〈武蔵野デーリー〉で知る、 牧場主の哲学と情熱が反映された クラフトミルクの魅力

牧場の環境、飼育方法、季節によっても変わる味わい

牧場や牛によって、それぞれ異なる個性を持つ「クラフトミルク」。
普段の生活のなかでは、なかなか触れる機会が少ないが、
実際、どのような個性を持ち、どのような違いがあるのだろうか。

品種、エサ、育て方、殺菌方法により味わいが変わり、
特に放牧の場合は、季節、場所によって草の状態が違うため、
それが味や風味にもダイレクトに反映される。

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の副店主・木村充慶さん。

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の副店主・木村充慶さん。

「草が青々と茂る春は乳から草のような爽やかな香りが感じられますし、
夏になると牛が水分をたくさん飲むようになるので、すっきりした味わいに。
冬になると脂肪を蓄え、水分もあまり取らなくなるので甘くて濃厚なんです。

3月頃から徐々に春らしい味わいになってきます。
放牧のほうがそういった季節の違いや牧場ごとの味わいが
そのまま感じられるので、僕は放牧牛のクラフトミルクが好きですね」
と教えてくれたのは〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の副店主・木村充慶さん。

牧場の個性や本当のおいしさを。 クラフトミルクの発信地 〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉

牛乳には牧場ごとのおいしさがある

スーパーやコンビニで手軽に手に入れることのできる牛乳。
その牛乳が、どこで誰によって、
どのようにつくられているのかを考えたことはあるだろうか?
市販の牛乳は、日本各地で搾乳された牛乳をブレンドしていることがほとんど。
しかし、単一の牧場や、同じ品質の少数の牧場のみで
手間ひまかけて、丁寧につくられた牧場牛乳「クラフトミルク」
を扱う店が吉祥寺にあると聞き、訪ねた。

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉副店主の木村充慶さん、代表の義之さん、スタッフの松村さん。

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉は、
この地で100年続く牛乳屋さんが、
2022年5月にオープンしたミルクスタンドだ。

「牛乳は品種や餌、育て方といった要素によって変わるので、
牧場によって味わいはまったく違います。
自然の中に放牧して、のびのびと育てたり、
牛をノーストレスな環境のなかで育てたり。
本当にさまざまな育て方があります。
それぞれに牧場主・酪農家の哲学や思いが反映されている。
それこそがクラフトマンシップだと思うんです。
本来、そういった違い、個性があるのに、ほとんど知られていません。
そんなこだわりの詰まった牛乳『クラフトミルク』を
味わってもらいたいと考え、ミルクスタンドをオープンしました」
と語るのは〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の副店主・木村充慶さん。

牛乳嫌いを変えた、放牧牛乳との出合い

武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND

実は、幼い頃は牛乳嫌いだったという木村さんが、
牛乳のおもしろさに気づいたのは20代後半のこと。
北海道の有名な放牧牧場を訪れた際、その牧場のミルクを飲んでみたら、
「こんなにすっきりしていて、草の甘みが爽やかに感じられるんだ」
と、その味わいに衝撃を受けたのだそう。

そこから全国の牧場を訪ねたという木村さん。
牧場主や酪農家と語らい、牛乳を飲むなかで、
そのおいしさ、放牧のおもしろさを実感。
まだまだ知られていない魅力を多くの人に届けるべくオープンさせたのが、
ここ〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉だ。

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉木村義之

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の代表で、木村さんのお父さんである義之さん。

「うちは祖父の代からこの場所で牛乳配達の仕事をしていました。
父の代で自動販売機の配送業も請け負うようになったのですが、
父も高齢になったことで、これからを考えるようになり、
思い切って、クラフトミルクを売るお店をはじめてみようと思ったんです。
実は父もかつて全国の牧場を巡っていたことがあるようなので、
親子の活動がつながったふしぎな縁も感じます」

ゆーゆー牧場

木村さんが訪れた、東京で唯一放牧をしている牧場「ゆーゆー牧場」。八丈島の南国感あふれるゴルフ場だった場所を放牧地に。ヤシの木と太平洋とジャージー牛という、ここでしか見られない風景。

3つの材料でできる 自家製「味噌づくり」! 10年以上の仕込みで得た おすすめ配分・レシピ・コツを伝授

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

今回は、日本の伝統調味料である「味噌づくり」がテーマ! 

じつは2月は、味噌を仕込むのにぴったりの季節なのです。
この季節に仕込む味噌は「寒仕込み(かんじこみ)」と呼ばれ、
気温が低く、発酵のスピードがゆっくりになるため、
しっかりと熟成し、旨みの強い味噌になるといわれています。

使う材料は大豆、米麹、天然塩の3種類と、とってもシンプル。
添加物一切なしの手づくり味噌がつくれます。

「私にもできるかな?」と思った方。
今年はおうちで味噌づくりをしてみませんか?

味噌づくりワークショップの様子。大きなテーブルに塩、米麹、大豆を広げて女性たちがまぜている写真。

昨年の、〈いとしまシェアハウス〉での味噌づくりワークショップの様子。大きなテーブルに材料を全部広げて、ワイワイ味噌づくりを楽しみました。

今と昔で、味噌のつくり方が違う?

スーパーなどで見かけるお手頃価格の味噌の多くは
「速醸法(そくじょうほう)」という方法でつくられています。

これは人工的に加温して、発酵・熟成を早める製法。
熟成に半年〜3年ほどかかる昔ながらの「天然醸造」に比べ、
速醸法は1〜3か月ほどで完成します。
生産期間が大幅に短縮されることで大量生産できるようになり、
たちまち全国へと広がりました。

天然醸造は、自然のままにゆっくりと発酵させるので、
速醸法の何倍もの手間と時間がかかり、生産量もわずか。
そのため値段も高めですが、
長期熟成によって旨み成分がたっぷりと含まれ、
深い味わいが生まれます。
また、発酵や熟成を促す酵母やさまざまな菌が生きているため、
発酵食品の本来のパワーを発揮することができます。

7つの味噌が盛られた皿と、それらを味見する人の写真。

味噌の食べ比べ。仕込んだ年によって味が違うのがおもしろい!

市販の味噌の原材料をチェックしてみよう

ご自宅にある味噌の原材料表示を見てみてください。
どんなものが入っていましたか?

私が推したいのは、添加物の入っていない
大豆、米、麦、塩などでつくられたシンプルな味噌。

今の味噌は、便利さや風味をプラスするために
うま味調味料などが添加されていることもあるので、
味噌本来の旨みを楽しみたい方には、無添加のものがオススメです。

スプーンに盛られた味噌の写真。

また、一部のお味噌には酒精というものが添加されている場合があります。
酒精とはアルコールのことで、味噌の発酵を止める役割があります。
発酵が進みすぎると味が変化したり、
保存容器の中で膨張してしまうためです。

酒精を添加する理由はあるものの、
シンプルな原料の味噌や、天然醸造の味噌を買いたい場合は、
二酸化炭素を排出する穴の空いているパッケージのものを
選ぶといいかもしれません。

女の子が味噌の材料を混ぜている写真。

味噌づくりワークショップにて。小さな子どもも一緒に参加できるのが味噌づくりのうれしいところ。

〈OFF KINOSAKI〉料理人 谷垣亮太朗さん ローカルを掘って掘って、 湧き出てきた魅力をひと皿に込めて

推薦人

野村友里さん

野村友里

eatrip 料理人

Q. その方を知ったきっかけは?

以前から知っていてくれたようで、数年前の森道市場のときに声をかけていただきました。

Q. 推薦の理由は?

兵庫の城崎温泉という、なかなか辿りつけない地に、わざわざ行きたくなるお店とコミュニティを築きあげて勢いがあるから。

たっぷり飲んで、ガッツリ食べる。料理家も愛するビストロが温泉街に

城崎温泉は非常に歴史のある温泉地だが、
観光客や移住者などに対して開けた空気を感じる。
7つの外湯文化や約80軒ある旅館を大切にしつつ、
変わりゆくツーリズムに対して柔軟な姿勢は、ローカルの手本となっている。

カランコロンと下駄の音を響かせ外湯へ向かう観光客。冬の松葉ガニを目当てに、城崎温泉は平日も賑わっていた。

カランコロンと下駄の音を響かせ外湯へ向かう観光客。冬の松葉ガニを目当てに、城崎温泉は平日も賑わっていた。

宿で食事をして外で湯に浸かるという、「部屋食外湯」スタイルが城崎温泉の特徴だが、
インバウンドの影響もあり、
近年では「素泊まり外食」も滞在中の選択肢のひとつになっている。
ここ数年で城崎は知る人ぞ知る美食のまちになっていて、
ハイシーズンは8割が外国人客で席が埋まるというビストロ〈OFF KINOSAKI〉は、
そのニュースタイルに迎合しているのだ。
旅館の和室で正座していただく、少量多種の会席料理とは真逆の、
たっぷり飲んでガッツリ食べるビストロの醍醐味といえる自由なスタイルが、
城崎温泉に新たな価値をもたらしている。

