豊橋〈喜喜 よしき〉は、
“いつでもハッピーアワー”。
缶チューハイ&1000円セットで
ご機嫌な夜を!

地元の人にこよなく愛される酒場はまちの宝もの。
ローカル色豊かなおいしいおつまみや、ご主人とお客さんの雰囲気、店の佇まいなど、
思い出すと心がほんのり温かくなるような店を
“酒場LOVE”な案内人の方々に教えてもらいました。
旅先のソトノミガイドとしてもご活用ください。

旅の醍醐味はローカル酒場!
全国おすすめ酒場探訪記  愛知・豊橋編
“豊橋LOVER”が集まる伝説の酒場とは?

豊橋市といえば愛知県東三河地方の中心都市。
東海道新幹線が停車するのはもちろんのこと、
愛知県内をくまなく結ぶ名鉄の名古屋本線終点で、
南信州の大動脈・JR飯田線や渥美半島へと伸びる豊橋鉄道の起点。
名産品の〈豊橋ちくわ〉が広く知られるようになったのも、
昭和初期に話題になった豊橋駅での立ち売りから。
いかにも交通の要所として栄えたまちというイメージです。

今回の案内人は豊橋市役所の吉開仁紀(よしがい・まさのり)さん。
まず案内してくれたのは「豊橋筆」の工房でした。
豊橋は奈良や熊野町(広島県)と並ぶ筆の産地で、
書道用の高級筆は全国生産量の約7割を占めているとか。
吉田藩の頃から続く伝統工芸品ですが、
豊橋市民でもその存在を知らない人が多いそうです。

中西由季さん、川合福男さん、吉開仁紀さん

川合福男さん(中)は豊橋に13名いる伝統工芸士のひとり。
豊橋筆の特徴は、分業をせず、原毛の選別から最後の仕上げまで
36工程を職人ひとりが手掛けること。
すべて緻密な手作業ばかりで、一人前になるには20年以上かかるそうです。
それだけに、書き心地、墨の含みが大量生産品とは全然違う。
あまりにも知られていないのはやはり残念だと川合さんは話します。

作業中の川合さん

そんな川合さんの希望の光が、8年前に弟子入りした中西由季さん(左)。
中西さんは伝統工芸大学校(京都府)で金属加工を専攻。
卒業後に伝統工芸が地元にあることを知り、何度も断られた末の弟子入りだとか。
豊橋全体でも20代の筆職人はふたりだけ。
しかも職人は男だけという慣習を打ち破った初の女性職人です。

「中西が一人前になるのを私は見届けられるかわからない。
せめて彼女が安心して働き続けられる環境を」
将来を案じる川合さんの言葉に吉開さん(右)は共感。
さらに、豊橋筆を知ってもらうだけではなく、
技の継承という未来を見据えた新たな挑戦を提案して川合さんは快諾。
“子どもを洗う世界一やさしい筆”をつくる
〈福筆 Fukufudeプロジェクト〉がスタートしました。

きょうのローカル酒場〈喜喜(よしき)〉は、そんな吉開さんのとっておきの一軒。
線路と道路の高架脇で周辺は真っ暗ですが、
夜空をバックに巨大な看板が招くように輝いています。

〈喜喜 よしき〉の看板

映画『おだやかな革命』公開! 「エネルギー自治」から始まる 「幸せな経済」とは?

もし、この瞬間に大きな災害が起こったとして。
当たり前のように身近にあったはずの、
電気・ガス・水道・便利なライフラインが一切機能しなくなったら。
それらの復旧が困難な状況だとしたら。

そういった状況は、生涯に1度や2度、訪れるかもしれません。
忘れもしない東日本大震災、2016年の熊本地震、水害、噴火、豪雪など、
大小さまざまな災害や危機が、毎年のように日本各地で起こっています。

もしあなたがそれらの当事者なら、どうやってその状況を乗り越えますか? 
行政や大きなシステムに頼りっぱなしでしょうか? 
そもそも、あなた自身は“生きていく力”を備えていますか?

映画『おだやかな革命』を観ていると、
そんな問いかけをされているような気がします。

2012年、在来作物をテーマにしたドキュメンタリー映画
『よみがえりのレシピ』で話題を呼んだ渡辺智史監督の
新作映画『おだやかな革命』が、まもなく公開となります。

本当の豊かさを取り戻すために、自立を始めた4つの地域の物語

岐阜県の石徹白(いとしろ)地区に移住し、地元に伝わる伝統的な暮らしを実践する平野彰秀さん、馨生里さん夫妻。

東日本大震災の被災者や、各地の移住者がスタートさせた
「エネルギー自治」への取り組みと、その先に待っていた
「地域の新しい姿」を追ったドキュメンタリー映画『おだやかな革命』。

太陽光発電、小水力発電、身近にある資源活用など、
持続可能な再生エネルギーの導入や、事業の発足は、
地域が抱える切実な課題をクリアするきっかけや、成功事例となりつつあります。

4つの地域にフォーカスをあてたこの映画では、
エネルギー事業に関わる人々の想いや取り組み、暮らしのアイデアが記録されています。

岩手〈平泉五感市〉
“実演”から“体験”へ。
東北の新しい工芸イベント

平安より伝わる漆と彫金が美しい奥州市の〈岩谷堂箪笥〉、
同市の水沢地域でつくられてきた南部鉄器、
そして、平泉町を中心につくられてきた
伝統的な漆器〈秀衡塗〉(ひでひらぬり)……。
実は国内外に広く知られる多くの伝統工芸の工房が集まる岩手県南地域。
昨今業界の継承者が減っていく中、ここに拠点を構える若き職人たちが集い、
これからの伝統工芸や職人のあり方を模索しチャレンジしている。
その取り組みのひとつが、現場さながらの工芸体験ができる〈平泉五感市〉だ。
進化する伝統工芸職人たちが込める思いとは?

同地域との関わりも深いプロダクトデザイナーの石田和人氏による五感市のロゴ。イベント当日は、この「五」のマークに目を惹かれ、平泉観光に訪れていたお客さんも多く足をとめていた。

自らで未来を切り開くために

「各工芸の体験、職人による直接販売、品物を試用する、
芸術やデザインの勉強会などを通じて、岩手の工芸を五感で感じてもらうイベント」
として2016年に立ち上がった〈平泉五感市〉。2017年も10月14日・15日に
平泉の漆器工房〈翁知屋〉(おおちや)を会場に開催され、
岩手県内外からたくさんのお客さんが集まった。
工芸体験のほかにも、旬の郷土料理や各社の美しい工芸品も販売された。

伝統工芸の体験は、翁知屋の中庭、ショールーム、蔵の3会場で行われた。1日3社ずつ2日間に渡り合計6タイプの工芸体験をすることができた。

「2016年以上に人が集まり、ホッとしましたね。
リピーターの方も多く、我々の活動が少しずつ認知されてきたのかなと思います。
やっぱり直接お客さんと触れ合えるのはうれしいし、刺激になりますね」

そう話すのは、平安時代に平泉を拠点に栄華を極めた
奥州藤原氏ゆかりの技を受け継ぐ、漆器〈秀衡塗〉を150年以上もの間伝承し、
国内外から高い評価を得てきた翁知屋の4代目・佐々木優弥さん。
同イベントを主催する〈いわて県南エリア伝統工芸協議会〉の前会長で、
若き伝統工芸職人たちの中心となり、
その立ち上げからプロジェクトを主導してきた。

佐々木優弥さん。翁知屋のショールーム2階の工房にて。

皇太子殿下への献上品や伊勢志摩サミットのG7各国首脳への贈呈品、
世界で活躍するデザイナー、マーク・ニューソン氏の作品への参加、
ミラノサローネへの出展、大手プロダクトメーカーとのコラボ……。
伝統の技術を生かしながらも全国のジャンルが違う職人仲間やデザイナーとの共作で
数々の作品を発表してきた佐々木さんは、伝統工芸の今を牽引する職人のひとり。

