ビル泊×美術館×模型。
静岡駅前に立つビルで
ユニークな試みが進行中

静岡市の魅力を3つのキーワードで紹介していくシリーズ。
今回のキーワードは“ビル”。
ビルの一部をリノベーションしたホテル、駅前の高層タワーに入る美術館、
模型の情報発信地など、静岡市のビルを舞台にした取り組みをご紹介します。

まちなかのビルを活用した分散型ホテル〈ビル泊〉

いま各地で分散型ホテルが注目を集めている。
分散型ホテルとは、地域に点在する空き物件を宿泊用の客室に転用し、
それらが位置するエリア全体をひとつの宿として見立てる新しいスタイル。
宿泊客がホテルの中を移動するようにエリア内を回遊することで、
地域活性化も期待されている。

多くの場合、客室には古民家が活用されるが、ここ静岡市ではひと味違う。
今年3月にオープンした〈ビル泊(ビルぱく)〉は、駅前の商店街に面した
4棟のビルの一部を客室として再生。現在、7室が稼働している。

1フロアが〈ビル泊〉の3室になっている「YS BLDG.」。写真は、3名まで利用可能な202号室。

1フロアが〈ビル泊〉の3室になっている「YS BLDG.」。写真は、3名まで利用可能な202号室。

水回りも美しくリノベーション。洗面ボウルも2つ備えるなど、大勢で泊まってもストレスはない。

水回りも美しくリノベーション。洗面ボウルも2つ備えるなど、大勢で泊まってもストレスはない。

ビルの入口に設置されたロゴが目印。ありふれたビルのエントランスと客室のギャップに驚かされる。

ビルの入口に設置されたロゴが目印。ありふれたビルのエントランスと客室のギャップに驚かされる。

おそらくは日本で初めての試みとなる、ビルを活用した分散型ホテルの仕掛け人は、
〈CSA不動産〉の社長・小島孝仁さん。

「市街地にあるビルの空き物件の活用は、どの地方都市にとっても深刻な問題。
それを解消し、中長期的に人が訪れるまちにするためには
どうすればいいかと考えたとき、ビジネスホテルとは違う、
滞在することが目的になるようなホテルをつくればいいと思ったんです」と言う。

小島孝仁さん(右)と、ビル泊の内装を手がけたデザイナーの李大英さん(左)。「部屋のどこにいても心地よく過ごせる、居場所をつくることを意識しました」と李さん。

小島孝仁さん(右)と、ビル泊の内装を手がけたデザイナーの李大英さん(左)。「部屋のどこにいても心地よく過ごせる、居場所をつくることを意識しました」と李さん。

静岡駅と地下道でつながるレセプションも、もちろんビル中に位置。ここから各室へは徒歩約2~7分。

静岡駅と地下道でつながるレセプションも、もちろんビル中に位置。ここから各室へは徒歩約2~7分。

全7室の客室は、55~99平方メートルの広さがある贅沢なつくり。
コンクリートの躯体を生かした内装で、
敢えてビルの一室であることを前面に出している。
ふと窓から下を見ると、商店街を行き交う人たち。
「まちを感じながら、ビルに泊まる」という体験が、ここでの醍醐味だ。

屋上テラス付きの住居を改修した「MASATOYO BLDG.」301。むき出しの躯体がインダストリアルな雰囲気を醸しだす。

屋上テラス付きの住居を改修した「MASATOYO BLDG.」301。むき出しの躯体がインダストリアルな雰囲気を醸しだす。

小さなテラスに面した「COSMOS BLDG.」401のベッドルーム。リビングルームにはハンモックもある。

小さなテラスに面した「COSMOS BLDG.」401のベッドルーム。リビングルームにはハンモックもある。

静岡ならではの魅力を感じてもらうための工夫も欠かさない。
客室には、同市を代表する模型メーカー、タミヤのパーツパネルを飾るほか、
地元の布団職人・新貝晃一郎さんが手がけたオーダーメイドの座布団を用意。
希望すれば、調味料まですべての食材を静岡産で揃えた
豪華な朝食を味わうこともできる。

小島さんが気に入り、各室に設置したタミヤのパーツパネル。レセプションにはビル泊のオリジナルも。

小島さんが気に入り、各室に設置したタミヤのパーツパネル。レセプションにはビル泊のオリジナルも。

一部の客室に置かれた、遠州織物を使った座布団。角までしっかりと綿が入っており、座り心地も抜群だ。

一部の客室に置かれた、遠州織物を使った座布団。角までしっかりと綿が入っており、座り心地も抜群だ。

32種の小鉢がずらりと並ぶ朝食(5,000円)は、レセプション近くの店で提供。端正な重箱は地木工職人・戸田勝久さんが手がけた。(写真提供:ビル泊)

32種の小鉢がずらりと並ぶ朝食(5,500円・税込)は、レセプション近くの店で提供。端正な重箱は地木工職人・戸田勝久さんが手がけた。(写真提供:ビル泊)

information

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ビル泊

住所:静岡市葵区紺屋町1-5 協友ビルB1(レセプション)

TEL:054‒292-6800

料金::1泊1名9,900円・税込~(客室と人数により異なる)

Web:https://birupaku.jp/

しらす×温泉×古民家ステイ。
静岡市の小さな港町・用宗で
週末散歩を楽しみませんか?

静岡市の魅力を3つのキーワードで紹介していくシリーズ。
今回のキーワードは“用宗(もちむね)”。
独特の漁法により抜群の鮮度を誇るしらす、その漁港に面した温泉施設、
一棟貸しの古民家宿など、まち歩きが楽しい注目のレトロタウンをご紹介します。

しらす漁で知られるレトロタウン

静岡市の西端にある用宗(もちむね)は、しらす漁が盛んな港町。
静岡駅から東海道線でわずか2駅7分のところにありながら、
まちのそこここに昭和の面影を残すレトロタウンである。

全国屈指のしらすの水揚げ量を誇る静岡県の中でも、
「用宗のしらす」はよく知られたブランド。
餌となるプランクトンが豊富な好漁場、安倍川の河口に近いこと、
そして独特の漁法による鮮度のよさがその理由だ。

晴れた日には、富士山も見える用宗漁港。毎朝6~7時に50隻以上の漁船が一斉にしらす漁に向かう様子は圧巻だ。

晴れた日には、富士山も見える用宗漁港。毎朝6~7時に50隻以上の漁船が一斉にしらす漁に向かう様子は圧巻だ。

用宗のしらす漁は、2艘の漁船と運搬船という3艘ひと組で行われるのが特徴。
2艘の漁船が網を引いてとったしらすは、運搬船の上で氷づけにされ港へと運ばれる。
これを1日に3~4回。港では、運搬船が着くたびにセリが行われるので、
鮮度抜群のまま取り引きされるのだ。

新鮮なしらすを食べたければ、漁協直営の〈どんぶりハウス〉へ。
一番人気は、漁期中(1月15日~3月下旬の禁漁期間以外)、
それも出漁した日にしか味わえない(出漁日でも提供されない日もある)
「生しらす丼」。定番の「釜揚げしらす丼」(ともに700円)と食べ比べれば、
それぞれの魅力を堪能できる。

口に含んだ瞬間、プリプリとした食感と磯の香りが広がる「生しらす丼」。マグロの漬けと一緒に味わえる「用宗丼」(900円)も人気。

口に含んだ瞬間、プリプリとした食感と磯の香りが広がる「生しらす丼」。マグロの漬けと一緒に味わえる「用宗丼」(900円)も人気。

用宗漁港内にある〈どんぶりハウス〉。客席は、写真奥にあるテントの下。漁船が停泊する港を見ながら食事を楽しむ。

用宗漁港内にある〈どんぶりハウス〉。客席は、写真奥にあるテントの下。漁船が停泊する港を見ながら食事を楽しむ。

information

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どんぶりハウス

住所:静岡市駿河区用宗2-18-1

TEL:054‒256-6077(漁協直売所)

営業時間:11:00~14:00

定休日:雨天時、禁漁時の木曜

Web:http://namashirasu.com/

日常のなかに海がある!
小豆島で海遊び

あらためて気づいた魅力、そこから楽しみをつくり出す

あー、暑い。暑すぎる。
今年はお盆を過ぎても、朝も夕方も全然涼しくならない(涙)。
小豆島、毎日ほんとに暑いです。

スイカ! こんな立派なスイカを収穫できたのは初めて。

スイカ! こんな立派なスイカを収穫できたのは初めて。

暑い夏にはよく冷やしたスイカだぜ!

暑い夏にはよく冷やしたスイカだぜ!

今年は新型コロナウイルスの影響で子どもの夏休みが短く、
遠くへの移動もなんとなく自粛の雰囲気。

いつもの夏なら、子どもはぶぅぶぅ言いながら
自由研究や読書感想文などの宿題に取り組み、
私たちは暑さのなか、ひぃひぃ言いながら畑作業とカフェ営業。
夏休みも後半になって、さぁ夏休み! 高知行くぞー、沖縄行くぞー! 
と遠方の海に遊びに行ってました。

さて今年の夏はどうしようか。
県内の美術館に行こうか、新しくできた水族館に行こうか。
うーん、どうしようね。と考えてたら、いろは(娘)の夏休みも残り1週間。
クーラーをきかせた家の中は快適で、なんとなく時間が過ぎていく。

家の中は快適。ハンモックで読書。

家の中は快適。ハンモックで読書。

あー、こんな姿を見ていると、私も家でぐーたらしていたくなる。時にはこんな感じでいいんですけどね。

あー、こんな姿を見ていると、私も家でぐーたらしていたくなる。時にはこんな感じでいいんですけどね。

あかん! このままでは夏が終わってしまう。
よし、海に泳ぎに行こう! と思いたって、
ある日の夕方、海に泳ぎに行きました。

海ー! ダイブ! 夕方思いたって行った島の北側の海。

海ー! ダイブ! 夕方思いたって行った島の北側の海。

海に入ると甘いものを食べたくなる。近所の商店であんぱんとお菓子を買っていきました。

海に入ると甘いものを食べたくなる。近所の商店であんぱんとお菓子を買っていきました。

絶景×茶畑×カフェ。
日本有数の茶どころ・静岡市で
新たなお茶の魅力に出合う

静岡市の魅力を注目の3つのキーワードで紹介していくシリーズ。
今回のキーワードは“お茶”。
絶景でのお茶の体験プログラムや、100種ものお茶が試飲できる日本茶専門店、
富士山や駿河湾を望む展望施設など、静岡の新しいお茶の楽しみ方を紹介します。

