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1千万円貯めて漁師の道へ!
年収も公開する次世代型漁師、
佐藤嵩宗さん・冬奈さん

新しい働き方がつなげる、やまぐち暮らし
vol.006

posted:2020.2.28   from:山口県下関市豊北町  genre:暮らしと移住 / 活性化と創生

PR 山口県

〈 この連載・企画は… 〉  山口県で思い出すものといえば、錦帯橋、松下村塾、ふぐ、秋吉台など。自然や文化遺産、
おいしい食まで、さまざまな魅力が揃っています。そんな山口県には、移住して、新しい働き方を実践している人たちがいます。
「UJIターン」し、仕事と働き方に新しい価値を見いだしている人たちは、みんなワイワイと楽しそう。
仕事がかたちづくる、山口県での生き方と暮らしをうかがいます。

writer profile

Saki Ikuta

生田早紀

いくた・さき●インディペンデントな広告会社『ココホレジャパン』の新米アシスタント。生まれも育ちもド田舎の27歳。やばい芋ねえちゃんとして青春時代を過ごす。その野暮さは現在も健在! さりげなく韻を踏むことが生業です。

photographer profile

Yousuke Yamamoto

山本陽介

やまもと・ようすけ●山本写真機店店主。まちの写真屋としての撮影業務に加え、プロアマ問わず全国からフィルムスキャニングの依頼を受けるラボマンとして活躍中。
http://yamamotocamera.jp/

「イカが釣れない? それならほかの魚を釣ればいい!
潮が悪いし、風が強いし、誰も漁に出ていない。
そんなこと考えている暇があったら10分でも早く海に出たほうがよっぽどいい。
自分の感じている恐怖や不安に立ち向かうことが、
今の自分を救う唯一の活路になるんじゃないかと思います」

とある漁師ブログの、歴史的なイカの不漁について書かれた記事に出てくる言葉だ。
漁業の文脈で発せられたものでありながら、人生訓のようでもある。
この言葉の主に会いたい、と今回は山口県下関市を訪れた。

角島大橋からは、息をのむ絶景を思う存分堪能することができる。

角島大橋からは、息をのむ絶景を思う存分堪能することができる。

遠目に見ると爽やかなエメラルドグリーン、
間近で見ると濃い青の美しさが際立つ海が広がる下関市。

この清らかな海に囲まれた下関市豊北(ほうほく)町で、
独立漁師として生計を立てているのが
佐藤嵩宗(たかむね)さん・冬奈(ふゆな)さん夫妻。
それぞれ32歳、24歳のふたりは若手漁師のホープともいえる。
今回は、北海道出身の嵩宗さんと福井県出身の冬奈さん、
それぞれの地から移住し、生業として漁師を継続していくコツをうかがった。

嵩宗さんが漁師になりたかった理由

「漁は獲物を追い求めていくのがワクワクして楽しい」と嵩宗さん。

「漁は獲物を追い求めていくのがワクワクして楽しい」と嵩宗さん。

今でこそふたりで漁に勤しむ佐藤さん夫妻だが、
もともと漁師になりたかったのは夫の嵩宗さん。
19歳のとき、北海道から上京しSNS関連の会社でノウハウを蓄え、
大阪での起業を経て、再び東京へ。
休みの日をすべて費やすくらいに、とにかく釣りが好きな青年だった。

「これから何十年先、一生の仕事として自分は何がしたいのかを考えるようになりました。
日本中をバイクで回るうちに『自然の中で暮らすっていいなあ』と。
静かなところで暮らせて、好きなことをしてお金を稼いで、
おいしいものが気軽に食べられる。
なおかつ働きたいときに働けて、
自分ひとりで勝負して結果を出す生き方ができるのは……と考えていくと、
それをかなえられるのは漁師だと気づきました」(嵩宗さん)

24歳で漁師になると決めてからは、
さっそく「漁業就業支援フェア」に参加して漁業について話を聞き、勉強をした。

その後、漁協や行政の就漁支援制度を利用して、27歳のときに山口へ移住。

「旅をしていたときに、前に海、後ろに山がある山口はいいなあと思っていました。
空が広くて景色がきれいで災害も少ない。
雪が降らないので雪かきもしなくていいので(笑)」(嵩宗さん)

佐藤さん夫妻の船。「嵩海丸(たかみまる)」の「嵩」は嵩宗さんの名前から取ったそう。

佐藤さん夫妻の船。「嵩海丸(たかみまる)」の「嵩」は嵩宗さんの名前から取ったそう。

はじめの1年間は師匠である漁師につきっきりで漁を行い、2年目では自分の船を買い、
どんどん実践経験を積んだという。こうして、29歳で独立漁師としてデビュー。
独立1年目で「やれる」と確信した嵩宗さんは、
当時、山口・福井間で遠距離恋愛をしていた冬奈さんと結婚した。

嵩宗さんがバイクで日本全国を旅しているとき、冬奈さんの地元である福井でたまたまふたりは出会った。

嵩宗さんがバイクで日本全国を旅しているとき、冬奈さんの地元である福井でたまたまふたりは出会った。

「一緒に船に乗って潜り漁に出るとき、はじめは泳ぐこともできなかったので
浮き輪でぷかぷかしながら旦那の漁を見てました(笑)。
当初、沖の釣り漁では酔って吐いたりしていたことは、今ではいい思い出です。
それでもどんどん慣れて、今では6、7メートル下のアワビもとれるようになりました」
(冬奈さん)

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年収もぶっちゃけます!