より遠くの人に自分たちの取り組みを伝えられたら

2013年から豊岡駅近くで〈WOLF DINER〉というビストロを営んでいた谷垣さん。
但馬地域(兵庫県北部)の農家や生産者との連携や対話をしながら
お店づくりをしていたなかで、
城崎温泉が「温泉と文学」を軸に新しい変化を遂げようとしている時期と重なり、
より遠くの人に自分たちの取り組みを伝えられると考えた。

「いろんな人たちが城崎に来て、なにかが渦巻いていて、
これから新しいことが起こるんじゃないかとずっと間近で見ていたんです。
豊岡の駅前の場所もすごく好きだったのですが、思い切って移転に踏み切りました。
城崎に観光で来る、より遠くの人に
自分たちがやろうとしていることを伝えられるんじゃないかと思ったんです」

2018年、元は旅館で当時倉庫になっていた場所を見つけた。
温泉街のメインストリートから1本奥まった場所で、
当時はさほど人通りは多くなかったが、小川が流れ、桜並木が美しい場所だった。

「後ろが山なので湿気が多く、飲食店の友人たちからは『飲食店には向いていない場所』
と言われていましたが、城崎国際アートセンターの元館長の田口幹也さんだけは唯一
『いや、大丈夫じゃない?』と。
今思うと田口さんの自宅の近所にビストロがほしいという
私情が入っていたと思うんですけど(笑)。
実際は、山側をワインセラーにすることで湿度の問題はむしろいい方向に働きました」

春は店内からでも桜並木が望める。奥には気鋭の芸術家・新城大地郎氏の書が飾られている。

春は店内からでも桜並木が望める。奥には気鋭の芸術家・新城大地郎氏の書が飾られている。

OFFが人気の理由は、旬の新鮮な食材とそれを生かした調理法にある。
野菜、魚、肉、乳製品、調味料。
谷垣さんはあらゆる生産者の声に耳を傾け、素材のおいしさを引き出す調理を施していく。
豊岡から城崎へお店が移転したことで、
よりいっそう京丹後の生産者と距離が近くなったという。
たとえば、京丹後のオーガニックファーム〈SORA農園〉や、
ジャージー牛の乳製品を製造する〈ミルク工房そら〉は仲のいい生産者のひとり。
谷垣さんの創作にもいい影響を及ぼしている。

懐かしさとあたたかさ漂うブックカフェ 創業40周年の〈フィールド〉が まちに残したいもの

全国の書店数が減少の一途をたどり、各地でまちから本屋が消えていくなかで、
本と出合う場所を残そうと頑張っている岐阜県岐阜市のブックカフェ
〈フィールド〉を訪ねました。

2024年に40周年を迎えた〈フィールド〉は、絵本や昔話に出てきそうな
小さな古民家で営業しているブックカフェです。
引き戸を開けると、大きな一枚板のテーブルやアンティークのいす、
ぎっしりと本の並べられた木製の本棚と、懐かしい雰囲気に包まれています。
その奥からは、やさしそうな店主の太田耕司(おおたこうじ)さん、
千栄子(ちえこ)さん夫妻がにっこりと顔を出してくれました。

店主の太田耕司さんと千栄子さん。

店主の太田耕司さんと千栄子さん。

お母さんとふたりで始めた、本の読める食堂

太田さんは、東京の大学を卒業後、サラリーマンとして働いていましたが、
無類の本好きだったため、38歳のときに両親の自宅の一部を改築し、
食事のできる貸本屋業をスタートしました。
ブックカフェという言葉がまだなかった時代です。
現在は移転してしまった岐阜大学医学部が近くにあったことから、
学生たちが出入りする食堂兼貸本屋として賑わっていたそうです。

創業時からある本棚には、文化芸術関係の本がぎっしり。

創業時からある本棚には、文化芸術関係の本がぎっしり。

しかし、著作権法などが厳しくなって貸本業として続けることが難しくなり、
食事をしながら本の読めるブックカフェへと業態を変えていきました。
5000冊を超える本の所蔵と、お母さまがつくる定食が人気で、
なんとかここまで続けてこられたと太田さんは語ります。

お客さんの会話のなかから、好きな本や音楽、DVDなどを提案するという太田さん。

お客さんの会話のなかから、好きな本や音楽、DVDなどを提案するという太田さん。

「東京と違って、地方は文化的な刺激が少ない。
映画や音楽も好きだったので、芸術新潮を毎号購入したり、
早川ミステリーを集めたり、店内音楽もクラシックをかけて、
お客さんの好みに合わせてDVDを流すなど、ここに来たらおもしろい文化に
触れられるというムードをつくりました」と太田さん。

岐阜県郡上八幡町出身の音楽ライター、
毛利眞人(もうりまさと)さんによるSPレコード鑑賞会や、
同じく岐阜県大垣市出身で詩人の山田賢二(やまだけんじ)さんの勉強会を開くなど、
先駆的な文化イベントも開催してきました。

熊本県の花農家がつくった、 食べられる花束 「美味しいいちごのブーケ」

人口1000人の熊本県戸馳島で3代続く花農家の宮川洋蘭

九州の真ん中、熊本県の天草エリアに位置する戸馳(とばせ)島。
人口1000人の小さな島ですが、洋蘭の生産で有名です。
この地で花一筋50年、3代続く花農家を営むのが宮川洋蘭。
蝶蘭などの洋蘭を2007年からそれまで珍しかったネットショップを通じて販売し、
農家で初めて楽天市場で「ショップオブザイヤーCSR賞」を受賞するなど、
サイバー農家としても知られています。

宮川洋蘭の3代目宮川さん

そんな宮川洋蘭の3代目である宮川将人さんが
「人口1000人の戸馳島を明るく元気にするために」と
2022年にスタートしたのがいちご狩り園。
これにより現在観光客の少ない冬でも、
島の人口の2倍以上もの人が来島するようになりました。

いちごが食べられる花束「美味しいいちごのブーケ」を開発

「美味しいいちごのブーケ」

そんな宮川洋蘭が2年がかりで開発したのが、いちごが食べられる花束の
「美味しいいちごのブーケ」です。
一般的ないちご農家は休みなく早朝の収穫から夜遅くまで、
きっかけは、宮川さんがパック詰め作業に追われているいちご農家さん
たちに対するモヤモヤ。
「いちごを食べる人はみんな幸せになるのに、つくっている人はそうじゃない。
いちごの付加価値をもっと高めることで食べる人も育てる人も、
みんなが笑顔になれるはず!」と宮川さんは考えました。
そんな思いから生まれたのが「美味しいいちごのブーケ」です。

インドのチャイ文化が教えてくれた 日本の心とお茶時間の大切さ

こんにちは、世界一周旅中のうんまほふうふです。
東南アジアを立ち、次に向かったのはインド!

インドからその周辺国、さらには世界中に広まった食も多く、
独自で多様な食文化が発展していったおもしろい国のひとつです。

インドではよくお茶(チャイ)を飲む!

タイのバンコクからインドに飛行機で移動し、
第3の都市・コルカタ市街地に到着したのは、現地時間の朝8時頃。
バスを降りて、すごい人集りを見つけたと思ったら
そこは「チャイスタンド」でした。

たまたま出合ったローカルなチャイスタンド。一杯18円ほど。

たまたま出合ったローカルなチャイスタンド。一杯18円ほど。

次から次へと人がやってきては、
チャイを飲みながら店の前で談笑する。

噂には聞いていたけど、
「ほんとうにインドではチャイをよく飲むのだ」
と感じた瞬間でした。

最初に飲んだチャイは、その甘さにびっくり!

最初に飲んだチャイは、その甘さにびっくり!

私たちも、さっそくチャイを試してみることに。
初めての感想は、想像以上においしい!
甘いけどスパイスがしっかり効いている。
これは、ハマってしまいそうな予感……。

宿泊していたゲストハウスの朝食でも提供されました。

宿泊していたゲストハウスの朝食でも提供されました。

スパウト容器の日本酒で 世界へ打って出る! 高知移住した〈文本酒造〉杜氏が語る “高知ローカルの魅力”

茨城から高知に移り住み、杜氏として“高知で一番小さな酒蔵”〈文本酒造〉の
再出発を牽引してきた石川博之さんにお話を伺いました。
酒づくりへの思い、そして移住者の視点から見えてくる
“日本最後の清流のまち”「四万十町(しまんとちょう)」の魅力を紹介します。

日本最後の清流の町”「四万十町」の酒造が生まれ変わった

日本酒ペアリングBAR「お酒やさん」

高知龍馬空港から車を走らせること約1時間、四万十町の窪川地域に到着です。
かつては町に7軒ほどあった酒造も、
いまは四万十川のほとりの文本酒造1軒が残るのみ。
コロナ禍では売上が減少し、3年ほど醸造を停止している間に
廃業を検討するほどに追い詰められましたが、
「窪川の街に酒蔵を残したい」と願う現オーナーが事業を承継し存続が決まりました。