〈天空の茶の間〉でつくり手の顔が見えるお茶を味わう

全国におけるお茶の約4割を生産する静岡県は、言わずと知れた日本一の茶どころ。
静岡市は、そんな静岡茶の発祥の地でもある。

ペットボトル入りのお茶が浸透する一方、急須で淹れる茶葉の需要が減少している昨今。
静岡市の茶業界で、新たな動きが起こっている。
まず注目したいのは、茶畑の真ん中に設けたテラスで、
その地でとれたお茶を味わえる体験プログラム〈茶の間〉だ。

いくつかある会場の中でも、人気が高いのは
標高350メートルの山間、両河内地区にある〈天空の茶の間〉。
運がよければ遠くに富士山と駿河湾、
早朝なら雲海が眼下に広がることもあるという絶景ポイントだ。

朝焼けの〈天空の茶の間〉。夏期は早朝プランもある。90分1名3000円。雨天中止。(写真提供:豊好園)

朝焼けの〈天空の茶の間〉。夏期は早朝プランもある。90分1名3000円。雨天中止。(写真提供:豊好園)

天空に浮かんでいるようなテラスで、目の前の茶畑でとれたお茶が味わえる。

天空に浮かんでいるようなテラスで、目の前の茶畑でとれたお茶が味わえる。

夏季限定で、お茶を使ったかき氷「茶氷」と冷茶が1種ついたプランが登場。

夏季限定で、お茶を使ったかき氷と冷茶が1種ついたプランが登場。

天空の茶の間が設置されているのは、世界的なパティシエ、
ピエール・エルメが食材探しに訪れたこともある茶園〈豊好園(ほうこうえん)〉。
場所によっては手をつかないと登れないほど急斜面の畑に、
約20種の品種茶を栽培している。

絶好の条件が重なると、左手に富士山、眼下に雲海が見える。(写真提供:豊好園)

絶好の条件が重なると、左手に富士山、眼下に雲海が見える。(写真提供:豊好園)

「茶葉は品種によって摘採期が違うので、長い期間、
それもいい状態の新芽を摘み取れるよう多品種を栽培しています。
とは言え、20種は多すぎますけどね(笑)」

こう話すのは、3代目園主の片平次郎さん。
豊好園では、生葉の生産から製茶、販売までをすべて自分たちで行う
自園・自製・自販のスタイルをとっており、最近では海外へも出荷している。

園主の片平次郎さん。父の働く姿に憧れ、大学卒業後すぐ実家に戻り就農した。(写真提供:豊好園)

園主の片平次郎さん。父の働く姿に憧れ、大学卒業後すぐ実家に戻り就農した。(写真提供:豊好園)

「僕が目指しているのは、湯呑みに入ったお茶の香りを嗅いだとき、
そして飲んだときに、思わず茶畑の光景が目の前に浮かぶような茶葉。
製茶をするとき、手のひらで葉の状態を感じながら、
つくりたいお茶のイメージに近づけていくんです。
お茶は僕にとっての作品なんだと思います」

〈豊好園〉では品評会に出品するお茶から、ほうじ茶、茎茶、紅茶まで手がけている。(写真提供:豊好園)

〈豊好園〉では品評会に出品するお茶から、ほうじ茶、茎茶、紅茶まで手がけている。(写真提供:豊好園)

2019年からスタートした茶の間プロジェクトへの参加以外にも、
片平さんが始めた取り組みに〈茶農家集団ぐりむ〉がある。

「静岡の茶産業を復活させたい」という思いから、
廃業が決まっていた両河内地区の共同工場を茶農家仲間とともに受け継ぎ、
自園・自製・自販とは差別化した、
主に市場に出荷する荒茶(仕上げ前の原料茶)をつくりながら、
耕作放棄地となった茶園の再生にも努めている。

静岡市の中心地から車で約1時間の距離にある両河内地区。市内では比較的新しい茶産地だ。(写真提供:豊好園)

静岡市の中心地から車で約1時間の距離にある両河内地区。市内では比較的新しい茶産地だ。(写真提供:豊好園)

日本平にある〈全景の茶の間〉のまわりにあるのも、茶農家集団ぐりむが管理する茶園。
富士山を望むパノラマとともに、茶農家が手塩にかけて育てたお茶を味わいたい。

日本平ホテル近くにある〈全景の茶の間〉。目の前に広がるのが〈茶農家集団ぐりむ〉の管理する茶畑。

日本平ホテル近くにある〈全景の茶の間〉。目の前に広がるのが〈茶農家集団ぐりむ〉の管理する茶畑。

information

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豊好園

住所:静岡市清水区布沢270

Web:http://houkouen.org/

天空の茶の間の予約・問い合わせ先

TEL:080-7016-1201(株式会社AOBEAT)

Web:https://changetea.jp/

information

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全景の茶の間

受付場所:静岡市清水区馬走1500-2 日本平ホテル1Fテラスラウンジ

TEL:080-7016-1201(株式会社AOBEAT)

Web:https://changetea.jp/

遠隔地で在宅勤務。
孤独や焦りを解消するため
暮らし方をどう変えた?

精神的に不安定になって実践したこと

今年、わたしは北海道のふたつの大学で、編集の仕事を紹介する講義を行った。
講義といっても今回は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から遠隔授業。
ひとつの大学ではオンラインで行い、もうひとつの大学では
スライド資料を用意してネットに公開したり、
学生からの質問に答えたりという試みを数回行った。

学生からの質問で多かったもののひとつは、わたしが2011年から約3年間、
東京の出版社に所属しながら北海道で在宅勤務をしていたことについてだ。
オンライン講座を受けたり、講義の記録映像や課題の資料を
パソコンで見たり読んだりしている学生さんたちは、気持ちの切り替え方法や
よりよい向き合い方についてのヒントを探りたいと思っているようだった。

そんななかで、全国の大学で実際されている遠隔授業の実態について、
学生さんたちの生の声を知りたくなり、わたしはあるときSNSを見てみたことがある。
そして、パソコンの前にずっと座っていることで極度の疲労を感じていたり、
レポートなどの課題が多くて対応できなかったり、
自分だけが取り残されているのでないかという
孤独感をもっていたりという人がいることがわかった。

これらの言葉は他人事とは思えなかった。
わたしも在宅勤務を始めた当初は、ずっとパソコンにかじりついて仕事をし、
ときどきオンラインで会議を行っていて、
出勤していたときとは違う感覚に戸惑いを覚えていたからだ。

これまでは、北海道では寒くて重苦しい冬の季節が長く続くことが
気持ちを不安定にさせていたと思っていたのだが、
SNSの声を見て、ネットだけで会社とつながることも、
ひとつの要因だったのではないかと思うようになった。

家事や育児をしながらの仕事。パソコンに向かう時間が多くて、首が痛くなることもある。

家事や育児をしながらの仕事。パソコンに向かう時間が多くて、首が痛くなることもある。

在宅勤務を始めて半年が過ぎた、3月くらいのことだったと思う。
朝起きると吐き気がして、3時間くらいはなかなか治まらないという状態が続いていた。
医者に行ったわけではないが、これは精神的に何かがおかしいと感じ、
切実に暮らし方を変えようと思った。
実践したことはふたつ。

まずひとつは、自分の評価を他人と比べず自分ですることだ。
ネットだけで会社とつながっていると、
社内で自分がどういう立場に置かれているのか見えにくくなる。

また、同僚の仕事ぶりもまったくわからなくなるので、
1日に自分がどのくらい人より仕事をしたのか、
あるいは仕事をしていないのかが比べることができなくなった。
これは、出勤していたときには意識していなかったが、
会社の全体の雰囲気のなかで、自分が少し秀でていると感じられることが、
仕事のモチベーションになっていたことを悟った。

在宅勤務当時手がけた書籍。2年半の歳月をかけてつくった『日本美術史』など、思い出深い本がたくさんある。

在宅勤務当時手がけた書籍。2年半の歳月をかけてつくった『日本美術史』など、思い出深い本がたくさんある。

また、オンラインの会議では、いつも言い足りない、聞き足りないことが残っていた。
対面での会議では、始まる前に、今日は暑いとか寒いとか、ランチがどうだったかなど、
雑談である程度コミュニケーションを図りながら会議へと入っていく。
しかし、オンラインでは、いきなり本題に入り、
会議が終ればあっという間に回線が遮断される。

いまにして思えば、雑談で気持ちを共有するからこそ通じ合っていると感じていて、
そこがなくなったことで、相手の真意が伝わらず変な解釈をしていたことに気づき、
そうした判断を極力しないように努めた。

さらに、会社や仕事先のメールを気にしすぎることも止めた。
わたしの仕事を否定するような言葉に異常に反応してしまい、
そのことを悶々と考えたりすることもあった。
おそらく会話の中であれば、スルーできるようなレベルの小さなことなのだが、
相手の表情もわからずに内容だけが入ってくると、拡大解釈してしまって、
悪いほうへと気持ちが流れていくのだった。

そこで、否定された内容のところは、目を細めてやや読み飛ばし気味にして、
ほめてくれたメールがあったら、それを何度も読み返すようにしていった。
気持ちを明るくするメールだけを意識的に記憶にとどめるようにしたのだ。

北海道に移住して小さな菜園をつくったこともあった。土をいじっていると、マイナスな感情がやわらぐ。

北海道に移住して小さな菜園をつくったこともあった。土をいじっていると、マイナスな感情がやわらぐ。

こうしたネットに対する反応の方法とともに、
毎日、すぐにクリアできそうなささやかな目標を立てることにした。
「今日は締め切りの原稿を半分書けたら良しとしよう」とかそういう感じだ。
「今日は締め切りの原稿を絶対に書き上げる!」とすると、
書き上げられなかったときの落胆がひどいので、
つねにちょっとした逃げ道を用意しておくような、目標を設定していった。

そして、終ったときに、けっこう今日はがんばったなあとか、
意外にいい原稿が書けたなあとか、良かったことを振り返る時間を持つように
意識をしていったら、少しずつ前向きな気持ちが上回るようになっていった。

