地域の食の課題に取り組む、 “野菜が真ん中”のマチの食堂 〈MINDEキッチン〉 三好市阿波池田にオープン

2018年6月1日、四国のおへそ、徳島県三好市阿波池田にオープンした
マチの交流施設、交流拠点施設〈真鍋屋〉(愛称MINDE)。
併設されている〈野菜おかずビュッフェとおやつカフェの店『MINDEキッチン』〉は、
地域の食の課題に取り組むまちの食堂です。

交流拠点施設〈真鍋屋〉

交流拠点施設〈真鍋屋〉

MINDEキッチン内観

MINDEキッチンでのイベントの様子

MINDEキッチン

“生涯活躍のまち”構想を総合戦略に盛り込んでいる三好市。
ここは、食を軸とした交流の場づくりだけではなく、
糖尿病死亡率ワースト、小中学生の肥満率が高く、
野菜摂取量が不足しているという徳島県の「食の課題」に取り組む場所。
地域の名産・特産物を楽しめるフードを提供しています。

MINDEキッチンに並ぶ数々の料理

MINDEキッチンに並ぶ数々の料理

MINDEキッチンに並ぶ数々の料理

MINDEキッチンは、11:00~14:00のランチと、
14:00~18:00のカフェの2部構成。

ランチでは、地元の新鮮な野菜を使用した野菜おかずを、
ブッフェでたっぷり食べていただくスタイルで提供。
野菜ジュニアソムリエ資格を持つ店長、薬膳インストラクター資格を
持つマネージャーが旬野菜使用の栄養バランスに配慮したメニューを考案します。

MINDEキッチン・野菜おかずビュッフェランチ

もちろん食材は、地元の食材を積極的に使用。
地元農家とつながり、鮮度のいい野菜を利用するほか、
余剰野菜や規格外野菜なども有効活用して、
地域住民にも地元農作物を身近に感じるきっかけを作っていきます。
地元のお茶、地元のかんきつ果汁を使用したメニューや、
祖谷そばやそば米汁など郷土の味も提供予定です。

鎌倉資本主義って何!?
〈面白法人カヤック〉
代表・柳澤大輔さんが考える、
企業がまちにできること

鎌倉から考えるローカルの未来

長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。

年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。

東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。

その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。

そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。

「裏駅」と呼ばれる鎌倉駅西口から広がる御成通り。観光客で賑わう小町通りなどとは対象的な落ち着いた雰囲気の商店街の中に、カヤックのオフィスや〈まちの社員食堂〉がある。

「裏駅」と呼ばれる鎌倉駅西口から広がる御成通り。観光客で賑わう小町通りなどとは対象的な落ち着いた雰囲気の商店街の中に、カヤックのオフィスや〈まちの社員食堂〉がある。

まちと企業の関係を更新する

以前にコロカルでも紹介された「カマコン」は、
鎌倉に拠点を置くIT企業の有志たちによって立ち上げられた
地域活性のプラットフォームだ。

2013年に始まったこの取り組みは、いまやIT企業の枠を超え、
多くの参加企業、会員を抱えるまでに成長し、
そのユニークな取り組みは、全国30を超える地域に派生している。

このカマコンの立ち上げにあたり、中心的役割を担ったのが、
〈面白法人カヤック〉の代表・柳澤大輔さんだ。

カヤックをはじめ鎌倉に拠点を置くIT企業の有志によってスタートしたカマコン。毎月行われる定例会では、市民たちがまちに関わるさまざまなプロジェクトのアイデアをプレゼンテーションしている。(写真提供:カマコン)

カヤックをはじめ鎌倉に拠点を置くIT企業の有志によってスタートしたカマコン。毎月行われる定例会では、市民たちがまちに関わるさまざまなプロジェクトのアイデアをプレゼンテーションしている。(写真提供:カマコン)

ゲーム、広告、Webサービスなどの分野でユニークなコンテンツを制作するともに、
サイコロによって給与が変わる「サイコロ給」や、
全国を移動するバスの中で行う「旅する会社説明会」などの取り組みでも
話題を集めてきた同社は、2014年に上場を果たし、
いまや日本を代表するIT企業のひとつだ。

そんなカヤックは創業以来、先に触れたカマコンのみならず、
鎌倉のまちとの関わりを一貫して大切にしてきた企業でもある。

クラウドファンディングで資金の一部を集めた第69回鎌倉花火大会。カヤックが制作した特設サイトでは、クラウドファンディングに参加したユーザーたちのメッセージが、花火のように打ち上げられるという粋な趣向が凝らされた。(画像提供:カヤック)

クラウドファンディングで資金の一部を集めた第69回鎌倉花火大会。カヤックが制作した特設サイトでは、クラウドファンディングに参加したユーザーたちのメッセージが、花火のように打ち上げられるという粋な趣向が凝らされた。(画像提供:カヤック)

近年では、一旦中止が決まった2017年の鎌倉花火大会において、
市民主導による実行委員会の立ち上げに関わり、
「復活開催」の実現に大きく寄与するなど、時に地域企業の代表として、
時に一市民としてまちに関わってきた柳澤さんは、
2017年に「鎌倉資本主義」という新しい概念を提唱。

そして2018年4月には、〈まちの社員食堂〉
〈まちの保育園 かまくら〉をオープンするなど、地域活動を加速させている。

ステレオタイプな企業の地域貢献活動とは一線を画し、
まちと企業の関係性を更新するカヤックの取り組みについて聞くために、
鎌倉中心部にオープンした、まちの社員食堂と、まちの保育園 かまくらを取材した。

鎌倉駅からほど近い本覚寺に隣接する民家をリノベーションしてつくられた〈まちの保育園 かまくら〉。(写真提供:加藤忠雄/株式会社ウェイ)

鎌倉駅からほど近い本覚寺に隣接する民家をリノベーションしてつくられた〈まちの保育園 かまくら〉。(写真提供:加藤忠雄/株式会社ウェイ)

〈瀬長島 海風朝市〉 沖縄のアイランドリゾート にて“つながる×よろこぶ ×おいしい”朝市を開催!

毎月第4日曜日、沖縄県にある〈瀬長島ウミカジテラス〉にて、
「つながる×よろこぶ×おいしい朝市」をテーマに
〈瀬長島 海風朝市〉が開催されています。

これは〈WBFリゾート沖縄〉が協賛するマーケットイベント。
地元の人たちと瀬長島を盛り上げたいという思いから、
2017年12月より開催しています。

瀬長島 海風朝市 イメージビジュアル

瀬長島ウミカジテラスは、2015年夏に誕生したアイランドリゾート。
那覇空港から車で約15分の瀬長島西海岸に隣接した傾斜地に展開しています。
ウミカジテラスには、沖縄そばやダイビングショップなどのお店がたくさん。
沖縄ならではのお店と絶好のロケーションが融合する新しいスポットです。

瀬長島 海風朝市 会場の様子

瀬長島 海風朝市には地元の生産者さんやレストラン、作家の方などが出店

瀬長島 海風朝市には地元の生産者さんやレストラン、作家の方などが出店。

今年は「つながる」をキーワードに、出店者同士の
コラボレーションによる「朝市限定オリジナルメニュー」を提供しています。

地元の生産者とお客さんがおいしいものを通してつながり、
皆が楽しくなる気持ちいい空間を目指していているのだとか。

全国86位の温泉地が
“トップ10”を目指す。
その計画に示された、
まちづくりの6要素とは?

トップ10入りは決して夢物語ではない!