伝統的な秀衡塗から現代的なデザイン性の高いものまで、時代のニーズに合わせて広がった翁知屋の商品。

これからの時代にあった“職人の共通言語”とは

さまざまな仕事を手がけるなか、
岩手の伝統工芸業界への危機感を感じた佐々木さんは、
まず、もともとあった〈いわて県南エリア伝統工芸協議会〉の会長と交渉し、
次世代の若い経営者中心の組織に組み替えた。

「近年、富山や新潟辺りだと、
異業種工芸の職人たちが連携して工芸観光イベントを仕組んだり、
さまざまな商品を地域内の異業種間で開発したり、
“産地”として集団で攻めている流れがあるんです。
例えば職人を抱える事業者は若手デザイナーのデザイン案を商品化し、
売れたらデザイナーにロイヤリティーで還元。
若手デザイナーは自分のデザインを製品化でき、売れることで市場感覚が身につく。
事業者にとっても、初期投資を抑えて今までとは違うデザインの商品ラインを
揃えることができるという、今の時代にフィットするような試みを始めている。

それを目の当たりにしてきて、
『ちょっと岩手は遅れているぞ』という思いがありました。
もともとは秀衡塗・南部鉄器・岩谷堂箪笥の各事業者組合の
合同事業者組織として立ち上がったいわて県南エリア伝統工芸協議会は、
半ば休眠状態の組織になっていた。
そこで、僕たちの世代が中心になって、伝統工芸品製造事業所以外にも
県南地域の手工芸品を製造する企業も仲間にして、
新組織としてリスタートさせたんです」

北海道・岩内町〈石塚水産〉
漁師メシ発、絶品あわびの塩辛。
元バンドマンの販売戦略

肝もそのまま! 鮮度が命のあわび製品

積丹半島の秋を感じる海産物といえば、あわびといくら。
岩内町にある〈石塚水産〉でも、秋から冬にかけて、
あわびやいくらの加工品が最盛期を迎える。
特に同社の “あわびの塩辛”は、元は漁師飯から生まれた本場のおいしさ。
その製造過程を見せてもらいながら、
さらに、元バンドマンという経歴をもつ現社長が考えた、
販売戦略についても話は広がった。

まずは、あわびの加工現場を見せてもらった。

「あわびのシーズンは、9月末から12月まで。
一番いいのは11月〜12月頃ですね」と教えてくれたのは代表の石塚貴洋さん。

「いつも岩内町にあるあわび専門業者から仕入れています。今朝入荷したのは、
岩内から少し南に行ったところにあるせたな町のあわびです」

積丹半島周辺のあわびは、日本海側全般に棲息している
「黒あわび」の北方亜種とされる「蝦夷あわび」。
水温が低い地域で育つのであまり大型化しないが、その代わり、
身がギュッと締まって味や風味が濃いという。

石塚水産代表の石塚貴洋さん。

最初にあわびをサイズごとに分けていく。
大きめのものはやわらかさもそのまま味わってもらうために
お刺し身のようにスライスして〈お刺し身あわび〉に加工する。
小さいものは、逆にコリコリした触感を楽しめるので〈あわび塩辛〉に向いている。

まずあわびの殻をスプーンを使ってむく。

塩辛になるあわびは、塩で揉んで汚れなどを取り、水洗いする。
これを数回繰り返す。塩もみの効果ですごくコリコリになるという。
そして昆布とからめて重しを乗せ、
6時間ほど漬ける。すると水も抜けてギュッと締められていく。

塩もみをして汚れやぬめりなどをていねいに取る。

塩辛用はひとくち大に切る。

おいしさの秘密

「あわびはすごく足が早い。手の温度でもすぐにダメになってしまいます。
だから手早く作業しなくてはなりません」

この日作業していたのは石塚さんのお母さんである美雪さんと従業員の2名。
小さい規模ながら、ふたりとも集中していて作業が素早い。
加工場もとてもきれいに整理整頓されている。

「市場からの輸送中にダメになってしまうことがあるくらい、
あわびは温度管理がシビアです。実は夏場でもとれますが、
気温が高いのでとりません。うちくらいの規模だと、
その日のうちに届かないと鮮度が落ちてしまいます。
漁場が近くにあるまちだからできることです」

コンパクトできれいな作業場。

石塚水産の〈あわび塩辛〉の特徴は、肝が入っていること。
積丹地域では、肝のことをウロという。

「あわびのウロを固形状のまま生鮮加工品で使っているのは、
おそらく全国でも当社だけではないでしょうか。ウロがいちばん足が早いんです。
だからウロがそのままプルンと入っているのは鮮度のいい証です」

あわびと昆布を層にして、塩辛の一次漬け。

あわびの塩辛と聞けば、中高年のお酒のアテ?と思うかもしれない。
若者にとって水産加工品は「コンビニで買うかわきもの」くらいの認識しかなく、
まだまだおいしい食べ物としては普及していないことが残念だという。

「こだわりの一品がまだまだ地方にも埋もれていることを知ってほしいですね」

〈Tree Picnic Adventure IKEDA〉福井県池田町で 冬のジップラインがスタート。 地上高60mの森の上をダイブ!

福井県池田町にある〈ツリーピクニック アドベンチャー いけだ〉にて、
2018年1月20日(土)より冬の「ジップライン」が始まります。

ジップラインとは、体にハーネス(安全帯)をとりつけて
ワイヤーロープを滑り渡るアクティビティ。
ツリーピクニック アドベンチャー いけだでは、なんと最長510m、
最高地上高60mのメガジップラインが楽しめます。

通常、ジップラインのシーズンは、春から初冬にかけて。
真っ白な雪山を飛ぶことができるのは、国内ではこちらだけなのだとか!

ジップラインの料金は4500円(税込)。利用条件:身長140cm以上、体重90kg未満の方 所要時間:90分

ツリーピクニック アドベンチャー いけだは、樹上に広がる森のジャングルジム、
アドベンチャーボート、BBQやピクニックなどが楽しめる日本最大級の“冒険の森”。
2016年春にオープンしました。

こちらでは、もっと池田町の雪景色のうつくしさを知ってほしいと、
冬のアクティビティを提案しています。
下の写真は、百年杉の森を冒険する「スノーシューツアー」。
雪の上を歩くための靴「スノーシュー」をはいて森のなかを歩き、
動物の足跡や冬の植物を観察するツアーです。

スノーシューツアーの料金は子ども(5歳以上)3000円、中学生以上4000円。お子さんだけでも参加OK。所要時間:2時間程度

スノーシュー体験で鳥小屋観察をする子どもたち

ごはんは、施設内にある〈カフェピクニック〉で。
冬は米どころ、池田町自慢のお餅を使ったメニュー「いけだづくしのもちディップ」や
「池田牛バーガー」日替わりの「いけだを食べるスープ」などが登場します。

「いけだづくしのもちディップ」(1000円) 池田町の「やまびこ味噌」やトマトソース、町内産のあずき、きな粉のソースなどから好きなソースを3つ選び、お餅につけていただきます。

また、ウィンターシーズン初日の1月20日(土)は、
池田町特産のもち米「カグラモチ」を使った餅つき大会を開催するそう! 楽しそうですね。

農村DEキャンプセンター「白いかっぽう着」のスタッフの皆さん

クセになる爽快感!男子新体操部員 が西郷どん姿で華麗にダンス。 PR動画『維新 dancin’ 鹿児島市』

2018年1月からNHK大河ドラマ『西郷(せご)どん』がスタートし、
注目度が高まっている鹿児島市から爽やかなPR動画が届きました。

その名も『維新 dancin’ 鹿児島市』!
リオ五輪閉会式のパフォーマンスで注目を集めた
鹿児島実業高等学校・男子新体操部の皆さんが
西郷どんになって、鹿児島を巡るPRムービーです。

男子高校生たちが巡るのは、桜島や仙巌園、温泉、黒豚しゃぶしゃぶ、
白くまなどといった、明治時代からやってきた西郷どんが知らない鹿児島。

男子部員扮する西郷どんは、実物とは違うともいわれている銅像や大きな観覧車に驚いたり、
生れ育った場所を懐かしんだりしながら、鹿児島のまちを巡ります。

主演の鹿児島実業高等学校・男子新体操部は数々の全国大会で
ユニークな演技が高く評価されている有名校。
同部の高い技術とユニークさを持ち合せた演舞は、テレビなどでも大きく取りあげられています。

じつは男子新体操は、日本発祥のスポーツなのだそう。
リオ五輪の閉会式では、次期開催都市・東京へ五輪旗を引き継ぐ
セレモニーでパフォーマンスが行われ、注目を集めました。

陸前高田を舞台にした映画 『あの街に桜が咲けば』 製作陣がクラウド ファンディングに挑戦!

