いま瀬羽町が盛り上がりつつある?
富山県滑川市のカフェが火をつけた
小さなまちのにぎわい

富山湾に面したまち滑川(なめりかわ)。江戸時代には宿場町としてにぎわい、
戦後まで活気があったものの、現在はさびれ、空き家も多い。

その滑川、特に「滑川銀座」と呼ばれた瀬羽町(せわまち)に、いま変化の兆しがある。
県内外から若者を中心とした旅行者が、あとを絶たずに押し寄せ始めているのだ。
聞けば沖縄から北海道まで、わざわざこの土地をめがけて
足を運ぶ人も少なくないという。
今回はその富山県滑川市にある瀬羽町のにぎわいを紹介したい。

平日の瀬羽町。週末や休日になると若者が通りに目立ち始める。

平日の瀬羽町。週末や休日になると若者が通りに目立ち始める。

まちに人の流れをつくった1軒のカフェ

かつての滑川宿の一帯は漁港としての機能も果たし、
その活気は明治、大正を経て昭和の戦後まで続いた。
土地の年長者に聞くと、特に瀬羽町は、
各種の商店から映画館、中央卸売市場、役場まで存在し、
「まちにないものは火葬場だけ」というほどだったという。

しかし高度成長期に入ると、ほかの地方都市と同じく郊外化が進み、
人口の流出が続いた。

「瀬羽町がいま盛り上がっている」と言うのにはまだ時期尚早かもしれない。
確かにさびれた街道に似つかわしくない、流行に敏感そうな若者の姿を、
曜日や時間帯を限って言えば多く見かける現状がある。

しかしまだ瀬羽町、あるいは滑川自体に魅力を感じて訪れるのではなく、
ある「点」を目がけて全国から人が集まっている状態とも言える。
その意味では「瀬羽町がいま盛り上がりを見せつつある」状態なのだが、
その「点」に訪れた人が、周囲のレトロで歴史ある雰囲気を気に入り、
ほかの有形文化財や店を歩いてまわるという好循環が生まれつつある。
その輝かしい「点」となる存在が、〈hammock cafe Amaca〉だ。

店名からもわかるように、ハンモックが店内にぶら下がるユニークなカフェで、
石川県の七尾に生まれたオーナーが、
滑川に移住して2017年に誕生させた。

ハンモックに揺られながらリラックスできる〈hammock cafe Amaca〉。

ハンモックに揺られながらリラックスできる〈hammock cafe Amaca〉。

聞けばユニークな経歴の持ち主で、石川県内の企業の実業団で
テニス選手として社会人生活をスタートしている。
退社後は東京、金沢に居住した経験もあり、東京では芸能関係の仕事を務め、
金沢では知人の出張美容サービスを手伝った。

一見すると飲食業には無縁のように思えるが、
東京在住時には徹底して趣味のカフェ巡りを行い、
肉フェスなどのイベント出店、秋葉原でのバーテンダー業務、
神奈川の江の島にある海の家での勤務など、異色の経歴を持つ。 

「下積みや修業の経験はないのですが、あえて言えば
その頃の飲食経験が僕の修業時代だったのだと思います」とオーナーは語る。

「江の島は都心から1時間30分ほどかかる立地にあります。
わざわざ江の島を目がけて遊びに来るお客さんが中心で、
そういった方をおもてなしする楽しさとやりがいを、海の家の仕事で知りました。
この店を出すにあたっても、そのときの経験が生きていて、
ふらっと来店できる場所でなく、わざわざこの店を目がけて
来ていただくような場所に出店したいと思っていました」

瀬羽町を散歩しているときに、故郷と似た旧北陸街道の雰囲気が気に入った。
さらには、あえて繁華街から離れて出店し、自分たちを目がけて
足を運んでくれるような客をもてなしたいという思いも実現できる立地から、
瀬羽町に出店を決めたという。

その新店が、強烈な輝きを放った。
集客はほとんど行わず、告知もオープン前日にSNSで発信しただけだというが、
評判が評判を呼び、全国から人が集まって、
いまでは週末になると行列が当たり前の人気店になった。

筆者が取材で訪れた日も、「売り切れ」の看板が下がっていた。
目玉商品のひとつはパフェだ。

「季節を食べる」をコンセプトに、旬の食材がふんだんに盛り込まれた
「インスタ映え」するパフェをハンモックに揺られながら食べるという体験が、
若者の五感を大いに喜ばせた。
若者だけでなくいまでは30代、40代、さらには80代の「女子」まで
「冥土の土産になった」と喜んでくれるという。

左からイチゴ、ブルーベリー、チョコレートオランジュ。(写真提供:Amaca)

左からイチゴ、ブルーベリー、チョコレートオランジュ。(写真提供:Amaca)

この集客力が、周辺の瀬羽町に好循環を生み出しつつあるのだ。
とはいえ、まちづくりへの貢献について聞くと
「僕はもともとよそ者ですから、まちをつくってきたわけでもありません」
と、言葉を選びながら言明を避ける。

「ですが、若い人たちがうちの店をきっかけに瀬羽町に来てくれて、
いいまちだと思ってくれたとすれば、自分が店をやっている意義はあります。
田舎はかっこいいです。このまちは歴史がありますし、歴史はお金では買えません。
その良さをわかってもらえるきっかけになれればと思っています」

事実、東京や大阪など都会から来た若者が、
瀬羽町を訪れて喜んでいるという。
「楽しいごはん」を提供したいと語る「おもてなし力」も手伝って、
着実に滑川の魅力はいままでにないかたちで発信され始めている。
まさにhammock cafe Amacaが、海浜の港町に建つ灯台のように、
瀬羽町から全国に確かな光を放ち続けているのだ。

青森県のアートプロジェクト 〈なんごう小さな芸術祭〉が 10月20日からスタート。

青森県八戸市南郷地域を舞台とした、
アートプロジェクト〈なんごう小さな芸術祭〉が、10月20日に始動。
展示や公演、ワークショップ、ツアーなど、さまざまなアートプログラムを通じて、
地域の魅力を再発見する、秋の小さな芸術祭です。

八戸市南郷地域とは?

八戸市南郷地域の田んぼ

里山の自然が残る南郷地域。
かつて「南郷村」だったそのエリアは、2005年に八戸市と合併しました。
八戸市の南側にあり、市のおよそ3分の1を占める広さがあります。
海に面しているため漁業が盛んな八戸市ですが、
それとは対照的に、丘陵地帯にある南郷では、農業が主要産業です。

「ジャズとそばの郷」とも呼ばれ、
来年30周年を迎える〈南郷サマージャズフェスティバル〉や、
そばの名産地として知られています。

東日本大震災の年にスタートしたプロジェクト。

地面に落ちたどんぐり

南郷アートプロジェクトは、2011年にスタート。
ちょうど、東日本大震災があった年の秋に行われました。

八戸市役所のまちづくり文化推進室の大澤苑美さんは、
立ち上げに携わった一人です。

「南郷の地域資源でアートプロジェクトを立ち上げる、ということが
前年度のうちに決まっていたとはいえ、被災した地域を目の当たりにして、
新たなプロジェクトをスタートすることに、
まったく躊躇がなかったわけではありません」

自粛ムードの漂う世相のなか、プロジェクトの実行に
踏み切ったのには、こんな思いがありました。

「1990年から始まった〈南郷サマージャズフェスティバル〉は、
旧南郷村が主体となり運営してきたイベントです。
そこには、『何もないけど、音出して元気にすっぺ』という
南郷の人々のマインドがありました」

山側に位置する南郷では、震災による津波の被害は及ばなかった場所。
そこで、一刻でも早く“創造的な復興”を目指そうと考えたといいます。

「何もないけど、アートで元気にすっぺ」と。

こうしてスタートした南郷アートプロジェクトも、
今年で8年目を迎えます。

“摘み草料理”で地域おこし!
もち食文化のまち・岩手県一関の
〈京津畑 やまあい工房〉

一ノ関駅から北東に車を走らせること約1時間。
「京津畑(きょうつはた)」という、どことなく響きの美しい地名の場所が。
聞けばこの場所、源平合戦で敗れた京出身の平家落人が、
逃げのびて住みつき、開墾したことから、このような地名になったという俗説が。

この京津畑、一関の中でも特に山深いといわれる場所にもかかわらず、
近年じわじわとその名を広げつつある。

京津畑の風景。

その認知拡大の一因となっているのが、
毎年11月に開催されるフードイベント〈食の文化祭〉。
京津畑の全住人による手づくり料理やおやつを、
レシピや、語り継がれた伝統と一緒に展示し、
最終的には訪れた人に無料(!)でふるまうという、太っ腹すぎるイベントなのだ。

開催日には、120~130人といわれる集落人口の7~8倍にもなる京津畑ファンが
県内外から訪れ、展示された250種もの郷土食の作品が
祭り最後の大試食会には、あっという間になくなってしまうのだとか。

また、郷土食の発信や、一関に住む高齢者、出歩くのが難しいエリアに住む人へ
食の支援を行う〈農事組合法人 京津畑 やまあい工房〉も、
この地の名を知らしめる大きな要因となっている。

