〈ミヤノオート〉植田祐司さん
事業を受け継ぎながら、
自分らしく働くには
タイヤのネジを慣れた手つきで、グッと締める。1本締めたら、また1本。
車の持ち主が安心して走れるように、ひとつのタイヤが終わったらまた次へ。
迷いのない手つきから、整備士が熟練者であることがわかる。

整備をしていたのは、山口市にある〈ミヤノオート〉の植田祐司さん。
根っからの車、バイク好きが高じて大学卒業後は、迷わず整備士の道へ。
海外メーカーで整備の経験を積んだ後、
2018年にミヤノオートを前オーナーから引き継いだ。
当時は前オーナーと面識はなく、創業のことしか頭になかったという植田さんが、
なぜ事業を引き継ぐことにしたのか。その道のりを聞いた。
ミヤノオートの看板から(株)が外されたワケ
ミヤノオートは2台の車が入る整備場、こぢんまりとした事務所、
販売待ちの車や展示用のカスタムカーが並べられた展示場からなっており、
一見、どこにでもある整備・販売会社に思える。
が、よく見ると看板には「ミヤノオート」の文字、そして事務所のドアには、
〈植田エンヂニヤリング〉なる名前が。
異なる名前が並んでいるのは、事業承継が行われたから。
事業承継とは、会社の経営権や理念、資産など、
事業に関わるすべてを次の経営者に引き継ぐこと。
一般的には、親族内や承継前からの従業員に引き継ぐことが多いが、
植田さんは縁もゆかりもなかったミヤノオートを引き継ぐことになった。

〈ミヤノオート〉の事務所(右)と車検場(左)。建物も、ミヤノオートの文字看板も引き継ぐ前から変えていない。承継の際に、法人名のみ植田エンヂニヤリングに変更し、ミヤノオートは屋号として残した。
「大事なのは看板ではなく、整備や販売の仕事に集中できる環境があること。
ミヤノオートの名前で覚えてくださっているお客さんが多いので、
事業も名前も一緒に引き継ぎました」
そう話す植田さんだが、独立を考えていた当初は
事業承継のことはまったく選択肢になかった。
事業承継がどんなものかすら、わかっていなかったという。

事務所のドア。屋号のミヤノオートはあくまで大きく、法人名の植田エンヂニヤリングは小さく。植田さんの考え方がうかがえる。
ある日突然、職場がなくなった
大学卒業後に通った職業訓練校で整備士の資格を取得し、
就職したのは外資系自動車メーカーの〈フォード〉。
アメ車のデザインが大好きで、
自分の手で車を改造したいと考えていた植田さんにとってはこれ以上ない環境だった。
就職当初から「いつかは独立を」と考えていたものの、
環境がいいこともあり気がつけば10年近く在籍。
ところが2016年に、フォードは日本からの撤退を決定。
植田さんはこの事態をチャンスと捉えた。

事務所には、フォード時代に整備の大会で表彰された際の賞状が。フォードでは、整備とマネジメントを約5年ずつ経験した。
植田さんは、「自分の思い通りにやるときがきた」と創業を決意。
準備を進めるが、そう簡単に事は運ばなかった。
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