アパレルで伝統文化をつなぐ。
〈スノーピーク〉が
〈LOCAL WEAR〉プロジェクトで
見据える未来とは?

〈スノーピーク〉だからできるアパレルを

アウトドア用品の総合メーカーである〈スノーピーク〉が、
2018年からスタートした〈LOCAL WEAR by Snow Peak〉プロジェクト。
これは各地域に根づく伝統的な技法に特化して製品づくりを行う
新しいアパレルラインであり、
その主目的は伝統文化を次の世代に継承していくことにあるという。

そもそもスノーピークが、
アパレル事業に本腰を入れ始めたのは今から5年ほど前のこと。

現在、代表取締役副社長CDOに就く山井梨沙さんが、
ファッションデザイナーのキャリアを経て同社にジョインしたのがその端緒。
山井梨沙さんは創立者の幸雄氏を祖父に、
そして現社長の太氏を父に持つ、いわばスノーピークの3世代目にあたる人物だ。

新潟・燕三条にあるスノーピーク本社。実に創業62年目を迎える老舗アウトドアメーカーだ。

新潟・燕三条にあるスノーピーク本社。実に創業62年目を迎える老舗アウトドアメーカーだ。

「ファッション系の大学を出たあとは、ずっと東京でデザイナーをやっていました。
ところが、デザイナーとしてやっていくことに行き詰まりを感じ、
なぜ自分はアパレルの世界に身を投じたのか、
この分野で自分は何をやりたいのかを見つめ直すようになりました。
そんななかで、スノーピークでしかやれないアパレルというものが
あるのではないかと思うようになり、入社を決めました。
もともと家業に収まるつもりはまったくなかったので、自分でも意外な選択でしたね」

山井梨沙さんの入社は2012年。ほんの8年前のことではあるが、
当時のスノーピークは今ほどの知名度を獲得しておらず、
アウトドアファンの一部が知るニッチなブランドに留まっていたという。

代表取締役副社長CDO、山井梨沙さん。2014年よりスノーピークでアパレル事業をスタート。

代表取締役副社長CDO、山井梨沙さん。2014年よりスノーピークでアパレル事業をスタート。

実はスノーピークでは、過去にも何度かアパレル事業に着手したことがある。
しかし、軌道に乗らないまま立ち消えた経緯があり、
いわば同社にとって鬼門ともいえる領域だった。

ところが、山井さんはここで存分に才覚を発揮。
アパレル部門は立ち上げ2年目にして前年比300%という実績をあげ、
その後も毎年、右肩上がりの成長を続けている。
成功の秘訣はおそらく、日本を飛び越えてアメリカ市場から“攻めた”ことにある。

「アパレルを始めた当初、日本では、
『なぜアウトドア用品のメーカーが服をつくっているの?』といわれるばかりで、
どこの取引先にもまともに相手にしてもらえませんでした。
これでは埒が明かないので、だったらアメリカで売り出そうと
現地で展示会を行ったところ、思いのほか好意的な評価をいただくことができたんです」

日本以上に知名度のないアメリカで勝負することに、不安がなかったわけではない。
しかし、向こうにはブランド名よりも品質やデザインで物を見る土壌があり、
自社製品の魅力や特性をフラットに伝えることができるはずだと山井さんは確信していた。

青森県産ならではのあたたかさ。 青森育ちの羊毛の魅力を伝える 〈aomori wool〉が魅力的!

雪の中で育つコリデール種(大鰐自然村)

青森の羊の魅力を伝える〈aomori wool〉

本格的な冬到来を目前に、青森市の〈GALLERY NOVITA〉で、
〈冬を彩るaomori wool展2019~青森に暮らす羊たちと紡ぐ~〉が開催されました。

主催は、2016年から活動する〈青森県産羊毛の会 aomori wool〉。
青森市に暮らす女性6人が、青森育ちの羊の毛を自ら紡いで糸にし、
ホームスパンや編み物、フェルト作品の発表を通じて、その魅力を伝えています。

青森ヒバの木板に、青森県産の羊毛、羊毛フェルト、ドライフラワーをあしらってつくられたブローチ(福田直美さん作)

青森ヒバの木板に、青森県産の羊毛、羊毛フェルト、ドライフラワーをあしらってつくられたブローチ(福田直美さん作)

青森ならではのあたたかい毛質

「羊はその土地に合った毛質に育つので、
青森の羊の毛は寒さから体を守るために空気をふくんで弾力があり、
あたたかいんですよ。ムッチリ、ボンな毛質です」と話すのは、
ホームスパン作家で、代表の中川麻子さん。

羊毛の本来の色を生かした中川さんのホームスパン作品・大判ショール。「なるべく染めたくないと思っているので色のついた羊を探しているけどなかなか出会えないの」写真は階上(はしかみ)町のサフォーク。色つきはめずらしい。

羊毛の本来の色を生かした中川さんのホームスパン作品・大判ショール。「なるべく染めたくないと思っているので色のついた羊を探しているけどなかなか出会えないの」写真は階上(はしかみ)町のサフォーク。色つきはめずらしい。

写真左がその全容。

写真左がその全容。

中川さんは、メンバーのホームスパン作家大村知子さんと、
〈aomori wool〉結成前から織物の技術指導や作品発表を行なっていましたが、
当時使用していたのは輸入の羊毛。
「地元の羊の毛をつかいたいな」とぼんやりとは思っていましたが、
まだ青森の羊には出会っていませんでした。

大村さんが実際につかっている織機。以前は着物も織っていたそう。

大村さんが実際につかっている織機。以前は着物も織っていたそう。

今回出品された大村さんのホームスパン作品・大判ショール

今回出品された大村さんのホームスパン作品・大判ショール

図書室にウール工房、そして遊び道具!?
東広島市の古民家は自由自在!

広島県の中央に位置する東広島市。
週末にそこかしこで開放されている西条の酒蔵通りが観光の定番だ。
そんな「お酒のまち」としてのイメージが強い東広島市だが、
実は各地に個性際立つ古民家が点在している。

そこで地域に住まう人の息遣いが感じられる旅をするならぜひ訪れたい、
「場」として古民家をうまく活用している
〈ほたる荘〉〈豊栄ウール工房〉〈Belly Button Products〉の3軒を紹介する。

〈ほたる荘〉
みんなの力を借りて、愛すべき茅葺き古民家を残すための図書室

築約100年の茅葺き古民家を〈ほたる荘〉として活用している。

築約100年の茅葺き古民家を〈ほたる荘〉として活用している。

東広島市の志和堀地区はいくつもの茅葺き古民家が残る風情豊かな田園地帯。
そこに〈ほたる荘〉という茅葺き屋根の小さな図書室がある。

有名どころからコアなものまで、「経済・ビジネス」「科学」「社会・未来」などのジャンルで分けられている本棚。左奥のスペースには文豪たちの作品がずらりと並んでいた。

有名どころからコアなものまで、「経済・ビジネス」「科学」「社会・未来」などのジャンルで分けられている本棚。左奥のスペースには文豪たちの作品がずらりと並んでいた。

ここでは寄贈された本をまったりと読むことができるうえ、
カフェや畑仕事を楽しんだり、
音楽ライブなどのイベント会場として利用することもできる。

〈つくれば工房〉は水、土曜にオープン。

〈つくれば工房〉は水、土曜にオープン。

2019年には隣の蔵をリノベーションし、〈つくれば工房〉を迎え入れた。
3Dプリンタを備える木工室や機織り機が登場し、
子どもも大人も一緒になって学べる「ものづくりの場」としても機能している。

柔らかい光が差し込む窓際では気持ちよく読書できる。

柔らかい光が差し込む窓際では気持ちよく読書できる。

さらに直近では漫画図書室が新設され、
曜日ごとにテーマが変わる室長制度もスタートした。
〈ほたる荘〉はまさに、朝から晩まで入り浸りたくなるような空間へと
年々変化し続けている。

そんな〈ほたる荘〉の代表を務めるのは、鹿児島県出身の杉川幸太さん。
広島大学で教鞭を執るべく、5年前に東広島市へと引っ越してきた。

杉川幸太さん。最近は曜日ごとに室長さんがいるので、杉川さん自身が常に〈ほたる荘〉にいなくても回る体制になった。

杉川幸太さん。最近は曜日ごとに室長さんがいるので、杉川さん自身が常に〈ほたる荘〉にいなくても回る体制になった。

「子どもと一緒に志和堀を散歩していたら、
茅葺き古民家がいくつもあって衝撃を受けたのと同時に、とても感動しました!
とはいえ、志和堀の茅葺き古民家の数はここ10年で半分以下になったようです。
茅の修理や調達は経済的にも時間的にも負担が大きいことが原因でしょう。
効率的なものばかりが選ばれる世の中において、
いいものであってもいわば非効率な茅葺き古民家を
どうしたら残していけるのかということを考えていきました」

茅葺き古民家をできるだけ長く保全するためには、
個人で管理するのではなく、みんなで管理することが大切だ。
多くの人を巻き込むためには、ただ訪れてもらうだけではなく、
もっと踏み込んだ関わりを通して愛着を持ってもらう必要がある。
そこで生まれたのが「図書室」というアイデアだった。