事業承継後には、酒蔵や蔵の建物に大幅な手入れを行い、
2023年5月にリニューアルオープン。店に一歩足を踏み入れると、
1903年創業の古めかしい外観からは想像できないような
酒蔵の母屋を大胆にリノベーションした
日本酒ペアリングBAR〈お酒やさん〉の洒落た空間が広がります。

〈文本酒造〉杜氏の石川博之さん

〈文本酒造〉杜氏の石川博之さん

杜氏の石川さんと番頭の十代幸栄さんが出迎えてくれました。
石川さんは長年働いた茨城の酒蔵を卒業した際、
日本各地の酒蔵から『杜氏としてうちに来てほしい』と引く手あまただったそうですが、
ある強い確信をもって、文本酒造を選びました。
「お声がけいただいた各地の酒蔵を巡りつつ地元の酒場を飲み歩いていたんですけど……
飲んでいて一番面白かったのが、この四万十町だったんですよ(笑)
ふらっと入った飲み屋で隣り合ったおじさんとすぐ仲良くなって、
2、3杯は奢ってもらったと思うんだ。
あとから分かったけど、それは近所の床屋さんのおじさんだった(笑)。
この町の人々の温かさ、人懐っこさにとても惹かれたんです」

〈文本酒造〉店内

実はこれ、高知では消して珍しくはない酒場体験。
高知で宴会は「おきゃく」と呼ばれ、老いも若きも美酒と料理を囲んで
朝から晩まで楽しく飲み明かすカルチャーが古くから根づいているんです。
役場の職員さんいわく『ひとりより、みんなで楽しく飲みたい酒好き』がとにかく多いのだとか。
「移住して1年以上たったけど、最初の印象は全然変わらないですね。
食べ物も美味しいし、最高ですよ」

海外を見据えた日本酒を打ち出していく

〈文本酒造〉タンク

そして、石川さんが文本酒造に惹かれた理由がもうひとつ。
「伝統を継承してほしい」「こんな風なお酒をつくってほしい」と
型にはめられることなく、まっさらな状態で理想の酒造りを追究できる環境だったから。
「地元の方、日本の方々に愛されるお酒づくりはもちろんですが、
やっぱりこれからの日本酒は海外に打って出ていかないと
本当に業界として成り立っていかない、そんな危機感を持っています。
日本の人口も、飲む人もどんどん減るばかりですから……。
海外を見据えたお酒造りをどんどんしていかなきゃいかんと思ってますね」

オーナーや番頭の十代さんも同じ思い。かくして新生文本酒造は
新たなメンバーで、新しい日本酒造りのチャレンジを始めたのです。

〈和み処サンシャイン〉斉木佑介さん “生きている実感”がある新島で、 塩工房と居酒屋を営む

生き方や働き方を考える事業を数多く行い、
求人サイト『日本仕事百貨』を立ち上げたナカムラケンタさんが推薦するのは、
新島で居酒屋〈和み処サンシャイン〉を営み、〈しおさいの塩〉をつくる斉木佑介さんです。

推薦人

ナカムラケンタさん

ナカムラケンタ

日本仕事百貨
代表

Q. その方を知ったきっかけは?

16年前から伊豆諸島の新島に通っています。佑介さんは、新島の居酒屋〈和み処サンシャイン〉で働きはじめて、お店を引き継いだこともあって、よく訪問するようになりました。

Q. 推薦の理由は?

居酒屋を引き継いだあとに「自分にしかできないことは何か?」を考えていたように感じます。そこで思いついたのが、新島での塩づくりだったようです。実は新島の海は水の汚れを示す化学的酸素要求量=CODが低く、透明度の高い海として知られています。山口県長門市の〈百姓庵〉で塩づくりを学び、新島で塩小屋をつくります。最初は掘っ建て小屋をつくろうと思ったら、先輩のみなさんに手伝ってもらって、立派なものができたそうです。塩はサンシャインのメニューにも活かされています。自分のオススメは塩レモンサワーです。

先輩に導かれて新島へ。移住するという感覚もなかった

「まさか10年後に自分がこうなっているなんて、
新島へ来たときはまったく想像していなかったんですよ」

斉木佑介さんは、開口一番そう言った。
東京から南へ約160キロの洋上に浮かぶ離島、新島。
そこで斉木さんは〈和み処サンシャイン〉という小さな居酒屋を営むかたわら、
自宅横の工房で海水を釜炊きして塩づくりを行っている。
昨夏には島内外の仲間と会社を設立し、島での農業をスタート。
今年は宿の開業も控えている。

新島へ移住して10年。
彼がたどってきた道は、どれも新島にはなかったものばかりだ。

斉木さんが営む居酒屋〈和み処サンシャイン〉。

斉木さんが営む居酒屋〈和み処サンシャイン〉。

埼玉県出身の斉木さんが、初めて新島を訪れたのは2014年9月のこと。
島に来た理由はシンプルで「大事な先輩がいたから」。
学生時代のバイト先だった居酒屋チェーンの店長が、
新島に移住して自分の店を持つことになったという。
「手伝わないか?」という短い連絡に、ふたつ返事でOKしたのがはじまりだった。

「当時、僕は4年間暮らしたニューヨークから引き上げるタイミングだったんですよ。
新島ってどこ? というくらい何も知らなかったんですが、
ニューヨークから帰って離島にいるって、なんかおもしろいんじゃないと思って。
半分ノリでしたけど、先輩とはいつか一緒に店をやりたいねとずっと話していたんです。
先輩が店を開くなら自分も行くのが当然という感覚でした」

2015年2月に新島へ移住し、ナカムラケンタさんに出会ったのも、その頃だ。

「新島に来たときは必ず店に来てくれますね。
僕のあれこれをずっといい距離感で見守ってくれているのを感じています。
『自分にしかできないことを考えていたように感じる』と
思ってくれていたのはうれしいですが、
僕はケンタさんと同じように新島がただただ好きで、
島から離脱しないためにはどうすればいいだろう? って感じ。
たいしたことは考えていなかったと思います(笑)」

その年の夏に先輩とともに〈和み処サンシャイン〉をオープン。
当時の新島で移住者が飲食店をオープンするのは稀なケースで、
大きな注目を浴びたという。住民はみな誰かの親戚、というほど人間関係が濃密な離島。
右も左もわからない状態で、先輩と一からつくっていった。

推薦人のナカムラケンタさんがおすすめだという塩レモンサワー。

推薦人のナカムラケンタさんがおすすめだという塩レモンサワー。

塩レモンサワーの店内POP。

塩レモンサワーの店内POP。

「サンシャインにいる若い子」として、のんびりと新島暮らしを楽しんでいた日々が、
急展開を見せたのは3年後のことだ。
突然、先輩が家庭の事情で島を出ることになったのだ。
この人の後をついていけば何の問題もない、と思っていたその人が島からいなくなる。
しかも先輩から告げられたのは「サンシャインを継いでくれないか」という言葉だった。

「信頼していた先輩から『一緒に島を出よう』じゃなくて、
『俺は出ていくから店を継がないか』と言われたことが驚きでした。
何が驚いたかって、置いていかれて悲しいということよりも、
テンション上がっている自分がいたことです。
先輩のサポート役が天職だと思っていた自分が、まさか店長になるなんて、
どうなるんだオレ!って」

流されるままにやってきた新島だけど、いつのまにか新島での暮らしも、地元のつきあいも、
自分にとって大切なものになっていた。島を出るという選択肢はない。あとはやるだけだ。
そして2018年秋、斉木さんはサンシャインの2代目店長になった。

町田エリアの飲食店が共創した クラフトビール醸造所&タップルーム 〈BUSO BREWERY〉が誕生

地元の飲食店が手を取り合い生まれた、地元密着型のブリュワリー

2024年12月7日、小田急町田駅前旧カリヨン広場に
武相エリア(東京都南多摩地域と神奈川県相模原市周辺を指す総称)発の
クラフトビールの醸造所併設のタップルーム〈BUSO BREWERY(ぶそうブリュワリー)〉
がオープンしました。

〈BUSO BREWERY〉は、地元を愛する飲食店を中心とした地域土着の企業10社が、
2023年6月に設立した株式会社武相ブリュワリーが取り組む、
市内農業者との農商連携による日本初(同社調べ)の共同ブリュワリーの直営店です。

〈BUSO BREWERY〉店内

きっかけとなったのは、飲食店が大きなダメージを受けたコロナ禍。
自分たちのまちを盛り上げるためには、飲食店同士が手を取り合い、
つながることが大切だと感じ、同プロジェクトが発足しました。
また武相エリアにキャンパスを構える玉川大学とも連携しています。

〈BUSO BREWERY〉が目指しているのは、
地域社会とのつながりを大切にした、持続可能なビールづくり。
地元密着型のブリュワリーとして、武相土着の飲食店にクラフトビールを卸し、
地元店舗を明確にすることで地域あげての“つながり”をつくり
この地域の食文化の向上と同時に、地域のシビックプライドの醸成を
ミッションに掲げています。

町田産のホップや大麦、水を使用したビールブランド「Kawasemi Brew」をラインアップ

ビールを注ぐ様子

〈BUSO BREWERY〉で取り扱うのは、〈Kawasemi Brew(かわせみブリュー)〉
という地場で立ち上げられたビールブランド。
東京湯島にある〈アウグスビール〉から醸造技術を学び
地元町田産の厳選したホップや大麦を使用し、清らかな水で仕上げることで、
シンプルでありながら奥深い味わいのクラフトビールを生み出しています。

〈PARADI〉井上祖人さん、有紀さん “共存共栄”の城崎で、パンを軸に まちにひらけた店づくりを

PR会社〈HOW〉の代表で、国内外を飛び回る小池美紀さんが推薦するのは
城崎温泉にて2022年9月にオープンしたベーカリー〈PARADI〉の
井上祖人さん、有紀さんご夫妻です。

推薦人

小池美紀さん

小池美紀

HOW inc.

