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長良川の水辺で全世代教育を。
〈郡上カンパニー〉が生み出す
持続的な地方移住のかたちとは?

ローカルで見つける、これからの仕事。
vol.004

posted:2020.2.28   from:岐阜県郡上市  genre:暮らしと移住 / 活性化と創生

PR 内閣官房 まち・ひと・しごと創生本部事務局

〈 この連載・企画は… 〉  技術が進歩し、社会環境が変化していくなかで、仕事の幅は広がりを見せています。
そのなかには、地域で働くことに適したものが多数あります。
そこで内閣官房・内閣府「地方創生ワカモノ会合」と連携し、地域で新しい仕事を生み出し、暮らしていける可能性を考えました。
日本のローカルが持続可能な社会になっていくためのヒントを見つけてください。

writer profile

Satoshi Tomokiyo

友清 哲

ともきよ・さとし●フリーライター。神奈川県出身。旅、酒、遺跡を中心にルポルタージュを著述しています。著書に『日本クラフトビール紀行』『片道で沖縄まで』『この場所だけが知っている 消えた日本史の謎』ほか多数。

credit

撮影:石阪大輔(HATOS)

〈地方創生ワカモノ会合in松山〉で講演をした〈郡上カンパニー〉の岡野春樹さん。
連載「ローカルで見つける、これからの仕事。」vol.001で行われた
座談会にも参加してくれた岡野さんは、岐阜県郡上市で地域に根ざした
新しい共創のあり方を仲間とともに模索している。
では、郡上で実際にどんな取り組みをしているのか?

自分をリセットする“型”を求めて

東京の広告会社に所属する岡野春樹さんが、
総務省の「地域おこし企業人」という制度をつかって、
一家で岐阜県郡上市に移住したのは2018年6月のこと。

各地で移住者受け入れの取り組みが活発化し、
地方へのUターン、Iターンが現実的な選択肢になりつつある昨今だが、
とはいえ地方で仕事を見つけ、
環境との折り合いをつけるのはまだまだ簡単なことではない。

その点、会社に籍を残したまま郡上に身を移し、
〈Deep Japan Lab〉という一般社団法人を運営する傍ら、
共同体〈郡上カンパニー〉の活動を展開する岡野さんのケースはユニークな事例といえる。

郡上八幡のまちなかを横断する吉田川。

郡上八幡のまちなかを横断する吉田川。

「郡上に移住するきっかけのひとつは、
入社2年目に、ハードワークで体を壊しことだった気がします。
まだ労働時間に寛容な時代だったこともあり、
とにかく体力に任せて毎日深夜まで働き続けていたのですが、
そのうち自律神経を悪くしてしまって……。
あるときから体温が乱高下して、朝手が震えて起き上がることもできない状態になり、
ついにはドクターストップで休職することになったんです」

郡上八幡は水のまち。川や水路がたくさんある。

郡上八幡は水のまち。川や水路がたくさんある。

長期離脱を余儀なくされた岡野さんは、
しばし自身の不調と向き合いながら、再起の道を模索する。
そんななか、貴重なヒントを与えてくれたのは、名のある歌人でもある祖父だった。

「祖父は94歳になりますが、今でも自分のクリエイティビティを守るために、
山を歩く時間や長く風呂に浸かる時間をすごく大切にしている人なんです。
その姿を見ているうちに、
そういえば僕が尊敬する企業家やクリエイターはみんな、自分をいったん“空っぽ”にし、
リセットする型を持っている人が多いということに気がつきました。
自分の中に新たな何かが生まれる隙間を、意図的につくっているわけです」

そう思い至ったとき、原因は環境にあるのではなく、
自分をうまくリセットする術を持たない己の責任なのだと気づかされたという岡野さん。
では、自分にとってリセットの型は何か?

