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温泉街に新たな交流拠点!
空き家リノベ第1号は、
陶芸家とデザイナーと旅館若旦那によるカフェ

山口県長門市×星野リゾートで挑む
〈長門湯本温泉〉再生プロジェクト
vol.006

posted:2019.1.4   from:山口県長門市  genre:食・グルメ / 活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  老舗ホテルの廃業や公共施設の赤字をかかえ、窮地に追い込まれる
温泉街の事例は全国にあります。山口県長門市では星野リゾートとタッグを組み、
〈長門湯本温泉観光まちづくり計画〉を基にした“新しい方法”で温泉街を再生する事業を進めています。
コロカルではその試みをルポしていきます。

writer profile

Akiko Nokata

のかたあきこ

旅ジャーナリスト、まちづくり人案内人、温泉ソムリエアンバサダー。旅行雑誌の編集記者を経て2002年に独立。全国で素敵に輝く〈まち、ひと、温泉、宿〉を見つけ出し、雑誌などで聞き書き紹介。旅館本の編集長。テレビ東京『ソロモン流』出演後、宿番組レギュラーも。本連載では撮影にも挑戦! 東京在住の博多っ子。
http://nokainu.com/

credit

撮影:のかたあきこ、cafe & pottery 音

内と外がつながるカフェに人が集まる

長門湯本温泉に〈cafe & pottery 音(カフェ・アンド・ポタリィ・おと)〉
という名のカフェが2017年8月に誕生した。
〈長門湯本温泉〉再生プロジェクトによる、
空き家リノベーションの第1号である。温泉街のほぼ中心にあり、
音信(おとずれ)川を望むロケーションだ。

築50年ほどの木造住宅を、地域の有志でカフェにした。
通りからは店伝いに川の気配が感じられ、
外と内がつながっているような空間である。
ガラス戸を開け放していると、時折鳥が迷い込んでくる、
そんなのどかなカフェだ。
店内は漆喰の壁やウッドデッキのテラス、古木を利用した家具をはじめ、
手仕事のぬくもりにあふれている。

〈cafe & pottery 音〉。風が吹き抜ける心地よい空間。

〈cafe & pottery 音〉。風が吹き抜ける心地よい空間。

リノベーションで空き家がカフェ&ギャラリーに。

リノベーションで空き家がカフェ&ギャラリーに。

この場所を交流拠点にしようと考えたのは、
同プロジェクト推進リーダーの泉 英明さん(第4回参照)だ。
空き家の活用に役立つし、何より眺めがいい。
泉さんは長門湯本での活動を始めた2017年春、
長門市役所の松岡裕史さんらに空き家利用を提案した。
その時はまだカフェになるとは決まっていなかった。

松岡さんは以前より、年々増える空き家の調査を徹底する必要性を感じていた。
そこは温泉街に人を呼び込む拠点になるし、
賑わいもお金も生み出せる可能性を秘めた場所だからだ。
とはいえ、空き家の問題はデリケートだ。まず、持ち主の多くは県外にいる。
地元の年配者などに相談を重ねて、件の家主から了承を得ることができた。

異業種6人でカフェを運営する会社を創立

場所の確保はできた。ではどう使うのが最善か。
実は長年、地域の若手を中心にして、とある空間構想があった。
それは〈萩焼深川窯(ふかわがま)〉のサテライトショップだった。
深川窯は長門湯本三之瀬(そうのせ)地区に360年ほど前、
萩藩の御用窯として誕生した萩焼の窯元で現在は5軒の窯元がある。

水と緑豊かな三之瀬の谷に萩焼深川窯の5軒の窯元がある。

水と緑豊かな三之瀬の谷に萩焼深川窯の5軒の窯元がある。

長門湯本温泉・大谷山荘の大谷和弘さん(第5回参照)は、
「世界に誇る伝統の焼き物を、
旅館の外でも気軽に見ていただける場所が地元にあるといいなと思っていました。
できれば萩焼深川窯の器を使ったカフェを併設して、
ここに暮らす私たちも一服できるようだといい。
そういう案はずっと仲間内でありました」と話す。

また旅館〈玉仙閣〉の伊藤就一さんは、
「『温泉街に気軽に休める場所がない』というお声は
お客様からよくいただいておりました。
身内からも、うちの若女将からは長年、『カフェがないのは寂しい。残念だ』
と言われていました」と話す。
大阪から長門に嫁いだ〈玉仙閣〉若女将の伊藤昌代さんは、
バックパッカーとして全国を巡った旅好き。
旅先にあるとうれしいもののアイデアがいろいろと浮かぶそうだ。

外からの訪問者にとって、
カフェはその土地に親しむ入り口のような場所かもしれない。
ひと息ついて地図やスマホを広げて、さてどこを巡ろうかなどプランを練る。
まちにすてきなカフェがあるかは昨今、旅の大事な要素になっている。
特に女性には!

