連載
posted:2019.4.19 from:千葉県柏市 genre:ものづくり
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
創業110周年を迎えた貝印。歴史ある企業こそ革新を怠らぬことが肝心。
7シーズン目となるKAI×colocalは、未来的な思考、仕組み、技術(ソリューション)を持つ
新進スタートアップ事業者を訪ねます。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:石阪大輔(Hatos)
野菜の未来を感じさせる植物工場。
まだまだ一般的な認知度の高くない植物工場で育てられた野菜ではあるが、
アグリテックやフードテックベンチャーなどの言葉とともに、
急激に成長を続けている産業でもある。知らないうちに私たちも食しているかもしれない。
その先駆けとなっている企業が、2004年創業の〈MIRAI〉だ。
実は2015年に民事再生法の適用を申請し、
社名をかつての〈みらい〉から〈MIRAI〉へと変え、事業再生に成功しているが、
一貫して行ってきたのは植物工場の事業だ。
現社長である野澤永光さんは、2010年に旧みらいの創業者に出会った。
当時の野澤さんは1日に6000万人の購買行動を集積しているマーケティングの会社で、
食品会社と一緒に仕事をしていた。そこで、1次産業への課題を感じたという。
「食品会社は、商品をつくりたくても原材料が入ってこないことも多い
という話をしていました。つまり農作物は通年で安定しているわけではないということ。
1次産業が世の中に与える影響は大きいんだなと感じました。
そんなときに、植物工場ならば世界の食糧問題のなかで、
少なくても野菜に関しては解決していけるのではないかと思いました」
こうして野澤さんは2012年に入社。
2014年には現在でもメインで稼働している千葉と宮城に野菜工場が建設された。
2工場合わせて、1日に2万株のレタスを収穫できる。それを1年365日。
当時は植物工場として日本一の生産量を誇っていた。
野澤さんの主な仕事は、その野菜を売ることだった。
「くしくも民事再生法を受けた2015年は、野菜の売り上げがピークでした。
だからこそ破産ではなく再生の道が残されました」
2017年には、野澤さんが社長に就任した。
それまでは植物工場のシステムを売ることに力を入れていたMIRAI。
しかし野澤さんはもう一度、足下を見つめ直し「野菜を売る」ことにシフトする。
「生産した野菜をきちんと売り切って利益を出せるモデルにしたかったのです。
MIRAIの本業は、あくまで野菜の生産者であるということ。
そこに立ち返ろうと思いました」
たしかにある企業がシステムを買いたいと思っても、
そのシステムを使っている本体の野菜の売り上げが赤字では、説得力に欠ける。
植物工場のモデルケースとして声高にアピールできないだろう。
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植物工場は、一般的な農業と比べて、天候に左右されることがなく光の条件も固定できる。
肥料や水も安定して与えることができる。
さらには何層にも上に重ねることができるので、同じ面積あたりでも何倍もの“耕地”を稼げる。
こうした条件を合わせていくと、
露地栽培と比べて50〜100倍の生産量を生みだすことができるという。
現在、MIRAIでは小売り用野菜はほとんどなく、98%が業務用だ。
そのうちの半分がいわゆる「中食」。スーパーマーケットなどで総菜に加工されたり、
コンビニのサンドイッチなどに使われている。
残り半分は外食。ピザチェーンなどは特に相性がいいようだ。
「野菜を買ってくれた人からのクレームは少なく、むしろ注文数は増えています。
リピートしてもらうというのはすごく大切なこと。
私たちの野菜が市場で受け入れられているんだとうれしく思います」
植物工場の野菜は葉の形やサイズがほぼ均一なので、歩留まりがいい。
それは外食チェーンやコンビニベンダー(おにぎりやサンドイッチ、
弁当などを製造し店舗に納品する企業)にとっても「機能的」であるのだ。
「たとえばサンドイッチをつくるときに、
“葉を2枚使う”というマニュアルがあるとします。
でも大きい葉もあれば、小さい葉もある。MIRAIの野菜は大きさがほぼ均一なので、
“葉を2枚”とすれば、1枚ずつの大きさによって調整する必要がありません。
だからアルバイトなどのオペレーションが崩れることが少なくて済むという声もあります」
現在、全国の市場で流通しているレタスは、約58万トン。
そのうち3%ほどが植物工場の野菜だという。
「あと数年したら、10%くらいまで伸びると思います」という野澤さん。
いままさに成長産業といえるだろう。
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植物工場ではオートメーション化され、野菜が安定的にどんどん育つように思えるが、
野澤さんは「実はまだ人の力に左右されまくっている事業です」と言う。
「形を均一にできるのは、設備や機械だけでなく、