〈郡上カンパニー〉の岡野春樹さん。

〈郡上カンパニー〉の岡野春樹さん。

「この時期は、ジョギングをしてみたり瞑想してみたり、
本当にいろんなことを試していました。そんななかでたどりついたのが“水”でした。
僕は、プールでも銭湯でも水にふれていると妙に心が落ち着くし、
未来志向で物事を考えられることに気がついたんです」

そこで本格的にTI理論という長くゆっくり泳ぐ泳法をプロのコーチから教わり、
プール通いを始めたところ、岡野さんの心身はみるみる快復。
3か月強の休職期間を終えて、職場復帰を果たすことになった。

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火を囲んでいるとネガティブにならない?

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夜の川で遊ぶ経験が、新たなプロジェクトの着想に

当初こそ復帰プログラムに則って時短で働いていたものの、
自分をリセットする型を身につけたおかげで、すっかり健康を取り戻した岡野さん。

やがて、そんな自身の体験を踏まえ、
以前から関心を持っていた地域での全世代教育を仕事にできないかと考え始める。
ここでも、ヒントになったのは祖父の存在であったという。

夏に行われる「郡上おどり」は、毎年たくさんの人を集める。

夏に行われる「郡上おどり」は、毎年たくさんの人を集める。

「うちの祖父に限らず、あの世代の人というのは本当に幅広い知識を持っています。
仲間と一緒に祖父に会いに行ったときなど、
皆、僕とは違った角度からあれこれ祖父に質問するので、
なおさらそう痛感させられたものです。
こういう知識や知見は、祖父が元気なうちに掘り起こしておかなければ、
もう二度と聞けなくなってしまいます。
そこで、若者たちが日常でいだいた素直な“問い”をもとに全国をまわる、
〈日本みっけ旅〉という活動を始めたんです」

素朴な疑問や、これまで答えを聞く機会のなかった謎。
そんな問いを起点に地域をめぐり、持ち帰った発見を祖父に投げかけ、
意義のあるディスカッションを行う。
そんな目的から仲間を募り、その活動の一環で訪れたのが岐阜県郡上市だった。

「郡上は長良川の源流域で、現地の方の案内で夜の川に入って遊んだり、
魚をとって食べたりした体験が、僕にとってとにかく衝撃的でした。
まず、真っ暗な中で川遊びをする経験が新鮮でしたし、水からあがって焚き火を囲み、
とった魚を食べながら皆で話すひとときは、間違いなく東京では味わえないものです。
おもしろいもので、そうやって火を囲んでいるときって、
不思議とみんな未来の話をしたりするんですよ」

ぜひ、この体験を多くの人に発信したい。
そして、世代を問わず遊んで学べる場をつくりたい。
それが岡野さんの次の活動へとつながった。

長良川の源流域に残る自然。

長良川の源流域に残る自然。

生態系の力を借りて心をリセット。地域にもとづく学びの場を

「自然のそばで生活している人たちというのは、
自分らしさを保つ方法をたくさん持っている気がします。
たとえば郡上で出会ったある人は、その日の気分によって登る山を使い分けていました。
今日は考えごとをしたいからあの山へ行こう、
今日はモヤモヤしているからあの山でストレスを発散しよう、などといったかたちで、
自然に浸り、遊びながら自分を整える術に長けているんです。
そもそも自分と自然との境界線すら滲んでいる。
こういう生活が、当時の僕にはすごく豊かに見えましたね」

自然と溶け合うことで、自分も生態系の一部であると再認識する。
それが安らぎを生み、心を整え、自分が本当にやりたいことを見つめ直すことにつながる。

水が岩の間から滲みだしていた。まさにここが長良川の源流だ。

水が岩の間から滲みだしていた。まさにここが長良川の源流だ。

郡上で多くの人々と出会ったことで、
これこそが目指す「地域にひもづいた学びの場づくり」に直結するものだと
確信した岡野さん。本当にやりたいことが見つかった瞬間だった。

「しかし居を移すとなると、家族の理解を得ることに苦労する人もいるかもしれません。
そこで僕の場合は、移住を決める前に一度、家族を連れて郡上を訪れました。
自分がしっくり来た景色、匂い、音を妻にも味わってもらい、
この地で出会った大切な人たちに、妻を紹介しました。
幸い、妻も郡上を好きになってくれたし、
郡上の皆さんも本当にあたたかく僕たち一家を迎えてくださいました」

