勝亦丸山建築計画 vol.1
はじめまして。〈勝亦丸山建築計画〉の勝亦優祐と申します。
建築家の丸山裕貴とふたりで、静岡、東京を拠点に活動する設計事務所です。
私は2拠点居住をしながらさまざまなプロジェクトに関わらせていただいています。
本連載では、静岡での建築設計活動、自治体や大学との取り組み、
事業主として設計から運営を行う都内のシェアハウスなど、
さまざまなテーマについて、横断的な視点で考えていきたいと思います。
初回となる今回は、活動の原点となった
静岡県富士市でのイベントについてご紹介します。

〈勝亦丸山建築計画〉の勝亦優祐(左)と丸山裕貴(右)。
富士山のふもと、静岡県富士市
東京駅から新幹線で1時間、新富士駅で下車すると巨大な富士山に驚くだろう。
ここ富士市は南は駿河湾、北は富士山を望み、
海から富士山頂へなだらかに登っていくような地形が特徴だ。
富士山は季節ごとに美しい風景を見せてくれるが、
雲や空や日の状態で数分ごとに違う表情が現れる。
生活するなかでドラマチックな瞬間を見つけると、
地元の人ですらついついスマホを構えてしまうほど。
市の人口は約24.5万人、人口は緩やかに減少し、世帯数は増加している。
私はこの富士のまちに育った。

渋谷の超高層ビルの建築プロジェクトを経て
市内の高校を卒業後、東京の大学の建築学科に進学し、
2012年に大学院を出て、大手組織設計事務所で働いた。
渋谷の超高層ビルの設計チームで毎日3Dモデルや模型で検討を重ねる日々。
200メートル近い高さの巨大な建築は、渋谷のまちに何をもたらすのか、
どのようにデザインに反映するのか、先輩の話を聞きながら考えていた。
そのほかにも、オフィスの中では世界中の大規模な建築プロジェクトが検討されていて、
世界中の未来の断片がそこにはあるような気がして刺激的だった。
地元のまちには多くの問題が眠っていた
一方で、地元への関心も自分の中で日に日に育っていった。
東京の設計事務所を経験したのち、2013年春に富士市に戻ることにした。
大学院時代から建築にハマった理由は、あらゆるスケールの問題を
「オモシロ」解決することができる職業だと思ったから。
海で本を読んだり、まちを歩いたり、自転車やスケボーで走りまわったり、
いろんな人に会いに行ってお酒を飲んだり、
地元に戻った私は取り組む問題を探していた。
このまちでは外を歩いていてバッタリ友だちと会ったり挨拶することがあまりないこと、
人口が減り始めているのに畑や森が住宅用地として開発されていること、
雰囲気のいい個人経営店は郊外にポツンと建ち、専用駐車場を持っていること。
ECサイトや大手でないと物販で生計を立てるのは難しいこと、
新規で飲食店を始める人にとって商店街は選びづらく、
商店街にはシャッターが下りていること、
自治体の財政では新たなインフラ投資など公共事業も減少するであろうこと、
など挙げるときりがないが……「問題のようなもの」がたくさん集まった。
これらの問題と私個人のスキルや課題意識、興味関心を直線で結び、
企画として自分の動きを定めていった。
まちの人は、商店街が廃れた理由を「駐車場がないから」と言っていた。
そこで駐車場がどれだけあるのか調べてみると、
車のためのスペースはたくさんあったし、建物が壊されるのと同時に駐車場化し、
増えてすらいることがわかった。

青い部分が駐車場、商店街には駐車場がたくさんあることがわかる。問題は運用だ。















































































