隈 研吾もデザイン参加。 〈山形緞通〉は至高の手仕事、 日本の暮らしのためのじゅうたん

糸づくりから手がける、国内唯一のじゅうたんメーカー

山形県山辺町に、じゅうたん製作の高い技術で知られるメーカーがあります。
名前は〈オリエンタルカーペット〉。
糸づくりから染め、織り、アフターケアまで、一貫して自社で行っています。

同社が手がけるブランド〈山形緞通〉は、素足の生活様式に合わせた、
日本人の暮らしに寄り添うじゅうたん。

そのこだわりは、素材選びにも現れています。
主な原料は、素足に心地よい羊毛。
ニュージーランド産とイギリス産をメインに選び、自社で紡いでいます。

たとえば新古典ライン〈石楠花 (shakunage)〉には
ウールとシルクを使用し、ベロアのような肌触りに。
立体的に浮かび上がるダイナミックな柄は、
和にも、洋の空間にも合ようにデザインされています。

新古典ライン「石楠花 (shakunage)」

新古典ライン〈石楠花 (shakunage)〉

ものづくりを支えているのは、女性の職人たち。
ここでは数ある工程のなかから、一部を見せてもらいましょう。
こちらは手織りの作業を行っている様子です。

女性職人たち

手織りは、創業当初から受け継がれてきた伝統技術。
細かな設計図をもとに、縦糸に糸を結びカットする作業をひたすら繰り返していきます。
1日に織り上げられる長さは、わずか7センチ程度。

織りには「手刺(てさし)」という技術も用いられます。
職人さんが図案に合わせ、フックガンという工具で織っていきます。
手織に比べ製作時間を短縮できますが、忠実に図柄を表現するために、
打ち込む力やバランスを均一に保つ高い技術が必要です。

女性職人たち

その後はじゅうたんの表面を均一にカットする「シャーリング」や、
柄を立体的に見せるため、ハサミで浮き彫りにしていく「カービング」など、
それぞれの技術に卓越した職人さんの手によって、
なめらかで艶やかなじゅうたんに仕上げられていきます。

シャーリング(表面仕上げ)を行う職人さん。じゅうたんの表面を均一にするため、芝刈りのような専用機械で表面を切り揃えていく。

シャーリング(表面仕上げ)を行う職人さん。じゅうたんの表面を均一にするため、芝刈りのような専用機械で表面を切り揃えていく。

山形緞通の大きな魅力のひとつは、
豊かな色彩が織りなすグラデーション。
こちらは、実際にじゅうたんに使用されているウールの糸です。

ウールの糸

オリエンタルカーペットでは、じゅうたんの色を
細やかに表現するため、自社で色の調合と染色を行っています。
こちらは色見本。社内には、これまでに染めたおよそ2万色以上の糸をストックし、
デザインやクライアントの要望に合わせて提供しています。

糸のストック

下の写真は、著名デザイナーとのコラボレーションによる、デザイナーライン〈MORI〉。
建築家の隈 研吾さんがデザインしたじゅうたんです。

デザイナーライン 隈 研吾「MORI」

デザイナーライン 隈 研吾〈MORI〉

緑の豊かさをダークグリーンの色彩と
三層の毛糸の質感で表現しています。
同シリーズの〈KOKE〉は、苔の質感を
糸の質感と毛足の長さで表現したもの。

デザイナーライン 隈 研吾「KOKE」

デザイナーライン 隈 研吾〈KOKE〉

足もとに艶やかな青い苔が一面に広がります。
こうした繊細なニュアンスを表現できるのも、山形緞通ならでは。

下の写真は、〈スマイルズ〉の遠山正道さんとの
コラボレーションから生まれた〈a big stone りんご〉。

「a big stone りんご」

〈a big stone りんご〉

遠山さんが山形の工場を訪れた際に描いたスケッチをもとに、
同社が製作を手がけました。

石巻市の歴史ある〈井内石〉を使った スマートな漬物瓶 〈ピクルストーン〉が登場!

漬物瓶とは思えないスタイリッシュな佇まい

2017年に日本最大規模のクラウドファンディングプラットフォーム
〈キャンプファイヤー(CAMPFIRE)〉で目標金額30万円をゆうに超える、
398万円以上の資金調達(目標金額30万円)に成功した
漬物瓶〈ピクルストーン(Picklestone)〉。

そんな〈ピクルストーン〉が、この度、
欧米のクラウドファンディングサイト〈キックスターター(Kickstarter)〉にて、
宮城県石巻市で長い歴史を持つ石〈井内石(いないいし)〉バージョンの
〈ピクルストーン〉の資金調達をスタートさせました。

右からPicklestone.220 9,800円、Picklestone.115 12,800円、Picklestone.150 9,800円(すべて税抜)

右からPicklestone.220 9,800円、Picklestone.115 12,800円、Picklestone.150 9,800円(すべて税抜)

このデザインされたスマートな見た目。
これまでの漬物づくりの概念を一新させるほど斬新ですよね。

牛乳パックと一緒に並べられる〈Picklestone.220〉、
ドレッシングと一緒に並べられる〈Picklestone.115〉、
少し大きめの缶詰サイズ〈Picklestone.150〉と、
〈ピクルストーン〉は3種類のサイズ展開となっています。

昔は大きな樽や一日中ひんやりとした日陰がないとつくれなかった漬物ですが、
この瓶に材料を入れて冷蔵庫に置いておけば、あっという間に完成。
冷蔵庫のボトルホルダーにすっぽりと収まるので、
狭いキッチンスペースでも漬物をつくることができます。

もちろん、手づくりであれば保存料や化学調味料を使わないので、
より野菜本来の味を感じられるのも魅力。
気軽に旬の野菜を食卓に上げることができ、お子さんの食育にもひと役買いそうです。

柳ヶ瀬商店街を次世代へつなぐ
〈サンデービルヂングマーケット〉
ができるまで

ミユキデザイン vol.2

岐阜を拠点に建築、まちづくり、シェアアトリエの運営などの活動をする
ミユキデザイン・末永三樹さんによる連載です。

柳ヶ瀬が「まち」であり続けるために

岐阜屈指の繁華街「柳ヶ瀬商店街」を知っていますか。
古いビルや昔ながらの店が残るレトロな味わい深いまちです。
岐阜県出身の私にとって、子どもの頃に
「まちに行く(=デパートがある)」といえば柳ヶ瀬で、
大人になってからはスナックやクラブ、小料理屋などに行き、
背伸びをしたのも柳ヶ瀬でした。

しかし、近年では高齢化による来街者の減少や空きテナントが目立ち、
「柳ヶ瀬商店街がにぎわっていた」という肌感覚を持つのは
30代後半以上ぐらいの世代でしょうか。

私にとって、人や情報が集まり、そこに行けば何かに出会える
期待感を持っている場所が「まち」です。
美殿町(vol.1参照)に拠点を持ってから、柳ヶ瀬が「まち」であり続けるには、
いま何かをしなければ手遅れになるんじゃないかという
漠然とした危機感を感じるようになり、自分と未来のために、
仕事としてまちに関わることができないかと考え始めました。

〈ミユキデザイン〉が活動する美殿町商店街と柳ヶ瀬商店街は隣接していて、徒歩1分の距離。(photo:kazuhiro tsushima)

〈ミユキデザイン〉が活動する美殿町商店街と柳ヶ瀬商店街は隣接していて、徒歩1分の距離。(photo:kazuhiro tsushima)

いまは、そんな柳ヶ瀬商店街で、2014年から仲間たちと
月一の定期市〈サンデービルヂングマーケット〉を行っています。
約160店の手づくり・手仕事が集まる東海圏で屈指のマーケットです。

そこに至るまで、イベント「ギフレク」「ハロー!やながせ」と、
いろいろな取り組みを試行錯誤してきました。2017年からは、その仲間たちと
〈柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社〉(以下まち会社)を設立し、
柳ヶ瀬の遊休不動産や公共空間の利活用に取り組んでいます。

今回から2回にに分けて、柳ケ瀬商店街でのチャレンジや
そこから生まれた変化について紹介していければと思います。

イベント「ギフレク」への参加。岐阜のおもしろい人たちとの出会い

ミユキデザインを設立する前、私たちは「ギフレク(Gifu Re-creation)」という、
創造力で岐阜をもっともっと楽しくしていくイベントをやっていました。

会社員として日々設計にどっぶりと浸かり、外の世界に出ていく機会が少ないなか、
イベントを企画した岐阜市在住のデザイナー〈DesignWater〉の
鷲見栄児さんに声をかけてもらい、空間チームとして参加すると、
カメラマンやデザイナー、Webクリエーターなど
世代の近いクリエーターたちが集まっていて、
岐阜にはこんなおもしろい人たちがいるんだ! と衝撃を受けました。

夜な夜な企画会議をやったり、休日はみんなで会場什器の工作をしたり、
イベント当日も含めエネルギーに溢れた毎日で、
自分でおもしろいことをやっていかないとだめだ、と痛感しました。
ここでの出会いは、その後も続き、いろんなタイミングで私たちの活動を支えています。

岐阜をもっと楽しくしていくイベント「ギフレク」。岐阜駅前の広場を活用。

岐阜をもっと楽しくしていくイベント「ギフレク」。岐阜駅前の広場を活用。

ギフレクの企画のひとつが、ジュラシックアーケードです。
「高齢者ばかりの柳ヶ瀬商店街に子どもたちが集まったら
めちゃくちゃおもしろくない?」という発想から始まりました。

