自由度の高い無人島! 和歌山県有田市沖の地ノ島に キャンプ場&イベントフィールドが オープン

和歌山県有田市沖にある無人島「地ノ島」に、
自然体験が楽しめるキャンプ場兼イベントフィールドがオープン! 
2018年6月4日~7月16日のプレオープン期間は、
1日1組限定で1日貸切5万円~にて、フィールドを提供します。

島へは渡船サービスを利用してアクセス

島へは渡船サービスを利用してアクセス

地ノ島は、東京ドーム10個分、ディズニーランドの半分くらいの大きさの島。
和歌山NO.1とも言われる透き通った海に、
知る人ぞ知る、手つかずの全長500メートルにもわたる広いビーチがあります。
小高い丘を登れば四方に海が広がり、そこから見る夕陽はまさに絶景! 
かつては人が住んでいた歴史もある、居心地の良い過ごしやすい島です。

海岸線でのキャンプの様子

海岸線でのキャンプの様子を上空から撮影

海岸線でのキャンプの様子

なんといっても利点は、日本全国有数のアクセスの良さを誇る
“自由度の高い無人島”だということ。
最寄駅のJR紀勢本線「初島駅」より無人島直結の初島港までは徒歩7分、
初島港から無人島まで船で7分。関西国際空港より1時間強、
大阪・天王寺駅より1時間強でアクセスが可能と、関西からのアクセスは抜群。
これまでにも、さまざまなイベントが行われてきました。

これが“最後のチャンス”
かもしれない……
危機を迎える長門湯本温泉が
選んだ道とは?

社会実験を通して温泉街の将来像を共有

温泉街をリノベーションするという、新たな取り組みで注目を集める温泉地がある。
山口県で最古の歴史を誇る長門湯本(ながとゆもと)温泉(長門市)だ。
日本海の幸をはじめ食の魅力は高く、観光地の萩に近いことなどから、
団体旅行ブームにのって活況を呈した。

しかし旅のニーズを捉えきれず、最盛期から徐々に客足が落ち込み、
ついに創業150年の老舗ホテルが負債を抱えて廃業。
このできごとに地域の緊張感は一気に高まり、
負の連鎖を止める“最後のチャンス”として長門市は大きな挑戦に出た。
市が予算を投じて再生総合戦略を掲げ、
そのパートナーに星野リゾートを選んだのだ。
こうして官民連携の壮大なプロジェクトが始まった。

住民説明会では温泉街の将来像をイラストや模型で紹介。

住民説明会では温泉街の将来像をイラストや模型で紹介。

2017年9〜10月に長門湯本温泉で社会実験
〈長門湯本みらいプロジェクト〉が実施された。
その舞台となった温泉街の店主たちは、
「これほどたくさんの人が通りを歩いてくれるなんて。
にぎやかだった昔を思い出して感動しました」と、喜びを口にした。

主催メンバーである旅館の若旦那や行政職員は、
「協力してくださるみなさんが最高で、
“まちづくりは楽しい”と本気で思えました」と、その時を振り返る。

この社会実験は、2016年8月に長門市で策定された
「長門湯本温泉観光まちづくり計画」を基に進められたものだ。
温泉街の再生に向けて、3つの大きな調査
(①河川空間の活用 ②交通再編による道路・空地空間活用 ③照明改善)が行われた。

温泉街を流れる川には昔“置き座”と呼び親しまれた川床を設置したり、
県内から飲食店やものづくりの事業者を集めたり、
夜の温泉街を効果的にライトアップして散策を促したり……。
住民や旅行者をはじめ、参加者全員が地域を五感で体感しながら、
魅力と課題を共有する機会となった。

2018年4月1日の長門温泉まつりは満開の桜に恵まれた。

2018年4月1日の長門温泉まつりは満開の桜に恵まれた。

先にもあげたが、
長門湯本温泉と言えば「山口県最古の温泉」と紹介される有名温泉地である。
山口宇部空港からは車で1時間ほど。長門市は北に日本海が広がり、
南には中国山地が連なり、東には幕末の歴史遺産が豊富な萩市が隣接するなど、
多様な観光スポットがある。

長門市の人口は約3万5000人。市の中心部から車で10分ほどの山間部に、
長門湯本温泉はある。
水清らかな音信(おとずれ)川のほとりに、大小12軒の温泉旅館が点在。
公衆浴場の〈恩湯(おんとう)〉(現在休館中)と〈礼湯(れいとう)〉を中心に、
温泉街が四季の彩りのなかでのんびりと広がる。

老朽化で解体の恩湯は、昭和レトロ感がただよう公衆浴場だった。

老朽化で解体の恩湯は、昭和レトロ感がただよう公衆浴場だった。

開湯は室町時代の1427年。〈恩湯〉敷地内から湧く温泉は、
江戸時代には長州藩のお殿様も贔屓にした名湯だ。
泉質はアルカリ性単純温泉で、
肌触りが優しく赤ちゃんから年配の方まで愛される。
かつては農閑期の湯治客に、近年は観光客を主として利用され、
最盛期の1983年には約39万人の宿泊客を数えた。

その温泉地が窮地に追い込まれ、再生に取り組んでいる。
原因はどこにあるのだろうか。

『ローカルメディアの仕事術』 メディアのつくり手も まちおこしに携わる人も 必読の書、発刊!

2018年5月、書籍『ローカルメディアの仕事術ー人と地域をつなぐ8つのメソッド』が刊行されました。
編著者は『ローカルメディアのつくりかた』などの著作で知られる影山裕樹さん。
寄稿者は、幅允孝さん、多田智美さん、原田祐馬さん、
原田一博さん、成田希さん、小松理虔さん、山崎亮さん。

本書では、各分野のプロフェッショナルが自らの仕事術について語っています。
たとえばブックディレクターの幅允孝さんは「プロデュース術」を、
編集者の多田智美さんは「チームづくり」を、
アートディレクターの原田祐馬さんは「デザインの方法」を、
コミュニティデザイナーの山崎亮さんは「写真の撮り方」を。

書籍『ローカルメディアの仕事術』中ページ

『ローカルメディアの仕事術』

プロデュースから編集、チームづくり、デザイン、ウェブサイト運営、
取材&インタビュー、文章の書き方、写真の撮り方まで、
メディアづくりに必要なことが実例とともに紹介されています。
また、地域の課題にどうやってアプローチしていったらいいのかという
テーマにもふれているので、地域おこしに携わる方にもおすすめの一冊です。

なぜローカルメディアをつくるのか?

影山さんは数多のローカルメディアを見てきた経験から、
それぞれのメディアの目標が「地域の課題を解決すること」や、
「売り上げをのばすこと」など、バラバラであることに気づいたといいます。

それから「ローカルメディアとは何か」「一体どこにゴールを見定め、
地域にふさわしいメディアをつくっていけばいいのか」ということにフォーカスを絞り、
ローカルメディアへの取材を重ねてきました。

第1章では「あなたのゴールはどこにありますか?」と問いかけながら、
メディアの必要性を明確にすることの大切さについて書かれています。
これからメディアをつくりたいと思っている方は、
この章を読むだけでもコンセプトが明確になっていくかもしれません。

岩手県一関市〈松栄堂〉
100年以上続く老舗が、
地元産素材を和菓子に使う理由

岩手に来たことがある人なら一度は見たことのあるはずの
銘菓〈田むらの梅〉、〈ごま摺り団子〉。
もしくは、マンガ『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズのファンなら
ご存知「ごま蜜だんご」。
これらはすべて、岩手県一関市に拠点を置く老舗和菓子店〈松栄堂〉が
100年以上かけて生み出しだてきたお菓子だ。

全一関市民が知っていると言っても過言ではない、
地元で人気のお土産物の秘密を、同社社長の小野寺宏眞さんにうかがった。

代表取締役社長の小野寺宏眞さん。会計事務所出身、ユーモアと芯の強さが同居するアラフォー経営者だ。

代表取締役社長の小野寺宏眞さん。会計事務所出身、ユーモアと芯の強さが同居するアラフォー経営者だ。

変わらないもの、変わるもの

一関市中心部の地主町。古い蔵が建ち並び、雰囲気のある〈世嬉の一酒造〉や
ジャズ喫茶〈ベイシー〉が建ち並ぶ、一関きっての歴史を誇る商人のまちに、
松栄堂総本店はある。

創業は明治36年、今年115周年を迎えた。
初代の小野寺主馬蔵(しゅめぞう)氏が菓子屋として店を構えて以来、
ずっとこの地に根づいてきた。

昭和30~40年代頃の松栄堂総本店を写した懐かしい写真。

昭和30~40年代頃の松栄堂総本店を写した懐かしい写真。

蔵に飾られていた、昔使っていたという菓子木型。

蔵に飾られていた、昔使っていたという菓子木型。

「伝統を大切にしつつも、時代に合わせて常に変わり続けることで、
松栄堂はこれまで商売を続けてこられました。
北東北有数の米どころで独特のもち文化が残る一関市、
平泉町の素材にこだわりながら、米を原材料とした和菓子づくりを基本に、
創業のこの場所でその時々のニーズに合う商品をつくってきました」