小学校の廃校を利用した〈京津畑交流館 山がっこ〉。ここに拠点を置くやまあい工房は、食にまつわる業務を担当。施設は宿舎としても活用されている。

小学校の廃校を利用した〈京津畑交流館 山がっこ〉。ここに拠点を置くやまあい工房は、食にまつわる業務を担当。施設は宿舎としても活用されている。

やまあい工房は、食の文化祭をきっかけに、集落の女性によってスタート。
平成14年の設立以来、地元産の食材を使用したお弁当や惣菜の配達、
移動販売、道の駅への卸しなどを行っている。

そのパワフルな活動は年々厚く支持され、
〈全国ご当地もちサミットin一関〉に出品した「やまあいのお雑煮」はグランプリを獲得、
農林水産省の〈食と地域の『絆』づくり〉(全国19都道県24団体)でも
岩手で唯一選定されるほど。
近年は一関市主催のプロジェクトにも関わっており、
首都圏に住む、食に関心の高い人々を工房に招いたりしているそうだ。

話をうかがったのは、やまあい工房事務局の伊東幸子さん。

話をうかがったのは、やまあい工房事務局の伊東幸子さん。

「ここには腕自慢のお母さんたちがいっぱいいるんです。
この地域ならではの郷土食で、地域おこしできればなあって。
最初は地元食材を使った漬け物の販売から始めたんです」(伊東さん)

保存料、着色料、化学調味料を使わず、放射線検査を受けた安全な食材のみを用いてつくられる加工品。素朴な味わいが人気を得て、夏と冬に販売するギフトパックも好評なのだとか。

保存料、着色料、化学調味料を使わず、放射線検査を受けた安全な食材のみを用いてつくられる加工品。素朴な味わいが人気を得て、夏と冬に販売するギフトパックも好評なのだとか。

ここで、お母さんたちのつくる料理の一例をご紹介。

煮魚、焼魚、鱈のフライ、ヒジキ煮、ポテトサラダ、フキの佃煮、
ウドのきんぴら、ハコベの卵焼き、キクイモの葉の天ぷら、
イタドリとミズの実の酢の物、スベリヒユとキュウリの辛子和え、
京津畑の“むかしおやつ”のがんづき、げんべた――

なんだか、耳慣れない食材や料理もちらほら。
京津畑で採れる山菜や野草を多用しているのも、やまあい工房のメニューの特徴。
これには、江戸時代に生きた一関生まれの医者、建部清庵(たてべせいあん)に関係が。

建部清庵ってどんな人物?

たびたびの冷害に見舞われた江戸期の東北地方。
飢饉による死者や、食べるものがなく野草を口にして中毒をおこす人を減らすため、
植物の育成と知識を広めるための『民間備荒録』を発行した人物だ。
工房では、この清庵の書籍にある野草を取り入れたメニューを積極的に提供している。

スベリヒユとキュウリの辛子和え。酸味のあるスベリヒユを入れることによって、酢の物のような味わいに。

スベリヒユとキュウリの辛子和え。酸味のあるスベリヒユを入れることによって、酢の物のような味わいに。

「私たちのつくる料理自体は単純なものなんですけど、
野草の薬効なんかがおもしろいんですよね。
一関出身の清庵が江戸期にそんなことをやっていたとあれば、なおさらやらなきゃって。
一関だからこそできる地域おこしだと思っています」(伊東さん)

オメガ3脂肪酸が多く含まれるスベリヒユ。トルコ、ギリシャなどでもよく食べられる野草なのだとか。

オメガ3脂肪酸が多く含まれるスベリヒユ。トルコ、ギリシャなどでもよく食べられる野草なのだとか。

ふっこう周遊割で被災地に行こう! 呉に来てクレ~!

2018年(平成30年)6月28日から7月8日頃にかけて、
西日本では集中豪雨が続き、大きな被害を受けました。
被害は甚大でしたが、あまり被害の影響を受けていない地域でも風評被害により、
多数の宿泊キャンセルや観光客の減少で、経済的にも大きなダメージを受けています。

土石流が美しい田畑や家を飲み込んだ呉市安浦町

土石流が美しい田畑や家を飲み込んだ呉市安浦町。まだ災害の爪痕は深い。

こうした状況の回復と被災地への復興を支援するため、
政府により「11府県ふっこう周遊割」という宿泊割引制度がスタートしました。

被害が大きかった岡山県、広島県、愛媛県は、1人1泊あたり6,000円が割引。
その他8府県は、1人1泊あたり4,000円が割引なります。

筆者の住む広島県呉市も、天応町、吉浦町、安浦町、音戸町など、
あちこちでひどい土砂災害や浸水被害にあいました。
しかし、呉市内の商業や観光の中心部には大きな被害はなく、
飲食店や観光施設は通常営業をしているにもかかわらず、
利用客や観光客が大幅に減少しています。

自衛隊の基地、造船所、B級グルメや屋台、海と山のある景色は、
アニメ映画「この世界の片隅に」の舞台や「孤狼の血」などのロケ地になるなど、
注目を集めています。

しかし、「大きな宴会がキャンセルになった」「まちを歩く人が少なくなった」
「店を開けてもほとんど人が来ない」
まちの人は寂しい言葉を口にしています。

そんな声が少なくなるよう、
本日は呉市の観光やボランティアの拠点としてオススメの「大和温泉物語」を紹介します。

大和温泉物語の入り口には、呉市のゆるきゃら「呉氏」くんと一緒に撮影できる顔はめパネルを設置。

大和温泉物語の入り口には、呉市のゆるきゃら「呉氏」くんと一緒に撮影できる顔はめパネルを設置。

JR呉駅の近くにある「大和温泉物語」は、20種以上の豊富なお風呂やサウナや岩盤浴、
休憩所や家族風呂などを備えています。
呉駅からのアクセスも良く、人気の観光施設「大和ミュージアム」への移動も徒歩5分。

明るくて清潔なお風呂。温泉水を使った主浴槽、エステバス、電気風呂、水風呂などが楽しめます。

明るくて清潔なお風呂。温泉水を使った主浴槽、エステバス、電気風呂、水風呂などが楽しめます。

お風呂上がりは、テレビがついた電動リクライニングシートのある広々としたレストルームで寛いで。

お風呂上がりは、テレビがついた電動リクライニングシートのある広々としたレストルームで寛いで。

観光の合間にお風呂でリラックスしたり、レストルームで体を休めることもできます。
特に、屋上にある露天風呂からは、目の前に広がる海と造船所、
沖合に浮かぶ大型タンカーや船など、呉らしい独特の風景を楽しむことができ、
本当におすすめなんですよ! 
心も体も解放して、呉を満喫することができます。

また、ジャグジーやチタン風呂、炭酸泉など、5つの家族風呂では、宿泊することも可能です。

休憩や宿泊もできる家族風呂スペースは5つ(要追加料金)。家族や友達と気兼ねなく過ごすことができます。

休憩や宿泊もできる家族風呂スペースは5つ(要追加料金)。家族や友達と気兼ねなく過ごすことができます。

〈こもガク×大日本市菰野博覧会〉 三重県菰野町と中川政七商店がおくる “工芸、温泉、こもの旅”

2018年10月12日(金)〜14日(日)、三重県三重郡菰野町(こものちょう)にて
〈こもガク×大日本市菰野博覧会〉が開催されます。

これは菰野町のイベント〈こもガク〉と
「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに掲げ、
工芸業界初のSPA業態を確立する〈中川政七商店〉主催の
〈大日本市博覧会〉の協業により開催される、初めての試み。

名古屋から1時間でいける工芸と温泉のまち、菰野町のあちこちで
工場見学や温泉、里山を体験できます。

工芸に欠かせない道具たち

三重県三重郡菰野町の風景

トークイベント〈工芸産地の未来〉に登壇する〈山口陶器〉の山口典宏さん。

トークイベント〈工芸産地の未来〉に登壇する〈山口陶器〉の山口典宏さん。

菰野町は人口4万人の小さなまち。そこには、300年の歴史をもつ〈萬古焼〉や
今年開湯1300年を迎える〈湯の山温泉〉、名山「御在所岳」など、さまざまな魅力があります。

ところが近年は、
「温泉しかないまち」「出ていった若者が戻らないまち」
といったイメージが先行し、まち本来の魅力が知られる機会が限られていたのだそう。

そこで本イベントでは、まちのみなさんが一致団結して
地元工芸の工場見学やワークショップなどを開催。
温泉街で1泊し、里山体験やまちの人との触れあいなど、
寝ても覚めても菰野町の魅力を体験できる3日間を提供します。

工房/ギャラリー〈而今禾(Jikonka)〉

工房/ギャラリー〈而今禾(Jikonka)〉

〈山口陶器〉

〈山口陶器〉

「中川政七商店」の期間限定ストア〈大日本市菰野博覧会〉

三重県初進出となる「中川政七商店」の期間限定ストア〈大日本市菰野博覧会〉。全国の工芸産地と一緒につくったアイテムや、東海より選りすぐりのメーカーを集めた出店エリアも。