実際、リアルな恐竜ロボットがあちこちに出没し、
子どもが大興奮して商店街を駆け回ります。
現在は、商店街が自主事業として運営を引き継ぎ、恒例行事になっています。

当時、考えられないほどの子どもたちが押し寄せる状況に感激し、
お礼だと言ってイベントのノベルティを大人買したのが、
いまは一緒に活動している商店街の岡田さや加さんです。

ジュラシックアーケード。

ジュラシックアーケード。

料理家・冷水希三子の旅コラム
「沖縄の離島で塩のルーツを知り、
ヤギカレーをつくり上げた」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第6回は、料理家の冷水希三子さんが沖縄の離島に通ったお話。
いくつかの離島の特産品から着想して、おみやげものや料理を生み出す活動のなかで
たくさんの人、海、食材との出会いがありました。
特に粟国の塩と多良間のヤギ汁が印象的だったようです。

おみやげものとヤギカレーの開発

あまり沖縄に縁がなかった私でしたが、
5年ほど前にお声がけをいただき沖縄の離島に通うプロジェクトがありました。
沖縄にある有人島47島のうち、比較的観光客や観光資源の多くない島を盛り立てて、
雇用も増やしていこうというもの。

方法としては直接的ではないのかもしれませんが、
まずはその島の特産品を使っておみやげものを開発することで、
島の人々のお仕事を増やすこと。
さらにそれらを通して、島のことを知らなかった人たちにも知ってもらいたいという、
小さいながらも地道な活動です。

その島とは、
多良間(たらま)、粟国(あぐに)、渡名喜(となき)、南大東、北大東の5島です。
とはいえ、私は粟国の塩を日々使っているので粟国と、
なんだか天気予報に出てくる南大東を聞いたことがあるくらいでした。

ミッションは、島の特産品を活用した商品を開発すること。
レシピを考えてからそれぞれの島に乗り込み、島のおばあや食品をつくっている方たちに、
つくり方や保存瓶の使い方などを説明して回りました。

最初は「若い、(若くはないですが(笑))、知らない人が来て何をするのやら~」と
人見知りされている状態でしたが、少しずつ心を開いてくださり、
今でもそのレシピでつくってくださっている方々もいて、なんだかうれしいです。

今ある地域資源×アートの試みが開花。 春の八戸は見どころたくさん!

地域資源を生かしたアートのまちづくりに取り組んできた八戸。
3月4月の見どころを紹介

北東北を代表する中核都市青森県八戸市。
このまちが今、アートのまちとして発信し始めています。
ただ、国内外のアーティストを招聘したり、
芸術祭を催すという試みとは趣旨が異なり、
今ある地域資源と芸術的視点をいかに融合させるかを目的とした、
長期的な計画のもとで「アートのまちづくり」を進めているのが八戸市なのです。
3月、4月に行われる予定の注目のイベントを例にご紹介しましょう。

南郷アートプロジェクト『しまもりさいじき』上映展示

地元小学生が、昔の小学生のエピソードを再現。

地元小学生が、昔の小学生のエピソードを再現。

南郷アートプロジェクトは、八戸市南郷地域を舞台に2011年にスタートした、
アートで地域の魅力を再発見するアートプロジェクト。
これまで、地域資源にダンスや演劇、美術をかけあわせたプログラムを、
地域の方やアーティストと一緒に行い、2019年度のプログラムとして、
地域の「記録」と「記憶」を残す「島守ダンス映画製作プロジェクト」を実施してきました。
そして、ダンスをモチーフとした映像作品『しまもりさいじき』を発表。
今回、南郷島守地域を舞台に、
約8か月にわたって制作したこの『しまもりさいじき』と、
撮影で使用した小道具などを〈八戸市南郷文化ホール〉に展示します。

地元のりんご農家さんが出演し、りんご畑で撮影が行われた。

地元のりんご農家さんが出演し、りんご畑で撮影が行われた。

地域の行事「虫追いまつり」をイメージしたシーンを地元中学生と撮影。

地域の行事「虫追いまつり」をイメージしたシーンを地元中学生と撮影。

映画は、「平家の落人の里」だったという言い伝えがある南郷島守地域が舞台。
島守の民俗芸能、地域の催事・祭事・行事、季節の風景、
かつて行われていた風習をイメージ・再現して、映像化。
その姿はどこか幻想的に感じられます。
作品は春夏秋冬の4つの章で描かれ、3面スクリーンで上映されるのが特徴。
また、会場の入退場は自由なので、季節ごとや、
自分の見たいシーンだけという鑑賞方法も可能です。

information

map

『しまもりさいじき』上映展示

展示情報

映画上映(ループ上映)、小道具展示

2020年3月7日(土)~3月15日(日) 10:00~16:00  ※3月9日(月)を除く

※新型コロナウイルス感染症拡大予防のため、15日(日)に予定していた舞踏と音楽のパフォーマンス、トークは中止させていただきます。

会場:八戸市南郷文化ホール  

入場無料(入退場自由)

脚本・監督・撮影・編集・展示構成:飯名尚人(映像作家・演出家)

振付・演出:田村一行(舞踏家・大駱駝艦)

出演:田村一行・高桑晶子・塩谷智司・鉾久奈緒美・小田直哉・坂詰健太・阿蘇尊(大駱駝艦)、八戸市南郷島守地域の皆さま、エキストラの皆さま

主催:八戸市

助成:平成31年度 文化庁 文化芸術創造拠点形成事業

お問合せ先:八戸市まちづくり文化推進室

青森県八戸市内丸1-1-1

TEL:0178-43-9156

FAX:0178-41-2302

E-mail:75info@nangoartproject.jp 

Web:https://nangoartproject.jp/

『Tomorrow is Today: Farming the Possible Fields』 地域に溶け込む 〈UMA / design farm〉 のデザインを一挙に公開

暮らしに溶け込んだデザインは、いかにして生まれたのか?

2020年3月28日(土)まで、東京・新橋の〈クリエイションギャラリー G8〉にて
〈UMA / design farm〉展『Tomorrow is Today: Farming the Possible Fields』
が開催中です。

UMA / design farmは、原田祐馬さんにより
2007年に設立された、大阪を拠点とするデザインスタジオ。

その仕事はグラフィックにとどまらず、
建築家や編集者と協働し、地域とその場に介在しながら
図書館や学校、障害者福祉施設などの仕組みづくりから
サイン計画までを手掛けてきました。

〈UR都市機構〉の色彩計画(2017-)VI, 色彩計画, サイン計画 Photo: Yoshiro Masuda

〈UR都市機構〉の色彩計画(2017-)VI, 色彩計画, サイン計画 Photo: Yoshiro Masuda

〈Tomorrow is Today: Farming the Possible Fields〉展示会場の様子。

『Tomorrow is Today: Farming the Possible Fields』展示会場の様子。

彼らが手がけるのは、当事者と「ともに考え、ともにつくるデザイン」。
本展では、そのプロジェクトにどんな人たちが関わり、
何を思い、ともににつくりあげたのか、
その言葉や関係性、デザインプロセス、そこで紡がれた物語を交えて展示します。

〈Good Job! Project〉ワークショップの様子 Photo: Michio Hayase

〈Good Job! Project〉ワークショップの様子 Photo: Michio Hayase

たとえば、奈良県奈良市の福祉施設たんぽぽの家と
障害のある人たちの仕事づくりを行う〈Good Job! Project〉、
大津湖岸なぎさ公園サインデザインのプロセス、
UR都市機構での鳥飼野々2丁目団地などの色彩計画では、
デザインがどのように地域の人々の暮らしの一部になっているのかを紹介します。

〈株式会社 斎藤管工業〉(2014-)CI, サイン計画 Photo: Kohei Shikama

〈株式会社 斎藤管工業〉(2014-)CI, サイン計画 Photo: Kohei Shikama

〈かわなべ森の学校〉廃校の残し方。
地域に入り、対話を続けて
再生への道が開けた

予算も法律も……、廃校保存って何から手をつければいいのか?

2010年に僕が鹿児島県川辺町で立ち上げたフェス〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉は、
〈かわなべ森の学校〉を会場にしています。
戦前に建てられた旧長谷小学校で、校舎はかなり老朽化が進んでいました。
しかし2016年、この木造校舎が取り壊しの方向に進んでいったのです。
(地域の廃校への思いは前回vol.004を参照)

愛着のあるこの校舎を残すべく、僕は廃校を保存する活動を始めました。
地域に残された古い廃校をなんとか取り壊しからは救いたい。
その一心で動きだしましたが、
どこから、何をどう手をつけていけばいいものやらまったくわからない。
誰に許可をとればいいのか? 予算は? 法律は?
役場に問い合わせても、この地域では廃校の再生は前例もなく、
誰からも明確な答えが返ってきません。

築90年を乗り越えてきた木造校舎の廊下。

築90年を乗り越えてきた木造校舎の廊下。

とにかく、地元中心にいままでつき合ってこなかったような行政や、
僕らのコミュニティではない人の声も聞かないことには始まらない。
力になってくれそうな人に片っ端から会って話を聞いて回りました。

そんなときに「鹿児島未来170人会議」というイベントの存在を知りました。
県が主催して鹿児島県民170万人の0.01%にあたる170人で
エリアの未来を考えようという趣旨のイベント。
鹿児島県内でさまざまなソーシャルな活動をしている12組がプレゼンをして、
活動を知ってもらい語り合うという場です。
そこに参加すれば、広くいろんな人たちの耳にも届き、なにか糸口がつかめるかもしれない。
さっそくエントリーし、まずはその12組に入れてもらうことができました。

「鹿児島未来170人会議」でのプレゼンテーション。

「鹿児島未来170人会議」でのプレゼンテーション。

しかし、そこで公に向けて発表するということは、
その前に地元の行政や地域の卒業生のみなさんに活動の承認を得ておかなければいけません。
そもそもこの学校のオーナーは南九州市ですし、勝手に突っ走るというわけにはいかない。

それで、幾度となく地元の行政や自治会の会合にも出席して、
森の学校を残す運動を認めてほしいと訴えることから始めました。

自治会での説明会。地区公民館にて。

自治会での説明会。地区公民館にて。

長良川の水辺で全世代教育を。
〈郡上カンパニー〉が生み出す
持続的な地方移住のかたちとは?

