連載
posted:2018.3.30 from:岩手県西磐井郡平泉町 genre:食・グルメ / 活性化と創生
PR 一関市
〈 この連載・企画は… 〉
岩手県南の岩手県一関市と平泉町は、豊かな田園のまち。
東北有数の穀倉地帯で、ユニークな「もち食」文化も根づいてきた。
そんなまちの新しいガイドブックとなるような、コンテンツづくりが始まった。
photographer profile
Kohei Shikama
志鎌康平
山形県生まれ。写真家小林紀晴氏のアシスタントを経て、山形へ帰郷。東京と山形に拠点を設けながら、日本全国の人、土地、食、文化を撮影することをライフワークとしています。山を駆け、湖でカヌーをし、4歳の娘と遊ぶのが楽しみ。山形ビエンナーレ公式フォトグラファー。
http://www.shikamakohei.com/
writer profile
Satoko Nakano
仲野聡子
なかの・さとこ●ライター。生まれも育ちも日本一人口の少ない鳥取県。高校卒業後に上京し、東京に20年ほど住んだのち、2017年8月に北海道喜茂別町に家族と移住。羊蹄山麓の澄んだ空気や豪雪を楽しみ、日々人の温かさに触れている。
2015年、岩手県JR平泉駅の駅前に、1軒のカフェが誕生した。
店名は、店主・佐藤渉さんの苗字をそのまま取って付けられた〈SATO〉。
「SATOの隣の美術肖像画院は親父の店。つまり実家です」と話す佐藤さんは、
埼玉県からUターンして、勝手知ったるこのまちにお店を開いた。
生産者の思いに共感した素材を使い、
そのおいしさが生きる最高のかたちで料理を提供し続ける佐藤さん。
彼に、SATOというお店の在り方についてうかがった。
〈中尊寺〉をはじめ、世界文化遺産に登録された史跡のある平泉町。
駅まで徒歩0分という好アクセスの場所に、SATOはある。
たまたま、ご実家が店舗貸ししていた場所を譲り受けることになり、
いわゆる観光客誘致のために、と選んだ場所ではない。
今はランチとカフェのみの営業で、予約があれば夜の営業も行う。
名物はロールキャベツと、菜種油を使ったゴボウのショコラ(ガトーショコラ)。
フレンチでもなく、イタリアンでもない「洋風のお食事と喫茶のお店」だ。
「ロールキャベツは昔から好きだったので、
ちょっとつくってみよう、という感じだったのですが、面倒ですよね(笑)。
ハンバーグだったらひき肉を練って終わりなのに、
そこからキャベツを茹でて、包んで、煮込んで……。
専門店じゃない限り、なかなかやらないと思いますけど、
『SATOのロールキャベツを食べに行こう』と
言ってくれる人が増えてくれたらいいな。特に子どもたち。
『変な店だったけど、あそこでロールキャベツ食べたな』
という感じで、記憶に残ってくれたらうれしい」と、佐藤さんは目を細める。
ショコラに使う菜種油は
「安心・安全でおいしい油を届けたい」という熱い思いを持った
隣の一関市大東町の〈デクノボンズ〉が生産したもの。
もともと大東地域でつくられていた菜種の栽培から復活させ、
花畑の風景を守り地域の資源を循環させる仕組みづくりを目指す
彼らの思いに共感したことから、メニューに取り入れることとなった。
昔ながらの工程で丁寧に絞られる菜種油は香ばしいフレーバーが特徴の油。
パティシエの友だちに相談しても、お菓子の素材として使えるかどうか……と
最初は首を傾げられたという。
「でも逆に、この油が生かせるようなメニューを考えればいいか、と思って。
パンチが強い油だから、同じようにパンチが強いチョコレートを使って、
さらに香りの強いごぼうをキャラメリゼして合わせてみたら、これが大当たり」
菜種油のおかげで、ガトーショコラの生地はしっとりと仕上がり
ナッツにも似た香りとサクサクした食感のごぼうが抜群のアクセントとなって、
意外な看板メニューが誕生したのである。
佐藤さんの場合、まず素材に惚れ、そこからメニューを考える。
すべてではないが、徐々にそういったケースが増えてきているという。
「平泉に帰ってきて思ったのは、生産者が近くにいるのはいいな、ということ。
『いっぱいとれたから使って〜』というような感じで、
やっぱり1歩2歩踏み込んだ関係になれることが多いんですよね。
そうすると『じゃあ、この素材で何かできないかな?』という考え方になって