Q. その方を知ったきっかけは?

仕事でもプライベートでも足繁く通う城崎温泉の知人から、同じ兵庫でギャラリーと茶寮を営む〈井上茶寮〉の名前を聞いていました。特に興味を惹かれたのは、ある時、城崎の〈OFF KINOSAKI〉にあったフライヤー。井上茶寮ギャラリースペースのアーティストインレジデンスの告知でした。私が現在、東京と沖縄の2拠点生活をするなかで、個人的にも追いかけている今村能章が展示をするというものでした。

その後、井上茶寮が城崎に〈PARADI〉というペストリー&コーヒーショップをオープンし、交流が生まれました。彼らの幅広い活動を知るにつれ、底知れぬ活動に興味を寄せています。

Q. 推薦の理由は?

フレンチのシェフやパティシエとして修業を積まれた井上祖人さん。
大学職員からフランスに移住し、ミュージアムで働いていた井上有紀さん。

ふたりの活動は、現在展開する年数回のアーティスト・イン・レジデンスと並行して国内外のアーティストや作家の展覧会を企画する〈M1997〉(的形)、お茶やカヌレ型を使った羊羹などのスイーツを展開する〈井上茶寮〉(的形)、焼きたてのペストリーやコーヒーを提供する〈PARADI〉(城崎)。

お茶やお菓子、パッケージに至るまでおいしいのに加え、いつ見てもすてきなプロダクトは、デザインの文脈に通じるところがあります。実際にデザイン関係者のファンも多く、私は今年、インテリアの発表会で彼らにケータリングを依頼しました。味だけでなく、しつらえの美しさにも感動しました。
また、今年は、コペンハーゲンのベーカリーで短期留学をされており、出張の際にも彼らの活動を拝見しました。デザインの都コペンハーゲンでの滞在を経た彼らの今後の活動に注目しています。

待望のパン屋さんが、城崎にできた

晴れたと思ったら、鈍色の雲が広がり、冷たい雨が降ったり止んだりする。
そんな日本海沿岸特有の不安定な天気が、
この城崎温泉というまちの冬の風物詩だったりする。

瀬戸内に面する的形から豊岡市城崎に移住し、
2度目の冬を迎えた井上祖人(そひと)さん、有紀(ゆき)さん夫妻は、
「ここのところいつもこんな天気ですよ」と話す。
その“こともなさげ”といった雰囲気で、彼らがいかにこのまちに馴染んでいるかを知れた。

山陰地方には、「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉がある。冷たい雨雪が降れば降るほど温泉も心地いい。

山陰地方には、「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉がある。冷たい雨雪が降れば降るほど温泉も心地いい。

祖人さんと有紀さんは、
同じ兵庫県でも城崎とは北と南の関係にある、的形という地で
和菓子店〈井上茶寮〉と、
アーティストインレジデンス〈M1997〉を営む。
港まちに溶け込む、築114年の庄屋をリノベーションしたお店は、
土日だけの営業にかかわらず、お客さんが後を絶たない。

札幌市や大阪市の名だたるレストランで修業してきた祖人さんと、
大学職員を経てパリの美術館で勤務した経験を持つ有紀さん。
井上茶寮とM1997は、ふたりの経験を生かした唯一無二の場だ。

井上茶寮の外観。撮影:間澤智大

井上茶寮の外観。(撮影:間澤智大)

井上茶寮の内観。撮影:間澤智大

井上茶寮の内観。(撮影:間澤智大)

M1997の展示室。撮影:間澤智大

M1997の展示室。(撮影:間澤智大)

ふたりが城崎を訪れたのは6年ほど前のこと。
〈OFF KINOSAKI〉をオープンしたばかりの料理人・谷垣亮太朗さんに
会いに行ったのがきっかけだった。
そこでさまざまな“城崎人”を紹介してもらったことで、
地域コミュニティの温かさや、観光客と地元住民のバランスの良さに惹かれ、
城崎への移住を考えるなかで運良く物件の話が耳に入り、
住居兼店舗として開業することを決めた。

定期的に手入れがされている状態のいい空き家を取得・リノベーションし、1階を店舗、2階を住居として利用。

定期的に手入れがされている状態のいい空き家を取得・リノベーションし、1階を店舗、2階を住居として利用。

「やるなら井上茶寮とは違う業態で、
城崎に滞在する価値を高められるような店舗を目指したかったんです」(有紀さん)

井上茶寮としてのポップアップ出店を経て、OFF KINOSAKIの3軒隣に、
2022年10月、ペイストリーショップ〈PARADI〉をオープンした。

〈OFF KINOSAKI〉、ポップアップスペース〈MMM〉の並びにできた〈PARADI〉。

〈OFF KINOSAKI〉、ポップアップスペース〈MMM〉の並びにできた〈PARADI〉。

名物は「クロワッサン」(290円)。香ばしいクラスト(外側)と、弾力あるクラム(内側)のコントラストが芸術的! 噛みしめるほどに北海道産小麦のほんのりとした甘みとバターの芳醇な香りが鼻を抜ける。「うちのクロワッサンは、割ると生地が切れずにもっちりと伸びるんですよ」と祖人さん。昼前に行けば焼きたてが買えるかも。

名物は「クロワッサン」(290円)。香ばしいクラスト(外側)と、弾力あるクラム(内側)のコントラストが芸術的! 噛みしめるほどに北海道産小麦のほんのりとした甘みとバターの芳醇な香りが鼻を抜ける。「うちのクロワッサンは、割ると生地が切れずにもっちりと伸びるんですよ」と祖人さん。昼前に行けば焼きたてが買えるかも。

イートインはワンドリンク制。コーヒーやカフェラテのほか、井上茶寮のアイスティーや自家製コンブチャも。

イートインはワンドリンク制。コーヒーやカフェラテのほか、井上茶寮のアイスティーや自家製コンブチャも。

井上茶寮の看板商品の「カヌレ羊羹」はPARADIでも扱いがある。贈答用としても人気が高い。

井上茶寮の看板商品の「カヌレ羊羹」はPARADIでも扱いがある。贈答用としても人気が高い。

店内は賑々しく、平日にもかかわらず多くのお客さんが訪れていた。
スイーツとコーヒーとともに写真を撮り合う外国人観光客。
カップル温泉旅行だろうか。大きなバッグでやってきて、
お目当てのパンを買いホクホク顔の彼女と、それをやさしく見守る彼氏。
休憩時間に颯爽とパンを買っていく旅館の従業員は常連だそうだ。
甘いものを前に、人は自然と笑顔になる。

「基本的には地元の方が7割で、観光客は季節によって変動があります。
眼の前が桜並木なので、桜の時期は混み合いますね。
地元の人に来てもらうお店になることを最初から意識しています」(有紀さん)

庭で、道端で、畑で、山で。 “手摘み野草”でつくる、 簡単「七草粥」レシピ 七草の味わい比べも!

※野生植物は毒を持つものもあるため、必ず毒性がないか調べてからつくりましょう。
※採取する際は、土地の持ち主さんに許可をとってからにしましょう。

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

2024年も終わろうとしていますね。
そろそろ「おせち」の準備にとりかかる方もいると思いますが、
今回はちょっと気を早くして、年明けの1月7日に食べる
「七草粥」について書いてみたいと思います。

豪華なおせち料理が続いたお正月の胃の疲れを
やさしく癒してくれる、七草粥。
この日にお粥を食べると、一年息災で過ごせるといわれています。

器に盛られた春の七草粥をスプーンですくっている写真。

春の七草は、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、
ホトケノザ、スズナ(かぶ)、スズシロ(大根)。

旧暦の1月7日「人日(じんじつ)の節句」の風習として食べられてきましたが、
新暦に当てはめれば2月中旬頃にあたるので、
正月明けにすべての野草を探すのはなかなか難しいともいわれています。

とはいえ、せっかくなので
年明けに備えて、七草の生えている場所に目星をつけるべく、
家の周辺、畑や山を探索してみました。

庭で、道端で、畑で、山で。意外と見つかる「春の七草」

まずは、庭で見つけたのは野草の王道「セリ」。
以前、川の近くに生えていたものを移植して、普段使いしています。

庭に根づいたセリを手にしている写真。

我が家の庭に根づいたセリ。

独特の爽やかな香味が食欲をそそるので、
お味噌汁に入れたり卵とじにしてみたり、とても身近な野草。
おいしいだけでなく、鉄分が豊富で増血作用が期待できるのだとか。

続いて「ハコベラ」。
わさっと大量に生えていて、
ぽきっと折ると、爽やかないい香りが鼻に抜けていきます。
やわらかく、苦みも少ないので、サラダなどでもいけます。
我が家の鶏も大好きな野草。