〈地方創生ワカモノ会合in松山〉で講演をした〈郡上カンパニー〉の岡野春樹さん。
連載「ローカルで見つける、これからの仕事。」vol.001で行われた
座談会にも参加してくれた岡野さんは、岐阜県郡上市で地域に根ざした
新しい共創のあり方を仲間とともに模索している。
では、郡上で実際にどんな取り組みをしているのか?

自分をリセットする“型”を求めて

東京の広告会社に所属する岡野春樹さんが、
総務省の「地域おこし企業人」という制度をつかって、
一家で岐阜県郡上市に移住したのは2018年6月のこと。

各地で移住者受け入れの取り組みが活発化し、
地方へのUターン、Iターンが現実的な選択肢になりつつある昨今だが、
とはいえ地方で仕事を見つけ、
環境との折り合いをつけるのはまだまだ簡単なことではない。

その点、会社に籍を残したまま郡上に身を移し、
〈Deep Japan Lab〉という一般社団法人を運営する傍ら、
共同体〈郡上カンパニー〉の活動を展開する岡野さんのケースはユニークな事例といえる。

郡上八幡のまちなかを横断する吉田川。

郡上八幡のまちなかを横断する吉田川。

「郡上に移住するきっかけのひとつは、
入社2年目に、ハードワークで体を壊しことだった気がします。
まだ労働時間に寛容な時代だったこともあり、
とにかく体力に任せて毎日深夜まで働き続けていたのですが、
そのうち自律神経を悪くしてしまって……。
あるときから体温が乱高下して、朝手が震えて起き上がることもできない状態になり、
ついにはドクターストップで休職することになったんです」

郡上八幡は水のまち。川や水路がたくさんある。

郡上八幡は水のまち。川や水路がたくさんある。

長期離脱を余儀なくされた岡野さんは、
しばし自身の不調と向き合いながら、再起の道を模索する。
そんななか、貴重なヒントを与えてくれたのは、名のある歌人でもある祖父だった。

「祖父は94歳になりますが、今でも自分のクリエイティビティを守るために、
山を歩く時間や長く風呂に浸かる時間をすごく大切にしている人なんです。
その姿を見ているうちに、
そういえば僕が尊敬する企業家やクリエイターはみんな、自分をいったん“空っぽ”にし、
リセットする型を持っている人が多いということに気がつきました。
自分の中に新たな何かが生まれる隙間を、意図的につくっているわけです」

そう思い至ったとき、原因は環境にあるのではなく、
自分をうまくリセットする術を持たない己の責任なのだと気づかされたという岡野さん。
では、自分にとってリセットの型は何か?

〈郡上カンパニー〉の岡野春樹さん。

〈郡上カンパニー〉の岡野春樹さん。

「この時期は、ジョギングをしてみたり瞑想してみたり、
本当にいろんなことを試していました。そんななかでたどりついたのが“水”でした。
僕は、プールでも銭湯でも水にふれていると妙に心が落ち着くし、
未来志向で物事を考えられることに気がついたんです」

そこで本格的にTI理論という長くゆっくり泳ぐ泳法をプロのコーチから教わり、
プール通いを始めたところ、岡野さんの心身はみるみる快復。
3か月強の休職期間を終えて、職場復帰を果たすことになった。

岡山〈more fruits〉 見学ツアーの企画からPVづくりまで。 農家の広告塔として 活躍するスムージー店

岡山駅から徒歩10分の〈more fruits〉(以下、モアフル)が、
1周年を迎えました! 
〈モアフル〉は「日常にもっとフルーツを」をテーマにしているスムージーのお店。
注文を受けてから1杯ずつつくるので、
果物のフレッシュさを存分に味わえます。

昨年の夏は、桃がまるごとのったスムージーパフェが大人気だったそう。〈季節のミックススムージー〉500円、〈バナナスムージー〉400円(どちらもショートサイズの税込価格)。

昨年の夏は、桃がまるごとのったスムージーパフェが大人気だったそうです。〈季節のミックススムージー〉500円、〈バナナスムージー〉400円(どちらもショートサイズの税込価格)。

倉敷ひらまつ農園さんのレモンやミカン、
池宗さんのモモやシャインマスカットに、
小堀さんの瀬戸バナナなど、農家さんの名前がわかる果物を中心に使用。
店主の橘将太さんが実際に農園へ出向き、
旬の岡山県産フルーツを適正な価格で直接仕入れています。

イチゴのスムージー。こちらは〈あまおとめ〉と〈おいCベリー〉のミックス。イチゴ感を満喫できるストレートも、甘さが際立ってまろやかなミルクも、どちらもおすすめ。

イチゴのスムージー。こちらは〈あまおとめ〉と〈おいCベリー〉のミックス。イチゴ感を満喫できるストレートも、甘さが際立ってまろやかなミルクも、どちらもおすすめ。

夏にはシャインマスカットの瑞々しい飲み口に潤され、
今の時期ならイチゴがたまらなくおいしい。
百貨店勤務時に高品質な果物を扱っていた橘さんの、
素材を生かす力はたしかなものです。

「前職で、果物は高いというイメージがあることに気づきました。
だけれど、果物ができるまでにはいろんな苦労や工夫があって、
たとえば栄養が集中するように
あえてひとつの木にひとつしか実がならないように育てている
メロン農家さんがいたりします。
いい果物が相応の価格になる背景を知ってもらいつつ、
手軽に果物を楽しんでもらえたらと思って〈モアフル〉を始めました」

商店街を占拠せよ!
立体駐車場を小さなビレッジへ。
アマチュア建築家による「商店街占拠」

勝亦丸山建築計画 vol.1

はじめまして。〈勝亦丸山建築計画〉の勝亦優祐と申します。
建築家の丸山裕貴とふたりで、静岡、東京を拠点に活動する設計事務所です。
私は2拠点居住をしながらさまざまなプロジェクトに関わらせていただいています。
本連載では、静岡での建築設計活動、自治体や大学との取り組み、
事業主として設計から運営を行う都内のシェアハウスなど、
さまざまなテーマについて、横断的な視点で考えていきたいと思います。

初回となる今回は、活動の原点となった
静岡県富士市でのイベントについてご紹介します。

〈勝亦丸山建築計画〉の勝亦優祐(左)と丸山裕貴(右)。

〈勝亦丸山建築計画〉の勝亦優祐(左)と丸山裕貴(右)。

富士山のふもと、静岡県富士市

東京駅から新幹線で1時間、新富士駅で下車すると巨大な富士山に驚くだろう。
ここ富士市は南は駿河湾、北は富士山を望み、
海から富士山頂へなだらかに登っていくような地形が特徴だ。

富士山は季節ごとに美しい風景を見せてくれるが、
雲や空や日の状態で数分ごとに違う表情が現れる。
生活するなかでドラマチックな瞬間を見つけると、
地元の人ですらついついスマホを構えてしまうほど。

市の人口は約24.5万人、人口は緩やかに減少し、世帯数は増加している。
私はこの富士のまちに育った。

東京・富士地図

渋谷の超高層ビルの建築プロジェクトを経て

市内の高校を卒業後、東京の大学の建築学科に進学し、
2012年に大学院を出て、大手組織設計事務所で働いた。
渋谷の超高層ビルの設計チームで毎日3Dモデルや模型で検討を重ねる日々。
200メートル近い高さの巨大な建築は、渋谷のまちに何をもたらすのか、
どのようにデザインに反映するのか、先輩の話を聞きながら考えていた。

そのほかにも、オフィスの中では世界中の大規模な建築プロジェクトが検討されていて、
世界中の未来の断片がそこにはあるような気がして刺激的だった。

地元のまちには多くの問題が眠っていた

一方で、地元への関心も自分の中で日に日に育っていった。
東京の設計事務所を経験したのち、2013年春に富士市に戻ることにした。

大学院時代から建築にハマった理由は、あらゆるスケールの問題を
「オモシロ」解決することができる職業だと思ったから。
海で本を読んだり、まちを歩いたり、自転車やスケボーで走りまわったり、
いろんな人に会いに行ってお酒を飲んだり、
地元に戻った私は取り組む問題を探していた。

このまちでは外を歩いていてバッタリ友だちと会ったり挨拶することがあまりないこと、
人口が減り始めているのに畑や森が住宅用地として開発されていること、
雰囲気のいい個人経営店は郊外にポツンと建ち、専用駐車場を持っていること。