体験の数は、およそ95。
工場が10社、ショップが7店、トークイベントが2件、里山体験2カ所、
「こもガク塾」と呼ばれるワークショップが60件、温泉街が14カ所と、
かなりの充実ぶり。次のページでは、おすすめのイベントをご紹介します。

富山〈think. DIY CAFE〉
セルフリノベーションで
開業したい人をサポートするカフェ

「DIY」という言葉が社会に浸透してきたいま、
家や店舗のセルフリノベーションに憧れている人も少なくないはずだ。
しかし、本棚やテーブルづくりなどとは違い、
家や部屋そのもののセルフリノベーションとなると、ハードルが途端に高くなる。
チャレンジしてみたものの、素人では手に負えない問題に直面して、
途方に暮れてしまうオーナーの事例も耳にする。

そのような理想と現実のはざまで立ち往生している施主を救い、
道筋をつけてあげる「駆け込み寺」のような場所が、富山市の中心部にある。
〈think. DIY CAFE〉だ。

富山市旭町、花水木通りに面したthink. DIY cafe。

富山市旭町、花水木通りに面したthink. DIY CAFE。

富山県にはここ数年、小規模ながら個性豊かな
セルフリノベーションのショップが誕生し続けている。
その裏側にはthink. DIY CAFEが関係しているといった事例が少なくない。
そこで今回はthink. DIY CAFEのオーナーにして建築士の金木由美子さんに、
金木さん流の店舗づくり、ひいてはまちのにぎわいづくりについて聞いた。

セルフリノベーションを考える人の「ショールーム」

think. DIY CAFEは、名前からもわかるように、
まずカフェとして近隣の人たちに親しまれている。
1階の店舗には限られたスペースながらテーブル席が2セット、
畳敷きの6畳間に座卓が3セット、広縁にはローテーブルとソファが置かれている。

築50年以上の一戸建てをリノベーションした事務所兼店舗。

築50年以上の一戸建てをリノベーションした事務所兼店舗。

メニューも各種ドリンクからケーキ、夏季限定でアイスクリームと
飲食店としての機能を立派に果たしているが、
その一方で築50年の一軒家をリノベーションした店舗そのものが、
古民家や昭和レトロな古い家をセルフリノベーションして店舗を開きたい人に向けた
「ショールーム」にもなっている。

実際に店舗づくりの相談を兼ねて来店する新規開業予定者も少なくないそうで、
その出会いがかたちとなり、この数年、富山に個性的なショップがいくつも誕生した。

think. DIY CAFEのオープンは2014年。
金木さんはもともとハウスメーカーの設計社員として新築住宅づくりに携わっていた。
しかし、子どもの大病を機にフルタイムで働く会社勤めに限界を感じ、
比較的自分で時間の都合をつけられる仕事として、
設計事務所の立ち上げを考えたという。

ただ、最初から現在のようなスタイルを計画していたわけではなく、
始まりは現在の物件との出会いがすべてだったと語る。

「事務所に使う物件を探すために不動産屋さんに行くと、
ちょうどこの物件が空いたところでした。
もともとは一戸建て賃貸の物件で、いろいろな人が普通に住んでいた場所ですが、
何気なく“ここだったらカフェができる”と口にすると、
案内をしてくれた不動産のスタッフさんもおもしろがってくれて、
カフェ経営が可能か大家さんに聞いてみるとおっしゃってくれました。

本当に思いつきで口にしただけで、実際は何も考えていなかったのですが、
勢い余ってお金の工面に走り始めた感じです(笑)」

オーナーにして建築士の金木由美子さん。

オーナーにして建築士の金木由美子さん。

「そこで商工会に足を運び、古い家をローコストでリノベーションして、
まちなかで小さく商売をする人が増えたら富山もおもしろくなるのでは
という思いを伝えました。
すると商工会の課長さんがおもしろがってくれて、
国の創業者補助金の話を教えてくれました。

商工会に相談に行った時期が2014年の6月の第1週、補助金の締め切りが6月末。
6月30日に書類を提出し、7月1日に会社には辞表を出して、結果を待ちました。
あとには引けない状況でしたが、ありがたく採択され、
国から200万円の補助金を受けてスタートしたんです」

最初は事務所を借りる予定で訪れたレトロな古い家に魅力を感じ、
「勢い余って」事務所でカフェを開業するかたちになった。
しかし、この経験自体が、古民家や古い家をセルフリノベーションして
ローコストで小さく商売を始めたいと考える開業予定者たちの道しるべになり、
後のthink. DIY CAFE流の店舗設計業務につながっていく。

補助金について聞きたい、空き家を改修して商売を始めるコストについて聞きたいなど
相談内容はバラバラだというが、相談者が増え、結果として
古い建物をリノベーションした店舗設計の仕事が舞い込み始めた。
相談者にとってはthink. DIY CAFEそのものが、手に取り触れて歩き回れる、
何よりも雄弁な実物見本になってくれたのだ。

岡山市の人気ゲストハウス〈KAMP〉 で体感! 非日常のイベント 〈ギブミーベジタブル〉

岡山駅西口から徒歩5分、奉還町商店街の裏路地にあるゲストハウス〈KAMP〉。
実は「泊まらなくても行きたくなる、非日常が楽しめる場所」でもあるのです!

〈KAMP〉の母体は、岡山でキャンプフェス
〈牛窓ナチュラルキャンプ〉を開催する〈WHJAPAN〉。

牛窓ナチュラルキャンプの様子

2018年の〈牛窓ナチュラルキャンプ〉は大芦高原で開催予定。

「ひととひとが繋がれて楽しい時間」を、年に一度のフェスだけでなく、
もっとたくさんつくりたいという想いから〈KAMP〉が生まれました。
責任者の北島琢也さん曰く、「まずはみんなが集える『場』をつくり、
その延長線上に宿泊施設がくっついたイメージ」とのこと。

百聞は一見にしかず。「場」としてのゲストハウスの魅力を探りに
〈ギブミーベジタブル〉というイベントへ行ってみることに。

7月22日(日)に開催されたイベント〈ギブミーベジタブル〉

7月22日(日)に開催。野菜以外にも肉や豆腐、米や花も集まった。

〈ギブミーベジタブル〉とは「入場料も、アーティストへの出演料も野菜!」の
「食+音楽」の自給自足型イベントです。野菜がお金の代わりになることで、
お金の役割とモノの価値について考えられるイベントとなっています。
その場で入場者が持ち寄った食材を使い、
地元シェフたちが即興料理をふるまうのです!

〈カフェuchikawa六角堂〉
オープン後のまちとの関わり。
地方でカフェを続けるコツとは?

マチザイノオトvol.3

こんにちは、グリーンノートレーベル株式会社の明石です。
前回に引き続き、〈カフェuchikawa六角堂〉の取り組みについてお話しします。

ついにオープン。体にやさしいサンドイッチ専門カフェ

2013年1月22日、雪が舞う富山の灰色の空の下、
射水市の漁師町の片隅に小さなカフェがオープンしました。

計画から完成するまでの段階では
「オープンするまでが大変だなぁ」と思っていたのに、
実際にオープンしてみると、ここからの道のりのほうが
100倍も大変だということがわかりました。

まず、工事が終わってから本格的に店の準備をする段階で、
見えていなかった山ほどの課題がありました。
僕はカフェを経営したことがないので、カフェの店長を経験したことがある人を
店長として雇い、彼と一緒に準備を進めました。

夜遅く遅くまで開店準備をしている初期メンバー。

夜遅く遅くまで開店準備をしている初期メンバー。

工事を進めている一方で、カフェに関する本を読みあさったり、
東京のカフェ巡りをしたりして、素人発想ながら店づくりを構想しました。

店のメニューのコンセプトは僕の担当です。
以前から富山県においしいサンドイッチを出してくれる店が少ないと思っていたので、
サンドイッチ専門店のカフェにしようと決めていました。

体にやさしい10種類のサンドイッチを考えました。

体にやさしい10種類のサンドイッチを考えました。

アトピー体質の僕は、化学調味料や保存料などの
添加物、化学肥料を使った野菜などが苦手です。
なので、外食を心から楽しむことができません。
きっと同じような思いをしている人が少なくないはずだと思い、
有機栽培や天然由来の食材にこだわったメニュー構成にしました。

コーヒーや紅茶、ジュースやアルコールに至るすべてのメニューに
その考え方を取り入れましたが、予想以上に仕入れ原価が高くなり、
すべてのメニューが都会価格になってしまいました。
それでも、メニューブックに材料やこだわりを書き綴れば、
お客さんに納得してもらえると思い、価格はそのままにしました。

すべてのメニューに原材料を表示しています。

すべてのメニューに原材料を表示しています。

僕は「考える」のが担当ですが、それを「カタチにする」のは店長です。
毎日、厨房で唸っていた光景を思い出しますが、
さぞかし大変な作業だったのではないかと思います。

