震災後に生まれた〈三陸ジンジャー〉
岩手県の東南、宮城県気仙沼市と接する陸前高田市。
太平洋に面した三陸海岸はリアス式で知られ、
市内には山地と、湾に囲まれた平野が広がる。
7万本もの松があったとされる「高田松原」のなかで、
津波に唯一耐えた「奇跡の一本松」があり、
東日本大震災でまちの名を知った人も多いだろう。
この土地で、震災後に生まれた〈三陸ジンジャー〉が、岩手の魅力を再発掘している。
栽培するのは千葉県出身の菊地康智さんだ。
農薬や化学肥料を使わずに栽培される生姜で、
収穫したての新生姜はやわらかく瑞々しいのが特徴。
天ぷらや生姜ごはんなど、料理の主役として皮ごといただくのがおすすめだ。

収穫時期は霜が下りる前までとされ、陸前高田では10〜11月中旬。土を掘るとピンクと白い肌が美しい新生姜が顔を出す。これらを熟成させると辛味が増し、薬味に適した黄土色の生姜に変化していく。

新生姜の流通は12月上旬くらいまで。以降、翌年の収穫までは通年で黄土色の生生姜が流通する。
〈三陸ジンジャー〉の畑があるのは、広田湾を見下ろせる高台。
ここではかつて祖父がリンゴを栽培していた。
祖父の家があるため、康智さんも子どもの頃、何度か訪れた記憶があるが、
10代のときに家族と相容れず、
家族は陸前高田で、康智さんだけが千葉で生活する期間が長かったという。
「震災が起こって、みんなが無事だと聞いたときは本当によかったなと。
家族に反発していたのは小さなことで、
生きているだけでありがたいんだなと本当に思いました。
以来、陸前高田に通うようになって、ここ(高台の畑)から海を望んでいたら、
津波は来たけれど、いいところだなって思ったんですよね」

康智さんも好きだという畑からの景色。当時、康智さんは内装業に携わり、現場の多くは東京都内の一等地に建つ高級タワーマンション。ギャップが大きく、自分のリソースを陸前高田に落とすべきだと思うようになっていた。
同じ頃、映画『先祖になる』(2012年・池谷薫監督)に出合う。
陸前高田市で農林業を営み、津波で家と息子を失った佐藤直志さん(当時77歳)が、
自ら木を伐り、田植えをし、家を建てる。
その様子を追ったドキュメンタリーで、直志さんは康智さんの親戚だった。
「小学生のときに祖父が亡くなって、
葬式でひとりだけ話しかけてきたおじさんがいたんです。
『お前が生きているのも、じいちゃんとか、先祖のおかげなんだからな』って
言われたことを強烈に覚えているのですが、
映画館でスクリーンに映っているよぼよぼのおじいさんを見たら、
あのときのおじさんだ! って思い出して。
何十年経っても、同じことを言っているし、体現していると思ったら、
大号泣してしまって……」
直志さんの近くでもっと話を聞きたい。
そんな思いもあり、康智さんは陸前高田へ移住した。2014年のことだ。

陸前高田では、平地では年貢となる米を、高台では土地が狭い傾斜地でも育てやすいリンゴが多く栽培されてきた。











































