岩手県陸前高田市を舞台にした映画『あの街に桜が咲けば』の製作スタッフが
新しい映画をつくるため、クラウドファンディングに挑戦しています。

『あの街に桜が咲けば』で焦点をあてたのは、津波到達地点に桜を植樹し、
後世に津波の被害を伝えていくことを目指す〈認定NPO法人 桜ライン311〉の活動。
桜ライン311のメンバーや戸羽太陸前高田市長をはじめとする方々へのインタビューを通して、
震災を経験した人たちの強く生きる姿を伝えています。
インディーズドキュメンタリー映画としては異例の全47都道府県上映を達成しました。
(予告編はこちらから)

新たに計画中の映画では桜ライン311のその後を追いながら、
東京、熊本などへも取材を重ね、ひとりでも多くの人に防災意識の
大切さを伝える映画をつくりたいと考えているそう。

監督は〈やろうよ!こどもぼうさい〉代表・防災士の山崎光さんと
『あの街に桜が咲けば』監督の小川光一さん。

〈やろうよ!こどもぼうさい〉代表・防災士の山崎光さん(左)と『あの街に桜が咲けば』監督の小川光一さん(右)。

おふたりが目指しているのは、恐怖心をあおらず、
自然と「大切な人を守るために、防災と向き合わなきゃ」と思えるような映画。
もともと「防災アレルギー」だったという山崎さんは、
映画『あの街に桜が咲けば』と出会って、そこから伝わってくる温かいメッセージに感動し、
「自分も防災映画を作りたい」と思い始めたといいます。

「地震を引き起こす原因となる活断層は、日本各地の下に約2000以上あるといわれています。
台風だって来るし、火山だってあります。災害大国と呼ばれる日本に住む以上、
“自分もいつか大災害に遭遇するかもしれない”と自覚する必要があります。
しかし、だからといって災害に怯える必要はないんです。
大切な人を失ってから後悔しないように、大切な人のために防災をする。
防災の動機は、恐怖でなく、もっと温かいものであるべきだと思います」(山崎さん)

新しい映画の企画は、そんな山崎さんが
小川さんに「一緒に映画をつくりましょう!」と声をかけられたことからスタートしたのだとか。

新しい映画の主題歌はロックバンド〈butterfly inthe stomach〉が手がけることに決定。

島での暮らし方と人生を考える。
先輩移住者は、
なぜ壱岐と対馬を選んだ?

移住者だからできる仕事の生み出し方

11月3日~5日、2泊3日のスケジュールで開催された、対馬と壱岐の移住体験ツアー。
長崎県が主催するこのツアーは、一般的な観光ツアーと異なり、
暮らすという視点で仕事や居住の候補となるような場所を見学し、
先輩移住者ともコミュニケーションを取ることのできる貴重な機会だ。

今回参加した6名は、どちらの島も初めて訪れる人ばかり。
韓国人観光客が増加している対馬で起業の可能性を探りに来た人、
海外で暮らした経験があり、家族で島暮らしをすることに興味を持っている人、
在宅勤務をしながら二拠点居住をゆくゆくはしたいと考えている人など、
参加の動機もさまざまだ。

羽田空港から飛行機でまず向かったのが、対馬市。
九州と朝鮮半島に挟まれた対馬海峡に浮かぶこの島は、
韓国の釜山まで直線距離でわずか50キロ弱。
気候条件によっては、釜山の夜景を目視できる「国境の島」だ。
到着早々、対馬名物の〈対州そば〉と、
醤油、味噌などをベースにした甘辛の焼肉ダレに漬けこんだ豚肉〈とんちゃん丼〉を堪能すると、
南北に長い島をバスで1時間ほど北上。
移動にかかる時間や景色の変化からも、島の広さを実感することができる。

対州そばは、原種に近いかたちで残っている対馬特産のそば。とんちゃん丼とともに。

最初の企業訪問は、上県町佐須奈にある〈一般社団法人MIT(ミット)〉。
代表理事を務める宮城県仙台市出身の吉野元さんが、
移住者ならではの客観的な視点やこれまでのキャリアを生かして、
対馬の資源や魅力を“みつけ・いかし・つなぐ”ことを目的に、
幅広い事業を展開している。
たとえば対馬にしか生息していないツシマヤマネコが、田んぼでエサを取ったり、
子育てしていることに着目して、減農薬米を〈佐護ツシマヤマネコ米〉としてブランド化。
吉野さんの奥様の由紀子さんが、
パッケージデザインや関連グッズを製作している。

2013年6月に創業したこの会社は、メンバーのほとんどが移住者。
吉野さんが、プロジェクターを使って説明してくれたのだが、自己紹介のあとに登場したのが、
タチウオ、ハガツオ、アナゴ、サバなど
思わず生唾を飲み込んでしまうような刺盛り写真の数々……。

「長崎のなかでも、対馬の魚が一番おいしいと思います!」と力説する吉野さん。
知り合いの漁師からこうした魚を日々おすそ分けしてもらえるだけでなく、
吉野さん自身も小さな舟を所有しているそうで、
仕事をしながら朝夕に釣りを楽しむ暮らしがここでは可能なのだとか。

ほかにも霞が関で20年以上働いていたという事務方のプロや、
漁師になりたくて移住した人、
ツシマヤマネコが好きすぎて早期退職して移住した人など、ユニークな人材ばかり。

「たとえば“半漁半MIT”じゃないですけど、MITの仕事をしながら趣味の釣りをしたり、
絵を描いたり、農業をしたり、ヤマネコを愛でたり……。
せっかく移住したのだから、好きなことを好きなだけやって新しい働き方を発信するのが、
私たちの使命なのかなと思っています」

対馬の暮らしを満喫しているMITのみなさん。霞が関で働いていたという冨永健さん(左)、吉野元さん(中)、吉野由紀子さん(右)。

急増する韓国人観光客。ビジネスチャンス到来!?

続いて訪れたのは、
対馬最北の比田勝でオープンを控える(取材当時。2017年11月オープン)
〈ホテルDAEMADO(テマド)比田勝〉。
船でやってくる韓国人観光客の多くは、比田勝港国際ターミナルで下船することもあり、
この辺りはハングルの看板がかなり目につく。
当ホテルもそんな観光客の利用を見込んでつくられたそうで、
「DAEMADO」は韓国語で対馬を意味している。

「韓国人にとって対馬は、最も近い海外旅行先。
今まで比田勝には大型の宿泊施設がなく、日帰りする方が多かったのですが、
今後は楽しみ方も変わってくると思います」
と、総支配人の豊福誠一郎さん。
急増する来島者数に対して宿泊施設などをはじめとする受け皿は
まだまだ足りていないそうで、
比田勝は今後発展していくであろう注目のエリアであることがうかがえた。

ホテルDAEMADO比田勝の開業を機に福岡から移住してきた、総支配人の豊福誠一郎さん。島の人の優しさに日々助けられているそう。

その晩行われた交流会には、MITの吉野元さんと由紀子さん、
そして同じくMITの理事を務める漁師の細井尉佐義さんが参加。
17年前に移住してきたという細井さんは、吉野さんたちも一目置く先輩移住者で、
一本釣りで生計が立てられる漁場を探して、対馬に辿り着いた“Iターン漁師”。
移住当初は第一次産業が今ほど注目されていなかったため、
漁師を取り巻く環境は厳しかったこと、
自然環境保全と資源保護を第一に考えた持続可能な漁業を対馬で実践していること、
そして対馬の暮らしの魅力などを熱く語ってくれた。