コーヒーについても、ネルドリップと
本格的なマシンで抽出するエスプレッソ系のコーヒーと
2種類を提供することにしました。
豆は富山市内で有機栽豆を自家焙煎しているショップにお願いして、
オリジナルのコーヒーを用意してもらいました。

コーヒーのほか、紅茶やソフトドリンクを含めるとかなりの数のメニューです。
このこだわりが仇となり、まったく準備が追いついていないまま、
オープンの日を迎えました。

連日多くの方に来店していただきましたが、その波も1か月程度で落ち着き、
あとは閑古鳥が鳴いていました。
よく言われることですが、御祝儀相場が終わってからが本番です。
オープンして1か月間の反省をもとに、スタッフと一緒に改善を重ねていきました。

北海道で最大震度7の地震が発生

本日2018年6日3時8分頃、北海道胆振地方中東部を震源地として
マグニチュード6.7、最大震度7の地震が発生。震源に近い厚真町で大規模な土砂崩れが発生し、
行方不明者などの被害がでたほか、北海道全域で停電が発生しています。

災害救助犬3頭と医師、看護師を含むレスキューチームを派遣

認定NPO法人ピースウィンズ・ジャパン

これを受けて、認定NPO法人ピースウィンズ・ジャパンは、
A-PADジャパン/シビックフォースと合同チームを結成し、
災害救助犬3頭と医師、看護師を含むレスキューチーム(隊員ら20名)を、
ヘリコプターで広島県神石高原町と佐賀空港から
広島空港等を経由し北海道現地へ派遣しました。
現地では、土砂災害による行方不明者の情報もあり、
到着次第、捜索活動と医療活動を開始する予定です。

■Tポイントでも募金可能

北海道地震

平成30年9月北海道地震緊急災害支援募金

ただいま〈Yahoo!基金〉では「平成30年9月北海道地震緊急災害支援募金」
としてインターネットから支援を募集しています。
寄付金は被災都道府県もしくは被災市町村への義援金を予定しています。
クレジットカードのほか、Tポイントを使っても寄付が可能です。
詳細はWebサイトから。

information

Yahoo!基金「平成30年9月北海道地震緊急災害支援募金」

寄付金の使いみち:義援金や被災地の復旧活動、被災者の生活再建を目的とした支援活動など、被災地や被災者のために活用

募金ページ:Yahoo!基金

外から来た司令塔が持つ、
地元とつなげる力、溶け込む技とは?
長門湯本温泉再生プロジェクト
チームリーダー紹介

長門湯本観光まちづくりに関わるメンバーが
初めて長門市の外で話をする機会を得た5月。
そして、温泉街のリノベーションが進んでいく夏へ。
〈長門湯本温泉再生プロジェクト〉は、
ウチ(地元)とソト(他県)から新たなメンバーと専門家を加え、
新たな展開を迎えました。

「順番が逆だ、時間がなさすぎる!」

早稲田大学で2018年5月30日、「早稲田まちづくりセミナー」が行われた。
配布された資料には、『官&民&地域が一気通貫で参画する地域再生
〜山口県長門湯本温泉のライブ感ある社会実験を通して〜』とある。

このイベントは、長門湯本観光まちづくりに関わるメンバーが
初めて長門市の外で話をする機会だったように思う。
公の場で実務者が登壇する、という意味で。

多くの来場者が訪れた早稲田大学西早稲田キャンパスでのイベント。

多くの来場者が訪れた早稲田大学西早稲田キャンパスでのイベント。

会場では、同プロジェクトの推進メンバーである
泉 英明さん(有限会社ハートビートプラン・代表取締役)を中心にして、
建築担当の益尾孝祐さん(株式会社アルセッド建築研究所・主任)、
照明担当の長町志穂さん(LEM空間工房・代表取締役)、
交通事業担当の片岸将広さん
(株式会社日本海コンサルタント・担当グループ長)が
来場者を前に座っていた。
司会の川原 晋さん(首都大学東京 都市環境学部観光科学科教授)も、
「観光まちづくり」という観点から本プロジェクトに関わっている。

泉さんは長門市の公募型プロポーザルを経て、
2017年4月に推進チームのリーダー(司令塔)に選出された。
「水辺のまちづくりの達人」として知られ、
水都大阪事業や、大阪の川床(かわゆか)で話題の〈北浜テラス〉、
着地型観光事業〈OSAKA旅めがね〉をはじめ、
大阪を拠点に西日本エリアの地域活性に数多く取り組んでいる。

来場者は大学関係者、まちづくり事業者、学生をはじめ、
100名ほど。星野リゾートが関わる地域再生ということで、
遠方から視察に訪れた行政職員の姿も見られた。
多くの人の関心は、「なぜ山口県の長門湯本温泉で官民による
大規模プロジェクトが行われているのか」ということだった。

社会実験の検証結果なども図表などを使い報告された。

社会実験の検証結果なども図表などを使い報告された。

〈KOBE MEME〉 集まれクリエイター! 神戸の下町に新しい事業を つくるワークショップを開催

2018年9月~2019年3月、兵庫県神戸市長田区と兵庫区にて、
グラフィックデザイナーやUI/UXデザイナー、編集者、ライター、
プログラマーなどのクリエイターを対象としたワークショップが開催されます。

近年の長田区南部と兵庫区南部では、
大阪や三宮といった都市部からのアクセスが良いことから、
若手のクリエイターや起業家の移住が増えているのだそう。

長田区南部と兵庫区南部の風景

長田区南部と兵庫区南部の風景

〈KOBE MEME(こうべみーむ)〉は、公募で選ばれたクリエイターと
地域の大学生、住民が協働しながら、
まちの問題を解決していくための事業を立ち上げ、
持続的なコミュニティを育んでいくプロジェクト。

ワークショップでは、NPO法人DANCE BOXと新長田アートコモンズ実行委員会が
主催する〈下町芸術大学〉で開催される講座を受講しながら、
活動エリアごとに分かれたグループで事業プランを構想していきます。

各グループが考えた事業プランは、翌年度以降、担当グループとメンター、
ディレクターとともに事業化を目指すのだそう。
自分たちでつくったプランが本当に実現できるかもしれません。
これはワクワクさせられますね!

瀬戸内文化に息づく 魅力を伝える空間 〈ENGAWA〉オープン!

広島市南区出島に、瀬戸内や江田島の魅力を伝えるスペース〈ENGAWA〉が
2018年9月8日(月)オープンします。
MADE IN 瀬戸内の作品、お茶、アート展などを通じて、情報発信を行うスペースです。

ENGAWAの内観

ENGAWA

ENGAWA内にオープンする瀬戸内茶房〈おちや〉

瀬戸内茶房〈おちや〉コーナーでお茶を入れる様子

瀬戸内茶房〈おちや〉

〈ENGAWA〉には、瀬戸内茶葉が楽しめる日本茶店〈おちや〉がオープン。
瀬戸内の和かな気候に育まれた茶葉を使った日本茶を楽しむことができます。

扱っている日本茶は、瀬戸内の無農薬、在来種を中心とした茶葉。
農薬や化学肥料を一切使わない上質な茶葉を製造し、
海外でワークショップも開催している〈Tea Factory Gen〉
代表の高橋玄機氏が監修するお店です。
和菓子は広島の和菓子店〈旬月神楽〉と連携しています。

食品から民芸品まで、風土に根付いた商品がそろう〈E-select shop〉

〈E-select shop〉

そしてもう一つのお店は、MADE IN 瀬戸内! 
食品から民芸品まで、風土に根付いた商品がそろう〈E-select shop〉。
瀬戸内の島々の温暖な風土で育まれた、生活用品・食品・民芸品
が揃うセレクトショップです。

なんと店内のショップは、西日本初、クレジットと
電子マネー決済のみ。現金使用できないのだそう!

倒産ドキュメンタリー! 書籍『こうして店は潰れた 地域土着スーパー「やまと」の教訓』

2017年12月、山梨県に衝撃が走りました。
山梨県の峡北地域を中心に展開するローカルスーパー〈やまと〉が
突然閉店に追い込まれ、破産申請したというのです。
この出来事について、三代目で元社長の小林久氏による
書籍『こうして店は潰れた 地域土着スーパー「やまと」の教訓』が出版されました。

書籍『こうして店は潰れた 地域土着スーパー「やまと」の教訓』書影

スーパーやまとは、1912年、山梨県韮崎市に鮮魚店として創業。
後にスーパーマーケットに業態転換し、
最盛期には16店舗、64億4,300万円を売り上げました。

105年の歴史に幕を閉じたのは突然のこと。
2017年12月6日早朝、倒産劇は1本の電話から始まりました。

「やまとが今日倒産するという話が出ている! 本当なのか?」

「社長、今日納品予定の商品が入ってきません!」

「社長、魚屋からも納品がありません!」

「米問屋が売場から商品を引き揚げています!」

業界でも先んじて移動販売車を走らせ、“買物難民”を救い、
レジ袋の有料化を推進し、生ゴミの堆肥化に取り組み、ホームレスを雇用し、
地元の要請に応えてシャッター通りとなった中心商店街へあえて出店するなど、
数々の斬新な取り組みで地域に貢献し、地元から愛された「スーパーやまと」。

その商売のあり方は、“地域密着”どころか、“地域土着”。
なぜ倒産に追い込まれたのでしょうか……?

