連載
〈 この連載・企画は… 〉
2024年12月の月刊特集のテーマは「次をつくる12人」。
地方経済や文化を醸成してきたトップランナーたちに、スタートアップ、地方創生、アート、建築、食など
それぞれの分野で、注目すべき若手を推薦してもらい、次世代を担う男女10組にインタビューを行いました。
editor profile
Yu Ebihara
海老原 悠
えびはら・ゆう●コロカルエディター/ライター。生まれも育ちも埼玉県。地域でユニークな活動をしている人や、暮らしを楽しんでいる人に会いに行ってきます。人との出会いと美味しいものにいざなわれ、西へ東へ全国行脚。
photographer profile
Maki Igaki
井垣真紀
いがき・まき●結婚を機に、関西から豊岡市の城崎温泉に移住。
豊岡市の移住ポータルサイト「飛んでるローカル豊岡」、インスタグラム「豊岡グラフ」、NHKラジオ「ラジオ深夜便・日本列島くらしのたより」などで、住んでよかった!と思う豊岡の魅力を伝えています。
PR会社〈HOW〉の代表で、国内外を飛び回る小池美紀さんが推薦するのは
城崎温泉にて2022年9月にオープンしたベーカリー〈PARADI〉の
井上祖人さん、有紀さんご夫妻です。
推薦人
小池美紀
HOW inc.
Q. その方を知ったきっかけは?
仕事でもプライベートでも足繁く通う城崎温泉の知人から、同じ兵庫でギャラリーと茶寮を営む〈井上茶寮〉の名前を聞いていました。特に興味を惹かれたのは、ある時、城崎の〈OFF KINOSAKI〉にあったフライヤー。井上茶寮ギャラリースペースのアーティストインレジデンスの告知でした。私が現在、東京と沖縄の2拠点生活をするなかで、個人的にも追いかけている今村能章が展示をするというものでした。
その後、井上茶寮が城崎に〈PARADI〉というペストリー&コーヒーショップをオープンし、交流が生まれました。彼らの幅広い活動を知るにつれ、底知れぬ活動に興味を寄せています。
Q. 推薦の理由は?
フレンチのシェフやパティシエとして修業を積まれた井上祖人さん。
大学職員からフランスに移住し、ミュージアムで働いていた井上有紀さん。
ふたりの活動は、現在展開する年数回のアーティスト・イン・レジデンスと並行して国内外のアーティストや作家の展覧会を企画する〈M1997〉(的形)、お茶やカヌレ型を使った羊羹などのスイーツを展開する〈井上茶寮〉(的形)、焼きたてのペストリーやコーヒーを提供する〈PARADI〉(城崎)。
お茶やお菓子、パッケージに至るまでおいしいのに加え、いつ見てもすてきなプロダクトは、デザインの文脈に通じるところがあります。実際にデザイン関係者のファンも多く、私は今年、インテリアの発表会で彼らにケータリングを依頼しました。味だけでなく、しつらえの美しさにも感動しました。
また、今年は、コペンハーゲンのベーカリーで短期留学をされており、出張の際にも彼らの活動を拝見しました。デザインの都コペンハーゲンでの滞在を経た彼らの今後の活動に注目しています。
晴れたと思ったら、鈍色の雲が広がり、冷たい雨が降ったり止んだりする。
そんな日本海沿岸特有の不安定な天気が、
この城崎温泉というまちの冬の風物詩だったりする。
瀬戸内に面する的形から豊岡市城崎に移住し、
2度目の冬を迎えた井上祖人(そひと)さん、有紀(ゆき)さん夫妻は、
「ここのところいつもこんな天気ですよ」と話す。
その“こともなさげ”といった雰囲気で、彼らがいかにこのまちに馴染んでいるかを知れた。
祖人さんと有紀さんは、
同じ兵庫県でも城崎とは北と南の関係にある、的形という地で
和菓子店〈井上茶寮〉と、
アーティストインレジデンス〈M1997〉を営む。
港まちに溶け込む、築114年の庄屋をリノベーションしたお店は、
土日だけの営業にかかわらず、お客さんが後を絶たない。
札幌市や大阪市の名だたるレストランで修業してきた祖人さんと、
大学職員を経てパリの美術館で勤務した経験を持つ有紀さん。
井上茶寮とM1997は、ふたりの経験を生かした唯一無二の場だ。
ふたりが城崎を訪れたのは6年ほど前のこと。
〈OFF KINOSAKI〉をオープンしたばかりの料理人・谷垣亮太朗さんに
会いに行ったのがきっかけだった。
そこでさまざまな“城崎人”を紹介してもらったことで、
地域コミュニティの温かさや、観光客と地元住民のバランスの良さに惹かれ、
城崎への移住を考えるなかで運良く物件の話が耳に入り、
住居兼店舗として開業することを決めた。
「やるなら井上茶寮とは違う業態で、
城崎に滞在する価値を高められるような店舗を目指したかったんです」(有紀さん)
井上茶寮としてのポップアップ出店を経て、OFF KINOSAKIの3軒隣に、
2022年10月、ペイストリーショップ〈PARADI〉をオープンした。
店内は賑々しく、平日にもかかわらず多くのお客さんが訪れていた。