そう教えてくれたのは、現在5代目を継ぐ小野寺宏眞さんだ。

初代~2代目の時代に同社初の看板商品〈田むらの梅〉を、
3代目~4代目の時代にはヒット商品となった〈ごま摺り団子〉を、
そして現在に至る4代目~5代目の時代には〈平泉 黄金餅〉を開発。
世代を超えて親しまれる市民スイーツ&定番お土産物として定着させてきた。

代々、愛されてきた味

発売から70年超の、長く愛される一関銘菓〈田むらの梅〉。

発売から70年超の、長く愛される一関銘菓〈田むらの梅〉。

「まずは〈田むらの梅〉。
大正時代に一関藩主だった田村家の子孫からの依頼を受け、
梅をこよなく愛したという初代藩主にちなんでつくられた、
梅の果肉を練りこんだ白餡を求肥と青紫蘇で包んだ甘い和菓子。
特に年配の方にファンが多く、茶菓子としても好まれています」

青紫蘇で包まれたもちもちの求肥の中にはほんのり梅が香る白餡が。それぞれの素材の味が生かされた上品なおいしさ。

青紫蘇で包まれたもちもちの求肥の中にはほんのり梅が香る白餡が。それぞれの素材の味が生かされた上品なおいしさ。

「昭和のバブル期に生まれた〈ごま摺り団子〉は、
香ばしいごま摺り蜜を団子で包んだ、“ぷにゅチュル”な独特の食感が楽しい。
『ジョジョの奇妙な冒険』の主人公、定助の好物で、
彼は『プチュウゥッ』と楽しんでいましたが」

バブル期には企業戦士の仕事用の贈答用「ごますり」ツールとして爆発的にヒットした〈ごま摺り団子〉。絶妙なネーミングだ。ちなみに一関地域の家庭では、ごま餡でもちを食べることも多い。

バブル期には企業戦士の仕事用の贈答用「ごますり」ツールとして爆発的にヒットした〈ごま摺り団子〉。絶妙なネーミングだ。ちなみに一関地域の家庭では、ごま餡でもちを食べることも多い。

「そして〈平泉 黄金餅〉。“小金持ち”ではありません(笑)。
“もち文化”と“黄金文化”をキーワードに、昨年平泉町と共同開発した新しいもち菓子。
ふんだんに使った金ごまの濃厚な味わいが特徴で、
インバウンド客など外国人にも人気が高い商品です。
それぞれ開発された時代も趣向もターゲットも違いますが、
できるだけ地元の素材を使いながら地元の文化を守り、
発信していきたいという思いは共通しています」

地主町の本店には、不動の人気を誇る〈ごま摺り団子〉と新商品〈平泉 黄金餅〉が並ぶ。

地主町の本店には、不動の人気を誇る〈ごま摺り団子〉と新商品〈平泉 黄金餅〉が並ぶ。

〈丹鉄珈琲〜114kmCAFE〉 丹後鉄道がカフェオープンに向けて クラウドファンディング開始

ご当地珈琲、〈丹鉄珈琲〉をご存知ですか?

丹鉄珈琲は日本全国にファンを持つ栃木県日光市の〈日光珈琲〉と、
沿線地域の食の魅力を知り尽くす兵庫県豊岡市の〈城崎スイーツ〉によって
立ち上げられた〈城崎珈琲焙煎所〉でローストブレンドされたご当地珈琲です。

丹鉄珈琲は〈城崎珈琲焙煎所〉でローストブレンドされたご当地珈琲

「そこでしか味わえない、その土地の風景・歴史を感じさせる珈琲でありたい。」
という思いを込め、丹後地域の暮らしや文化を、コーヒーを通して感じることができるよう、
個性豊かな風味のブレンドに仕上げました。

現在手にとれる場所は、京都丹後鉄道観光列車の
〈丹後くろまつ号〉〈丹後あかまつ号〉〈丹後あおまつ号〉の列車内のみ。
そして観光列車内と天橋立駅窓口では珈琲豆のお土産販売を行っています。

珈琲片手に旅に出よう。駅の構内にカフェをオープン

〈丹鉄珈琲〜114kmCAFE(ひゃくじゅうよんきろかふぇ)〉をオープンさせることに

丹鉄珈琲の魅力は、手にとれる場所も少ないため、まだ一部にしか届きません。
そこで京都丹後鉄道を運行するWILLER TRAINS株式会社は
もっとご当地コーヒーを知ってもらうため、
〈丹鉄珈琲〜114kmCAFE(ひゃくじゅうよんきろかふぇ)〉を
オープンさせることに。そして、その開店に伴う資金の支援を、
クラウドファンディングサ ービス〈CAMPFIRE〉を通じて募ります。

コロカルでは 地域ライターを募集します!

コロカルは日本の地域をテーマに、各地の先進的な取り組みや、
ローカルのライフスタイルなどさまざまな話題を発信するウェブマガジンで、
マガジンハウスが2012年より運営しています。

この度、日本の地域のヒト、モノ、コトについて執筆して頂ける
全国各地にお住まいのコロカル地域ライターを募集します。
以下の内容を、contact@colocal.jp 宛に、
件名を【コロカル地域ライター募集】としてお送りください。

(1)以下のA、Bどちらかのテーマに関して1000文字程度で。

A:自分が住むこのまちに残したいもの

B:地元の地域のとっておきニュース

(2)自主企画

(3)プロフィール

※地域の制限はありません。

※添付ファイルの容量が大きい場合は、

外部のストレージサービス等をご利用していただいて構いません。

採用された方には、コロカル地域ライターコーナーへの寄稿のほか、
コロカルの原稿制作のお仕事をご相談させて頂く予定です。
採用の際には、原稿料をお支払い致します。

締め切りは2018年5月13日(日)となります。
ご応募をお待ちしています!

【2018年5月14日追記】

地域ライターの募集期間は終了しました。
たくさんのご応募、ありがとうございました。

information

コロカル地域ライター募集

以下の内容を contact@colocal.jp 宛に、件名を【コロカル地域ライター募集】としてお送りください。

(1)A、Bどちらかのテーマに関して1000文字程度で。

A:自分が住むこのまちに残したいもの

B:地元の地域のとっておきニュース

(2)自主企画

(3)プロフィール

締め切り:2018年5月13日(日)

〈ジャパン・ハウス〉
ローカルから世界へ。
未知なる日本を伝える
いくつかのヒント

日本の魅力をどんな目線で発信していくべきか?

外国の人と話したときに、日本のことをうまく説明できなくて
どぎまぎしたという経験がある人は少なくないのではないだろうか。

2014年からロンドン、ロサンゼルス、サンパウロの3都市で
外務省による〈ジャパン・ハウス〉という事業が動き始めた。

そのアウトラインは3都市に日本の魅力の発信拠点〈ジャパン・ハウス〉を開設し、
日本の魅力の諸相を「世界を豊かにする日本」として発信していくというもの。

総合プロデューサーは無印良品や蔦屋書店のアートディレクションなどを手がけた、
デザイナー/武蔵野美術大学教授の原研哉さん。

建物の設計には片山正通さん、名和晃平さん、隈研吾さん、
企画展やイベントには音楽家の坂本龍一さんや建築家の藤本壮介さんなど、
そうそうたるメンバーが関わっている。
さらに今年からは、日本の地域の魅力を発信していく
〈ジャパン・ハウス地域活性化プロジェクト〉もスタートするという。

2018年3月2日(金)、東京・渋谷で開催された〈JAPAN BRAND FESTIVAL 2018〉にて
同プロジェクトの事業発表会が開かれ、原研哉さんと國定勇人さん(新潟県三条市長)、
モーリー・ロバートソンさん(国際ジャーナリスト)によるパネルディスカッションが行われた。

この日のトークから、いま日本は海外へ向けて
どんなことをどんなふうに発信していくべきなのか、考えてみたい。

平泉の食事と喫茶の店〈SATO〉
生産者の思いをおいしさにかえる 
ロールキャベツと自家製スイーツ

2015年、岩手県JR平泉駅の駅前に、1軒のカフェが誕生した。
店名は、店主・佐藤渉さんの苗字をそのまま取って付けられた〈SATO〉。
「SATOの隣の美術肖像画院は親父の店。つまり実家です」と話す佐藤さんは、
埼玉県からUターンして、勝手知ったるこのまちにお店を開いた。
生産者の思いに共感した素材を使い、
そのおいしさが生きる最高のかたちで料理を提供し続ける佐藤さん。
彼に、SATOというお店の在り方についてうかがった。

料理が、食べる人の記憶に残ってくれたら

〈中尊寺〉をはじめ、世界文化遺産に登録された史跡のある平泉町。
駅まで徒歩0分という好アクセスの場所に、SATOはある。
たまたま、ご実家が店舗貸ししていた場所を譲り受けることになり、
いわゆる観光客誘致のために、と選んだ場所ではない。
今はランチとカフェのみの営業で、予約があれば夜の営業も行う。