勝手に作る商店街サンド:
環境にやさしい次世代スクーターでまわりながら作る!
沖縄県石垣島編

商店街サンドとは

〈商店街サンド〉とは、
ひとつの商店街(地域)で売られているパンと具材を使い、
その土地でしか食べられないサンドイッチを作ってみる企画。
必ずといっていいほどおいしいものができ、
ついでにまちの様子や地域の食を知ることができる、一石二鳥の企画なのだ。

移住に大人気の石垣島で作る!

今回やってきたのは沖縄県石垣市。
沖縄県内では本島、西表島に次いで3番目に広く、人口は約5万人。
お店や居住者が集中する都市部(南部)と、雄大な自然が多く残る北部に大きく分けられる。

真夏の石垣島にやってきました!

真夏の石垣島にやってきました!

そんな石垣島で、今回はあえて北部で商店街サンド作りに挑戦することにした。

南部はほかの島への拠点となっていたり、観光スポットも充実している。
一方、北部は住む人以外はあまり訪れない、静かで、言ってしまえば
自然しかない石垣島のディープスポットなのである。逆に興味深いじゃないか。

だが、ひとつ問題がある。
ペーパードライバーの私には交通手段がないのだ。
歩いては到底周りきれないし、坂も多くあるから自転車は無理がある。

自然にやさしい次世代スクーターのレンタルでまわる!

そこで今回大変活躍してくれたのがこちら。
電気で動く次世代スクーターである。

石垣島の景色にピッタリな、爽やかな色の電動バイク〈gogoro〉。今回50CC相当のスクーターを使ったが、同じ大きさでふたり乗り用(125CC相当)もある。

石垣島の景色にピッタリな、爽やかな色の電動バイク〈gogoro〉。今回50CC相当のスクーターを使ったが、同じ大きさでふたり乗り用(125CC相当)もある。

私は取材でよくスクーターを借りて乗っているのだけれど、電動式は初めて。
それもそのはず、電動スクーターのレンタルは日本ではまだここ石垣島しかないのだ。
(2018年8月現在)

この環境にやさしい電動スクーターのレンタルがスタートしたと聞いて、
今回の北部を回る企画が実現したわけだ。

島のあちこちに充電ステーションがある。フル充電で約80キロの走行可能で、もし電池が切れそうになったら交換。無料である。

島のあちこちに充電ステーションがある。フル充電で約80キロの走行可能で、もし電池が切れそうになったら交換。無料である。

ステーションの上には太陽光パネルが。これで電気に変えるのか。

ステーションの上には太陽光パネルが。これで電気に変えるのか。

乗り心地もこれまでのスクーターとはだいぶ違う。
電動自転車を乗ったことがある人はわかると思うが、
坂だろうが何だろうがちょっとの力で進んでしまう。

また、普通のバイクが「ブルルルル」という音をたてているとしたら
こちらは「シュイーン」。
ウィンカーの音は、普通は「カッチ、カッチ、カッチ」のところ
こちらは「ポンッポンッポンッ」である。
また、キーではなく、リモートスイッチ(なくさないように首にかける)でロックを外すのだけど
スイッチを入れるたびに「ポロポロピレポロ」と電子音で反応してくれる。
これがめちゃくちゃかわいくて、まるでスターウォーズのR2D2みたいな、
ロボットの相棒ができたかのようだ。

さらに、車のように乗ったままバックして方向転換できるスイッチもついている。
しかも環境にやさしいって、、間違いなくいままで乗ってきたスクーターのなかで一番いい!

メットインは大きめで収納力抜群。

メットインは大きめで収納力抜群。

gogoroに乗ってサンド作りスタート!

今回はこの次世代スクーターのレンタルサービスをしている〈株式会社 e-SHARE石垣〉の代表・高橋良幸さんに付き合ってもらって一緒にサンドを作ることに。

今回の案内人、高橋さん。

今回の案内人、高橋さん。

ディープな北部で、どんな材料が調達できるだろうか?

社食がおいしすぎるあの会社が 開いた〈駅前嵐山食堂〉で、 子ども食堂を開催中。 夏休み特別版も

社員食堂の食事がおいしすぎるということが話題を呼び、
埼玉県の武蔵嵐山町駅前に一般の方向けの飲食店〈駅前嵐山食堂〉を
4月にオープンした太陽ホールディングス。

その〈駅前嵐山食堂〉で今年の5月より月2回、子ども食堂が開催されています。
そのおいしさに毎度定員人数を超えて人が殺到しているとのこと。
その人気を受け、夏休み中の8月27日、
嵐山事業所の社食を使って大規模に子ども食堂を開催することが決定しました。

〈駅前嵐山食堂〉での子ども食堂の様子。

〈駅前嵐山食堂〉での子ども食堂の様子。

太陽ホールディングスはスマートフォン等あらゆる電子機器にも入っている
絶縁インキの製造で世界トップシェアを誇る化学メーカー。
そんなメーカーが、地域の方のコミュニティーづくりの場として活用してもらいたい、
という願いを込めてオープンした食堂で、世界中で「食」に関する問題が取り沙汰されるいま、
ひとりでも多くの子どもたちに楽しい食事を届けられるよう、
「子ども食堂」をはじめました。

子ども食堂とは、地域住民や自治体が主体となって低料金で
子どもたちに食事を提供するコミュニティの場を指します。
2009年に初めて厚生労働省が相対的貧困率を公表したことで、
表面上は見えてこない貧困層の存在が社会的に認知されるようになりました。
また婚姻形態の変化により、ひとり親の家庭が半数を占めており、
孤食もあわせて問題となっています。

“もち食の多彩さ全国一”の 岩手県一関市 せつなくも美しい セミドキュメンタリー映像を公開!

お正月に供える鏡もち、
年明けにいただくお雑煮、季節の行事や祭礼でふるまわれる
あんこ、きなこ、ゴマをたっぷりからめた、おはぎやぼたもち、
醤油のこげるような香ばしい匂いをたどれば、店頭で焼かれる磯辺焼き。

日本の伝統食である “もち”。
地域別、県別、大きくわけて東西別と、
食べられ方、もちをつく日どり、供えられ方など、
多彩な文化がはぐくまれてきた食べ物のひとつです。

なかでも、「もちの食べ方の多彩さは全国一」といわれる、岩手県一関市。
北上川下流域の豊かな稲作地帯であるこのエリアには、
古くからもちにまつわる食文化が根づいています。
驚くことに、「もち暦」なるものが存在し、年に60回以上ももちをつくのだとか!

そんな一関市のもち食文化をテーマにした映像が、
一関youtubeチャンネルと、観光協会HPにて公開されました。

ストーリー

鎌倉~室町時代の景観をほぼ残しているといわれる、
岩手県一関市の骨寺地域(ほねでらちいき)。

ユナ(15歳)は、ここに住む中学3年生。
祖母の葬式に、臼と杵でどうしてももちがつきたいという祖父。
もちつき機でもおいしいもちはつける、と説得する家族ですが、
めったに我をはらない祖父の願いもあって、古来の方法でもちをつくことに。
思春期のユナは、仕方なくもちつきを手伝いますが、
祖父の表情からにじみ出る何かを敏感に感じとります。

ユナの通う本寺中学校は、今年いっぱいで閉校となることが決定。
親友のシホは隣町へ引っ越すことになり、
ひそかに想いを抱くタツ兄は、進学のため東京へ。
亡くなった祖母の声も忘れてしまいそうになったユナは、
すべてが自分のもとを去っていくような悲しみのなかで、
祖父との会話から、ひとつの思いをかため――。

一関のとある一年を、美しい風景のなかで綴った物語。

この映像のテーマは、“もち”。
テーマだけみれば、「?」と首をかしげてしまうかもしれませんが、
一関では、日々の暮らしや、ハレの日、人生の大切な場面には、
必ずもちをつくという文化があります。

この地において、もちをついて一緒に食べるという行為には、
互いに幸せをわかち合い、悲しさ、辛さも共に背負い、
絆を強める意味が込められているのだそう。
伝統や記憶が少しずつ消えようとしているなかで、
それぞれが抱く大切なものをつないでいこうと努力する人々が、この映像には描かれています。

伝統的なもちつきの風景、上棟式、神前への御供え、お祭り、伝統芸能。
どこかに置き忘れてしまっていたかのような、懐かしくもあたたかな暮らしの営みと、
泣きたくなるくらい美しい映像に、目が離せなくなるはずです。

都会の便利さと、郊外のゆとり
いいとこどりの
“デュアルライフ”実践者に聞く、
収入や生活はどう変わった?

デュアルライフ実践者の働き方、暮らし方は超オリジナル!