スイーツとコーヒーとともに写真を撮り合う外国人観光客。
カップル温泉旅行だろうか。大きなバッグでやってきて、
お目当てのパンを買いホクホク顔の彼女と、それをやさしく見守る彼氏。
休憩時間に颯爽とパンを買っていく旅館の従業員は常連だそうだ。
甘いものを前に、人は自然と笑顔になる。
「基本的には地元の方が7割で、観光客は季節によって変動があります。
眼の前が桜並木なので、桜の時期は混み合いますね。
地元の人に来てもらうお店になることを最初から意識しています」(有紀さん)
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祖人さんも有紀さんも、城崎の最初の印象がよかったのだと話す。
「まちの人がすごくやさしく、外から来る人に対して興味を持ってくれる印象でした。
ポップアップには地元の方もたくさん来店してくれて、
みなさんおもしろがってくれましたね」(祖人さん)
「どんどん顔見知りも増えて、お風呂(外湯)で会うこともあったり。
普通とは違う付き合いができています。
井上茶寮で扱っているお茶を旅館のアメニティとして使っていただいたり、
まち全体が私たちを応援してくれる雰囲気を持っています」(有紀さん)
“城崎には共存共栄の精神が息づいている”と、このまちではよく言われている。
それは、「駅は玄関、道は廊下、宿は客室、外湯は大浴場」と、
温泉街をひとつの旅館に見立て、役割を明確にして、
それぞれが商いとして成り立つようにしたことに由来するが、
まちの人も祖人さんと有紀さんに対して、
「共栄につながる新しい価値を城崎にもたらしてくれそう」という
期待を持っているのだろう。
そして、それは今回おふたりを推薦したPR会社〈HOW〉代表の小池美紀さんも
同様に感じていたことだ。
寄せられた推薦文には、「お茶やお菓子、パッケージに至るまで、おいしいのに加え、
いつ見てもすてきなプロダクトは、デザインの文脈に通じるところがあります」とある。
「いまの城崎に足りないものといえば、
名物となるようなデザインも美しいお土産でしょうか。
今後自分たちでも手がけていきたいと思っています」(祖人さん)
地元の人いわく、PARADIのペストリーや焼き菓子といえば、
「もらってうれしい、気の利いたお土産」として、すでに重宝されているが、
ふたりが手がける“城崎らしい”土産品に期待が高まる。
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現在も祖人さん、有紀さんは週の真ん中の2日から3日は
的形で過ごす2拠点生活をしているが、
城崎を生活の中心にしたことで、ふたりにも変化があった。
「いろんな人が仕事がてら城崎を訪れて、PARADIに足を運んでくれます。
アーティストや建築家、デザイナーの方など、会えると思ってなかった人です。
仕事ではあるけど、その後一緒にごはんを食べたりお風呂入ったりを経て仲良くなって、
『次は東京で会いましょう』となったりする。
そういう人たちに興味を持ってもらえる自分たちでいないとな、とも思いますし、
そこから仕事に広がったりすることがすごくおもしろい」(祖人さん)
今後の展開を尋ねると、「いますぐにというわけではないですが」と前置きして
有紀さんが語る。
「今は飲食業がベースにはなっていますが、
それだけではないところがふたりでいる強みだと思っています。
業界や業種にこだわらず自分たちがやりたいと思ったことや、
住んでみたい場所があれば国内外問わずチャレンジする
軽やかさを常に持っていたいと考えています」
多拠点になってもそれぞれの地域で、存在感を発揮する姿が想像できる。
地域を愛し、地域から愛される存在へ。
フットワークの軽さとたしかな手腕を持った次世代を担うふたりなら、
どこへでも行けそうな気がした。
profile
井上祖人・井上有紀
いのうえ・そひと、いのうえ・ゆき●自社プロジェクトとして「井上茶寮 / M1997 / SAN / PARADI」を立ち上げ日々現場を運営しつつ、クライアントワークとしてプロダクトやメニュー・ホテルのアメニティ開発、ケータリング、時にはクリエイティブチームの一員としてプロジェクトを進めることも。
information
PARADI
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井上茶寮
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SAN
Web:Instagram @san_global
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M1997
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