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〈地域おこし協力隊〉の
皆さんに質問!
どんなキッカケで入隊したの?

このまちのくらしとけしき
vol.011

posted:2019.4.26   from:全国(一関市・隠岐の島町・花巻市)  genre:暮らしと移住 / 活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  毎月コロカル編集部からテーマを出し、
日本各地で活動している地域おこし協力隊の方から集まった写真とメッセージを紹介していきます。
その土地ならではのものだったり、自分の暮らしと変わらないものだったり……。
どんな暮らしをしてどんな景色を見ているのか、ちょっと覗いてみませんか?

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Yo Sakurai, Ami Igarashi, Kanta Suzuki

櫻井 陽/五十嵐杏美/鈴木寛太

今月のテーマ 「こんなキッカケで、地域おこし協力隊になりました」

高齢化、人口減少が進む日本各地で、
意欲的に地域協力活動を行う都市住民を受け入れ、
彼らのニーズに応えながら、地域力の維持や強化に協力してもらう――
そんな目的をもって2009年に制度化された、〈地域おこし協力隊〉。

総務省によれば、2018年は5359人もの隊員が全国の自治体に所属し、
地域を盛り上げるべく活動しているようです。

「協力隊に興味はあるけれど、どんなキッカケで入隊するんだろう……?」
と、なかなか一歩踏み出せずにいる方も意外と多いのでは? 

そこで今回は、実際に地域おこし協力隊の皆さんから、
協力隊を志すことになったキッカケを教えてもらいました。

【岩手県一関市】 初めて、地元の将来が明るく見えたワークショップ

地元の「一関」にも、おもしろい人がいる。
自分も何か一緒にできることがあるのでは? 
そう思ったのが、地域おこし協力隊になったキッカケでした。

それまでは被災した沿岸地域のボランティアや、それに携わる業務をしていました。
ふと思ったのが、沿岸地域は深刻な状況ではあるものの、
さまざまな支援があり、復興を目指す気運で地域に活気があるけれど、
高校を出るまで暮らしていた一関には、こんな活気はない。

地元の一ノ関駅前の商店街。

地元の一ノ関駅前の商店街。

そのときは、そう思い込んでいました。
ですが、一関で行われた、“地域おこし”がテーマのワークショップに
たまたま参加したところ、
地元で活躍されている社長や、同じ志を持つ同世代の人と出会いました。

“地域おこし”がテーマのワークショップにて。

彼らと話していると、地元を悲観するということはまったくなく、
「こうしたらおもしろそう!」というアイデアが次々と出てきて、
ワクワクしたのを覚えています。

このとき初めて、地元の将来が明るく見えた気がしました。
その後、自分の働き方について考えるタイミングがあり、
私は一関の協力隊に飛び込みました。

ワークショップで出会った方とは、今でもさまざまな場面でご一緒させてもらっています。

ワークショップで出会った方とは、今でもさまざまな場面でご一緒させてもらっています。

協力隊になって3年。
ワークショップで出会った仲間、そして、協力隊になってから出会った仲間とともに、
あの日語り合った明るい一関の未来を目指し、一歩一歩活動を続けています。

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櫻井陽 さくらい・よう

岩手県一関市出身。2016年よりUターンで一関市の地域おこし協力隊に着任し、農業分野の地域団体の活動支援を行う。好きな食べ物はカレー。趣味の硬式テニスをやらないと病にかかる体質。2017年より一関で楽しく暮らしたい20代のための地域団体〈TAKU。(たくまる)〉を発足し、各々がまちを楽しむためのさまざまな企画を実施する。

【島根県隠岐の島町】 地方に暮らす人々の、生きる強さと、真のやさしさを感じて

私の場合は、地域おこし協力隊のネガティブな噂を聞いたり、
おかたいイメージの行政に所属することへの抵抗感があったりして、
正直なところ、まさか自分が協力隊になるとは思ってもみませんでした。