「かしだしノート」を見ると、小さな子どもから年配の方まで、さまざまな人が〈ほたる荘〉を利用していることがわかる。

「かしだしノート」を見ると、小さな子どもから年配の方まで、さまざまな人が〈ほたる荘〉を利用していることがわかる。

「基本的に、ここにあるのは訪れた人が置いていった本なんですよ。
その多くは、捨てたり売ったりできずに手元に残っていた本です。
簡単には手放せなかった思い入れのある本を寄贈した場所のことは
一生忘れないだろうなと。そういう作戦です(笑)」

〈ほたる荘〉の本は近隣に住む人だけでなく、
旅行で訪れた遠方在住の人も借りることができる。

「いちおう返却期限は1か月にしてみたんですが、
そのままずっと持っていたり自由なルールで借りてる方も多いですよ(笑)。
引っ越しなどのタイミングで『あっ、〈ほたる荘〉の本だ!』と
思い出してくれたら、それでもいいのかなと思いますね」

取材でうかがった水曜日の室長は彦坂智恵さん。「新しい学びの場づくり」をテーマに活動している。焼き芋がとてもおいしそうだった。

取材でうかがった水曜日の室長は彦坂智恵さん。「新しい学びの場づくり」をテーマに活動している。焼き芋がとてもおいしそうだった。

古民家の改修は、
クラウドファンディングと杉川さんらの手持ち資金をもとに行った。
隣町の井上工務店(井上富雄さん)から指導を受け、
広島の建築系学生団体〈scale〉に所属する学生や地域の人々、
そして茅葺き職人とともにほぼセルフでリノベーションを進めた。

「はらぺこあおむし」風の本棚。

「はらぺこあおむし」風の本棚。

「学生たちは人手としてもそうですが、
アイデアをたくさん出してくれたのがとてもありがたかったですね。
例えば、表紙を見せて並べられる絵本用の本棚をつくってほしいと
学生にお願いしたんですが、結局は、
「はらぺこあおむし」風の本棚ができあがって(笑)。
学生が自由にやるとおもしろくなるんだなあと思いました」

〈つくれば工房〉と同じく、水、土曜ならば利用できる機織りスペース。

〈つくれば工房〉と同じく、水、土曜ならば利用できる機織りスペース。

図書室でありながら、実践的な学びの場であり、
自分の居場所を自分でつくる場にもなっている〈ほたる荘〉。
親子連れで行けば、基本的に誰かが子どもと一緒に遊んでくれるという。
本に読み耽ったり機織りをしてみたり、思い思いの時間をここで過ごしてほしい。

information

map

ほたる荘

住所:広島県東広島市志和町志和堀469

TEL:090-9088-5739

開室時間:11:00〜15:00

開室日:火・水・木・土曜

※つくれば工房は水・土曜にオープン

Web:http://www.openhotaru.mimoza.jp/

豊岡市で、 「本と温泉」のアシスタントをする 地域おこし協力隊を募集中! 「本を通じた地域の活性化」とは?

兵庫県豊岡市。県の北東部に位置し、北は日本海、東は京都府に接し、
中央部には母なる川・円山川が悠々と流れ、
海岸部は山陰海岸国立公園、山岳部は氷ノ山後山那岐山国定公園に指定。
多彩な四季を織りなす自然環境に恵まれた地です。
また、日本有数の鞄の産地としても知られ、自然放鳥されたコウノトリが空を舞う。
西日本随一の温泉地・城崎温泉では浴衣で外湯をめぐりを体験……と、
さまざまな特色があるまちなのです。

豊岡のユニークで先進的な試みは以前よりコロカルでも紹介をしていますが、
現在、豊岡は都市像を「小さな世界都市-Local & Global city-」と定め、
豊岡というローカルに深く根ざしながら、世界で輝き「小さくてもいいのだ」という
堂々とした態度のまちをつくるという宣言をしています。

そんな豊岡では、2014年度から地域おこし協力隊の制度を導入し、
これまでに29人の隊員を委嘱。
現在15人の隊員が地域の方と一緒に活動しています。
そして再び「小さな世界都市」の実現に取り組む地域おこし協力隊を18名募集します。

そのなかでもちょっと変わっているのが、「本を通じた地域の活性化」という活動。
募集人数は1名ですが、これがなんともおもしろそう。どんなことをするのかというと、
・NPO「本と温泉」の活動のアシスタント
・既発行本のバイリンガル化のサポート
・文学や本を用いた地域活性化の企画立案から実施
とのこと。

「本と温泉」とは、2013年の志賀直哉来湯100年を機に、
次なる100年の温泉地文学を送り出すべく、
城崎温泉旅館経営研究会が立ち上げた出版レーベル。第3弾まで発売されています。

第1弾 文庫にしてわずか十数ページの小説に、
網羅的な解説を試みた超 “解説編”を合わせた二冊組の、
志賀直哉『城の崎にて』『注釈・城の崎にて』
第2弾 タオル地の表紙に撥水加工の中面の、万城目学による『城崎裁判』
第3弾 松葉がにの形を模した、湊かなえによる『城崎へかえる』

これらの地域限定発売の本を出版し、この冬には第4弾が発表になりますが、
地域おこし協力隊の方はこの次の出版にも携わることになりそうです。

〈ADDress〉の
全国「住み放題」サービスが、
ローカルのコミュニティを創出する

多拠点居住というサブスクリプションモデル

1か月4万円で、全国に自分の家が25か所以上あったら?
想像してみるとワクワクする話。
そんな“住み放題”という夢のような仕組みを実現したのが〈ADDress〉である。

「モノからコトへ、所有から利用へ」とはサブスクリプションモデルを語るときに
よく使われる言葉であるが、それがとうとう住居というジャンルにまで到達したようだ。

「ミレニアル世代が中核を担うようになってくる2035年頃になると、
デジタルノマドの人口が10億人規模になるという予測があります。
総人口の10%程度になってくると、
彼らに合わせた固定の家を持たない多拠点生活が増えていくのではないかと思います」
と言うのは、ADDressを立ち上げた佐別当隆志さん。

〈シェアリングエコノミー協会〉の理事でもある佐別当隆志さん。

〈シェアリングエコノミー協会〉の理事でもある佐別当隆志さん。

どこでも情報発信できるこの時代に、一番縛られているのが住居や住所。
場所に縛られないライフスタイルは、その人の可能性をもっと広げてくれるのではないか。

「地域で“生産”する人を増やしたいと思っています。
観光客が入れ替わり訪れても、地域の人と交流するわけではありません。
それよりは地域とのコミュニティ創出に力を入れたい。
だからハードよりもソフトに力を入れています」

多拠点生活ということで、
たくさんの住居を整えるハードを中心としたサービスと思いきや、
実はそこで行われるコンテンツなどのソフト面が重要だと語る。
よく見てみると、ADDressのサービスはすべてがそういった思想をもとに
設計されているようだ。

まず、ADDressはゲストハウスやホテルではない、つまり宿泊ではない。
あくまで「住む」ということ。利用者は都度、宿泊代を払うのではなく、
ADDressの全会員が、すべての物件に対して共同で賃貸借契約を結んでいることになる。

「私自身が自宅をシェアハウスにしていた体験から、
日本では、滞在型・交流型の民泊や宿は難しいと感じました。
その代わり、日本の法律のなかで地域と交流できるモデルを考えたのです」

日南市の油津商店街にあるADDress。20年近く閉まっていた角地にオープン。

日南市の油津商店街にあるADDress。20年近く閉まっていた角地にオープン。

全国に点在する「拠点」は、画一的ではなく、
それぞれのローカルの特徴が活かされている。
どの場所に、何日住んでも定額だが、1か所には最大連続7日間まで。
日数の上限を設けているのは、まずは多くの人にいろいろな地域を見てもらいたいから。
“旅行以上定住未満”という関係人口の創出や、流動性を促したいという目的だ。

「最近では観光案内所ではなく、
“関係案内所”のようなものをつくる自治体も増えています。
単なるおいしいお店や見どころを紹介するのではなく、
“おもしろい人”を紹介する。地域に住んでいる人自体が魅力だからです。
また会いに行きたいと思わせるような魅力が、継続的な関係性を生み出します」

ADDress日南邸の部屋。木の香りにあふれている。

ADDress日南邸の部屋。木の香りにあふれている。

実はソーシャルグッドな試み! 畑で採れた素材の味を直に味わえる アイスのお店〈AOBA〉

左・〈美咲ブルーファーム寒竹〉のブルーベリーのアイス。右・〈BriGarden〉の大実金柑のアイス。

地域の素材とアイスブレンダー〈BJ〉でつくる〈AOBA〉のアイス

岡山県はおいしい果物や野菜の一大産地。
旬の素材は採れたてで新鮮なときに食べるに限ります。
そんな、一番おいしいシーズンに採れた果物や野菜を
フレッシュな状態で「冷凍」してアイスにするお店〈AOBA〉が、
岡山市にオープンしました。