名物はロールキャベツと、菜種油を使ったゴボウのショコラ(ガトーショコラ)。
フレンチでもなく、イタリアンでもない「洋風のお食事と喫茶のお店」だ。

「ロールキャベツは昔から好きだったので、
ちょっとつくってみよう、という感じだったのですが、面倒ですよね(笑)。
ハンバーグだったらひき肉を練って終わりなのに、
そこからキャベツを茹でて、包んで、煮込んで……。
専門店じゃない限り、なかなかやらないと思いますけど、
『SATOのロールキャベツを食べに行こう』と
言ってくれる人が増えてくれたらいいな。特に子どもたち。
『変な店だったけど、あそこでロールキャベツ食べたな』
という感じで、記憶に残ってくれたらうれしい」と、佐藤さんは目を細める。

自家製サワークリームで仕上げる、ファンが多い特製ロールキャベツ(ごはんとサラダ、ドリンク付き)1300円。ランチメニューはほかに、SATOカレー、パスタ、定食、特製お子様ランチ。

ショコラに使う菜種油は
「安心・安全でおいしい油を届けたい」という熱い思いを持った
隣の一関市大東町の〈デクノボンズ〉が生産したもの。
もともと大東地域でつくられていた菜種の栽培から復活させ、
花畑の風景を守り地域の資源を循環させる仕組みづくりを目指す
彼らの思いに共感したことから、メニューに取り入れることとなった。

昔ながらの工程で丁寧に絞られる菜種油は香ばしいフレーバーが特徴の油。
パティシエの友だちに相談しても、お菓子の素材として使えるかどうか……と
最初は首を傾げられたという。

佐藤渉さん。

「でも逆に、この油が生かせるようなメニューを考えればいいか、と思って。
パンチが強い油だから、同じようにパンチが強いチョコレートを使って、
さらに香りの強いごぼうをキャラメリゼして合わせてみたら、これが大当たり」

菜種油のおかげで、ガトーショコラの生地はしっとりと仕上がり
ナッツにも似た香りとサクサクした食感のごぼうが抜群のアクセントとなって、
意外な看板メニューが誕生したのである。

デクノボンズの菜種油はSATOでも購入することができる。

ショコラのほかにも、季節のフルーツなどが使われる自家製ケーキもぜひ味わってほしい。

生産者と、その人がつくるものを好きになれるかどうか

佐藤さんの場合、まず素材に惚れ、そこからメニューを考える。
すべてではないが、徐々にそういったケースが増えてきているという。

「平泉に帰ってきて思ったのは、生産者が近くにいるのはいいな、ということ。
『いっぱいとれたから使って〜』というような感じで、
やっぱり1歩2歩踏み込んだ関係になれることが多いんですよね。
そうすると『じゃあ、この素材で何かできないかな?』という考え方になって
いろいろなアイデアが生まれてくるんです」

三好市による
文化交流と起業支援の拠点づくり。
何が必要? 誰とやる?

ただいま、地域交流拠点施設を建設中

観光、移住検討などを目的に年々訪問者が増えてくる。
そんなとき、まちはどんな風に対応したらいいのだろう。
あるいは、訪れた訪問者とどのように触れ合えば、
末長くお付き合いしていけるような関係性が育まれるのだろうか。

現在、移住促進に力を入れている徳島県三好市では、
新しくまちを訪れた人と住民をつなぐ、
地域交流拠点施設をリノベーション中だ。
これまで、〈まちかど資料館〉として機能していた建物は、
池田町にある本町通り、通称うだつ通りの名家、真鍋家が市に無償提供したもの。
屋号を名付けた地域交流拠点〈真鍋屋〉として6月1日にオープンする。

真鍋屋のあたりは、夏冬に行われる〈うだつマルシェ〉の中心付近となり、
多くの人で賑わう。近くには飲食店も多く、非常に便利な立地だ。
何よりも、ここは三好らしい歴史の風景が、古民家のうだつとともに残っている。

〈真鍋屋〉に3つの機能を持たせるプランづくり

「土地の文化と歴史の交差点となる、旧真鍋家を活用しようという話から始まりました。
市のミッションとしては、移住促進もしたい。
となると、三好に来た人に土地を知ってもらい、
仕事もできるような空間が必要なんです」

新しく建物をつくるのではなく、既存のものを使って、
移住者と地域の人たちが交流する場をつくりたかったというのは
三好市生涯活躍のまちづくり推進室の藤原 晃さん。

「移住者の方は、ずっと住まなきゃいけないとなると、プレッシャーも感じることでしょう。
こちらとしては、ずっと住まなくてもいいから、関係性を持つ人たちが増え、
頻繁に足を運ぶようになってほしいと思っています。
そんな場をつくれたら、将来的に外と中の人たちによる
仕事の創出にもつながるのではないかと」(藤原さん)

交通の要衝であり、四国でも有数の宿場町だった歴史を
今に伝える真鍋屋に、以下の3点の機能を持たせることにした。

1、コンシェルジュ機能

移住支援のサービス窓口を設置。
仕事や住まいの紹介や、移住希望者の希望に応じて住民との交流会も行う。

2、インキュベーション機能

三好市においての起業、開業など新規事業の立ち上げを支援。
敷地内にある中・短期滞在のお試し住宅とオフィスを貸し出す。

3、交流協働機能

交流スペースやミーティングスペース、チャレンジショップなどの場を設置。
地元で起業する先輩の移住者や地元キーマンとの交流をサポート。
定期的なワークショップも開催。

「池田は、かつては大手企業があったこともあり、
徳島の西側の拠点として栄えていたんです。
でも、現在はこちらから外に働きに行くケースが多いので、
ここをきっかけに移住者と地域住民が一緒になって事業をおこして、
ずっと住めるような土地になれば」
藤原さんがまとめた未来設計図はそのまま、
建物全体の設計にも継がれていく。

生まれも育ちも三好市の藤原さん。お子さんもいるが、現状では、進学や就職などでいずれは出さなくてはいけないので、「子どもたちが戻ってきてもイキイキと働いて暮らしていけるまち」をつくりたいと話す。

昭和8年に描かれた吉田初三郎作の阿波池田の鳥瞰図。山と川に囲まれた土地の中に建物がひしめき合っている。

江戸時代から続く阿波池田の名家、真鍋家の敷地の一部を改修。幕末から明治にかけて木材やたばこ産業で栄えた〈うだつ通り〉に建っている。

〈KITAKAGAYA FLEA & ASIA BOOK MARKET〉 東アジアの人気独立系 出版社らが大阪に集結!

2018年5月、大阪にて
〈KITAKAGAYA FLEA & ASIA BOOK MARKET〉が開催されます。

これは、いろんなものづくりに携わる人々や商店が
一堂に会する〈KITAKAGAYA FLEA〉と、
東アジアのインディペンデントブックレーベルやアーティストが
集結するマーケットイベント〈ASIA BOOK MARKET〉が同時開催されるもの。

今回は韓国、台湾、香港の3地域から約25団体を招集し、
国内の独立系出版社や書店合わせて約70団体とともに開催予定です。

2016年に初開催された〈KITAKAGAYA FLEA〉。インディペンデント系のブックレーベルや雑貨店、飲食店などが出店。ライブやクリエイターによる似顔絵ブース、ワークショップなども行われた。

ただいま本イベントでは、ASIA BOOK MARKETに
海外からやってくる出店者たちを支援するため、
クラウドファンディングで資金を募っています。

2017年に初開催された〈ASIA BOOK MARKET〉の様子。

呼びかけているのは、ASIA BOOK MARKETを企画・開催した立ち上げメンバーの
LLCインセクツ代表/『IN/SECTS』編集長の松村貴樹さん、
東アジアの出版事情に精通する書店店主・内沼晋太郎さん(B&B)、
編集者・綾女欣伸さん(朝日出版社)、
台湾の新しいカルチャーを日本に紹介する編集者・田中佑典さん(LIP)。

松村さんは今回の挑戦にあたり次のように語っています。

「2017年に〈ASIA BOOK MARKET〉を初めて開催し、
参加してくださった方々から“いろんな発見があり、なによりも楽しかった”
という声をたくさんいただきました。

インセクツとしても彼らとの交流の中でブックカルチャーの魅力を
あらためて実感いたしました。だからこそ、言葉の壁はありつつも、
新しいブックカルチャーを通した交流を積み重ね、参加者、読者とともに
新たな活動へと繋げていきたいと考えています。
まずはこの交流の場を継続して作り出す、そして、
輪を広げていくことが私たちのチャレンジです」(松村さん)

