連載
〈 この連載・企画は… 〉
老舗ホテルの廃業や公共施設の赤字をかかえ、窮地に追い込まれる
温泉街の事例は全国にあります。山口県長門市では星野リゾートとタッグを組み、
〈長門湯本温泉観光まちづくり計画〉を基にした“新しい方法”で温泉街を再生する事業を進めています。
コロカルではその試みをルポしていきます。
writer profile
Akiko Nokata
のかたあきこ
旅ジャーナリスト、まちづくり人案内人、温泉ソムリエアンバサダー。旅行雑誌の編集記者を経て2002年に独立。全国で素敵に輝く〈まち、ひと、温泉、宿〉を見つけ出し、雑誌などで聞き書き紹介。旅館本の編集長。テレビ東京『ソロモン流』出演後、宿番組レギュラーも。本連載では撮影にも挑戦! 東京在住の博多っ子。
http://nokainu.com
credit
撮影:長町志穂、安森 信、長門市、のかたあきこ
“あかり”を用いたイベントが、全国の温泉地でよく行われるようになった。
竹灯籠、和紙あかり、イルミネーションや冬花火をはじめ、
季節限定から通年開催までさまざまにある。
あかりは、場所の印象を変える。
“写真映え”を工夫すれば、世界から注目が集まる時代だ。
撮影を楽しむ人によって印象的な写真がSNSで拡散され、
温泉街が一躍話題になる。そういったあかりが、
温泉街に泊まる理由のひとつになれば主催側の狙い通りである。
和紙あかりをはじめ、その手法は意外にもさほど難しくないと聞く。
真似しやすいから、全国でたびたび行われる。
しかし取り組みやすいことは反面、誰でもできるイベントになりがちだ。
一時の流行は飽きられる。どこでも同じような夜景なら、
わざわざ遠くの温泉地に行く必要はない。近ければ日帰りできる。
泊まる必要はなくなる。
だからほかを圧倒する独自の仕掛けがあかりのイベントに必要になる。
コアなファンを獲得するために。
それはどういう仕掛けか?
〈長門湯本温泉〉再生プロジェクトの中にも、あかりの演出が入っている。
それは、再生の6つのキーワード(第2回参照)のひとつ、
「そぞろ歩き(回遊性)」を成功させる大事な役割を担う。
計画的に配置された照明によって、
「夜こそ歩きたくなる」魅力的な温泉街に変えていく。
担当は照明デザイナーの長町志穂さん(株式会社LEM空間工房・代表取締役)。
長門湯本温泉観光まちづくり計画を推進する「デザイン会議」のメンバーである。
長町さんは松下電工株式会社(現・パナソニック)に長年勤務し、
照明器具デザインによるグッドデザイン賞を104作品で受賞するなど、
あかりの達人として知られる。
2004年の自身の独立以降は関西を拠点にして、
大阪・御堂筋イルミネーションを筆頭に、
近年は島根県邑南(おおなん)町の「INAKAイルミ@おおなん」、
鳥取県境港市の「水木しげるロード」リニューアル照明演出、
京都府宮津市「天橋立まち灯り」をはじめ、
あかりによる公共空間のにぎわいづくりを手がけている。
長町さんが長門湯本温泉でまず取り組んだのが、
温泉街の軒先を照らすあかりである。
オリジナルの「湯本提灯」を企画し、
同プロジェクトメンバーのグラフィックデザイナー・白石慎一さんに
長門湯本温泉を象徴するマークの制作を依頼。
それらを使った複数の提灯デザイン案を住民ワークショップで示し、
提灯をつくり有料で販売することを参加者に提案した。
多くの参加者が、有料で購入して軒先に吊るすことに賛同した。
当時、シンボルの公衆浴場・恩湯(おんとう)さえ、
改修解体のため光を失った状態(2017年に解体、2019年冬に再建予定)。
温泉街のあかりは減少し、人通りも激減して寂しい状況だった。
長町さんはチームで手分けして、
興味があると意思表示のあった温泉街の全戸を訪ねて、
「湯本提灯」の目的を説明しながら、取り付け方などを検討してまわった。
ひとつ3000円と有料にしたのは、
「予算の問題はもちろんあるけれど、それ以上に、
まちづくりの共感者を増やしたい、
住民参加型にしたいという思いがありました」と、胸のうちを話す。
「湯本提灯は“心のために”やってみたいと思いました」と、長町さん。
「長門湯本は変わっていく、みんなで変えていくという、
“心の準備”のようなものにあかりがなれたらと考えたのです」
設置から2年ほど。川沿いの軒先には、湯本提灯が変わらずにある。
夕刻になると点灯し、通りを行き交う人々を優しい光が出迎える。
心のあかりが温泉街を照らしている。
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長町さんの次なる大きな取り組みは、
温泉街中心を流れる音信(おとずれ)川のライトアップだった。
夜間景観は河川利活用の社会実験
「おとずれリバーフェスタ」(2017年9月・2018年9月)の
柱のひとつと位置づけられ、大掛かりに行われた。
「長門湯本のみなさんとお話しすると、まちの財産は音信川だとわかります。
だから旅行者にも、音信川に注目してほしい。『場所の声を聞く』のです。
実験をしながら、地域のあかりをつくります」
「場所の声を聞く」は、長町さんの口癖だ。
地域で守られてきたものは何か。
これからは何を大事にしていくのか。
現場に入り込んで、それを感じ取っていくことが地域再生の鍵になるという。