〈今川のシェアハウス〉
建築家・遠藤楽の設計した住宅を
転用したシェアハウス

撮影:千葉正人

勝亦丸山建築計画 vol.6

静岡・東京の2拠点で、建築設計、自治体との取り組み、
都内のシェアハウスの運営などの活動をする
〈勝亦丸山建築計画〉の勝亦優祐さんの連載です。

今回は、建築家による建築物の価値を受け継ぎ、育てながら、
自ら場の運営も手がける〈今川のシェアハウス〉をテーマにお届けします。

東京都杉並区にある〈今川のシェアハウス〉。(撮影:千葉正人)

東京都杉並区にある〈今川のシェアハウス〉。(撮影:千葉正人)

プロジェクトの始まり

〈西日暮里のシェアハウス〉を運営して1年が経った頃、
東京・杉並区に建つ戸建住宅について、
建築と不動産のあいだでさまざまな仕事をする〈創造系不動産〉から相談を受けた。

1976年に竣工し40年以上が経過したその住宅は、
外壁や窓周りの経年劣化はあるものの、
吹き抜けを中心に考えられた空間構成をはっきりと感じることができた。
ラワン(主にアジアの熱帯雨林の木材)の無垢材で仕上げられた内壁は、
飴色になりいい味を出していた。

設計は遠藤楽(1927~2003)。父親で建築家の遠藤新に自由学園で建築を学び、
その後、巨匠フランク・ロイド・ライトの日本人最後の弟子といわれた建築家だ。
オーナーの夫が友人だったことから、楽さんに設計を依頼したそうだ。

1976年の竣工時の様子。

1976年の竣工時の様子。

時間とともに消滅する建築の価値の問題

最初にオーナーとお会いした際、住宅でのさまざまな出来事や
楽さんとの思い出などを楽しそうにお話いただいたことがとても印象的だった。
その住宅は、すでにオーナーご家族のための家としての役目は終え、
オーナーは使わなくなった建築の処遇に悩んでいた。
都内では土地の価値が高く、更地であればそれなりの額で土地を分割売却し
現金化できるが、本当にその答えでいいのかを決めかねていたのだ。

本来はたとえ古い建築でも、人が住んで手をかけ続けたものであれば、
誰かに引き継ぐこともできるし、元の住まい手の生活の工夫を享受することができる。
しかし、いったん空き家になると、一気に劣化が進んでしまう。
固定資産税は土地と建物それぞれにかかるため、維持費も積み重なっていく。

静岡県富士市のリサーチ「まちなか再起動計画」では、中心市街地の価値が低下し、
古家付きの土地を売却する際に、住み手がつかず放置されるケースを多く見てきた。
結果的に建物の解体が決まり、解体費は売却金額から差し引かれて、
残る金額はわずかになってしまう。

改修工事中の風景。

改修工事中の風景。

このプロジェクトの場合、土地の値段は都内なのでそれなりに高くつく。
しかし、建築物においては、たとえ建築家が建てたものでも、
構造や築年数という一般的な指標では市場価値はほぼなくなってしまう。
「一般」の価値にとらわれず、「この空間が好きな人々」に対して
建物の価値を届けるべきではないのか。

私たちは建物を残し、シェアハウスとして形態を変え、賃貸化することを提案したが、
プランニングや工事にかかる費用や運営の負担を考えると、
オーナーの手には余ると判断された。

オーナーの建物を残したいという気持ちと、
建築家の設計した建築の継承や先輩からの学びを得たいという私たちの興味が
同じ方向を向き始め、私たちはデザイン・オペレーション
西日暮里のシェアハウス編を参照)の検討を始めた。

西日暮里のシェアハウスと同様に私たちがオーナーから建物を一括で借り上げ、
弊社で改修費用を負担し、シェアハウスとして運営、
サブリース(転貸)を行うという企画。その提案は受け入れられ、
〈今川のシェアハウス〉のプロジェクトが動き始めたのであった。

Go To? 自粛? 
離島のカフェはどうしたらいい?

カフェ営業を再開したものの……

ようやく梅雨が明けたと思ったら、突然やってきた猛暑。
あー、きたきた、この耐え難い暑さ。
日中の畑仕事は、頭から足までノンストップ・汗!
水浴びしたり、こまめに着替えたりしながら、
夏野菜の収穫、秋冬野菜の準備をしています。

パワフルな夏の太陽のもとで育つ夏野菜たち。野菜にとってもちょっと暑すぎるけど。

パワフルな夏の太陽のもとで育つ夏野菜たち。野菜にとってもちょっと暑すぎるけど。

スイカー! 身内で食べるようにいくつか栽培しました。収穫のタイミングとかいろいろ難しいなあ。

スイカー! 身内で食べるようにいくつか栽培しました。収穫のタイミングとかいろいろ難しいなあ。

一面のサツマイモ畑。収穫はもう少し先。元気に育て!

一面のサツマイモ畑。収穫はもう少し先。元気に育て!

私たち〈HOMEMAKERS〉は農業をしながら、
週2日、金曜・土曜日はカフェを開いてきました。

今回のコロナ禍で、4月〜7月中旬まではカフェを臨時休業していました。
感染拡大防止のための休業でもありましたが、いまの私たちはカフェを営業するよりも、
野菜を育て、必要としている人たちに届けることを優先しようという判断で。

6月下旬に全国的に移動や営業自粛が解除され、私たちはどうしようかと考えましたが、
7月中旬から週1日、土曜日のみカフェの営業を再開しています。
店内の席数を減らし、庭に外席を新たに設置しました。
テイクアウトできるようにしようか、いままでと違うメニューにしようかなど
いろいろ検討しましたが、いまのところは大きく変えていません。

現在〈HOMEMAKERS Farm & Cafe〉は週1日、土曜日のみ営業しています。

現在〈HOMEMAKERS Farm & Cafe〉は週1日、土曜日のみ営業しています。

デザートには季節の野菜や保存用につくっておいたジャムなどを練り込んでマフィンを焼いてます。

デザートには季節の野菜や保存用につくっておいたジャムなどを練り込んでマフィンを焼いてます。

7月の下旬から、Go To トラベルキャンペーンが始まり、
小豆島にもたくさんの人たちが遊びにきています
(それでもいつもと比べたら、歩いてる人、車の数など全然少ないですが)。

8月27日からは、小豆島独自の企画「小豆島復路フェリー無料キャンペーン」を
開始するそうです(島内で宿泊などの条件を満たすと、
帰りのフェリー代が無料になります。詳しくはこちら)。

北海道を掘り下げるタブロイド紙
『THE KNOT SAPPORO Magazine』
が生まれて

Art Direction by Ryo Ueda [COMMUNE], Photo by Ikuya Sasaki

地域のカルチャーを取り上げる新たなメディア

北海道で生きる人々と、地域のカルチャーを取り上げる新しいメディアが生まれた。
『THE KNOT SAPPORO Magazine』は、8月1日に札幌でオープンしたホテル
〈THE KNOT SAPPORO〉が年2回刊行するタブロイド判フリーペーパーだ。
アートディレクターは札幌を拠点に活動する〈COMMUNE〉の上田亮さんで、
上田さんに声をかけてもらい、私は編集長を務めた。

〈THE KNOT SAPPORO〉。ラウンジにはデザインの違う椅子が並べられ遊び心を感じさせる。(photo:Tsubasa Fujikura)

〈THE KNOT SAPPORO〉。ラウンジにはデザインの違う椅子が並べられ遊び心を感じさせる。(photo:Tsubasa Fujikura)

THE KNOTは2017年、横浜を皮切りに、新宿、広島、札幌にも拠点を持つ。
コンセプトは「旅するホテル」。その土地の特性を生かし、
地域ごとに、それぞれ内装やアメニティ、食にもこだわっている。

札幌は「大自然の大都会」を軸に据え、
建築には札幌軟石や赤れんがなど地元らしい素材を取り入れ、
道内で活動するアーティストらの作品を壁面に設置したりなど、
この場所のために作家に作品制作を依頼する、
いわゆるコミッションワークも行っている。

『THE KNOT SAPPORO Magazine』も、ホテルの情報は控えめに、
北海道を深く掘り下げるメディアであり、これらを通じて、THE KNOTは
宿泊だけでないアートやカルチャーが生まれる場所をつくり出そうとしている。

ラウンジからはアーティスト国松希根太さんの作品が見える。タイトルは『HORIZON』。地平線のようにも水平線のようにも見える風景だ。(photo:Tsubasa Fujikura)

ラウンジからはアーティスト国松希根太さんの作品が見える。タイトルは『HORIZON』。地平線のようにも水平線のようにも見える風景だ。(photo:Tsubasa Fujikura)

特集は「MOUNTAIN IS」。
第1号では、THE KNOTに縁のある人々を紹介するものにしようと考え、
ホテルに併設されたギャラリーのオープニングを飾る展示を行った
フリーランスのキコリである〈outwoods〉足立成亮さんと、陣内雄さんを取り上げた。

山は私にとっても思い入れの強いテーマ。
一昨年に山を購入し、以来、新しい視点で山の価値を見出そうとする山主や
林業者に興味を持ち、折りに触れ取材をしてきた。

足立さんには1年ほど前に、別の媒体で取材をしたことがある。
そのとき、芸術祭にアーティストのひとりとして参加し、
文章も書く足立さんの姿を見て、キコリに対するイメージが
ガラリと変わったのを覚えている。

また、陣内さんには今回が初めての取材となったが、林業関係者から、
次世代の林業をつくるためにアグレッシブに活動している人だと聞いており、
ぜひ一度会ってみたいと思っていたのだ。

ちなみに、アートディレクターの上田さんとの出会いも山がきっかけ。
前々から上田さんは山に家を建てたいと考えており、
この連載で私が山を買ったことを知ってくれて、
友人を介して会ったのが交友の始まりだ。

photo:Ikuya Sasaki

photo:Ikuya Sasaki

小豆島でおいしいピザをゆったりと。
〈Pizza Kamos〉と
〈cafe u ra ni wa〉

天然酵母でつくる生地がおいしい!〈Pizza Kamos〉

私たちが小豆島に移住してきたのは2012年。
それから8年の間に、新しいカフェやパン屋、ジェラート屋、
自家焙煎のコーヒー豆屋、美容院など新しいお店がだいぶ増えました。
小豆島に移住してきた人が経営する小さなお店が多く、
個性豊かですてきなお店がたくさんあります。