交流会は対馬でとれた刺し身と韓国料理で。

翌日は、最も人口の多い厳原地区にある〈対馬バーガーKiYo〉を訪問。
Uターンして2009年に同店をオープンした新庄清孝さんは、
ご当地バーガーブームの波に乗るかたちで、対馬バーガーを考案。
対馬の特産であるひじきを練り込んだパテと、
プリプリのイカを甘めのソースで絡めたハンバーガーなのだが、
韓国人観光客がブログやSNSに投稿したことがきっかけで、
日本よりも先に韓国で注目されるように。今では島内に2店舗、釜山に1店舗、
そして福岡にも移動式店舗を展開するほどの人気ぶりで、
対馬におけるビジネスチャンスをこんなふうに語ってくれた。

甘辛の和風ソースが絶妙な対馬バーガー。

「ほかの離島と違うのは、150キロ圏内に釜山や福岡などの大都市があること。
これらのエリアを含めてビジネスを考えると、いろんなチャンスが見えてきますし、
対馬で生まれたものを使って外で勝負するという意味では、
すごくおもしろい場所だと思います」

彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)と豊玉姫命(とよたまひめのみこと)を祀り、竜宮伝説が残る和多都美神社。

和多都美神社の背後にそびえる烏帽子岳の展望台から、対馬のリアス式海岸を一望。

西諸弁標準語化計画、進行中! 宮崎県小林市が 〈西諸弁ポスター素材写真 コンテスト〉を開催

地元の「西諸弁」をフランス語のように聞かせた
超個性派プロモーションムービー『ンダモシタン小林』や
高校生たちの不満と地元愛がつまったPRソング『田舎女子高生』で
話題の宮崎県小林市の〈てなんど小林プロジェクト〉が、写真コンテストを開催します。

このたび募集するのは、西諸弁のポスターに使用する写真。
たとえば「ずんだれ」(着ている服などがだらしなくたれているさま)や
「いしちゃ」(急な冷たさを感じたさま)などといった
西諸弁のシチュエーションにぴったりの写真を募集し、
最優秀作品をプロジェクトの公式ポスターとして採用します。

募集テーマは次の7つ。
各テーマごとに最優秀作品を決定します。

テーマ1:「いしちゃ」

意味:急な冷たさを感じたさま。天井から落ちてきた水が身体にかかったときなどに用いられる。

テーマ2:「おんじょんぼ」

意味:すっかり年期の入った夫婦。

テーマ3:「おぜ」

意味:怖さを感じたさま。最上級の怖さを表現するときは「おぜもおぜ」のように2回用いられる。

テーマ4:「ずんだれ」

意味:着ている服などがだらしなくたれている、またはよれているさま。

テーマ5:「てのっせ」

意味:一緒に。てのっせさるこ(一緒に行こう)などのように用いられる。※類義語:てなん、てなんで、てのっせえなど。

テーマ6:「いたしっばれ」

意味:披露宴。主に、披露宴が終わった後、親族や同じ常会の人々を新郎新婦の実家に招き、宴会をするさま。

西諸弁、知れば知るほど深くておもしろいですね。
人生の悲喜こもごもが味わい深くなります!
さらに、上記以外の西諸弁で応募できる「自由枠」もあります。
(※自由枠に応募できる西諸弁は、これまで発表されたポスターの言葉と異なるもの。
詳しくは募集要項をご覧ください)

〈下大桑ヒツジ飼育者の会〉
一関のひつじをめぐる冒険!?
耕作放棄地の新たな活用へ

一関市萩荘地区。なかでも中山間地域に位置し、昔から棚田での稲作を中心とした
農業を営んできた34戸の農家が暮らす下大桑集落。
現在では、ほぼすべての農家の跡取りたちは兼業農家として
二足のわらじを履きながら、親が守ってきた農地の継承に向け、
休みなく汗を流している。しかし、採算に見合わなければ跡継ぎは減り、
耕作放棄地は増えていく一方だった。そこで、下大桑集落では、
耕作放棄地を羊の飼育地にあてるという新たな試みを始めたのだ。

もともと棚田が広がっていた耕作放棄地に生い茂った雑草を食む羊たち。

増える、耕作放棄地

「今までは、中山間地域の農地保全のために出ていた
国の交付金を利用して草刈りをしていたんです」

しかし、その草刈りをする農家の高齢化が進み
ひとり、ふたりと脱落していく。頼みの若い人は兼業で忙しい。

「どうにか解決できねぇもんか、
しかも少しでも所得の向上につながるような
いい知恵はねぇもんか、と集まるたびにタメ息ばかりでした。
ある時、知人の紹介で羊飼育を見学し目から鱗。
さっそく、雑草がボウボウに伸びていた耕作放棄地で羊を飼育してみんべ!
という話になったんです」

そう教えてくれたのは
〈下大桑ヒツジ飼育者の会〉で事務局長を務める桂田勝浩さん。
実際、農地をほったらかしていると、
土が固まって地質が悪くなり、さらに生い茂った雑草が
隣接する耕作地にも悪影響を与えてしまうのだそうだ。
羊は、生い茂った雑草をおいしく食べ、糞をし、
適度に歩き回って土をほどよく管理してくれるのだ。

桂田さんの自宅にある納屋にいた子羊。成長するまでは、納屋で育つ。〈下大桑ヒツジ飼育者の会〉の活動は、ここから始まった。

羊の飼育を始めた理由

なぜ、羊を飼って地域活性をしようとしたのかと尋ねると、
「まずはやはり、手間をかけずに処理したかった豊富な雑草を、
羊がおいしく食べてくれること。羊とはあまりリンクのなかった日本で、
岩手が数少ないゆかりの地であったこと。
日本では珍しく気候が羊の飼育にむいていること。
また、首都圏を中心に国産の生のラム肉などの需要が高まってきている
ことなどが主な理由です」と桂田さん。

最初に耕作放棄地につくられた山田ヒツジ牧場。

日本でも数年前に首都圏を中心に沸き起こったジンギスカンブームを除いては、
北海道と岩手県・遠野市の名物料理として食べられてきたくらいで、
たとえばスーパーで生の国産羊肉を購入することは難しく、
ほとんどが、ニュージーランドやオーストラリア産の冷凍物だった。
ただ昨今の女性を中心としたヘルシー食ブームの影響から、
ラムなどの羊肉への関心が高まっており、
首都圏の富裕層向けスーパーや健康食品店などでは、
ラムからマトン、ホゲットまで種類豊富に、
しかも冷凍物ではないフレッシュな食材を取り揃え始めているそうだ。
そんな状況から、国内生産に注目が集まり始めており、
桂田さんたちはそこに目をつけたのだった。

下大桑ヒツジ飼育者の会が飼育している羊のタグは、メンバーが手作りした畳の縁を再利用した首輪で付けられている。肌触りがよく、羊たちにも好評(?)の様子。

〈広島 牡蠣とり帳〉配布開始! 牡蠣って書ける? 書いて味わう トリビアドリル誕生

2017年12月、牡蠣の生産量日本一の広島で、
呉市の小学校6年生などを対象に〈広島 牡蠣とり帳〉の配布が始まりました!

広島 牡蠣とり帳は、「牡蠣のほとんどは内臓だよ」
「室町時代には広島牡蠣の養殖が始まっていた」
「世界で四位。日本の牡蠣の生産量」などなど、
例文のすべてに「牡蠣」を用いた漢字ドリルをこなしながら、
牡蠣のことを学べる学習ドリル。

このドリルは2017年10月より「牡蠣で旅人をもてなすこと」をモットーに
観光プロモーション〈カンパイ!広島県 牡蠣ングダム〉を進めてきた広島県が、
子どもたちに「もっと牡蠣のことを知ってもらいたい」
「愛着をもってもらいたい」と制作しました。
イラストがユニークで、楽しみながら学べそう!