岡山後楽園の南側、旭川沿いにある店舗。

岡山後楽園の南側、旭川沿いにある店舗。

〈AOBA〉では、農家さんから直接仕入れた果物や野菜をそのまま冷凍したあと、
オリジナルアイスと混ぜ合わせることにより
畑で採れた素材の味を直に味わえるアイスに仕上げています。

2018年にグッドデザイン賞を受賞した〈BJ〉。ボディに使われるあたたかみのある木は、岡山県西粟倉村の木材メーカー〈木薫(もっくん)〉でつくられたもの。

2018年にグッドデザイン賞を受賞した〈BJ〉。ボディに使われるあたたかみのある木は、岡山県西粟倉村の木材メーカー〈木薫(もっくん)〉でつくられたもの。

その味わいをつくり出しているのが、耕運機と同じパワーを持ち、
冷凍した素材を瞬時に粉砕するアイスブレンダー〈BJ〉。
アイスの上部では繊細でクリーミーなジェラートが、
下部では力強くクラッシュされた素材のゴロゴロ食感が残る
フローズンフルーツが楽しめます。

何足ものわらじを履きこなす
光市の「ミスターPTA」
佐々木淳志さん

サッカー選手、公務員、YouTuber……。
いまどきの小学生が将来なりたい職業といえばこんな答えが思い浮かぶ。

だが、山口県の光市には「地域コーディネーターになりたい」と
キラキラとした表情で話す小学生がいるという。
小学校高学年の子どもたちが
「まちの良さをもっと広めたい。そのためにはどうすればいいか」と考えている。
日本全国、地元に愛と誇りを持つ人は少なくないが、
光市では段違いの郷土愛が育まれているようだ。

こうした状況を支えているキーパーソンのひとりとして、
佐々木淳志さんの名前が挙がった。
佐々木さんは、会社員として企画・広告の仕事に携わるかたわら、
光市PTA連合会会長、島田中学校PTA会長、島田中学校〈おやじの会〉会長、
自治会の会長、〈光市おせっかいプロジェクト〉代表など、
いくつもの地域活動に力を入れている。

それぞれの地域活動が相互に作用し合う、
佐々木さんならではの在り方、そして働き方を聞いた。

諸先輩がまちのことを熱く語らう姿にジーンときた

光市の人口は約5万人。

光市の人口は約5万人。

岡山県倉敷市出身の佐々木さんは、
奥様による度重なるお国自慢がきっかけで、2006年に家族で光市へ移り住んだ。

「妻のお国自慢もそうですけど、
きっかけは光市に遊びに行ったときの印象が大きいかもしれません。
花見や忘年会などお酒の席によく呼んでもらったんですけど、
地域のおじいさんたちや議員さんが
『まちのためにはもっとこうしたほうがいんじゃないか』と熱く語っていました。
僕の地元では誰かが地域のことを話しているのを耳にしたことがなかったので
『なんだ、このまちは……!』と驚きました」

また地域の子どもたちを我が孫のようにかわいがってくれる
おじいちゃんやおばあちゃんの姿を見て、子育てに対しても好印象だったそう。

コミュニティ・スクールが日本一の設置率

長女15歳、次女13歳、三女5歳、の三姉妹を育てる佐々木さんが、
PTA活動に関わるようになったのは、長女が小学校3年生のときだった。

「PTAをやるまで知らなかったんですけど、
山口県はコミュニティ・スクールもすごいんです」

コミュニティ・スクールとは保護者や地域の人々が学校運営に参画することで、
地域とともに子どもを育てていく取り組みのこと。
地域住民が生徒と合同で早朝にマラソンを行ったり、地域行事を一緒に開催するなど、
お互いが密に関わり合っている。

小中学校におけるコミュニティ・スクールの導入率は、
全国平均が23.7%であるのに対して、山口県は100%の導入率を誇る。
特に光市と萩市はモデル地区として全国でも先行してスタートしており、
地域が一体となって熱心に取り組んできた背景がある。

末っ子が5歳で保育園の年長なので、少なくともむこう9年間はPTAやコミュニティ・スクールなどで地域の子どもたちをがっつりサポートしていきます(笑)」と佐々木さん。

末っ子が5歳で保育園の年長なので、少なくともむこう9年間はPTAやコミュニティ・スクールなどで地域の子どもたちをがっつりサポートしていきます(笑)」と佐々木さん。

「たとえば浅江小学校では5年生の宿泊学習を2泊3日でやるんですけど、
地元のおじいちゃんたちが10人くらい来て、
泊まり込みで3日間ずっとサポートしてくれるんです。信じられないですよね」

加えて、市内のすべての小学校では登下校時も
「見守り隊」と呼ばれるおじいちゃんたちが常時5、6人そばにいてくれるそうだ。

「僕の住んでいる町内の見守り隊方は13年くらい毎日、
朝も夕方も低学年の子どもたちと一緒にいてくれて。
そのおじいちゃんは先日亡くなってしまったのですが、お葬式には卒業生、現役の児童、
さらに保護者までものすごい人数の人が参列していました」

「子どもたちにいろんな体験をさせてやりたい」「地域のことを教えたい」と願う、
心あたたかな光市のおじいちゃんおばあちゃんとコミュニティ・スクールの仕組みは
抜群に相性がよかったようだ。

あの日を忘れない―
ユニークなアイデアで伝えていく
「わたしのまちの防災」

今月のテーマ 「わたしのまちの防災」

毎年データを上書きするかのように、さまざまな災害に見舞われる日本。
各地の河川で大氾濫を引き起こした「令和元年台風」も記憶に新しく、
命を守る行動について、考えを改める機会が多くなっています。

そんな経験や得た教訓を、さまざまな“かたち”で伝え、生かす地域があります。
悲しい記憶を、前向きに伝えようとするアイデアや工夫は、
いつの間にか、地域に愛される“文化”になっていくようです。

今回は、全国の皆さんから集まった
「共有したい防災アイデア」をご紹介します。

【石川県能美市】 大災害の記憶を、“お菓子”で語り継ぐ

日本三霊山のひとつである白山を源に、日本海へと注ぐ手取川は、
急流として知られ、かつては氾濫を繰り返していました。

治水技術の発達で氾濫が抑えられるようになり、
流域では洪水のことも忘れつつあった昭和9年のこと。
悪い条件が重なって、手取川は氾濫し、未曾有の大災害を起こしました。

普段は穏やかな手取川の流れ。

普段は穏やかな手取川の流れ。

その災害のことを風化させないため、
発生した「昭和九年」を名前にしたお菓子が売られています。

こちらをつくっているのが、手取川の流域、能美市にある〈御菓子處たなか〉。
昭和61年からかれこれ30年以上、この郷土銘菓をつくり続けています。

お菓子の名前にして災害を忘れさせないという発想に驚かされますが、
茶道や和菓子の文化が根づいている石川県だからこそ、ともいえそうです。

御菓子處たなかの店内。店舗は12月にすぐ近くに移転予定。

御菓子處たなかの店内。店舗は12月にすぐ近くに移転予定。

最中に大納言小豆の餡、カステラ、バタークリームがサンドされた和洋折衷のお菓子。
甘さ控えめで重たくなく、ずっと食べ続けていられるような、
誰にでも愛されるおいしさです。

〈手取川 昭和九年〉1個175円(税込)。日本茶だけでなく、紅茶やコーヒーにもよく合う。

〈手取川 昭和九年〉1個175円(税込)。日本茶だけでなく、紅茶やコーヒーにもよく合う。

手取川の氾濫は、災害だけでなく、
一方で能美市の名産〈加賀丸いも〉が育つ土壌という恵みも与えてくれました。

「水を大切にしなさいということだと思っています」

と御菓子處たなかの田中さんは言います。
その言葉を聞き、水や川への関心を高めることが、防災の第一歩なのではと思いました。

information

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御菓子處たなか

住所:石川県能美市徳久町ナ50(※2019年12月に移転予定)

TEL:0761-51-2116

営業時間:8:00~19:00

定休日:水曜(祝日の場合は営業)

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若井 憲 わかい・けん

フリー編集者&ライター。神奈川県生まれ、石川県在住。旅行雑誌の編集者を経て、1999年に家族とともに、Iターンで石川県へ移住。地に足がついた情報発信ができるローカルメディアのおもしろさを知る。編集長を務めていた季刊誌の休刊を機に、2018年からフリーとなり、北陸の魅力を広く伝えることに力を注ぐ。製本家の妻がつくる豆本ではイラスト描きも。Web:豆本工房わかい

〈地域おこし協力隊〉の皆さんへ! コロカルの連載に参加しませんか?

