご紹介いただきました」
諸々のことを説明し、何か作って頂けないかとお願いをした。
河野「はぁはぁ、いいですよ~」
ありがとうございます!
低音の落ち着いた声、のんびりとしたテンポが心地よい。
テツ「昔からよく作る、地元ならではの料理はありますか?」
河野「うーん……たこ飯なんかかね~」
テツ「たこ飯! いいですねー」
河野「たこは淡路でよう採れるからね~」
テツ「ぜひぜひ、お願いします! ちょぼ汁というのも本で読んだことがあるのですが、
いまでも作りますか?」
河野「は~は~、作りますよ、できますよー」
やた!
テツ「あの……甘いものも何かあればお願いしたいのですが」
河野「淡路ゆうたら、いびつ餅かね~」
テツ「いびつ餅? 初めて聞くのですが、それはどんなものでしょうか?」
河野「いびつゆうのは……まぁま、食べたらわかると思いますよ~、ふふふっ」
テツ「はい、では伺わせていただきます!」
食の宝庫、淡路島へいざ行かん。
神戸駅でレンタカーを借り、淡路島を目指す。
明石海峡大橋に差し掛かると、向こうのほうにうっすらと島が見えてきた。
ワクワク感が絶頂に。
海ーーー! 島ーーー!
今回訪ねたのは、淡路島の北に位置する江井という港町。
漁港のあるこのまちには、常に新鮮な魚が出回っている。
河野さんとの待ち合わせ場所、江井コミュニティーセンターに到着。
車から降りると、お線香の香りがあちらこちらから漂う。
江井は、お線香のまちでもあり、全国の生産量のうち
7割がこのまちで作られているそう。
建物に入り「調理室」という札の掛かっている部屋へ。
ここでよいのかしら? と、少し躊躇しながら引き戸を開けてみる。
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テツ「こんにちは~」
そこには、ちゃかちゃかと調理をこなすエプロン姿のおふたりが。
こちらにチラリと目をやり、はにかみながら会釈をしてくださった。
ここで間違いなさそうだ。
電話でやりとりをさせていただいた、河野さかゑさん。
お手伝いに来てくださった、野村かよ子さん。
河野「どうも~。遠いとこから、よう来てくれました~」
三角巾をきっちり巻いた姿が、調理実習のようでなんだか楽しげ。
あ~、私も三角巾持ってくればよかった。
野村「大変やったねぇ、東京からわざわざ、遠いのにねぇ」
やや高めの、少しくぐもった声が柔らかい。
!!!
野村さんの前に、ピンク色、いや、桜色というのがふさわしい、
それはそれは美しい「たこ」が鎮座している。
テツ「キレイですねー」
河野「これね、いまサッと茹でたところでね。これ切ってたこ飯作るから」
ではではさっそく教えていただきます、まずはたこ飯からスタート!
★たこ飯(6人前)
材料
お米:3合 まだこ(茹でたもの):130g
醤油:大さじ3 酒:大さじ1と1/2 みりん:大さじ1と1/2
木の芽:適宜(今回は三つ葉で代用)
たこといえば有名なのが明石。
その明石の目と鼻の先に位置するここ江井でも、上質なたこがよくとれる。
それを、知り合いの漁師さんからいただくのだそうで、何とも羨ましい。
河野さんのお父さんも、江井の漁師だったそう。
テツ「どんなお父さんだったんですか?」
河野「ふふふふふっ」
顔がほころぶ、嬉しそう。
河野「派手な人やったですよ~」
口を押さえながら、ひそひそ声で話す河野さん。
河野「夜は派手でね~」
??! オンナですか!!!
河野「お酒飲む人やったから、知り合いを呼んじゃぁ、家で宴会しとったなぁ」
あっ、お酒ですか、よかった。
河野「昼間はおとなしい人やったなぁ。よう働く人やった。
毎日とれた魚を持って帰ってきてくれてなぁ」
思い出をポツリポツリと話してくれる河野さん、その表情はふっくらと優しい。
テツ「お父さんと一緒に、漁船に乗ったことはあるんですか?」
河野「いやいや、それはないなぁ。船に乗ったんも、生まれてこのかた一回きりやな、
観光船に乗ったなぁ、大人になってから」
??? 観光船?