ECサイトや大手でないと物販で生計を立てるのは難しいこと、
新規で飲食店を始める人にとって商店街は選びづらく、
商店街にはシャッターが下りていること、
自治体の財政では新たなインフラ投資など公共事業も減少するであろうこと、
など挙げるときりがないが……「問題のようなもの」がたくさん集まった。

これらの問題と私個人のスキルや課題意識、興味関心を直線で結び、
企画として自分の動きを定めていった。

まちの人は、商店街が廃れた理由を「駐車場がないから」と言っていた。
そこで駐車場がどれだけあるのか調べてみると、
車のためのスペースはたくさんあったし、建物が壊されるのと同時に駐車場化し、
増えてすらいることがわかった。

青い部分が駐車場、商店街には駐車場がたくさんあることがわかる。問題は運用だ。

青い部分が駐車場、商店街には駐車場がたくさんあることがわかる。問題は運用だ。

1千万円貯めて漁師の道へ!
年収も公開する次世代型漁師、
佐藤嵩宗さん・冬奈さん

「イカが釣れない? それならほかの魚を釣ればいい!
潮が悪いし、風が強いし、誰も漁に出ていない。
そんなこと考えている暇があったら10分でも早く海に出たほうがよっぽどいい。
自分の感じている恐怖や不安に立ち向かうことが、
今の自分を救う唯一の活路になるんじゃないかと思います」

とある漁師ブログの、歴史的なイカの不漁について書かれた記事に出てくる言葉だ。
漁業の文脈で発せられたものでありながら、人生訓のようでもある。
この言葉の主に会いたい、と今回は山口県下関市を訪れた。

角島大橋からは、息をのむ絶景を思う存分堪能することができる。

角島大橋からは、息をのむ絶景を思う存分堪能することができる。

遠目に見ると爽やかなエメラルドグリーン、
間近で見ると濃い青の美しさが際立つ海が広がる下関市。

この清らかな海に囲まれた下関市豊北(ほうほく)町で、
独立漁師として生計を立てているのが
佐藤嵩宗(たかむね)さん・冬奈(ふゆな)さん夫妻。
それぞれ32歳、24歳のふたりは若手漁師のホープともいえる。
今回は、北海道出身の嵩宗さんと福井県出身の冬奈さん、
それぞれの地から移住し、生業として漁師を継続していくコツをうかがった。

嵩宗さんが漁師になりたかった理由

「漁は獲物を追い求めていくのがワクワクして楽しい」と嵩宗さん。

「漁は獲物を追い求めていくのがワクワクして楽しい」と嵩宗さん。

今でこそふたりで漁に勤しむ佐藤さん夫妻だが、
もともと漁師になりたかったのは夫の嵩宗さん。
19歳のとき、北海道から上京しSNS関連の会社でノウハウを蓄え、
大阪での起業を経て、再び東京へ。
休みの日をすべて費やすくらいに、とにかく釣りが好きな青年だった。

「これから何十年先、一生の仕事として自分は何がしたいのかを考えるようになりました。
日本中をバイクで回るうちに『自然の中で暮らすっていいなあ』と。
静かなところで暮らせて、好きなことをしてお金を稼いで、
おいしいものが気軽に食べられる。
なおかつ働きたいときに働けて、
自分ひとりで勝負して結果を出す生き方ができるのは……と考えていくと、
それをかなえられるのは漁師だと気づきました」(嵩宗さん)

24歳で漁師になると決めてからは、
さっそく「漁業就業支援フェア」に参加して漁業について話を聞き、勉強をした。

その後、漁協や行政の就漁支援制度を利用して、27歳のときに山口へ移住。

「旅をしていたときに、前に海、後ろに山がある山口はいいなあと思っていました。
空が広くて景色がきれいで災害も少ない。
雪が降らないので雪かきもしなくていいので(笑)」(嵩宗さん)

佐藤さん夫妻の船。「嵩海丸(たかみまる)」の「嵩」は嵩宗さんの名前から取ったそう。

佐藤さん夫妻の船。「嵩海丸(たかみまる)」の「嵩」は嵩宗さんの名前から取ったそう。

はじめの1年間は師匠である漁師につきっきりで漁を行い、2年目では自分の船を買い、
どんどん実践経験を積んだという。こうして、29歳で独立漁師としてデビュー。
独立1年目で「やれる」と確信した嵩宗さんは、
当時、山口・福井間で遠距離恋愛をしていた冬奈さんと結婚した。

嵩宗さんがバイクで日本全国を旅しているとき、冬奈さんの地元である福井でたまたまふたりは出会った。

嵩宗さんがバイクで日本全国を旅しているとき、冬奈さんの地元である福井でたまたまふたりは出会った。

「一緒に船に乗って潜り漁に出るとき、はじめは泳ぐこともできなかったので
浮き輪でぷかぷかしながら旦那の漁を見てました(笑)。
当初、沖の釣り漁では酔って吐いたりしていたことは、今ではいい思い出です。
それでもどんどん慣れて、今では6、7メートル下のアワビもとれるようになりました」
(冬奈さん)

猫の飼い主同士をつなぐ
マッチングサービス〈nyatching〉。
福岡からペットの殺処分ゼロを目指す

〈地方創生ワカモノ会合in福岡〉で講演をした
〈nyatchig(ニャッチング)〉というサービスを展開する谷口紗喜子さん。
京都で生まれて、東京と大阪で2年ほど働いた後、福岡市に移住。
会社員として働くうちに、現在のサービスを思いついた。
〈Fukuoka Growth Next〉などの創業支援もあり、福岡にて起業した谷口さんに、
実際の事業展開や起業ストーリーを伺った。

猫好きが集まるコミュニティをつくる

ひと昔前までは、ペットといえば犬が多かった。
しかし、近年では室内で飼いやすい猫をペットに選ぶ傾向になり、
2017年には猫の飼育頭数は犬のそれを超えている。

そんなペット事情の変化を教えてくれたのが谷口紗喜子さん。
谷口さんはまさに猫にスポットを当てたさまざまなサービスを提供する
〈nyans(ニャンズ)〉を起業し、代表取締役を務めている。

「ペットホテルはケージが狭いから猫がかわいそう」
「預け先がないから猫が飼えない」
「犬と違って外へ猫と一緒に散歩に出かけないから、猫の飼い主の友だちができにくい」
nyansは、そんな悩みを抱えている猫の飼い主、
そして純粋な猫好きの人々がメインターゲット。
マッチングならぬ“nyatching(ニャッチング)”を通じて、
困ったときや必要なときに登録者同士で互いに猫を世話し合ったり、
愛猫の誕生日を一緒に祝ったり、
もし迷子になるようなことがあれば捜索を手助けしたり、
猫をきっかけとしたあたたかいコミュニティを日本中に広げることを目指している。

利用したいユーザーは公式サイトから居住地などの個人情報を登録。
その後、サイトの利用者同士でメッセージをやり取りし、
猫好きたちが親睦を深めていく仕組みになっている。

新入「猫」社員の小春ちゃん。

新入「猫」社員の小春ちゃん。

犬の場合、飼い主が外へ散歩に出かければ、別の飼い主と道で出会うことができる。
公園に行って愛犬と一緒にベンチに座っていれば、
同じような犬の飼い主に声をかけられることもあるだろう。
しかし、室内で飼うことが多い猫の場合、その機会が少ない。
猫の飼い主と外で出会う可能性は、犬よりも断然低いのだ。

「その場に猫がいるわけではないので、
『猫を飼っていますか?』とでも声をかけない限り、飼い主なのかどうかわかりません。
そのため、飼い主同士の情報交換もままならないという状況になりがち。
そういった意味で、猫の飼い主に関するデータはとても集めにくいんです。
もともと集積しにくいデータであることに加え、昨今は猫ブームですから、
私たちのビジネスプランは絶対にうまくいくと思えました」

昨今の猫ブームがnyatchingの追い風になっているのだという谷口さん。

昨今の猫ブームがnyatchingの追い風になっているのだという谷口さん。

nyatchingのサービス内容だけに目を向けると一般消費者向けだ。
しかし最初からそこで大きな収益を出そうと考えていなかった。

「猫の飼い主が集まるコミュニティを持ち、
猫の飼い主たちにまつわるデータを集積していることで、
そのデータをBtoBの取引に活用して収益を図るというビジネスプランです。
例えば、私たちが得ているデータをベースにして、メーカーと協力することで
完成度の高い猫向け商品を独自に開発することが可能になります」

〈Agawa〉 老朽化した阿川駅が 山陰の魅力を発信するスポットに! クラウドファウンディングも

京都駅から下関駅まで、日本海沿岸のまちを結ぶ、山陰本線。
海、山、田畑を走る汽車は、
日本の原風景と出会える、情感あふれる乗りものです。

山陰本線

山陰本線

2020年3月下旬、その山陰本線にある阿川駅に
山陰の魅力を発信する商業施設〈Agawa〉がオープンします。
施設内には山陰のお酒や軽食などを楽しめるカフェ、
地元のおみやげを扱うショップ、レンタサイクルなどが展開するそう。
空間設計を手がけるのは、人気デザインスタジオ〈TAKT PROJECT〉。
山陰に、またすてきな施設が登場しそうです。

〈Agawa〉完成イメージ(TAKT PROJECT)

〈Agawa〉完成イメージ(TAKT PROJECT)

これは、山口県萩市にある〈萩ゲストハウスruco〉と
JR西日本、山口県、下関市による行政プロジェクト。
発起人は、萩ゲストハウスrucoのオーナー、塩満直弘さん。