そんなお店の中でも、とびきりセンスがいいピザ屋があります! 
オーナーは山本友則さん。
もともと高松のイタリア料理のお店でピザ職人として働かれて、
2019年5月に小豆島に〈Pizza Kamos〉をオープンされました。

お店の名前は、Kamosと書いて「カモス」と読みます。
そう! 「醸す」からきているんです。

2019年5月にオープンした小豆島のピザ屋〈Pizza Kamos〉。土庄港(とのしょうこう)から歩いて5分ほどの住宅街にあります。

2019年5月にオープンした小豆島のピザ屋〈Pizza Kamos〉。土庄港(とのしょうこう)から歩いて5分ほどの住宅街にあります。

もともとは島の会社の事務所だった建物を改修してピザ屋に。

もともとは島の会社の事務所だった建物を改修してピザ屋に。

古い木の家具の雰囲気がとてもいい。窓の外にはオリーブの木。

古い木の家具の雰囲気がとてもいい。窓の外にはオリーブの木。

古い木の家具やアンティーク食器が並ぶ店内は、やさしくて穏やかな雰囲気。
統一された世界観、カモスワールド。
おしゃれなんだけど、疲れないおしゃれ、心地いいおしゃれ。
いいよねぇ、こういう雰囲気って感じると思います。

お店の雰囲気がいいだけじゃなくて、もちろんピザもおいしい。
特にピザ生地がおいしい。
Kamosのピザ生地は天然酵母で発酵させたもので、
香りと食感が最高でずっと食べ続けていたくなります。

ちなみに、いろは(娘)はシラスが苦手でいつも家では食べないのですが、
先日Kamosに食べに行ったときに
「瀬戸内しらすと小豆島レモンの“瀬戸内ピザ”」をもりもり食べていて、
「しらす苦手じゃなかった?」と聞いたら
「生地がおいしいから食べたい」と言って、何切れも食べてました(笑)。
苦手なものでも食べれるようになるピザ生地マジック!

「瀬戸内しらすと小豆島レモンの瀬戸内ピザ」。

「瀬戸内しらすと小豆島レモンの瀬戸内ピザ」。

店の真ん中にある石窯。山本さんがピザを焼いている様子が客席からもよく見えます。

店の真ん中にある石窯。山本さんがピザを焼いている様子が客席からもよく見えます。

私たち〈HOMEMAKERS〉が育てたタイガーメロンでつくってくれたスムージー! Kamosには毎週野菜の配達に行っています。

私たち〈HOMEMAKERS〉が育てたタイガーメロンでつくってくれたスムージー! Kamosには毎週野菜の配達に行っています。

移住だけでは解決できなかった
心の問題に、コロナ禍で
ようやく気づいて

子育てに対する苦手意識を自覚して

先日、コロカルで連載をしている、小豆島の三村ひかりさんと
下田の津留崎徹花さんと、Zoomでトークをする機会があった。
いずれも東日本大震災がきっかけで地方移住した仲間で、
あらためて“震災”と“コロナ”とを対比しながら考えるきっかけになった。

このときわたしは、東日本大震災で社会の構造に疑問を感じ、意識が「外」に向かい、
コロナ禍では、家族と自分という「内」に目が向いたと語った。

トークのあと、「外」から「内」へ意識が向いた訳を考えるなかで、
自分の心にずっとひっかかっている
“しこり”のようなものがあることを自覚するようになった。
言葉で表しづらいのだが、子育てに対する苦手意識というようなものだ。

この連載で、緊急事態宣言により学校が休校となり、
子どもが家にいつつ仕事もしつつという状況の「しんどさ」について書いたことがある。
当時は、仕事が忙しいから子どもと向き合う時間がとれないことが辛いと、
仕事のせいにしていたのだが、実はそうではなかったと思うようになった。

緊急事態宣言で休校が続き、3人の子ども(9歳、5歳、2歳)の相手をしながら仕事もしていた。

緊急事態宣言で休校が続き、3人の子ども(9歳、5歳、2歳)の相手をしながら仕事もしていた。

苦手意識がある要因のひとつは、生まれ育った環境にあると思う。
わたしはひとりっ子で親は共働き。思い返すと、ひとりでいた記憶が多い。
カミナリが激しく鳴り響き、窓に落雷するのではないかと、
家の真ん中でひとり恐怖に怯えていたり、
マンションの階段はいつも薄暗くて家に入れず、駅で母の帰りをずっと待っていたり。
とにかくひとりでどうやって時間をやり過ごすかに、毎日挑んでいた。

そんなわたしが、3人の子どもの母となった。
家で仕事をしていると、5分おきに代わる代わる「母ちゃん〜!」と話しかけられ、
うっかりするとスマホや眼鏡が破壊され、つねにどこかで物の取り合いが勃発し、
家の中はいつもカオス。

以前に「なんでケンカしているの?」と子どもたちに聞いたら
「楽しいから」という返事には驚いた。
兄弟ゲンカ未体験なわたしにとって、ケンカによって
コミュニケーションしているというのは意外なことだった。

あるとき、ケンカをしている子どもたちを前に呆然としていたら、
夫に「なんで止めないんだ!」と言われたことがあって、
どうやって止めたらいいのか、わたしにはよくわからないことに気がついた。

大雨のなか、外に飛び出し、雨(滝のつもり)に打たれて、謎の修業をする子どもたち。

大雨のなか、外に飛び出し、雨(滝のつもり)に打たれて、謎の修業をする子どもたち。

いま書いたような、自分の家庭環境と現在の環境との違いを客観的に見たことは
実はこれまでほとんどなかった。

それよりも、子育てがしやすい環境づくりという「外」に意識が向いていた。
田舎で暮らし始めて、食の安全に目を向ける生産者さんから
食材を直接調達ができるようになったことに喜びを感じた。
通っている保育園や学校はどちらも少人数。親同士も顔の見える関係だし、
先生もひとりひとりと向き合うことができることがすばらしいと思った。

なにより、子どもが家で飛んだり跳ねたり騒いだりしても、
誰からも苦情がこないことに安堵した。
都会からの移住によって、もう子育ての環境は、
これ以上、望むことはないくらい整っていた。

家の前の倉庫がジャングルジム代わり。いつでもどこでものびのび遊べる。

家の前の倉庫がジャングルジム代わり。いつでもどこでものびのび遊べる。

鎌倉の看板食堂〈朝食屋コバカバ〉
店主・内堀敬介さんと考える、
これからの地域とのつながり方

鎌倉から考えるローカルの未来

長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。

年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。

東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。

その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。

そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。

鎌倉の人気食堂〈朝食屋コバカバ〉は、鎌倉駅東口を降りて歩くこと数分、鎌倉市農協連即売所、通称「レンバイ」のすぐそばにある。

鎌倉の人気食堂〈朝食屋コバカバ〉は、鎌倉駅東口を降りて歩くこと数分、鎌倉市農協連即売所、通称「レンバイ」のすぐそばにある。

鎌倉のまちのハブ的存在

自然とともに生きるオーガニックなライフスタイルを志向する人から、
せわしなく国内外を飛び回るIT企業のビジネスパーソンまで、
さまざまな人たちが暮らす鎌倉には、多様なコミュニティが形成されている。
これらが多層なレイヤーとなって折り重なっていることもこのまちの特徴だが、
長きにわたって、こうした人と人との出会い、
コミュニティ同士のつながりを育む媒介となってきた人物がいる。

鎌倉の目抜き通り、若宮大路沿いにある農産物直売所、通称「レンバイ」の並びで
2006年に〈食堂コバカバ〉を開いた内堀敬介さんがその人だ。

地域の人たちが親しみを込めて「ウッポン」と呼ぶ内堀さんは、
鎌倉の看板食堂の店主であると同時に、ミュージシャンとしての顔も持ち、
地元の飲食店やアーティストらが参加する「グリーンモーニング鎌倉」や、
まちのユニークな人たちを銭湯で引き合わせる交流会「クレイジー銭湯」など、
大小さまざまなつながりの場をつくってきた。

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、約1か月の営業自粛、短縮営業を経て、この7月からは通常の営業時間に近いかたちでお店を回し始めているコバカバの店主・内堀敬介さん。

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、約1か月の営業自粛、短縮営業を経て、この7月からは通常の営業時間に近いかたちでお店を回し始めているコバカバの店主・内堀敬介さん。

2015年には鎌倉界隈で暮らす人たちが集う俳句の会
「コバカバみんなの句会」を立ち上げ、
2017年にコバカバを「朝食屋」としてリニューアルするなど、
近年は季節や自然な時間の流れを感じる暮らしの提案をしてきた内堀さんだったが、
全世界で猛威を振るう新型コロナウイルスの影響によって、
他の飲食店の例に漏れず、コバカバも大きな打撃を受けることとなった。

コロナ禍において、図らずも多くの人たちが地域との関係性を見つめ直すことになり、
まちの店舗がこれからのあり方について再考することを余儀なくされているいま、
鎌倉のまちを誰よりも知り、愛してきた内堀さんは、何を思うのか。

これからの地域との関わり方、ローカルコミュニティのあり方について話し合うために、
営業再開後、間もないコバカバを訪ねた。

鎌倉〈朝食屋コバカバ〉看板

空間+まち+未来の視点で。
美濃加茂市と取り組む、
仕組みのリノベーション

ミユキデザイン vol.6

岐阜を拠点に建築、まちづくり、シェアアトリエの運営などの活動をする
〈ミユキデザイン〉末永三樹さんによる連載。
今回は、岐阜県美濃加茂市が舞台です。
新庁舎整備基本構想のプロポーザルを皮切りに、
川沿いの公園のプロデュース、里山にある施設のリノベーションなど、
自治体と一緒にチャレンジを重ねていく一連の動きを紹介します。

チャレンジを選ぶ自治体と協働すること

いよいよ最終回。ここまでを読み返してみると、
たくさんの出会いと試行錯誤があった8年間に目頭が熱くなります。

私たちが行政と仕事をするうえで、“いい感じ”の状態を言語化すると
「互いにチャレンジしている」です。
これを感じていないと、自分たちは空回りで、結果も出ない。
小さなことでもいいので、チャレンジを意識して仕事を組み立てています。