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厳しい状況のなかでも経営を持続させていくには

嵩海丸の船内。

嵩海丸の船内。

5年に1度行われる「漁業センサス」(農林水産省:2018年)という調査によると、
山口県の漁業就業者数は3923人で前回に比べ1183人の減少。
また、豊北町近辺の港では漁師の平均年齢は73歳、32歳の嵩宗さんが最年少だという。

船同士の衝突や座礁のほか、船から落ちて死亡したりケガをすることも珍しくない。
自然相手ゆえ、漁師という仕事は常に危険と経営の不安定さがつきものだ。

マハタ、カサゴ、キジハタの入った箱。中でもマハタは2匹で1万〜1万2千円するという。

マハタ、カサゴ、キジハタの入った箱。中でもマハタは2匹で1万〜1万2千円するという。

そんな状況のなか、佐藤さん夫妻はこの2年半、順調に経営を継続している。
直近での年間水揚げ額は約950万円。
経費や税金を引くと収入は600〜700万円になるが、
生活費がほとんどかからないローカル暮らしならお金が十分に残る。

こうした堅調さの秘訣は、分析と実践のバランスがとれていることにあるのだろう。

以前、SNS関連の会社で働いていた嵩宗さんは、
数字を見て背景を読み解くことや共通点を見出すことが得意だ。
例えば水温が28度より上昇すると、サザエが一気に弱ること。
10月の終わり頃に水温が22度付近になると、イワシの反応が悪くなること。
日別、月別、年別で振り返りを重ね、確度の高い予想を立てられているという。

佐藤さんが行っている分析のひとつ。

佐藤さんが行っている分析のひとつ。

また、1年全体で見た海産物別の水揚げ量データと経費をかけ合わせて、
将来性を検討することも欠かさない。
水揚げがいいからといってその漁に依存しすぎていないか、
もしもその漁がダメになったときの代替案はどうするか。
現状に甘んじることなく常に危機感を持って、あらゆる可能性を考える。
供給過多で値段が下がる大漁の日にはあえて休んだり、出荷日をずらすこともあるという。

「プロとして漁師を継続するには、利益を上げないといけません。
たくさん釣れたとしても、誰でも釣れる安い魚であれば生活は成り立たないので」
(嵩宗さん)

タイ。1匹6000円ほど。

タイ。1匹6000円ほど。

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1年後、ウニが2倍の値で売れた理由とは?

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一方で、嵩宗さんはこうも話す。

「一本釣りや潜り、ウニ漁、イカ釣りなど、漁の技術を習得するには実践あるのみです。
10〜20年の経験がある人よりも、
昨日沖に出たばかりの人のほうが、そのときの海の状況に詳しいはず。
必ずしも魚が釣れるわけではないけれど、とにかく出られるときは沖に出て、
いろんな海の状態を知る経験が必要です」

ウニの出荷についても実践を通して学んだエピソードがある。

「はじめは並べ方がぐちゃぐちゃで注意されたりもしたんですけど、
今ではきれいに並べられるようになって『佐藤ウニ』って呼ばれたりして(笑)」
(冬奈さん)

1枚の値段も最初の頃と比べて2倍くらいに跳ね上がった。
市場の仲買人が買いやすいようにと、
毎日まとまった量のウニを出荷するようにしたからだ。

「ウニは3日に1回くらいのペースで出荷する人が多くて、
いつ出るかもわからないことがほとんどです。それだと仲買さんも困るかなあと。
去年の冬は、毎日朝6時から夜12時まで18時間、
ウニをとっては割ってを繰り返しました。
時化の日は海に出られないので、前日に3000個とか取っておいて」(嵩宗さん)

「割ったら中身をかき出して、細かいゴミを取って。
ピンセットを使って6時間ぐらいずっと……。
品質が落ちないように寒くても暖房をつけずに、
氷水で手を真っ赤にしながら作業を続けました」(冬奈さん)

「地獄の毎日でしたが(笑)、
仲買さんも毎日一定量を出すことの大変さはわかってくれているので、
評価してもらえてうれしい。文句を言わずにがんばってよかったです」(嵩宗さん)