〈萩ゲストハウスruco〉オーナー、塩満直弘さん

〈萩ゲストハウスruco〉オーナー、塩満直弘さん

山口県萩市に生まれ、アメリカ、カナダ、東京、鎌倉での生活を経て、
萩市にUターンした塩満さんは、自分の生まれ育ったまちに
「既存の価値観だけでなくもっと多様な選択肢をつくりたい」と、
2013年10月に萩ゲストハウスrucoをオープンさせました。

〈萩ゲストハウスruco〉

〈萩ゲストハウスruco〉

そんな塩満さんが友人の案内で山陰本線沿線の無人駅を訪れ、
そこに溢れる旅情に圧倒されたのだとか。

阿川駅

阿川駅

それから、「この景色をもっとたくさんの人たちと共有できないものか」
「山陰本線と景観とを再編集することで新たな価値を
生むことができるのではないか」と、思考を巡らせた塩満さん。
1週間後にはJR 西日本・地域共生室の方と出会い、
老朽化していた駅待合室の新設に合わせ、
本プロジェクトが始動することになりました。

『影裏』大友啓史×『もち』及川卓也
岩手を舞台にしたふたつの映画で語る、
ローカルとクラフトムービー

大河ドラマ『龍馬伝』や映画『るろうに剣心』『3月のライオン』などで知られる
大友啓史監督の最新作『影裏(えいり)』が、2月14日に公開となる。
本作は、大友監督の故郷・岩手県盛岡市を舞台にした芥川賞受賞の同名小説が原作で、
オール岩手ロケで撮影された。
一方、コロカル統括プロデューサーの及川卓也も、
故郷・岩手県一関市の食文化をテーマにした
映画『もち』をエグゼクティブプロデューサーとして製作。
これは4月から渋谷ユーロスペースや一関市内で上映される。

ともに高校卒業後に故郷を離れ、
あえて東京から岩手を見続けてきた、いわゆる「関係人口」ともいえるふたり。
岩手への思いや、地方ならではの「地に足をつけた生き方」、
岩手を舞台にした映画に託したメッセージなどを語り合った。

バンカラ(ハイカラに対抗し、あえて粗野で男らしい学生服などを好むスタイル)の伝統が残る高校出身、『POPEYE』『Hot-Dog PRESS』が流行った時代に高校生活をおくるなど、共通点が多いふたりの話は弾む。

バンカラ(ハイカラに対抗し、あえて粗野で男らしい学生服などを好むスタイル)の伝統が残る高校出身、『POPEYE』『Hot-Dog PRESS』が流行った時代に高校生活をおくるなど、共通点が多いふたりの話は弾む。

初任地の秋田で芽生えた、「リアリティ」の表現への思い。

及川卓也(以下、及川) 『影裏』は、主人公の青年、今野(綾野剛)が、
見知らぬ土地で唯一心を許した友、日浅(松田龍平)との出会いと別れを経験し、
その後、姿を消した友の本当の姿を探しながら喪失と向き合い、再生していく物語です。
盛岡が舞台なので、全編を監督の地元である岩手で撮影していますが、
撮影中の故郷はいかがでしたか。

大友啓史(以下、大友) 高校を卒業してからずっと県外で暮らしていたので、
今まで知らなかった盛岡・岩手の魅力をたくさん発見しました。
映画のフレームを通して故郷を再発見していく今回の映画づくりは、
とてもおもしろくて刺激的で、「灯台下暗し」だなあと。

及川 おっしゃるとおりです。外から見て初めて、発見することも多いですよね。

大友 同時に、かつて「イケてない」と思っていたことが、
「イケてる」ということにも気づきました。
僕が東京で学生時代を送っていた頃はちょうどバブル期で、
「文化の中心は東京」というムードがあり、そこで暮らすことが楽しかった。
ですから帰ろうとは思わなかったし、
たまに帰ると、若いから、嫌なところばかりが目についていて……。

今野秋一(綾野剛)は、会社の転勤で移り住んだ岩手・盛岡で、日浅典博(松田龍平)と出会う。慣れない地でただひとり、日浅に心を許していく今野。しかし、次第に今野の知らなかった日浅の顔が見えてくる。(『影裏』)

今野秋一(綾野剛)は、会社の転勤で移り住んだ岩手・盛岡で、日浅典博(松田龍平)と出会う。慣れない地でただひとり、日浅に心を許していく今野。しかし、次第に今野の知らなかった日浅の顔が見えてくる。(『影裏』)

及川 僕も同じです。
バブル期に定着した「お金を稼いで消費するライフスタイル」を謳歌していました。
フリーランスのライター・編集者としてサブカル系の記事や話題を扱い、
その後、雑誌『an・an』の編集部で働いて、とにかく東京での生活が楽しかったですね。

大友 あの頃は、東京自体がひとつのメディアという感覚があり、
地方に住んでいる人は「東京を経由しないと何も発表できない」と感じていました。
それなのに、最初に入社したNHKで赴任したのが秋田県。
東京のような刺激や華やかさがない「地方」赴任、
どうしよう、大丈夫かなあという意識でしたね。

及川 え、そうだったんですか。

大友 当時は秋田新幹線が開通しておらず、
盛岡からローカル線に乗り換えて行ったのですが、窓から見える景色が、
家屋が減ってどんどん寂しくなるにつれ自分の気持ちも寂しくなり、
「ああ、ここで3、4年暮らすのか……」と思いました。
ところが「住めば都」で、地元の特産品や祭り、言葉などにふれ、
そこで暮らす人々の「地に足をつけた生き方」を知りました。
そして、バブルの頃に触れたピカピカなものよりも、
手垢の残っているもの、汗をかいた痕跡、エイジングといった、
人の体温が感じられ、生きている証が見える「リアリティ」に、
何よりも惹かれていったんです。
今の僕が作品のなかで表現する「リアリティ」というものへの執着は、
この頃に芽生えた気がします。

ひとりで映画館に通った高校時代、暗闇の中で観た映画の香りや手触りが忘れられない。こういう映画をつくりたいという思いが、『影裏』の根底にあるような気がする」と大友監督。

ひとりで映画館に通った高校時代、暗闇の中で観た映画の香りや手触りが忘れられない。こういう映画をつくりたいという思いが、『影裏』の根底にあるような気がする」と大友監督。

フェス開催の危機!
鹿児島県川辺町の廃校も取り壊し寸前。
あらためて廃校問題を考える。

フェス会場だった廃校が取り壊しの危機に

2010年に僕が鹿児島県川辺町で立ち上げたフェス
〈グッドネイバーズ・ジャンボリー(以下、GNJ)〉は、順調に回を重ねていました。
(立ち上げまでの物語はこちらから)
次第に地域では夏の終わりの風物詩として認識してもらえるようになり、
協力してくれる人や協賛してくれる企業も増えてきました。
ところが7回目の開催を迎えようとしていた2016年に、
ショッキングなニュースが飛び込んできました。

たくさんの人であふれる校庭。

たくさんの人であふれる校庭。

それは、地元自治体の議会で、
GNJの会場である〈かわなべ森の学校〉を閉鎖し、取り壊すという知らせでした。

かわなべ森の学校は、戦前に建てられた旧長谷小学校。
その校舎はかなり老朽化が進んでいました。
それでも地域の卒業生の方々が中心になってイベントや集会に使う場所として
大切に維持してきたのですが、
老朽化とともにイベントなどでの稼働も少なくなっていました。

年に1回、僕らのフェスティバルが夏に行われるのと、
地域の人々が秋に「森の収穫祭」というイベントを開催していましたが、
あとは少人数の集まりがちらほらある程度。
日数ベースの年間稼働率でいうと5%ほどになっていました。

あちこちほころびが目立つようになってきた校舎。

あちこちほころびが目立つようになってきた校舎。

どこの地域でも、廃校になった学校は、だいたいは地元自治体が管理をしています。
それゆえ年間数日しか使われない施設に維持費を出し続けるというのは、
人口減少の止まらない自治体としては厳しい。
戦前の木造校舎は耐震という観点からも危険性があるため、
今のうちに取り壊したほうがいいという意見は以前からもありました。

さらにこの廃校の維持をボランティアとしてがんばってきた地元の卒業生の人たちも、
だんだんと高齢になっています。
オーナーである自治体が維持のための予算をつけないのであれば、
「ここらが潮時かもしれない」というあきらめのような雰囲気も漂っていました。

さらに2016年には隣の熊本県と大分県で大規模な震災が起きました。
そのことも影響し、いよいよ倒壊の危険性のある老朽化した建物の維持を止め、
取り壊しもやむなしという方向に拍車がかかってしまったのです。

老朽化が進む木造校舎。

老朽化が進む木造校舎。

しかし、地元の人たちや外から関わる僕らだけでなく、
年に数度かもしれないけれど毎年イベントのたびにかわなべ森の学校に通って、
この場所に愛着を持っている人たちが全国にたくさんいます。
取り壊しの知らせにショックを受けながら、
本当にこのまま指をくわえて見ていていいのかと何度も自問しました。

人に寿命があるように、建物にも寿命があります。
古いものをただなんでも残せばいいというものではない、ということはわかっています。
しかし、ここには日本の教育の原風景のような建物が
ほとんど手を加えられずそのまま残っています。
気温や湿度が高く、木造建築が傷みやすい鹿児島では特に珍しい。
壊すことはすぐできますが、つくり直すことは二度とできません。
失ってしまうものはとても大きい。