いろいろなアイデアが生まれてくるんです」
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高校卒業後、大学進学を理由に埼玉県に引っ越した佐藤さん。
卒業後は就職もしたが、やがて飲食店で修業をするようになり
「いずれ地元に戻って、何か店をやりたい」と思うようになった。
SATOをオープンさせて丸2年が経ったが、
その間、お店の在り方について考えることも多かったようだ。
「地元にあるおいしい食材はもちろん仕入れますが、
他県だと平泉からも近い宮城県石巻市の塩を使ったり、
岩手県中部・北上市の農家さんの野菜も使います。
僕は、地産地消は当たり前として、あえて謳うことはしない。
そのうえでどういう表現をするか、ということがテーマになっています」
素材にこだわっているからこそ、素材の話はいくらでも語ることができる。
時間がかかってもいいものを吟味して、常にアップデートして……の繰り返しだ。
しかし、それを強く出していくとグルメなお客さんにしか来てもらえなくなる。
「そういう視点で、評価される対象のお店を目指したいわけではない」と佐藤さん。
あくまでも「SATOの空気感から生まれるおもしろさやおいしさ」を、
たくさんの人と共有できれば幸せだ。
「だからこそ、もしかしたら素材を選ぶときの決め手は
味よりも、生産者のムードとその人のつくるものがマッチしているかどうか。
僕の場合はむしろ、生産者を愛せるかどうか、が大事かもしれませんね。
その人の感覚がいいな、と思えたり、
この人をお客さんに紹介したい、と思えたりすること。
『地産地消』『オーガニック』という言葉があると安心しがちなんですけど、
もっとその先まで入っていかないと、人は見えてこない気がするんです」
表現は、自由だ。佐藤さんのように、生産者と踏み込んだ関係になり
そこから提供する素材を選んでいくことがやりたいことだとしたら、
田舎は表現したい人の追い風になる。
「東京は、なんでも揃うからメッセージが伝えづらいまちだと思っていて。
だからこそ平泉で2年やってきて、ここでやる意味を
より深く考えたほうがいいんだろうという気持ちにはなっています」
佐藤さんは「お店に入るという行為は、何かを食べて飲むことじゃない。
お店に入るという目的自体を根づかせたい」と話す。
それは、ある意味“文化的な行為”でもある、と。
「例えば今日も、ここで本を読みたい、という雰囲気のお客さんが
ひとりいらっしゃいました。そういう方はおそらく、
SATOで行われるイベントにも顔を出してくれるでしょう。
Uターン・Iターンした方は誰でも、そのまちでどう生きていくか、
多かれ少なかれ、考えると思うのですが、SATOは、料理を出すお店だけれど、
例えば音楽ライブをやったり、トークイベントをやったりするような、
文化を発信する場所としても機能していけたらいいな、とずっと思っています」
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実は佐藤さんは、オープンしたての頃は、自分の感覚や表現を理解してくれる人が
周りに少なく、辛い思いをすることも多かった。
「田舎の人って、素朴な疑問をダイレクトにぶつけてくれるんです。
例えば『ラーメンないの?』『焼酎置いてよ』などと
言われることもたくさんありました。それに対して
『ごめんなさい』と言い続けなきゃいけなかったときは……結構こたえましたね」
そういう時期を経て、今では常連の半分は地元の方だという。
スタンスを変えずに営業し続けたことで、それが周知されて
佐藤さんのポリシーを受け入れた人々が集まってきているのだろう。
ポリシーを貫くということ。
それは、地域に溶け込まず頑固にやっていくということではない。
純粋に、自分が心地よいと思える場所で
裏表なく「それ、いいよね」「おいしいよね」と言い合えるような
コミュニケーションをとっていきたい、ということだ。
「どんなジャンルのお店?」と聞かれることは多いが、
SATOは“SATO”というジャンルで、独立して存在している。
「まだ、足りないですけどね。そうであり続けたい」と、
佐藤さんはまっすぐな目で言った。
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