「人気温泉地ランキングで全国トップ10を目指しましょう。
今は86位でも、長門湯本のよさを表現した温泉街を
みなさんとつくることができたら、
トップ10入りは決して無理ではないと考えます」

2016年6月に開かれた「長門湯本温泉マスタープランの策定に関わる最終報告会」で、
星野リゾートの代表・星野佳路さんは地域住民に説明を始めた。
山口県長門市が星野リゾートと協同して
〈長門湯本温泉観光まちづくり計画〉を行っていることは、
前回紹介した通りだ。

星野リゾートは市から委託を受けて、
そのベースとなるマスタープランを半年の調査を経て策定。その発表を星野さんは続ける。
「マスタープランはすべてがトップ10に貢献する内容で、それ以外のことは揃えていません。
温泉街再生に必要な要素として6項目をあげていますが、
『これはダメだ、この項目は嫌だ』ということになると、順位を落とすことになります。
みなさんの協力ですべて妥協せずにできたら、
私たちはトップ10に必ずや入れるはずです」

最終報告会には地元住民や旅館関係者など約100人が参加。

最終報告会には地元住民や旅館関係者など約100人が参加。

〈温泉街再生に必要な6つの要素〉としてあげられたのが、
1.外湯 2.食べ歩き 3.文化体験 4.回遊性 5.絵になる場所 6.休む佇む空間 だ。
これまでのホテル運営経験や知見を生かし、
また全国の人気温泉地を調査して、導き出したものだという。

この時、人気温泉地として紹介された上位15位は以下である
(観光経済新聞社『にっぽんの温泉100選 2015』発表)。
1位から草津温泉(群馬県)、由布院温泉(大分県)、下呂温泉(岐阜県)、
別府温泉(大分県)、有馬温泉(兵庫県)、登別温泉(北海道)、
黒川温泉(熊本県)、指宿温泉(鹿児島県)、道後温泉(愛媛県)、
10位は城崎温泉(兵庫県)。11位は高山温泉(岐阜県)、
箱根温泉郷(神奈川県)、和倉温泉(石川県)、伊香保温泉(群馬県)、
15位は玉造温泉(島根県)

不動の1位は群馬県草津温泉。湯畑広場を中心とする温泉街。

不動の1位は群馬県草津温泉。湯畑広場を中心とする温泉街。

人気温泉地は大きく以下の3つのタイプに分けられるといい、
1.自然から与えられた資源で人が集まる
2.すぐにつくれない歴史遺産で人が集まる
3.自然を生かしながら魅力的な温泉街で人を集める

長門湯本温泉はタイプ3の
「自然を生かしながら魅力的な温泉街で人を集める」にあてはまり、
そのよさを見直したうえで温泉街をリノベーションしていこうという
戦略の方向性が示された。

東北随一の美の殿堂、 築59年の朽ちかけたキャバレー 〈白ばら〉 救ったのは クラウドファンディングでした。

酒田の夜はこれからもにぎやかに! 
山形県酒田市にある、〈Night Spot 白ばら〉。
築59年、朽ちかけたキャバレーがクラウドファウンディングで
華麗に復活したレンタルホールです。

今どきの人だとちょっと想像しづらいかも知れません。
ショーを見ながらお酒を飲む。
例えば、赤坂のミカド……これも35年前になくなっているそうで、
有楽町日劇……。ギリギリわかってもらえそうなのは宝塚のイメージでしょうか?

東京でもかなり華やかな時代がありました。
日劇でレビューを見た親御さんはまだいらっしゃるのではないかしら? 
そんな華やかな世界が東北にもあったのです。

往年の姿はキャバレーの写真集の中でも紹介された。

往年の姿はキャバレーの写真集の中でも紹介された。

「白ばら」は1958年(昭和33年)、山形県の日本海側、港町・酒田市に創業し、
昭和文化円熟の時代に連日連夜満員御礼を記録したグランドキャバレーです。
そんな「白ばら」も、著しい老朽化と遠のく客足に、とうとう閉店という
苦しい選択を余儀なくされました。
2年半前の12月……その悲報はYahooニュースのトップにも報じられたそうです。
このころ、札幌のクラブが閉店してしまったために、
この白ばらが日本最北の現役キャバレーとなっていたのに、です。

かなり老朽化が進んだ白ばらの外観。

かなり老朽化が進んだ白ばらの外観。

閉店する2年前、現オーナーとなる佐藤仁さんと
酒田市出身の上々颱風(しゃんしゃんたいふーん)ヴォーカル・白崎映美さんが
朽ち果てた建物に潜入。どうなっているのか、ただの怖いもの見たさでした。
眼前に広がっていたのは華やかな南国の世界。
椰子の木が生い茂り、きらびやかな電飾に飾られたステージが目に飛び込んできて思わず息を飲み込みました。

ヤシの木も茂り、豪華な内装。

ヤシの木も茂り、豪華な内装。

天井は高く、アールデコ調のシャンデリア。
ソファーは滑らかなビロード張り、格を感じさせる重厚な空間。
交通の便も悪い東北の地方都市だからこそ細々と存在し続けてきた、
昭和の大衆文化遺産だったのです。

すべてが昭和の艶めかしさを色濃く残し、様々な人生劇場が繰り広げられてきたのだろう、
というここに1歩足を踏み入れた佐藤さんと白崎さんは、
このオーラをまとった重厚な空間の虜になってしまったのです。
しかし、この店がもうすぐ閉店するという話しもあり。
どうにかして存続させよう、どうしたらいいだろう? 
と悩む日々が続きました。

歌手の白崎映美さんによる伝説のキャバレーナイトショー

歌手の白崎映美さんによる伝説のキャバレーナイトショー

佐藤さんは、白ばら未経験者を誘ってはファンを増やし育てる活動を始めました。
白崎さんは地元新聞で担当していたコラムのコーナーで「白ばら」を
守ることの大切さを執拗に(笑)宣伝したり、
テレビでも紹介されたりといったメディアの協力もあり、
ようやく「白ばら」の存在の希少性が地元山形で認知され始めました。
彼女が熱演する伝説のキャバレーナイトショーも実現しました。

が、そんな努力も虚しく経営難は解消されず閉店を迎えたのでした。
それでも諦めないで残そうと考えぬき、レンタルホール、貸しライブ会場として
どうにか維持費を捻出していこう、と佐藤さん達有志は進み始めました。

弘前城本丸が舞台! ダンス&パフォーマンス フェスティバル 〈SHIROFES.2018〉開催!

2018年7月1日(日)青森県弘前市にて、昨年7,000人を動員した
弘前ダンス&パフォーマンスフェスティバル〈SHIROFES.2018〉が開催! 
会場は、弘前城本丸です!

弘前城本丸が大観衆で埋め尽くされたSHIROFES.2016 (C)YASUTOMO OHSAWA (GLEAMWORKS)

弘前城本丸が大観衆で埋め尽くされたSHIROFES.2016 (C)YASUTOMO OHSAWA (GLEAMWORKS)

〈SHIROFES.2018〉は、弘前城をロケーションに、
ダンス・音楽・アートなどが繰り広げられるフェスティバル。
まずダンスは、エクストリームアスリートのショーやダンスのアジア大会、ダンスショー。
音楽は、ライブやプロジェクションマッピング。
そのほかにも、ゲームコーナーやライブアートなど、コンテンツが盛りだくさんです。

エクストリームアスリートのショーに出演するのは、
バスケ・音楽・ダンスが融合された競技、フリースタイル・バスケットボール界において、
世界トップレベルへの実力を持つBUG!?と、
世界チャンピオンにも輝いた日本を代表する
フリースタイル・フットボーラーの徳田耕太郎。
界最高峰のアスリート2人のパフォーマンスは必見です。

BUG!?(フリースタイル・バスケットボール)

BUG!?(フリースタイル・バスケットボール)

徳田耕太郎(フリースタイル・フットボール)

徳田耕太郎(フリースタイル・バスケットボール)

そしてダンスでは、2016年から始まったPOPダンスの世界大会、
“POP 1on1 BATTLE SAMURAI”のアジア代表決定戦が開催。
アジアから集まった最強のダンサー8名により、今年も熱い戦いが繰り広げられます。

SHIROFES.2017内で開催されたPOP 1on1 BATTLE SAMURAI (C) Jason Halayko

SHIROFES.2017内で開催されたPOP 1on1 BATTLE SAMURAI (C) Jason Halayko

ほかにも音楽ライブやダンスショー、ダンスバトル、
ご当地キャラとのふれあいコーナーやフードコート、
キッズスペースなど、様々な催し物が盛りだくさん!

太い筆を使って大きな用紙に作品を書き上げる書道パフォーマンス

太い筆を使って大きな用紙に作品を書き上げる書道パフォーマンス。

市内の学生やキッズダンサーたちのダンスショー

市内の学生やキッズダンサーたちのダンスショー。

弘前城本丸にたくさんのブースが立ち並ぶ

弘前城本丸にたくさんのブースが立ち並びます!