秀衡塗、岩谷堂箪笥、太鼓、染物。
岩手県南の職人の工房へ 
新たな工芸プロジェクトも始動 

国内外に広く知られる伝統工芸の工房が集まる岩手県南地域。
全国的に継承者が減り続ける中、ここに拠点を構える若き職人たちが集い、
これからの伝統工芸や職人のあり方を模索し、
チャレンジする過程で生まれた〈平泉五感市〉。
2016年、2017年と開催されたこのイベントは工芸体験ができ、
郷土料理や各社の美しい工芸品も販売された。(vol.10参照)
今回は、現場さながらの体験ができるこのイベントの運営に携わる
職人たちの工房を訪ねました。

丸三漆器 
今の課題は、どこでどう売るのか

右から〈丸三漆器〉の5代目・青柳 真さんと塗師で弟の青柳匠郎さん。

vol.10の記事で紹介した平泉の〈翁知屋〉(おうちや)と共に、
平泉に伝わる漆器〈秀衡塗〉(ひでひらぬり)の工房〈丸三漆器〉。
明治37年、一関市大東町を拠点に御膳造りを主とした
「丸三漆器工場」として創業して以来、木地、下地、塗り、絵付けと
一貫した生産工程を持つ数少ない工房として知られている。

木地は、地元周辺の材料を中心に岩手県産材にこだわっている。

「今はうち1軒だけになってしまいましたが、
大東町はかつて何軒か工房が建ち並ぶ秀衡塗の産地だったんですよ。
その名残りもあり、うちはお碗のセットや重箱など平安時代から伝えられてきた
伝統的な商品を大切に継承しつつ、先代の時代からガラスの漆器づくりなど、
現代の生活様式にフィットする新商品の開発にも力を入れています」

そう話すのは、5代目の青柳 真さん。
塗師として工房を支える弟の匠郎さんと二人三脚で、
100年以上続く〈丸三漆器〉のこれから100年のあり方を日々模索し続けている。
現在いちばんの課題は、販路開拓と職人の確保。

敷地の中を川が流れていて風情がある。

「地元百貨店の売り場や全国の百貨店の催事での販売が中心でしたが、
百貨店自体の売り上げの低下などとあいまって、
売り上げは減り続けているのが現状なんです。
インテリアショップやエキナカなど新規販路の開拓、ホテルや飲食店への納入など、
僕を中心に販路の見直しに取り組んでいます。

それから、今はほぼ家族経営になってしまっているのですが、
若い職人希望の人にきてもらえるように、環境を整えていきたいですね。
秀衡塗は工房ごとにしか教える場所がないので、
平泉の〈翁知屋〉さんとも連携しながら、
職人になりやすい環境をつくっていければと思っています」

全国の漆塗り工房に先駆け、10年ほど前に先代が開発した〈漆グラスシリーズ〉。普段使いにも贈り物にも使え、同社を代表するヒット商品になった。ほぼ家族経営だった〈丸三漆器〉に6年前に新卒として入社した菊地優太さん。同社で一から技術を習得し、現在は塗師として活躍している。

岩谷堂タンス製作所 
大切なのは、続けること、伝えること、変化すること

10年ほど前に東京から帰郷して家業を継いだ〈岩谷堂タンス製作所〉の専務取締役・三品綾一郎さん。

〈秀衡塗〉と並び、もともと〈いわて県南エリア伝統工芸協議会〉の
主要メンバーだった〈岩谷堂箪笥〉。
一関市や平泉町の北に隣接する奥州市に工房を構える
〈岩谷堂タンス製作所〉の13代目三品綾一郎さんは
現在、副会長として同イベントの運営に関わると共に、
自身の工房でも積極的に新しい取り組みを始めている。

ショールームには、伝統的な仕様から足付きの家具や照明器具など、多くの商品を実際に見ることができる。江戸時代には火事や洪水がおこると家財道具を箪笥にまとめて避難していたため、滑車がついていたというアンティークのものも展示。

工房は、大きく木工と塗りのふたつに分かれている。右手に並んでいるのは、これまで制作したすべてのタンスの寸法がわかる木の物差し。「やまびこ」など商品名が書かれていておもしろい。

小商いはスピリット!
鎌倉〈ポンポンケークス〉と
〈ザ グッド グッディーズ〉が
つくる循環の輪

鎌倉から考えるローカルの未来

長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。
年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。

東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。

その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。

そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。

鎌倉のいまを象徴するふたつのお店

観光客で賑わう鎌倉のまちを隈なく歩いてみると、
個人経営の飲食店や雑貨店などを各所で見つけることができる。
これらのお店は、規模こそ決して大きくないが、
固定のファンを持ち、店主を中心にした多様なコミュニティが形成されている。

その営業スタイルもユニークで、
本業の傍ら、週の半分だけオープンする雑貨店から、
飲食店の一角を間借りして週末だけ現れる立ち呑み屋まで、
近年注目されている「小商い」を体現するようなお店も多い。

手づくりケーキをカーゴバイクに乗せて販売する行商スタイルからスタートした〈ポンポンケークス〉の立道嶺央さん。(photo:HIDEAKI HAMADA)

今回の登場人物のひとり、〈ポンポンケークス〉の立道嶺央さんもまた、
カーゴバイクに手づくりケーキを乗せ、
自らが育った鎌倉のまちなかで売り歩く行商スタイルが話題となり、
「小商い」を特集するメディアなどでたびたび取り上げられてきた。

一方、関西から鎌倉に移り住んだ内野陽平さんは、
当時アルバイトをしていた飲食店のスペースを借り、朝限定のカフェを始めた。
そして、立道さんとの出会いがきっかけで、鎌倉駅近くの御成商店街に、
コーヒースタンド〈ザ グッド グッディーズ〉をオープンした。

鎌倉駅西口を出てすぐの御成商店街の路地裏にある〈ザ グッド グッディーズ〉。

その2年後には、立道さんが鎌倉中心部から離れた梶原エリアに
〈ポンポンケークス ブールバード〉を、さらに2018年には、
お店で使う食材や道具などを販売する〈ポンポンパントリー〉を、
そのすぐそばにオープンしたばかりだ。

移動販売、朝限定のカフェからスタートし、
いまや鎌倉のまちに欠かせない人気店を営むに至ったふたりに話を聞いた。

鎌倉駅からバスに15分ほど揺られると、ポンポンケークス ブールバードがある梶原エリアに到着する。

徳島県三好市の古民家・
空き家再生プロジェクト10選。
Iターン移住者が選んだ、
実践的リノベーション

三好では、大自然のなかの古民家が人気

三好市という市は知らなくても、
“池田町”や“祖谷(いや)”、“大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)”といった地名は
聞いたことがある、という方も多いのではないでしょうか。
徳島県三好市は、徳島の西側、四国の中央付近に位置し、
四国のどこのエリアに行くにも便利なまちです。
古くは、たばこ産業で栄え、賑わっていましたが、
産業の衰退とともに、空き家も増えてきました。
しかし一方で、その空き家を利用する移住者も現れ、
市民の憩いの場として、旅行者の旅の要所として、
そして移住希望者が立ち寄る拠点として、
空き家を上手に活用しているという印象が強いのが、ここ三好市です。

そこで、今回は徳島県三好市のIターン移住者である私が選んだ、
三好市の古民家・空き家再生プロジェクト10選を
古くから営んでいる順にご紹介します。

1 古民家宿 空音遊

自然菜食と田舎暮らしの古民家宿〈空音遊(くうねるあそぶ)〉。
築90年の古民家にコツコツと手を加えて再生。
移住の先駆けであり、日本で最初にできた古民家ゲストハウスとも言われています。
何より主人「のりさん」の話を聞きに宿泊するリピーターが多く、
人の生き方や暮らしの講義なども行っているとのこと。
また奥様のつくる菜食の食事が人気で、
このために世界中からやってくるお客さんも多いそうです。

information

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空音遊

住所:徳島県三好市西祖谷山村榎442

TEL:080-6282-3612

http://www.k-n-a.com/

2 モモンガビレッジ

築100年の古民家をセルフビルドでリノベーションした
トトロの家のような宿〈モモンガビレッジ〉。
祖谷大歩危観光や吉野川のラフティングに便利な場所にあり、
目の前を山や川に囲まれた昭和レトロな雰囲気が残る山里で
理想の休日が満喫できると定評のあるゲストハウスです。
ラフティングガイド歴20年近いオーナーが在籍していた
ラフティング会社の寮だった場所が、移転のため空くことになったため、
そこでゲストハウスをやろうと思い立ち、
2008年にモモンガビレッジがオープン。
年間2000人の宿泊者があり、そのうちの8割が外国人で
海外にもファンを着実に増やしています。

information

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モモンガビレッジ

住所:徳島県三好市山城町信正1153

TEL:0883-86-2334

http://momonga-village.com/

3 四国ゲストハウス おさかなくん家

築60年の古民家を改装したゲストハウス。
大阪生まれのオーナーの西坂洋樹さんが2007年に三好市に移住したのは、
リバースポーツのラフティングがきっかけで、
三好の大自然に魅力を感じ、移住することになったのだそうです。
西坂さんが感じた「ラフティング」と「自然」の魅力を
多くの人に伝えたいという気持ちから、古民家を利用した宿泊施設をスタート。
土壁の補修、漆喰塗り、古い蛇口の再利用、木目を生かした家具類、
五右衛門風呂など、改修は長い道のりでしたが、
手作業だからこその思い入れと愛着があります。

