colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

〈GOOD NEIGHBORS JAMBOREE〉
を象徴するハウスバンドが誕生!
そして音楽フェスから地域課題の解決へ

坂口修一郎の「文化の地産地消を目指して」
vol.003

posted:2019.10.19  from:鹿児島県南九州市川辺町  genre:活性化と創生 / エンタメ・お楽しみ

〈 この連載・企画は… 〉  音楽家である坂口修一郎さんは、フェスの運営やコミュニティづくりのために、
東京と鹿児島、さらには日本のローカルを移動し続けています。
坂口さんが体現している新しい働き方やまちづくりを綴ってもらいました。

writer

Shuichiro Sakaguchi

坂口修一郎

さかぐち・しゅういちろう●BAGN Inc.代表/一般社団法人リバーバンク代表理事
音楽家/プロデューサー。1971年鹿児島生まれ。93年より無国籍楽団〈ダブルフェイマス〉のメンバーとして音楽活動を続ける。2010年から野外イベント〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉を主宰。企画/ディレクションカンパニー〈BAGN Inc.(BE A GOOD NEIGHBOR)〉を設立。東京と鹿児島を拠点に、日本各地でオープンスペースの空間プロデュースやイベント、フェスティバルなど、ジャンルや地域を越境しながら多くのプレイスメイキングを行っている。2018年、鹿児島県南九州市川辺の地域プロジェクト〈一般社団法人リバーバンク〉の代表理事に就任。

2010年、記念すべき第1回のドタバタ劇

2019年の今年、10周年を迎えたフェス、
〈GOOD NEIGHBORS JAMBOREE(グッドネイバーズ・ジャンボリー)〉始まりの物語。
前回は、すべてが整い開催発表をするところまでお話しました。

しかし、本当に大変なのはここからでした。
携帯の電波も届かず交通インフラもない中山間地域でイベントをやるとなると、
実際の運営は足を運んで地域のことを知ったうえで構築しないとどうにもなりません。
それでも現地で協力してくれるメンバーと連絡を取り合いながら、
なんとか話をまとめ、第1回の開催決定にこぎつけました。
予定した日程は2010年7月24日。2か月前にチケットの発売を開始しました。

森の学校の俯瞰図。周囲にはまったく人家がありません。

森の学校の俯瞰図。周囲にはまったく人家がありません。

ところが、そのとき僕らの動きとは関係なく東京の中心である出来事が起きました。
ようやくチケットを発売して数日たった頃、
永田町で当時の政権の総辞職が決まり、解散総選挙が行われそうだということになりました。
それによって、僕らは予定していた日程で
イベントの開催ができなくなるという事態に陥ってしまったのです。

誰もいないシンボルツリー下のステージ。

誰もいないシンボルツリー下のステージ。

なぜ僕らのイベントに影響したかというと……。

当時、開催場所として予定していた〈かわなべ森の学校〉は自治体の管轄で、
地域の人たちの公民館的な使われ方をしていました。
選挙が行われると選挙会場となり、その日に予定しているイベントなどは
すべて強制的にキャンセルされてしまうという決まりになっていた、……らしいのです。

「らしい」というのは、地域の人たちも今までそんなイベントと
選挙がかぶったということがなく、
かぶったとしてもグラウンドゴルフの練習などがほとんどだったので、
じゃあ日程変えるかくらいのノリ。
チケットを発売して何百人も人を呼ぼうとしているイベントなんて経験がなかったようで、
借りるときは特に説明もなく、
「え? そんな大きなイベントやろうとしてたの?」くらいの感じでした。
東京の感覚でいたこちらとしては小さな規模だとは思っていましたが、
まさか選挙によって強制的にイベントができなくなるとは思ってもいませんでした。

この頃は地域の公民館的な使われ方もしていた廃校舎。

この頃は地域の公民館的な使われ方もしていた廃校舎。

次のページ
日程変更?いや会場変更?

Page 2

開催すら危ぶまれる状況を乗り越えた!