ステージ上では多数の音楽ライブが見られる

ステージ上では多数の音楽ライブが見られます。

復興の架け橋に! 福島の青年50名による 〈福島青年管弦楽団〉 が東京公演を開催

福島の中学生〜大学生約50名によって結成された
青年オーケストラ〈福島青年管弦楽団〉が、
2018年8月6日(月)に東京のサントリーホールで公演を行います。

〈福島青年管弦楽団〉の誕生は、2011年の東日本大震災の後の福島。
英国の国際音楽チャリティ団体〈キーズオブチェンジ〉と
福島の学校数校のパートナーシップにより生まれました。

ヴィオラ奏者

ヴィオラ奏者

〈キーズオブチェンジ〉は、世界的に活躍するピアニストの
パノス・カラン氏よって設立。「音楽は世界をより素敵な場所にする」と
いう信念のもと、音楽教育やクラシック音楽のライブ演奏を通じて、
青少年の成長を目指し活動しています。

当初は、被災した子どもたちに希望を届ける目的で設立されたものの、
誕生から5年間、〈キーズオブチェンジ〉をはじめ、
日本フィルハーモニー交響楽団や指揮者・本名徹次氏の指導を受け、
楽団は急速な成長を重ねます。

福島市蓬莱中学校でのパノスと子どもたちの出会い

福島市蓬莱中学校でのパノスと子どもたちの出会い

2014年にはロンドンクイーンエリザベスホール、翌2015年には東京オペラシティで、
美智子皇后陛下の御前でコンサートを行うなど、
地元福島はもちろん公演の度に世界各地で大喝采を受けるまでに。

東京オペラシティ コンサートホールにて美智子皇后様の御前で演奏(2015年8月)

東京オペラシティ コンサートホールにて美智子皇后様の御前で演奏(2015年8月)

〈福島青年管弦楽団〉の団員たちは各地で素晴らしい公演を重ねながら、
福島が元気でクリエイティブな若者に溢れていることや、
音楽を通じて学び成長していることなど、前向きな復興のメッセージを伝えていました。

コントラバス奏者

コントラバス奏者

また、団員の子どもたちのみならず、保護者や教員など関わる
福島の大人たちにとっても〈福島青年管弦楽団〉の
活動が復興の光となっていきました。

さて、今回の公演タイトルは「ふくしまの子どもたちが奏でる
愁いと希望のチャイコフスキー 世界中に復興の響きを!福島青年管弦楽団コンサート」。

〈バリューブックス〉が贈る 移動式本屋〈BOOK BUS〉 北上中! 次は岩手へ

1日に1軒のペースで街から本屋がなくなり、
本屋のない自治体は全国で1/5に達すると言われています。
そんな実態に一石を投じるため、インターネットを中⼼に
古本の買取・販売を⾏う〈バリューブックス〉が、移動式本屋
〈BOOK BUS by Value Books〉(ブックバス)プロジェクトを開始しました!
現在、秋田〜岩手を巡るツアーを開催中です。

〈BOOK BUS by Value Books〉

〈BOOK BUS by Value Books〉車内の様子

BOOK BUS in 秋田

BOOK BUS in 秋田

バリューブックスのサービスは、日々全国から本を買い取り、全国に本を送ること。
それは確かに便利かもしれませんが、たくさんの本に実際に触れる経験がなければ、
どんな本を読みたいのか気づく機会もなくなってしまう……そんな思いから、
バスを走らせることにしたそうです。

BOOK BUS by Value Books 会場となった「道の駅おがち」

BOOK BUS by Value Books 会場となった「道の駅おがち」

BOOK BUS

(c) BOOK BUS by Value Books/「ゆざわグリーンマルシェ」実⾏委員、出店者、協⼒者のみなさんと。会場となった「道の駅おがち」にて

2018年6⽉2⽇には秋田県湯沢市の珈琲・雑貨舎〈重右衛⾨〉、
6⽉3⽇には、同市内の〈道の駅おがち〉で開催された
〈ゆざわグリーンマルシェ〉に出店しました。

湯沢市出身で、バリューブックスの社員でもある加藤計史さんと奥様のゆりなさんが、
地元を活気づけたい、ご家族に計史さんの仕事を見せてあげたいとの思いのもと、
湯沢市役所やマルシェ運営者の協力を得て、ブックバスを湯沢市に呼ぶことを企画しました。
地元出身者が企画したということもあり、当日は地元の方々を中心に多くの方が来場し、
にぎわいを見せたそうです。

自由度の高い無人島! 和歌山県有田市沖の地ノ島に キャンプ場&イベントフィールドが オープン

和歌山県有田市沖にある無人島「地ノ島」に、
自然体験が楽しめるキャンプ場兼イベントフィールドがオープン! 
2018年6月4日~7月16日のプレオープン期間は、
1日1組限定で1日貸切5万円~にて、フィールドを提供します。

島へは渡船サービスを利用してアクセス

島へは渡船サービスを利用してアクセス

地ノ島は、東京ドーム10個分、ディズニーランドの半分くらいの大きさの島。
和歌山NO.1とも言われる透き通った海に、
知る人ぞ知る、手つかずの全長500メートルにもわたる広いビーチがあります。
小高い丘を登れば四方に海が広がり、そこから見る夕陽はまさに絶景! 
かつては人が住んでいた歴史もある、居心地の良い過ごしやすい島です。

海岸線でのキャンプの様子

海岸線でのキャンプの様子を上空から撮影

海岸線でのキャンプの様子

なんといっても利点は、日本全国有数のアクセスの良さを誇る
“自由度の高い無人島”だということ。
最寄駅のJR紀勢本線「初島駅」より無人島直結の初島港までは徒歩7分、
初島港から無人島まで船で7分。関西国際空港より1時間強、
大阪・天王寺駅より1時間強でアクセスが可能と、関西からのアクセスは抜群。
これまでにも、さまざまなイベントが行われてきました。

これが“最後のチャンス”
かもしれない……
危機を迎える長門湯本温泉が
選んだ道とは?

社会実験を通して温泉街の将来像を共有

温泉街をリノベーションするという、新たな取り組みで注目を集める温泉地がある。
山口県で最古の歴史を誇る長門湯本(ながとゆもと)温泉(長門市)だ。
日本海の幸をはじめ食の魅力は高く、観光地の萩に近いことなどから、
団体旅行ブームにのって活況を呈した。

しかし旅のニーズを捉えきれず、最盛期から徐々に客足が落ち込み、
ついに創業150年の老舗ホテルが負債を抱えて廃業。
このできごとに地域の緊張感は一気に高まり、
負の連鎖を止める“最後のチャンス”として長門市は大きな挑戦に出た。
市が予算を投じて再生総合戦略を掲げ、
そのパートナーに星野リゾートを選んだのだ。
こうして官民連携の壮大なプロジェクトが始まった。

住民説明会では温泉街の将来像をイラストや模型で紹介。

住民説明会では温泉街の将来像をイラストや模型で紹介。

2017年9〜10月に長門湯本温泉で社会実験
〈長門湯本みらいプロジェクト〉が実施された。
その舞台となった温泉街の店主たちは、
「これほどたくさんの人が通りを歩いてくれるなんて。
にぎやかだった昔を思い出して感動しました」と、喜びを口にした。

主催メンバーである旅館の若旦那や行政職員は、
「協力してくださるみなさんが最高で、
“まちづくりは楽しい”と本気で思えました」と、その時を振り返る。

この社会実験は、2016年8月に長門市で策定された
「長門湯本温泉観光まちづくり計画」を基に進められたものだ。
温泉街の再生に向けて、3つの大きな調査
(①河川空間の活用 ②交通再編による道路・空地空間活用 ③照明改善)が行われた。

温泉街を流れる川には昔“置き座”と呼び親しまれた川床を設置したり、
県内から飲食店やものづくりの事業者を集めたり、
夜の温泉街を効果的にライトアップして散策を促したり……。
住民や旅行者をはじめ、参加者全員が地域を五感で体感しながら、
魅力と課題を共有する機会となった。

2018年4月1日の長門温泉まつりは満開の桜に恵まれた。

2018年4月1日の長門温泉まつりは満開の桜に恵まれた。

先にもあげたが、
長門湯本温泉と言えば「山口県最古の温泉」と紹介される有名温泉地である。
山口宇部空港からは車で1時間ほど。長門市は北に日本海が広がり、
南には中国山地が連なり、東には幕末の歴史遺産が豊富な萩市が隣接するなど、
多様な観光スポットがある。

長門市の人口は約3万5000人。市の中心部から車で10分ほどの山間部に、
長門湯本温泉はある。
水清らかな音信(おとずれ)川のほとりに、大小12軒の温泉旅館が点在。
公衆浴場の〈恩湯(おんとう)〉(現在休館中)と〈礼湯(れいとう)〉を中心に、
温泉街が四季の彩りのなかでのんびりと広がる。

老朽化で解体の恩湯は、昭和レトロ感がただよう公衆浴場だった。

老朽化で解体の恩湯は、昭和レトロ感がただよう公衆浴場だった。

開湯は室町時代の1427年。〈恩湯〉敷地内から湧く温泉は、
江戸時代には長州藩のお殿様も贔屓にした名湯だ。
泉質はアルカリ性単純温泉で、
肌触りが優しく赤ちゃんから年配の方まで愛される。
かつては農閑期の湯治客に、近年は観光客を主として利用され、
最盛期の1983年には約39万人の宿泊客を数えた。

その温泉地が窮地に追い込まれ、再生に取り組んでいる。
原因はどこにあるのだろうか。

『ローカルメディアの仕事術』 メディアのつくり手も まちおこしに携わる人も 必読の書、発刊!

