連載
posted:2021.2.2 from:山口県山口市 genre:暮らしと移住
PR 山口県
〈 この連載・企画は… 〉
山口県で思い出すものといえば、錦帯橋、松下村塾、ふぐ、秋吉台など。自然や文化遺産、
おいしい食まで、さまざまな魅力が揃っています。そんな山口県には、移住して、新しい働き方を実践している人たちがいます。
「UJIターン」し、仕事と働き方に新しい価値を見いだしている人たちは、みんなワイワイと楽しそう。
仕事がかたちづくる、山口県での生き方と暮らしをうかがいます。
writer profile
Yuriko Tateno
立野由利子
たての・ゆりこ●福岡の制作会社に勤める傍ら、フリーランスのライターとして活動中。取材記事からパンフレットまで幅広く執筆。アイドル、ZARD、給水塔を愛する95年生まれのみずがめ座。
photographer profile
Yousuke Yamamoto
山本陽介
やまもと・ようすけ●山本写真機店店主。まちの写真屋としての撮影業務に加え、プロアマ問わず全国からフィルムスキャニングの依頼を受けるラボマンとして活躍中。
http://yamamotocamera.jp/
タイヤのネジを慣れた手つきで、グッと締める。1本締めたら、また1本。
車の持ち主が安心して走れるように、ひとつのタイヤが終わったらまた次へ。
迷いのない手つきから、整備士が熟練者であることがわかる。
整備をしていたのは、山口市にある〈ミヤノオート〉の植田祐司さん。
根っからの車、バイク好きが高じて大学卒業後は、迷わず整備士の道へ。
海外メーカーで整備の経験を積んだ後、
2018年にミヤノオートを前オーナーから引き継いだ。
当時は前オーナーと面識はなく、創業のことしか頭になかったという植田さんが、
なぜ事業を引き継ぐことにしたのか。その道のりを聞いた。
ミヤノオートは2台の車が入る整備場、こぢんまりとした事務所、
販売待ちの車や展示用のカスタムカーが並べられた展示場からなっており、
一見、どこにでもある整備・販売会社に思える。
が、よく見ると看板には「ミヤノオート」の文字、そして事務所のドアには、
〈植田エンヂニヤリング〉なる名前が。
異なる名前が並んでいるのは、事業承継が行われたから。
事業承継とは、会社の経営権や理念、資産など、
事業に関わるすべてを次の経営者に引き継ぐこと。
一般的には、親族内や承継前からの従業員に引き継ぐことが多いが、
植田さんは縁もゆかりもなかったミヤノオートを引き継ぐことになった。
「大事なのは看板ではなく、整備や販売の仕事に集中できる環境があること。
ミヤノオートの名前で覚えてくださっているお客さんが多いので、
事業も名前も一緒に引き継ぎました」
そう話す植田さんだが、独立を考えていた当初は
事業承継のことはまったく選択肢になかった。
事業承継がどんなものかすら、わかっていなかったという。
大学卒業後に通った職業訓練校で整備士の資格を取得し、
就職したのは外資系自動車メーカーの〈フォード〉。
アメ車のデザインが大好きで、
自分の手で車を改造したいと考えていた植田さんにとってはこれ以上ない環境だった。
就職当初から「いつかは独立を」と考えていたものの、
環境がいいこともあり気がつけば10年近く在籍。
ところが2016年に、フォードは日本からの撤退を決定。
植田さんはこの事態をチャンスと捉えた。
植田さんは、「自分の思い通りにやるときがきた」と創業を決意。
準備を進めるが、そう簡単に事は運ばなかった。
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フォードを離れてすぐに、商工会議所が開く創業塾に参加して
事業計画などを練る日々が始まった。それと同時に、店を開く場所探し。
自宅がある防府市とかつての職場があった山口市の不動産屋に片っ端から電話するも、
物件が見つからない。
苦戦を強いられるなか、ある不動産屋から思いがけない言葉をかけられる。
「整備会社の社長が事業承継をしたいと言っているんですけど、会ってみませんか?」
その社長こそが、ミヤノオートの前オーナー。
高齢のため、事業を引き継げる人を探していた。
創業のことだけを考えて行動してきた植田さんにとって、事業承継はまったくの想定外。
しかし、商工会議所に相談し事業承継について調べていくと、
さまざまなメリットがあることがわかった。
自分で一から創業する場合には、設備投資に多額の費用がかかるうえ、
周囲に知ってもらい顧客を獲得するまでの時間も必要。
そうしたリスクを回避できるのは大きな魅力だ。
山口県は事業の後継者不在率が75.3%と、
全国で3番目に高い(2020年帝国データバンク調査より)。
少しでも問題を解消するため、県は事業承継に積極的だ。
商工会議所や役所のサポートも手厚い。
「事業承継補助金」、「小規模企業持続化補助金」などを申請すると、
初期投資に必要な金額の3分の2がまかなえる。
また、借入金も、創業するより低い利率で借りられることもわかった。
事業承継の決断には、植田さんの奥さんの意見も大きく関係している。
実は、独立して創業したい、と最初に相談したとき、奥さんの反応は良くなかったのだ。
「妻は行政書士をやっていることもあって、
創業して事業を続けていくのがいかに大変かわかっていたんでしょうね。
それが、『事業を引き継ぐ』と言ったら反応が和らいだ。
自分がやりたいことをやるためには、
身近な人に安心してもらうことも大事だと思いました」