美濃加茂市に関わるきっかけは、2016年の新庁舎整備基本構想のプロポーザルでした。
事務所の実績や規模面から、対個人の仕事が多いなか、
「やっぱり公共建築にも関わりたいなあ」と
定期的にプロポーザルまとめサイトを眺めて、見つけた情報でした。

美濃加茂市の夜景。これもまた美しい。

美濃加茂市の夜景。これもまた美しい。

岐阜市から近いので土地勘もあったし、
「まちづくりに庁舎を生かす」というプロポーザルの仕様がユニークで、
提案できる幅が大きいこと、そしてなにより参加資格実績のハードルが低く、
自分たちも手を挙げられることが参加を後押ししました。

当時の市長は同世代で、まちの課題設定や政策など共感する部分が多く、
そんな首長がいる自治体なら、自分たちでも勝てるかもしれない、
そんな淡い期待を持ちながら真剣に取り組みました。

会社員時代から、建築系プロポーザルには何度もチャレンジしてきましたが、
このプレゼンテーションはいまでも鮮明な記憶として残っています。
私たちはまちの見立てを強いメッセージで伝え、
審査側も「なぜ?」「それは本当にできるの?」と鋭い質問を投げかけてくる。
委託業者じゃなくて、「人」を見て、一緒にプロジェクトを進める
チームメンバーになれそうかを判断しているのだと感じました。

そして結果的に、名もない私たちがパートナーとして選定され、
自分たちも本当にびっくりしました。

公共事業において、コンサルティング業務は、設計業務の上流にあります。
物事の考え方や方向性を決めるいわば根幹に近い部分です。
そこに踏み込むことは私たちが目指していたことであり、
とても大きな意味を持つことでした。

美濃加茂市中之島公園で仲間と夕日を見ながら。

美濃加茂市中之島公園で仲間と夕日を見ながら。

都市とローカルの新たな関係。
〈eatrip soil〉で野村友里さんが
試みていること

野村友里さんが教える、ローカルのおいしいもの vol.3

いまこんなときだからこそ、地域のおいしいものをお取り寄せしたい。
〈eatrip〉など多彩な活動で知られ、全国のおいしいものを知り尽くした
料理人・野村友里さんに、家での食事を楽しく、
豊かにしてくれるものを教えてもらいました。

野村さんセレクトのおいしい食セットを
インタビューとともに紹介する3回シリーズの最終回です。

第1回第2回はこちら。

都市と地方の新しい関係性を探る場に

レストラン〈eatrip〉を拠点に、地方の役割や都市との関係について考え、
さまざまな挑戦を続けてきた野村友里さん。
2020年1月には、“SHOP&THINK”をコンセプトにした新しい商業施設
〈GYRE〉4階〈GYRE. FOOD〉内にグロサリーショップ〈eatrip soil〉を開き、
これまで関係性を築いてきた日本全国の生産者のプロダクトを紹介しながら、
「土のある暮らし」とつながる都市のあり方を模索している。

「都心の空中階にある小さな庭に、できることは限られている。
でも、この場所だからこそできることがあると信じてもいるんですよね」

野村さんは、東日本大震災以降、都市と地方の関係は、段階的に変化しているという。

「いまや生産者も、自ら情報を発信できる時代に。
地方だからこそ、生産者だからこそできる情報や価値の発信、提案に
皆が注目し始めていますよね。東京を経由せずとも、
必要な情報は必要な人のところに届き、都市を介さず地方と地方の結びつきが生まれる。
正確にいえば、人と人との結びつき、ということになるのでしょうか。
地方=産地、都市=消費地という二極化も意味をなさなくなりつつあります」

シンプルなバニラクッキーや和魂洋才の焼き菓子〈和心缶〉は、店頭に並ぶや売り切れてしまう大人気商品。

シンプルなバニラクッキーや和魂洋才の焼き菓子〈和心缶〉は、店頭に並ぶや売り切れてしまう大人気商品。

震災を機に世の中は大きく変わり、
大量生産、大量消費、さまざまな機能の都市への一極集中化など、
高度成長期以降、良しとされてきた価値が見直されつつある。
新型コロナウイルスのパンデミックは、その流れをますます後押しするはずだ。
野村さんは、次のように続ける。

「誰もが大変な経験をしたけれど、いまほどいろんなことを考えるのにいい機会はない。
生きることにとって本当に大切なことは何なのか。
何もかもがうまくいっているときは、
その流れに乗ってさえいれば迷う必要が生じないですから」

野村さんの味の原点ともいえる母・野村紘子さんのレシピ本や自身の著作に加え、食、農、環境などさまざまなジャンルの書籍も紹介。

野村さんの味の原点ともいえる母・野村紘子さんのレシピ本や自身の著作に加え、食、農、環境などさまざまなジャンルの書籍も紹介。

小豆島に移住して農業8年目、
夏のトウモロコシ収穫!

農業を始めて8年目、畑の広さは20倍以上に!

小豆島に移住して8回目の夏を迎えようとしています。
風景のなかの緑は濃さを増し、汗だくで作業する日が増え、
あー、今年もまた夏がやって来るなと感じます。

田んぼ越しに眺める我が家。山と田んぼの緑が美しい季節。

田んぼ越しに眺める我が家。山と田んぼの緑が美しい季節。

ピーマンの成長具合を確認。夏野菜たちがどんどん大きくなっていきます。

ピーマンの成長具合を確認。夏野菜たちがどんどん大きくなっていきます。

私たち〈HOMEMAKERS〉は小豆島で暮らし始めてすぐに畑仕事を始めました。
最初は、おじいちゃんが残してくれた家のすぐ隣にある広さ3畝(せ) ほどの畑から。

ちなみに、畑の広さについてちょっと書いておくと、
私たちは田んぼや畑の広さを話すときに、
「畝(せ)」、「反(たん)」、「町(ちょう)」という単位を使うのですが、

1畝=1a(1アール)10メートル×10メートル=100平米

1反=10a(10アール)1000平米

1町=1ha(1ヘクタール)100メートル×100メートル=10000平米

です。

8年前、3畝(3アール)からスタートした畑は少しずつ広がっていき、
いまは野菜、果樹の栽培あわせて7反(70アール)ほどになりました。
私たちが暮らしている小豆島・肥土山(ひとやま)は山に囲まれた盆地で、
平野部分が少なく、ひとつひとつの畑はとても小さいです。

段々畑の上から撮影。段々畑って風景としては美しいけれど、管理するのはほんとに大変。

段々畑の上から撮影。段々畑って風景としては美しいけれど、管理するのはほんとに大変。

斜面になっている畑や段々畑もあり、農業を本格的にするには
けっこう厳しい条件だったりします。
斜面だとトラクターを運転するのも危険が伴うし、
段々畑だと段になってる石垣の手入れも必要です。
平地の広い畑のほうが、手入れも圧倒的に楽で、農作業の効率がいいんですよね。

でも、昔から地域の人たちが小さな畑や田んぼで
自分たちが食べる米や野菜を育ててきた里山の風景はとても美しくて
私は好きだし、守っていきたいなと思っています。

それまでの畑の主の高齢化などによって使われなくなった畑を少しずつ借りていき、
家から軽トラで3分くらいの範囲にある14か所の畑で
1年を通していろいろな野菜を育てています。

6月頃の〈HOMEMAKERS〉の旬野菜セット。そのとき一番おいしい9品ほどの野菜をお届けします。

6月頃の〈HOMEMAKERS〉の旬野菜セット。そのとき一番おいしい9品ほどの野菜をお届けします。

〈スノーピーク〉の若きリーダー・
山井梨沙さんが描く未来とは。
『FIELDWORK─野生と共生─』
出版記念インタビュー

撮影:ただ(ゆかい)

アウトドアメーカー〈スノーピーク〉の3代目社長である
山井梨沙さんの初の著書『FIELDWORK─野生と共生─』が、7月16日に発売される。
自然のなかで独自の感性を培ってきた山井さんが、いま伝えたいこととは。

人間が「野生」を取り戻すために

2020年3月末、大手アウトドアメーカー〈スノーピーク〉の社長に、
山井梨沙さんが弱冠32歳で就任したニュースは、世間を驚かせた。
同社創業者の幸雄さんを祖父に、2代目社長(現会長)の太さんを父に持つ
3代目にあたる山井さんは、2012年の入社以来、
アパレル事業を立ち上げるなど数々の新事業を展開していく。

その根底にある理念は、自然と人間との接点を持つことを通して、
「野生」と「人間性」を取り戻すこと。
原点には幼い頃から親しんだキャンプの経験があるのだと、山井さんは語る。

「いまでも4月~10月までのオンシーズンはほぼ毎週のようにキャンプしています。
スノーピークのキャンプイベントや
お取引先様とのキャンプミーティングも多いのですが、
プライベートでは東京のファッション業界のお友だちを連れて行くこともあります。

最初はみんな『虫がイヤ』『汚れる』ってすごく躊躇するんですけど、
やっているうちにだんだん積極的になる。
外の気温や風や鳥の鳴き声を感じたり、焚火を囲んでコミュニケーションしたりすると、
都市生活で使っていない野生の感覚が、誰でも呼び起こされるんですよね」

コロナで気づいた「可能性」

もちろん、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため
緊急事態宣言が発令されていた時期は、外出すらままならなかった。
しかし山井さんはこの間、東京でほとんど人と会わないまま
リモートワークを続けながらも、大きな気づきを得られたという。

「テクノロジー、特にオンラインで人と人がつながれることに
とても可能性を感じました。例えばinstagramでヴァーチャル焚火イベントなど、
週に約10コンテンツをライブ配信したら、最大で約1万人が見てくれたり、
オンラインストアにチャットの接客サービスを導入したら、
EC売り上げの8割を占めるほどに新規のお客さんが増えたり。
なにより、外出ができない状況で、みんな自然に対する欲求が
すごく高まっていることを実感しました」

実際に、SNSでつながった新規ユーザーからは、
「これを機に、コロナ明けはキャンプに行きたい!」
という声がとても多く寄せられたという。
確かに、当たり前のことがそうではなくなったとき、
いままで外に出て何かを体験することが日常的にどれほど大切なことだったか、
痛感した人は少なくないのではないだろうか。

「文明や都市によって、人間と自然は切り離され、遠ざけられていますが、
人と自然が結びつくことや、自然のなかで人と人がつながることは、
本来あるべき姿であり、人間にとって必要なことです。
コロナの影響で暮らし方や働き方を見つめ直す人が増え、
『東京じゃないと働けない/住めない』という価値観ではなくなったと思うんです。
だからこれからも、都市だけでなく
自然で過ごすことも必要だという提案をしていきたい」

山井さんは「その土地を着る」ことをコンセプトにしたプロジェクト〈LOCAL WEAR〉を立ち上げた。

山井さんは「その土地を着る」ことをコンセプトにしたプロジェクト〈LOCAL WEAR〉を立ち上げた。

暮らしは? 家庭は? 
新型コロナで考えたこと。
移住者たちのZoomトーク・後編

撮影:三村ひかり

小豆島で暮らし「小豆島日記」を連載中の三村ひかりさん。
岩見沢市の美流渡(みると)地区で暮らし
「うちへおいでよ! みんなでつくるエコビレッジ」を連載中の來嶋路子さん。
伊豆下田で暮らし「暮らしを考える旅 わが家の移住について」
夫と連載中の津留崎徹花さん。

コロカルで連載する移住者3人が、初めてZoomでつながり、
新型コロナウイルスで揺れるそれぞれの思いや暮らしについて語った
クロストークの後編です。
前編はこちらから

いまの暮らし、実はそんなに変わってない…?