農業改革を提案するドコモ女子
〈アグリガール〉に聞く!
“ローカル”で働くということ

〈地方創生ワカモノ会合in新潟〉で講演をした
〈NTTドコモ〉の大山りかさんが立ち上げた〈アグリガール〉プロジェクト。
「ローカルで見つける、これからの仕事。」連載のvol.001で行われた
座談会に参加してくれた大山さんは、その概要を紹介してくれた。
そこで実際の現場のひとつである新潟のアグリガールの仕事を取材した。

モバイル牛温恵をきっかけとした畜産農家とのコミュニケーション

〈NTTドコモ〉といえば、ケータイなどの通信サービスを提供する大企業、
そんなイメージが先行する人がほとんどだろう。
実際はそれだけでなく、その通信インフラや技術を生かし、
さまざまな分野の課題解決に寄与する取り組みを行う会社でもある。

なかでも、農業従事者の減少や高齢化など、日本の農業が抱える課題を
ICTソリューションや、ドコモのノウハウを用いて
解決に導くプロジェクトチーム〈アグリガール〉が、年々注目を集めている。

ドコモの女性社員によって形成されるアグリガールは、現在全国に150人以上。
農家、JA、自治体と連携しながら、農業生産者のサポートと、農業の活性化を目指している。

今回紹介する、ドコモCS新潟支店に勤務する市橋 咲さんも
アグリガールのひとりだ。

幼い頃から環境問題や社会課題に強い関心を持っていた市橋 咲さん。ケータイの販売だけでなく、農業をはじめとした新しい事業にチャレンジできるアグリガールの存在を知り、ドコモに入社。東京生まれの埼玉育ちだが、自ら新潟勤務を希望したという。

幼い頃から環境問題や社会課題に強い関心を持っていた市橋 咲さん。ケータイの販売だけでなく、農業をはじめとした新しい事業にチャレンジできるアグリガールの存在を知り、ドコモに入社。東京生まれの埼玉育ちだが、自ら新潟勤務を希望したという。

田・畑・畜産、さらには水産分野まで、
アグリガールが提案するソリューションはさまざまだが、
そのなかのひとつに、牛の分娩監視システム〈モバイル牛温恵(ぎゅうおんけい)〉がある。
これは、牛の分娩の24時間前、破水時、SOS時などを正確に検知し、
農家にメールで通知してくれるというもの。

新潟県村上市の畜産農家〈santaふぁーむ〉は、
市橋さんらの提案により、2019年にモバイル牛温恵を導入したばかり。

モバイル牛温恵は大分県のベンチャー企業〈リモート〉が開発したシステム。ドコモは通信面と販売面でサポートしている。熱意ある会社の優れた技術と、ドコモの地盤であるスマホやタブレットを連携させ、それぞれの強みを生かした。アグリガールは、タッグを組む企業の発掘から農家への提案まで、あらゆる分野に関わっている。

モバイル牛温恵は大分県のベンチャー企業〈リモート〉が開発したシステム。ドコモは通信面と販売面でサポートしている。熱意ある会社の優れた技術と、ドコモの地盤であるスマホやタブレットを連携させ、それぞれの強みを生かした。アグリガールは、タッグを組む企業の発掘から農家への提案まで、あらゆる分野に関わっている。

新事業によって、仕事の負担が大きくなった頃、
村上地域振興局からモバイル牛温恵とアグリガールを紹介された。

「1週間以内には産むだろうという牛を、ずっと気にかけて過ごしたり、
24時間態勢で牛につき添ったりしていると、どうしても体に負担がかかるんです。
1~2頭ならまだしも、頭数が多いほど大変で。
でもモバイル牛温恵があれば、分娩の24時間前や、破水時に知らせてくれるので、
精神的にかなり楽になりましたね。今では完全に頼りきっています」(三田さん)

三田さんは、モバイル牛温恵の導入に満足そうだ。

〈ukishima〉小川優子さん
起業やアイデア、やりたいことを
実現できる場づくり

ずっとやってみたかったことをまずは口に出してみること、
身の回りを等身大で良くしていくこと。それらは毎日の心持ちを豊かにしてくれる。
小さな、けれども着実な一歩を踏み出せるよう、
まちの人の挑戦を後押ししてくれる場所があると聞いて、
今回は山口県萩市のコミュニケーションスペース〈ukishima〉を訪れた。

古民家をリノベーションしたという〈ukishima〉。外壁のトタンが粋な味を醸し出していた。定期船の汽笛や軽トラでまちを巡回する竿竹屋さんの歌声が聞こえ、のんびりとした雰囲気だ。

古民家をリノベーションしたという〈ukishima〉。外壁のトタンが粋な味を醸し出していた。定期船の汽笛や軽トラでまちを巡回する竿竹屋さんの歌声が聞こえ、のんびりとした雰囲気だ。

吉田松陰などの名士を数多く生み出し、城下町の風情が残るまち並みも魅力的な萩市。
そのなかでも日本海にほど近い「東浜崎」というエリアに、
〈はぎ地域資産株式会社〉の運営する〈ukishima〉はある。

この〈ukishima〉で、「u-pitch」(ユーピッチ)というプレゼン会を開いたり、
「やりたいことの解像度」を高めるワークショップを企画・運営しているのが
奈良県出身の小川優子さん。小さなまちならではの“充実”のあり方とは。
萩に移住した彼女に話をうかがった。

海を近くに感じながら自然体で暮らす

奈良県生まれ、奈良県育ちの小川さん。
以前は大阪で、デザイナーズブランドのアパレル販売員として働いていた。
萩に来るきっかけとなったのは、
東京にある〈Nui.〉というホステルとの出会いだったという。

萩は何回か会ううちにすごくかわいがってくれる、あたたかい人が多いと小川優子さん。まちの人は「萩には何もない」と言うが、小川さんが萩のことが好きだ!と褒めまくると「へ〜!まあな!」とかわいらしい返事が返ってくるそう。

萩は何回か会ううちにすごくかわいがってくれる、あたたかい人が多いと小川優子さん。まちの人は「萩には何もない」と言うが、小川さんが萩のことが好きだ!と褒めまくると「へ〜!まあな!」とかわいらしい返事が返ってくるそう。

「内観のデザインに惹かれて〈Nui.〉について詳しく調べていたら、
デザイナーの東野(あずの)唯史(現REBUILDING CENTER JAPAN代表取締役)さんが
手がけた建物が山口県の萩市にもあると知りました」

その建物とはゲストハウス〈ruco〉のこと。大工、左官屋、家具職人など、
ものづくりのプロと協力しながら建物をつくりあげていく記事の内容
萩の素材を散りばめ、
地元の職人さんと一緒につくった
ゲストハウス
「ruco」
medicala vol.2
)に
おもしろさを感じたそうだ。

〈ukishima〉の本棚。

〈ukishima〉の本棚。

「もともとものづくりが好きというのもあったし、
そういう職人さんたちと実際にお話できたらいいなと思って。
海の近くに住みたいというのもあったので、萩がピンときた感じです」

こうして2015年5月に小川さんは〈ruco〉を訪れ、
3か月の間ヘルパーとして働かせてもらうことになった。

「〈ruco〉では、仕事も性別も関係なくいろんな人が仲良くしてくれました。
周りの人から『萩のまちをこんな風にしていきたい』
『自分でこういうことをやってみたい』という話を聞くうちに、
私自身も『自分には何ができるんだろう』と意識して考えるようになりました」

「萩にはものすごくきれいな海が本当にすぐ近くにあって、贅沢な環境だなあと思いました」(小川さん)

「萩にはものすごくきれいな海が本当にすぐ近くにあって、贅沢な環境だなあと思いました」(小川さん)

「そういう姿ってすごくかっこいいなあと思って。
それに、萩には自然体な人が多いんですよね。
かっこつけすぎていないというか、自分のダメなところもさらっと話せてしまう、
ありのままな感じがいい。
最後は『どうしたら萩に住めるのか』ということばかり考えていました(笑)」

大正14年築の駅舎を ホテルにリノベーション! 〈NIPPONIA HOTEL 高野山 参詣鉄道 Operated by KIRINJI〉 がオープン

古民家や歴史的建築物をホテルにリノベーションしたという
施設情報を見かけることは少なくありませんが、
この〈NIPPONIA HOTEL 高野山 参詣鉄道 Operated by KIRINJI〉はひと味違います。
なんとこのホテル、
駅舎を改修し、2019年11月に開業したちょっとユニークな宿泊施設なのです。

南海電気鉄道高野線の高野下駅外観。

こちらのホテルは、現在でも南海電気鉄道高野線の駅として利用されている
大正14年に建てられた高野下駅の構内にあります。
近代化産業遺産にも認定されていて、歴史的観点からみても重要な建物。
客室からは列車を眺めることができ、
鉄道好きにはたまらない宿泊施設となっています。

つくる人が集うまち。
ビルのリノベーションから始まった
美殿町商店街の変化

ミユキデザイン vol.1

こんにちは。〈ミユキデザイン〉の末永三樹です。
私たちは岐阜を拠点に、リノベーションをはじめとした建築の企画・設計デザイン、
商店街でのマーケットなど、まちづくりに関する企画、
シェアアトリエの運営などを行っています。