全国の〈地域おこし協力隊〉の皆さんから
地域のヒト、モノ、コトについて文章と写真を募り、
紹介する連載〈このまちのくらしとけしき〉

あなたも、まちの“くらし”と“けしき”を紹介してみませんか?
協力隊としての活動内容、日々のアレコレ、行事に祭事、衣食住。
毎月コロカル編集部から出すテーマに沿って、執筆していただける方を募集します。

以下の内容を、contact@colocal.jp 宛に、
件名を【地域おこし協力隊ライター希望】としてお送りください。

【応募要項】

1:プロフィール

2:ご利用のSNSやブログのURL

3:このまちのくらしとけしきで書いてみたいテーマ

(3は必須ではありません)

※〈地域おこし協力隊〉の方に限ります。

※地域の制限はありません。

※採用の際には、原稿料をお支払い致します。

採用された方には、このまちのくらしとけしきへの寄稿のほか、
編集部より、ほかの連載のお仕事を依頼させていただく場合があります。

締め切りは2019年12月15日(日)となります。
ご応募、お待ちしております!

〈赤磐サンクスギビングARTデイ〉 西日本初の本格的な イングリッシュガーデンで、 「ありがとう」の気持ちを伝えよう

春先の〈熊山英国庭園〉。

「ありがとう」と共にある〈赤磐サンクスギビングARTデイ〉

11月23日(土)、24日(日)に岡山県の赤磐市で
〈赤磐サンクスギビングARTデイ〉が開催されます!

舞台となるのは、西日本初の本格的な
イングリッシュガーデンとして知られる〈熊山英国庭園〉。
かつては子どもたちの声でにぎやかだった小学校が廃校になった際、
地域の人たちの力で美しい花々の溢れる庭園として再生した施設です。

1年を通してさまざまな花が庭園を彩りますが、毎年11月ごろは冬支度で寂しい雰囲気になっていました。

1年を通してさまざまな花が庭園を彩りますが、毎年11月ごろは冬支度で寂しい雰囲気になっていました。

今回のアートイベントは、冬支度で花の咲かないこの季節に、
人の心で感謝の花を咲かせようと企画されたもの。
「ありがとう」の気持ちと一緒につくる2日間をテーマに、
さまざまな企画が催されます。

ライブペイントパフォーマンス。11月23日(土)10:00~15:00。観覧無料。

ライブペイントパフォーマンス。11月23日(土)10:00~15:00。観覧無料。

おすすめは、愛知県名古屋市在住のアーティスト・ニシムラマホさんによる
「ライブペイントパフォーマンス」。
長さ約5メートルの巨大なキャンバスに、新進気鋭のアーティストが鮮やかな花々を描きます。
イメージの連鎖反応を描き留めることで彼女が生み出す、
有機的な世界をぜひ直に感じてみて。

コミュニティガーデンプランナーの橋詰さんは、トークショーと寄せ植えのワークショップを開催。

コミュニティガーデンプランナーの橋詰さんは、トークショーと寄せ植えのワークショップを開催。

また、24日にはコミュニティガーデンプランナーの橋詰敦夫さんによる
トークショー「植物の遊び方」も開催。
日本古来の植物の活用法を現代的にアレンジし、
暮らしを豊かにするための「知恵と遊び」をレクチャーしてくれます。

アロマワックスバーづくり。11月23日(土)随時開催。参加費500円(税込)。

アロマワックスバーづくり。11月23日(土)随時開催。参加費500円(税込)。

レジンアクセサリーづくり。11月24日(日)随時開催。参加費500円(税込)。

レジンアクセサリーづくり。11月24日(日)随時開催。参加費500円(税込)。

その他、〈熊山英国庭園〉で採取しドライにした草花を使う、
アロマワックスバーづくりやレジンアクセサリーづくりなどのワークショップも充実。
パン屋〈まきストーブ〉などのフードや物販もお見逃しなく。

〈NIPPONIA 小菅 源流の村〉 スタッフは全員村人! 山梨に村全体でもてなす 古民家ホテルがオープン

700人の村がひとつのホテルに。“分散型”古民家ホテルのすすめ

山梨県小菅村に〈NIPPONIA 小菅 源流の村「OHYA棟」〉がオープンしました。
これは「700人の村が一つのホテルに」をコンセプトに、
地域全体をひとつの宿に見立てた“分散型”古民家ホテル。
宿泊客に近隣の食堂やお店、温泉施設などを利用してもらい、
村全体でお客さんをもてなすという、新しい事業モデルです。

ホテルマネージャーの谷口峻哉さん、ひとみさん。

ホテルマネージャーの谷口峻哉さん、ひとみさん。

80平米のスイートルーム「OHYA1」(ガーデンビュー・スイート)。屋根裏を改装した広いロフトは、重厚な梁が間近で見られる非日常空間。

80平米のスイートルーム「OHYA1」(ガーデンビュー・スイート)。屋根裏を改装した広いロフトは、重厚な梁が間近で見られる非日常空間。

スタッフは、すべて村の人たち。
ただ寝泊まりするだけではなく、スタッフとともに周辺の自然を散策したり、
自転車で村を巡ったりと、さまざまな体験が用意されています。

分散型とは、地域内に客室を分散させるホテルの形態なのだそう。
2015年10月、兵庫県篠山市にオープンした〈篠山城下町ホテルNIPPONIA〉が
先駆けとなり、全国に広がりつつあります。

この度オープンした「OHYA棟」は、村の名士の邸宅「細川邸」を活用した宿。

裏庭に面した明るくモダンな空間「OHYA2」(クリエイターズ・ツイン)。土間を利用したダイニングスペースや窓に面した書斎も。

裏庭に面した明るくモダンな空間「OHYA2」(クリエイターズ・ツイン)。土間を利用したダイニングスペースや窓に面した書斎も。

土蔵を改装した離れの部屋「OHYA4」(離れ・土蔵ツイン)。重厚な蔵のつくりを最大限に利用したユニークな浴室や、秘密基地のような畳の間などがあります。

土蔵を改装した離れの部屋「OHYA4」(離れ・土蔵ツイン)。重厚な蔵のつくりを最大限に利用したユニークな浴室や、秘密基地のような畳の間などがあります。

入り口の長屋門はレストランとして再生。小菅村の食材をふんだんに使った料理を楽しめます。

入り口の長屋門はレストランとして再生。小菅村の食材をふんだんに使った料理を楽しめます。

伝統的な長屋門をくぐると、かつて養蚕を営んだ主屋と
清流をたたえる庭が見えます。
建物のなかには、黒く煤けた大黒柱と太い梁に支えられた空間が。
築150年を超える邸宅の迫力に圧倒されます。

この家の先代は教師だったそうで、昔は村の人たちが柔道や習字を教わったり、
村に1台しかないテレビを見に来たりしていたそう。

ところがここ数年は空き家になっていたため、
「小菅村のみんなに愛され、思い出のつまった家を
後世に残したい」と、民家再生プロジェクトがスタート。
3年の準備期間を経て、ホテルとレストランとしてオープンしました。

ホテルマネージャーは、この事業のために
移住してきた谷口峻哉さん、ひとみさん夫妻です。

村の人と散歩道づくりに取り組む谷口峻哉さん、ひとみさん。

村の人と散歩道づくりに取り組む谷口峻哉さん、ひとみさん。

“年貢”を納めて村民に。
新たな発想で地域を支える
〈シェアビレッジ〉の仕組みとは?

失われていく古民家を維持する仕組みづくりを

集落の過疎化が進み、次第に失われつつある日本の原風景。
そこで各地域でさまざまな地方創生への取り組みがなされているが、
とりわけ近年話題を集めているのが、
秋田県の辺境、五城目(ごじょうめ)から始まった〈シェアビレッジ〉プロジェクトだ。

消滅の危機に瀕する古民家を再生し、
地域に新しい“村民”を呼び込もうというこのプロジェクトは、
「村があるから村民がいるのではなく、村民がいるから村ができる」という考えに基づき、
集った人々でひとつの家を支える仕組みを創出したもの。
従来の“村”の概念を覆す取り組みの全容を追った。

シェアビレッジ・プロジェクトの中核を担う、村長・武田昌大さん(右)と御意見番・丑田俊輔さん。ふたりは五城目(ごじょうめ)のまちで偶然の出会いを得て、プロジェクトを実現させる。

シェアビレッジ・プロジェクトの中核を担う、村長・武田昌大さん(右)と御意見番・丑田俊輔さん。ふたりは五城目(ごじょうめ)のまちで偶然の出会いを得て、プロジェクトを実現させる。

「高校卒業と同時に故郷の秋田を出て、
大学を卒業した後は東京のゲーム会社で働いていました。
もともとゲームが大好きでしたし、何より都会での暮らしに強い憧れを持っていたので、
ようやく念願を叶えた思いでいました。
ところが、ある年に帰省した際、
見慣れた地元の商店が軒並みシャッターを下ろしている様子を見て愕然としたんです。
子どもの頃から当たり前のように存在していた風景が失われていくのを、
ただ傍観していていいのだろうかと、居ても立っても居られない気持ちになりました」

そう語るのは、シェアビレッジ・プロジェクトで「村長」を務める、
〈kedama inc.〉代表取締役の武田昌大さんだ。

あれほど“早く出ていきたい”と思っていた秋田のまちを、
“どうにかして救いたい”と願って止まなくなった武田さんは、
会社を退職し、秋田へ帰る決意をする。
今、自分が本当にやるべきことはゲームづくりではない。
故郷のために何かやれることがあるはずだと、ひたすらアイデアを絞る日々が始まる。