小さな花を咲かせたハコベラの写真。

小さな花を咲かせたハコベラ。

ハコベラは消炎作用が強く、歯槽膿漏や歯肉炎などにも効果があるとされ、
乾燥させたものを塩と合わせて歯磨きに使う人も。
我が家でも昔、搾り汁と塩を混ぜて乾燥させた
「ハコベ塩」を手づくりしていました。

そして、畑に向かう道端で
ピンクの花を咲かせた「ホトケノザ」(シソ科オドリコソウ属)を見つけました。

シソ科オドリコソウ属の「ホトケノザ」の写真。紫色の花を咲かせている。

ホトケノザ……という名前の植物だけれど、七草に詠われている野草ではない⁉

「あった!」と喜んだものの、実は春の七草に使われるホトケノザは
この植物ではないんです。

食用とされるのは「コオニタビラコ」というキク科の植物で、
黄色い花を咲かせた、まったく別の植物なのです。

黄色い花を咲かせたコオニタビラコの写真。

春の七草に詠われるホトケノザは、このコオニタビラコなんです。

じつは、間違えて収穫し、食べちゃった年もありましたが、
とりあえず大量に食べなければ毒性はないようなのでホッとしました。(笑) 
みなさんは、どうかお間違えのないように! 

そのまま歩いて行くと、
野生の大根「ハマダイコン」を見つけました。
葉や茎の風味は大根そのもの! 
ビタミンCや食物繊維が豊富といわれています。
ただ、根っこは細く繊維質なので、
普通の大根と比べると、ちょっと味が落ちるかも。

ハマダイコンを上から撮った写真。

見つけたハマダイコン。春には紫色の花を咲かせます。

これが正確に「スズシロ(大根)」の代わりになるかは微妙ですが、
なるべく山に生えているもので春の七草を揃えてみたいので、
今回はこのハマダイコンを使っていきます。

小さな白い花をつけたナズナの写真。

ナズナを発見!

そしてその先には、ぺんぺん草ともいわれる「ナズナ」を発見。
普段からよく見かける身近な野草のはずなのに、
いざ探してみると意外と見つからないから不思議です。
まだ季節が寒かったかな? 

その後、残りの野草「スズナ(かぶ)」と「ゴギョウ」を探しに畑へ。

収穫したばかりの小さな赤カブを手にした写真。

スズナは畑から収穫しました。

新鮮な「スズナ」を収穫したら、
すぐ下に「ゴギョウ」が生えているのを発見! 

小さな産毛と黄色い花がかわいらしいなあと思っていましたが、
春の七草だったとは知らなかった。
食べるのは今回が初めて。どんな味がするのか楽しみ! 

黄色い花のつぼみをつけた、ゴギョウの写真。

こちらがゴギョウ。ハハコグサとも呼ばれています。

山の散歩を兼ねた春の七草探し、7種類無事に揃いました!

茶を通して世界とつながり、 茶の発展に貢献することを目的に。 〈SABOE〉による日本茶専門店が 岡山市にオープン

歴史的建造物を改修した店舗でここだけの体験を

お茶の発展に貢献すべく、現代における喫茶の様式を創造し、
継承している〈茶方薈(さぼえ)〉。

日本料理店〈八雲茶寮〉や和菓子店〈HIGASHIYA〉などを手がける
緒方慎一郎さんが2016年に立ち上げました。

お茶を入れる様子

緒方さんは〈櫻井焙茶研究所〉の櫻井真也さん、〈万 yorozu〉の德淵卓さんとともに〈茶方薈〉の活動をしています。

今年4月には、初の実店舗となる日本茶専門店〈SABOE TOKYO〉を
東京・麻布台ヒルズに開店し、話題を集めました。

そんな同店が11月3日に福岡県博多市、同月26日に岡山県岡山市で
それぞれ新店舗をオープン。

東京の店舗と同様に、日々の暮らしのなかで気軽に楽しめる
日本茶の新しいかたちを提案したブレンド茶シリーズ〈T., Collection〉や
日本茶と相性のよい菓子、さまざまな茶器を販売。

さらに、T., Collectionや菓子、茶と酒を融合した茶酒を使用したカクテルなどを
味わえる茶房も併設しています。

11月3日にオープンした〈SABOE HAKATA〉。

11月3日にオープンした〈SABOE HAKATA〉。鎌倉時代に宋からお茶の種を持ち帰った栄西や、饅頭・羊羹などの製法を宋から伝えたとされる聖一国師(しょういちこくし)に縁のある博多旧市街にあります。

先日オープンしたばかりの〈SABOE OKAYAMA〉が店を構えるのは、
岡山後楽園の玄関口にあたり、近世の城下町として栄えた地域に佇む
歴史的建造物を改修した〈福岡醤油ギャラリー〉の一角。

今回の岡山県への出店は、同ギャラリーを運営する石川文化振興財団との
縁がきっかけだったといいます。

明治時代に建てられた主屋と、昭和初期に建てられた離れから成る
この施設は、かつて醤油製造蔵や市民銀行の窓口として使われていた
旧福岡醤油建物を改修した文化施設として親しまれています。

タイの「ナンプラー」から 日本の「いしる・いしり」まで。 東南アジアと日本の奥深き魚醤の世界

こんにちは、世界一周旅中のうんまほふうふです。

2024年10月頭に日本を発ち、最初に訪れたのは東南アジア諸国。
タイにはじまり、ラオス、ベトナム、カンボジアと4か国を巡りました。

日本と同じアジア圏に属する国々ですが、似て非なる調味料を使った
独自の料理の数々に出合いました。

東南アジア料理に共通する、ある調味料とは?

タイの屋台で出合った麺料理「クイッティアオ」、
日本でも人気のタイ料理でひき肉とバジルの炒め物をごはんにのせた「ガパオライス」、
ひき肉をミントや唐辛子、野菜と混ぜ合わせたラオスのサラダ「ラープ」、
これらに共通して使われている調味料が何かおわかりでしょうか?

タイのラーメン「クイッティアオ」

一般的にスープ入りの麺料理を指すタイの「クイッティアオ」は、お肉や肉団子のせが定番。

本場タイの「ガパオライス」

本場の「ガパオライス」はエスニック香が強いホーリーバジルと刻んだ唐辛子をふんだんに使っていて、スパイシーでした。

ラオスのサラダ「ラープ」

ラオスのサラダ「ラープ」は、酸味のあるひき肉と爽やかなミントの風味が食欲を引き立ててくれます。

その調味料は東南アジアの現地スーパーでは数多く並んでおり、
屋台のテーブルでも必ず目にしました。

タイの食卓の上に置かれている4種の調味料セット

タイの食卓に必ず置かれている「クルワンプルーン」という4種の調味料セット。

これらの料理に共通して使われているのが「魚醤」です。

魚醤は、魚介類を塩漬けにして発酵させた発酵調味料で、
タイの「ナンプラー」が一番有名かもしれません。

発酵過程で、魚の内臓などに含まれる酵素や微生物の働きにより、
魚自体のタンパク質が旨み成分であるアミノ酸に分解されています。

私たち日本人にとって身近な調味料・醤油に含まれる主な旨み成分が
原料である大豆由来の「グルタミン酸」であることに対して、
魚醤にはそのほかに「リジン」「アルギニン」「イノシン酸」など
いくつもの旨み成分が含まれているのが特徴です。

魚醤入りのピーナッツダレ

生野菜やゆで野菜を魚醤入りのピーナッツのタレにディップして食べることも。

縁側で500個の「干し柿」づくり! カビを生やさないコツ・ポイントとは? 干し柿チーズ&バターのレシピも

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

「柿」の季節ですね! 
今年は、柿の当たり年。
大きな柿の枝がしなるほどに、たっぷりと実をつけました。

そんな年は、柿のお裾分けをいただくこともよくあります。
でも、食べきれずに柿が熟しすぎてしまうことも。
そこで以前、「“熟れすぎた柿”をおいしく食べるレシピ5選」という記事で
熟し柿の活用法や、おすすめレシピをご紹介しました。
こちらはもう読んでいただけましたか?

柿の木に登り、枝ごと選定して柿を収穫する人物の写真。

大きく育ちすぎた柿の木。バッサリと選定します。

今年は柿の木の選定も兼ねて枝ごと柿を収穫し、
長期保存が可能な「干し柿」にしました。
つくった干し柿の数は、なんと500個! 

食べておいしいのはもちろん、
干している間も美しいのが干し柿の魅力。
縁側に並ぶコロリとかわいい姿に、ほっこりと癒されます。

皮をむいて干すだけとはいえ、
カビを生やさず、トロリとやわらかく仕上げるには工夫も必要。
今回は、自家製干し柿づくりのコツをお伝えします。

干し柿を定期的に揉んで軟らかくしている写真。

失敗しない干し柿づくりのコツとは?