それをコントロールする腕があるからなんです。
例えば個人経営のパン屋さんなんかは、
天候や季節によって毎日、温度や湿度を細かく管理していますよね。
同様に植物工場でも、職人気質の管理者が工場にいないと、
本当の意味での安定化した工場にはなりません。
野菜をモニタリングして、なぜそのように育っているのか。
そのメカニズムを解明していかなければなりません。
この先、植物工場の野菜で重要になってくるのは、
“品質をどれだけ自分たちのものにできるか”だと思っています」
なるほど、ものづくりの精神が宿っている。
あくまで生産者としての視点は忘れてはならないのだ。
MIRAIの朝は収穫から始まるが、それはすべてハサミを使って、人の手で行われている。
LEDライトに照らされたSF世界のような工場とは裏腹に、
人の手作業はまだたくさん残されているし、
管理がプロフェッショナルでないとうまくいかないようだ。
結局、植物工場という名の「農業」であることは変わらないのだろう。
真剣に野菜づくりに向き合い、データを取っていくほどに、
野菜への知見が蓄積されていく。それはさまざまなことへフィードバックできる。
「MIRAIのもともとの使命はそこにあります。
知見を我々だけが独占しても意味がないと思っていますので、みんなに広げていきたい。
自分たちだけが潤いたいのであれば、
大きな資本家と組んで、大規模工場をどんどん増やしていけばいい。
しかし今のMIRAIには、現在の2工場だけで充分です」
現在、MIRAIではグリーンリーフ、フリルレタス、バジル、クレソンなどを中心に生産。
これまでには40種類程度の野菜を生産したことがあるという。
これからも新たな商品開発は続けていきたいという。
「全国に野菜を卸しているある大規模農家から、
“バジルをつくってほしい”などと頼まれるんです。
またMIRAIがほかの農業法人の野菜を生産することもあります。
野菜のOEMですね。だからいろいろな野菜を生産できる能力は有しておきたい」
これは、通常農家が露地野菜だけだと天候不順などの影響で
野菜が採れなくなってしまったときのためのリスクヘッジである。
この考え方を取り入れていけば、両者がぶつかることなく、生きていくことができる。
日本の農業全体を俯瞰して、補完し合う関係になればいいのだ。
また、商品開発を続けたいというその目線の先は、世界に向けられている。
現在ではロシアと中国に工場を展開。
しかし工場施設・システムを売るだけで野菜ができるという、そんな簡単な話ではない。
そこには前述のとおり、管理者の「腕」が必要だ。
「例えば、ロシアのハバロフスクに工場を入れています。
今度、モスクワにも進出予定です。
地域ごとに文化が違うので、そこに合う品種を生産することが重要。
それには日本のやり方をそのまま持ち込んでも意味がありません。
そこにMIRAIの強みがあります。
システムを売るというよりも、栽培技術や運営の支援計画を行っていきたい。
つくるだけでなく、売ることも重要。人の力が必要なところです」
これから植物工場の野菜が増えていくことは容易に予想がつく。
そのなかでMIRAIが業界全体の課題として考えているのが、安全面、衛生面の問題だ。
「現状では、明確な認証機関がありません。それだけにいい加減な会社が出てきて、
食中毒やO-157などを出してしまったら、業界自体がすぐにアウトになってしまいます。
MIRAIでは新しい取引先ができたら、工場に監査に来てもらっています。
本当はそんなバカ正直にすべてを見せたくないんですよ(笑)。
しかし腹をくくり、その会社の基準に通るかどうか、チェックしてもらいます」
まだ小さな業界だから、1社の評判が業界全体を覆うこともありうる。
そこには細心の注意が必要で、MIRAIに蓄積されている200以上の管理項目が、
業界のスタンダードになっていくかもしれない。
「40年前は、植物工場なんて考えられませんでした。
まだ新しい取り組みなので、世代を超えて新しい技術が開発されていくと思います。
大切なのは、そのときまでにMIRAIを含め、
植物工場という業界が残っていることなんです」
この先、植物工場で根菜類ができるようになったり、
漢方や医薬品の原料としての作物を育てられるかもしれない。
もっと将来を見据えれば、宇宙での生産と相性がいいだろう。
まだまだ植物工場は進化中。夢はふくらむばかりだ。
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MIRAI
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貝印株式会社
1908年、刀鍛冶の町・岐阜県関市で生まれた貝印は、刃物を中心に、調理器具、化粧小物、生活用品、医療器具まで、生活のさまざまなシーンに密着した多彩なアイテムを製造・販売。現在は、日本だけでなく、欧米やアジア諸国など世界中に製造・販売拠点を持つグローバル企業に発展しています。
http://www.kai-group.com/
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