ローカルでアクティブするってどういうことだろう?
福島県いわき市小名浜。人口も面積も福島県で一番大きいいわき市の、中心街のひとつ。
県内最大の港である小名浜港や魚市場、
県内外にファンを持つ環境水族館〈アクアマリンふくしま〉や、
最近は県内最大規模となる商業施設〈イオンモールいわき小名浜〉が
オープンしたことでも話題になった。
そんな小名浜で「ローカルアクティビスト(地域活動家)」と名乗り活動しているのが、
小松理虔(こまつ・りけん)さんだ。

実は、いわき市で地域づくり――いわゆるまちづくり的な活動――をしている人で、
理虔さんを知らない人はほとんどいないのではないかと思われるほど、
地元では有名人だったりする。
だがおそらく、地元の人たちのなかでも、「理虔さん像」はさまざまだろう。
地元・小名浜の魚屋さんを会場にした飲み会「さかなのば」を開催している人、だったり、
東京電力福島第一原子力発電所沖まで釣り船を出し、釣りを楽しんだあと、
釣った魚の放射線量を測る活動「うみラボ」をやっている人、だったり、
はたまた、昨年2018年に出版した初の単著『新復興論』が大佛次郎論壇賞を受賞した、
なんかすごい人なんじゃないか、とか……。
福島のメディアで働いていた時に、一度ローカルに失望した
「賞を取る前と取ったあとで、全然何も変わってないんですよ」と人懐っこく笑う理虔さん。
ラジオのDJになりたかったという少し大きめの声はよく通る。
新卒で勤めた福島のテレビ局では、取材や番組制作だけでなく、
ナレーションも務めたというのも納得だ。
そのテレビ局には、大学を卒業した2003年4月から丸3年勤務したが、
その頃にローカルというものが一時期嫌になったという。
「ローカルのテレビニュースは連続性がない。地域のイベントや祭りに行って、
参加者にコメントを取ってたった1分の枠を埋めるようなことばかりをやって
何の意味があるのかと」
それでいて特権階級のように、
会社の名刺ひとつでどんな立場の人にも取材に行けるという境遇にも違和感を覚えていた。
「いくら大きな取材をしてもそれはあくまでも会社の看板。
自分の力ではないから成功体験を積めない」と感じた理虔さんはテレビ局を辞め、
なんと単身上海へ。
上海を選んだ理由は、大学時代に関心を持って中国の勉強をしていて
中国語をある程度話せたことと、日本語教師としての勤務先があったこと、
そして、特に当時の中国は、日本にはない勢いがあり、
自身の力を試すことのできる環境であったからだった。

































































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