広島県が県民を対象に行った調査(※)によると、
「観光資源として自慢できる・誇りに思える」
と回答した人が約95%であったにも関わらず、
牡蠣という漢字を書けない人が約99%もいたのだそう。

※広島県内にて街頭調査を実施。「牡蠣」と正しく書けた人は、10〜50代男女508名のうち3名(0.6%)だった。

2018年1月9日(火)、呉市立の音戸(おんど)小学校では、
「牡蠣初め式(かきぞめしき)」と題した
漢字の書き取り成果を披露する機会も設けるとのこと。
今年の冬休み、呉市の6年生たちは
牡蠣という字を必死で練習することになりそうです。

小林市の新作動画 『田舎女子高生』が泣けてアガる! 作曲は地元出身アーティストNOBUさん

小林市がPRソングを発表!タイトルは『田舎女子高生』

地元の「西諸弁」をフランス語のように聞かせた
超個性派プロモーションムービー『ンダモシタン小林』。
このPR動画で一躍名を知られた宮崎県小林市から、新しいムービーが届きました。
今回の主役は、女子高生! まずは動画をご覧ください。

このPRソング『田舎女子高生』は2017年6月から5か月にわたり実施された
ワークショッププロジェクト〈日々のうたごえプロジェクト〉にて、
地元出身のアーティスト、NOBUさんと
小林秀峰高校商業科 経営情報科の3年生24人がつくったもの。
作詞は高校生たち、作曲はNOBUさんが手がけました。

宮崎県小林市出身のNOBUさん

1988年生まれ、宮崎県小林市出身のシンガーソングライター、NOBUさん。

「とにかく、小林市の女子高生のリアルを追及しました。
“田舎の良いところ”より“田舎への不満”の方が生き生きと意見が出てきたんです。
その先には必ず、良い側面が輝いて見えるはずだと思いました。

曲を最後まで聴くと“良いとこなんてまだわかんねぇ 当たり前過ぎてまじ気づかねぇ”
というセリフがあります。ここが重要です。
どうか最後まで聴いて頂き、このメッセージの意味を感じて頂けますと幸いです。
そしてこのような企画に参加させていただき、
本当にありがとうございました」(NOBUさん)

田舎への不満もいいところも。地元の生の声が生き生きとした歌詞に

ワークショップでは、高校生たちが6チームに分かれ
「高校生のあなたが想う小林市を歌にする」をテーマに歌詞づくりに挑戦。

歌詞づくりワークショップの様子

高校生から挙がってきた歌詞の案

そこから挙がってきた言葉は「無人駅」「民放の数は2局」「田舎」「なにもない」などなど。
そんなまっすぐな言葉で編まれた歌詞にNOBUさんが曲をつけて6つの曲をつくり、
全校生徒630人だけが参加できる投票ライブを開催しました。

投票ライブの様子

全校生徒がそれぞれどの曲を選ぶか審議中

このライブ後に、全校生徒で行われた公開投票で選ばれたのが
このたび発表された『田舎女子高生』です。
投票ライブの会場では涙する生徒さんもいたそう。

岩手〈cafe&living UCHIDA〉
カフェと託児所、
地域の新たな子育ての場へ。
COKAGE STUDIO vol.3

COKAGE STUDIO vol.3 
いよいよオープンしたウチダ。見たかった風景がここに。

前回紹介したように、5か月という長い改装期間を終え、
2017年6月15日にグランドオープンしました〈cafe&living UCHIDA〉。
ついこの間まで釘を打つ音や木を切る音がしていた店内からは
仕込みをする包丁の音とカレーの香りが。完成したカフェの空間を前に、
いよいよお店が始まるんだなと楽しみになりました。

完成した店内。手前がカフェ・窓の奥に見えるのがリビング(託児所)。

こちらは改装前の様子。

ウチダの特徴は、カフェとリビング(託児所)が併設されていること。
カフェとリビングは古い建具でつくった
パッチワークの大きな窓で仕切られていて、 
子どもたちが楽しそうに過ごしている様子をカフェから眺めることができます。

カフェからリビングを見た様子。

リビングは6か月の赤ちゃんから5歳まで、幅広い年齢の子どもが過ごす空間なので
年齢に合わせた過ごし方ができるように、
子ども用トイレとお昼寝ルームも備えています。

左側の小屋が子ども用トイレ。壁越しにお昼寝ルームがあります。お昼寝ルームの窓は、額縁を利用しています。

古いのに、新しい。古材や古道具の魅力

店舗に使用した古材や古道具は奥州市周辺からレスキュー(回収)したものです。
テーブルやカウンター、床に使った板も、もともとは
別の建物で使われていたもので、
それぞれに刻まれてきたストーリーがあります。
一度役目を終えた古材たちに、価値を見出してお店に使うことができたら、
きっとレスキュー先の知人や友人たちの思いも引き継ぐことができるはず。
そんな想いで古材を空間にはめ込んでいきました。

カウンターに使われている天板の一部は、奥州市にある仕入れ先のたまご屋さんの自宅からレスキュー。

カフェのカウンターに施したタイル状のデザインは、販売できないデニム約30本分を敷き詰めたもの。DIYしたメンバー“チームUCHIDA”は前職で古着を扱っていたので、それをイメージして、全体の空間デザインをお願いした長野の〈ReBuilding Center Japan〉の東野唯史さんがデザインしました。

古材や古道具の良さは、新しいお店でもその場所に
ずっとあったかのような雰囲気で、落ち着いた空間に仕上がります。
古材は反りがあったり、長さがバラバラだったりと
決して使いやすい材料ではないのですが、

「これはどんな場所に使うと良いだろう」

なんていうことを考えるのも楽しかったりします。
古いものが身近に多くなかった世代の私たちにとって、
古材や古道具は古さというよりも、新鮮でかっこよく見えています。

Iターン移住者が
渦を巻き起こした!?
長野県飯山市で自然体験イベント
〈自然足りてますか?〉が
生まれるまで

東京・三軒茶屋生まれ、三軒茶屋育ちが、
不思議な縁から長野県飯山市にターン、しかも山伏として。
そこで気の合う仲間を得て、地元と東京をつなぎ始める。
2017年9月には自然体験イベント〈自然足りてますか?〉の第2回目も開催。
彼はどうやって飯山に新しい渦を起こしたのだろうか?

「次は、何する?」
気の合う“男4人衆”が長野県飯山市を盛り上げる

長野県飯山市と言われてもピンとこない人も多いだろう。
野沢温泉に向かう途中のまちといえば、少しはわかるはず……。
長野県の観光ガイドブックを見ても紹介されているページ数は少なく、
グッとくるスポットがないのが正直なところ……。

飯山市は長野県の最北部に位置し、
全国ターンランキングで毎回首位を争う長野県のなかでも、
飯山市に移住する人は県内トップ。
しかしまち自体はそこまで盛り上がっていない。

長野新幹線の停車駅として乗降客数は多いものの、
観光客は隣町の野沢温泉へと直行してしまいがち。
停車駅としての知名度は高いが、「まちを知っている人」は少ない。

そんなまちに魅了され、住みたいまちランキングでも
常に上位に位置する東京・三軒茶屋からターンで
この飯山に移住してきた人がいる。志田吉隆さんだ。
過去には芸能事務所で働き、六本木ヒルズなどの飲食店でマネージメントを経験。

「人が好きだから」

とあっけらかんと彼は言うが、それだけで移住してしまうものだろうか。

それに加え、山伏の道にも入ってしまう。

何もかもをリスタートさせる

職を捨て、地位を捨て、ステータスを捨て、飯山に移住して1年。
地域おこし協力隊員として活動し、
徐々に地元の人にも受け入れてもらえるように。

ターン移住者というと、聞こえはいいが、地域住民との問題はたくさんある。
行政がウエルカムでも、決してすべての地元住民が望んでいるわけではない。
自然環境などを理由に移住しても、
その後の暮らしの充実ぶりを左右するのは、結局は 「人とのつながり」だ。

都会のマンションなら、隣の住人を知らなくても構わず生活できるが、
田舎はそうはいかない。田舎には田舎のルールがあり、自身の対応力を試される。
そんななか志田さんは、持ち前の明るさと人懐っこい性格で新生活をスタート。
単身、静かな山間の集落で古民家を借り、テレビも置かず、自然の音を楽しんでいる。

「まにまに」に任せて

移住を決断する前、ひょんなことから
修験で有名な出羽三山の星野先達さんと東京で出会うことに。

「修験とは山に身を置いて感じたことを考える哲学。
山伏とは山と里、神と人をつなげる存在」
などの山伏の話に魅了され、修験の道に入る。
震災以降、“食”に対しても、どこか都会的なシステムには違和感があり、
「まにまに(流れに逆らわず、あるがままに)」
という言葉を聞いたときに移住を決める。
移住先の飯山市小菅地区は、昔、修験の地として
多くの山伏がいたことも要因のひとつだ。