徹花: 今回のことで生活が激変したかというと、
わが家は比較的大きな変化がないかもしれない。
そもそも移住してから生活費があまりかかってないし、
夫は通常どおり仕事をしているので。

私も移住する前は東京で毎日のように撮影してたけど、
最近は東京の仕事は月に1、2回。
移住前に比べると収入は4分の1くらいに減っているけれど、
そんな生活スタイルだったので、激減とか激変という感じでもなく。

三村: そうか。でも暮らせてるしね。

徹花: 震災を機に暮らし方を変えたくて下田に移住したけど、
今回のことがあって、移住してよかったと思った。
東京にいて、ずっと先まで仕事の予定が入っていて、
そんななか急に学校が休みになりました、なんていうことになったら
夫と喧嘩になってたかもしれない。
今日は外せない現場だとか、こっちだって撮影だよ! とか、
ぜったいそんなことになってた(笑)。

いまはこれだけ周りに自然があって人混みもなくて、
仕事も詰め込んでいないから、気持ち的にすごく楽。

自宅のすぐ近くには海が。人もいなくて遊ぶこともできる。(撮影:津留崎鎮生)

自宅のすぐ近くには海が。人もいなくて遊ぶこともできる。(撮影:津留崎鎮生)

來嶋: ほんとにそう思う。自然に助けられました。あと北海道は場所が広いから、
もともとソーシャルディスタンスだったことに気づきました(笑)。
うちの子の小学校ももともと少人数制だから、机の配置はほとんど変わってないです。
道を歩いていても、ほとんど人にも会いませんし、
公園にもひとりも子どもがいないなんてことも当たり前です。

近くの山に入って山菜採りに熱中したという來嶋さん。山を歩いているあいだはコロナの恐怖感が薄まっていったという。(撮影:來嶋路子)

近くの山に入って山菜採りに熱中したという來嶋さん。山を歩いているあいだはコロナの恐怖感が薄まっていったという。(撮影:來嶋路子)

三村: 震災で移住した人が増えたなら、今回もまた増えたりするのかな。

徹花: 増えると思う。下田はけっこう別荘の問い合わせが増えてるみたい。
東京の人たちが別荘として使うのか移住するのかわからないけど。

三村: 小豆島はまだあまりそんな話は聞かないな。でも移住者は増えるかもね。

小豆島で農業とカフェを営む〈HOMEMAKERS〉の三村ひかりさん。

小豆島で農業とカフェを営む〈HOMEMAKERS〉の三村ひかりさん。

コロナ禍であっても、
穏やかに未来をつくる
美流渡の移住者たちの暮らしぶり

コツコツ積み重ねてきたものが、いま花開いて

私の住む人口400人の集落・美流渡(みると)地区は、
コロナ禍であってもなくても、いつもと変わらぬ時を刻んでいるように思える。
北国が遅い春を迎えると田植えシーズンとなり、
農家のみなさんは忙しそうに車を走らせている。
朝、散歩しているご近所さんもいるし、のどかな山あいの風景はあいかわらず美しい。

では、私と同じようにこの地に移住した仲間たちは、
コロナ禍をどう過ごしていたのだろう? 
緊急事態宣言中は、訪ねるのをちょっと遠慮していたが、
6月下旬、少しずつ人の行き来が増えつつある時期に、
みなさんのもとを巡ってみることにした。

向かった先は、美流渡から車で5分ほど山あいに入った上美流渡地区。
このエリアでは、この春から新しい動きが起こっている。

そのひとつは森のパン屋〈ミルトコッペ〉。
薪窯で焼き上げた香ばしいコッペパンは、お昼には売り切れてしまう人気のお店。

パン屋を営む中川さん夫妻が、札幌から移住したのは22年前。
以来、集会所として使っていた古家でパン屋を開いてきたが、
主人の中川達也さんが10年前からコツコツつくり続けてきた工房がようやく完成し、
新店舗にて6月3日からオープンとなった。

冬期は休業で、普段なら4月中旬に営業を始めていたが、コロナ禍だったことに加え、
新しい窯でいつもの味を再現するための十分な研究の時間を取りたいと、
いつもより2か月遅れのスタートとなった。

〈ミルトコッペ〉の新店舗。屋根は業者さんに依頼。できる部分は達也さんが少しずつつくっていった。札幌軟石を手で積み上げていったそうで、苦労がしのばれる。

〈ミルトコッペ〉の新店舗。屋根は業者さんに依頼。できる部分は達也さんが少しずつつくっていった。札幌軟石を手で積み上げていったそうで、苦労がしのばれる。

店内は温かな雰囲気。窓の奥には手製のパン焼き窯が見える。

店内は温かな雰囲気。窓の奥には手製のパン焼き窯が見える。

ミルトコッペから歩いて300メートルほど行くと、中川夫妻が住む〈森の山荘〉がある。
山荘では、妻の中川文江さんが出迎えてくれた。

文江さんはパン屋の女将であり、リンパ液の流れを活性化する施術
「リンパドレナージュ」のセラピストとしても活動している。
普段であれば、ひと月のうち10日ほど東京で施術をし、
いつも予約でいっぱいなのだが、外出自粛要請を受けてからは
東京との行き来をストップさせていた。

思いがけず時間ができたことで、文江さんは新しいことをふたつ始めたという。
ひとつは野菜づくり。根っこつきのネギを友人からもらい、
土に植えたら育つかなと思ったのがきっかけという。
クワで固い土を掘り起こし、ブロッコリーやレタスなど
さまざまな野菜を配置した小さな畑が誕生した。

「このあたりは鹿がくるから、木の枝を畑の周りに差してみたの」とうれしそう。
柵の形はハート型。なんとも文江さんらしい畑だなあと思った。

いろんな種類の野菜が並ぶ、ハート型の畑。

いろんな種類の野菜が並ぶ、ハート型の畑。

そしてもうひとつは薪割り。
昨年、薪ストーブを山荘に設置し、薪となる木材を
友人たちと手分けして、山から運んでいた文江さん。
還暦のお祝いにご主人に斧を買ってもらったそうで、
コロナ禍ではせっせと薪割りに励んだという(!)。

薪割りは全身運動。私などは、斧を持つだけでフラフラしてしまうのに、
文江さんのわき出るようなパワーに圧倒された。

斧を持ってマスク姿で微笑む文江さん。会うと必ず元気がもらえる。

斧を持ってマスク姿で微笑む文江さん。会うと必ず元気がもらえる。

都会の中にある畑〈eatrip soil〉
野村友里さんがつくる
「考えるショップ」

野村友里さんが教える、ローカルのおいしいもの vol.2

いまこんなときだからこそ、地域のおいしいものをお取り寄せしたい。
〈eatrip〉など多彩な活動で知られ、全国のおいしいものを知り尽くした
料理人・野村友里さんに、家での食事を楽しく、
豊かにしてくれるものを教えてもらいました。

野村さんセレクトのおいしい食セットを
インタビューとともに紹介する3回シリーズです。

第1回はこちら。

“最先端”の価値を更新する「考えるショップ」

2020年1月にグランドオープンした表参道〈GYRE〉4階、
〈GYRE.FOOD〉内にあるグロサリーショップ〈eatrip soil〉。
「soil(土)」を店名に冠し「都会の真ん中で、土に触れられる場所」を
コンセプトにした店は、原宿のレストラン〈eatrip〉に並び、
現在の野村友里さんの大切な活動拠点になっている。

「商業施設の中に店を持つとは、夢にも思いませんでした。
eatripのようにもとからそこにある建物を、どう生かそうかという空間、
場所づくりならアイデアが次々と湧くのですが。
経営面でもハードルは高く、積極的な気持ちになれずにいたのですが、
担当者から新しいビルのコンセプトを聞き、気持ちが動きました」

新しいGYRE.FOODは「文化を発信する」という
強い意志をもってつくられた施設だという。
コンセプトは「SHOP&THINK」。

「eatripという恵まれた場所で店を8年続けてきて、
都市にももっと土に触れられる場所が必要だと強く思うようになりました。
かつて表参道といえば最先端のもの、ゴージャスなものの象徴のようなまちでしたが、
果たしてこれからもそのままでいいのか。
いや、いま発信するべき最先端とは何なのかを私なりに考え続けてきて。
理解ある担当者と話し合いを重ね、建築家の田根剛さんと一緒に
この場所をつくることになったのです」

色とりどりの野菜は、東京・青梅の〈Ome Farm〉から。朝、採れたてのものが届く。

色とりどりの野菜は、東京・青梅の〈Ome Farm〉から。朝、採れたてのものが届く。

コロナ禍、どうしてた? 
美流渡、下田、小豆島。
移住者たちのZoomトーク・前編

小豆島で暮らし「小豆島日記」を連載中の三村ひかりさん。
岩見沢市の美流渡(みると)地区で暮らし
「うちへおいでよ! みんなでつくるエコビレッジ」を連載中の來嶋路子さん。
伊豆下田で暮らし「暮らしを考える旅 わが家の移住について」
夫と連載中の津留崎徹花さん。

コロカルで連載する移住者3人が、初めてZoomでつながり、
新型コロナウイルスで揺れるそれぞれの思いや暮らしについて、
クロストークを繰り広げました。前後編でお届けします!