都市と郊外の2か所に、仕事や生活の拠点を持ち、
双方を行来するライフスタイルのことを、“デュアルライフ”といいます。
兵庫県の神戸市、芦屋市、淡路市、洲本市は、明石海峡大橋を挟んで
“都会の文化”と“島の自然”の両方のいいとこどりができる
デュアルライフの先進エリアとして知られており、
現在「島&都市デュアル」と称して地域の魅力を発信しています。

去る2018年7月6日、島&都市デュアルを体感するイベント
「DUAL LIFE FES by島&都市デュアル」が行われました。
実際に、各地でデュアルライフを実践する人たちの生の声を聞くトークセッションには、
彼らの生の声を聞きたい! と多くの移住検討&希望者が
東京都渋谷区のSHIBUYA CASTに集結。
さて、デュアルライフって実際のところ、どうなんですか?

登壇したのは、左から『Discover Japan』誌編集長の高橋俊宏さん、秋田の武田昌大さん、淡路島の富田祐介さん、神戸の鶴巻耕介さん。

登壇したのは、左から『Discover Japan』誌編集長の高橋俊宏さん、秋田の武田昌大さん、淡路島の富田祐介さん、神戸の鶴巻耕介さん。

先陣を切って自己紹介したのは、秋田県からやってきた武田昌大さん。
武田さんは地元秋田、そして香川にある茅葺の古民家を活用した
〈シェアビレッジ〉の村長をしています。

「人口減少率が高く、100年以内には人口ゼロになってしまうといわれている地元を、
なんとかしたいと思ってシェアビレッジというプロジェクトを始めました。
村というと人が住んでいる行政村を思い浮かべると思いますが、
シェアビレッジはどこに住んでいても村人になれるシステムです」

2015年に立ち上がったユニークなプロジェクトには、
現在、2100人ほどの村民(会員)がいます。3000円の年貢(年会費)を納め、
村に来ることができない人のために都市部で寄合(飲み会)を定期的に開いています。

「シェアビレッジをつくって1年目に、なんと20組も移住してきたんですよ」と
うれしそうに話す武田さん。
自身は、秋田に住みながら東京日本橋小伝馬町におむすび屋〈ANDON〉をオープン。
さらにはシェアビレッジの2軒目を香川県三豊市につくり、
デュアルライフ先駆者としてあちこちを飛び回っています。

まずは秋田県に行ったことがある人に挙手を促す武田昌大さん。ちょっぴり自虐的に「行ったことない県ランキング1位と言われているんです」と発言。何人かの挙手に驚き、にっこりと頬が緩みました。

まずは秋田県に行ったことがある人に挙手を促す武田昌大さん。ちょっぴり自虐的に「行ったことない県ランキング1位と言われているんです」と発言。何人かの挙手に驚き、にっこりと頬が緩みました。

次は、兵庫県洲本市から〈シマトワークス〉代表の富田祐介さんがマイクを手にします。

富田さんは7年前に東京から淡路島に移住。企画の仕事をしています。ちなみに東京にいたときは建築の仕事をしていたそう。

富田さんは7年前に東京から淡路島に移住。企画の仕事をしています。ちなみに東京にいたときは建築の仕事をしていたそう。

「淡路島では、食に関するプロジェクトやそれにまつわる研修などの企画をしています。
僕の場合は、地域を良くしようとか活性化だという思いはなく、
もっと自分がワクワクしたいと思って移住しました」

食が豊かな淡路島暮らしが気に入っているという富田さん。
30歳のときに、学生時代の知り合いから淡路島で一緒に事業を立ち上げようと誘われ、
移住を決断しました。見知らぬ土地での不安もあるなか、
結果、最後に決めたのはワクワクしたからだといいます。

「ここでは、仕事はイチからつくっていかなくてはいけません。
でも、自分のワクワクに素直にいこう! と決めました」
しばらくして島内にネットワークができ、
自分でも独立してできるかなというタイミングで結婚もした富田さんは、
今年は海外にも短期滞在をしてみたのだとか。

「夫婦で話し合い、実験的にベトナムに1か月住んでみました。
でも、バケーションしたいわけではないので、
今の仕事を維持しながらひたすら働いていましたよ」
海外でも変わらず多忙なままですが、住環境が異なることで気分も変わります。
「暮らしに刺激が欲しいので、
1年に1か月くらいは日本を出て海外に住んでもいいかなと思っています」

〈つるまき農園〉園長の鶴巻耕介さんは、東京都品川区出身の都会っ子。高校を卒業後、関西の大学へ進学しました。

〈つるまき農園〉園長の鶴巻耕介さんは、東京都品川区出身の都会っ子。高校を卒業後、関西の大学へ進学しました。

兵庫県の神戸市北区淡河町を拠点にして活動する、
〈つるまき農園〉の鶴巻耕介さんの登場です。
「神戸って港町のイメージがありますが、
山のほうへ行くとびっくりするくらいの農村地帯が広がっているんですよ」
2014年に移住をした彼は、100の知恵と技を持つ人=現代版の百姓になることを
目指しています。

「以前はコミュニケーションとかメールのやりとりで成立する仕事が多かったので、
野菜づくりや家の修理など自分の手でできるといいなと思いました。
周囲で移住している人は専門性の高い職人系が多く、
総合職で働いていた自分に移住できるのかという不安はありました。
けれども、小さな仕事であちこちから仕事をもらえるようになれば可能なのでは、
と現在実践しています」

鶴巻さんは、サツマイモの観光農園で働くほか、
茅葺き屋根の葺き替え手伝いや淡河宿本陣跡保存会の理事、
学生のインターンシップのコーディネーターなどを生業にしています。
学生時代に子どもをとりまく環境や教育問題に興味を持ったことから、
暮らしのあり方を変えることを望んでいました。
「里山とか農村の自然に興味があるのかといえばそうでもないんですよね。
地域に残っている相互互助の精神などが、
果たして合理的なのか確認したいと思って移り住んだんです」
結果、地域全体で子どもを見てもらっていることなどから、
仕事がなくなってもどうにかなるかなと安心感を得たと鶴巻さんは言います。

ファシリテーターは『Discover Japan』誌編集長の高橋俊宏さん。個性豊かなデュアルライフ実践者の暮らしのリアルを引き出します。

ファシリテーターは『Discover Japan』誌編集長の高橋俊宏さん。個性豊かなデュアルライフ実践者の暮らしのリアルを引き出します。

〈八戸火力発電所〉の大煙突を 解体前にライトアップ! 役目を終えたまちのシンボルに お別れを

青森県八戸市の臨海部にある、大規模な集合工場地帯。
クレーンやプラント、タンクなどが立ち並ぶ圧巻の工業景観の中に、
シンボルともいうべき大きな煙突があります。
2016年に役目を終えてまもなく解体がはじまる、その大煙突に
明かりを灯すアートプロジェクトを開催します。

〈東北電力八戸火力発電所〉3号発電機の煙突

取り壊しが決まっている、発電所の煙突。

取り壊しが決まっている、発電所の煙突。

東北初の火力発電所として誕生し、今年60周年を迎える
〈東北電力八戸火力発電所〉。その3号発電機の煙突は
120m の高さを誇り、八戸市の工業地帯において、
長らくシンボル的な存在であると同時に、市内で最も背の高い構造物でもあります。

なくなってしまう「大煙突のある風景」を記憶に残すための
ライトアップイベントを8月17日・18日の2日間に渡り開催します。

ライトアップイベントの事前説明会

先日、説明会も行われました。

企画したのは〈八戸工場大学〉。
工場好きの市民と行政が協働で運営している〈八戸工場大学〉は、
講義、課外活動、サークル活動の3本柱で成り立つプログラム。
今回のアートプロジェクトは、火力発電所との共催で運営します。

八戸の街に〈マチニワ〉が誕生。 “樹”をモチーフにした 巨大な水飲み場兼、 噴水が完成しました

青森県八戸市の中心街に、市民のための
コミュニティ広場〈八戸まちなか広場 マチニワ〉がオープン。

光・風・緑をタイトルした3つの広場と
ステージで区画分けされ、それぞれまたは全体を、
3時間からの時間区分で貸し出します。

小さなお店を出したり、ステージでパフォーマンスを発表したり、
ワークショップを開催したりと、市民のアイデア次第で、活用方法は広がりそう。

東日本大震災からの復興へ向けて

広場の中央部にあるのは、シンボルオブジェ「水の樹」。

シンボルオブジェ「水の樹」。パイプと受け皿で樹に見立てた。

シンボルオブジェ「水の樹」。パイプと受け皿で樹に見立てた。

これは、松任谷由実やMr.Childrenのアートワークをはじめ、
数々のデザイン、ディレクションなどを手がけてきた
アートディレクターの森本千絵さんが監修したものです。

森本さんは青森県三沢市出身。
2011年、〈八戸ポータルミュージアム はっち〉の
オープニングプロジェクトをきっかけに、八戸とのご縁ができました。

〈八戸ポータルミュージアム はっち〉は、〈マチニワ〉の向かいにある。

〈八戸ポータルミュージアム はっち〉は、〈マチニワ〉の向かいにある。

〈はっち〉とは、八戸中心街の活性化を願って創られた地域観光交流施設。
このオープニングプロジェクトでは、八戸出身の作家・木村友祐さんと
クリエイティブディレクター・佐藤尚之さん指導のもと、
市民によって市民を取材した文章と、
写真家の梅 佳代さん、浅田政志さん、津藤秀雄さんが、
八戸の人々を撮影した写真を展示する企画展が開催されました。