information

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四国ゲストハウス さかなくんち

住所:徳島県三好市山城町大月32

TEL:0883-86-2086

https://www.osakanakunti.com/

4 なこち LIFE SHARE COTTAGE

四国のまんなかの山奥、
徳島県東祖谷落合集落(重要伝統的建造物群保存地区)にある
食堂併設の交流スペース。
在住者と来訪者の垣根なく交流を楽しめるさまざまなイベントの開催や、
展示、体験プログラムなどを不定期で開催しています。
また、ここでは祖谷の旬の素材を使った食事と喫茶が楽しめます。
主に祖谷産のジビエ(猪肉・鹿肉)や、かたくて濃い味が自慢の石豆腐、
身のしまった小さなじゃがいも・ごうしいもなど、
旬の地場産食材を使用した料理を提供しています。
朝食のセットメニューは、事前予約制。
三好に来たら一度は味わっていただきたいです。

information

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なこち LIFE SHARE COTTAGE

住所:徳島県三好市東祖谷落合252

営業時間:10:00〜17:00

定休日:火・水・木

http://nakochi.jp/

5 スペースきせる

刻みたばこで栄えた三好市池田町で、
NPO法人マチトソラが管理する〈スペースきせる〉。
元呉服屋だった築150年の古民家をセルフリノベーションしたスペースです。
毎週金曜日には移住コンシェルジュによる、滞在中のおすすめプランの提案、
地域情報の提供、移住後の暮らしについての相談などが
行われていているほか、月一で地域おこし協力隊の加藤さんが
三好市の素材を活かした和菓子を販売しています。
徳島県内外からこだわりの食や
物品が集まるイベント〈うだつマルシェ〉
池田ジャズ横丁などの会場としても広く活用されています。

information

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スペースきせる

住所:徳島県三好市池田町マチ2467-1

TEL:050-3476-1769

営業時間:毎週金曜日 10:00〜16:00(月一和菓子の日は10:30~売り切れじまい)

https://www.facebook.com/spacekiseru/

7年前の今日、 東日本大震災が発生しました。

7年前の今日、東日本大震災が発生しました。
“復興”に終わりはなく、今も被災地では仮設住宅入居者が
約20,000人(2017年現在)も残っているなど、
震災前の生活を取り戻せない人がたくさんいます。
震災を風化させず、継続的な支援を行うために……。
東日本大震災にまつわる現在進行型のプロジェクトたちをご紹介します。

全額寄付される日本酒〈特別純米生原酒 3.11 未来へつなぐバトン〉

こちらは、宮城県大崎市の酒蔵〈一ノ蔵〉が作るお酒、
〈特別純米生原酒 3.11 未来へつなぐバトン〉。
宮城県内で環境に優しい農業を行っている農家より購入した
原料米「蔵の華」を100%使用し、蔵人達が心を込めて醸した特別純米生原酒です。
この商品の売り上げの全額は、被災した子供たちへの支援基金「ハタチ基金」に寄付されます。
お値段は720mlで1,617円(税込)。購入はネット通販にて。

このお酒は、〈一ノ蔵〉で行っている
「未来へつなぐバトン 醸造発酵で子供たちを救おうプロジェクト」
の取り組み。「ハタチ基金」とは、東日本大震災時に0歳だった赤ちゃんが、
無事にハタチを迎えるその日まで、子供たちのサポートを継続的に行う
期限付き基金です。

「ハタチ基金」の支援の方法は、毎月の継続寄付と、
都合の良い時に、ご自由な金額を寄付する方法があります。
どなたでも、こちらから募金を行うことができます。

福島の漁業の現状を描く「ふくしまの海は、負けない。」

こちらは、福島県が公開した、福島の水産業の現状に
フォーカスしたWeb限定ムービー「ふくしまの海は、負けない。」

2011年3月11日。東日本大震災で福島の漁業は大きなダメージを受けました。
多くの船は津波で流され、漁港は、10港すべてに被害が及んでいます。
さらに、福島第一原発の事故の影響で、船があっても漁に出られない日々が続きました。
それでも、負けず嫌いな漁師たちは海と向き合うことをやめませんでした。

震災から1年3ヶ月が経った2012年6月、ついに試験操業を開始。
モニタリング検査で安全性が確認された魚種と海域に限り、
漁ができるようになりました。当初は3種のみだった漁獲対象種も、
2017年末の時点で、出荷制限魚種を除く全ての魚介類(約170種)に。
本操業に向けて、着実に歩みを進めています。

福島県が、東日本大震災翌年の2012年から公式YouTubeチャンネルに
アップロードし続けてきた公式動画は、1,400を超えます。
スペシャルサイト「FUKUSHIMA NOW」にて視聴できるので、ぜひチェックを。

東京・中野の中野マルイにて「高校生百貨店」開催

2018年3月17日(土)・18日(日)の2日間にわたり、
東京・中野区の〈中野マルイ〉にて、「高校生百貨店」が開催されます。

これは、東日本大震災で甚大な被害を受けた石巻地域(宮城県石巻・女川・東松島)の
魅力ある商品を販売するポップアップショップ。
高校生がバイヤーとなり発掘した商品を、
生産者の想いや背景に触れ、販売会にて発信します。

東日本大震災以降、多くのお店や企業が事業を
再スタートさせて、地元の魅力が詰まった商品が溢れる石巻地域。
『高校生百貨店』が生産者の代わりに販売することで、
販路の拡大や商品のPRにつなげようという試みです。

「石巻を元気にしたい!!」との想いで作られた〈いしのまきのさんまカレー〉や
〈くじらの大和煮缶詰〉、〈ISHINOMAKI IPPINサバトマト煮〉など、
美味しいものがたくさん! 店舗の詳細は公式サイトにて。

いしのまきのさんまカレー、くじらの大和煮缶詰(高校生デザインラベル)

嬉野茶時(うれしのちゃどき)は 「食す」「飲む」「観る」 の三位一体が新しい! 極上のティータイムを体験

嬉野茶を飲んで、食べて、観て楽しむ

「嬉野茶」「肥前吉田焼」そして「温泉(宿)」。
佐賀県嬉野市はこの3つの伝統文化が息づく唯一無二の舞台です。

〈嬉野茶時 うれしのちゃどき〉は、この伝統を重んじ、
時代に合わせて新しい切り口で、「食す」「飲む」「観る」という空間を生み出し、
嬉野に住む7人の茶農家が、究極のもてなしをするプロジェクトです。
さらに、プロジェクト関係者全員が嬉野に暮らしているということで、
“メイドイン嬉野”、“嬉野から発信をしていく”という意気込みを感じます。

普段は佐賀県嬉野の和多屋別荘、旅館⼤村屋でのみ提供されている
嬉野茶時のティーセレモニーを、東京で体験できるとあって、
インターコンチネンタル東京を訪れました。

釜炒り茶発祥の地と呼ばれる嬉野。
霧深い山々に囲まれた盆地で、
澄んだ空気と清らかな水に恵まれたこの地だからこそできる、
甘みとうまみが凝縮された一杯は、
「こんなにも普段飲んでいるお茶と味が違うのか」と驚きの体験でした。

このお茶を淹れて、サーブしてくれたのは、
嬉野で茶葉の栽培をする副島園の副島仁さんほか、若手の茶農家・茶師の7名。
今回のティーセレモニーは、この7名が代わる代わる、
客前でお茶を淹れていくスタイルです。

茶葉を計る、茶釜で湯を沸かす、湯冷ましに湯を入れる、茶器を温める、と
普段の茶の淹れ方とは明らかに違う、むしろ省略してしまっていたような動作ですが、
そのすべての所作が茶の味を決めるのだと知りました。

茶葉を急須に入れ、適度に冷ました湯を注ぎ、若干の蒸らし時間を経て、器へ。
最後の一滴が最上のうまみと言わんばかりに、落ちきるまで急須をやさしく振り、
やっと一杯がサーブされます。

この所作を繰り返し、ひとりひとりに丁寧に淹れてくれるので、
“あなたのために淹れたお茶です”というメッセージを感じられ、
受け取った側も皆、お茶の味を噛みしめるようにいただいていたのが印象的でした。

茶殻も強い香りを放っていました。一人前でこれだけの茶葉を使うのだそう。

副島園の副島仁さん。

燕三条のものづくりをリードする
〈玉川堂〉。1枚の銅板から
どうやって“急須”をつくる?

革新を繰り返すことで伝統を守る!