干し柿づくりで大事なポイントは、「気温」と「湿度」。
気温が高すぎたり、雨が降って湿度が高くなると
カビ発生のリスクが高まります。
最適な気温は10~15度程度といわれ、
肌寒くなって、空気がカラリとしてきた11〜12月辺りが
干し柿づくりの季節です。

2週間から1か月ほど乾燥させることで
柿がゆっくりと熟成・乾燥し、甘みが増すといわれています。

風通しのいい場所に吊るし、
しっかりと乾燥させるようにしましょう。

収穫したばかりの柿を手にしている写真。

干し柿の原料は「渋柿」じゃないとダメ?

一般的に干し柿は「渋柿」でつくられますが、
「甘柿」でもおいしい干し柿はつくれます。

じつは我が家の柿の木は、甘柿と渋柿を接ぎ木したもので、
食べてみるまで、どちらかわかりません。(笑)
これまでも、特に区別したりせず、すべて干し柿にしていますが、
問題なくおいしくいただけています。

ただ、私の感覚としては
甘柿のほうがカビが生えやすい気もしています。

日本の名酒蔵×シャンパン醸造家による ラグジュアリー日本酒〈HEAVENSAKE〉

〈農口尚彦研究所〉など名酒蔵とコラボする日本酒ブランドが日本へ逆輸入

〈農口尚彦研究所〉や〈出羽桜酒造〉など日本の伝統ある酒蔵が製造する日本酒を、
高名なフランスのシャンパーニュ醸造家であるレジス・カミュ氏が
アッサンブラージュすることで2016年に誕生した〈HEAVENSAKE〉。

〈HEAVENSAKE〉

そんなラグジュアリー日本酒ブランドが、10月31日(木)より
ついに日本でも発売がスタートしました。
フランスで誕生以来、アメリカ、ヨーロッパ、アジアを中心に世界14か国で
展開し、日本は15か国目の展開国となります。
海外では〈ザ・リッツ・カールトン〉や〈セント レジス ホテル〉などの高級ホテルを
はじめ、ニューヨークの星付きレストランからモルディブのリゾート、
イビサ島のクラブに至るまで、ラグジュアリーなロケーションで提供されています。

日本酒造りに初めてアッサンブラージュを取り入れた〈HEAVENSAKE〉

〈HEAVENSAKE〉で特徴的なのが、アッサンブラージュという
フランス生まれの技法を取り入れていること。
単なるブレンドではなく、異なる風味の層を慎重に重ね合わせ、
音楽を作曲するように調和の取れた上品な味わいを生み出す調合技法です。
このプロセスにより、日本酒の体験を新たな高みへと引き上げています。

レジス・カミュ氏

レジス・カミュ氏は、マリー・アントワネットにも献上されたシャンパーニュブランド
〈パイパー・エドシック〉の最高醸造責任者などを歴任した実力者。
インターナショナル・ワイン・チャレンジというコンペティションで8度の
「ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー」の受賞歴があり、
アッサンブラージュのマスターとして高く評価されています。

また彼は、2016年にアッサンブラージュを初めて日本酒造りに持ち込んだ先駆者です。
レジス氏は、日本酒造りの伝統に敬意を払いながら、アッサンブラージュを通して
独自の味わいを生み出すことを目指しており、その革新的な手法は、
日本の酒蔵から驚きと称賛をもって受け入れられています。

「酒造りの神」として知られる農口尚彦杜氏は、レジスの功績を称え、
「彼のアッサンブラージュが、これほど独自の風味を引き出すとは思いもよらなかった」
と語っています。

快進撃の酒蔵はどこへいく 〈八戸酒造〉が描く未来図

八戸の港のシンボル、赤レンガの蔵から世界へ

八戸港や朝市で有名な館鼻岸壁の漁港からほど近くに、
どっしりとしたレンガづくりの平屋があります。
壁面に「男山」と書かれたその建物が〈八戸酒造〉です。
大正時代に建てられ、「文化庁登録有形文化財」、「八戸市景観重要建造物」
に指定されたという漆喰の土蔵と赤レンガの蔵は、
八戸港河口の風景と相まってじつに絵になります。

ここに、「世界酒蔵ランキング」1位に輝いたことがあり、
今年も、フランスの日本酒コンクール〈Kura Master〉や、
イギリスの〈International Wine Challenge〉日本酒部門で金賞受賞と、
国内外のコンペで常連の酒蔵があると聞いて訪ねました。

大正4年から大正末期にかけて造られたという建造物群。

大正4年から大正末期にかけて造られたという建造物群。伝統的工法を用いた主屋を始めとする6棟が登録有形文化財に指定されています。

八戸酒造の屋号は「近江屋」といい、
その名の通り、近江商人であった初代・駒井庄三郎が盛岡での商いを経て
陸奥の地で酒造りの道に入り、明治21年に現在の湊町に移転し、
〈駒井酒造店〉という名で代々日本酒を造り続けてきたといいます。
創業の酒〈陸奥男山〉はその辛口具合が湊の男たちからも愛されてきました。

八戸酒造

潮目が変わったのは1997年のこと。
〈駒井酒造店〉は戦時中、昭和の政府が発布した「企業整備令」によって、
八戸市および周辺の複数の酒蔵と合同会社として酒造りを行ってきましたが、
現八代目当主庄三郎が1997年に合同会社を分離独立し、
1998年に新ブランド〈陸奥八仙〉を立ち上げたのです。
ただし、自社の蔵ではなく、休業していた八戸市内の旧八戸酒造の蔵を借りての
再スタートと、厳しい環境下でした。

こうして現八戸酒造の新しい酒造りに取り組み、〈陸奥八仙〉が誕生。
現専務の駒井秀介(ひでゆき)さんが入社した翌年の2003年からは、
陸奥八仙もバリエーションが増え、
酒質もひと言で言うなれば「味わいがきれい」なものになったといいます。
フレッシュでフルーティーな酒が好きだった駒井さんが、
「自分たちがおいしいと思う酒を造りたい」と生み出した酒は、
日本酒に手をのばすきっかけを求めていた人たちのニーズにマッチしたのです。

そして、2009年には元の蔵である現在地に戻ることができたことで、
蔵に活気と勢いが蘇りました。
現在は父である8代目当主の庄三郎さん、秀介さん、杜氏である弟の伸介(のぶゆき)さんの
兄弟が蔵を支え、若い蔵人たちも切磋琢磨しています。

くず餅の原料「葛」は、花も美味!  酵素シロップ、砂糖漬け、花茶…… 葛の花の活用レシピ5選

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

山道を歩いていて、ブドウのような甘い香りがふわりと漂ってきたら、
近くに「葛(くず)」の花が咲いている証拠かもしれません。
それほど、葛の花は目が覚めるほどにいい香り! 

葛は、秋の七草のひとつに数えられ、
和菓子や料理などに使われる“葛粉”の原料として
古くから日本で親しまれてきた植物です。

紫色の花を連ねて咲かせた葛の花の写真。

葛の花は、昔から漢方薬として重宝されていました。

一方で、驚異的な繁殖力を持つ外来種として、
アメリカを中心に世界から恐れられていることを知っていますか? 

アジアを原産地とするこのツル植物は、
1日に30センチ以上も成長することがあるといわれ、
ほかの植物を覆いつくすように繁殖するため
IUCN(国際自然保護連合)による
「世界の侵略的外来種ワースト100」にも選定されています。

ほかの植物を覆うように繁殖した葛の写真。

田んぼに侵入する葛。ほかの植物の育成を阻害し、生態系を破壊するといわれています。

厄介な植物として駆除の対象となってしまった葛ですが、
日本では古来から薬として用いられたり、和歌にも詠われたりしてきました。

今回は、そんな葛の花でつくる
「シロップ」や「花の砂糖漬け」のレシピなどをご紹介します。

スミレ、レンゲ、たんぽぽ、梅……
今までいろんな野花のシロップをつくってきましたが、
今回は、過去最高においしいものができあがったと思います‼ 
どうぞご期待ください! 

葛の花を房からとる作業の写真。

全国から28の酒蔵来る! 日本酒イベント〈SAKE PARK 4杯〉が 渋谷〈MIYASHITA PARK〉で開催

全国から28の酒蔵、5つのクラフトサケ醸造所、海外醸造酒が集結

日本酒イベント「SAKE PARK」の第4弾〈SAKE PARK 4杯〉が、
2024年11月16日(土)、17日(日)に
東京・渋谷〈MIYASHITA PARK〉屋上の区立宮下公園 芝生ひろばにて開催されます。

「SAKE PARK 4杯」ブース

「日本のSAKE文化を世界へ広める」ことを目的として開催されている同イベント。
1970年代をピークに減産が続く日本酒業界の現状を変えるため
「日本酒に触れる機会の少なかった若い世代、そして海外の方々への
更なるアプローチができるイベントを開催したい」という思いから発足しました。

4回目となる今回は全国各地の酒蔵28社と、クラフトサケ醸造所5社が渋谷に集結。
さらに今回は海外醸造酒も初登場します。

北米の酒蔵メンバー

今回は、北米の酒造組合である、「Sake Brewers Association of North America」の
協力により、北米の酒蔵のお酒が数種類登場予定です。

能登の酒蔵を応援する特別ブースも登場!