そこで最初に始めたのが、農家とお客さんを直接つなぎ、
単一農家100%の米をオンラインで販売する〈トラ男〉というサービスだった。

秋田県鷹巣町(現・北秋田市)出身の〈kedama inc.〉代表取締役・武田昌大さん。2010年、秋田の米をネット販売するサービス〈トラ男〉をスタートさせた。現在はシェアビレッジ・プロジェクトの「村長」も兼任。

秋田県鷹巣町(現・北秋田市)出身の〈kedama inc.〉代表取締役・武田昌大さん。2010年、秋田の米をネット販売するサービス〈トラ男〉をスタートさせた。現在はシェアビレッジ・プロジェクトの「村長」も兼任。

農家にとって、自分が丹精込めて育てた米がほかの米と混ぜて売られる現在の流通網には、
大きな不満がある。
いくら努力を重ねて旨い米を育てても、これではモチベーションは維持できない。
ただでさえ後継者不足の課題を抱える日本の農業は、
ますます衰退の一途をたどることになる。
そこで武田さんは、単一農家の米を直接売るサービスを思い立ったのだった。

果たして、トラ男のコンセプトは農家からも消費者からも絶大な支持を得て、
事業は順調に成長していった。

「しかし、トラ男のイベントで秋田の田舎にお客さんを大勢呼んだ際、
泊まる場所がないことに気がつきました。
これでは何を企画しても、継続的に人が訪れる場所にはなれません。
そこで宿泊施設として使える物件がないかと周囲に聞いてまわったところ、
すでに取り壊しが決まっている当時築133年だったこの古民家に出合ったんです」

小松理虔さん
外に出たからこそわかった
「ローカルのおもしろがり方」
福島県いわき市の
ローカルアクティビストってどんな人?

ローカルでアクティブするってどういうことだろう?

福島県いわき市小名浜。人口も面積も福島県で一番大きいいわき市の、中心街のひとつ。
県内最大の港である小名浜港や魚市場、
県内外にファンを持つ環境水族館〈アクアマリンふくしま〉や、
最近は県内最大規模となる商業施設〈イオンモールいわき小名浜〉が
オープンしたことでも話題になった。
そんな小名浜で「ローカルアクティビスト(地域活動家)」と名乗り活動しているのが、
小松理虔(こまつ・りけん)さんだ。

海の前に立つ理虔さん

実は、いわき市で地域づくり――いわゆるまちづくり的な活動――をしている人で、
理虔さんを知らない人はほとんどいないのではないかと思われるほど、
地元では有名人だったりする。
だがおそらく、地元の人たちのなかでも、「理虔さん像」はさまざまだろう。
地元・小名浜の魚屋さんを会場にした飲み会「さかなのば」を開催している人、だったり、
東京電力福島第一原子力発電所沖まで釣り船を出し、釣りを楽しんだあと、
釣った魚の放射線量を測る活動「うみラボ」をやっている人、だったり、
はたまた、昨年2018年に出版した初の単著『新復興論』が大佛次郎論壇賞を受賞した、
なんかすごい人なんじゃないか、とか……。

福島のメディアで働いていた時に、一度ローカルに失望した

「賞を取る前と取ったあとで、全然何も変わってないんですよ」と人懐っこく笑う理虔さん。
ラジオのDJになりたかったという少し大きめの声はよく通る。
新卒で勤めた福島のテレビ局では、取材や番組制作だけでなく、
ナレーションも務めたというのも納得だ。

そのテレビ局には、大学を卒業した2003年4月から丸3年勤務したが、
その頃にローカルというものが一時期嫌になったという。

「ローカルのテレビニュースは連続性がない。地域のイベントや祭りに行って、
参加者にコメントを取ってたった1分の枠を埋めるようなことばかりをやって
何の意味があるのかと」

それでいて特権階級のように、
会社の名刺ひとつでどんな立場の人にも取材に行けるという境遇にも違和感を覚えていた。
「いくら大きな取材をしてもそれはあくまでも会社の看板。
自分の力ではないから成功体験を積めない」と感じた理虔さんはテレビ局を辞め、
なんと単身上海へ。

上海を選んだ理由は、大学時代に関心を持って中国の勉強をしていて
中国語をある程度話せたことと、日本語教師としての勤務先があったこと、
そして、特に当時の中国は、日本にはない勢いがあり、
自身の力を試すことのできる環境であったからだった。

仕事中の理虔さん

岡山県瀬戸内市の野外上映会 〈ほしのさざなみ映画館〉 地域の個性に合わせ 『ボヘミアン・ラプソディ』など上映。

岡山県瀬戸内市で入場無料の野外上映会を開催!

地元だけれど馴染みのなかったあの場所が、
いつも見慣れたこの場所が、一夜限りのスペシャルな映画館になる。
そんな地域のロケーションを生かした野外上映会〈ほしのさざなみ映画館〉が、
岡山県瀬戸内市の各所で開催されます。

野外上映の日程は11月3日、10日、24日とすべて日曜日。
毎週日曜日が楽しみになる、すてきな11月になりそうです。
舞台となるのは、〈邑久光明園〉〈道の駅 黒井山グリーンパーク〉
〈寒風陶芸会館〉の3か所。

そのほか、瀬戸内市在住のアーティストや
ゲストハウスが企画する屋内上映も行われます。

〈GOOD NEIGHBORS JAMBOREE〉
を象徴するハウスバンドが誕生!
そして音楽フェスから地域課題の解決へ

2010年、記念すべき第1回のドタバタ劇

2019年の今年、10周年を迎えたフェス、
〈GOOD NEIGHBORS JAMBOREE(グッドネイバーズ・ジャンボリー)〉始まりの物語。
前回は、すべてが整い開催発表をするところまでお話しました。

しかし、本当に大変なのはここからでした。
携帯の電波も届かず交通インフラもない中山間地域でイベントをやるとなると、
実際の運営は足を運んで地域のことを知ったうえで構築しないとどうにもなりません。
それでも現地で協力してくれるメンバーと連絡を取り合いながら、
なんとか話をまとめ、第1回の開催決定にこぎつけました。
予定した日程は2010年7月24日。2か月前にチケットの発売を開始しました。

森の学校の俯瞰図。周囲にはまったく人家がありません。

森の学校の俯瞰図。周囲にはまったく人家がありません。

ところが、そのとき僕らの動きとは関係なく東京の中心である出来事が起きました。
ようやくチケットを発売して数日たった頃、
永田町で当時の政権の総辞職が決まり、解散総選挙が行われそうだということになりました。
それによって、僕らは予定していた日程で
イベントの開催ができなくなるという事態に陥ってしまったのです。

誰もいないシンボルツリー下のステージ。

誰もいないシンボルツリー下のステージ。

なぜ僕らのイベントに影響したかというと……。

当時、開催場所として予定していた〈かわなべ森の学校〉は自治体の管轄で、
地域の人たちの公民館的な使われ方をしていました。
選挙が行われると選挙会場となり、その日に予定しているイベントなどは
すべて強制的にキャンセルされてしまうという決まりになっていた、……らしいのです。

「らしい」というのは、地域の人たちも今までそんなイベントと
選挙がかぶったということがなく、
かぶったとしてもグラウンドゴルフの練習などがほとんどだったので、
じゃあ日程変えるかくらいのノリ。
チケットを発売して何百人も人を呼ぼうとしているイベントなんて経験がなかったようで、
借りるときは特に説明もなく、
「え? そんな大きなイベントやろうとしてたの?」くらいの感じでした。
東京の感覚でいたこちらとしては小さな規模だとは思っていましたが、
まさか選挙によって強制的にイベントができなくなるとは思ってもいませんでした。

この頃は地域の公民館的な使われ方もしていた廃校舎。

この頃は地域の公民館的な使われ方もしていた廃校舎。

〈宗像日本酒プロジェクト〉
自然栽培米の山田錦で
酒を醸し、環境を保つ

2008年、自然栽培をスタートした〈農業福島園〉

福岡県宗像市内にある福島さんの田んぼ。ここで自然栽培の酒米・山田錦が栽培されている。写真は田植え時の様子。

福岡県宗像市内にある福島さんの田んぼ。ここで自然栽培の酒米・山田錦が栽培されている。写真は田植え時の様子。

本格的な夏が到来する直前の6月中旬。僕は田んぼにいた。
目の前には、背丈の低い苗が整然と並び、遠くのほうは霞む。
日差しは強く、とはいえ時折、吹き抜ける風のおかげで汗ばむほどではない。
視界いっぱいに広がる小さな、小さな苗が天に向かって背を伸ばそうとしている様子に、
なんともいえない力をもらった。

写真は8月下旬の田んぼ。すっかり緑が濃くなっていた。いよいよ収穫が近づいている。

写真は8月下旬の田んぼ。すっかり緑が濃くなっていた。いよいよ収穫が近づいている。

ここは福岡県のなかでも、北部福岡の中心都市・北九州市と、
福岡の中心地・福岡市とのほぼ中間に位置する宗像市。
近年では宗像エリアの「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群が
世界遺産に登録されたことで話題を集めた。