慌てふためいて、どう対応するか実行委員のみんなと緊急で協議しました。
すでに開催発表もしてチケットも売り始めているし、
アーティストや出店者も全員スケジュールを押さえている。
そんな状態なので日程を優先して
別の場所をこれから探して開催するということも考えました。

もうひとつの選択肢は、あくまでこの場所ありきで開催日程を変更すること。
どちらも大変ではありますが、全員のスケジュールを合わせることを考えると
前者のほうが負担は軽い。誰も正解がわからないなかで何度も議論を重ねました。


しかし、ぎりぎりまで検討した結果、
やはりこのイベントはかわなべ森の学校のロケーションで開催することに意味も意義もある、
という結論に達しました。
その時点からでは準備が追いつかず前にはずらせないので、
どんなことがあっても選挙とはかぶらないように、
日程は1か月後ろ倒しにすることにしました。

普通ではちょっとありえないことですが、一度売り出したチケットを引っ込めて、
再度すべての関係者に日程変更の連絡をしたうえで、
すべての段取りを数日でやり直しました。
幸か不幸か、イベント自体、本当に知られていなかったので、
まだチケットはほとんど売れておらず(逆の意味でそれも実は辛かった)、
大きな混乱はありませんでしたが、
初開催でいきなり日程変更というのはかなりしんどい作業でした。

1回めのGOOD NEIGHBORS JAMBOREEのすべてのプログラムが終わった後のステージ。

1回めのGOOD NEIGHBORS JAMBOREEのすべてのプログラムが終わった後のステージ。

結果としては7月24日に選挙がかぶるということはなかったのですが、
GOOD NEIGHBORS JAMBOREEが毎年夏の終わりに開催されているのは
こんな事情があって日程をずらしたことから、この時期に定着することになったのです。

天気も集客も不安だったけど、平和だった開催日の朝

その後10年の間いろんなことがありましたが、今思えばこのときが一番大変でした。
やると言い始めたはいいものの、開催前にすでにこれです。
言い出しっぺの僕含め誰ひとり、
この先にどんな問題が起きるのかまったくイメージできていなかったのです。

直前になるとメンバーは会場である学校に宿泊して遅くまで準備をしていたのですが、
前日の夜はまさかの土砂降り。イベント当日の天気予報も雨。
初回からこの状況は野外イベントとしてはかなり厳しい。
チケットもほぼ手売りだったので本当にどれくらい売れているのか、
この山の中にどれくらいの人が来てくれるのかまったくわからない。
それでもやるしかないので、
数少ないメンバーで手分けしてもくもくと準備を進めていました。
そんな不安しかないような状況のなか、当日の朝を迎えました。

晴れ渡る森の学校当日の朝。

晴れ渡る森の学校当日の朝。

朝、かわなべ森の学校で目を覚ましてみると、予報に反して空は晴れていました。
しかし鹿児島市内は依然として土砂降りとの情報もあり、
客足に相当影響しそうだと思いました。
とはいえ暗い話ばかりでもなく、当日の会場準備の光景は本当に平和なものでした。
出演アーティストも出店者もクラフトのワークショップも、
ほとんど知り合いが手弁当で参加してくれましたし、
〈ランドスケーププロダクツ〉のメンバーはみんなで社員旅行として来て、
設営から全部手伝ってくれました。みんな笑顔でした。

出演者も出店者も一緒になって設営した朝の風景。

出演者も出店者も一緒になって設営した朝の風景。

ここまできたらもうお客さんが来ようと来まいと、
とにかく今日1日事故なくできるだけでいい。
そう思いながら11時の開場時間を迎えました。

そのとき、受付の担当から「校門のところにもう並んでいる人がいます!!」と
トランシーバーに連絡が。
まさかと思って走って受付を見に行くと、
こちらが想像しているよりも多くの人が開場を並んで待っていてくれていたのです。
これは本当にうれしかった。
しかし、開場時に予想以上に人が来てくれたことで、
今度は受付のオペレーションが追いつかず、それはそれでまた大騒ぎ……。

開場時間のまさかの大行列!

開場時間のまさかの大行列!

次のページ
のんびりしたフェス。と思いきや突然、盛り上がるステージが!

Page 3

〈しょうぶ学園〉のバンド〈otto&orabu〉の熱狂的ステージ!