このトークイベントに、森本さんがプライベートで足を運んだことをきっかけに
〈はっち〉との繋がりができたといいます。

企画展の期間は、2011年2月26日〜3月16日。
東日本大震災のあった3月11日は、まさに写真展の真っ只中だったのです。
そこで、この企画展を記録に残そうと、写真集『八戸レビュウ』を制作。
森本さんに、冊子制作の装丁を依頼することとなりました。

八戸では、震災によって全壊した建物は218棟。
その多くは、魚市場や食品加工場など、沿岸部にあった漁業関連の施設でした。

シンボルオブジェ「水の樹」のモチーフは八戸の古い地図

〈マチニワ〉のロゴも森本千絵さんがデザイン。

〈マチニワ〉のロゴも森本千絵さんがデザイン。

青森県南部にある八戸市は、太平洋に面した地の利を生かし、
漁業や工業によって支えられ、発展した街。

かつて、八戸青年会議所の「街の魅力発信委員会」は
「海の樹」という地図を提唱していました。

海からの滋養をもらい、成長する八戸を象徴する絵。

海からの滋養をもらい、成長する八戸を象徴する絵。

八戸の道路を塗りつぶし、海側を下に向けると、
海に根を張り、栄養を得て育つ、一本の樹のように見えます。
これが、今回の「水の樹」のモチーフとなりました。

震災によって、八戸は津波の被害を受けましたが、
海からの恩恵への感謝は忘れない。
八戸の人たちのそんな気持ちが、「水の樹」には現れているようでした。

みんなのヒミツキチ〈コダテル〉。
愛媛県八幡浜に誕生した
学び場&コワーキングスペース

「地元が好き」。その思いこそが、すべての原動力

「地元はこんなにすてきな場所なのに、高校を卒業したらみんな市外に出てしまう。
どうすれば、若い人にとって魅力的な地元になるのか」

愛媛県八幡浜市向灘で、古民家を改装し、
地元の人はもちろん、市外、県外、海外から八幡浜に訪れる人たちが
思い思いの“企て”ができる場、〈コダテル〉を
2018年1月にオープンした濵田規史さん。

その活動の出発点となったのは、地元のことを大好きな人を増やしたい、
というひとつの思いだった。

有数のみかん産地である八幡浜。みかんの山から八幡浜港を一望。

有数のみかん産地である八幡浜。みかんの山から八幡浜港を一望。

「自分の地元のことを自慢できるような場所をつくりたい。
大学進学などで一度は市外に出たとしても、
絶対いつかは帰ってくる、と思えるような場所にしたい。
そうするためには、どんなアクションをしたらいいのか。
コダテルのプロジェクトを立ち上げるきっかけは、
私の地元への思いでした」と話す濵田さん。

コダテルの“企て人”である濵田規史さん。

コダテルの“企て人”である濵田規史さん。

濵田さん自身、地元の高校卒業後は県外の大学に進学し、
就職を機に「どうしても八幡浜に帰りたい」と考え、地元の金融機関に就職。
行員として、地域発展のため地元の人とともにまちづくりに関わってきた。

その一方で、NPO法人〈八幡浜元気プロジェクト〉を立ち上げ、
まちづくりに関わるイベントを企画するなど活動していた。

地元をワクワクするような場所にしたい。
簡単なように思えるけれど、そう簡単なことではない。
どうしたら、ワクワクするような場所にできるだろうか、
と考えを深める過程のなかで、ふと思い出したことがあった。
濵田さん自身の小学校、中学校、高校時代のことだった。

小さい頃から人を楽しませること、何かを企画することが大好きで、
近所の人たちを巻き込んで運動会を企画したり、
自ら取材、編集をして、新聞をつくってみたり、
地域のドラマ制作に挑戦したり、高校生のお店を開店してみたり。
とにかく、自分がワクワクするようなことを考え、行動し、
周りの人を巻き込んでいろいろな“企て”をした経験だった。

市外県外から訪れる人にとって、八幡浜の活動拠点として利用してもらいたいと濵田さんは考えている。

市外県外から訪れる人にとって、八幡浜の活動拠点として利用してもらいたいと濵田さんは考えている。

「自分自身が県外の大学に進学したものの、
卒業したら絶対帰ってくる、という思いがありました。
自分のような人間が、もっと増えたらいいんだ、という考えに行き着いたのです。
なぜ、帰ってきたいと思ったのか、なぜ地元が大好きだったのか、
答えは自分自身の中にありました」

濵田さんが自分自身の中で見つけた答え。
それは、小さい頃から地域の人を巻き込みながら
「ワクワク」するようなことを企てて、実際に行動してきたこと。

地元愛の原点から導き出した答えは、濵田さんと同じような
ワクワクするような企てを、地元の子どもたちに経験してもらいたい。
その企てができる、ヒミツキチのような場所を提供したい。
そんなシンプルなものだった。

秋田で一番小さな村が 〈かみこあにプロジェクト2018〉 を開催。村全体が美術館に!

秋田県で一番小さな村「上小阿仁(かみこあに)村」

秋田県内でも最も高齢化と人口減少のすすむ上小阿仁村。
この秋田で一番小さな村が毎年夏に大胆な試みをします。
それが〈かみこあにプロジェクト〉。
今年で7年目を迎えます。

上小阿仁村の八木沢集落の田園。

上小阿仁村の八木沢集落の田園。

かみこあにプロジェクトとは

地域そのものが里山美術空間であるというコンセプトを基に、
村人が中心となり秋田公立美術大学の学生が協力し開催される手づくりの芸術祭です。
多様な人々との交流を図りながら、高齢化、人口減少に立ち向かい、
地域の魅力発信とにぎわい創出を目指します。

2012年に「大地の芸術祭 越後妻有アート トリエンナーレ2012」の
飛び地開催としてスタートし、
7回目を迎える今年は、八木沢会場、沖田面会場、小沢田会場の村内の3つのエリアにおいて
番楽や獅子踊りなどの伝統芸能競演や棚田を舞台にした野外音楽イベント、
廃校した小学校の音楽室でのライブパフォーマンスのほか、
県内外のアーティスト24組による現代アート作品の展示やワークショップが行われます。

木村剛士『alias sculpture』(2017年作品)。

木村剛士『alias sculpture』(2017年作品)。

ワークショップ風景。

ワークショップ風景。

廃校になった小学校がアートの舞台に!

2017年のかみこあにプロジェクトでは10年前に廃校になった旧沖田面小学校で
15組のアーティストのアート作品が展示されました。
小学校の使われなくなった机を利用した作品や
教室に展示された作品たちが廃校となった小学校に光を差しました。

長門あゆみ『ほころびの部屋』(2017年作品)。

長門あゆみ『ほころびの部屋』(2017年作品)。

草彅裕『太陽の種』(2017年作品)。

草彅裕『太陽の種』(2017年作品)。

洋風建築と土蔵をリノベーション。
高岡〈山町ヴァレー〉と
〈町衆高岡〉がめざすまちづくり

自分の暮らすまちにごみが落ちていたら、率先して拾うだろうか。
自宅の目の前は別として、自宅とは無関係の場所に落ちていたら、
見て見ぬふりをする人も少なくないはずだ。

2017年4月に一部オープン、11月にグランドオープンした
〈山町ヴァレー〉という観光拠点は、富山県西部の高岡市にある。
高岡駅から山町ヴァレーに向かって歩くと、15分程度の移動時間だが、
そのわずかな間にごみを拾う住人をふたりも見かけた。
取材で話を聞いた山町ヴァレーの建築家も、取材後に近所を一緒に歩いていると、
不意に身をかがめ、小さなごみを拾った。住民のまちに対する愛着を感じる瞬間だ。

その高岡の新たな拠点として、
地域住人から期待を背負って誕生した観光拠点が、山町ヴァレーだ。
木造3階建ての洋風建築と土蔵群を抱える
元文具商の「旧谷道家」をリノベーションした施設で、
2017年4月の一部オープン以来、来場者は累計で2万1000人を達成している。

新たな拠点の誕生で、周辺の通行人も目に見えるかたちで増えたという。
今回はその山町ヴァレー誕生に深く関わるメンバーに話を聞いた。

「近所」の有志が立ち上げた、町衆文化の発信拠点

山町ヴァレーは、高岡の山町筋という通り沿いにある。
一帯は重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、
メインストリート沿いには土蔵造りの町屋、レンガ造りの洋風建築など、
戦災を免れた明治、大正、昭和初期の建築物が多く残る。