この地で、今、注目されているのが「宗像日本酒プロジェクト」であり、
プロジェクト名がそのまま銘柄となった純米酒〈宗像日本酒プロジェクト〉だ。
これから紹介するのはこの宗像の酒米から生まれた日本酒の誕生ストーリーだが、
実は酒づくりの前に、米づくりにおける物語があった。

酒米・山田錦の苗。「山田錦は粒が大きく、選別に特殊な網が必要。そのため、現在はそのような負担がない寿司専用米『笑みの絆』を、第2弾プロジェクトとして栽培しています」と福島さん。

酒米・山田錦の苗。「山田錦は粒が大きく、選別に特殊な網が必要。そのため、現在はそのような負担がない寿司専用米『笑みの絆』を、第2弾プロジェクトとして栽培しています」と福島さん。

冒頭で紹介したのは酒米と呼ばれる酒造用に植えられた山田錦の苗である。
この苗を育てているのが〈農業福島園〉の福島光志さん。
この福島さんこそ、「宗像日本酒プロジェクト」の発起人だ。

笑顔がさわやかな福島さん。事務所の一角で自社栽培の食材を販売している。

笑顔がさわやかな福島さん。事務所の一角で自社栽培の食材を販売している。

農業を営んでいた祖父母の影響で農業に興味を持った福島さんは、
現在の九州東海大学(以下、東海大)の農学部へ進学。
この大学での学びが、今日の福島さんの土台となった。

昨今、農業の従事者が年々、高齢化し、
跡を継ぐ人がいないという状況が全国的に問題となっている。
福島さんは東海大で過ごすなかで、先進的な農学の見地に触れてきた。
これからの農業の未来に何が必要なのか。
持続可能な農業、そして環境保全といった観点から農業を考えるようになった。

「今、僕が取り組んでいるのが、農薬や化学肥料を使わないことを前提とした農業です。
この宗像日本酒プロジェクトの根底にあるのも、無農薬、無肥料による米づくり。
この取り組みは環境保全にもつながっています」

写真中央、やや右あたりに写っているのが通称・ジャンボタニシ。水中の植物を食べるため一般的には害虫とされているが、福島さんはこれをうまく雑草駆除に活用している。

写真中央、やや右あたりに写っているのが通称・ジャンボタニシ。水中の植物を食べるため一般的には害虫とされているが、福島さんはこれをうまく雑草駆除に活用している。

2008年に東海大を卒業した福島さんは、22歳で祖父母の後 を継ぎ、農業に従事した。そして翌年、無農薬・無肥料栽培=自然栽培による米づくりを開始。

「本当は2008年の時点で自然栽培に取り組みたかったんですが、
大学卒業後の4月からでは、準備が間に合わなかったんです。
だから本当の意味での 僕の1年目は2009年。不安はありませんでした」

『地域の編集』展開催! 地域新聞&ローカルメディアを一挙公開

ローカルメディアに見る“コミュニケーションの仕掛け”とは?

2019年10月5日(土)〜12月22日(日)、
ローカルメディアと各地の新聞が一堂に会する
『地域の編集——ローカルメディアのコミュニケーションデザイン』展が開催されます。

主催・会場は、ニュースパーク(日本新聞博物館)。
企画協力は、『ローカルメディアのつくりかた』などの
著作で知られる編集者、影山裕樹さん。

ローカルメディアの役割は、地域の人と人をつないだり、
観光客や移住者を外から呼び込んだりと、さまざま。
本展では、そんなローカルメディアが仕掛ける、
“コミュニケーションの仕掛け”にフォーカス。
7つのエリアと横浜にちなんだ特設エリアを設け、
厳選されたメディアと全国の新聞社の新しい取り組みや地道な活動を紹介します。
実際に手にとり、座ってゆっくり読めるというのもうれしい。

ひとつ目のテーマは「新しい視点の流通」。
『本と温泉』をはじめとする、これまでにない流通の仕組みで
まちの魅力を引き出しているメディアを紹介します。

そのほかのテーマは「サブスクリプション(会員制)」
「投書・投稿でつながる」「まちづくりするメディア」
「地域の課題解決」「アーカイブ性を生かす」「デザイン」。
これからメディアをつくりたい人も、必見の内容と言えそうです。

「場所の声を聞く」
照明デザイナー長町志穂さんが生み出す
地域再生の“あかり”とは?

取り組みやすいイベントの欠点とは

“あかり”を用いたイベントが、全国の温泉地でよく行われるようになった。
竹灯籠、和紙あかり、イルミネーションや冬花火をはじめ、
季節限定から通年開催までさまざまにある。

あかりは、場所の印象を変える。

“写真映え”を工夫すれば、世界から注目が集まる時代だ。
撮影を楽しむ人によって印象的な写真がSNSで拡散され、
温泉街が一躍話題になる。そういったあかりが、
温泉街に泊まる理由のひとつになれば主催側の狙い通りである。

住民の手による「湯西川温泉かまくら祭」(栃木県日光市)は、2019年も多くの観光客を楽しませた(1月下旬〜3月上旬開催)。

住民の手による「湯西川温泉かまくら祭」(栃木県日光市)は、2019年も多くの観光客を楽しませた(1月下旬〜3月上旬開催)。

「歩きたくなる温泉街」を掲げる新潟県月岡温泉。観光庭園〈月あかりの庭〉では、夕刻から和柄の円柱にあかりが灯る。

「歩きたくなる温泉街」を掲げる新潟県月岡温泉。観光庭園〈月あかりの庭〉では、夕刻から和柄の円柱にあかりが灯る。

和紙あかりをはじめ、その手法は意外にもさほど難しくないと聞く。
真似しやすいから、全国でたびたび行われる。
しかし取り組みやすいことは反面、誰でもできるイベントになりがちだ。
一時の流行は飽きられる。どこでも同じような夜景なら、
わざわざ遠くの温泉地に行く必要はない。近ければ日帰りできる。
泊まる必要はなくなる。

だからほかを圧倒する独自の仕掛けがあかりのイベントに必要になる。
コアなファンを獲得するために。

それはどういう仕掛けか?

「心の準備」とあかりの関係

プランで示した夜間照明。これは新たに誕生する「竹林の階段」。温泉街の玄関口となる駐車場から音信川まで結ぶ。

プランで示した夜間照明。これは新たに誕生する「竹林の階段」。温泉街の玄関口となる駐車場から音信川まで結ぶ。

〈長門湯本温泉〉再生プロジェクトの中にも、あかりの演出が入っている。
それは、再生の6つのキーワード(第2回参照)のひとつ、
「そぞろ歩き(回遊性)」を成功させる大事な役割を担う。
計画的に配置された照明によって、
「夜こそ歩きたくなる」魅力的な温泉街に変えていく。

担当は照明デザイナーの長町志穂さん(株式会社LEM空間工房・代表取締役)。
長門湯本温泉観光まちづくり計画を推進する「デザイン会議」のメンバーである。

長町さんが手がけるあかりによるまちづくり。これは京都府宮津市「天橋立まち灯り」。夏は砂浜が幻想的に照らされる。

長町さんが手がけるあかりによるまちづくり。これは京都府宮津市「天橋立まち灯り」。夏は砂浜が幻想的に照らされる。

長町さんは松下電工株式会社(現・パナソニック)に長年勤務し、
照明器具デザインによるグッドデザイン賞を104作品で受賞するなど、
あかりの達人として知られる。
2004年の自身の独立以降は関西を拠点にして、
大阪・御堂筋イルミネーションを筆頭に、
近年は島根県邑南(おおなん)町の「INAKAイルミ@おおなん」、
鳥取県境港市の「水木しげるロード」リニューアル照明演出、
京都府宮津市「天橋立まち灯り」をはじめ、
あかりによる公共空間のにぎわいづくりを手がけている。

長町さんによる鳥取県境港市の「水木しげるロード」リニューアル照明演出。照明デザイン賞の最優秀賞に輝いた。

長町さんによる鳥取県境港市の「水木しげるロード」リニューアル照明演出。照明デザイン賞の最優秀賞に輝いた。

長町さんが長門湯本温泉でまず取り組んだのが、
温泉街の軒先を照らすあかりである。
オリジナルの「湯本提灯」を企画し、
同プロジェクトメンバーのグラフィックデザイナー・白石慎一さんに
長門湯本温泉を象徴するマークの制作を依頼。
それらを使った複数の提灯デザイン案を住民ワークショップで示し、
提灯をつくり有料で販売することを参加者に提案した。
多くの参加者が、有料で購入して軒先に吊るすことに賛同した。

提灯のデザインは長門湯本の3つの地区(湯本、門前、三之瀬)を、温泉マークと川とに見立てている。

提灯のデザインは長門湯本の3つの地区(湯本、門前、三之瀬)を、温泉マークと川とに見立てている。

当時、シンボルの公衆浴場・恩湯(おんとう)さえ、
改修解体のため光を失った状態(2017年に解体、2019年冬に再建予定)。
温泉街のあかりは減少し、人通りも激減して寂しい状況だった。