能登の酒蔵を応援する特別ブース

また〈SAKE PARK 4杯〉では、応援購入サービス〈Makuake〉にて、
能登半島地震により被災した酒蔵を応援するプロジェクト
「能登の酒を止めるな!被災日本酒蔵共同醸造支援プロジェクト」にちなんだ
能登の酒蔵を応援する特別ブースも登場します。

このプロジェクトでは、能登半島地震によって酒造りの継続が困難になってしまった酒蔵と、
全国の協力蔵がタッグを組んで共同で酒造りを行い、被災蔵の銘柄を市場に流通させ、
売上を通じたお金の循環が生まれ続ける仕組みをつくっています。

能登の酒蔵を応援する特別ブース

それぞれの共同醸造にて、能登の酒蔵オリジナルの銘柄とコラボによって生まれる
新しい銘柄が醸されました。
これまでの業界の常識を覆した「共同醸造」という取り組みによって生まれた
新たな日本酒をイベントでも味わうことができます。

コロカルでは過去に、能登の〈松波酒造〉を取材。
この「能登の酒を止めるな!被災日本酒蔵共同醸造支援プロジェクト」について
若女将、金七(きんしち)聖子さんに話をうかがっています。
ぜひお出かけ前にこちらの記事をご覧ください。

※ボトル販売はなし、試飲のみの提供

※他ブースと同じようにSAKE PARKチケットにて試飲が可能

宮崎県都城市に 〈霧島酒造〉×〈スターバックス〉 のコラボ施設が2026年春オープン

建築を手がけるのは隈研吾氏。コーヒー豆かすやシラスを内装に活用したコラボレーション施設

1916年、宮崎県都城市で創業した本格焼酎メーカーの〈霧島酒造〉。
全国的知名度を誇る焼酎〈黒霧島〉は、九州産100%のさつまいもに、都城盆地の
地下水100%、麹米は国産100%、そして都城市の自社工場生産100%と、
地域と自然を大切にした焼酎づくりを行っています。

同社が〈スターバックス〉と共同プロジェクトとして現在進めているのが
2026年春オープンのコラボレーション施設です。

〈霧島酒造〉×〈スターバックス〉コラボ施設

「この場所が“みんなの憩いの場”となるように」と願いが込められた同施設。
自然環境と調和した、地域社会と共生していくための気づきや
アクションにつながる発信の場として展開されます。

施設の建築を手がけるのは、建築家・隈研吾氏。
霧島酒造とスターバックスが描く、持続可能な未来への想いを体現しつつ
「その土地の環境、文化に溶け込む建築」と両社の想いが融合した施設を目指しています。

建物は、和を感じられる竹の魅力を最大限に引き出すことで、
自然を感じながらゆったりと落ち着くことができるデザイン。
吸い込まれるような意匠が印象的なエントランスから施設に入ると、
晒竹(さらしだけ)のゆるやかな曲面の天井に包み込まれた、
竹本来の温かさが醸し出す開放的な空間が広がります。
壁面には〈スターバックス〉のコーヒー豆かすと、
九州南部の土壌を形成するシラスが混ぜ込まれた内装ボードを使用。
施設の随所で自然の恵みを感じられます。

約80種類の亜熱帯植物が楽しめる、ガラス張りの植物園も

施設の象徴となるガラス張りの植物園

施設の象徴となるガラス張りの植物園は、緑あふれる空間のなかで
人と自然の関わりを体感できる場所です。
「暮らしを支える植物」「味覚で楽しむ植物」「彩りを添える植物」「水と共に生きる植物」
の4つのテーマに沿った、約80種類の亜熱帯植物が楽しめます。

「味覚で楽しむ植物」のエリアでは、両社の商品を支える大切な原料である、
コーヒーの木やさつまいもなどを生育。
「水と共に生きる植物」のエリアでは、水辺の植物とともに錦鯉が泳ぐ姿を見ることができ、
水や緑、光が織り成す自然の豊かさを感じることができます。

芝生エリア

また、施設屋内に設けられる客席や、植物園内、芝生エリアにあるテラス席では、
くつろぎながらコーヒーを楽しめるのはもちろん、
子どもが自然と触れあいながら遊べる場としても利用できます。
さらに、エントランス横の階段を上った先には、
霧島山や沖水川の雄大な姿を一望できる屋上庭園も整備。
都城の豊かな自然の魅力を感じながら特別なひとときを過ごせます。

北の横丁をめぐる ディープな八戸案内。 あなたのまちの焼酎ハイボール
アテ探し旅

全国で、思わずその場で缶を開けたくなるほど魅力的な
「焼酎ハイボールのお供」を見つけるこの連載。
今回は、青森県八戸市にUターン移住し、
八戸市の情報を発信するウェブメディア『はちまち』の編集長も務める
ライターの栗本千尋さんがアテンドします。

酒好きの多い北の酒場でアテを探す

八戸の横丁からこんにちは。
2020年に青森県八戸市へUターンした、ライターの栗本千尋です。

すでに酒場を堪能して“いい気分”状態なのだが、
まずは八戸のことを紹介していきたい。

青森県はおおまかに津軽地方、下北地方、南部地方にエリア分けされ、
それぞれに異なるカルチャーが根づいているのだが、
八戸市はこのうちの南部地方にあたる。
県の南東部に位置し、太平洋に面するため漁業が盛んだが、
農業や畜産業も行われ、さまざまな食べ物が集まるため、
食通にはたまらないまちだ。

しかも、八戸には酒好きが多い。
中心街には8つの横丁が張り巡らされ、さまざまな酒場を楽しむことができる。

そんなわけで、酒場帰りに撮ってもらった写真を見たら、
普段あまり笑わない私もいい笑顔をしていた。

さて、時を戻して、昼頃からの様子をお届けしたい。

取材班が八戸にやってきたので、まず案内したのが種差海岸。

なかでも種差天然芝生地は、波打ち際まで天然芝が広がる
全国的にも珍しい場所だ。

なんでも、海水面の変動や隆起によって
海底が地上に現れた地形で、「海成段丘」と呼ばれるらしい。
ゴツゴツした黒い岩肌に、緑色をした芝生のコントラストが美しい。

司馬遼太郎は著書『街道をゆく』のなかで、
「どこかの天体から人がきて地球の美しさを
教えてやらねばならないはめになったとき、
一番にこの種差海岸に案内してやろうとおもったりした」
と評した。そんな場所が地元にあるなんて!

この風光明媚な種差海岸から、市街地エリアへ向かう。

日本一周から、世界一周へ。 海外のガストロノミーを巡る旅

いつか自由な身になって、気ままに旅したい……。
その夢を叶えるため、夫婦揃って30才手前で脱サラし、
2023年9月に日本一周の旅へ出ました。
そこから1年後の2024年10月には、なぜか世界一周へ旅立つことになった私たち。
日本で感じたこと、世界へ旅立った理由など、旅への序章をご紹介していきます。

はじめまして。うんまほふうふです。

1993年生まれのうんまほふうふ(うんちゃん&まほ)です。
新卒で約5年間、食品会社に勤め、食や地域創生に関わる仕事をしていました。

ふたりの共通の趣味である旅行を気軽に楽しめるように軽バンを車中泊仕様にDIYし、
週末になると各地に遠征して休みを満喫。

そんな日々を送るなかで、ゆくゆくはふたりでどこかに移住し、
地域に密着したまちおこしに関わる事業をしたいと考えるようになっていきました。

その思いが膨らみ続け、新たなスキルを身につけるためにSNSや動画制作の勉強をし、
人生のひとつのチャレンジとして退職を決意。

SNSで発信しながら、軽バンで自分たちができるまちおこしについて考えるための
「日本一周の旅」に出ました。

日本一周のスタートは四国から! 愛媛県の松山城をバックに。

日本一周のスタートは四国から! 愛媛県の松山城をバックに。

日本の各地を旅していると、同じ国内なのに、風土や地域資源を生かした独自の風習や文化が
地域ごとに根づいていることを実感しました。

それは表面的には理解していましたが、
各地の景色や人と会って話すことでリアルに伝わってくるものがありました。
なかでもその特徴がわかりやすく表現されていると感じたのは「日本食」。

沖永良部島の〈西郷食堂〉にて。鮮度バツグンの伊勢海老がおいしかった!

沖永良部島の〈西郷食堂〉にて。鮮度バツグンの伊勢海老がおいしかった!

例えば地方をドライブしていると、多くの畑や田んぼを目にしますよね。
日本人からすると当たり前の”原風景”ですが、季節によって景色は変わりますし、
地域によっても育てられる作物は異なります。

今でこそ農業技術が進み、全国的につくれる作物は増えたものの、
そのルーツはひとつの小さな村だったりします。

熊本県阿蘇の〈喫茶竹の熊〉は、田園風景の見晴らしが心地良い空間!