現在ミユキデザインは4人のメンバーで、岐阜市美殿町(みとのまち)商店街の
老舗家具店のワンフロアを間借りして事務所にしています。
事務所の一角には私がクリエイティブディレクターを務める
〈柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社〉のオフィスも共存しています。
もともとゆかりのないこのエリアを拠点に活動を始めて、まもなく8年になります。

〈ミユキデザイン〉大前貴裕と末永三樹。

〈ミユキデザイン〉大前貴裕と末永三樹。

この商店街には40年以上続いている「講」という月一の寄り合いがあり、
昔からの店の主人らが決まった店の席につき、おいしい酒と世間話を楽しみます。
私たちも、講の席に混ぜてもらうようになり、外を歩くと顔見知りとすれ違い、
いまではこのまちが特別な場所になりました。

私たちは「あるものはいかそう、ないものはつくろう」を理念にしています。
そして建築的な視点を持って
「まちをアップデートし、次世代へ手渡す」
ことを目指して仕事をするようになりました。
独立当初はこんなことになるとは想像もしていませんでしたが……。

この連載では、岐阜のまちなかで動き始めたリノベーションの活動や、
マーケットを通じて商店街に生まれた変化、そして岐阜市周辺自治体との取り組みなど、
設立からの8年間を振り返り、リノベとまちと仕事について考えてみたいと思います。

今回は、私たちの出発点であり、現在も事務所を構える
岐阜市美殿町をテーマにお送りします。

美殿町でのイベント「美殿オープンカフェ」。商店主がギャルソンに扮しイベントを盛り上げる。

美殿町でのイベント「美殿オープンカフェ」。商店主がギャルソンに扮しイベントを盛り上げる。

商店街入門。遊休不動産を活用したい!

きっかけは、夫でありビジネスパートナーの大前貴裕が
2011年から岐阜市の外郭団体〈岐阜市にぎわいまち公社〉から受託した
「岐阜市商店街活性化プロデューサー」でした。
その最大のミッションは、「柳ケ瀬商店街」を活性化すること。

柳ヶ瀬商店街とは、岐阜市の中心市街地にある中部地方有数の繁華街です。
前任は中小企業診断士が担い、テナント誘致などを試みたそうですが、
結果が出ないため、視点を変えて若い建築士にかけてみようとの起用でした。

私たちは「おもしろい建築企画でまちを変えよう!」と、業務をスタートしたものの、
実際は、商店街そのものを知ることや、商店主との信頼関係を築くことから始まり、
そこに建築のニーズはなく、何に手をつけていいのかもわからない状態が
1年くらい続きました。

当時はふたりともサラリーマンで、
公共施設の設計やプロポーザルなどの仕事をしながら
まちのことに手を出している状況でした。

会社の中での時間のマネジメントや意思決定など、不自由を感じるようになり、
いまがそのタイミングだと2012年に独立。
リスクをとって仕事をしたことがなければ、
商売そのものを理解できないという思いも独立を後押ししました。

そんななか、リサーチやイベント実験を進めて可能性を感じたのは、
遊休不動産のリノベーションでした。いま思えば当然ですが、
改装など利活用の提案を持って一方的にオーナーを口説きにまわりましたが、
反応はなく、八方塞がりの気分でした。

打開策を求めて、雑居ビルリノベの先駆者である
〈やながせ倉庫〉オーナーの上田哲司さんに相談したところ、
紹介してもらったのが、美殿町商店街の理事長・鷲見浩一さんでした。
この出会いによって、私たちの活動は
大きなターニングポイントを迎えることになったのです。

岐阜市美殿町商店街。

岐阜市美殿町商店街。

美流渡(みると)の廃校、
どうすれば活用できる?
想いをかたちにするための方法を考える

活用を考えるために起こしたさまざまなアクション

岩見沢の美流渡(みると)地域にあった小中学校が
昨年閉校して1年が過ぎようとしている。
1階の窓には板が打ちつけられ人気のなくなった学校は、なんとも物悲しい。

この小学校に息子が2年間通い、あるとき
「自分の人生で一番悲しかったことは小学校の閉校だった」と話したことがある。
学校として再生するのは難しいかもしれないが、以前のような賑わいをもたらしたい。
親としてできる限りのことはしておきたいと、昨年春から校舎活用の道を探ってきた。

こんなわたしの想いに共感し、校舎のこれからを一緒に考えてくれたのは
市内にある北海道教育大学岩見沢校の先生や学生たちだ。

教育大の岩見沢校は市内唯一の大学で、
芸術、スポーツ、それをつなぐビジネスという専攻がある。
このビジネスを専攻する学生たちが、
以前からフィールドワークとして美流渡地区を訪ねてくれたこともあり、
この地域でさまざまなプロジェクトを展開していこうという
機運が高まっていたところだった。

そんななかで、昨夏に中学校の体育館を使った「森の学校 ミルトをつくろう」という
地元の人々に向けたイベントを開催することができた。
元学校ということで「図工」「理科」「体育」をテーマにし、
プリザーブドフラワーなどを瓶につめてオイルで満たす「ハーバリウム」づくりや
子ども向けの水鉄砲による的あてゲームなどを、学生たちが企画してくれた。
また、冬にはこれらの活動の経緯を札幌で発表する機会も設けてくれた。

昨年、教育大では「万字線プロジェクト」という教育プログラムを実施。岩見沢の山あいがかつて炭鉱街として栄えた時代に、主に石炭輸送のためにつくられた鉄道路線が万字線。この線路があった美流渡を含む一帯で、学生がリサーチやイベントを企画。その一環として「森の学校ミルトをつくろう」も行われた。

昨年、教育大では「万字線プロジェクト」という教育プログラムを実施。岩見沢の山あいがかつて炭鉱街として栄えた時代に、主に石炭輸送のためにつくられた鉄道路線が万字線。この線路があった美流渡を含む一帯で、学生がリサーチやイベントを企画。その一環として「森の学校ミルトをつくろう」も行われた。

教育大と連携した活動を続けていくなかで、
「校舎を今後こんなふうに利用したらいいのではないか?」
という具体的な意見を聞く機会が増えてきた。
それらのなかには、実現に期待の持てるプランもあったが、
同時に運用することになった場合に、どんなスキルが必要なのかも
考えなければならないと思った。

校舎の規模は大きく維持費だけでもかなりの額が必要になるが、
全国を見渡せば実際に大きな建物を使って活動を行っている人たちもいる。
そうした先輩たちにアドバイスをもらいつつ、運用方法を具体的に
考えられる場があったらいいのではいかとわたしは考えるようになった。

校舎活用については市や町会の意向もあるので、
もちろんわたしや教育大のアイデアが採用されるかどうかは未知数だが、
まずは有志が集まって何ができるのかを探ってみたい。
そんな思いから、この冬、連続セミナーを開催することにした。

セミナーのタイトルは
「森の学校ミルトをつくろう みんなでまちと校舎のことを話してみませんか?」
(ちょっと長い!)。

第1回目のゲストスピーカーとして依頼をしたのは小田井真美さんだ。
小田井さんは、札幌市が以前運営していた旧宿泊施設を利用して、
〈さっぽろ天神山アートスタジオ〉という
アーティスト・イン・レジデンスの拠点を運営するディレクターで、
アーティストと一緒に美流渡を訪ねてくれていたというつながりもあった。

小田井真美さんは、長年アーティスト・イン・レジデンス事業やアートプロジェクトの運営に関わってきた。昨年、フランス人アーティスト、ニコラ・ブラーと美流渡にリサーチに訪れたこともある。(写真提供:さっぽろ天神山アートスタジオ)

小田井真美さんは、長年アーティスト・イン・レジデンス事業やアートプロジェクトの運営に関わってきた。昨年、フランス人アーティスト、ニコラ・ブラーと美流渡にリサーチに訪れたこともある。(写真提供:さっぽろ天神山アートスタジオ)

ホステル〈ロマンス座カド〉から広がる 熱海の新しい楽しみ方

近年熱海はV字回復と言われるほど
観光客が増え、賑わいをみせているエリア。
新しい店舗も増えていますが、
建物の2階以上は依然として空室のところが多く、
大きな課題となっているそうです。

そんな熱海の繁華街・熱海銀座にある〈ロマンス座〉に隣接する
ビルの2~4階をフルリノベーションした、
新しい宿泊スポット〈ロマンス座カド〉がオープンしました。

ホテルロマンス座カド

名前にある〈ロマンス座〉とは、かつて熱海にあった映画館。
十数年前に惜しまれつつ廃館となりました。
温泉地として有名な熱海ですが、
一方で小津安二郎監督の『東京物語』や、アニメ『おもひでぽろぽろ』など
熱海を舞台にした作品が数多くあることでも知られる地。
廃館した映画館に隣接する〈ロマンス座カド〉は、
そんな映画のワンシーンのような熱海の日常を体験できる宿泊施設となっています。

物語は宿泊者次第。かつての熱海を表現した客室。

フロアマップは映画館に飾られたポスターのよう。

フロアマップは映画館に飾られたポスターのよう。

〈ロマンス座カド〉にはシングルとツインの部屋がそれぞれ3つずつあり、
どの部屋からも熱海銀座が見下ろすことが可能。
現地の人たちの暮らしを映画を観るように体験することができます。
部屋ごとに内装のテイストが異なり、
熱海の歴史や街のストーリーを感じながら宿泊ができるのも特徴のひとつです。