観光のまちで暮らすということ

徹花: 今回、下田が観光地なんだなということをあらためて感じて。
観光地ならではの、複雑な状況を初めて知りました。
もうすでに外から来る人が増え始めていて、
海水浴場を開けるか開けないかということひとつにしても、
地元同士でも人によって意識が違うので、すごく複雑。

三村: わかる、わかる。小豆島って観光地なんだなってあらためて感じました。
観光地だけど、私たちにとっては暮らす場所。
でも観光の人が来ないって、こういうことなんだって、
すごく依存してるんだって強く感じました。
ホテルだけじゃなくて、飲食店もお土産を製造している生産者もみんな影響受けてる。
下田は、ホテルは?

徹花: ホテルは開き始めたかな。
でも大きなホテルと個人経営のところと、規模によって違ったり。
まちのお魚屋さんにしても、宿に卸してたから、宿が閉まると立ち行かないとか、
こんな商売の人も観光で成り立ってたんだ、とか。
あらためてそういう影響を感じてます。

來嶋: そうなんですね。
こっちもけっこう観光地だと思ってたけど、おふたりの話を聞いたら
観光客で経済が成り立っているわけではないことがわかりました(笑)。
美流渡にあるゲストハウスはお客さんが来なくて困ってるところもあるけど、
彼らはほかに農家のバイトをしたり、みんななんとか暮らしてますね。
飲食店はもともと3つしかないし。カレー屋さんは営業を始めて、
〈ミルトコッペ〉という人気のパン屋さんも数日前に開きました。

天然酵母を使い、薪窯で焼き上げた〈ミルトコッペ〉のパンは人気で、昼前に売り切れてしまうことも。(撮影:津留崎徹花)

天然酵母を使い、薪窯で焼き上げた〈ミルトコッペ〉のパンは人気で、昼前に売り切れてしまうことも。(撮影:津留崎徹花)

三村: こういう観光地だと、経済が連鎖して回ってるんですよね。
そのなかに私たちも入ってるんだということが今回わかりました。
私たちは農業をして、野菜を出荷して、カフェを経営してるけど、
いまはカフェはお休み中。あとシロップなど加工品をつくってます。
でも業務用の注文は、4、5月はほぼゼロ。
5月末くらいから少しずつ戻ってきてるかな。

徹花: オンラインストアもリニューアルしたしね。

三村: そうなの、偶然そのタイミングで。
応援してくれる人がたくさんいて本当にありがたい。カフェをお休みしてるから、
オンラインで個人のお客さんと直接つながってる強さをすごく感じました。

〈HOMEMAKERS〉の商品だけでなく、小豆島の生産者のものも販売するオンラインストア。(撮影:三村ひかり)

〈HOMEMAKERS〉の商品だけでなく、小豆島の生産者のものも販売するオンラインストア。(撮影:三村ひかり)

徹花: 私は干物が好きで、いろんな干物屋さんに出入りしてるんだけど、
インターネットで販売システムをつくってる干物屋さんは実はいますごく忙しい。
逆に、そういうことをやってこなかったお店は、
クレジット決済もないし、もちろんインターネット販売もしてない。
いままで卸と、買いにきてくれるお客さんだけで成り立ってたから。
そういうところは厳しいですよね。
それで、そういう小さいお店を応援するSNSを立ち上げたんだけど。

徹花さんお気に入りの干物屋さんのひとつ〈山田ひもの店〉。徹花さんは下田の生産者や商店と都市部の人をつなげるSNS「伊豆下田、海と山と。」を立ち上げた。(撮影:津留崎徹花)

徹花さんお気に入りの干物屋さんのひとつ〈山田ひもの店〉。徹花さんは下田の生産者や商店と都市部の人をつなげるSNS「伊豆下田、海と山と。」を立ち上げた。(撮影:津留崎徹花)

三村: この先どうなるかまだわからないですよね。
小豆島観光協会としては、本格的にウェルカムモードになるのは7月20日くらいかな。
でも今年は夏休みも少ないからファミリーがどれくらいくるか。
秋からまた閉めると決めてるホテルもあるみたい。
このままホテルがつぶれたりしたらどうしようと思うけど、
そこまで切実なムードが漂ってるわけでもないかな。

徹花: 切実なムード、漂ってない? 下田は結構漂ってるよ。
個人経営の小さな規模の宿も6月になってオープンし始めたけど、
お客さんに来てほしいという思いと、
来てもらうとそれはそれで難しい面もあるみたいで。
地元の人たちの目が気になったり、チェックアウトしたあとの部屋を
どこまで消毒したらいいのかとか……。すごく苦労してる。

三村: 小豆島はそこまで切実さが漂ってる感じはしないけど、
いままでと違うやり方にしていかないとね。
島の中にはいろいろな飲食店があるけど、島の中の人と、
外から来る人のお客さんの割合って店によって全然違うし、
でも外からのお客さんはやっぱり多いから。
瀬戸内国際芸術祭の影響で台湾からのお客さんもすごく多かったし。
高松に直行便があるからそこから直島や豊島にアートの旅に行ったりね。

來嶋: コロナ禍前に、美流渡のゲストハウスに泊まったオランダ人の、
次の行き先が直島だったんです。美流渡から直島って、
そういう感覚なんだーって、おもしろいなと思いました。

岩見沢市の山間地、美流渡に移住した來嶋路子さんは編集者。東京の仕事をしながら、〈森の出版社ミチクル〉として自分の出版活動も。

岩見沢市の山間地、美流渡地区に移住した來嶋路子さんは編集者。東京の仕事をしながら、〈森の出版社ミチクル〉として自分の出版活動も。

建築家が事業運営にチャレンジ。
〈西日暮里のシェアハウス〉

撮影:千葉正人

勝亦丸山建築計画 vol.5

静岡・東京の2拠点で、建築設計、自治体や大学との取り組み、
都内のシェアハウスの運営などの活動をする
〈勝亦丸山建築計画〉の勝亦優祐さんの連載です。
今回は自ら場の運営も手がける西日暮里のシェアハウスと
その界隈をテーマにお届けします。

2拠点化を目指し、東京に拠点をつくる。UターンからO(オー)ループへ

東京に住んでいた頃は、東京以外で生きていくイメージができなかった。
しかし起業当時の僕にとって、東京はコストが高く、自由度がなく、
すでに多くの先輩たちによるすばらしい取り組みが行われていた。

一方で、地方には無数の課題や満たされないニーズがある。
自分の能力やモチベーションを使って、それらに取り組んでみようとUターンを決めた。

都内での設計の依頼が増えてきたのに伴い、
都内に住む丸山裕貴と仕事をするうえで東京に拠点が必要になった。
僕らはただ事務所を借りるのではおもしろくないので、戸建住宅をリノベーションして
「賃貸住宅+ワークスペース+滞在場所」を複合一体化したような拠点を企画した。

富士と東京駅は新幹線、東海道本線、高速バス、東名高速道路、新東名高速道路で結ばれている。

富士と東京駅は新幹線、東海道本線、高速バス、東名高速道路、新東名高速道路で結ばれている。

物件の狙いは富士からのアクセスのいい場所で、何種類かの交通で結ばれているエリア。
東京駅から20分圏内で、建築的な問題解決が求められる
古い建築が多いエリアで絞り込むと、
東京北東部の木造住宅密集地域が浮かび上がってきた。

東京都には築古の木造住宅密集地域が多く存在しており、地震や火災時の危険性など、建築的な課題が多いと言われている。

東京都には築古の木造住宅密集地域が多く存在しており、地震や火災時の危険性など、建築的な課題が多いと言われている。

さらに、地方と都市それぞれにコミュニティを育む「界隈性」つくり、
ネットワーキングして行ったり来たり循環するイメージで、
Uターンならぬ、O(オー)ループをつくることを思い描いている。

例えば、富士から東京への目線では、東京に拠点があれば訪れやすくなるし、
東京の大学に通う場合も、富士とのつながりを断絶することがなくなる。
就活では、きっとたくさんのキャリアパスが見えるだろう。
都内で就職しながら、月の半分は富士でテレワーク。
僕のように起業をして自由に行き来するなど、いろんな生き方が可能になる。

東京から富士の目線では、たとえ縁がなくとも、
富士にはアウトドアのスポットや、小さな町工場がたくさんある。
これらを楽しむにはきっと想像力が必要だが、
誰かに用意されたサービスでは満足できない人を僕はたくさん知っている。

そのような人々の窓口に僕はなれたらいいと思っている。
都内に比べたら圧倒的に地価が安く、行政サービスは安定しているので、
2拠点生活の軸足を置くにはおすすめだ。

富士東京ネットワーク図。

富士東京ネットワーク図。

〈HOMEMAKERS〉の梅仕事!
梅干しとスパイシー梅シロップのレシピ

コロナ禍できちんとできた、今年の梅仕事

6月もあっという間に後半。
梅雨真っ只中の小豆島ですが、あー、この湿度の季節がきたなと
ジメジメ具合にちょっとげんなりしたりしながら過ごしています。

さて6月といえば、梅の季節。
たったいま20キロの梅干し仕込みを完了! その勢いでいま書いてます(笑)。
外は雨。いい雨の日です。

今年は20キロ梅干しを仕込みました。約600個。おいしくできますように。

今年は20キロ梅干しを仕込みました。約600個。おいしくできますように。

ひと粒ひと粒、丁寧に塩とあわせて樽に詰め込みます。

ひと粒ひと粒、丁寧に塩とあわせて樽に詰め込みます。

私たちが小豆島に移住してきたばかりの頃は、
ジャムをつくったり、シロップをつくったり、それこそ梅干しを漬けたり、
そういう季節の手仕事をするのがとても楽しくて、いろいろつくっていました。

移住して8年、だんだんと〈HOMEMAKERS〉の事業の規模が大きくなり、
農作業にカフェの営業、商品の発送作業など、
やらなければいけないことが増えてきてしまい、
気づけば季節の手仕事を楽しむ時間が減ってしまっていました。