金属加工が有名な燕三条エリアは、
最近では、地域産業活性化のモデルケースのように語られることも多い。
なかでも2013年から行われている〈燕三条 工場の祭典〉は、
多くの工場が開放される催しで、たくさんの訪問客を全国から集めている。
創業202年。鎚起銅器の老舗として、
さまざまな取り組みをリードしているといえるのが〈玉川堂(ぎょくせんどう)〉だ。
過去にそのイベントにも参加したことがある
〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの菅原晃さんとともに、
〈玉川堂〉を訪ねた。

〈玉川堂〉7代目の玉川基行さん(左)と、〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの菅原晃さん(右)。

〈玉川堂〉は創業202年。7代目にあたる現当主、玉川基行さんは、
大学卒業後、すぐに〈玉川堂〉に入社した。

「私が入社した頃は、バブル崩壊後で、経営はかなり厳しい状況でした。
だから先代である父親からも、『すぐに営業をしてほしい』と頼まれました」

本来は一定期間、社会で揉まれてから家業を継ぐつもりだったが、
そんなことを言っていられない切羽詰まった状況だったようだ。

当時、玉川さんが課題だと感じていたのが、
エンドユーザーであるお客様の声が聞こえてこないこと。
その理由は、中間業者が何社も入っていることだ。
さらに当時は新潟県内の贈答需要がほとんどで、
“自分で好んで買う”ものには至っていなかった。

「かつては、正直に言って、職人のひとりよがりで製作していた部分もありました。
お客様の声が聞こえてこないと、何をつくっていいかのわからないのです。
そこで百貨店に飛び込みで営業し、催事などをなんとか取りつけていきました」

銅板を打ち出し、丁寧に磨かれた〈玉川堂〉の看板。

そうすることで、お客様と直接的に触れ合うことができるようになる。
“中間業者を経由しない”。
言葉にすると簡単なことだが、地域で長く事業を行っていればいるほど、
それを実現するのは難しくなるだろう。
幸いなことに、当時の玉川さんは“社会を知らなかった”。

「よく考えれば、商売道徳上、そう簡単なことではありません。
しかし当時の私は、若さゆえ何も知らない。だからこそ実現できたこと。
父だったら、絶対にできませんよね」

玉川さんはこうして危機を乗り越えていった。
7代続くなかには、各代で倒産の危機があったようだ。
しかしそのたびに、新しいことに挑戦してきた歴史があるという。

「200年以上も継続してこられたのは、
“伝承”ではなく、“伝統”の気持ちがあったからです」

ここで、玉川さんの考える「伝承」と「伝統」の違いを説明する。
「伝承」とは先代と同じように受け継ぐこと、引き継ぐこと。
一方、「伝統」とは、革新の連続のこと。
新しいことに挑戦してこそ、伝統は続いていくという。

この革新の部分を担っているのが、終業以降の工場の開放であるという。
仕事は17:30に終わり、それ以降は職人が工場を自由に使用していい。
ここで行われるのは、練習、修業、商品開発。
自分のやりたいことに没頭できる時間だ。
仕事中はあくまで職人であるが、この時間は作家の感性が目覚める。

銅を叩くことが〈玉川堂〉のアイデンティティ。

雪に覆われても雰囲気のいい〈玉川堂〉本店。

宮崎県えびの市MV 『忘れられない歌』 高校生と曽我部恵一、Boseらが つくった本当に忘れられない歌

宮崎県えびの市の高校生たちとサニーデイ・サービスの曽我部恵一さん、
スチャダラパーのBoseさんら豪華クリエイターがコラボし、
MV『忘れられない歌』をつくりました。

都会の夜、ひとりの女性がタクシーに乗り込むと、1通のメールが届きます。
開いてみると、そこには田園風景や高台から見える山々、
高校生たちの写真が映っていました。
そして1両編成の列車に乗って向かった先は、宮崎県えびの市の「えびの」駅。
人気が少ない駅、錆びついた看板、広々とした田んぼ。
もしかしたら、えびの市出身の方じゃなくても
なつかしさを覚えてしまう風景ではないでしょうか?

このMVは「霧島山の めぐみ めぐる えびの 山と水、米と肉。温泉と四季のまち。」を
キャッチコピーに掲げる宮崎県えびの市が
シティプロモーションの一環で企画したもの。

歌詞は生徒の皆さんから生まれたアイデアをもとに、
曽我部恵一さんと Boseさんがつくり、楽曲は曽我部さんが制作。
等身大の高校生たちの言葉とアイデアが、みずみずしい楽曲を生み出しました。

映像には、ワークショップに参加した生徒たちも出演しているそう。
主演は、宮崎県出身の女優、工藤綾乃さん。
都会で暮らす20代の女性と、高校生、子供を持った30代の3役を見事に演じています。

いなべ市と連携し、映像制作。
再発見した移住先の魅力とは?
ビデオグラファー
ウラタタカヒデさん

まちの魅力は「いいかげん」!?

「いいかげん」という言葉には、
ご存じの通り「ちょうどよい」と「でたらめ」という相反する意味がある。

文脈や受け取る側の印象によって、どちらにも取ることができてしまうわけだが、
三重県いなべ市は大胆にもこの言葉をテーマにプロモーションビデオ(以下、PV)を
つくってしまった。

(いなべ市プロモーションムービー『いいかげんな街 いなべ』より)

『いいかげんな街 いなべ』は、いなべの魅力を市内外に広くPRすることを目的に、
官民協働で制作されたPVだ。
撮影・演出などを担当したビデオグラファーのウラタタカヒデさんは、
愛知県弥富市の出身で、いなべに移住してきたのは7年ほど前。
それ以前は名古屋や京都にも住んでいたことがあり、
いなべにやってきたのもたまたまで、特にこだわりはなかったようだ。

「20代のときはスノーボードに夢中になって、冬場はずっと山にいて、
夏はスノーボードの練習施設で働くような生活をしていたのですが、
映像に興味を持ったのもスノーボードがきっかけでした。
最初は見よう見まねで撮影していたのですが、
サラリーマンをしながら知り合いの下で修業させてもらい、
3年前に会社をやめて独立したんです」

ビデオグラファーのウラタタカヒデさん。

移住してしばらくの間は、いなべに知り合いがほとんどいなく、
遊びも仕事も市外に出かけていて、なかなか地域に入り込む機会がなく、
意識も外に向いていたというウラタさん。

「映像の仕事に関しても、いなべには何もつてがなかったので、
修業させてもらった四日市界隈や伊勢のほうによく行ってました。
それで外の地域のプロモーションに関わらせてもらったとき、ふと思ったんです。
せっかくいなべに住んでいるのだから、僕自身ももっと知りたいし、
いなべをアピールしなきゃいけないんじゃないかなって」

今ではすっかり、地域と深くコミットしているように見えるが、
市民や行政とともに、一体どんなPVをつくったのだろう。
そして自分の暮らすまちに対する新たな発見はあったのだろうか。

藤原町古田地区で、田園風景を撮影するウラタさん。(写真提供:いなべ市役所)

「いいかげん」の裏にあるもの

「いいかげん」という言葉に込めた思いを、
いなべ市企画部広報秘書課の伊藤淳一さんは、こんなふうに説明してくれた。

「いなべは何もないところだと思われがちですし、実際に田舎なんですけど、
都会からもほどよい距離にある。
田舎過ぎず、都会過ぎないちょうどよさを打ち出したいと思いました。
官民協働というのも今回の大きなテーマで、
市民のみなさんに出演していただいていますし、
市内唯一の高校であるいなべ総合学園の放送部の生徒さんが、
メイキングムービーをつくっているんです」

いなべ市役所の伊藤淳一さん。

今回の映像の舞台となった3地区のひとつ、藤原町鼎(かなえ)地区。中央にあるのは映像にも登場する地域拠点〈○鼎家〉(かなえハウス)。(いなべ市プロモーションムービー『いいかげんな街 いなべ』より)

たしかにいなべには、全国的に有名な観光スポットもないし、
自然は豊富だけれどもそのスケールが突出しているわけでもない。
だけど、暮らすうえではその「何もなさ」がむしろちょうどいいのかもしれない。

「『いいかげん』というキーワードを行政の方から聞いたとき、
単純におもしろいなと思いました。だけど、
それを表現するのって実はすごく難しい。だって住んでいる人たちにしてみれば、
『自分たちはいいかげん(でたらめ)に暮らしているわけじゃない』
と思うのは当然じゃないですか。どうやって映像にしていくべきか悩んだのですが、
市役所の加藤さんを主役にすればいいと思ったんです。まさか本当に、
その案が採用されるとは思わなかったけど(笑)」(ウラタさん)

取材のこの日、映像制作に携わったメンバーに〈○鼎家〉に集まってもらった。

北海道・神恵内村と岩内町で始動。
ウニ養殖が未来の海を変えるかも?
天然と変わらないおいしさへ

試行錯誤で成長中! 2年目のウニ養殖

ウニといえば、北海道・積丹半島の夏を代表する高級食材。
しかし積丹半島の神恵内村と岩内町では、最近は冬でも食べられるらしい。
なぜならばウニの養殖に乗り出しているからだ。
2016年度から本格的に事業として乗り出し、2回目の冬を迎えた。