「このご縁を信じたことが始まりです。ノリ的なとこもありましたね(笑)。
『まにまに』って言葉が好きで、これからの流れって部分もあるけど、
いままでの自分の流れも大切にしています。
人と人がつながることができれば、地域には新たな流れができて、
おもしろいことがきっとできるはず」

普段は市役所に勤務。年数回、山形の出羽三山で修行し、住んでいる小菅の山に祈り入れている。

『シン・ゴジラ』の樋口監督が 案内! 福生市からPR動画 『映画監督とぶらり!まち歩き』 公開

東京都西部の福生市。
横田基地があり、異国情緒溢れる町並みなどが知られています。

そんな福生市の福生市商工会が、PRアニメーション作品
『映画監督とぶらり!まち歩き』を制作! 
映画『シン・ゴジラ』の監督を務めた樋口真嗣さんをはじめとする
監督たちが、福生市内をぶらり散策するまちあるきアニメになっています。

この動画の狙いは、福生市で行っているフィルムコミッション事業の周知と、
イメージアップおよび交流人口の増加。
登場するのは、樋口真嗣監督、尾上克郎監督、また学生時代に市内のアメリカンハウスに
工房を構え創作活動を行っていた、福生にゆかりのある原口智生監督の3人。
映像内で本人役として登場する彼らが、市内で撮影されたロケ地などを巡ります。

樋口真嗣監督

ロケ地探しに奔走していた若手アシスタントディレクターのマツコにアドバイス

福生でロケを敢行

たくさんのアーティストが住んでいた福生

無印良品の〈良品計画〉が、 千葉〈旧老川小学校校舎〉を コワーキングスペースに! 木造校舎を生かす試み

森林が総面積の70%を占める木のまち、千葉県大多喜町に、
地元の杉材を使用した素敵な木造校舎があります。
養老川を見下ろす高台にあり、教室の勾配屋根が
周囲の景観と美しいコントラストを成しています。

旧老川小学校校舎を活用したリノベーション

こちらは、旧老川小学校校舎。2013年に閉校となってしまいましたが、
地域活性化の拠点としてさまざまな使い方が試されてきました。
2017年11月、そのなかにコワーキングスペースがオープンしました。

スペースを開設したのは、〈無印良品〉を展開する〈良品計画〉。
同社では2017年5月より旧老川小学校を拠点とする活動を始めたのだとか。
コワーキングスペースは、その新しい試みのひとつです。

2017年11月9日(木)〜2018年1月31日(水)までの間は、
1名につき1日300円で利用できるとのこと。
とてもリーズナブルなのです!

このコワーキングスペースが目指すのは、新しい事業の創出と地域コミュニティの活性化。
利用者同士のコミュニケーションから、新しい連携や協働、
事業が生まれることを目指していくといいます。

高山の夜祭り〈本町四丁目夏酒場〉
シャッター商店街にグルーヴを。
人生にロックンロールを!

写真提供:hiroko.hashimoto

飛騨への移住は何が違う?
仕事、住居、暮らしを支える飛騨コミュニティ vol.2

世界中から集まる、多くの旅人の心を掴んで離さない飛騨。
観光地として有名な飛騨は、高山市・飛騨市・下呂市・白川村の
三市一村からなる広域エリアだ。
伝統に触れつつ、新しい生き方を実践できるこの地域には、
観光客だけでなく移住者が増えている。

地域で暮らすうえで、大きなポイントとなるのが、人とのつながり。
縁を感じられる地域には、移住者は自然と集まってくる。
コロカル×未来の地域編集部でお届けする、飛騨の魅力に迫る連載。
外の人々を迎え、つながりを強くする。そんな飛騨のコミュニティを訪ねていく。

レトロな商店街で人々を熱狂させる、夏の恒例イベント

歴史ある家屋が並ぶ「古いまち並み」や、
日本三大朝市のひとつ〈宮川朝市〉で有名な高山市。
まわりを山に囲まれた情緒深いまちの風景は、近年外国人旅行者にも人気が高い。

趣のある夕方のまち並み。日中は外国人旅行者も多数訪れる。

ちょうど、まちの中心を流れる宮川に沿って、レトロな雰囲気の本町商店街がある。
ここでは、毎年夏に多くの人々を熱狂させる
〈本町四丁目夏酒場〉(夏酒場)というお祭りが行われている。

このイベントを主催するのは、本町四丁目商店街振興組合のみなさん。
商店街の持続と発展を目的として、四丁目で商店を営む19名で構成されている。
40年以上前からある組合だが、近年は高齢化や後継者問題を抱える商店も多く、
昔と比べて活動規模は縮小している。

そんな商店街で毎年行われている夏酒場は、飛騨地域には珍しい屋外の大型イベントだ。
いまでは、夏の恒例イベントとして多くの人に知られるようになったが、
活動が始まった背景には、さまざまな人たちの思いが詰まっていた。

空き店舗をなんとかしたい! 靴屋の原田さんの思い

原田憲一さんは、本町四丁目にある〈靴のハラダ〉の息子として生まれ育った。
大学進学を機に上京し、東京の靴屋で修業時代を過ごした後、25年前に帰郷。
高山で自身の靴屋をオープンさせた。
もともと郊外に出店していたが、何度かの移転を経て、
現在は本町四丁目でブーツ専門店〈Knockin’ Boots〉を営んでいる。

Knockin’ Bootsはネット販売が中心。店舗では、原宿系のカラフルなブーツが目を引くこともあり、外国人旅行者がよく立ち寄るという。

「この場所で靴屋を始めたのは2012年。
ちょうど四丁目でも空き店舗が目立ってきた頃でしたね。
昔は、地元の人は商店街で買い物していましたが、やっぱりいまは、
郊外の大型店やショッピングモールなどに出てしまう人が多い。
何もせずに放っておいたら、衰退する一方です」

本町四丁目は、市街地のメインストリートから少し離れていることもあり、
人通りが多いとは言えない。
なかには、どうしても環境の変化に対応しきれない商店もある。
シャッターが下り、空き店舗が目立つようになってきた商店街は、
原田さんにとって、なんとかしたい課題だった。

夜の商店街は、人通りもまばら。閉店してしまっている店舗も多い。

「もともと、本町では毎年8月1、2日に〈納涼夜市〉というお祭りがありました。
一丁目から四丁目まで、それぞれの組合が管理していますが、この日は一致団結。
本町商店街がすべて歩行者天国になって、金魚すくいや動物のレースなど、
お祭りらしいことをやっていたんです。
組合としては、自分たちの父親世代が頑張っていた時期ですね」

以前は靴以外にも商品を販売していたが、現在はブーツが看板商品だ。

一丁目から三丁目までは、いまでも多くのお店が開店しているが、
空き店舗が増えてきた四丁目では、イベント運営が徐々に難しくなっていった。
原田さんがUターンしてお店を始めた頃は、
四丁目のみ納涼夜市のすべての運営を企画会社に委託していたという。

子どもの頃に体験したかつての賑わいと、
目の前にある空き店舗だらけの商店街とのギャップ。
何かできないかと思案していた原田さんに、ある店で転機が訪れた。

〈文化庁メディア芸術祭石垣島展 ひかりきらめくイマジネーション〉 石垣島でメディア芸術祭を開催!

石垣島にメディアアートがやってくる!