一度訪れてから、ずっと心に残り続けていた御神木「乳房杉」のある集落に住めることに。勝手に乳房杉が私を呼んでくれたような気持ちになりました。

一度訪れてから、ずっと心に残り続けていた御神木「乳房杉」のある集落に住めることに。勝手に乳房杉が私を呼んでくれたような気持ちになりました。

大学卒業後はOLをしていましたが、東京での生き方への違和感を払拭できず、
自分なりの答えを見つけたくて各地を旅していました。

衣食住にまつわることを自分たちで何とかするような地方の暮らし方に触れるたび、
人々の生きる強さと、真のやさしさを感じて、衝撃が走ったのを覚えています。

そのうちに、私には自然のなかで暮らすことが合っていると確信し、
漠然と憧れていた島への移住を決意。
暮らすならここ! と思ったのが隠岐の島町でした。

当時持っていた理想の移住先のイメージは、「四季を感じられる」「山や田畑などの日本の原風景がある」「伝統文化が残っている」「田舎すぎず都会すぎず」そんな島でした。

当時持っていた理想の移住先のイメージは、「四季を感じられる」「山や田畑などの日本の原風景がある」「伝統文化が残っている」「田舎すぎず都会すぎず」そんな島でした。

移住するにあたって、仕事と家も希望に近づけたいと考えていたところ、
仲よくなった協力隊の友人に、次年度の募集があることを教えてもらいました。
自分の願望と募集条件がぴたっと重なり、
「これは私のための仕事だ!」と直感的に感じ、応募。
こんなふうにして、流れ着いた先が協力隊でした。

結局、1番大切なのは人とのご縁。「この人と一緒に働きたい!」と思う担当者さんに出会えたことが決め手に。地域からの信頼も厚い方だからこそ、私もすっと溶け込めたのだと思います。

結局、一番大切なのは人とのご縁。「この人と一緒に働きたい!」と思う担当者さんに出会えたことが決め手に。地域からの信頼も厚い方だからこそ、私もすっと溶け込めたのだと思います。

理想のライフスタイルを目指しながら活動させていただけることになり、
「ご縁の国しまね」でのご縁を信じてよかったと思っています。

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五十嵐杏美 いがらし・あみ

平成2年生まれ。元ギャルの島ガール。2017年3月末、東京から島根県隠岐の島町へ移住し、現在は地域おこし協力隊として活動中。移住のテーマは、【自然との共生】と【丁寧な暮らし】。四季の移ろいのなかで豊かに生きる術を学び中。また、自分らしく生きることを探求するためにヨガとアーユルヴェーダを学んでおり、同時に広める活動も行っている。

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【岩手県花巻市】 さまざまな人の言葉やご縁にふれて、移住を決断

〈花巻市地域おこし協力隊〉として
岩手県花巻市大迫町(おおはさままち)に着任したのは、2015年8月。
花巻市を着任地としたキッカケは、大学時代まで遡ります。

大学1年生の春に発生した東日本大震災が、私の人生を大きく変えました。
大学のボランティアプログラムを利用し、震災後の岩手で活動していました。
そんなある日、現地の方から
「また、来てね」「いつでもいいから来てね」という言葉をかけていただき、
心に強く響きました。

「こんな僕でも、またここに来ていいんだ」という思いと、
その言葉がずっとに心に残っていました。
大学を卒業し、企業に勤めましたが、
どうしても現地の方にかけてもらった言葉が忘れられず、
「いつか岩手で働きたい」という思いが増していきました。

実家を出るときに書いた決意表明文。書きなぐったあとに友人の車で岩手を目指しました。

実家を出るときに書いた決意表明文。書きなぐったあとに友人の車で岩手を目指しました。

そんなある日、友人から勧められた、花巻市地域おこし協力隊。
これに応募すれば、岩手で働ける。
そんな単純な理由で、岩手県花巻市行きを決意。
後先考えず、協力隊任期の3年間、どうにかなる! という思いのほうが強く、
裏づけのない自信こそが若者の強み! という勢いで、24歳の夏に岩手県花巻市へ。

また大学1年の頃、何のために大学に行くのかわからなくなったとき、
恩師から言われた言葉が自分の背中を押してくれました。

「あなたは若いんだから、なんだってできる。
ダメだったら戻ってくればいいじゃない? あなたなら大丈夫」

大学時代のゼミナールのみんなより。

大学時代のゼミナールのみんなより。

昨年7月末、任期満了で協力隊を卒業しましたが、
花巻に移住して大正解だったと、胸を張って言える、
そんな毎日を過ごさせてもらっています。

協力隊のときから町内のぶどう農家さんから情報を収集したり、
ぶどうの農作業を手伝うボランティア組織〈ぶどうつくり隊〉の運営や、
大学生と学園祭でぶどうを販売したりと、ぶどうで地域をもりあげる盛り上げることをしてきました。

昨年5月からは自身がぶどう農家に。
これからも引き続き花巻住人として、地域を盛り上げていきます!

昨年、初めてのぶどうの収穫を終えたときの1枚。

昨年、初めてのぶどうの収穫を終えたときの1枚。

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鈴木寛太 すずき・かんた

1991年東京都出身。2011年に発生した東日本大震災以降、大学のボランティアプログラムで、繰り返し岩手県を訪れるようになる。一度は就職するも、2015年8月、地域おこし協力隊として花巻市に移住。大迫(おおはさま)地区で、減少が続くぶどう農家の支援やイベントの企画・調整を行っており、2018年5月にぶどう農家となる。2018年7月末、3年間の地域おこし協力隊の任期を終え、本格始動中。

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