連載
posted:2018.3.15 from:神奈川県鎌倉市 genre:活性化と創生
〈 この連載・企画は… 〉
豊かな歴史と文化を持ち、関東でも屈指の観光地、鎌倉。
この土地に惹かれ移り住む人や、新しい仕事を始める人もいます。
暮らし、仕事、コミュニティなどを見つめ、鎌倉から考える、ローカルの未来。
writer profile
Yuki Harada
原田優輝
はらだ・ゆうき●編集者/ライター。千葉県生まれ、神奈川県育ち。『DAZED&CONFUSED JAPAN』『TOKION』編集部、『PUBLIC-IMAGE.ORG』編集長などを経て、2012年よりインタビューサイト『Qonversations』を運営。2016年には、活動拠点である鎌倉とさまざまな地域をつなぐインターローカル・プロジェクト『◯◯と鎌倉』をスタート。
photographer profile
Ryosuke Kikuchi
菊池良助
きくち・りょうすけ●栃木県出身。写真ひとつぼ展入選後、雑誌『STUDIO VOICE』編集部との縁で、INFASパブリケーションズ社内カメラマンを経てフリーランス。雑誌広告を中心に、ジャンル問わず広範囲で撮影中。鎌倉には20代極貧期に友人の家に転がり込んだのが始まり。フリーランス初期には都内に住んだものの鎌倉シックに陥って出戻り。都内との往来生活も通算8年目に。鎌倉の表現者のコレクティブ「全然禅」のメンバー。
http://d.hatena.ne.jp/rufuto2007/
長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。
年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。
東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。
その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。
そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。
観光客で賑わう鎌倉のまちを隈なく歩いてみると、
個人経営の飲食店や雑貨店などを各所で見つけることができる。
これらのお店は、規模こそ決して大きくないが、
固定のファンを持ち、店主を中心にした多様なコミュニティが形成されている。
その営業スタイルもユニークで、
本業の傍ら、週の半分だけオープンする雑貨店から、
飲食店の一角を間借りして週末だけ現れる立ち呑み屋まで、
近年注目されている「小商い」を体現するようなお店も多い。
今回の登場人物のひとり、〈ポンポンケークス〉の立道嶺央さんもまた、
カーゴバイクに手づくりケーキを乗せ、
自らが育った鎌倉のまちなかで売り歩く行商スタイルが話題となり、
「小商い」を特集するメディアなどでたびたび取り上げられてきた。
一方、関西から鎌倉に移り住んだ内野陽平さんは、
当時アルバイトをしていた飲食店のスペースを借り、朝限定のカフェを始めた。
そして、立道さんとの出会いがきっかけで、鎌倉駅近くの御成商店街に、
コーヒースタンド〈ザ グッド グッディーズ〉をオープンした。
その2年後には、立道さんが鎌倉中心部から離れた梶原エリアに
〈ポンポンケークス ブールバード〉を、さらに2018年には、
お店で使う食材や道具などを販売する〈ポンポンパントリー〉を、
そのすぐそばにオープンしたばかりだ。
移動販売、朝限定のカフェからスタートし、
いまや鎌倉のまちに欠かせない人気店を営むに至ったふたりに話を聞いた。
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建築家を志し、10代の頃から世界中の建築を見て回っていたという立道さん。
やがて、日本の手仕事を通して建築に携わることを見据え、
京都で茅葺屋根職人の見習いとなり、各地を転々とした後に鎌倉に戻ってきた。
「鎌倉に戻ってきた頃にはすでに27歳。建築家になるつもりだった自分が、
これからどうやって生きていくのかを考える時期でした。
そのなかでさまざまなきっかけが重なり、まちでケーキを売るという選択肢が生まれ、
そのときに初めて鎌倉というまちを意識しました」
自宅でケーキ教室をしていた母親直伝のケーキをカーゴバイクに乗せ、
観光客が帰路についた夜の鎌倉でそれを売り歩くなかで、
鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元住民から商店街で働く人たち、仕事帰りのビジネスマンまで、
さまざまなレイヤーが重なり合う鎌倉独自のコミュニティのカタチが見えてきた。
一方の内野さんが鎌倉にやって来たのは、
京都の大学を卒業後、しばらく経ってからのこと。
立道さんと同様に建築を学びながら、京都の鉄工所で働いていたという内野さんは、
さまざまなきっかけが重なり、鎌倉の鉄工場で働くことになり、
このまちで暮らし始めた。
「関西出身の自分にとって、鎌倉は馴染みがない場所。
このまちで暮らすという選択肢が出てきたときに、慌てて一日観光をしました(笑)。
その後、鉄工所に丁稚奉公しながらアルバイトしていたバルで、
朝限定のカフェを開くようになったんです」
それはちょうど立道さんが路上でケーキ販売をしていた時期と重なる。
その噂を耳にしていた内野さんは、
現在のグッドグッディーズのすぐそばで立道さんと出会い、意気投合。
それ以来、まちのイベントなどに一緒に参加するようになった。
建築家を志していたふたりは、なぜケーキとコーヒーの道に進むことになったのか。
内野さんはこう話す。
「建築家を目指していた頃から、将来は自分が設計したカフェをやりたいと
漠然と考えていました。それもあって学生の頃から飲食店でバイトをしていたのですが、
コーヒーに関しては、人の中心にあるツールとして選んだところがあり、
そこにはあくまでも建築の延長として、場をつくりたいという思いがありました」
当時の建築界は、東日本大震災などを経て、建築物というハードから、
コミュニティなどのソフトへと、力点がシフトしつつあった。
そうした時代背景のなかでなされた彼らの選択は、
決してそれまで歩んできた道を180度転換するものではなかった。
「当時はコミュニティという言葉が巷に溢れ返っていて、
僕自身も強い関心を持っていました。
ただ、職人として日本中を旅しながら働いていた経験から、
表層的なコミュニティ論は通用しないとも感じていた。
だからこそ自分は、プレイヤーとして路上を漂い、
鎌倉というまちを観察してみようというのが、路上販売を始めたきっかけでした」
と立道さんは当時を振り返る。
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口コミでその存在が広まったポンポンケークスの移動販売は、
やがてオープン前から長蛇の列をつくるようになり、
瞬時に売り切れてしまうほどの人気に。
それは、商売として考えれば大きな成功だろうが、
一方で「路上を漂う」という立道さんの当初の目的は徐々に果たされなくなっていった。
「路上販売を始めた頃は、これがビジネスになるとはまったく思っていませんでした。
当時は、がむしゃらに何かを表現したいという気持ちしかなく、
まちに漂いながら、見えない未来に思いを馳せているような感じでしたね」
そんな立道さんは、内野さんとの出会いを機に、次のステップに進むことになる。
それが、2013年にオープンしたザ グッド グッディーズだ。
「当時、コーヒースタンドがブームだったというのもありますが(笑)、
コーヒーは気軽にまちの人と混じり合えるツールだと思っていました。
もともと僕らは建築を通して人とつながりたかったのですが、
コーヒーや食材を通してつながるほうが豊かだし、身の丈にも合っていたんです」
関西で生まれ育った内野さんは、お店に立つようになったことで初めて、
鎌倉のまちの一部になるという感覚を持ったという。
「鎌倉にはさまざまなお店を中心にいろんなコミュニティができていて、
それらが少しずつ混ざり合っている距離感がおもしろいと感じます。
ただ、グッディーズではコミュニティということよりも、
場を通してまちをつくっていきたいという思いが強かった。
あそこに行けば誰かに会える、情報が手に入るという、
まちの案内所や中継地点のような場所になれればいいなと」
この2年後には、立道さんも梶原エリアに
ポンポンケークス ブールバードを構えることに。
移動販売からまちの人気店になったポンポンケークスは、
「小商い」として紹介されることも多いが、立道さんには複雑な思いがあったようだ。
「移動販売を始めた当初は商売にすらなっていなかったので、
小商いと言われるのは少し違和感がありました。
ましてや、路上販売からスタートし、やがてお店を構えるという
アメリカンドリーム的なストーリーには絶対乗りたくなかった(笑)。
小商いというのは決してトレンドのようなものではなく、人々の生活の延長にあるもの。