沖縄本島の南西約400kmに位置する自然豊かな離島、石垣島。
なんと、年間に150万人もの人々が観光客として来訪します。
そのうちの30万人は外国から訪れる、国際的な観光地です。

2017年11月29日(水)~12月17日(日)、ここ石垣島で初の
文化庁メディア芸術祭・地方展が行なわれています。

落合陽一『コロイドディスプレイ』

メディア芸術祭とは、1997年から毎年行われている
アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門から、
文化庁によって顕彰された国内外の優れた作品を展示するというイベント。
趣向を凝らしたマニアックなアート作品だけでなく、
テレビで見かけるようなアニメやマンガの作品も鑑賞できるのです。

『Pokémon GO』

今回の文化庁メディア芸術祭石垣島展
「ひかりきらめくイマジネーション」では、19日間にわたり、
石垣市民会館をメイン会場に、石垣島各地で開催。

今回の展示作品は、第20回の受賞作品をはじめ、
過去の受賞・入選作や作家による最新の作品を独自に企画し、
広がりつづけるメディア芸術を紹介します。

それだけでなく、日本有数の星空を持つ街での屋外上映や、
南国のまちなかを中心に展開する芸術と自然など、
石垣島ならではの展示や上映が展開します。

こうの史代 『この世界の片隅に』 (C) こうの史代・双葉社/『この世界の片隅に』製作委員会

11月30日は、中心部にある新栄公園を会場に
世界有数の美しさを持つ星空の下、
ヒット作『この世界の片隅に』『ジョバンニの島』などの
長編アニメーションの屋外上映があります。

それだけでなく、中心市街地を中心に展開する各会場では、
児玉幸子さんによる『モルフォタワー』や scope+橋本典久さんによる『life-size』、
チームラボの『百年海図巻 [上映時間: 100年]』 、
落合陽一さんの『コロイドディスプレイ』など
さまざまな現象の美しさや驚きを科学によって象ったメディアアート作品が展示され、
石垣島ならではの観賞体験ができる予定です。

scope+橋本典久『life-size』(C) 加藤健

〈世界一提出が困難な 婚姻届ツアー〉 石垣島を縦断して市役所へ。 婚姻届もかわいい!

石垣島の「世界一困難な」婚姻届提出ツアー

婚姻届は在住の市町村に出さなくてはいけないと思っていませんか? 
じつは、日本中のどこにでも提出できるのだそうです! 
石垣島で、そんな制度を生かした〈世界一提出が困難な婚姻届ツアー〉
に参加するカップル(=挑戦者)の募集が始まりました。

これは、石垣島が地方創生プロジェクトの一環として、
旅行会社〈H.I.S.〉と共同主催するツアー。
意外なようですが、婚姻届を提出してもその地域に住む必要はないのだとか。
「移住する必要はありません。もちろん移住してくださったら嬉しいですが……」とのこと。
でも、現地へいったら移住したくなってしまうかもしれないですね。

ただしこのツアー、島縦断、クライミング、海底ダイビングを経て
石垣市役所に婚姻届を提出するという旅程になっており、なかなか困難なよう。

ミッション1「石垣島の最北端から最南端まで縦断せよ!」

この婚姻届提出ツアーは、石垣島最北端に位置する
平久保崎灯台からスタート。そこから二人は手を取り合いながら、
石垣島の最南端まで移動しなければなりません。
その距離なんと全長40km!

『SHIRETOKO! SUSTAINABLE 海と、森と、人。』 石川直樹さんらが発信する 知られざる知床の魅力とは!?

流氷、海、川、森。
生命のサイクルがもたらす豊かな恵みの地、知床。

北海道斜里町にて、そんな知床の新たな魅力を発信していこうと
〈知床ブランディングプロジェクト〉が始まっています。

撮影:石川直樹

これは、2015年にスタートしたプロジェクト。
世界遺産登録から10年を経て知床の魅力をあらためて見直し、
新しいイメージを発信しています。

プロジェクトチームのメンバーは、斜里町役場と知床斜里町観光協会の皆さん、
写真家の石川直樹さん、アートディレクターの原耕一さん・七郎さん・せいさん(TROUT)、
クリエイティブディレクターの初海淳さん、そして地元ミニコミ誌の皆さんなど。

今年、同プロジェクトチームがブランドブック
『SHIRETOKO! SUSTAINABLE 海と、森と、人。』Vol.1をつくりました。

ブランドブック『SHIRETOKO! SUSTAINABLE 海と、森と、人。』撮影:石川直樹/原七郎

岩手〈世嬉の一酒造〉
山あり谷ありの地ビールづくりに、
100周年目の新たなチャレンジ。

日本酒はもちろん、数々の受賞歴をもつクラフトビールの醸造や
郷土料理レストランの運営など、
「酒」を軸に幅広い事業を手がける岩手県一関市の〈世嬉の一酒造〉。
2017年9月には、平泉町に
直営ビアカフェ〈The Brewers of Hiraizumi〉をオープンし、
来年2018年3月には本社敷地内にビール工場増設を予定している。

さらに今後は、酒蔵としての原点に立ち返るべく
日本酒の新しい蔵づくりにも動きだす。
常に進化&深化し続ける同社の思いを社長にうかがう。

創業は、倒産した老舗酒蔵を引き継いだこと

一関市のまちなかを流れる磐井川沿いに、〈世嬉の一酒造〉はある。
江戸期から受け継がれた古い蔵群を残す2000坪の敷地内には
郷土料理レストラン、ビール工場や博物館などが並び、
一関を訪れる観光客にとってのランドマークともいえる場所だ。

世嬉の一酒造の創業は、1918(大正7)年に遡る。
創業当時は、千厩町で代々続いてきた“横屋酒造”の名で呼ばれていた。
もともと江戸時代からこの地で酒蔵を営んだ〈熊文酒造〉が大正期に入って倒産し、
その経営を横屋酒造の次男・佐藤徳蔵氏(初代社長)が引き継いだのである。
ほどなく、現在の社名“世嬉の一酒造”に変更したが、
そこにはこんなエピソードがある。

「初代の頃に髭の宮様で知られる閑院宮載仁親王殿下が当蔵にお立ち寄りになって。
『世の人々が喜ぶ酒をつくりなさい』という言葉をいただき、
『世喜の一』というブランドのお酒をつくりました。
それを機に、初代が社名変更したんです」

そう教えてくれるのは、現在4代目を継ぐ佐藤 航(わたる)さんだ。

4代目を受け継ぐ代表取締役社長・佐藤航(わたる)さん。

しかし昭和後期、航さんの父・晄僖(こうき)さんが3代目を継ぐことになるも、
酒造業の経営は厳しかった。そんなときに
他企業からは、スーパーやホテルにしたいという話もあがったそうだが、
「貴重なこの蔵を残したい」という祖母の思いを受け、
晄僖さんは、千厩町で順調な経営をしていた
ふたつの自動車学校のうちひとつを売却して資金繰りをし、
世嬉の一酒造の経営を続けた。

蔵のひとつを〈cafe 徳蔵〉として活用中。アンティーク家具に囲まれ、居心地の良い空間。

「資金繰りは常に大変だったようです。もうひとつの自動車学校の利益で補てんし、
現金収入を得るために母がレストランを始め、酒を売るために売店をつくったり
親はいつも忙しく動き回っていました」と振り返る航さん。
中学生から高校生にかけて多忙な両親の姿を見ながらも
自身が酒蔵を継ぐことは想定しておらず、
「順調な自動車学校のほうを継ぐと思っていた」のだとか。

敷地内にある蔵元レストラン。一関の郷土料理が楽しめる。

いち早く、地ビールづくりに取り組むが……

1994年に酒税法が改正されると、ビール醸造免許取得の垣根が低くなり、
全国各地で地ビールづくりに取り組み始めた。
同社を中心にする地元企業もまちおこしの一環として、
1997年に〈いわて蔵ビール〉の販売をスタート。東北2番目の地ビールであり
各地から注目を集めたものの、なかなか軌道に乗らずに3年目で赤字に……。

高校卒業後に首都圏の大学へ進学したのち
船井総合研究所に就職した航さんが実家に戻ってきたのは
ちょうどその頃。30歳だったという。
ビール事業を辞める選択もあったが、辞めるにはお金もかかる。
航さんは大学時代に環境微生物を学んでおり、微生物の基礎知識があった。
そこで自身が工場長となり、たったひとりでビールづくりに再チャレンジし始めた。
「やり始めたらおもしろくて、おかげさまで順調に伸びていきました」と振り返る。