これから漁業の世界を目指す人へ

釣りの餌用の小さなサバ。

釣りの餌用の小さなサバ。

自分の経験や収支を惜しみなくブログで公開する嵩宗さんのもとには、
漁師になりたい人からの相談も多い。
そんなとき嵩宗さんは、事前にしっかり貯金しておくことをすすめている。

実は佐藤さんが初めて行った「漁業就業支援フェア」で、
1千万円程度の貯金があると安心だと聞いた。
それから2年間、佐藤さんは懸命に働いて1千万円を貯めてから漁師に弟子入りしたのだ。

十分な貯金があれば、初期投資に充てたり、予想外の故障に備えることはもちろん、
「心の余裕」が生まれるという。

佐藤さん夫妻の初期投資の費用。一本釣りは漁具が針と糸のみで済むため初期投資が少額で済む。機器の故障など予想外の出費や日々のガソリン代もかかるため、創業時に貯金が1千万円あると安心。

佐藤さん夫妻の初期投資の費用。一本釣りは漁具が針と糸のみで済むため初期投資が少額で済む。機器の故障など予想外の出費や日々のガソリン代もかかるため、創業時に貯金が1千万円あると安心。

「僕は、普通に働いて1千万円貯めるより、
自然相手の漁をしながら1千万円の借金を返していくほうが何倍も大変だと思っています。
うまくいかないとき、毎月の返済に追われていると極端な考えになりがちですが、
心に余裕があれば周りの人を見て落ち着いて考えられるし、
解決策に辿りつきやすいです」(嵩宗さん)

70代、80代になっても生涯現役で続けられるのが漁師のいいところ。
漁師になる前の数年を貯金のために費やしたとしても、焦る必要はなさそうだ。

佐藤さん夫妻の所属する山口県漁協 豊浦統括支店も、この港の目の前にある。「運営委員長の家には月1くらいで遊びにいってます」と冬奈さん。この間は自然薯を一緒に掘りに行ったそう。

佐藤さん夫妻の所属する山口県漁協 豊浦統括支店も、この港の目の前にある。「運営委員長の家には月1くらいで遊びにいってます」と冬奈さん。この間は自然薯を一緒に掘りに行ったそう。

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お金のために、命を削るとは?

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もうひとつ、港選びについてもアドバイスをするという。
大体の新規就漁者はその先輩や師匠のいる港に行くことが多いそうだが、
嵩宗さんはあえて誰もいないこの港を選んだ。自分に合った港を選ぶことが重要なのだ。

「荒稼ぎをしたいわけではないですが、
港の縄張りで行う漁では人が少なければ、それだけでも有利です。
運営委員長の理解があったのも大きかったですね」(嵩宗さん)

この港ではもともと、長時間にわたる乱獲を防ぐために
紫ウニをとるときのウェットスーツ着用が禁止されていた。
さらに、紫ウニをとれる期間は規定の3か月のうち24日間だけだったそう。

「運営委員長に相談したのは、ちょうど紫ウニが繁殖しすぎて問題になっている頃でした。
紫ウニが磯のワカメなどの主要な海草を食い尽くすので、
このままではそれを餌にしているアワビやサザエがいなくなってしまう。
『僕はこれから20、30年とこの港で暮らしていきたいので、
もっと紫ウニをとれるようにしてください』とお願いしたら、
翌年にはすぐ制度を変えてもらえました」(嵩宗さん)

その結果、ウェットスーツの着用が認められ、ウニ漁の期間は5か月にのびた。
目の前に広がる海の生態系を適切に保ちながら
漁を続けたいという嵩宗さんの思いが伝わったからであろう。

死ぬまでこの仕事がいいなと思える天職に出会えた

仲睦まじい佐藤さん夫妻。命がけの漁業について「ひとりならやってなかったです、旦那がいるからやれてます」と冬奈さん。

仲睦まじい佐藤さん夫妻。命がけの漁業について「ひとりならやってなかったです、旦那がいるからやれてます」と冬奈さん。

「『100億円やるから命をくれ』って言われても実際に命をあげる人はいないと思います。
それなのに給料のため、生きるためと、
やりたくないことに自分の大切な時間を切り売りしている人は、今の時代少なくない。
以前は僕もそうでしたが、お金と安定のために人生を切り売りするくらいなら、
貧しくても不安定でもいいから
自分のやりたいことをやる人生を進みたかったんだと思います」(嵩宗さん)

自分たちの大好きな暮らしを続けていくための手段として、漁がある。
持続可能な漁業のあり方は、次世代の漁師たちによって開拓されていくのかもしれない。

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佐藤嵩宗さん・冬奈さん

ブログ:「漁師の年収ぶっちゃけます! ゼロから始めるド田舎漁師生活」

https://ameblo.jp/takamimaru/

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