2018年5月、書籍『ローカルメディアの仕事術ー人と地域をつなぐ8つのメソッド』が刊行されました。
編著者は『ローカルメディアのつくりかた』などの著作で知られる影山裕樹さん。
寄稿者は、幅允孝さん、多田智美さん、原田祐馬さん、
原田一博さん、成田希さん、小松理虔さん、山崎亮さん。

本書では、各分野のプロフェッショナルが自らの仕事術について語っています。
たとえばブックディレクターの幅允孝さんは「プロデュース術」を、
編集者の多田智美さんは「チームづくり」を、
アートディレクターの原田祐馬さんは「デザインの方法」を、
コミュニティデザイナーの山崎亮さんは「写真の撮り方」を。

書籍『ローカルメディアの仕事術』中ページ

『ローカルメディアの仕事術』

プロデュースから編集、チームづくり、デザイン、ウェブサイト運営、
取材&インタビュー、文章の書き方、写真の撮り方まで、
メディアづくりに必要なことが実例とともに紹介されています。
また、地域の課題にどうやってアプローチしていったらいいのかという
テーマにもふれているので、地域おこしに携わる方にもおすすめの一冊です。

なぜローカルメディアをつくるのか?

影山さんは数多のローカルメディアを見てきた経験から、
それぞれのメディアの目標が「地域の課題を解決すること」や、
「売り上げをのばすこと」など、バラバラであることに気づいたといいます。

それから「ローカルメディアとは何か」「一体どこにゴールを見定め、
地域にふさわしいメディアをつくっていけばいいのか」ということにフォーカスを絞り、
ローカルメディアへの取材を重ねてきました。

第1章では「あなたのゴールはどこにありますか?」と問いかけながら、
メディアの必要性を明確にすることの大切さについて書かれています。
これからメディアをつくりたいと思っている方は、
この章を読むだけでもコンセプトが明確になっていくかもしれません。

岩手県一関市〈松栄堂〉
100年以上続く老舗が、
地元産素材を和菓子に使う理由

岩手に来たことがある人なら一度は見たことのあるはずの
銘菓〈田むらの梅〉、〈ごま摺り団子〉。
もしくは、マンガ『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズのファンなら
ご存知「ごま蜜だんご」。
これらはすべて、岩手県一関市に拠点を置く老舗和菓子店〈松栄堂〉が
100年以上かけて生み出しだてきたお菓子だ。

全一関市民が知っていると言っても過言ではない、
地元で人気のお土産物の秘密を、同社社長の小野寺宏眞さんにうかがった。

代表取締役社長の小野寺宏眞さん。会計事務所出身、ユーモアと芯の強さが同居するアラフォー経営者だ。

代表取締役社長の小野寺宏眞さん。会計事務所出身、ユーモアと芯の強さが同居するアラフォー経営者だ。

変わらないもの、変わるもの

一関市中心部の地主町。古い蔵が建ち並び、雰囲気のある〈世嬉の一酒造〉や
ジャズ喫茶〈ベイシー〉が建ち並ぶ、一関きっての歴史を誇る商人のまちに、
松栄堂総本店はある。

創業は明治36年、今年115周年を迎えた。
初代の小野寺主馬蔵(しゅめぞう)氏が菓子屋として店を構えて以来、
ずっとこの地に根づいてきた。

昭和30~40年代頃の松栄堂総本店を写した懐かしい写真。

昭和30~40年代頃の松栄堂総本店を写した懐かしい写真。

蔵に飾られていた、昔使っていたという菓子木型。

蔵に飾られていた、昔使っていたという菓子木型。

「伝統を大切にしつつも、時代に合わせて常に変わり続けることで、
松栄堂はこれまで商売を続けてこられました。
北東北有数の米どころで独特のもち文化が残る一関市、
平泉町の素材にこだわりながら、米を原材料とした和菓子づくりを基本に、
創業のこの場所でその時々のニーズに合う商品をつくってきました」

そう教えてくれたのは、現在5代目を継ぐ小野寺宏眞さんだ。

初代~2代目の時代に同社初の看板商品〈田むらの梅〉を、
3代目~4代目の時代にはヒット商品となった〈ごま摺り団子〉を、
そして現在に至る4代目~5代目の時代には〈平泉 黄金餅〉を開発。
世代を超えて親しまれる市民スイーツ&定番お土産物として定着させてきた。

代々、愛されてきた味

発売から70年超の、長く愛される一関銘菓〈田むらの梅〉。

発売から70年超の、長く愛される一関銘菓〈田むらの梅〉。

「まずは〈田むらの梅〉。
大正時代に一関藩主だった田村家の子孫からの依頼を受け、
梅をこよなく愛したという初代藩主にちなんでつくられた、
梅の果肉を練りこんだ白餡を求肥と青紫蘇で包んだ甘い和菓子。
特に年配の方にファンが多く、茶菓子としても好まれています」

青紫蘇で包まれたもちもちの求肥の中にはほんのり梅が香る白餡が。それぞれの素材の味が生かされた上品なおいしさ。

青紫蘇で包まれたもちもちの求肥の中にはほんのり梅が香る白餡が。それぞれの素材の味が生かされた上品なおいしさ。

「昭和のバブル期に生まれた〈ごま摺り団子〉は、
香ばしいごま摺り蜜を団子で包んだ、“ぷにゅチュル”な独特の食感が楽しい。
『ジョジョの奇妙な冒険』の主人公、定助の好物で、
彼は『プチュウゥッ』と楽しんでいましたが」

バブル期には企業戦士の仕事用の贈答用「ごますり」ツールとして爆発的にヒットした〈ごま摺り団子〉。絶妙なネーミングだ。ちなみに一関地域の家庭では、ごま餡でもちを食べることも多い。

バブル期には企業戦士の仕事用の贈答用「ごますり」ツールとして爆発的にヒットした〈ごま摺り団子〉。絶妙なネーミングだ。ちなみに一関地域の家庭では、ごま餡でもちを食べることも多い。

「そして〈平泉 黄金餅〉。“小金持ち”ではありません(笑)。
“もち文化”と“黄金文化”をキーワードに、昨年平泉町と共同開発した新しいもち菓子。
ふんだんに使った金ごまの濃厚な味わいが特徴で、
インバウンド客など外国人にも人気が高い商品です。
それぞれ開発された時代も趣向もターゲットも違いますが、
できるだけ地元の素材を使いながら地元の文化を守り、
発信していきたいという思いは共通しています」

地主町の本店には、不動の人気を誇る〈ごま摺り団子〉と新商品〈平泉 黄金餅〉が並ぶ。

地主町の本店には、不動の人気を誇る〈ごま摺り団子〉と新商品〈平泉 黄金餅〉が並ぶ。

〈丹鉄珈琲〜114kmCAFE〉 丹後鉄道がカフェオープンに向けて クラウドファンディング開始

ご当地珈琲、〈丹鉄珈琲〉をご存知ですか?

丹鉄珈琲は日本全国にファンを持つ栃木県日光市の〈日光珈琲〉と、
沿線地域の食の魅力を知り尽くす兵庫県豊岡市の〈城崎スイーツ〉によって
立ち上げられた〈城崎珈琲焙煎所〉でローストブレンドされたご当地珈琲です。

丹鉄珈琲は〈城崎珈琲焙煎所〉でローストブレンドされたご当地珈琲

「そこでしか味わえない、その土地の風景・歴史を感じさせる珈琲でありたい。」
という思いを込め、丹後地域の暮らしや文化を、コーヒーを通して感じることができるよう、
個性豊かな風味のブレンドに仕上げました。

現在手にとれる場所は、京都丹後鉄道観光列車の
〈丹後くろまつ号〉〈丹後あかまつ号〉〈丹後あおまつ号〉の列車内のみ。
そして観光列車内と天橋立駅窓口では珈琲豆のお土産販売を行っています。

珈琲片手に旅に出よう。駅の構内にカフェをオープン

〈丹鉄珈琲〜114kmCAFE(ひゃくじゅうよんきろかふぇ)〉をオープンさせることに

丹鉄珈琲の魅力は、手にとれる場所も少ないため、まだ一部にしか届きません。
そこで京都丹後鉄道を運行するWILLER TRAINS株式会社は
もっとご当地コーヒーを知ってもらうため、
〈丹鉄珈琲〜114kmCAFE(ひゃくじゅうよんきろかふぇ)〉を
オープンさせることに。そして、その開店に伴う資金の支援を、
クラウドファンディングサ ービス〈CAMPFIRE〉を通じて募ります。

コロカルでは 地域ライターを募集します!