河野「もうもう、酔うてしもうてな~。あれは……あかん……」
意外なご返答。
ピーピー。
炊飯器の炊きあがりサインが鳴った。
蓋を開けてみると、たこの香りを含んだ蒸気がもわーっと上がる。
思わずワーッと声が出てしまった。
河野さんがお茶碗によそってくれた。
「いただきまーす!」
まずはひと口。
ほわ~、ふんわりと優しいたこの香りが広がる。
お醤油が控えめなので、たこの風味がストレートにやってくる。
さてさて、主役のたこは、と。
柔らかくてプリプリ! 美味しい~。
テツ「美味しいです!!!」
嬉しそうに笑うおふたり。
テツ「おかわり……いただいてもよいですか?」
野村「どうぞどうぞ! たくさん炊いたから、どうぞ!」
テツ「たこ飯って、どんなときに作るんですか?」
野村「簡単やから、よう作るねぇ」
おふたり、顔を見合わせて、
「お金に詰まったときかなぁ ワハハハハ(笑)」
★たこ飯の由来
昔は、井戸替えの行事食として作られていたそう。
(井戸替えとは、井戸の水をすべてくみ出し、掃除をして新しい水に替えること)
昔は、隣何軒かに手伝ってもらい、大勢で井戸替えをしていた。
その作業が終わったときに、手伝ってくれたご近所さんに振る舞ったという。
忙しい行事の最中に作れる、手間のかからない料理として作られた。
おふたりの前に、なにやら大量の葉っぱが盛ってある。
河野「これがね、いびつの葉ゆうんよ。これにお餅をのせて蒸すんが、いびつ餅」
あ、合点。
調べてみたところ、「いびつの葉」は形が曲がっているから「いびつ」と呼ばれている。
ちなみに、「いびつ」という言葉は「飯櫃」(いいびつ)からきている。
昔の飯を入れる木製の器(いいびつ)が楕円形で
曲がっていたことがその由来、だそうです。
いびつの葉(別名・サルトリイバラの葉)、インターネットで探せば買えますが、
時期によっては入手困難なようです。
テツ「いびつの葉って、初めて見ました」
野村「ほー、そうですか、東京だと柏? 全部?」
テツ「おそらく、柏がほとんどかと」
野村「あたしは柏餅って、食べたことないな~。
ここら辺りでは、みんないびつやからねぇ」
河野「この葉っぱ、この人がとって来てくれたんよ、裏の山で」
テツ「えっ! そうなんですか! ありがとうございます! 買うんじゃないんですね」
野村「その辺にあるもんねぇ(笑)。子どもんときも手伝いで、ようとってきたなぁ」
河野「そうやね、あたしらが子どもんときは、よう手伝いしたけどなぁ。
この頃の子どもらは忙しそうやね~、塾やら何やらって」
野村「よう怒られてるしなぁ。あたしらが子どもの頃は、
親にしかられたりせんかったけどなぁ。
最近の子どもらは、よう怒られとるねぇ、大変そやなぁ」
そんなお話をしながらも、手元ではくるくると器用にお餅が包まれていく。
野村「一緒にやってみる?」
見よう見まねで、あんこを生地に包んでいく。
思ったほど難しくない、うまくいった。
テツ「これって、お母さんから教えてもらったりしたんですか?」
河野「教えてもらったこと、ないなぁ。お手伝いしながら、自然と覚えたんやねぇ」
野村「なんでもそうやね、たこ飯もちょぼ汁も、教わらんでも自然と覚えたね」
小さい子どもの手と、大きい大人の手で包まれていくいびつ餅。
そんな風景を想像すると、何だか温かい気持ちになる。
テツ「お手伝いするのって、楽しかったですか?」
河野「いや、楽しいもなにも、するんが当たり前やと思ってたなぁ」
そうこうしている間に、いびつ餅がすべて形になった。
あとは蒸すだけ、出来上がりが楽しみ。
★いびつ餅(5個分)
材料
餅粉:100g 水:60~80cc(様子をみながら調整)
いびつの葉:10枚 あん:80g 片栗粉:少々
蒸し器の蓋を開けると、「ふぉわ~」
一気に蒸気があがり、いびつの葉の香りが漂う。
河野「ちょうど、いいやろか」
器に盛りつける。
野村「蒸したて、食べてみる?」
テツ「はい!」
!!!
なんだこれは! おっ、美味しい~。
お餅がとろ~んとやってくる。
そののち、中に隠れていた温かいあんこが、とろーんと雪崩落ちてくる。
寒い雪の中を歩いた後に、温泉に入って「ふぅわぁ~」という感覚に似ている。
ひと言、至福です。
テツ「なんか、いま、すっごく幸せです」
おふたり「(笑)」
次回「ちょぼ汁」に続く。
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