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千葉・ちっこ豆腐

美味しいアルバム
vol.008

posted:2014.2.25   from:千葉県南房総市  genre:暮らしと移住 / 食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。

text & photograph

Tetsuka Yamaguchi
山口徹花

やまぐち・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。

温かくふわっふわの、その名も……。

ある日の午後、「牛が生まれるよ~」という知らせを受けた。
電話口の女性は、千葉県南房総に住む鈴木俊子さん。
以前この連載で「やん米」という郷土料理を教えてくれた方。
その鈴木さんからの電話だった。

鈴木「ほら、ちっこ食べたいって言ってたでしょ。
そろそろ生まれるよー、来れる?」

待ってました!

テツ「いつまでに伺えば間に合いますか?」

鈴木「あと4、5日で生まれるって言ってたから、そのあたりはどう? 来られそう?」

テツ「はい! 行きます行きます!」

鈴木「ふふふ、よかった。じゃ、お待ちしてますよ~」

お礼を伝えて電話を切ると、じわっと嬉しさがこみ上げてきた。
ひとつは「ちっこ」に出会えること。
そしてもうひとつ、鈴木さんが忘れずに連絡をくださったこと。

以前この連載で、千葉の郷土料理を地元のお母さん方に教えてもらいました。
(「千葉・太巻き」「千葉・やん米」)
その帰り道、バス停まで送ってくださった鈴木さんと「ちっこ」の話に。

鈴木「牛の初乳を煮立てると固まるんだけど、それがホワホワで美味しいんだよね~」

産後の牛の初乳は高タンパクなため、火を入れるだけで固まる。
それをいろいろな調理法でいただくのだそう。
ただ、初乳はとても足が早く、搾ったらすぐに煮立てないと傷んでしまうらしい。
そのため、一般にはあまり流通せず、酪農家さんのあいだで楽しまれている逸品。
鈴木さんは年に数回、それを馴染みの酪農家さんからいただくのだとか。

そんな話を聞いてしまったら、体感しないわけにいかない。
どうにか食べてみたいとお願いしてみると、

鈴木「次に生まれるとき連絡しようか?」

と、約束をしてくれた。
そして今回の電話につながる。

数日後、東京駅から高速バスに乗り、南房総を目指す。
待ち合わせの場所、道の駅「富楽里」に到着した。
以前、鈴木さんに見送っていただいた場所、ここで再会する。
バスから降りて辺りを見回すと、駐車場の奥に鈴木さんの姿が見えた。

テツ「こんにちはー、いろいろとありがとうございます」

鈴木「よく来たね~、大変だったでしょ」

鈴木さんの顔を見ると、つい昨日も一緒にいたような親近感が湧いてくる。
人を安心させる何かを、鈴木さんは放っている。

車に乗せていただくと、袋いっぱいに詰められたみかんが、後部座席に鎮座している。

鈴木「これ、重いけどお土産に」

なんとありがたいお心遣い。

鈴木「あとこれも、重いけど」

千葉県産のお米5キロ、確かに重い。
けれど、そのお気持ちが心に染み入る。

テツ「いつもすみません、ありがとうございます」

鈴木「いい景色があるんだけど、そこ回って行こうか?」

はい!

取材に行った10月は、ちょうど南房総はみかんの最盛期に差し掛かっていた。
木々には、橙色に熟した実がこぼれおちそうになっている。
みかん畑の緩やかな景色を眺めながら、いただいたみかんを頬張る。
瑞々しくて甘い汁が、口いっぱいに跳ねた。
私を迎えに行く前に、もぎたてのものを買いに行ってくれたのだそう。
感涙。

鈴木さん御用達の「川名みかん園」はみかん狩りもできます。

Page 2

ちょうどみかんをひとつ食べ終えた頃、酪農家さんのお宅へ到着。

鈴木「今日ね、ここの牛やさんがちっこ作ってくれるから、ちょっと待ってて」

鈴木さんが先に車から降り、ご挨拶に向かう。
玄関先で何やら話をした後、急いで戻って来た。

鈴木「そろそろ温度が上がるんだって! 早くしないと!」

???

どういうこと? 
わからないけれど、手早く機材を準備してお宅へ突入。

テツ「おじゃまします!」

台所に入ると、コンロに置かれた大鍋と向き合っているお母さんの姿が。

テツ「こんにちは、今日はありがとうございます」

柔和な空気をまとっているお母さん、前田みつさん。
少し緊張している様子で、こちらをちらりと覗く。

母「どうも~」

テツ「いま、これはどういう状況ですか?」

母「この温度計が80度超したところでしょぉ、90度になるまで温めるのね」

鍋には真っ白な牛乳がたっぷりと注がれ、少し泡が立ち、こんもりしている。

そこへお父さんが登場。

テツ「すみません、おじゃましています」

父「あ~、よくいらっしゃいました~」

前田善治さん。
端正なお顔立ちに、薄茶色のきれいな瞳が印象的。

父「今日はなんか、ねぇ、熱出ちゃってねぇ」

??