岡野春樹×大山りか×及川卓也
ローカルで働くには、
「入り方」と「ふたり目」が大切だ

2019年5月から11月にかけてG20関係閣僚会合と連動して行われた
地方創生ワカモノ会合」。
ICTやファイナンス、観光、働き方改革など、
さまざまな視点から地域の可能性を探る場となった。

ここであらためて、地方創生ワカモノ会合の登壇者でもある
〈郡上カンパニー〉の岡野春樹さん、
〈アグリガール〉(NTTドコモ)の大山りかさんを招き、
地域からアプローチするニッポンの可能性について考える座談会を独自に開催。
ファシリテーターはコロカル編集長・及川卓也が務めた。

日本人と土地の関係を探求するため、郡上へ移住

及川卓也(以下、及川) 本日は「地方創生ワカモノ会合」のゲスト登壇者おふたりを
お招きして、地方で暮らすこと、
そして地方で働くことの可能性についてお話したいと思います。
まずはおふたりそれぞれ、簡単な自己紹介とご自身の活動について教えてください。

岡野春樹さん(左)と大山りかさん(右)。

岡野春樹さん(左)と大山りかさん(右)。

岡野春樹(以下、岡野) 僕はもともと東京の広告会社で、
自治体のブランディングなどに携わっていました。
昨年6月から岐阜県郡上市に移住して、
現在は一般社団法人〈郡上・ふるさと定住機構〉を運営する傍ら、
土地にひもづいた学びの場づくりを目的に、〈郡上カンパニー〉を立ち上げ、運営しています。

こうして地方に着目するようになったきっかけは、ハードな労働環境に体を壊し、
ついには自律神経のバランスを崩して休職したことでした。
そこで当時はやり始めていたマインドフルネス(今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること)などの
勉強をしたりしているうちに、
一流の起業家や研究者などはみんな、
自身のバランスを整える“型”を持っているということに気づいたんです。

それは生活習慣であったりスポーツであったりさまざまなのですが、
自分にとってのその型は何だろうと思い、いろいろと試していたところ、
どうやら水に浸かることが大切らしいと気づきました。
プールでも銭湯でも、あるいはどこかの河川でも、
水に触れる時間をしっかり確保できてさえいれば、
自分は未来志向で物事を考えられるんです。実はこのことが移住の遠因だったと思います。

及川 そこで岐阜県の郡上市を選んだのは?

岡野 職場に復帰してから、
仲間と一緒に「日本みっけ旅」という全国の地域を巡る活動をしていたのですが、
その活動のなかで郡上を訪れる機会があったんです。郡上は長良川の源流域です。
あるとき、郡上の人の案内で、夜の川で遊ぶ稀有な経験をさせてもらいました。
真っ暗な川で魚をとり、それを焚火で焼いて食べながら、竹筒で日本酒を飲む。
これが僕にとってとても衝撃的な体験でした。

おもしろいもので、つくり込まれたワークショップよりも、
そうして自然の中で焚き火を囲んでいるときのほうがみんな、本音で話せるし、
いいアイデアを口にすることが多い気がします。
そのとき、人間はコンクリートに囲まれた都会よりも、土や川に近い場所で、
その土地に浸りながら活動するのが本来の姿なのではないかと気づかされたんです。
郡上の人に教えられた、身体感覚も含めた土地との関わり方を大切にした
学びの場を立ち上げようと。それが、郡上カンパニーだったわけです。

コロカル編集長の及川卓也がファシリテーターを務めた。

コロカル編集長の及川卓也がファシリテーターを務めた。

「普段着の旭川」を味わう。 北海道・旭川にカフェ兼ゲストハウス 〈旭川公園〉が誕生!

かわいらしい外観の宿泊棟タイニーハウス。左から〈土〉、〈風〉、〈森〉。

北海道は可能性の大地

北海道のほぼ中央に位置し、〈旭山動物園〉を有する旭川に、
ゲストハウス〈旭川公園〉が誕生しました。

最寄り駅は、「旭川」駅からJR宗谷本線で約15分の「永山」駅。
手がけたのは兵庫県西宮市出身の松本浩司さん。
東海地方を中心とする『中日新聞』の記者を経て、
2018年、家族で静岡県浜松市から旭川へ移り住みます。

松本さんご一家。3人のお子さまと奥さまと。

松本さんご一家。3人のお子さまと奥さまと。

伝え手の記者という第三者の立場から、
「それぞれに良さはあるんですけど、当事者の感動の量には勝てない」と、
北海道でゲストハウス運営の道を選んだ松本さん。

「自分で企画した高校の卒業旅行を成功させた思い出の地でもありますし、
日本最北という、突き抜けている感じも好きで。
南はみんな行きたがるけど北はそれほどでもないですよね(笑)
未開拓の素材がたくさんあるイメージがあって、
まだまだ新しいことができる可能性の大地だと思って。」

冬の〈旭川公園〉。手前は地域の子どもたちの遊び道具になっている土管。奥はカフェにもなる〈コモン棟〉。

冬の〈旭川公園〉。手前は地域の子どもたちの遊び道具になっている土管。奥はカフェにもなる〈コモン棟〉。

「特に旭川は、北海道で2番目に大きなまちだけど、
目立たないというか色がないというか、存在感が薄いなと前から思っていて。
経済も人口も右肩下がり。
十勝や札幌には地域をおもしろくする波が来ているけど、ここにはまだ来ていない。
自分にできることがあるなと思ったんです」

“友達の実家”のような場所にしたい

旭川公園があるのは駅から徒歩15分の住宅や学校が立ち並ぶ、
いわゆる観光地ではないエリア。

コモン棟の窓から見える“普段”の景色

コモン棟の窓から見える“普段”の景色

道産のアカマツをフローリングに使った〈風〉の内観。(撮影:鈴木裕矢)

道産のアカマツをフローリングに使った〈風〉の内観。(撮影:鈴木裕矢)

「海外や本州では、“ローカルの暮らしにふれる旅”がトレンドになってきています。
住宅街にあるので近所の人もふらっと立ち寄ることができるし、
森が近くて自然の遊び場に囲まれている。
調べてみると、職人やおもしろい人がたくさん暮らしていて、
遊びに行ったり、来てもらえたり、
ゲストが地元の人といろんなことができる可能性があると感じたんです」

伝えるのは、「普段着の旭川」。目指すのは、「いろんな人が交差する公園のような場所」。

土管など敷地内の遊具は、近隣の子どもたちと一緒にペンキを塗ったり、廃材を利用してつくったもの。これを機に地域の人も集う場所に。(撮影:鈴木裕矢)

土管など敷地内の遊具は、近隣の子どもたちと一緒にペンキを塗ったり、廃材を利用してつくったもの。これを機に地域の人も集う場所に。(撮影:鈴木裕矢)

「ホテルのように何時に必ず送迎しますというお約束はせず、
その都度相談にしています。
“普段の暮らしのなか”でゲストを迎えることを大切にしているので、
公園には地域の人も遊びに来ていますし、
“親戚の家や友達の実家”に遊びに来たような感覚で
リクエストしてもらうのが理想です。

アクティビティも、メニューがあって選んでもらうのではなく、
ゲストの気分によって、車で動物園に送ることもあれば、
地域のプロフェッショナルを紹介して山に登ったり、森で火おこししたり、
畑仕事をやってみたり、“地元の人と一緒に遊ぶ”体験を提案しています」

冬場自然のなかで体を動かしたい人におすすめしたいのはスノーシューやスノーハイク。写真の案内人は土地の資源を生かした遊びを生み出している当麻町の石黒康太郎さん。

冬場自然のなかで体を動かしたい人におすすめしたいのはスノーシューやスノーハイク。写真の案内人は土地の資源を生かした遊びを生み出している当麻町の石黒康太郎さん。

「人を通じて得た思い出は絶対忘れないし、関係人口にもつながっていくと思うんです。
いい意味でこの土地に縛られて暮らしている、
土っぽい人たちに土地の魅力を話してもらう。その方が旅行者もうれしいはず」

〈和布刈神社〉 中川政七商店が創建1800年の 神社をコンサルティング。 “導き”の神社として リニューアルオープン

関門海峡に向かって鎮座する、月の女神を祭る神社

日本には、全国に8万社以上もの神社があります。
ところがいまでは、神社へいくのは初詣のときぐらい、という方も。
存続が難しくなっている神社も少なくないのが実状です。

今回ご紹介するのは、九州の最北端にある〈和布刈神社(めかりじんじゃ)〉。
第32代神主、高瀬和信さんが神社の再建に向けて精力的に活動されています。

Photo:Takumi Ota

Photo:Takumi Ota

その取り組みのひとつが、麻織物の老舗であり、
生活雑貨のブランドを全国で展開する〈中川政七商店〉の
コンサルティングによるリニューアル。
2019年12月に、晴れてお披露目が行われました。
こちらが、新しくなった授与所です。

和布刈神社の創建は、約1800年前。
関門海峡に向かって鎮座し、潮の満ち引きを司る
月の女神「瀬織津姫(せおりつひめ)」を祭る神社です。

瀬織津姫は、穢れ(けがれ)を祓う禊(みそぎ)の神様、
潮の満ち引きを司る「導きの神様」ともいわれています。
今回のリニューアルでは、この「導き」をキーワードに、
神紋、授与所、御守などを新装しました。

授与所のコンセプトは「影と光」。
御祭神である瀬織津姫は、もともと天照大神の荒魂
(神の荒々しい側面、陰の部分)であることから、
授与所内も影と光の陰影を表現しているのだとか。

お守りやおみくじ