コロカルは日本の地域をテーマに、各地の先進的な取り組みや、
ローカルのライフスタイルなどさまざまな話題を発信するウェブマガジンで、
マガジンハウスが2012年より運営しています。

この度、日本の地域のヒト、モノ、コトについて執筆して頂ける
全国各地にお住まいのコロカル地域ライターを募集します。
以下の内容を、contact@colocal.jp 宛に、
件名を【コロカル地域ライター募集】としてお送りください。

(1)以下のA、Bどちらかのテーマに関して1000文字程度で。

A:自分が住むこのまちに残したいもの

B:地元の地域のとっておきニュース

(2)自主企画

(3)プロフィール

※地域の制限はありません。

※添付ファイルの容量が大きい場合は、

外部のストレージサービス等をご利用していただいて構いません。

採用された方には、コロカル地域ライターコーナーへの寄稿のほか、
コロカルの原稿制作のお仕事をご相談させて頂く予定です。
採用の際には、原稿料をお支払い致します。

締め切りは2018年5月13日(日)となります。
ご応募をお待ちしています!

【2018年5月14日追記】

地域ライターの募集期間は終了しました。
たくさんのご応募、ありがとうございました。

information

コロカル地域ライター募集

以下の内容を contact@colocal.jp 宛に、件名を【コロカル地域ライター募集】としてお送りください。

(1)A、Bどちらかのテーマに関して1000文字程度で。

A:自分が住むこのまちに残したいもの

B:地元の地域のとっておきニュース

(2)自主企画

(3)プロフィール

締め切り:2018年5月13日(日)

〈ジャパン・ハウス〉
ローカルから世界へ。
未知なる日本を伝える
いくつかのヒント

日本の魅力をどんな目線で発信していくべきか?

外国の人と話したときに、日本のことをうまく説明できなくて
どぎまぎしたという経験がある人は少なくないのではないだろうか。

2014年からロンドン、ロサンゼルス、サンパウロの3都市で
外務省による〈ジャパン・ハウス〉という事業が動き始めた。

そのアウトラインは3都市に日本の魅力の発信拠点〈ジャパン・ハウス〉を開設し、
日本の魅力の諸相を「世界を豊かにする日本」として発信していくというもの。

総合プロデューサーは無印良品や蔦屋書店のアートディレクションなどを手がけた、
デザイナー/武蔵野美術大学教授の原研哉さん。

建物の設計には片山正通さん、名和晃平さん、隈研吾さん、
企画展やイベントには音楽家の坂本龍一さんや建築家の藤本壮介さんなど、
そうそうたるメンバーが関わっている。
さらに今年からは、日本の地域の魅力を発信していく
〈ジャパン・ハウス地域活性化プロジェクト〉もスタートするという。

2018年3月2日(金)、東京・渋谷で開催された〈JAPAN BRAND FESTIVAL 2018〉にて
同プロジェクトの事業発表会が開かれ、原研哉さんと國定勇人さん(新潟県三条市長)、
モーリー・ロバートソンさん(国際ジャーナリスト)によるパネルディスカッションが行われた。

この日のトークから、いま日本は海外へ向けて
どんなことをどんなふうに発信していくべきなのか、考えてみたい。

平泉の食事と喫茶の店〈SATO〉
生産者の思いをおいしさにかえる 
ロールキャベツと自家製スイーツ

2015年、岩手県JR平泉駅の駅前に、1軒のカフェが誕生した。
店名は、店主・佐藤渉さんの苗字をそのまま取って付けられた〈SATO〉。
「SATOの隣の美術肖像画院は親父の店。つまり実家です」と話す佐藤さんは、
埼玉県からUターンして、勝手知ったるこのまちにお店を開いた。
生産者の思いに共感した素材を使い、
そのおいしさが生きる最高のかたちで料理を提供し続ける佐藤さん。
彼に、SATOというお店の在り方についてうかがった。

料理が、食べる人の記憶に残ってくれたら

〈中尊寺〉をはじめ、世界文化遺産に登録された史跡のある平泉町。
駅まで徒歩0分という好アクセスの場所に、SATOはある。
たまたま、ご実家が店舗貸ししていた場所を譲り受けることになり、
いわゆる観光客誘致のために、と選んだ場所ではない。
今はランチとカフェのみの営業で、予約があれば夜の営業も行う。

名物はロールキャベツと、菜種油を使ったゴボウのショコラ(ガトーショコラ)。
フレンチでもなく、イタリアンでもない「洋風のお食事と喫茶のお店」だ。

「ロールキャベツは昔から好きだったので、
ちょっとつくってみよう、という感じだったのですが、面倒ですよね(笑)。
ハンバーグだったらひき肉を練って終わりなのに、
そこからキャベツを茹でて、包んで、煮込んで……。
専門店じゃない限り、なかなかやらないと思いますけど、
『SATOのロールキャベツを食べに行こう』と
言ってくれる人が増えてくれたらいいな。特に子どもたち。
『変な店だったけど、あそこでロールキャベツ食べたな』
という感じで、記憶に残ってくれたらうれしい」と、佐藤さんは目を細める。

自家製サワークリームで仕上げる、ファンが多い特製ロールキャベツ(ごはんとサラダ、ドリンク付き)1300円。ランチメニューはほかに、SATOカレー、パスタ、定食、特製お子様ランチ。

ショコラに使う菜種油は
「安心・安全でおいしい油を届けたい」という熱い思いを持った
隣の一関市大東町の〈デクノボンズ〉が生産したもの。
もともと大東地域でつくられていた菜種の栽培から復活させ、
花畑の風景を守り地域の資源を循環させる仕組みづくりを目指す
彼らの思いに共感したことから、メニューに取り入れることとなった。

昔ながらの工程で丁寧に絞られる菜種油は香ばしいフレーバーが特徴の油。
パティシエの友だちに相談しても、お菓子の素材として使えるかどうか……と
最初は首を傾げられたという。

佐藤渉さん。

「でも逆に、この油が生かせるようなメニューを考えればいいか、と思って。
パンチが強い油だから、同じようにパンチが強いチョコレートを使って、
さらに香りの強いごぼうをキャラメリゼして合わせてみたら、これが大当たり」

菜種油のおかげで、ガトーショコラの生地はしっとりと仕上がり
ナッツにも似た香りとサクサクした食感のごぼうが抜群のアクセントとなって、
意外な看板メニューが誕生したのである。

デクノボンズの菜種油はSATOでも購入することができる。

ショコラのほかにも、季節のフルーツなどが使われる自家製ケーキもぜひ味わってほしい。

生産者と、その人がつくるものを好きになれるかどうか

佐藤さんの場合、まず素材に惚れ、そこからメニューを考える。
すべてではないが、徐々にそういったケースが増えてきているという。

「平泉に帰ってきて思ったのは、生産者が近くにいるのはいいな、ということ。
『いっぱいとれたから使って〜』というような感じで、
やっぱり1歩2歩踏み込んだ関係になれることが多いんですよね。
そうすると『じゃあ、この素材で何かできないかな?』という考え方になって
いろいろなアイデアが生まれてくるんです」

三好市による
文化交流と起業支援の拠点づくり。
何が必要? 誰とやる?