1914年に建てられた大正時代の洋風建築。清水組の田辺淳吉が設計し、辰野金吾が監修。現在は富山銀行本店として使われている。

1914年に建てられた大正時代の洋風建築。清水組の田辺淳吉が設計し、辰野金吾が監修。現在は富山銀行本店として使われている。

山町ヴァレーから目と鼻の距離には、国の重要文化財である〈菅野家〉、
築100年を超す土蔵造りの建築が見事な〈塩崎商衡(しょうこう)〉の本社があり、
観光客の目を大いに楽しませるが、まさにその菅野家に暮らす菅野克志さん、
塩崎商衡の代表取締役社長・塩崎吉康さんが、山町ヴァレー創設の中心メンバーだ。

菅野克志さんは、地元の〈高岡ガス〉の社長でありながら、
高岡市の中心市街地活性化、まちづくりを行う
〈末広開発〉の4代目社長に就任する地元の名士。
一方、塩崎吉康さんは、「秤なら塩崎」と
地元で名声を博す老舗企業の社長を務めながら、
〈町衆高岡〉という会社を地元の有志と立ち上げ、山町ヴァレーの運営にあたる。

山町筋には、土蔵造りの町屋など古い建物が建ち並ぶ。

山町筋には、土蔵造りの町屋など古い建物が建ち並ぶ。

まずは菅野さんに、山町ヴァレー立ち上げの経緯を聞いてみた。

「山町ヴァレーのプロジェクトが立ち上がったのは、2014年12月。
2012年か2013年くらいから、この建物は空き家になっていました。
私も塩崎さんも近所に住んでいますから、
『何とかしなければ』と気になっていたんです。
当時、まちづくりに関係する人や行政の人との間で意見交換会を行っていたのですが、
そのなかで高岡らしい町衆文化の発信をしていく拠点として
この建物を活用しようという話になりました」

〈末広開発〉の社長・菅野克志さん。

〈末広開発〉の社長・菅野克志さん。

高岡らしい町衆文化とは、明治、大正、昭和にかけて、
高岡の商人が最も商人スピリットを発揮していた頃の町文化。
往時の活力や文化を取り戻したいと願いを込め、
山町ヴァレープロジェクトが立ち上がった。

具体的な役割分担としては、土地を借り上げ、建物の部分を購入した末広開発が、
2016年から2018年にかけて3年計画で建物を改修、その後の管理・運営も行い、
一方の町衆高岡は、末広開発からの委託というかたちで、
山町ヴァレー内で開催されるイベントの企画、立案、実行を通じて
にぎわいをつくる役割を担ってきた。

富山市岩瀬〈桝田酒造店〉
桝田隆一郎さんの考える
「まちづくり」とは

「最近、岩瀬のまち並みがとてもすてきになった」という声を聞く。
富山県富山市の北部にある岩瀬は、
海運で江戸時代の末期から明治の初期に絶頂を迎えた港町である。
時代の変化とともに海運業が衰え、一時期工場の誘致が盛んになるものの、
人口減は進み、まちの活気は失われていったと「東岩瀬郷土史会」の会報にある。

その岩瀬に美しいまち並みをつくろうと立ち回る、地元の名士がいる。
桝田隆一郎さんだ。桝田という苗字は岩瀬の土地で大いに鳴り響く。
まちの人に声をかけるたび、「桝田の社長さん」の評判を耳にした。

その桝田家の現当主にして、〈桝田酒造店〉の5代目社長、
〈岩瀬まちづくり会社〉社長も務める桝田隆一郎さんに、
岩瀬の「まちづくり」について聞いた。

行き当たりばったりの行動が、まちづくりにつながる

桝田隆一郎さんは1966年、岩瀬に生まれる。
地元の学校を卒業後、大学進学や留学、就職でまちを離れ、
自らの父親が社長を務める〈桝田酒造店〉に入社した。

その後、岩瀬にある元材木店を購入し、改修をして、
そば屋のオープンにつなげたところから、
いわゆる「まちづくり」のような活動が始まっていくのだが、
足跡を年度順に追って確かめようとすると、
何年に何をしたとは正確に覚えていないという。

それでも過去の情報、あるいは桝田さんの記憶を参考に考えると、
桝田さんの「まちづくり」は、恐らく1998年頃からスタートしている。

先ほど触れたそば屋のオープン後も、岩瀬で売りに出た、
あるいは取り壊される予定だった土蔵群や家屋を購入し、
改修しては陶芸家や木彫刻家の拠点をつくり、酒商をつくり、レストランを誕生させた。

その過程で〈岩瀬まちづくり会社〉が発足し、リノベーションされた物件が増え、
市によるメイン通りの無電柱化も行なわれ、まち並みの美しさは高まっていく。

無電柱化もされた岩瀬のメインストリート。

無電柱化もされた岩瀬のメインストリート。

振り返れば「まちづくりプロジェクト」にも見えるが、
桝田さんによれば、当初は計画的に構想を描いて何かを進めたのではなく、
「行き当たりばったり」に物件を購入しては、改修を進めていったのだという。

「計画的に構想を描いていたのではなくて、物件を1軒買うことによって、
家を売りたい人が助かって、大工さんに仕事ができて、
作品を売る場所がないと言っていた陶芸家の作品の展示場所ができて、
桝田酒造のテイスティング場所ができると思いました」

海運業で栄えた岩瀬の名家・森家の回船問屋。国指定重要文化財。

海運業で栄えた岩瀬の名家・森家の回船問屋。国指定重要文化財。

その結果、岩瀬のまちが姿を変えていく。
ビジョンなきスタートだった「まちづくり」も、改修された物件が増え、
まち並みが変わってくると、「後づけビジョン」も生まれてきた。
現在も工事の進む物件が存在し、割烹と日本酒の立ち飲み屋、イタリアン、
クラフトビールの工場とクラフト作品の発表の場がオープンに向けて動いている。

こちらも海運業で栄えた名家・馬場家。馬場はるさんは富山の教育に圧倒的な貢献を果たした。

こちらも海運業で栄えた名家・馬場家。馬場はるさんは富山の教育に圧倒的な貢献を果たした。

これらの取り組みによって桝田さんは、
「ちょっと、まち並みが整うかなと思います」と、
ご自身のビジョンとの距離感を教えてくれた。

桝田隆一郎さんの言うまち並みとは、ヨーロッパが基準となっている。
「あまりにも美しさが違い過ぎるから、まち並みでは勝てない」とし、
埋めがたい圧倒的な差を前提としているため、「ちょっと」という表現になる。
しかし、冒頭でも述べた通り、岩瀬のまち並みが「とても」すてきになったという声は、
富山市民や県民から盛んに聞こえるようになった。

地方創生を背負って、
霞ヶ関から長門市へ

誰と組み、どう進めるか……。
まちづくりを左右するチーム編成の行方は?

例年、雨に泣かされる「湯本温泉まつり」だが、2018年4月1日は天気に恵まれた。
子どもみこしが温泉街を練り歩き、桜風吹が音信川(おとずれがわ)に舞う、
そんな美しい風景の1日だった。

子どもみこしを迎える桜の〈きらきら橋〉。

子どもみこしを迎える桜の〈きらきら橋〉。

日が暮れ始めた河原ではバーベキューの準備が行われていた。
送別会だという。
手際よく食材を用意するのは、
長門市役所・成長戦略推進課の中原美可子さん。
同じ課の松岡裕史さんと管田央信(かんだひさのぶ)さんは
プロジェクターを設置している。

温泉街の〈荒川食品〉店主で
湯本まちづくり協議会の会長を務める荒川武美さんや旅館関係者、
プロジェクトメンバーなど20人ほどが、
楽しそうに会話をしながら主役を待っていた。

ほどなく現れたのは、
長門市役所・経済観光部長の木村隼斗(よしと)さんだ。
3年間の勤務を終えて、明日東京へ戻るという。
石段を降りながら、
「仕事でお世話になった方の結婚式に出ていました。
ちゃっかり温泉に入って、着替えてきました」
と照れくさそうにしている。

送別会は足湯がある思い出の河原で行われた。

送別会は足湯がある思い出の河原で行われた。

木村さんは2007年から東京・霞ヶ関の経済産業省で働く官僚だ。
長門市へは2015年4月、国が行う〈地方創生人材支援制度〉でやってきた。
この制度は、第2次安倍改造内閣が2014年9月に設置した
「まち・ひと・しごと創生本部(通称、地方創生本部)」が窓口になっている。

ホームページに、こう説明がある。
「地方創生に積極的に取り組む市町村(原則人口5万人以下)に対し、
意欲と能力のある国家公務員・大学研究者・民間人材を
市町村長の補佐役として派遣しています(原則2年)」

初年度は、中央省庁の官僚らを中心に派遣された。
例えば福井県鯖江市へは財務省から、
群馬県みなかみ町へは大学研究者が、静岡県伊豆市へは内閣府から、
島根県海士(あま)町へは文部科学省から派遣されている。
赴任先はマッチングで決まる。

木村さんは説明する。
「地方創生を語ると長くなりますが、ひとことで言うと、
人口減少へのチャレンジなんです。
人口減少を迎えている市町村に私たちも入り込んで、
その解決法を一緒に悩み、見つけていきましょう、
それが〈地方創生人材支援制度〉の目的だと理解しています」