テツ「熱? どなたがですか?」

父「いや、お産した牛がね、熱出しちゃったもんだから」

あっ、人ではなく牛ですね。

父「だから、初乳が使えないんですよねぇ、
獣医さんが来て抗生剤を打ったもんだからね」

??

えと、初乳ではない?

父「今日はだから、牛乳のほうでね」

ん?

とすると???

テツ「あの、この、いま煮立ててるのは?」

母「普通の牛乳」

……。

牛がお産で熱を出した場合、抗生剤を投与することがある。
そうした牛の牛乳を飲むと、薬が人体に影響を及ぼす可能性があるので、
一定期間飲むことが禁止されているのだ。

初乳に……初乳に出会えなかった……。
しばし呆然。

父「初乳より、普通ので作ったほうが美味しいんですよ」

そうなんですか?

母「知り合いもね、初乳じゃなくて普通の牛乳のがいいって、
こっちが欲しいって言うんだよねぇ」

ほぉ、そうでうすか、ふむふむ。

母「でも、初乳で作るより量ができないのね、だからけっこう大変なんだよね」

初乳は高タンパクなため、大量のかたまりがとれる。
普通の牛乳を使う場合、初乳の半分の量しかとれないのだそう。

鈴木「今日のはほら、搾りたての牛乳だから特別だよ、
なかなか食べられないよー」

ふむ。
初乳に出会えなかったのは残念だけれど、これはこれで楽しみ。

母「そいだから、今日はお酢を入れるわけ、
初乳と違ってそれだけじゃ固まらないからね」

なるほど、それでこのカップが用意されていたのか。
テーブルの上に、お酢の大瓶と計量カップ。
牛乳に含まれるタンパク質が、酸性のお酢によって固まる。

テツ「お酢はどれくらい入れるんですか?」

母「このお鍋いっぱいで、180ccちょうど」

テツ「このお鍋だと、牛乳はどれくらいですかね?」

母「うーーーん、7リットルか8リットルじゃないかと思うよ」

なるほど、ざっくりですね。
温度計を注意深く見ながら、

母「そろそろ90度になるよ、いい?」

カメラを構え、スタンバイオッケー!

90度より低いとうまく固まらず、高すぎると堅くなってしまうのだそう。
こんもりした搾りたての牛乳に、お酢が投入されていく。
ゆっくりゆっくり混ぜていくと、少しずつ固まり始めてきた。
なんだか実験みたい、ワクワク。

母「あっ、いいね、よくできた」

お母さんの顔から、安堵の笑みがこぼれる。
穴空きのお玉で、丁寧にすくっていく。
大方すくい終わったところで、

母「お父さん、お父さんこれ!」

ここでお父さんの出番。
鍋をよいしょと持ち上げ、シンクに置かれたザルへお湯をこぼす。

テツ「こういうところはやっぱり、お父さんの出番なんですね」

父「いや、普段はやんないですよ~」

照れ笑い。

むわ~っと湯気が立ち上り、部屋中が柔らかいミルキーな匂いに包まれる。
なんだろう、この幸福感は。

母「これ、できたての食べてみる?」

はい! はい!

母「醤油をちょこっとかけてね」

牛乳に醤油とは、意外な取り合わせを初体験。
いただきます!

ほふっ、ほふっ、ほわ~。
とてつもなく濃厚な乳の香りが、もわ~っと口中に広がる。
温かくて柔らかくて、優しい味。
ほんわりした乳の味を醤油がぐっと引き締め、見事に調和している。

テツ「おいしい~! これいくらでもいけちゃいますね」

母「ふふふ、よかった。
息子もこれ出してやると、うめえうめえって食べるもんねぇ」

テツ「このかたまりを、ちっこって呼ぶんですね?」

母「いや、ちっこっていうのは、ここいらの方言で牛乳のこと」

わたくし、勘違いをしていたようです。

鈴木「んだからこれは、ちっこを固めたものとかって言うけどね。
初乳の場合は初乳を固めたものって言うしねぇ」

テツ「初乳のことは、ちっこって言わないんですか?」

鈴木「いや、初乳は初乳、ちっこはちっこ」

母「カッテージチーズって言ったりもするけど、最近になってからだしねぇ」

鈴木「うーーーん……」

ここでお父さんがひと言。

父「ちっこ豆腐とも言いますけどね」

母・鈴木「そうそう」

納得の様子。

次回、ちっこ豆腐を使った料理をお届けします。

とっても仲のいい前田ご夫妻、牛舎の前で一枚。

鈴木さん、次回「ちっこ豆腐丼」を作ってくれます。

★ちっこ豆腐

材料

ちっこ(牛乳):1リットル(少量でも作れます) 

お酢もしくはレモン汁:75cc

1. 鍋に牛乳を入れて加熱し、90度になったらレモン汁を加えて軽くかき混ぜ、火からおろす。

2. しばらく放置すると、固まりと液体とに分離してくる。

3. 布巾などで漉す。

お茶碗一杯分くらいとれました。ほわほわのできたて、醤油をかけてどうぞ。日持ちしないので、その日のうちに食べてください。

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