長町さんはチームで手分けして、
興味があると意思表示のあった温泉街の全戸を訪ねて、
「湯本提灯」の目的を説明しながら、取り付け方などを検討してまわった。
ひとつ3000円と有料にしたのは、
「予算の問題はもちろんあるけれど、それ以上に、
まちづくりの共感者を増やしたい、
住民参加型にしたいという思いがありました」と、胸のうちを話す。

「湯本提灯は“心のために”やってみたいと思いました」と、長町さん。
「長門湯本は変わっていく、みんなで変えていくという、
“心の準備”のようなものにあかりがなれたらと考えたのです」

2017年の社会実験では長町さんが大西倉雄市長と星野リゾートの星野佳路代表を招き温泉街を案内。照明演出による効果などを説明した。

2017年の社会実験では長町さんが大西倉雄市長と星野リゾートの星野佳路代表を招き温泉街を案内。照明演出による効果などを説明した。

設置から2年ほど。川沿いの軒先には、湯本提灯が変わらずにある。
夕刻になると点灯し、通りを行き交う人々を優しい光が出迎える。
心のあかりが温泉街を照らしている。

“幻の米”〈小滝米〉を引き継ぐ。
300年後の未来を開く
長野県栄村小滝集落への里山ツアー

長野県を流れる千曲川が、その名を信濃川に改める
新潟県との県境に位置する長野県栄村。
その中で千曲川のほとりにあるわずか13戸の集落が、
開墾から300年を超える小滝(こたき)集落です。

まもなく秋の実りに恵まれる田畑に、子どもたちの声が響いたのは、今年6月のこと。
子どもを連れて訪れた親たちにお願いされたルールはたったひとつだけ。
それは「どれだけ騒いでも、子どもたちを叱らないでくださいね」でした。

2011年の震災を乗り越え
「美しく恵深い里山をさらに300年後まで残したい」
と取り組んでいる集落の人々と、
2日間を過ごした27名の親子が見つけたものとは?

植樹する女の子

子どもたちの笑顔が小滝に溢れる日は年に2回。
まずは初夏の田植えに笑い声が響きます

2019年6月の土曜日、銀座の子ども服の老舗〈ギンザのサヱグサ〉が主催する
里山ツアー「SATOYAMA Wonderland Tour」に参加した13組の家族が
小滝に集まってきました。
初めて参加する親子連れ、おばあちゃんとのふたり旅の子どももいれば、
参加は5回目という女の子もいて、その顔ぶれはさまざまです。

「SATOYAMA Wonderland Tour」に参加した子どもたち

ここ長野県栄村小滝は、ブナ林に囲まれ、清らかな雪解け水が注ぐ千曲川に沿った
河岸段丘の小さな棚田と、日本の原風景が残る美しい小さな集落です。
ですが東日本大震災翌日に発生した長野北部地震の震源地として、
家屋は全壊3棟、半壊7棟、そして田んぼの7割も被害を受け、
作付けができなくなるなど、2011年には深刻な集落の存続危機を迎えました。

けれどもボランティアの力を借り田んぼを復活させ、
収穫量の少なさから幻の米と言われた〈小滝米〉の栽培を再開します。
また住民たち自らも「集落外の方と交流を持つこと」を柱に
全戸が出資して〈合同会社小滝プラス〉を設立するなど、
「この地で300年続いてきた想いや営みを、さらに300年後に引き継ぐ」
という夢とロマンを実現するために、日々の暮らしを営んでいます。

田植えする男の子

そんな小滝地区で行われる親子のための里山体験も、今年で4年目になります。
公民館2階に参加者とスタッフが全員集合し、初夏の里山散策、
そして田植えを体験する2日間のプログラムが始まります。

「東京では、子どもたちを叱っている風景をよく目にしますよね。でも」
という不思議な挨拶に続いて伝えられたのが、
「ここではどれだけ騒いでも、子どもたちを叱らないでください」
という小滝ならではのルールでした。

東京から遠く離れた小滝の時間には、里山ならではのさまざまな体験が待っています。
新しく楽しい体験ほど、子どもたちはにぎやかになるものです。
全員で子どもたちの安全を見守り、親子一緒に少しでも多く
楽しい里山の記憶を持ち帰ってほしいという小滝のみなさんとサヱグサの願いなのです。
恒例の参加者、スタッフ全員の自己紹介を終えて、
さあ最初のプログラム「植樹」に向かいます。

五木村〈CAFEみなもと〉に集まる人。
〈日添〉が挑む
1000人の村の“幸せづくり”

広いけど、小さい!? 1000人の村

熊本県の南部に位置する球磨郡五木村(いつきむら)。
村の面積はおよそ250平方キロと広大だが、
村全体が九州山地にあたり、そのほとんどが山林。
そこに1000人の村人が暮らしている。
熊本県の市町村の中でも、人口が一番少ない村だ。

日本一の清流ともいわれる川辺川(かわべがわ)が地域の中心に流れ、
広大な村の中にあるわずかな平野部に、集落がぽつん、ぽつんと点在している。

山林の中にある平野部に住宅が密集している。

山林の中にある平野部に住宅が密集している。

夏には涼を求め、秋が深まると美しい紅葉を目的に、五木村には多くの観光客が集まる。
川辺川にかかる小八重橋では、高さ66メートルの橋の上から
バンジージャンプを楽しめる。
オープニングセレモニーで、熊本県のキャラクター「くまモン」が
バンジージャンプにチャレンジしたことでも話題になった。

ハイシーズンの休日には多くの人で賑わう村だが、
その日常はとてものどかで、静かな時間が流れている。

地域の中心を流れる川辺川。

地域の中心を流れる川辺川。

65歳以上の高齢者が、村民の50%近く。
そんな人口1000人の村、五木村で、
20代・30代の若者たちが地域づくりの会社を立ち上げた。
今回は、五木村で設立された〈株式会社日添(ひぞえ)〉の活動を通して、
これからの地域づくりのあり方について見ていきたい。

五木村の紅葉

〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉
鹿児島川辺町と東京、
ダブルローカルが始まった。

毎週末、鹿児島へ。分刻みで人に会いまくる!

2019年の今年、10周年を迎えた
〈GOOD NEIGHBORS JAMBOREE(グッドネイバーズ・ジャンボリー)〉を
始めるまでのストーリー。前回の連載では場所を見つけるまでをお話しました。

まずはどうなるかわからないけれど、
南九州市川辺町(かわなべちょう)の森の中にある廃校でイベントをやってみよう。
そう思い立ったはいいものの、打ち合わせでその場所に行くだけでも大変です。
当時も今も、僕は首都圏に暮らし東京中心に仕事をしています。
鹿児島を離れてから20年以上経っており、
生まれ育ちが鹿児島というだけで完全によそもの。
東京での仕事の合間を縫って、
なんとか週末に時間をつくって毎月鹿児島に行くという生活が始まりました。

美しい朝焼けの桜島。

美しい朝焼けの桜島。

とにかく時間がないので、
鹿児島に着くとそこから分刻みで夜中までアポを入れて協力してくれそうな人、
おもしろいことをしていそうな人を紹介してもらっては会いに行くという日々。

この頃、雑誌『relax』の元編集長の岡本仁さんも、
〈ランドスケープ・プロダクツ〉の中原慎一郎君の案内で
鹿児島をめぐりながらブログを書いていました。
中原くんと一緒に岡本さんを案内していた鹿児島の人たちが、
僕もあちこち連れて行ってくれることになりました。
このときに出会って仲良くなった友人たちは、
今でもグッドネイバーズ・ジャンボリーの実行委員として活動してくれています。

ブログがきっかけになってできた『BE A GOOD NEIGHBOR〜ぼくの鹿児島案内』(岡本仁 著)。

ブログがきっかけになってできた『BE A GOOD NEIGHBOR〜ぼくの鹿児島案内』(岡本仁 著)。

そんななかで紹介されて訪れた場所のひとつが、
鹿児島市にある知的障がい者支援施設〈しょうぶ学園〉でした。
この施設は障がいのある方々と一緒にアートやクラフトを制作する活動に取り組んでいて、
園内にギャラリーがあるという話は聞いていました。

実は僕の家系は社会福祉法人を営んでいて障がい者施設も運営していたので、
利用者が趣味で画を描いたり陶芸をしたりという活動には馴染みがありました。
逆にそういうことを知っていたせいで、
当時の僕は障がいのある人たちのアートと言われても、
正直、趣味程度のものとしか思っておらず、
ピンときていなかったというのが正直なところでした。
友人の案内がなかったら自分ではそのとき、足を運んでいなかったかもしれません。

美術館のような〈しょうぶ学園〉。

美術館のような〈しょうぶ学園〉。

ところが園を訪れてみると、
広々とした公園のような敷地にすてきなデザインの工房や居住施設があって
居心地のよさそうなカフェまであり、
とてもそれまで思い描いていた旧態依然とした「障がい者施設」などではありませんでした。

園内を見せてもらいながら
趣味のレベルなどはるかに超えた圧倒的な作品の数々に見入っていると、
ギャラリーに民族楽器を使った現代音楽のような音楽が
うっすらと流れていることに気がつきました。
気になってこれは誰の演奏かと職員に尋ねたところ、
園の利用者さんが演奏しているものだと教えてくれました。