〈菊池アートフェスティバルvol.2〉 菊池市をアートの里に! 市民とアーティストが始めた 熊本最大級のアートイベント

2017年11月23日(木・祝)~26日(日)、熊本県菊池市にて
熊本県内最大級のアートイベント
〈菊池アートフェスティバル vol.2〉が開催されます。

展示されるのは、国内外のアーティストや市内の中学・高校生など、
約100人による彫刻、日本画、インスタレーション、
ブラックシアター、空中映像などなど。
また、14組のアーティストによるパフォーマンスや
マルシェ、ワークショップなども楽しめます。
2016年は全国から約1万人が来場したのだとか。

本フェスは、市民の皆さんが「菊池市をアートの里として全国に売り出したい」
という思いから始めたフェスティバルなのだそう。
その背景には、過疎の問題を抱える龍門地区を活性化し、
熊本地震の被災者の皆さんをアートの力で元気づけたいという思いがあります。
運営には若手アーティストを支援する団体
〈熊本アートオーガニゼーション(KAO)〉も関わっています。

島根の古民家が海を渡った!?
日本とエチオピア、
2国の伝統建築改修プロジェクト。
伝泊 vol.4

伝泊 vol.4

こんにちは、建築家の山下保博です。
これまで、3回にわたり、伝泊についてお話してきました。
伝泊とは、僕のつくった造語で、伝統的、伝説的な古民家を探し出して、
改修することで宿泊施設としてよみがえらせ、
旅に物語を求める人のために、地域の人との出会いの場を提供する仕組みのことです。

これまで僕の出身地である奄美大島に3棟(第1回を参照)、
加計呂麻島に2棟(第2回を参照)、
そして佐渡島に1棟(第3回を参照)オープンしました。

加計呂麻島の伝泊・奄美「リリーの家」。

日本全国に、その土地の気候や風土に合った構法や、
材料を使って建てられた民家が、空き家のまま放置されています。
次の世代に伝えていくべき伝統的な建物が、住む人なく荒れ果て、
朽ちていくのを黙って見ていることができずに始めた活動です。

50年から200年前に建てられた民家を、
もとの姿に戻したシンプルな伝泊に滞在して、
集落に暮らすように過ごす島時間。

「一歩足を踏み入れた瞬間のわくわく感が忘れられません」

「3世代7人で泊まれる貴重な宿。泳いだ後に畳に寝そべり、
家族でゆっくりおしゃべりできて良かったです」など、

伝泊に宿泊されたお客さんには、
1棟貸しならではの体験を楽しんでいただいています。

逆に、ひとりでお泊りのお客さんからは、「夜ひとりで怖かったです」とも。
都会と違い、島の夜は本当に暗いですからね。虫もいますし(笑)。

伝泊・佐渡「ぐるり竹とたらい湯の宿」。

家の持ち主や、地域の方からも、

「どうしたらいいか途方に暮れていた空き家がよみがえり、
家族で喜んでいる。親戚が集まる時にぜひ使いたい」

「集落に活気が戻ることを期待している」など、うれしい言葉をいただきました。

よみがえった伝泊の庭で開催された8月踊りの輪を、うれしそうに眺める「高倉のある宿」の持ち主さんとご親戚。

第1回目でも触れたように、伝泊を始めるきっかけとなったのは、
奄美大島で空き家問題の相談を受けていたことでした。
ただ、伝泊を始めるまでにも、全国の古民家に携わるさまざまな機会がありました。
僕は、2007年から2009年頃、慶應義塾大学の講師としてゼミの学生とともに、
島根県の過疎地で空き家となった
古民家の再活用についてのリサーチを行っていました。

戦火を免れた島根県には、地場のクリ、クロマツ、ケヤキを使った
優良な古民家が多く現存しています。
しかし、毎年200棟の古民家が解体・焼却されていると言われ、
これらの実態調査や実測調査などを行い、
貴重な古民家や古材の保存活動を行ってきました。

今回は、伝泊からは少し離れて、日本の伝統建築の特特徴のひとつである、
「移築」をキーワードに建築家らしい活動をご紹介したいと思います。

島根の古民家が、海を渡る!?

約10年前に在エチオピアの日本大使館より、
日本とエチオピアの架け橋となる「日本文化会館」をプレゼントしたいという
建築設計の依頼をいただきました。
エチオピア歴2000年のミレニアムに合わせた
〈エチオピア・ミレニアム・パビリオン〉というプロジェクトで、
日本館とエチオピア館をつくります。

日本文化会館をつくることになったエチオピア第2の都市、ゴンダール市は、
17〜18世紀にゴンダール朝の都として栄え、
まちの中心部にある宮殿〈ファジル・ゲビ〉が、
世界遺産に登録されている古都です。

世界遺産ファシル・ゲビ宮殿。ゴンダール様式と呼ばれる独特の建築様式には、ポルトガルやインド、ムーア建築の影響もみられる。

僕はよくあるようなコンクリート造りの建物にはしたくないと思いました。
せっかくのプロジェクトがお仕着せになってしまうと意味がない。
ただお金を出す、施設をつくるというだけじゃ一方通行になってしまいます。
ですから、エチオピアの人々の視点に立ち、
彼らが本当に求めているものを渡せるよう、知恵を出したいと考えました。

日本文化会館を建設する敷地周辺の風景と人々。近くにはスラム地区もあり、貧しい様子だった。

ふたつの国の伝統的な建築とは?

日本とエチオピアの架け橋になる建物。
僕は両国の伝統的な住居に着目しました。
エチオピアの伝統的な円形住居はシンプルな石積みの壁と、
梁は木を渡しただけのシンプルな木造の屋根組みで構成されます。

ファジル・ゲビ周辺には歴史地区がひろがり、現在でも伝統的な石積みの円形住居が残っている。

一方で日本の伝統的な民家は、金物を使わない精緻な木造構築物です。
これらの伝統住居をそれぞれの地で解体、
輸送して敷地で再構築するとおもしろいんじゃないか?
日本で朽ち果てそうになっていた古民家と、
エチオピアの現地で捨てられていた石積みの円形の住居を移築して、
それぞれ日本館、エチオピア館として建て直したら、
新たな価値を見出せるのではないか?
ひと言でいうならば、「価値の再編成」です。

日本とエチオピアの古民家を移築して再利用したら新たな価値が生まれるか?

日本からは当時フィールドワークを行っていた島根県大田市の古民家を
ゴンダールへ移築し、エチオピアの伝統的な円形住居と合わせ再利用し、
地域資源のリサイクルモデルとなるような建築をつくりたいと考えました。

住み手を失い長い間空き家となっていた古民家を解体、移築することになった。

〈1964 SHIBUYA VR〉 みんなの写真で過去の渋谷を VR化! “タイムマシーン” プロジェクト開始

ヴァーチャルリアリティの技術で昔の渋谷のまちが復活するという、
新しいプロジェクトがスタートします。
その名も〈1964 SHIBUYA VR〉。

これは、当時の写真を現代の3D技術を使ってVR化することで
「記憶の中のまち並み」を再現していく試み。
個人・企業に参加してもらい、みんなで集めた写真をもとに
データ化していく壮大なプロジェクトです。

今回、第1弾としてスタートする〈1964 SHIBUYA VR〉は、
東京オリンピックが開催された1964年当時の渋谷界隈のまち並みを再現します。

2020年に向けてますます世界から注目されているまち、渋谷。
第1弾では、その渋谷というまちが1964年の東京オリンピック当時、
どのような風景だったのか、当時の写真を収集します。

そして今後はさまざまな地域でプロジェクトを展開していくことで、
プロジェクトに参加した方々の記憶の中にある、
まち並みをVRで回遊する体験を提供できるようにするそう。

このプロジェクトを推進するために、
発起人であり代表理事の土屋敏男さん(日本テレビ)と
齋藤精一さん(ライゾマティクス)、永田大輔さん(DISTANT DRUMS)の
3名が理事となり〈一般社団法人1964 TOKYO VR〉が設立されました。

まずは当時の貴重な写真を、東京急行電鉄株式会社、渋谷区、宮益坂町会、
読売新聞から提供してもらい、その写真を3DCGに長けたソフト会社である、
オートデスク株式会社の技術協力によってVR化。

また、バンタンゲームアカデミー、デジタルハリウッド大学の教員・学生にも
産学協同プロジェクトとして制作協力してもらうという
大掛かりなプロジェクトです。