あかりの力で、その土地にもとからある古いものを照らし、
新しいものを魅力的に輝かせるためだ。
社会実験の「おとずれリバーフェスタ」では、
橋の間接照明や川床のカラーライティング、川沿いの和紙あかり、
さらには小径の提灯実験など、さまざまな夜間照明が試された。
それらは温泉街のにぎわいを大いに盛り上げるとともに、
まちの未来図をみんなで具体的に共有する時間となった。
長門湯本温泉の夜間照明を担当する長町さんは2019年2月、
あかりイベント「音信川うたあかり」を行った。
閑散期となる冬場の集客が目的だ。
あかりのモチーフに選ばれたのは、長門市仙崎出身の
童謡詩人・金子みすゞの詩に登場する「桜」と「紅葉」だ。
長町さんは、「みすゞさんは地域のみなさんの愛の対象。
どの方も大事に思っておられるのを感じます」と話す。
「場所の声を聞く」である。
イベント開催1か月前、新しいチャレンジとしてワークショップが実施された。
旅館協同組合の会議室に集まったのは、
商店街ファミリー、旅館若旦那、デザイン会議メンバー、市役所職員、
そして長門市内から参加の中学生グループなど30名ほど。
川を照らす、あかりづくりである。
LED電球を、桜の花びらや紅葉の葉の形をした金属に巻きつける。
大きなフレームにバランスよく電球を巻くのは意外と難しいし、
根気がいる作業だ。
少し難しくしてあるのは、実はわざと。
「簡単にできてしまうものではダメなんです。
長門湯本では一過性でない本物のあかりを目指しますから。
プロフェッショナルな仕事がみんなの力でできたという達成感が
すてきなことにつながるんです」と、長町さん。
あかりを自分たちでつくって自分たちで設置する。
ワークショップには、地域に必要なものを共有する狙いがあった。
イベント当日、心配された雨は上がり、多くの来場者が訪れた。
水面にゆらゆらと浮かび上がる、
桜や紅葉の25個のあかりが音信川を優しく照らした。
それは寒さをどこか和らげてくれる、かわいい光の数々。
焚き火が用意された川辺の雁木広場に腰かけて、
お酒や食事を楽しむ観光客や旅館の宿泊客。
地域のみなさんも、夜の温泉街を大いに楽しんだ。
橋の上にオープンした屋台やレストランも盛況で、
その様子は地元のレポート「長門湯本みらいプロジェクト」に詳しい。
このイベントはまだ実験段階。あかりの数やモチーフを今後も検討し、
毎年増やすことで、ワークショップを楽しく継続させるとともに、
マスタープランにおいて目指すべき
6つの要素(第2回参照)のひとつとされている
「絵になる場所」としての景観づくりによる旅行者の集客、
ファンのリピートを目的にするという。
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温泉街の新しいスポット〈紅葉の階段〉が、2018年9月にお披露目された。
川沿いにあった紅葉の古木が集められ若木も新たに植えられて、
秋の新しい見所ができた。
撮影スポットとして、日中はもちろん、ライトアップされる夜もすてきだ。
ここには長町さん監修の照明自動プログラムが採用され、
時間帯によって明るさが変化する仕組みになっている。
例えば、きれいに派手に光っている時間と、
ほのかに淡く光っている時間など、
光とともに紅葉の色合いも違って見えて散策や撮影が楽しい。
長町さんは言う。
「撮影スポットが、少なくともひとつできました。
既存の夜間照明の改善を含めて、私たちが任期を終えるまでに何個できるか。
最も楽しみなのは、すべてが整ったときに
蛍が飛ぶ時期に川のエリアを暗くしたり、
毎月の満月の日には月明かりが楽しめたりするまちが生まれることなんです」
こんなふうにIT技術を生かして時間帯や年間の歳時記にあわせて
照明をコントロールする。
そうすることで美しい景観と省エネルギーを両立させた
スマートシティを目指すなど、
実利を兼ね備えたさまざまな新しい取り組みにも挑戦している。
光がまちを美しく、平和にする。人の心も明るく、穏やかにする。
「官と民の共同作業。みんなでやるから突破できることが必ずある。
それは本当にすごいこと」
「みんなで突破する」これも長町さんの口癖だ。
「あかりの仕事って恵まれています。
あかりって見ないとわからないけれど、見れば感じてもらえる。
見て、そこから考え出せる」
いろんな地域を独自のあかりで照らした実績が、彼女の原動力だ。
いつもパワフルにみんなを引っ張るムードメーカーだ。
そんな長町さんだが、ある夕食の席で気弱にこう言った。
「私たちは、求められないとなんにもできないんです。
地元が必要としないのなら、やっても意味がないんです。
みんなの気持ちがひとつにならないと。それがすべてなので」
発言の背景は今後探ってみるとして、
まちづくりに外から関わる者の苦労を、取材しながら感じることがある。
同時に、外から関われる喜びも、感じる瞬間がある。
「残された時間で、どれだけみなさんと思いを共有し、
照明というかたちにどう落とし込んでいけるか」
そう語る長町さんの奮闘はこれからも、地元内外の人々を巻き込みながら続く。
この夏はたくさんの学生とともに、地域を盛り上げる仕掛けに取りかかっている。
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