ただいま、地域交流拠点施設を建設中

観光、移住検討などを目的に年々訪問者が増えてくる。
そんなとき、まちはどんな風に対応したらいいのだろう。
あるいは、訪れた訪問者とどのように触れ合えば、
末長くお付き合いしていけるような関係性が育まれるのだろうか。

現在、移住促進に力を入れている徳島県三好市では、
新しくまちを訪れた人と住民をつなぐ、
地域交流拠点施設をリノベーション中だ。
これまで、〈まちかど資料館〉として機能していた建物は、
池田町にある本町通り、通称うだつ通りの名家、真鍋家が市に無償提供したもの。
屋号を名付けた地域交流拠点〈真鍋屋〉として6月1日にオープンする。

真鍋屋のあたりは、夏冬に行われる〈うだつマルシェ〉の中心付近となり、
多くの人で賑わう。近くには飲食店も多く、非常に便利な立地だ。
何よりも、ここは三好らしい歴史の風景が、古民家のうだつとともに残っている。

〈真鍋屋〉に3つの機能を持たせるプランづくり

「土地の文化と歴史の交差点となる、旧真鍋家を活用しようという話から始まりました。
市のミッションとしては、移住促進もしたい。
となると、三好に来た人に土地を知ってもらい、
仕事もできるような空間が必要なんです」

新しく建物をつくるのではなく、既存のものを使って、
移住者と地域の人たちが交流する場をつくりたかったというのは
三好市生涯活躍のまちづくり推進室の藤原 晃さん。

「移住者の方は、ずっと住まなきゃいけないとなると、プレッシャーも感じることでしょう。
こちらとしては、ずっと住まなくてもいいから、関係性を持つ人たちが増え、
頻繁に足を運ぶようになってほしいと思っています。
そんな場をつくれたら、将来的に外と中の人たちによる
仕事の創出にもつながるのではないかと」(藤原さん)

交通の要衝であり、四国でも有数の宿場町だった歴史を
今に伝える真鍋屋に、以下の3点の機能を持たせることにした。

1、コンシェルジュ機能

移住支援のサービス窓口を設置。
仕事や住まいの紹介や、移住希望者の希望に応じて住民との交流会も行う。

2、インキュベーション機能

三好市においての起業、開業など新規事業の立ち上げを支援。
敷地内にある中・短期滞在のお試し住宅とオフィスを貸し出す。

3、交流協働機能

交流スペースやミーティングスペース、チャレンジショップなどの場を設置。
地元で起業する先輩の移住者や地元キーマンとの交流をサポート。
定期的なワークショップも開催。

「池田は、かつては大手企業があったこともあり、
徳島の西側の拠点として栄えていたんです。
でも、現在はこちらから外に働きに行くケースが多いので、
ここをきっかけに移住者と地域住民が一緒になって事業をおこして、
ずっと住めるような土地になれば」
藤原さんがまとめた未来設計図はそのまま、
建物全体の設計にも継がれていく。

生まれも育ちも三好市の藤原さん。お子さんもいるが、現状では、進学や就職などでいずれは出さなくてはいけないので、「子どもたちが戻ってきてもイキイキと働いて暮らしていけるまち」をつくりたいと話す。

昭和8年に描かれた吉田初三郎作の阿波池田の鳥瞰図。山と川に囲まれた土地の中に建物がひしめき合っている。

江戸時代から続く阿波池田の名家、真鍋家の敷地の一部を改修。幕末から明治にかけて木材やたばこ産業で栄えた〈うだつ通り〉に建っている。

〈KITAKAGAYA FLEA & ASIA BOOK MARKET〉 東アジアの人気独立系 出版社らが大阪に集結!

2018年5月、大阪にて
〈KITAKAGAYA FLEA & ASIA BOOK MARKET〉が開催されます。

これは、いろんなものづくりに携わる人々や商店が
一堂に会する〈KITAKAGAYA FLEA〉と、
東アジアのインディペンデントブックレーベルやアーティストが
集結するマーケットイベント〈ASIA BOOK MARKET〉が同時開催されるもの。

今回は韓国、台湾、香港の3地域から約25団体を招集し、
国内の独立系出版社や書店合わせて約70団体とともに開催予定です。

2016年に初開催された〈KITAKAGAYA FLEA〉。インディペンデント系のブックレーベルや雑貨店、飲食店などが出店。ライブやクリエイターによる似顔絵ブース、ワークショップなども行われた。

ただいま本イベントでは、ASIA BOOK MARKETに
海外からやってくる出店者たちを支援するため、
クラウドファンディングで資金を募っています。

2017年に初開催された〈ASIA BOOK MARKET〉の様子。

呼びかけているのは、ASIA BOOK MARKETを企画・開催した立ち上げメンバーの
LLCインセクツ代表/『IN/SECTS』編集長の松村貴樹さん、
東アジアの出版事情に精通する書店店主・内沼晋太郎さん(B&B)、
編集者・綾女欣伸さん(朝日出版社)、
台湾の新しいカルチャーを日本に紹介する編集者・田中佑典さん(LIP)。

松村さんは今回の挑戦にあたり次のように語っています。

「2017年に〈ASIA BOOK MARKET〉を初めて開催し、
参加してくださった方々から“いろんな発見があり、なによりも楽しかった”
という声をたくさんいただきました。

インセクツとしても彼らとの交流の中でブックカルチャーの魅力を
あらためて実感いたしました。だからこそ、言葉の壁はありつつも、
新しいブックカルチャーを通した交流を積み重ね、参加者、読者とともに
新たな活動へと繋げていきたいと考えています。
まずはこの交流の場を継続して作り出す、そして、
輪を広げていくことが私たちのチャレンジです」(松村さん)

秀衡塗、岩谷堂箪笥、太鼓、染物。
岩手県南の職人の工房へ 
新たな工芸プロジェクトも始動 

国内外に広く知られる伝統工芸の工房が集まる岩手県南地域。
全国的に継承者が減り続ける中、ここに拠点を構える若き職人たちが集い、
これからの伝統工芸や職人のあり方を模索し、
チャレンジする過程で生まれた〈平泉五感市〉。
2016年、2017年と開催されたこのイベントは工芸体験ができ、
郷土料理や各社の美しい工芸品も販売された。(vol.10参照)
今回は、現場さながらの体験ができるこのイベントの運営に携わる
職人たちの工房を訪ねました。

丸三漆器 
今の課題は、どこでどう売るのか

右から〈丸三漆器〉の5代目・青柳 真さんと塗師で弟の青柳匠郎さん。

vol.10の記事で紹介した平泉の〈翁知屋〉(おうちや)と共に、
平泉に伝わる漆器〈秀衡塗〉(ひでひらぬり)の工房〈丸三漆器〉。
明治37年、一関市大東町を拠点に御膳造りを主とした
「丸三漆器工場」として創業して以来、木地、下地、塗り、絵付けと
一貫した生産工程を持つ数少ない工房として知られている。

木地は、地元周辺の材料を中心に岩手県産材にこだわっている。

「今はうち1軒だけになってしまいましたが、
大東町はかつて何軒か工房が建ち並ぶ秀衡塗の産地だったんですよ。
その名残りもあり、うちはお碗のセットや重箱など平安時代から伝えられてきた
伝統的な商品を大切に継承しつつ、先代の時代からガラスの漆器づくりなど、
現代の生活様式にフィットする新商品の開発にも力を入れています」

そう話すのは、5代目の青柳 真さん。
塗師として工房を支える弟の匠郎さんと二人三脚で、
100年以上続く〈丸三漆器〉のこれから100年のあり方を日々模索し続けている。
現在いちばんの課題は、販路開拓と職人の確保。

敷地の中を川が流れていて風情がある。

「地元百貨店の売り場や全国の百貨店の催事での販売が中心でしたが、
百貨店自体の売り上げの低下などとあいまって、
売り上げは減り続けているのが現状なんです。
インテリアショップやエキナカなど新規販路の開拓、ホテルや飲食店への納入など、
僕を中心に販路の見直しに取り組んでいます。

それから、今はほぼ家族経営になってしまっているのですが、
若い職人希望の人にきてもらえるように、環境を整えていきたいですね。
秀衡塗は工房ごとにしか教える場所がないので、
平泉の〈翁知屋〉さんとも連携しながら、
職人になりやすい環境をつくっていければと思っています」

全国の漆塗り工房に先駆け、10年ほど前に先代が開発した〈漆グラスシリーズ〉。普段使いにも贈り物にも使え、同社を代表するヒット商品になった。ほぼ家族経営だった〈丸三漆器〉に6年前に新卒として入社した菊地優太さん。同社で一から技術を習得し、現在は塗師として活躍している。

岩谷堂タンス製作所 
大切なのは、続けること、伝えること、変化すること

10年ほど前に東京から帰郷して家業を継いだ〈岩谷堂タンス製作所〉の専務取締役・三品綾一郎さん。

〈秀衡塗〉と並び、もともと〈いわて県南エリア伝統工芸協議会〉の
主要メンバーだった〈岩谷堂箪笥〉。
一関市や平泉町の北に隣接する奥州市に工房を構える
〈岩谷堂タンス製作所〉の13代目三品綾一郎さんは
現在、副会長として同イベントの運営に関わると共に、
自身の工房でも積極的に新しい取り組みを始めている。

ショールームには、伝統的な仕様から足付きの家具や照明器具など、多くの商品を実際に見ることができる。江戸時代には火事や洪水がおこると家財道具を箪笥にまとめて避難していたため、滑車がついていたというアンティークのものも展示。