僕が相当に興味を示したこともあって、
あとで施設の方がその演奏をおさめたDVDを送ってくれました。
その映像を見た瞬間、
そのユニークすぎる音楽とパフォーマンスにあらためて衝撃を受けました。
何度も何度もそのDVDを見返しながら、
熱病にかかったような勢いで企画書を書いて
次の鹿児島滞在のときにしょうぶ学園の園長に会いに行きました。
会いに行ったというより一方的に押しかけたというほうが正しかったと思います。

まだイベントのタイトルすらも決まっていませんでしたが、
考えていることをとにかく必死で伝え、聞いてもらいました。
その頃のしょうぶ学園は外でチケット代をとるようなイベントで
音楽の披露をしたことはほとんどなく、
鹿児島の森の中でフェスティバルを開催したいという僕の話も
半信半疑だったと思うのですが、僕の異常な勢いになにかを感じてくれたのか、
なんとか出演してもらえることになりました。

それがこの10年間、
毎年グッドネイバーズ・ジャンボリーでトリを務めてくれている
パフォーマンスバンド〈otto&orabu〉です。

〈otto&orabu〉によるライブ。

〈otto&orabu〉によるライブ。

長野県・藤森照信氏の ユニークな茶室を訪れる ツアーがスタート

あの〈高過庵〉〈空飛ぶ泥舟〉に入ることが可能に

京都江戸東京博物館館長であり、
東京大学の名誉教授でもある建築家の藤森照信氏。

彼が自分の私有地に建てた3つのユニークな
茶室は建築好きならご存知の方は多いはず。

細川元首相の茶室を設計した藤森氏が、個人的にも欲しくなり
実家の畑に建てた茶室〈高過庵(たかすぎあん)〉は、
高さ6メートルもの木の上にあり、アメリカの『Time』誌に
「世界でもっとも危険な建物トップ10」にも選ばれたのだとか。

地下に埋まったピラミッドのような茶室
〈低過庵(ひくすぎあん)〉は2017年に完成した新作。
半分土に埋まっている竪穴式茶室で、
屋根は銅板ぶきとなっており、内装は漆喰仕上げ。
中は身長170センチの人がやっと立てる程度の高さで、
暖炉の火とろうそくのわずかな明かりのもと、お茶を楽しむことができます。

〈旧質美小学校(質美笑楽講)〉 京都・京丹波町の廃校が 絵本のセレクトショップや 窯焼きピザ屋に

廃校になった質美(しつみ)小学校が、ユニークな施設に

京都府京丹波町は、広々とした緑豊かな土地。
山や田畑が広がり、黒大豆、小豆、松茸、栗などが特産品で、
豊かな食文化とともに人々が暮らしを営んできた地域です。

そんなのどかな京丹波町質美上野に、
廃校になった質美(しつみ)小学校を使ったユニークな施設が
全国から注目を集めています。
施設の名前は〈質美笑楽講〉。小学校が笑楽講に!
思わず笑みがこぼれるような名前に当てた漢字からも、楽しい雰囲気が伝わってきます。

質美小学校は2011年に閉校し、53年の歴史に幕を閉じました。
しかし、「自分たちが通った小学校の形をなんとか残したい」という
卒業生や地元の人の声が上がり、
昭和35年に建設された木造校舎を再利用する道を模索することに。

2012年に、絵本のセレクトショップ〈絵本ちゃん〉がオープンしたのをきっかけに、
カフェや雑貨屋、レストランなど、おしゃれなお店が集まる複合施設として、
生まれ変わりました。

レトロな木造校舎、朝礼台、長い廊下に作業室や図工室の名札、木の引き戸、
落書きのある机と椅子。
子どもたちが学んできた景色がそのまま残り、
初めて訪れたけれど、心がキュンとなるような懐かしい気持ちが込み上げてきます。

〈盲亀浮木〉の内観

カフェ〈盲亀浮木(もうきふぼく)〉は落ち着いた雰囲気。

絵本専門店に、古道具のお店まで……

質美笑楽講には、センスのあるお店がたくさん入っています。
絵本専門店〈絵本ちゃん〉&〈きのこ文庫〉、
窯焼きピザとパスタ〈panadozo café〉、
古道具とアンティーク〈ケセラセラ〉、趣味の店〈道楽ルームみちくさ〉、
〈喫茶ランチルーム〉、カフェ〈盲亀浮木(もうきふぼく)〉、
〈おかきの加工所〉、ウェディングドレス〈Blan Cheur〉、
雑貨〈プチボヌール〉、423アートプロジェクトなど。

「こんにちわ~」、お店のドアを開けるたびに、伝わるワクワク。
それぞれのお店の個性と、オーナーのこだわりが詰まっており、
ひとつひとつのアイテムを手に取っていると、
あっと言う間に時間が過ぎてしまいますよ。
「あ~、昔はこんな教室だったなぁ」と懐かしむ年代は
ワクワクした気分を取り戻す場所として、
イマドキ女子にとってはレトロで“映える”写真が撮影できるおしゃれスポットとして。
そして、地元のお母さんは子連れで楽しめる憩いの場所として。

オーナーこだわりの雑貨屋絵本が並ぶ

絵本専門店〈絵本ちゃん〉&〈きのこ文庫〉。

10周年を迎えた鹿児島のフェス
〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉。
音楽家が廃校の運営を始めたわけ。

だれも取り残さない「みんなでつくる真夏の文化祭」

みなさんこんにちは。はじめまして。音楽家/プロデューサーの坂口修一郎です。

今回こちらで僕のちょっと不思議なキャリアのお話をさせてもらうことになりました。
よろしくお願いします。

僕はもともとミュージシャンとして活動を始めた人間ですが、
いつの間にやら脱線に脱線を重ね、いまでは会社や団体をいくつか運営して、
全国のフェスティバルやイベント、施設のプロデュースなどを行うようになりました。
そして、鹿児島県の川辺町という中山間地域で、
廃校の運営とまちづくりに携わっています。

無国籍楽団〈ダブルフェイマス〉

そんな自分の活動をご紹介しながら、
なぜミュージシャンである自分が中山間地域のまちづくりというような
畑違いの領域に携わるようになったのか、
そんなことをこちらでお伝えできればと思います。

今の活動に至るまでを時系列で語ることも考えたのですが、
まずは僕が今のような活動をすることになった最大のきっかけである、
鹿児島で10年間、続けてきたフェスティバルの話をしようと思います。

それが〈GOOD NEIGHBORS JAMBOREE(グッドネイバーズ・ジャンボリー、以下GNJ)〉です。

GNJは2010年に初回を開催し、今年(2019年8月24日)で10回目になります。
夏、そしてフェスティバルというと音楽をフィーチャーしたものが
イメージとしてあると思いますが、
僕らが目指しているのは、だれも取り残さない「みんなでつくる真夏の文化祭」。

10周年をむかえるグッドネイバーズ・ジャンボリー2019のロゴ

コンテンツのひとつとして音楽はもちろんありますが、
それだけではなくクラフト、アート、食、文学、映像からスポーツまで、
ジャンルを超えてたくさんのコンテンツが集まるイベントです。
大人も子どもも、障害のあるなしも、ジェンダーも地域も、表現のジャンルも、
プロフェッショナルもアマチュアも、
いろんなものを超えてみんなが楽しめる場をつくりたい。
10年前の第1回からこの方向性は変わりません。
なぜそういうことを考えたかというと、
僕が生まれ育った地方=鹿児島に対して、感じていたことがいくつかあったからです。

ひとつは本物にふれる体験の格差。
僕が鹿児島で暮らしていた頃はまだインターネットもありませんでしたから
とにかく情報に飢えていました。
今は情報はバーチャルであればいくらでも手に入ります。
そしてもモノもワンクリックで翌日には届く時代。
だけど、アーティストの本物のパフォーマンスやものづくり体験というものは
今でも地方には少ない。

ライブの様子

もうひとつは地方の自己肯定感の低さ。
中央集権が進んでしまったことで自分の地域には「なにもない」と
つい口にしてしまう自己肯定感の低さをなんとかしたほうがいいと思っていました。
まだまだ地方にはそうしたマインドセットが残っています。


なにもないというのは「都会にあるものが“ない”」という意味で使われることが
多いと思います。たしかに地方に超高層ビルはないかもしれませんが、
たとえば鹿児島であれば桜島という世界中どこにもないシンボルがある。
どの地域にもそこにしかないものは見つかります。
それを磨いて誇りに思い、それぞれの地域で認め合えれば
それだけで十分楽しく暮らしていけるんじゃないか。
地方の文化をそこに暮らす人々が生み出し(地産)、認め合えばいい(地消)。

鹿児島のシンボル、桜島

そのときは、地域のメンバーだけで、
音楽だけとかクラフトだけというような特定のジャンルで固まるのではなくて、
そこで生み出されるものをみんなでリスペクトし合って
ジャンルを超えて交流するほうがいいと思いました。