移住の準備と並行して、〈郡上カンパニー〉の立ち上げも進み始めた。
活動内容は大きく3つ。
地域の人々と地域の特色を生かした事業をプランニングし、
それをもとに都市部の人々をまじえてワークショップを行う。
そしてプランを事業化する共同経営者を都市部から募集するというものだ。

しかもそれらを机上でワークシートを使って行うのではなく、
郡上の川に飛び込み、山菜をとったり、夏には踊ったりしながら、
土地に身体を浸しながら事業づくりを行っていく。
地域と協力しながら、かつて自分を助けてくれた郡上の水場を、
学びの場としてコンテンツ化する。
これこそ、岡野さんにとって約束の地というべきミッションだった。

岡野さんの「川の師匠」由留木正之(ゆるきまさゆき)さんが、パパッと火を熾してくれた。

岡野さんの「川の師匠」由留木正之(ゆるきまさゆき)さんが、パパッと火を熾してくれた。

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地域での葬儀、あなたは仕事を放っておけますか?

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「地方には仕事がない」は大きな誤解

そんな郡上での生活も、間もなく2年になろうとしている。
この間、非常に多くの学びと発見があったという。

「あらためて実感しているのは、地域の一体感です。
たとえば僕が住んでいる集落では、同じ“組”のお家で不幸があると、
ときには仕事よりも優先して、みんなでお手伝いをするんです。
葬儀の段取りをしたり、帳簿をつけたり、それぞれがやれることを分担して助け合う様子は、
共同体の本来の姿であるように思えてなりません」

たびたびこの地を訪れては、のんびりした時間を過ごすという。

たびたびこの秘密基地を訪れては、のんびりした時間を過ごすという。

逆にいえば、共同体のために人手が必要なことがあれば、
仕事より優先してもよい環境がある。
郡上で暮らすことで、
あらためてそうした本質に立ち返ることができたと岡野さんは実感を込めて言う。

「こうした中山間地域ならではの働き方を体験してみて、
なぜ日本が先進国の中で生産性が低いのかわかった気がします。
日本の企業には、生産に直接関わらない報告や連絡の業務があまりにも多く、
何をするにしてもいちいち書面が求められます。
でも、郡上では職場での顔以外にも、
暮らしのなかでの顔もお互い知っているので、信頼が担保されているんです。
だから電話一本で話が済んで次の動きに移れるので、非常にスムーズなことがあります」

各種手続きや段取りに翻弄されがちな現代人。
そうした無駄にまみれていない、地方の全人格的な人間づきあいに学ぶものは多いだろう。

しかし一方で、移住を望んでもいかに食い扶持を得るかは大きなネックだ。
誰もが岡野さんのように、会社に籍を残したまま活動できるわけではないだろう。

「ところが、地方には仕事がないと考えるのは、実は大きな誤解なんです。
むしろ働き手が足りず、仕事が余っている地域のほうが圧倒的に多いではないでしょうか。
もちろん、職種や内容にこだわるのであれば話は別ですが、
週に何度か山仕事を手伝ったり、地元のお店を手伝ったり、
時間を切り分けて働く分には、
仕事がない、ということはないように思います」

これも地域に根を下ろさなければ得られない発見のひとつと言えるだろう。

川から汲んできた水で淹れたコーヒー。

川から汲んできた水で淹れたコーヒー。

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ギャラはキノコ!? 現物支給が成り立つ価値経済。

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〈郡上カンパニー〉がこれから目指すものは?