ウニ養殖の背景には深刻な「磯焼け」がある。
磯焼けとは、水中に生えている昆布などの海藻が生えてこない状態のこと。
その磯焼けをもたらしている要因のひとつが、ウニである。
本来は水温が下がり、ウニが昆布を食べない一定期間があるのだが、
年々高くなる水温が原因でウニの活性が収まらず、
昆布が生育する前の芽を食べてしまうという。
すると昆布がそれ以上育つことなく、「磯焼け」状態になってしまう。

海の中に昆布が生えていないと、海中の栄養状態も良くなく、
またニシンをはじめとしたさまざまな魚が産卵する場所がなくなり、
魚が戻ってくる場所がなくなってしまうのだ。
年々、漁獲量が減少している理由のひとつともいえる。

養殖ウニの引き上げ、ウニ剥きは冬に行うので雪があって当然の状況。

そこで、海中のウニを適正な個体数に戻すように試みることになった。
夏の通常のウニ漁が終了した後、過剰なウニを駆除する。
ただし廃棄するのではなく、その後に養殖していくことで
商品価値を高められる。後志地区水産技術普及指導所の調査・試験により、
養殖が可能だということがわかり、
神恵内(かもえない)村と岩内町が実際にウニ養殖に乗り出した。

とはいえ、まだ2年目。ウニ養殖は、全国的にも例が少ない。
どうすれば効率よく身入りがよくなるのか、
さまざまな実験を繰り返している試験段階でもある。

養殖ウニにエサを与えに出発。(岩内町)

ウニの養殖って?

まず、夏のウニシーズンが終わった9月、磯焼けしている漁場から
ウニをとってくる。この時期のウニは産卵を終え、
身がない状態なので商品価値はない。これをカゴにいれて、餌を与える。

ウニのカゴを力を合わせて引き上げる。(岩内町)

カゴも漁師たちの手づくり。直径60センチ×2メートル程度の円筒型カゴで、
現在はひとつのカゴに300個程度のウニを入れているが、
実際に何個入れれば効率的か、それも試験段階。

エサとなる昆布を運び込む。(神恵内村)

エサは昆布である。基本的に週2回程度与えている。
もちろんシケなどで海に出られないこともある。
養殖とはいえ、自然相手なことに変わりはない。
これも量、回数、間隔など給餌方法を少しずつ変えながら比較検討している。
積丹半島エリアは、昆布が水温の上昇とともに枯れてしまうため、
秋以降は使えない。そこでマコンブという昆布自体も養殖することにした。

カゴにエサを投入。(神恵内村)

昆布をエサとして与えるときは、
一度ボイルした昆布を冷凍しておき、適宜、与えている。
9月から12月まで養殖し、年末商戦に合わせた出荷を目指す。

一度ボイルし冷凍した昆布をエサに使用。(岩内町)

まだまだ試験的なことが多く、さまざまなパターンをデータとして記録しておく。(神恵内村)

〈JAPAN BRAND FESTIVAL 2018〉 日本生まれのジャパンブランドと つながる・広がる3日間! 原 研哉氏らの パネルディスカッションでは 海外の日本発信拠点 「ジャパン・ハウス」からの 新発表が!

日本には、全国各地に伝統を受け継ぐすばらしい技とプロダクトがあります。
2018年3月2日(金)〜4日(日)、東京・渋谷にて、
そんなジャパンブランドの未来をつくる人たちがつながり・広がるお祭り
〈JAPAN BRAND FESTIVAL 2018〉が開催されます。
また、2日(金)18:00からは外務省が手がける「ジャパン・ハウス」の
新たなプロジェクトの事業発表会が行われます。

JAPAN BRAND FESTIVALが目指すのは、
ここに出かければ何かがつかめる・何かがおこる場所。
3日間のあいだ、渋谷ヒカリエの8/ COURTとCUBEが
さまざまな人たちが組織や立場を超えてつながり、
新たな可能性を生み出していく「楽市楽座」に変わります。

期間中には、どなたでも参加できるトークセッションやプレゼンテーション、
アイデアソン、ハッカソン、展示を開催。
「実現したい」という思いや「課題を解決したい」という思いに応えるそう。

ものづくりに携わる方、これからジャパンブランドをつくっていきたいという方は
参加してみてはいかがでしょうか?

トークイベントで地域がつながるイメージを共有

本イベントのメインプログラムは、プラットフォームメンバー
19組によるトークセッションとプレゼンテーション。
それぞれの取り組みや展望を共有し、つながるイメージを具体的に共有することで、
ひとつでも多くのコラボレーションを生み出していくことを目指します。

初日の3月2日(金)は、ロフトワークの二本栁友彦さん、
カルチャージェネレーションジャパン堀田卓哉さんが登壇し、
オープニングセッションと記者会見、懇親会を開催。
2016年にスタートしたJAPAN BRAND FESTIVALの活動を振り返り、
今後の展開についても語ります。

このほかにも、丹波篠山が起こす農村イノベーション
「丹波焼・王地山焼の匠の技と篠山の美しい暮らし」や
徳島でLEDや⽊⼯、⾦属を活⽤し、海外デザイナーとともに
プロダクト製作に取り組んでいる〈Blue2@Tokushima プロジェクト〉による
「Blue2Tokushima - ジャパン・ブルーを世界へ」、
パリ市と京都市による「6年間にわたる協働の軌跡」など、興味深いプログラムがたくさん。
トークセッションの終了後には交流会も予定されています。

初日には「ジャパン・ハウス」の活動に関するトークセッションを開催

2日(金)18:00からは外務省が手がけるジャパン・ハウスの地域に焦点を当てた
新たなプロジェクトの事業発表会を開催。
ジャパン・ハウス総合プロデューサーである原 研哉さんが登壇して事業内容を発表します。

ジャパン・ハウスとは、外務省により立ち上げられた対外発信拠点。
日本の多様な魅力を発信しながら、
親日派・知日派の裾野を拡大していくことを目的としています。
昨年開館したサンパウロ、ロサンゼルスに続き、
年内には、ロンドンにもオープンすることが決定しています。
そして今回、日本の魅力のひとつとして、
地域の多種多様な姿を海外に積極的に発信していくことを目的に、
ジャパン・ハウスが日本の地域に焦点を当てたプロジェクトをスタート。

昨年開館したサンパウロのジャパン・ハウス。写真提供:ジャパン・ハウス サンパウロ事務局 / Rogerio Cassimiro

今回のトークイベントでは原さんによる、「ジャパン・ハウスとは何か」の解説から始まり、
ジャパン・ハウスにおける地域活性化プロジェクトで連携する最初の地域として、
新潟県の燕三条地域の紹介を兼ねたパネルディスカッションをする予定。
原さんと共に新潟県三条市長の國定勇人さんが登壇し、
さらには海外の視点と日本の視点を併せ持つ、
国際ジャーナリストのモーリー・ロバートソンさんを交えて、
これからの地域活性化のあり方や、その選択肢のひとつとしてのジャパン・ハウスの活用について
議論を深める場にしていければと考えているのだとか。
地域で活動する事業者の方は要チェックです。
全プログラムの詳細はこちらから!
このジャパン・ハウスの発表の模様は、後日コロカルでもレポートします。

四街道VS北海道による フリースタイルMCバトル。 健気な反撃に好感度 がじわじわ上昇!

最近、千葉県北部に位置する「四街道」市が
圧倒的な知名度を誇る「北海道」に挑む
地域対抗MCバトルが話題になっているようです。

MC“四街道”はこちら!

その第1弾「子育て」篇では、北海道が
「子育てするなら北海道、広大な大地 マザーシップ」と戦いを仕掛けてきます。
いったい四街道はどう応えるのでしょうか。

四街道市は「子どもファースト」!
中3まで医療費無料、小中学校エアコン完備などなど、子育ての手当てが厚いよう。
四街道と北海道による戦いはまだまた続きます。

第2弾は、「ロケーション」篇。

成田空港へのアクセスの良さを強調する四街道と、
札幌、函館、富良野……と名だたる観光地名を並べる北海道。
両者の掛け合いがなんともいえません。
そして第3弾で、四街道は無謀にも「自然」というテーマで北海道に挑みます。

〈CIRCULATION KYOTO〉 ローカルメディアで どんなことができるの? 制作発表記念トークを開催!

2017年春にスタートした京都のローカルメディアをつくるプラットフォーム
CIRCULATION KYOTO サーキュレーション キョウト〉がもうすぐ1年を迎えます。

2018年3月10日(土)、ロームシアター京都で、
ついにこのプロジェクトから生まれた
山科区、伏見区、西京区、北区、右京区の歴史と文化を映し出す
ローカルメディアの制作発表会が行われます!

「まちの見方を180度変えるローカルメディアづくり」を目指して
開催されたワークショップから、どんなメディアが生まれたのでしょうか?

その土地にふさわしい“メディアのかたち”とは?