あー、なんかそれって嫌だなぁと思っていたのが昨年の冬。
あらためてそういう時間を大切にしたいと感じていました。

そんな折にやってきたのがコロナ禍。
いいのか悪いのか、いつもより自由な時間が増えたおかげで、
今年は梅仕事をちゃんとできました。

小豆島の隣にある豊島(てしま)の塩屋さん〈てしま天日塩ファーム〉の天日塩でつけました。

小豆島の隣にある豊島(てしま)の塩屋さん〈てしま天日塩ファーム〉の天日塩でつけました。

太陽と風の力でじっくりと時間をかけてつくられた天日塩。地元の梅と塩でつくる贅沢梅干しです。

太陽と風の力でじっくりと時間をかけてつくられた天日塩。地元の梅と塩でつくる贅沢梅干しです。

梅の収穫は5月末から始めるのですが、今年は本当に梅が少なかった。
大きな梅の木でも、数えられるくらいしか実がついていなかったり。
私たちだけじゃなくて、どうやら日本各地の梅の産地でも少なかったみたいで、
「暖冬で開花が早くなり花が不完全だったことに加え、
受粉を助けるミツバチなどの虫が飛ぶのが少なかったことなどが要因とされる」
と書かれていました(参照元)。

いままで当たり前のように収穫できていた梅も、
温暖化によってちゃんと実がつかないかもしれないとなると、
ひと粒でも無駄にできないなと思いながら、大切に梅干しにしました。

今年は梅がほんとに少なくて、収穫もひと苦労。

今年は梅がほんとに少なくて、収穫もひと苦労。

大きな梅の木に登って収穫しても、採れた量はわずか。貴重な梅たち。

大きな梅の木に登って収穫しても、採れた量はわずか。貴重な梅たち。

コロナ禍で気づいた
山の植物たちをいただく喜び

全身の細胞が沸き立つような感覚

この春、わたしは何かに取り憑かれたように山菜を食べまくった。
今冬は雪が少なく、3月末にふきのとうが顔を出した。

北海道に移住して、何よりうれしいのは
長く閉ざされた冬がようやく終わるという合図だ。
薄黄緑のふきのとうが雪の間からポツポツと顔を出すと、
世界は急にスイッチが入ったかのようにうごめき出す。

すべての動植物が活動を開始。
人間も同じで、農家のみなさんはもちろんのこと、会社員でさえも、
家のまわりの整備や除雪道具の片づけなどで、忙しく動き回る日々がやってくる。

ふきの蕾がふきのとう。あっという間に大きくなる。

ふきの蕾がふきのとう。あっという間に大きくなる。

ふきのとうは、山だけでなく、道路脇や庭にも顔を出す。
道民にとっては“雑草”のような存在と言えるかもしれない。
わたしとしては、ちょっと贅沢な日本料理店で食べたという経験しかなかったので、
春の珍味がそこかしこに生えていることに興奮したのだが、
同時にほとんどの人がそれを食べないことが不思議でならなかった
(フキはよく食べるが、その蕾であるふきのとうはそれほど食べない)。

仕事場の裏には山があり、田んぼも広がる。原稿に煮詰まったらとにかく散歩!

仕事場の裏には山があり、田んぼも広がる。原稿に煮詰まったらとにかく散歩!

ふきのとうは贅沢(?)という擦り込みがあるからなのか、
道端で見つけると「食べたい!」という欲求がフツフツとわいてくる。
やっぱり一番おいしいのは天ぷらなのだが、
揚げ物はわたしにとってはハードルが高い料理のため、二の足を踏んでいた。

そんななか、昨年から借りている仕事場のお隣さん、陶芸家のこむろしずかさんが、
お昼ごはんのお供にサッと天ぷらをつくってくれたことがあった。

庭の周りにもたくさん生えているふきのとう。10分くらいでお皿いっぱいとれる。

庭の周りにもたくさん生えているふきのとう。10分くらいでお皿いっぱいとれる。

ひと口食べて、全身の細胞が沸き立つような感覚があった。
東京にいたときはほとんど感じなかったのだが、
雪に閉ざされたなかでの暮らしは、体の代謝もゆっくりとなり、
いろいろ老廃物がたまっているような状態になっているのではないかと思う。
ふきのとうのほんのりとした苦みは、冬眠明けの動物と同じように、
体を冬から春へと目覚めさせる、そんな効果があるのだろう。

ふきのとうの天ぷらを食べたその日から、山菜採りが日課になってしまった。
家から仕事場まで徒歩10分。
畑や民家がポツポツある道路脇の植物たちに目を凝らし、
食べられるモノがないか探すようになった。
また、仕事場の裏は100メートルも行けば森の入口。
少し足を延ばして、笹薮の中の細い道に分け入ったりするようにもなった。

仕事場の近くに生えている明日葉!?

仕事場の近くに生えている明日葉!?

ふきのとうの次に見つけたのは“明日葉”。
今日摘んでも明日には新しい芽が出ることから、この名がついた山菜で、
裏山にたくさん生えていたのだった。
これを採ってきて、またまたこむろさんに胡麻和えをつくってもらった。
苦みと胡麻の香りがミックスされて、これもおいしい。
やはり体が求めている味だとうなずいた。

……ただ、このとき明日葉だと思い込んでいたこの植物は、
実は違う種類だったことが、その後、購入した山菜図鑑でわかった。

明日葉は温暖な地域に生える植物で、北海道で育てるのは難しいらしく、
実は、エゾニュウという植物だった。これにはヒヤッとした。
毎年山菜採りをしている人でさえ、間違えて毒草を食べてしまうことがある。
中には猛毒のものもあるので、よくよく注意しなければならないと思う出来事だった。

明日葉ではなくエゾニュウをおひたしに。右はエゾエンゴグサという青い花の酢醤油あえ。

明日葉ではなくエゾニュウをおひたしに。右はエゾエンゴグサという青い花の酢醤油あえ。

空き家から市民公園まで。
各務原市と取り組むリノベーション事業

ミユキデザイン vol.5

岐阜を拠点に建築、まちづくり、シェアアトリエの運営などの活動をする
〈ミユキデザイン〉末永三樹さんによる連載です。

初めてのプロポーザルから新たな展開へ

2016年、岐阜市を拠点に空きビル再生を手がけ、
エリアが変わっている手応えを感じ始めていた頃、
隣町である各務原(かかみがはら)市が「DIY型空き家リノベーション事業」を行う
事業者を公募しているという情報が入りました。

各務原市は、岐阜市から車で約30分の距離にあり、
航空自衛隊基地があることで全国的に知られたまちです。
今年で12年目を迎える東海エリア屈指の音楽フェス
〈OUR FAVORITE THINGS〉(OFT)を市役所が主催していることもあり、
おもしろそうな自治体だと注目していました
(今年のOFTは新型コロナウイルスのため中止だそうです、残念!)。

岐阜を代表する音楽フェス〈OUR FAVORITE THINGS〉。

岐阜を代表する音楽フェス〈OUR FAVORITE THINGS〉。

「DIY型空き家リノベーション事業」とは、
DIYリノベによる空き家の流通促進と
「生活にこだわりのある若い世帯」の移住定住促進を目的としたもの。
「空き家を手放すつもりはないけど、活用したい」というオーナー(大家さん)と、
「住宅を購入する気はないけれど、DIYをして自分らしい暮らしをしたい」
という借主のマッチングです。

1年間の事業で、市内の空き家調査とオーナーへのヒアリング、
賃貸で空き家を活用するスキームをつくり上げること、
さらにそのスキームを使って1棟以上に借り手をつけ、
一緒にDIYリノベーションを行って住み始めるようにする、
という結果を求められていました。

ターゲットの設定や企画内容がおもしろかったし、
岐阜界隈でこの事業ができるのは自分たちじゃないかと思い、手を挙げたところ当選。
事務所を立ち上げてから5年目、初めてプロポーザルで
行政と仕事をするチャンスをつかみました。

都市と産地とをつなげる。
〈eatrip〉野村友里さんの
新たなステージとは?

野村友里さんが教える、ローカルのおいしいもの vol.1

いまこんなときだからこそ、地域のおいしいものをお取り寄せしたい。
〈eatrip〉など多彩な活動で知られ、全国のおいしいものを知り尽くした
料理人・野村友里さんに、家での食事を楽しく、
豊かにしてくれるものを教えてもらいました。

野村さんセレクトのお取り寄せセットを
インタビューとともに紹介する3回シリーズです。

都会の真ん中に、土に触れられる場所をつくる

5月某日。表参道〈GYRE〉4階にある〈eatrip soil〉に野村友里さんを訪ねると、
夏のような陽射しが照りつけるベランダの小さな庭から
「こっち、こっち」と、手招きして出迎えてくれた。

都会の真ん中の、ビルの4階に庭があるなんて。
不思議な気持ちで外に出てみると、ミントにローズマリー、
セージなどのハーブがわさわさと茂っていて、
アーティーチョークやレモンもいきいきとした様子。庭というよりは、小さな農園だ。

「気持ちいいでしょう? 最近は、ここで過ごす時間が一番楽しい。
何時間でも過ごせてしまうんです」

額ににじんだ汗をぬぐいながら、野村さん自身の表情もいきいきとしている。

「土の地面があって、空が開けて、陽の光がまっすぐ届く。
小さなお子さんがお母さんと一緒に買い物に来ると、
必ずといっていいほど『帰らない!』って、言うんです。
『レモンを採っていいよ』と言うと、こんな小さな実でも
とてもうれしそうに摘んでくれる。
この場所をつくって、本当に良かったと思う瞬間です」

希少な国産アーティーチョーク。極少量多品種のベランダ“プチ・ファーム”の一角で。

希少な国産アーティーチョーク。極少量多品種のベランダ“プチ・ファーム”の一角で。

2020年1月にリニューアルオープンした表参道GYRE。
4階〈GYRE.FOOD〉は、「循環」をテーマに、
レストラン、オール・デイ・ダイニング、バー、
そして野村さんが手がけるグロサリーショップeatrip soilが、
1000平米もの広々とした空間にシームレスに連なる。

「eatrip soilは、たった30平米足らずの小さな店。
でも一番、人の“暮らし”に近い。
私がこれまでやってきたことの延長線上にある、大事な店なんです」

〈eatrip soil〉の店内。チーズやシャルキュトリ、デリもそろう。〈GYRE.FOOD〉の設計は建築家・田根剛氏が手がけた。

〈eatrip soil〉の店内。チーズやシャルキュトリ、デリもそろう。〈GYRE.FOOD〉の設計は建築家・田根剛氏が手がけた。