僕はスピリットとして、それを大切にしてきました」
一方、小商いということをあまり意識したことがなかったという内野さんは、
こんな言葉を返してくれた。
「小さなものをたくさんするのは魅力があることだと思います。
僕はいまコーヒーの世界にいますが、実はひとつのことを極めるのが得意ではなく、
どちらかと言うと器用貧乏。
でも、だからこそこのお店ができているのかなと思っています。
また、強く感じるのは、いまの仕事が完全に生活の一部になっているということ。
お店の近くに住み、バイクで出勤し、コーヒーを淹れて、
帰って寝るというとてもシンプルな暮らしをしています」
小商いの定義は人それぞれだが、ふたりの話に共通するのは、
生活と地続きの仕事であるということだ。
「観光の要素がない梶原でお店を始めるようになって、
日常生活の延長にある商いの魅力をより強く感じるようになりました」
と立道さんは語る。
2018年には、近所にポンポンパントリーもオープンするなど、
中心部から離れた梶原周辺に、より多くの人が集まる未来を夢見ている。
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小商いというのは、過剰に発展した消費社会のカウンターとして生まれた概念だが、
最近は、その言葉自体が消費されてしまう状況も生まれつつある。
「小商い」を一過性のブームで終わらせることなく、
身の丈に合った商いを継続し、それを前進させること。
その先には、より豊かな生活と仕事のカタチ、
そして、まちやコミュニティの未来が見えてくるはずだ。
「ビジネスを成長させるなら、同じ業態を広げていくほうが効率的ですが、
僕らは、やれることをどんどん増やしたいと考えています。
ベースとなるケーキづくりに関連させながら、異なる業種の小商いを重ねて、
それぞれが補完し合うような循環の輪をつくりたい。
たとえ利益性が低かったとしても、まちに必要なものを増やしていきたいんです」
ザ グッド グッディーズでも、すでに小さな補完や循環が生まれている。
コーヒー豆や関連器具とともにお店に置かれている、
近隣の書店がセレクトした本や、週末のみ販売されている花がそれだ。
お店に花が置かれるようになったきっかけは、
近所の花屋がなくなってしまったことだという。
「花屋がなくなることで、そのまちの良さがひとつ失われてしまうと思うんです。
ケーキやコーヒーだけにこだわらず、この場所の役割を意識しながら、
ここが好きだと言ってくれる人たちが気になるようなものや情報を増やしたい。
やがてひとつのマーケットのように、
いろいろなものが得られる場所にできるといいなと思っています」
さらに、ザ グッド グッディーズでは、近々朝食をスタートする予定もあるそうだ。
一時の朝食、朝活ブームが下火になっているいまだからこそ、
あらためて鎌倉に朝の場所をつくりたいのだという。
これらの例に限らず、地域住民や店舗が自発的に連携し、
まちから失われゆくものを補完しようとする動きは、
鎌倉のまちでは比較的よく見られることだ。
「グローバルな考え方には反するかもしれませんが、
インターネットなどでいくらでも情報が発信できる時代だからこそ、
逆に生活や商いの範囲はどんどん縮小させ、循環をつくっていくことが
豊かさにつながるんじゃないかと思っています」と立道さん。
観光地としての鎌倉への注目度がますます高まるなか、
まちには資本力を持つ企業が続々と参入し、
特に中心部では小規模な商いを営むことが難しくなりつつあることもたしかだ。
そんななか、中心から離れた梶原エリアで、
オルタナティブな経済圏、生活圏をつくり、
まちの多様性を育もうとする立道さんたちのチャレンジには、
持続可能な小商いのためのヒントが隠されている。
information
ポンポンケークス ブールバード
住所:神奈川県鎌倉市梶原4-1-5 助川ビル
TEL:0467-33-4746
営業時間:10:00~18:00
定休日:水・木曜日
information
ポンポンパントリー
住所:神奈川県鎌倉市常磐355-9
TEL:0467-67-5382
営業時間:10:00~18:00
定休日:水曜日
information
ザ グッド グッディーズ
住所:神奈川県鎌倉市御成町10-1
TEL:0467-33-5685
営業時間:7:00~18:00(土日祝 9:00~18:00)
定休日:水曜日、毎月最終火曜日
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