今、岡野さんの中では、「仕事」と「遊び」の境目が
どんどん曖昧になりつつあるという。

「僕にとっては東京から来た企業の人と一緒に山や川で遊ぶのも仕事のひとつですし、
こっちへ来てから、もはやそこに区別をつけることにあまり意味はないと感じています。
たとえば今、東京のビジネスコーチ的な方に
毎月オンラインで話を聞いてもらっているのですが、
お金でギャラをお支払いするよりも、
地元でとれた魚やキノコを送ってあげたほうが喜ばれるんです。
こうした価値交換は、実は無限に提案することができると思っています。
刹那的に関係を清算できるお金は確かに便利でわかりやすいですが、
見積もりにお金だけを記載しているほうが
思考停止しているのかもしれないとも思い始めています(笑)。
僕が知っている郡上の人は、マツタケを一緒にとりに行くことで、
大きな仕事を受注したりしています(笑)」

そんななか、東京と郡上をコネクトして、新たな事業の創出を目指す岡野さん。
その体験談がメディアに取り上げられる機会が増えているのも、
そこに今後の地方創生のヒントを見出そうとする向きが多いからだろう。

力が弱い人でも木を登る術を教えてくれた由留木さん。さすが自然遊びに長けている!

力が弱い人でも木を登る術を教えてくれた由留木さん。さすが自然遊びに長けている!

最後に、〈郡上カンパニー〉の今後の展開について聞いた。

「これまで、地域の人と都会の人が一緒になって、
アイデアを事業化する取り組みをまずは3か年、徹底的に回し続けてきました。
その結果、現在までに100人以上の、
郡上を特別に思い、関わり続けてくれているファンが生まれ、
この土地に根ざした事業に挑戦する仲間たちも増えていっています。
これから先のフェースでは、
より体系的に、この地域に新しい仕事を生み出す仕組みをつくっていく必要があります。
郡上カンパニーで学んだことをさらに広げ、長良川流域の人たちと一緒に、
源流の森を再生しながら新しい事業をつくっていけたらと思っています。
流域には素晴らしい人と自然と文化があるので、可能性は無限に広がっていると思います」

「カンパニー」の語源をひもとくと、これは「会社」という意味のほかに、
「パンを分け合う仲間」という意味があるという。
つまり、当初から掲げてきた〈郡上カンパニー〉の看板が、
100人超のコミュニティを生み、本当の意味でのカンパニーに成長しつつあるわけだ。

よく見ると、飛び込みを「禁止」していない。文化を残し、コミュニティを醸成するため、周辺自治がしっかりしているのだ。

よく見ると、飛び込みを「禁止」していない。文化を残し、コミュニティを醸成するため、周辺自治がしっかりしているのだ。

「郡上は、人間の『自(おの)ずから然(しか)り』という意味の、
『自然(じねん)』状態を取り戻す学校のような土地だと僕は思っています。
キャリアに悩んだ人や、企業で自分の人格の一部だけを切り取られて
評価されることに疲れた人などに必要なのは、机上のワークシートではありません。
川に入り、火を囲み、深く呼吸をしていると
自分が植物だったとして、その木の枝の最先端がどっちに行きたがっているのかを、
身体感覚から気づかせてもらうことができるのです」

日常から離れて心を落ち着かせ、ゆっくりと自然を観察し、自分を観察することで、
生態系の現状も、自分自身の状態をも感知する。
都会ではまず得られない体験がそこにはある。

「自分もこの源流域の懐深い自然に抱かれながら、
お世話になってばかりいないで、どうやってこの土地に恩返ししていけるかを考えています」

きれいな川の水と明るい森。あとはちょっとのコーヒーと焚火。それだけで幸せを感じられた。

きれいな川の水と明るい森。あとはちょっとのコーヒーと焚火。それだけで幸せを感じられた。

岡野さんの挑戦もまだ道半ば。
しかし、ローカルの可能性をあらためて感じさせてくれるその取り組みに、
ワクワクと高揚感を覚える人は決して少なくないはずだ。
〈郡上カンパニー〉と、岡野さんの今後にぜひ注目していただきたい。

information

郡上カンパニー事務局

TEL:0575-66-2750(平日10:00〜17:00)
[一般社団法人 郡上・ふるさと定住機構内]

Web:https://gujolife.com/

※郡上カンパニーは郡上市の移住促進の取り組みです。

地方創生ワカモノ会合

Web:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/wakamono/

ローカルで見つける、これからの仕事。

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