連載
posted:2019.5.24 from:岐阜県飛騨市 genre:活性化と創生
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
創業110周年を迎えた貝印。歴史ある企業こそ革新を怠らぬことが肝心。
7シーズン目となるKAI×colocalは、未来的な思考、仕組み、技術(ソリューション)を持つ
新進スタートアップ事業者を訪ねます。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:石阪大輔(Hatos)
「QRコード決済元年」ともいわれた2018年。
大手企業が次々と参入し、大規模なキャンペーンを打つなど、大きな進展を見せた。
しかしそれに先駆けて2017年12月から事業を開始していたQRコード決済がある。
岐阜県飛騨地域で展開されている〈さるぼぼコイン〉だ。
〈飛騨信用組合〉が高山市、飛騨市、白川村限定で行っているサービスで
加盟店は約900軒、累計コイン販売額は約6億円に上る(2019年3月現在)。
当時、海外にいくつかあっただけで、
日本国内のQRコード決済サービスは知られていなかった。
そうした未知のサービスを普及させていくには、
導入のハードルを低くすることが必要になる。
しかも流行に対して抵抗の少ない東京ではなく、ターゲットは飛騨という地域だ。
「電子決済のようなものを説明するとアレルギーが出るような人が多かったので(笑)、
懇切丁寧に説明して回りましたね」
そう語るのは飛騨信用組合の古里圭史さん。
さるぼぼコインのQRコード決済システムは「静的QRコード」と呼ばれるもの。
店頭に掲示してある店舗ごとのQRコードを自分のスマートフォンで読み込み、
自分で金額を打ち込んだあと、お店の人に画面を確認してもらってから決済する。
店舗の端末に「ピッ」ではない。
ユーザーにとっては少し面倒くさいように思われても仕方がない。
「最初は加盟店を増やし、電子決済のインフラを広めることが重要だと思いました。
だから導入コストが限りなくゼロで、
お店に新しく端末を置かなくてもいいシステムを目指して、現在のかたちになりました」
加盟店側は、飛騨信用組合が用意してくれた自分のお店専用QRコードが印刷された
ボードを店頭に設置するのみ。極端にいえば、プリントアウトした紙1枚でも構わない。
このくらい簡単でないと、加盟店は増えなかったのだろう。
こうした仕組みで進めていくことになった背景には、
「さるぼぼコインが単なる電子マネーではなく、電子地域通貨である」ことが挙げられる。
カードやスマートフォンをピッとやるだけで支払いが済むという便利さや
キャッシュレスという手軽さではなく、目指したのはお金の地産地消。
その手段としてのQRコード決済なのである。
「自分たちの事業課題を解決するときに、
可能な限り地域の課題も解決していけるようなビジネスをやっていきたいと
思っていました」という古里さんのビジネスへの思いが透けて見える。
「地域の課題は、年間450万人を超える観光客が来てくれるこの地で、
落としてくれたお金を外に逃さないように地域で回していくこと。
観光客へのアンケートで、常に不満点の上位に挙げられるのが、
“クレジットカードや電子マネーを使えるお店が少ない”ということでした」
しかし、観光客にさるぼぼコインを使ってもらうことには苦戦しているという。
原因はスマホへのコインチャージ。
現状、飛騨信用組合に口座を持っている人は24時間365日、口座からチャージが可能。
しかしそれ以外の人は、窓口か、自動チャージ機で現金からチャージしなくてはならない。
これが特にインバウンド観光客にはハードルが高い。
当然、クレジットカードでチャージするのが一番簡単ではあるが、
地方の地域通貨が担うにはその手数料は高すぎる。
日本の地方でクレジットカードの導入が進まないのと、結局、同じ理由だ。
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こうしてより地域通貨へと特化すべく、舵を切っていく。
そのなかで当初は思わなかった効果も生まれている。
飛騨には、近所のおじいちゃんおばあちゃんがやっているようなお店がたくさんある。
さるぼぼコインを使うと、支払いのやりとりのなかで、
必然的にコミュニケーションが生まれる。それをおもしろいと思うユーザーも多いようだ。
「いままでまったく話したことのないお店の人と話すようになったという声を聞きます。
ちょっとした不便さがコミュニケーションをつくってくれるようです。
“かわいい仕組みだよね”と言ってくれた人もいます」
コンビニやファストフードの支払いでは、前の人がちょっと遅いだけで、
ついイライラしてしまうことがある。
しかしローカルなコミュニティで商売しているお店では、
決済のスピードがちょっとくらい遅くても、そこまでイライラしない。
「スピードを求めるファストな世界と、それとは異なるスローな世界があると思いました。
後者の世界では、さるぼぼコインのような仕組みもうまく回るのだと思います」
どんなサービスであっても、ユーザーは、まずは自分にとっていかに便利でお得か
という基準で判断する。地域通貨は、すぐ実利が還元されるわけではないし、
飛躍的に地域経済が伸びるわけでもない。
「みんなが使ってくれれば、ちょっとずついい循環が起こっていきます。
極端な話、利用者のメンタリティが変化していかないと難しい。
今後、何かに飲み込まれて資本主義の僻地みたいになるよりは、
ここだけで回る経済圏をつくっていきたい」
さるぼぼコインは、利用者同士、個人間でも送金ができる。
飛騨信用組合内では、かなり使われているようだ。