工房は、大きく木工と塗りのふたつに分かれている。右手に並んでいるのは、これまで制作したすべてのタンスの寸法がわかる木の物差し。「やまびこ」など商品名が書かれていておもしろい。

小商いはスピリット!
鎌倉〈ポンポンケークス〉と
〈ザ グッド グッディーズ〉が
つくる循環の輪

鎌倉から考えるローカルの未来

長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。
年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。

東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。

その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。

そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。

鎌倉のいまを象徴するふたつのお店

観光客で賑わう鎌倉のまちを隈なく歩いてみると、
個人経営の飲食店や雑貨店などを各所で見つけることができる。
これらのお店は、規模こそ決して大きくないが、
固定のファンを持ち、店主を中心にした多様なコミュニティが形成されている。

その営業スタイルもユニークで、
本業の傍ら、週の半分だけオープンする雑貨店から、
飲食店の一角を間借りして週末だけ現れる立ち呑み屋まで、
近年注目されている「小商い」を体現するようなお店も多い。

手づくりケーキをカーゴバイクに乗せて販売する行商スタイルからスタートした〈ポンポンケークス〉の立道嶺央さん。(photo:HIDEAKI HAMADA)

今回の登場人物のひとり、〈ポンポンケークス〉の立道嶺央さんもまた、
カーゴバイクに手づくりケーキを乗せ、
自らが育った鎌倉のまちなかで売り歩く行商スタイルが話題となり、
「小商い」を特集するメディアなどでたびたび取り上げられてきた。

一方、関西から鎌倉に移り住んだ内野陽平さんは、
当時アルバイトをしていた飲食店のスペースを借り、朝限定のカフェを始めた。
そして、立道さんとの出会いがきっかけで、鎌倉駅近くの御成商店街に、
コーヒースタンド〈ザ グッド グッディーズ〉をオープンした。

鎌倉駅西口を出てすぐの御成商店街の路地裏にある〈ザ グッド グッディーズ〉。

その2年後には、立道さんが鎌倉中心部から離れた梶原エリアに
〈ポンポンケークス ブールバード〉を、さらに2018年には、
お店で使う食材や道具などを販売する〈ポンポンパントリー〉を、
そのすぐそばにオープンしたばかりだ。

移動販売、朝限定のカフェからスタートし、
いまや鎌倉のまちに欠かせない人気店を営むに至ったふたりに話を聞いた。

鎌倉駅からバスに15分ほど揺られると、ポンポンケークス ブールバードがある梶原エリアに到着する。

徳島県三好市の古民家・
空き家再生プロジェクト10選。
Iターン移住者が選んだ、
実践的リノベーション

三好では、大自然のなかの古民家が人気

三好市という市は知らなくても、
“池田町”や“祖谷(いや)”、“大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)”といった地名は
聞いたことがある、という方も多いのではないでしょうか。
徳島県三好市は、徳島の西側、四国の中央付近に位置し、
四国のどこのエリアに行くにも便利なまちです。
古くは、たばこ産業で栄え、賑わっていましたが、
産業の衰退とともに、空き家も増えてきました。
しかし一方で、その空き家を利用する移住者も現れ、
市民の憩いの場として、旅行者の旅の要所として、
そして移住希望者が立ち寄る拠点として、
空き家を上手に活用しているという印象が強いのが、ここ三好市です。

そこで、今回は徳島県三好市のIターン移住者である私が選んだ、
三好市の古民家・空き家再生プロジェクト10選を
古くから営んでいる順にご紹介します。

1 古民家宿 空音遊

自然菜食と田舎暮らしの古民家宿〈空音遊(くうねるあそぶ)〉。
築90年の古民家にコツコツと手を加えて再生。
移住の先駆けであり、日本で最初にできた古民家ゲストハウスとも言われています。
何より主人「のりさん」の話を聞きに宿泊するリピーターが多く、
人の生き方や暮らしの講義なども行っているとのこと。
また奥様のつくる菜食の食事が人気で、
このために世界中からやってくるお客さんも多いそうです。

information

map

空音遊

住所:徳島県三好市西祖谷山村榎442

TEL:080-6282-3612

http://www.k-n-a.com/

2 モモンガビレッジ

築100年の古民家をセルフビルドでリノベーションした
トトロの家のような宿〈モモンガビレッジ〉。
祖谷大歩危観光や吉野川のラフティングに便利な場所にあり、
目の前を山や川に囲まれた昭和レトロな雰囲気が残る山里で
理想の休日が満喫できると定評のあるゲストハウスです。
ラフティングガイド歴20年近いオーナーが在籍していた
ラフティング会社の寮だった場所が、移転のため空くことになったため、
そこでゲストハウスをやろうと思い立ち、
2008年にモモンガビレッジがオープン。
年間2000人の宿泊者があり、そのうちの8割が外国人で
海外にもファンを着実に増やしています。

information

map

モモンガビレッジ

住所:徳島県三好市山城町信正1153

TEL:0883-86-2334

http://momonga-village.com/

3 四国ゲストハウス おさかなくん家

築60年の古民家を改装したゲストハウス。
大阪生まれのオーナーの西坂洋樹さんが2007年に三好市に移住したのは、
リバースポーツのラフティングがきっかけで、
三好の大自然に魅力を感じ、移住することになったのだそうです。
西坂さんが感じた「ラフティング」と「自然」の魅力を
多くの人に伝えたいという気持ちから、古民家を利用した宿泊施設をスタート。
土壁の補修、漆喰塗り、古い蛇口の再利用、木目を生かした家具類、
五右衛門風呂など、改修は長い道のりでしたが、
手作業だからこその思い入れと愛着があります。

information

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四国ゲストハウス さかなくんち

住所:徳島県三好市山城町大月32

TEL:0883-86-2086

https://www.osakanakunti.com/

4 なこち LIFE SHARE COTTAGE

四国のまんなかの山奥、
徳島県東祖谷落合集落(重要伝統的建造物群保存地区)にある
食堂併設の交流スペース。
在住者と来訪者の垣根なく交流を楽しめるさまざまなイベントの開催や、
展示、体験プログラムなどを不定期で開催しています。
また、ここでは祖谷の旬の素材を使った食事と喫茶が楽しめます。
主に祖谷産のジビエ(猪肉・鹿肉)や、かたくて濃い味が自慢の石豆腐、
身のしまった小さなじゃがいも・ごうしいもなど、
旬の地場産食材を使用した料理を提供しています。
朝食のセットメニューは、事前予約制。
三好に来たら一度は味わっていただきたいです。

information

map

なこち LIFE SHARE COTTAGE

住所:徳島県三好市東祖谷落合252

営業時間:10:00〜17:00

定休日:火・水・木

http://nakochi.jp/

5 スペースきせる

刻みたばこで栄えた三好市池田町で、
NPO法人マチトソラが管理する〈スペースきせる〉。
元呉服屋だった築150年の古民家をセルフリノベーションしたスペースです。
毎週金曜日には移住コンシェルジュによる、滞在中のおすすめプランの提案、
地域情報の提供、移住後の暮らしについての相談などが
行われていているほか、月一で地域おこし協力隊の加藤さんが
三好市の素材を活かした和菓子を販売しています。
徳島県内外からこだわりの食や
物品が集まるイベント〈うだつマルシェ〉
池田ジャズ横丁などの会場としても広く活用されています。

information

map

スペースきせる

住所:徳島県三好市池田町マチ2467-1

TEL:050-3476-1769

営業時間:毎週金曜日 10:00〜16:00(月一和菓子の日は10:30~売り切れじまい)

https://www.facebook.com/spacekiseru/

7年前の今日、 東日本大震災が発生しました。

7年前の今日、東日本大震災が発生しました。
“復興”に終わりはなく、今も被災地では仮設住宅入居者が
約20,000人(2017年現在)も残っているなど、
震災前の生活を取り戻せない人がたくさんいます。
震災を風化させず、継続的な支援を行うために……。
東日本大震災にまつわる現在進行型のプロジェクトたちをご紹介します。

全額寄付される日本酒〈特別純米生原酒 3.11 未来へつなぐバトン〉

こちらは、宮城県大崎市の酒蔵〈一ノ蔵〉が作るお酒、
〈特別純米生原酒 3.11 未来へつなぐバトン〉。
宮城県内で環境に優しい農業を行っている農家より購入した
原料米「蔵の華」を100%使用し、蔵人達が心を込めて醸した特別純米生原酒です。
この商品の売り上げの全額は、被災した子供たちへの支援基金「ハタチ基金」に寄付されます。
お値段は720mlで1,617円(税込)。購入はネット通販にて。