熊本県阿蘇の〈喫茶竹の熊〉は、田園風景の見晴らしが心地良い空間!

高知県の四万十市からさらに山奥に入ったところにある、三原村という小さな村。
高知県内でも有数の米どころであり、住民の半数を米農家が占めるほどの場所です。

山間部に位置するため夏はそこまで暑くならず、冬はしっかり寒いという
ハッキリとした気候区分や、豊富な水資源の恵みもあり、
米を使ったどぶろくづくりが盛んに行われるようになったそうです。

そんな村に日本一周の途中で立ち寄った私たちは、
せっかくなのでどぶろくづくりを行う米農家さんの家で民泊を体験。

どぶろくづくりの工程や写真をたくさん見せていただきながら、
産地の食材を使った料理とともに、何種類かのどぶろくを試飲させてもらいました。

お酒が好きでどぶろくもよく飲んでいましたが、
製法などはなんとなく理解している程度だったので、
すごくためになる経験になりました。

〈土佐三原どぶろく〉甘口「このこ」と辛口「あのこ」は、三原村のどぶろく文化・伝統を守り続けるために開発された商品。

〈土佐三原どぶろく〉甘口「このこ」と辛口「あのこ」は、三原村のどぶろく文化・伝統を守り続けるために開発された商品。

どぶろくは静置しておくと米粒が沈んで2層になるのですが、
「いきなり混ぜて飲むのではなく、おいしいからまず上澄みだけを飲んでみて」
とおすすめしてもらったことが、とても印象に残っています。

実際に味わってみると、上澄みのスーッと入ってくる味がすごくおいしいんですよね。

お米ひとつをとっても、その地域ならではの素材の生かし方、味わい方も
多岐に渡っていると再認識しました。

いろいろな日本の食文化があるはずなのに、
風土との結びつきについて考える機会を今まであまりつくってこなかったなぁと。

日本一周の旅を通して、
あらためて身近な日本食のすばらしさを体感することがとても多かったです。

三原村には農作業のお手伝いのために時期をずらして再び滞在し、大根掘りも体験。

三原村には農作業のお手伝いのために時期をずらして再び滞在し、大根掘りも体験。

その地域の背景にある歴史や文化を学び、
その土地の食べ物をその土地で味わうおいしさは格別。

”現地で体験するからこそ大きな価値があるものだ”と感じました。

さらには、このような旅先での体験こそが、
普段の生活の豊かさや地球環境に対する意識にもつながると思うようになりました。

築116年の日本家屋が 新たにオーベルジュとしてオープン 和華蘭文化の息づく長崎で 新旧もつなぐ〈陶々亭〉

卓袱(しっぽく)中華の料亭跡地を生かしたリノベーション

長崎市内の緩やかな坂道に面した場所に
築100年以上の日本家屋を再生したオーベルジュが誕生しました。
古い床板や建具の一部、欄間などを残しながら、
モダンファニチャーの代表作やアート作品を設置した建物では
宿泊はもちろん、長崎の厳選した食材を使うイタリアンが
地元を代表する焼き物、波佐見焼のお皿でいただけます。

建物の前には長崎らしい石畳。

建物の前には長崎らしい石畳。

長崎は、江戸時代の鎖国政策下において唯一、国際貿易が許され
日本と中国、主にオランダやポルトガルなど、ヨーロッパの文化が融合した
和華蘭文化が発展。
独自の食文化にもつながりました。

〈陶々亭〉の建物は1908(明治41)年、貿易商の住まいとして建てられ、
戦後間もない1949(昭和24)年から〈中華料亭 陶々亭〉として営業していました。

料亭では大勢で取り分ける卓袱中華を提供。
宴会だけでなく結婚式や両家顔合わせといった晴れの日にも利用されてきた
地元の人たちにとって、思い出の多い店でした。

しかし店を切り盛りしてきた料理長と女将夫婦の高齢化により、
2020(令和2)年、惜しまれながらも約70年続いた料亭としての営業を終了することに。
現代では再現が非常に困難と言われる、文化財的価値の高い日本家屋が
失われかねない状況でした。

アプローチで目をひく木彫のダルマ。

アプローチで目をひく木彫のダルマ。改修工事中に発見されたそうで、今も陶々亭を見守り続けています。

そんなときに子どもの頃から建物に親しんできたオーナーの、
文化財として建物を保存していくのではなく、今まで中華料亭として地元の皆様に
愛され親しまれてきたように、これからも利用していただきながら愛され続ける
「陶々亭」として後世へと遺していきたい、という想いで、貴重な日本家屋が
オーベルジュとして生かされることにつながりました。

レストランと主屋の入り口。

レストランと主屋の入り口。「陶々亭」の文字は料亭時代のものを踏襲。

築から100年以上も経過した建物は、建設当時の図面が残っているはずもありません。
オープンの準備には2年半以上もの時間が必要でした。
工事は古民家のリノベーションに精通している、地元長崎の建設会社〈浜松建設〉が担当し、リノベーションの監修、インテリア、グラフィックは
富山と東京に拠点を持つ〈51%(五割一分)〉が担当しました。

謎も残る建物が3つの客室とダイニングスペースに

客室は「主屋」「離れ」「蔵」の3室で、3組限定の宿となっています。

主屋の寝室。

主屋の寝室。

明るい主屋は、建築当時につくられた急な階段を上った2階にあります。
以前は最大50人ほどが複数の円卓を囲む宴会場として使われていました。

主屋のリビングスペースと縁側。

主屋のリビングスペースと縁側。

手すりが付いている縁側や、その足元の床板は当時のもの。
特に、長年の汚れが蓄積していた杉を使った縁側の床は、
オーベルジュのスタッフが、床が傷まぬよう
洗浄剤代わりの米ぬかと水、タオルとブラシだけで
何か月もかけて磨き上げてよみがえらせました。

離れの1階にあるリビングスペース。

離れの1階にあるリビングスペース。

2階の床を取り除き、新たに階段を設置して、メゾネットの部屋になりました。

離れ2階の寝室。

離れ2階の寝室。

階段を新たに設置したというのは、最初は1階と2階は繋がっていなかったためです。
その理由は、離れの2階が芸妓や仲居が化粧や着付けをする支度部屋で、
1階は調理場の板前たちが使った部屋だったため
繋がっていない方が理にかなっていたようです。

蔵

蔵には、レンガの壁や丸窓が残されました。

蔵は、敷地の奥にありその名の通り元は蔵として利用されていました。
やはりメゾネットタイプで、
壁のレンガと、なぜか階段の途中にある丸窓も建築当時のものを残しました。

蔵のバスルーム

蔵のバスルームはヒノキの浴槽を採用。

蔵は3部屋のなかでいちばん小さいものの、唯一、ヒノキの浴槽を採用していることから
部屋に入った瞬間からアロマオイルが焚かれているかのようないい香りが漂います。

和歌山の老舗メーカーによる 梅酒ブランド〈UMESHUfor〉が始動

全国一の梅の生産地・和歌山県の梅酒メーカーの挑戦

全国一の梅の産地として知られる和歌山県。
地元では「梅酒は家庭でつくるもの」というイメージが強く、
市場での販売は決して容易なものではありませんでした。

和歌山の梅

そこで、「自宅では漬けられないプロの梅酒をつくろう」という決意のもと、
赤しそや緑茶を加えるなど独自の梅酒製造に取り組み始めたのが
梅の健康食品・梅果汁・梅酒など梅や和歌山素材を研究する和歌山のメーカー〈中野BC〉。
しかし、売り上げは一向に伸びず、緑茶梅酒も何度か製造中止が検討されたほどです。

梅や和歌山素材を研究する和歌山のメーカー〈中野BC〉

転機となったのは、2003年ごろに巻き起こった梅酒ブーム。
健康志向の流れもあって、梅酒が注目を集めるようになり
〈中野BC〉では創業以来、醸造アルコールでつくってきましたが
世間では日本酒やウイスキーベースで仕込む梅酒の種類も増え、盛り上がりを見せました。

生産者と加工者が一体となり、和歌山の梅を守るために

和歌山の梅

しかし昨今、梅不作や後継者問題など、和歌山の梅を取り巻く状況は厳しいものがあります。
ここ5年で2回も過去最大の不作を経験し、生産も収入も安定しづらいのが現状です。
現在、過酷な山奥で梅を生産する高齢の生産者が減少傾向にある一方で、
生計を立てられるように条件の良い畑を探しながら、全体の生産量が減らないようにし、
人手不足を解決するのは難しい状況にあります。

もし、豊作不作にかかわらず、需要と供給のバランスが保たれるようになれば、
生産者の意欲につながる。

〈中野BC〉工場

その声を聞いて立ち上がったのが〈中野BC〉。
梅を良い商品に変えていく加工業として、また梅の良さを広げていく販売者としても、
梅酒を安定的に消費者の方に届けられるように、
和歌山の「梅」を守ることに努める必要があると。
〈中野BC〉は、昨今の梅不作や後継者問題など和歌山の梅を維持していくために、
生産者と加工者が一体となり消費者様においしい梅加工品を届けていくことに
あらためて使命を感じたそうです。