「割り勘には便利ですね。その場で処理できない場合でも、
自分のQRコードを送って“ここに入金しておいてください”ということもできます。
支店で行われていておもしろかったのがサンクスポイントというもの。
これは何かサンキューということがあったら、39コインを送りあうものです。
コインのやりとりに思いを乗せていて、おもしろい」と例を教えてくれた田中直樹さん。
現状は、最終的には換金するしか出口がない。
ほかの道があれば、より域内経済に寄与できそうだ。
「この先は、給料もさるぼぼコインで
支払うことができるようになればいいと思っています。
いまはまだ法律的にNGですが、厚労省でも検討中で、
解禁されたら真っ先に導入できるように準備しています。
給料のうち、地元のお店で消費する生活費が必ず一定程度ありますよね。
その分だけでも、さるぼぼコインで支払う。
そうするとさるぼぼコインのみで経済が回っていきます」
この4月からは飛騨市で市県民税、固定資産税、国民健康保険料、水道料金などを
さるぼぼコインで支払うことが可能になった。
このように、域内経済が徐々に回り始めている。
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さるぼぼコインはただ便利な決済アプリではなく、地域の経済を循環させることが目的。
そのコンセプトをどう伝えていくか、それがこれからの課題だ。
「自分たちがさるぼぼコインを使うことで域内経済に貢献しているということを、
わかりやすく示さなければいけません。
具体的には、チャージ額に対して一定額を基金としてプールしていきます。
さるぼぼコインを使えば使うほど基金が増えていく。
使いみちは加盟店に選んでもらいながら、まちに再投資していければと思っています。
クラウドファンディングへの投資や、ビジネスコンテストをやってもいい。
もしくは公園を整備する予算に使うとか。カタチにしていけば、わかりやすいと思います」
たしかに参加感を得られれば、自分の行動に意味を持たせられる。
自分もそれを享受できるということが大切だ。
「簡単、便利、お得という世界から目線をずらすということを目指して、
私たちは行動していかないといけません」
すぐに何かが起こる劇薬ではない。
だからサステナブルな仕組みになっていないと続けていくことができない。
が、その点も問題ないようだ。
「このシステムはフィノバレーというフィンテック事業を展開している会社と一緒に、
誰でも使いやすいように開発しました。
だから、ほかのエリアにも横展開することができます」
実際に2018年10月から、木更津市内で使える〈アクアコイン〉という
電子地域通貨が開始された。
木更津市、木更津商工会議所、君津信用組合の三者が組んでスタートしたもので、
飛騨信用組合がコンサルティングを請け負った。
この取り組みを「うらやましい」という古里さん。
飛騨信用組合としても、この先は行政や公的な機関が
さるぼぼコインを担うべきだと考えているからだ。
「この先、大きく広げるためには行政に渡してしまったほうがいいと思っています。
地域活性化のアプローチのひとつだと思っているので、
収益を得るということだけに執着したくありません。
私たちだけで抱え込むのではなく、地域のなかに埋め込んでしまいたい」
飛騨信用組合が常に目指しているのは、お客様との接点。
それがさまざまな活動を行っていくうえでのモチベーションとなっている。
「金融機関だから私たちの業務はこれなんだという固定観念を壊したい」という古里さん。
「金融機関は、預金、お金を貸すこと、資産運用が事業の基本です。
決済というサービスを持つことは、お客様の日常に入り込んで、
一番大切な売り上げの部分に接点を持てるという意味で新しい領域です」
QR決済ブームに先駆けたように取り上げられているさるぼぼコイン。
確かにシステム自体でいえばその通りだが、いわゆるQR電子決済とは有り様が違う。
地域通貨であるからこその副産物はほかにもある。
例えば、昨年7月の飛騨地域の大雨災害を受けて、
さるぼぼコインでの「飛騨・高山豪雨災害復興寄付金」プロジェクトを立ち上げた。
寄付用のQRコードは、フェイスブックで拡散されたり、地元新聞にも掲載された。
そのQRコードを読めばいいので、とても便利で驚かれたという。
また飛騨市の円光寺では、さるぼぼコインをお賽銭として使用できる。
一見、罰当たりのような気もするが、例えば地元・飛騨から離れている人でも
遠隔で“リモート初詣”できる。
「帰省できないけどなんとか故郷の神社に初詣でしたい」という人にとっては
ありがたい仕組みだ。その履歴は“お守り”のようではないか。
こうした副次的な事例が出てくるのは、
さるぼぼコインが先端的な技術でありながらも、
どこか人にやさしい取り組みであることが奥底に見えるからかもしれない。
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さるぼぼコイン(飛騨信用組合)
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貝印株式会社
1908年、刀鍛冶の町・岐阜県関市で生まれた貝印は、刃物を中心に、調理器具、化粧小物、生活用品、医療器具まで、生活のさまざまなシーンに密着した多彩なアイテムを製造・販売。現在は、日本だけでなく、欧米やアジア諸国など世界中に製造・販売拠点を持つグローバル企業に発展しています。
http://www.kai-group.com/
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