こんなドタバタ劇のうちに第1回GOOD NEIGHBORS JAMBOREEは始まりました。
予想以上に人が来た、とはいうものの、
グラウンドでは全員が大の字になって寝られるくらい広々としていました。
校庭の大きなシンボルツリーの下に建てた小さなステージのテント、
そこに地元のアーティストが登場しても、
のどかなのは良いけれどこんなに盛り上がらないフェスティバルがあっていいのかな、
とどこかで思いながら次々にコンテンツをこなし、1日が過ぎていきました。

野芝に覆われ青々としたグラウンドでのんびり楽しむ観客。

野芝に覆われ青々としたグラウンドでのんびり楽しむ観客。

夕暮れが近づき、このイベントのためにどうしても僕が出演してほしいと思っていた
鹿児島市にある知的障がい者支援施設〈しょうぶ学園〉の
パフォーマンスバンド〈otto&orabu〉がステージに出てきました。
彼らのライブを見たことがある人は皆無だったこともあって、
オーディエンスは相変わらずほぼ全員が芝生に寝転がりながら見ていました。

ひとり、またひとりと立ち上がる観客。

ひとり、またひとりと立ち上がる観客。

ところが演奏が始まりしばらくすると様子が変わってきました。
彼らのひたむきな熱い演奏にいつしかひとりふたりと立ち上がり、
ステージ前では熱狂的に踊り出す人たちが現れました。
最後の曲が終わる頃には、ステージ前に観客が詰めかけスタンディングオベーションが!

いつしかグラウンドは総立ちに!

いつしかグラウンドは総立ちに!

こんなすごいパフォーマンスを、誰も知らなかった地元のバンドが繰り広げるなんて。
これはただの趣味のレベルじゃない。
観客はもちろんですが、それ以上に演奏しているしょうぶ学園のみなさんのほうも、
観客の反応にびっくりしていました。うれしい驚きで涙ぐむ人もたくさんいました。

僕も長いこと音楽の世界でいろいろなステージを見てきましたが、
こんな幸せな舞台は見たことがありませんでした。
今でもこのときの光景はGOOD NEIGHBORS JAMBOREEの象徴になっていると思います。

翌年以降、しょうぶ学園はGOOD NEIGHBORS JAMBOREEの「ハウスバンド」として、
10回目の今年まで毎年出演してくれて、
のちに彼らの演奏風景はライブCDやドキュメンタリー映画にもなりました。

しょうぶ学園の後には、
僕らのバンド〈ダブルフェイマス〉も大トリとしてステージに上がったのですが、
僕は右耳では運営のトランシーバーを聞きながら
左耳でバンドの演奏を聞いて演奏するという状態。
大トリで自分が演奏していた頃には、
とにかく無事に終われそうだという安堵感でいっぱいで、ほとんど記憶がありません。


大トリを務めたダブルフェイマス。

大トリを務めたダブルフェイマス。

初年度はオフィシャルのTシャツもワークショップで手づくり。

初年度はオフィシャルのTシャツもワークショップで手づくり。

初めてのGOOD NEIGHBORS JAMBOREEは
さまざまなトラブルや偶然の出来事もあって不安だらけでしたが、
蓋を開けてみたらクラフトのワークショップやフードのブースも大盛況で、
僕らがやろうとしていたことは伝わったという感覚はありました。
収支的には赤字でしたが、初回としてはなんとか成功したと言っていいと思います。

日程か会場か、どちらを変更するかを迫られたとき、
会場を変えなかったという僕たちの決断は、
その後の〈一般社団法人リバーバンク〉の活動までつながりました。

リバーバンクはこのときから約10年後に立ち上がり、
GOOD NEIGHBORS JAMBOREEとかわなべ森の学校の運営を引き受けることになる
南九州市川辺地区の法人です。

現在、僕はこの団体の代表理事を務めています。
音楽家として始めたGOOD NEIGHBORS JAMBOREEという小さなフェスが、
地域や役場の方と一緒に、地域課題やさまざまな活動に取り組むことになる
リバーバンクの原形になったのです。

information

map

GOOD NEIGHBORS JAMBOREE 
グッドネイバーズ・ジャンボリー

Web:https://goodneighborsjamboree.com/2019/

※2019年の開催は終了しています。

Feature  これまでの注目&特集記事