〈cafe & pottery 音〉のロゴマーク。音信川が流れる谷あいの温泉地・長門湯本温泉がモチーフ。

〈cafe & pottery 音〉のロゴマーク。音信川が流れる谷あいの温泉地・長門湯本温泉がモチーフ。

「交流拠点としてのカフェ構想」は随分前からあったものの、
人材不足や運営コストの問題から実現には至らなかった。
しかし官民連携の温泉街再生プロジェクトである。今回は違った。
「これが最後のチャンスかもしれない」と、
関わる者は並々ならぬ決意で取り組んでいる。

行政職員からの激励もあり、先の大谷さんと伊藤さんは
萩焼深川窯の次世代に声をかけた。幸いにもこの10年、
萩焼の若手が外での勉強を経て故郷へ戻っていた。
「温泉街で“器をテーマにしたカフェ”を一緒にやらないか。
そぞろ歩きの拠点になるような場所づくりを、
ひとりひとりが経営者の意識を持って運営していこう」と。

そうして〈cafe & pottery 音〉を営む〈合同会社 おとずれプランニング〉が誕生した。
メンバーは代表者の大谷和弘さん、伊藤就一さんを筆頭に、
萩焼深川窯から〈田原陶兵衛(たはらとうべえ)窯〉の田原崇雄(たかお)さん、
〈坂倉新兵衛(さかくらしんべえ)窯〉の坂倉正紘(まさひろ)さん。
長門市在住のグラフィックデザイナー・白石慎一さんと、
長門市で花屋やカフェを営む山村亨(あきら)さんが後に加わった。

店名に込めた思い〜〈cafe & pottery 音〉

店の最終的な名付け親は白石さんだった。
「音信川沿いなので“音”の漢字を使いたい。
“音カフェ”もいいけど、カフェと同時に
萩焼深川窯のギャラリーとしての役割も重要です。
メンバーで話し合い、〈cafe & pottery 音〉に決まりました」

〈cafe & pottery 音〉。視覚的にデザイン性を感じる。
地元では、親しみを込めて「音(おと)」と呼ばれているのもなんだかいい。

グラフィックデザイナー・白石慎一さん。カフェのテラスで自身のUターンの経緯やプロジェクトへの思いをうかがった。

グラフィックデザイナー・白石慎一さん。カフェのテラスで自身のUターンの経緯やプロジェクトへの思いをうかがった。

「テーブルやカウンター、陳列棚は、
坂倉新兵衛先生と田原陶兵衛先生の工房にあった、
樹齢を重ねた一枚板をご好意でいただきました。
それを萩市の家具職人、中原忠弦さん(中原木材工業)にお願いして、
古材に新たな命を吹き込んでもらいました」と白石さん。

陶芸家の坂倉正紘さんは、
「まさか自分がカフェをやるとは思っていませんでした」と胸の内を語る。「だけどやるからには徹底する」と決心したという。
「長門湯本温泉を再開発するタイミングで、
自分も何か動き出すべきでないかと考えていましたから」

萩焼深川窯の窯元には、作品を展示販売するギャラリーがある。
茶陶として発展した歴史から茶道具が中心で、高価な品が揃う。
工房内にあるため、ふらりと訪ねるにはどこか敷居が高く感じられる。

それを踏まえて〈cafe & pottery 音〉では、
気軽な「日常の食器」をテーマに萩焼深川窯の3人の若手作家が創作に励む。
カフェを運営する田原さんと坂倉さん、
そして坂倉善右衛門窯の坂倉善右衛門さんだ。

「店内の色調や照明、展示台なども、みんなでアイデアを出し合いました」
と坂倉正紘さん。
「山口県でリノベーションを数多く手がける木村大吾さんに相談しながら、
地元大工の池永正成棟梁に専門的な橋渡しをしてもらい、進めていきました」

職人に指導を仰ぎながら、皆で一生懸命漆喰塗をした。

職人に指導を仰ぎながら、皆で一生懸命漆喰塗をした。

木村大吾さんは泉さんのまちづくりの旧友で、
山口県で住宅の新築・改装を行う一級建築士である(金剛住機株式会社)。
カフェのプランニングなどに関わった木村さんは、
「歩道と川を結びたいと思いました。向こう側が見えていると、
店に入りやすくなるんです。オーナー陣から『自分たちで〈DIY〉をしたい。
予算削減につなげたい』と要望があり、
みなさんへの指導も地元の工務店にお願いするかたちをとりました」と話す。

「カフェのリノベーションをきっかけに地域の若手がひとつにまとまった気がする」と、ある行政職員は話す。

「カフェのリノベーションをきっかけに地域の若手がひとつにまとまった気がする」と、ある行政職員は話す。

図面が仕上がり、オープンまでは4か月ほど。
改装は進み、住宅の壁や天井板、畳などが取り払われ、
閉ざされていた和室に外からの光が降り注いだ。
〈cafe & pottery 音〉の当時のFacebookページを見ると、
工事中の写真が並び、空間は人の手でこうも変わっていくのかと感動する。みなさんの充実ぶりが笑顔から伝わる。

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店長は元アナウンサー!?

