1千万円貯めて漁師の道へ!
年収も公開する次世代型漁師、
佐藤嵩宗さん・冬奈さん
「イカが釣れない? それならほかの魚を釣ればいい!
潮が悪いし、風が強いし、誰も漁に出ていない。
そんなこと考えている暇があったら10分でも早く海に出たほうがよっぽどいい。
自分の感じている恐怖や不安に立ち向かうことが、
今の自分を救う唯一の活路になるんじゃないかと思います」
とある漁師ブログの、歴史的なイカの不漁について書かれた記事に出てくる言葉だ。
漁業の文脈で発せられたものでありながら、人生訓のようでもある。
この言葉の主に会いたい、と今回は山口県下関市を訪れた。

角島大橋からは、息をのむ絶景を思う存分堪能することができる。
遠目に見ると爽やかなエメラルドグリーン、
間近で見ると濃い青の美しさが際立つ海が広がる下関市。
この清らかな海に囲まれた下関市豊北(ほうほく)町で、
独立漁師として生計を立てているのが
佐藤嵩宗(たかむね)さん・冬奈(ふゆな)さん夫妻。
それぞれ32歳、24歳のふたりは若手漁師のホープともいえる。
今回は、北海道出身の嵩宗さんと福井県出身の冬奈さん、
それぞれの地から移住し、生業として漁師を継続していくコツをうかがった。
嵩宗さんが漁師になりたかった理由

「漁は獲物を追い求めていくのがワクワクして楽しい」と嵩宗さん。
今でこそふたりで漁に勤しむ佐藤さん夫妻だが、
もともと漁師になりたかったのは夫の嵩宗さん。
19歳のとき、北海道から上京しSNS関連の会社でノウハウを蓄え、
大阪での起業を経て、再び東京へ。
休みの日をすべて費やすくらいに、とにかく釣りが好きな青年だった。
「これから何十年先、一生の仕事として自分は何がしたいのかを考えるようになりました。
日本中をバイクで回るうちに『自然の中で暮らすっていいなあ』と。
静かなところで暮らせて、好きなことをしてお金を稼いで、
おいしいものが気軽に食べられる。
なおかつ働きたいときに働けて、
自分ひとりで勝負して結果を出す生き方ができるのは……と考えていくと、
それをかなえられるのは漁師だと気づきました」(嵩宗さん)

24歳で漁師になると決めてからは、
さっそく「漁業就業支援フェア」に参加して漁業について話を聞き、勉強をした。
その後、漁協や行政の就漁支援制度を利用して、27歳のときに山口へ移住。
「旅をしていたときに、前に海、後ろに山がある山口はいいなあと思っていました。
空が広くて景色がきれいで災害も少ない。
雪が降らないので雪かきもしなくていいので(笑)」(嵩宗さん)

佐藤さん夫妻の船。「嵩海丸(たかみまる)」の「嵩」は嵩宗さんの名前から取ったそう。
はじめの1年間は師匠である漁師につきっきりで漁を行い、2年目では自分の船を買い、
どんどん実践経験を積んだという。こうして、29歳で独立漁師としてデビュー。
独立1年目で「やれる」と確信した嵩宗さんは、
当時、山口・福井間で遠距離恋愛をしていた冬奈さんと結婚した。

嵩宗さんがバイクで日本全国を旅しているとき、冬奈さんの地元である福井でたまたまふたりは出会った。
「一緒に船に乗って潜り漁に出るとき、はじめは泳ぐこともできなかったので
浮き輪でぷかぷかしながら旦那の漁を見てました(笑)。
当初、沖の釣り漁では酔って吐いたりしていたことは、今ではいい思い出です。
それでもどんどん慣れて、今では6、7メートル下のアワビもとれるようになりました」
(冬奈さん)
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