こうして1年ほどは、前オーナーと一緒に働いて、ミヤノオート流の仕事を学んだ。
現在は、植田さん、承継前から在籍する整備士、アルバイトの整備士の3人体制。
経理は、奥さんが担当している。
ちなみに、植田さんが電話で縁をつかんだのはこれが初めてではない。
職業訓練校を出たとき、山口のフォードは求人を出していなかったが、
ダメもとで電話をかけた。
すると、話を聞いてもらえることになり、面接で熱意が通じて採用。
職業人生の最初の一歩は、1本の電話から始まったのだ。
ここぞ、というときに大事な縁をつかめるのは、
普段から努力や行動を惜しまない人柄ゆえなのだろう。
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事業承継というと、
前任者と後任者の価値観が噛み合わずにうまくいかないことも多い印象がある。
実際、ミヤノオートでは植田さんの前にふたりほど事業承継の候補者がいたものの、
折り合いがつけられずに去っていった。
前オーナーは「植田くんの好きにやっていいよ」としきりに口にした。
だが、植田さんはこれまでのお客さんを大切にすることを忘れなかった。
「ミヤノオートのいいところは引き継ぎながら、自分の色を出す。
たとえば、車検は基本的に1日で戻すのが通例だったので、僕も同じようにしています。
自分のこだわりばかりを貫いて、これまでのやり方からまるっと入れ替えてしまうと、
うまくいかないですから」
上手に承継するコツについて、植田さんはこう語った。
さっぱりとした話しぶりから、
自らの願望や熱量と周りの状況をすり合わせていくバランス感覚がうかがえる。
フォード時代の経験が生きたこともあった。
フォードはこだわりの強いお客さんが多く、
整備にも接客にも気を配ることが多かったが、そこで鍛えられた技術は大きな強みだ。
オイル交換で入庫した車でも、タイヤの空気圧や電気回りを見て、
ウォッシャー液を補充する。お客さんから言われたところ以外もひと通り確認して手入れ。
その仕事ぶりは、以前からのお客さんにも好評。
事業承継した立場の植田さんを批判するような声はまったくない。
「昔を知っているお客さんに『丁寧だね』と言ってもらえると、特別にうれしいですね。
そういう引き継ぎ方が、理想的だと思っていたので」
植田さんがオーナーになってから、独自に始めたこともある。
長い間念願だった、キャンピングカーなどのカスタムだ。
店の展示場には、内装や機能性にこだわったキャンピングカーが数台展示されている。
パーツはもちろん、小物などもすべて植田さんがみずから選んで、
空間をつくっているという。
「事業承継といっても我慢せず、自分のやりたいようにやれているのは、
ミヤノオート時代のお客様からの信頼がベースにあるから。
事業承継する人こそ、自分がやりたいことがあったほうがいい。
そのほうが、最初からずっと楽しいですよ」
「カスタムはあくまで趣味」と謙遜しつつも、「強み」とも言い切る。
植田さんの、控えめだが芯の強いこだわりが、垣間見えた。
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ミヤノオートを引き継いで2年。
植田さんは、現在中古車の買い取りと販売を強化している。
一時は、ネットオークションなどで仕入れることもあったが、
ディスプレイ上で確認したつもりでも予想以上に傷みがひどいことがあったので、
現在は直接の問い合わせやお客さんからの紹介に絞っている。
前の人がどんな乗り方をしているのかきちんと確認できれば、
車の状態もあらかた見えて、価格設定や整備がしやすいので、
かえって販売効率がいいという。
「買い取りは、『今回はどんな車かな』と宝箱を開けるような気分で楽しんでいます。
クラシックカーなどの掘り出し物もあったりして。
僕の場合、整備ができるのが強み。
車が好きな人ほど『この人は車のことをきちんとわかったうえで、
取引の話をしてくれている』と信頼してもらいやすい。
買い取りでのコミュニケーションが、整備につながることもあります。
『中古車だからすぐダメになってもしょうがない』と言われないように
整備している自信があります」
車とお客さんのことを第一に考えている姿勢は、集客の考え方にも表れている。
「集客広告は一切やっていません。
依頼を受けたら、そのお客さんが満足するように精一杯やる。
そうしたら、またその人がお客さんを連れてきてくれますから。
広告に回すお金があるならば、サービスをより充実させる設備投資に使いたいですね」
実際に法人も含めお客さんは、承継前と比べて増えている。
近々整備の人員を増やす予定だ。
創業を志した理由を「協調性がなく、自分の好きにやりたかったから」と話した植田さん。
しかし、それは「車やお客さんのために妥協したくない」という気持ちの裏返しでもある。
念願だったカスタム、おもしろみを感じ始めた中古車販売……
真摯に、車が本来のポテンシャルを発揮できるように向き合ってこられたのは、
ひとりで創業するよりもずっと大きな可能性を、
事業承継したミヤノオートが生み出してくれたから。
次はどのように車と人の輪を広げていくのだろうか。
植田さんの次の一手が楽しみになった。
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ミヤノオート[植田エンヂニヤリング株式会社]
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