このお酒は、〈一ノ蔵〉で行っている
「未来へつなぐバトン 醸造発酵で子供たちを救おうプロジェクト」
の取り組み。「ハタチ基金」とは、東日本大震災時に0歳だった赤ちゃんが、
無事にハタチを迎えるその日まで、子供たちのサポートを継続的に行う
期限付き基金です。

「ハタチ基金」の支援の方法は、毎月の継続寄付と、
都合の良い時に、ご自由な金額を寄付する方法があります。
どなたでも、こちらから募金を行うことができます。

福島の漁業の現状を描く「ふくしまの海は、負けない。」

こちらは、福島県が公開した、福島の水産業の現状に
フォーカスしたWeb限定ムービー「ふくしまの海は、負けない。」

2011年3月11日。東日本大震災で福島の漁業は大きなダメージを受けました。
多くの船は津波で流され、漁港は、10港すべてに被害が及んでいます。
さらに、福島第一原発の事故の影響で、船があっても漁に出られない日々が続きました。
それでも、負けず嫌いな漁師たちは海と向き合うことをやめませんでした。

震災から1年3ヶ月が経った2012年6月、ついに試験操業を開始。
モニタリング検査で安全性が確認された魚種と海域に限り、
漁ができるようになりました。当初は3種のみだった漁獲対象種も、
2017年末の時点で、出荷制限魚種を除く全ての魚介類(約170種)に。
本操業に向けて、着実に歩みを進めています。

福島県が、東日本大震災翌年の2012年から公式YouTubeチャンネルに
アップロードし続けてきた公式動画は、1,400を超えます。
スペシャルサイト「FUKUSHIMA NOW」にて視聴できるので、ぜひチェックを。

東京・中野の中野マルイにて「高校生百貨店」開催

2018年3月17日(土)・18日(日)の2日間にわたり、
東京・中野区の〈中野マルイ〉にて、「高校生百貨店」が開催されます。

これは、東日本大震災で甚大な被害を受けた石巻地域(宮城県石巻・女川・東松島)の
魅力ある商品を販売するポップアップショップ。
高校生がバイヤーとなり発掘した商品を、
生産者の想いや背景に触れ、販売会にて発信します。

東日本大震災以降、多くのお店や企業が事業を
再スタートさせて、地元の魅力が詰まった商品が溢れる石巻地域。
『高校生百貨店』が生産者の代わりに販売することで、
販路の拡大や商品のPRにつなげようという試みです。

「石巻を元気にしたい!!」との想いで作られた〈いしのまきのさんまカレー〉や
〈くじらの大和煮缶詰〉、〈ISHINOMAKI IPPINサバトマト煮〉など、
美味しいものがたくさん! 店舗の詳細は公式サイトにて。

いしのまきのさんまカレー、くじらの大和煮缶詰(高校生デザインラベル)

嬉野茶時(うれしのちゃどき)は 「食す」「飲む」「観る」 の三位一体が新しい! 極上のティータイムを体験

嬉野茶を飲んで、食べて、観て楽しむ

「嬉野茶」「肥前吉田焼」そして「温泉(宿)」。
佐賀県嬉野市はこの3つの伝統文化が息づく唯一無二の舞台です。

〈嬉野茶時 うれしのちゃどき〉は、この伝統を重んじ、
時代に合わせて新しい切り口で、「食す」「飲む」「観る」という空間を生み出し、
嬉野に住む7人の茶農家が、究極のもてなしをするプロジェクトです。
さらに、プロジェクト関係者全員が嬉野に暮らしているということで、
“メイドイン嬉野”、“嬉野から発信をしていく”という意気込みを感じます。

普段は佐賀県嬉野の和多屋別荘、旅館⼤村屋でのみ提供されている
嬉野茶時のティーセレモニーを、東京で体験できるとあって、
インターコンチネンタル東京を訪れました。

釜炒り茶発祥の地と呼ばれる嬉野。
霧深い山々に囲まれた盆地で、
澄んだ空気と清らかな水に恵まれたこの地だからこそできる、
甘みとうまみが凝縮された一杯は、
「こんなにも普段飲んでいるお茶と味が違うのか」と驚きの体験でした。

このお茶を淹れて、サーブしてくれたのは、
嬉野で茶葉の栽培をする副島園の副島仁さんほか、若手の茶農家・茶師の7名。
今回のティーセレモニーは、この7名が代わる代わる、
客前でお茶を淹れていくスタイルです。

茶葉を計る、茶釜で湯を沸かす、湯冷ましに湯を入れる、茶器を温める、と
普段の茶の淹れ方とは明らかに違う、むしろ省略してしまっていたような動作ですが、
そのすべての所作が茶の味を決めるのだと知りました。

茶葉を急須に入れ、適度に冷ました湯を注ぎ、若干の蒸らし時間を経て、器へ。
最後の一滴が最上のうまみと言わんばかりに、落ちきるまで急須をやさしく振り、
やっと一杯がサーブされます。

この所作を繰り返し、ひとりひとりに丁寧に淹れてくれるので、
“あなたのために淹れたお茶です”というメッセージを感じられ、
受け取った側も皆、お茶の味を噛みしめるようにいただいていたのが印象的でした。

茶殻も強い香りを放っていました。一人前でこれだけの茶葉を使うのだそう。

副島園の副島仁さん。

燕三条のものづくりをリードする
〈玉川堂〉。1枚の銅板から
どうやって“急須”をつくる?

革新を繰り返すことで伝統を守る!

金属加工が有名な燕三条エリアは、
最近では、地域産業活性化のモデルケースのように語られることも多い。
なかでも2013年から行われている〈燕三条 工場の祭典〉は、
多くの工場が開放される催しで、たくさんの訪問客を全国から集めている。
創業202年。鎚起銅器の老舗として、
さまざまな取り組みをリードしているといえるのが〈玉川堂(ぎょくせんどう)〉だ。
過去にそのイベントにも参加したことがある
〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの菅原晃さんとともに、
〈玉川堂〉を訪ねた。

〈玉川堂〉7代目の玉川基行さん(左)と、〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの菅原晃さん(右)。

〈玉川堂〉は創業202年。7代目にあたる現当主、玉川基行さんは、
大学卒業後、すぐに〈玉川堂〉に入社した。

「私が入社した頃は、バブル崩壊後で、経営はかなり厳しい状況でした。
だから先代である父親からも、『すぐに営業をしてほしい』と頼まれました」

本来は一定期間、社会で揉まれてから家業を継ぐつもりだったが、
そんなことを言っていられない切羽詰まった状況だったようだ。

当時、玉川さんが課題だと感じていたのが、
エンドユーザーであるお客様の声が聞こえてこないこと。
その理由は、中間業者が何社も入っていることだ。
さらに当時は新潟県内の贈答需要がほとんどで、
“自分で好んで買う”ものには至っていなかった。

「かつては、正直に言って、職人のひとりよがりで製作していた部分もありました。
お客様の声が聞こえてこないと、何をつくっていいかのわからないのです。
そこで百貨店に飛び込みで営業し、催事などをなんとか取りつけていきました」

銅板を打ち出し、丁寧に磨かれた〈玉川堂〉の看板。

そうすることで、お客様と直接的に触れ合うことができるようになる。
“中間業者を経由しない”。
言葉にすると簡単なことだが、地域で長く事業を行っていればいるほど、
それを実現するのは難しくなるだろう。
幸いなことに、当時の玉川さんは“社会を知らなかった”。

「よく考えれば、商売道徳上、そう簡単なことではありません。
しかし当時の私は、若さゆえ何も知らない。だからこそ実現できたこと。
父だったら、絶対にできませんよね」

玉川さんはこうして危機を乗り越えていった。
7代続くなかには、各代で倒産の危機があったようだ。
しかしそのたびに、新しいことに挑戦してきた歴史があるという。

「200年以上も継続してこられたのは、
“伝承”ではなく、“伝統”の気持ちがあったからです」

ここで、玉川さんの考える「伝承」と「伝統」の違いを説明する。
「伝承」とは先代と同じように受け継ぐこと、引き継ぐこと。
一方、「伝統」とは、革新の連続のこと。
新しいことに挑戦してこそ、伝統は続いていくという。

この革新の部分を担っているのが、終業以降の工場の開放であるという。
仕事は17:30に終わり、それ以降は職人が工場を自由に使用していい。
ここで行われるのは、練習、修業、商品開発。
自分のやりたいことに没頭できる時間だ。
仕事中はあくまで職人であるが、この時間は作家の感性が目覚める。

銅を叩くことが〈玉川堂〉のアイデンティティ。

雪に覆われても雰囲気のいい〈玉川堂〉本店。