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SNSでまちづくりの仲間を見つける

改装工事と同時進行でカフェの店長探しも行われた。
〈cafe & pottery 音〉の店長を務めるのは、長門市在住の藤野 南さんだ。
地元では知られた存在で、
それは藤野さんが数年前まで長門市のケーブルテレビの
アナウンサー兼編集記者だったからだ。

店長の藤野 南さん。ふわりとした穏やかな笑顔で迎えてくれる。

店長の藤野 南さん。ふわりとした穏やかな笑顔で迎えてくれる。

店長に抜擢されたのはSNSも大いに関係する。
藤野さんは趣味のケーキづくりを自身のFacebookで発信していた。
食にこだわる家庭に育ち、趣味の菓子づくりが高じて製菓の専門学校に通い、
カフェやケーキショップ、パン屋で働いた経験を持つ。
そんな彼女のSNSが、プロジェクトメンバーの目にとまり、
店長候補に挙がった。

だが藤野さんには同時期、県内数軒の飲食店から声がかかっていた。
〈cafe & pottery 音〉に決めた理由を尋ねると、
「私にとって長門湯本は“顔が見える温泉地”だからかな。
ケーブルテレビ時代から旅館組合をはじめ、
湯本のみなさんにはお世話になっていました。
それこそ7年前、テレビの初仕事は大谷山荘のレポートでした。
公衆浴場の恩湯も好きで昔からよく通っていました」

力強い味わいの〈音信ブレンド〉にゴルゴンゾーラのチーズケーキがよく合う。

力強い味わいの〈音信ブレンド〉にゴルゴンゾーラのチーズケーキがよく合う。

オープン当日の朝まで開店準備は続いたものの、
温泉街待望のカフェ〈cafe & pottery 音〉が無事に開業した。
オリジナルのブレンドコーヒーに藤野店長渾身のチーズケーキをはじめ、
こだわりのメニューが揃う。
器はどれも先ほどの萩焼深川窯の若手3作家のもの。
彼らの作品が新作を交え展示・販売される。

カフェは開店時から人気のスポットとなった。
客層はひとり旅、カップル、子連れファミリー、地元の若手から長老まで幅広い。
カフェ営業のほか、ワークショップやトークショーなどにも利用される。
2018年12月は「てのひらの景色‘18」と題し、
常設作家の作品に加えて注目の陶芸家による酒器や豆皿などが
展示販売されるイベントを開催した。

カフェ閉店後にプロジェクトの懇親会を行うこともある。

カフェ閉店後にプロジェクトの懇親会を行うこともある。

〈長門湯本温泉〉再生プロジェクトがスタートして、折り返しの1年半が過ぎた。
いろんな場所で人の往来が活発になっている。
カフェがオープンして1年後、
2018年9月には温泉街の荒川食品にテイクアウトの店〈A.side〉がオープン(不定期営業)。
こちらは店舗のガレージがリノベーションによってすてきに生まれ変わり、
料理上手の奥さんがピタパンサンドなどを提供している。

「魅力的なお店があれば、温泉街を歩いてもらえるきっかけになる」と藤野店長。
「うちに来ていただけたお客さんに、
自信を持ってご案内できる店が増えていくとすごくうれしい!」

床修繕をする藤野店長の姿に空間への思いやりを感じた。

床修繕をする藤野店長の姿に空間への思いやりを感じた。

〈cafe & pottery 音〉に立ち寄った何度目かの時、
旅と取材の記念に器を買い求めた。
後日、東京に届いたそれには、藤野店長からの手書きのメッセージが添えられていた。

萩焼深川窯のことは今後取材を重ねるが、
土と釉薬の特性から「萩の七化け(ななばけ)」と言って、
使い続けるほどに器の色が微妙に変化して味わいが増すという。

顔が見えるまちづくりと、顔が見えるものづくり。
このふたつは温泉街にファンを増やす大切な要素だと感じる。
2019年も〈長門湯本温泉〉再生プロジェクトレポートをお楽しみに。

information

map

cafe & pottery 音 

住所:山口県長門市山口県長門市深川湯本1261-12

TEL:0837-25-4004

営業時間:11:00〜17:30

定休日:火曜・水曜

https://www.facebook.com/otocafe.yumoto/

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