本企画のプロジェクト・ディレクターは、全国各地で発行される
フリーペーパー、本、雑誌のつくり手を
取材した『ローカルメディアのつくりかた』(学芸出版社、2016年)などを
手がけた編集者であり、千十一編集室代表の影山裕樹さん。
この1年を振り返って、次のようにコメントを寄せてくださいました。

「2017年4月から、紙やウェブにとらわれず、
その地域にふさわしい“メディアのかたち”を考えて来ました。
この1年、僕たち運営サイドも、参加者のみなさんも、
地域の様々な人たちと関係を築いてきました。
アウトプットも大事ですが、このプロセスとつながりこそが財産だと、
いま振り返ってみて思います。
そして、この発表会で終わりではありません。
それぞれのチームのメディアが今後、京都のまちにどう根づいていくか。
これからの第2章が楽しみです。」(影山さん)

(c) Kai Maetani

制作発表会では、トークイベントも開催。
出演者は、ディレクターチームの影山さんとアートディレクターの加藤賢策さん、
編集者の上條桂子さん、建築家/リサーチャーの榊原充大さん、
ロームシアター京都の橋本裕介さんと武田知也さんです。

〈スクール・ナーランダ Vol.3〉 東京・築地本願寺にて開催! ゲスト講師にアン・サリーさん、 入來篤史さんら登場

2018年3月3日(土)、4日(日)、東京の築地本願寺にて
現代版寺子屋〈スクール・ナーランダ〉が開催されます。

スクール・ナーランダは、浄土真宗本願寺派が主催する新しい学びの場。
僧侶の方や科学・芸術・哲学などのさまざまな分野で活躍する人たちが講師となり、
現代を生き抜く智慧を双方向に学びます。
これまでに京都の西本願寺や、富山県高岡市の飛鳥山善興寺などで開催され、
好評を博してきました。

2017年に開催された京都・西本願寺でのスクール・ナーランダの様子

東京での開催は、今回が初めて。
講師は、音楽家であり医師でもあるアン・サリーさん、
日本を代表する脳科学者・入來篤史さん、ロボット開発者の林要さん(GROOVE X)、
映画『幼な子われらに生まれ』を手がけた映画監督・三島有紀子さん、
僧侶の小池秀章さん、葛野洋明さん。

映画監督の三島有紀子さん。『NHKスペシャル』『トップランナー』などのドキュメンタリーを企画・監督。2009年に『刺青〜匂ひ月のごとく〜』で映画監督デビュー。『しあわせのパン』(2012年)、『ぶどうのなみだ』(2014年)と、オリジナル脚本・監督で作品を発表。2017年、ステップファミリーの家族の変化をリアルに描いた『幼な子われらに生まれ』(主演・浅野忠信)は、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞を受賞。

脳神経科学者の入來(いりき)篤史さん。専門は神経生理学、認知生物学。ヒトの知的高次認知機能の基盤とも考えられる象徴概念形成、推論/論理思考などの萌芽的機能について研究を行っている。著書に『Homo faber道具を使う サル』(医学書院)、『言語と思考を生む脳』(東京大学出版会)など。

音楽家/内科医のアン・サリーさん。2001年のデビュー以来、オリジナルアルバムの発表の他、日本全国やアジア地域で演奏活動を行うシンガー&ドクター。紅白歌合戦テーマ曲や映画の主題歌『おかあさんの唄』、CMの歌唱なども手掛ける。2017年秋には、7年ぶり7枚目となる新譜『Bon Temps(ボン・トン)』を発表。

テーマは、“「わたしのため」と「あなたのため」のバランス”。
いまの世のなかには、自分さえよければという自己中心的な生き方をしている人もいれば、
周りの目を気にし過ぎて、窮屈に感じている人もいます。

仏教では「仏の慈悲とは他者の喜びを自らの喜びとし、
他者の苦しみを自らの苦しみとすること」と表されるといいます。
今回のスクール・ナーランダでは、
どのように「わたしのため」と「あなたのため」のバランスをとり、
社会の中で共存してゆくのかを、科学・芸術・仏教、それぞれの知見から学ぶそう。

ユニークな先生がそろっているので、あっと驚くような話が聞けるはず。
また、お寺のイメージをくつがえす自由な雰囲気にも驚かされるかもしれません。

西和賀の郷土料理「すし漬け」や
ツアーで感じる、
雪がもたらす「発酵パワー」

岩手県の山間部にある西和賀町。
積雪量は県内一、人口約6,000人の小さなまちです。
雪がもたらす西和賀町の魅力あるコンテンツを、
全国へ発信していくためのブランドコンセプト〈ユキノチカラ〉。
西和賀の風景をつくりだし、土地の個性をかたちづくってきた雪を、
しっかりタカラモノとしてアピールしていくプロジェクトです。
今回ご紹介するのは、雪がもたらす発酵文化のひとつ、「すし漬け」。
後半には2月に開催されるユキノチカラツアー2018「雪国の発酵をめぐる旅」の詳細を
お知らせしていますので、どうぞ最後までご覧ください。

魚を麹やご飯などと漬けて発酵させる「すし漬け」は、
西和賀の貴重な冬の動物性タンパク源。

これまでさまざまな「ユキノチカラ」を取り上げてきたが、
伝統的な発酵食の文化は、その中の最たるものではないだろうか。
麹によりデンプン質が糖分に分解されたあと、酵母・乳酸菌によってつくられる発酵食。
雪による低温多湿の気候は、この発酵食づくりに適しているといわれる。

しかも奥羽山系の山々に囲まれた盆地の西和賀の場合は、
一日あるいは四季の寒暖差が大きく、土も豊かで、水も空気もきれい。
今回の「ユキノチカラツアー」にも同行していただく発酵デザイナー・小倉ヒラクさんが、
「発酵に良い環境」として挙げている条件を、すべて網羅している。
西和賀の発酵文化が、今も脈々と受け継がれているゆえんだ。

近年ブームの甘酒は、アミノ酸たっぷりの発酵飲料。

そんな西和賀の代表的な発酵食が、「すし漬け」。
魚を貯蔵するためにご飯や麹、塩などと一緒に漬けて発酵させた保存食で、
西和賀の郷土料理でもある。
日本各地に伝わっている「なれずし」「飯ずし(いずし/いいずし)」と同じような料理、
といえばイメージできる人もいるだろう。
発酵により醸し出される、甘みと酸味が複雑に入り交じったその味わいは、
のどを通過しても口中に余韻が残るほど、力強い。
それだけに、好き嫌いの個人差も大きいという。

山に囲まれた西和賀の人々は、昔から隣の秋田県から魚を仕入れ、
冬の貴重な動物性タンパク源として「すし漬け」をつくり、食べていた。
この料理で岩手県の「食の匠」に認定された湯田地区出身・在住の高橋節子さんも、
母親がつくっていたことを鮮明に覚えている。
「子どもの頃、11月になると両親と一緒に隣の横手市にハタハタを買いに行ったものです。
母親はハタハタをすし漬けのほか、麹漬け、塩漬け、米ぬか漬けにしていました。
その頃はすし漬けが苦手で食べなかったですけど、
塩漬けのハタハタを焼いたものは好きで、毎朝食べていましたね」

「すし漬け」で岩手県の食の匠に認定された高橋節子さん。自宅の冷蔵庫には、塩を加えてつくる「塩麹」と、砂糖を加えてつくる「甘麹」の2種類を常備したり、もち米のおかゆに麹を加えて甘酒をつくったりと、発酵食の達人でもある。

そんな高橋さんがすし漬けを食べるようになったのは、嫁いでから。
お姑さんがつくるすし漬けがおいしく、開眼したそうだ。
ただし、魚はハタハタではなくホッケ。
昔はどの家庭でもすし漬けにはハタハタを使っていたが、
高橋さんが嫁いだ頃からハタハタが不漁で値段が高くなったため、
高橋家ではホッケなどほかの魚で代用するようになっていた。
「以来、私もホッケのすし漬けをつくるようになりました。
ほかに、サケ、イカ、生ニシン、身欠きニシン、サンマでもつくります。
ホッケを漬ける時にはカブも一緒に入れますが、
サケの時は赤カブ、イカの時はキャベツと、魚と相性の良い野菜を使います。
すし漬けは家庭料理なので、使う魚も野菜もつくり方も家によってさまざまですよ」

「食の匠」である高橋さんのすし漬けの主なポイントは3つ。
ひとつは、下漬けする時に酢を多めに使い、魚の生臭みを消すこと。
高橋さん自身が、魚の生臭さが苦手だからだという。
ふたつめは、材料を順序よく重ねて漬けること。
ホッケの場合、カブのほかに人参やフノリも使い、
それらを順番に重ねることで彩り良く仕上がる。
これは実家のお母さんから受け継いだやり方だ。
3つめもお母さん譲りで、衛生上の理由から、笹の葉を使うこと。
盛りつけた時も、笹の葉の緑で、見た目がいっそう美しくなる。