連載
〈 この連載・企画は… 〉
日本のローカルにはおいしいものがたくさん。
地元で愛されるお店から、お取り寄せできる食材まで、その味わい方はいろいろ。
心をこめてつくる生産者や料理する人、それらを届ける人など全国のローカルフードのストーリーをお届けします。
writer profile
Kei Sasaki
佐々木ケイ
ささき・けい●埼玉県出身。食、酒、旅を軸に、全国各地を取材し記事を執筆。雑誌連載は『BRUTUS』『dancyu』『Hanako』ほか。JSA認定ワインエキスパート。
credit
撮影:ただ(ゆかい)
いまこんなときだからこそ、地域のおいしいものをお取り寄せしたい。
〈eatrip〉など多彩な活動で知られ、全国のおいしいものを知り尽くした
料理人・野村友里さんに、家での食事を楽しく、
豊かにしてくれるものを教えてもらいました。
野村さんセレクトのおいしい食セットを
インタビューとともに紹介する3回シリーズです。
2020年1月にグランドオープンした表参道〈GYRE〉4階、
〈GYRE.FOOD〉内にあるグロサリーショップ〈eatrip soil〉。
「soil(土)」を店名に冠し「都会の真ん中で、土に触れられる場所」を
コンセプトにした店は、原宿のレストラン〈eatrip〉に並び、
現在の野村友里さんの大切な活動拠点になっている。
「商業施設の中に店を持つとは、夢にも思いませんでした。
eatripのようにもとからそこにある建物を、どう生かそうかという空間、
場所づくりならアイデアが次々と湧くのですが。
経営面でもハードルは高く、積極的な気持ちになれずにいたのですが、
担当者から新しいビルのコンセプトを聞き、気持ちが動きました」
新しいGYRE.FOODは「文化を発信する」という
強い意志をもってつくられた施設だという。
コンセプトは「SHOP&THINK」。
「eatripという恵まれた場所で店を8年続けてきて、
都市にももっと土に触れられる場所が必要だと強く思うようになりました。
かつて表参道といえば最先端のもの、ゴージャスなものの象徴のようなまちでしたが、
果たしてこれからもそのままでいいのか。
いや、いま発信するべき最先端とは何なのかを私なりに考え続けてきて。
理解ある担当者と話し合いを重ね、建築家の田根剛さんと一緒に
この場所をつくることになったのです」
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フランス、パリを拠点に世界で活躍する田根剛さんとは、
かねてから深い親交があった野村さん。
「表参道の商業施設の中に、文化を発信できる場所をつくりたい」
と伝えると、二つ返事で快諾してくれたという。
「“土に触れられる場にしたい”という私の漠然とした思いは伝えていて。
GYRE.FOODを代表するレストラン〈elan〉の信太竜馬シェフもまた、
食材の産地や環境について、無知ではいられないという人。
場所が完成したあとに、ここを守っていく私たちの気持ちを丁寧にくみ取り、
アイデアを示してくれました。田根さんいわく、ここは“空中の中の地中”」
壁も床も、土で。一面こげ茶色の空間のあちこちに、
さまざまな巨大な植物の葉の緑がいきいきとした鮮やかさを放つ空間は、
プリミティブでありながら、どこか未来的でもある。
「田根さんの発想、提案は、私の想像をはるかに超えるものでした。
自分で“土がいい!”と、言っておきながら、一般的な店舗デザインや
オペレーションの発想から“ここをタイルにしない?”だとか、
“棚はもっと収納力があるほうがいいんだけれど?”とか、
意見をぶつけてみたのですが、田根さんは一貫して“NO”。
妥協や中途半端な選択肢は彼の中にはないんですよね。
結果、これまでにない場所が完成したと思っています」
eatrip soilのエントランス前には、カラマツのブロックが
ピラミッド状に積み上げられた空間が広がる。
GYRE.FOODの中でもシンボリックな表情を持つ一角だ。
人々が自由に憩うことができる場所。
イベントの開催時には、ステージにも客席にもなり、
使い方次第で両者を有機的に融合させることもできる。
開業から間もなく新型コロナウイルスの影響を受け、フル稼働はこれからとなるが、
人が集うことで初めて完成する“空中の中の地中”で、
大切な役割を果たす場になっていくだろう。
「蓋を開けてみれば、いい意味で想定外だったことがどんどん生まれて、
この場所を軸に、いろんなことがぐるぐる回る気持ちのいい循環が生まれている。
大変な世の中だけれど、大げさでなく、多幸感を覚える瞬間が少なくない。
例えば最近、こういう庭をつくりたいという相談や問い合わせがものすごく多いんです。
うちは食料品店なのに(笑)」
すっかり空中のプチ・ファームとして夏の景色を描いている自慢の庭を指さして、
うれしそうにそう話す。
野村さんをはじめ、eatrip soilのスタッフが日々メンテナンスを行うほか、
信太シェフらGYRE.FOODの料理人たちも、好きなハーブ類を植えたり、
立ち寄った生産者がくれた種や苗からまた栽培品目が増えたりと、
地域の共同農園さながらだ。
「ここに店を出して初めて知ることができたことがたくさんあるんです。
すぐ近くのキャットストリートでは、20代の子たちが、
生ゴミを集めてコンポストにし、通りの花壇に戻す活動をしているんです。
昔からある、個人経営の精米店のご店主の協力を得て。ああ、ほかにもいたんだ、と。
自分たちだけが目立つことをしたいわけではない。逆に、ひとつ、
目につく場ができることで、いままで個々で活動してきた人たちがつながり、
小さいけれど確かなうねりが生まれ始めているんです」
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身近に土や緑があることで、気持ちにどんな変化が生まれるか。
「食べる」行動に、どう影響していくか。
eatrip soilは、その挑戦、実践の場でもあるという。
「初めて訪れたゲストは、必ず庭を見にきてくれます。
ここでもこんな野菜やハーブが育つんです。
野菜や果物の皮を乾燥させ、土に戻す取り組みをしているんです。
そんな話の延長線上に、店の棚に並ぶ商品がある。自然と理解してくださるんですよね」
野村さんも、庭の手入れや収穫物について話すのと同じように、
商品についても説明する。
「東京・青梅で循環型農業に取り組む〈Ome Farm〉は
自然環境と密接な関係にある養蜂も手がけている。
自生する青梅の山々の花と農場の野菜やハーブの花を蜜源とする〈生はちみつ〉は、
桜、藤、菜の花と種類が豊富で、季節ごとに違う味や香りが楽しめるうえ、
非加熱だから栄養価も高いんです。
愛媛県の興居島(ごごしま)という島にある〈カネミ農園〉産の温州みかんを使った
〈みかんジュース〉は、畑でいただいたもぎたての味そのまま!
神奈川・大船〈杉本薬局〉の〈和漢のミントティー〉は、
暑さや湿気に参りがちないまの季節にぴったりの清涼感です」
朝、起きて飲む1杯のジュースがどこかの景色とつながる。
一服のお茶の爽やかさに、体が中から整う感覚を覚える。
丁寧につくられたはちみつが、いつものトーストや
ヨーグルトを何倍もおいしくしてくれる……。
「ほんの小さなことで、新しい1日が、気分よく始められるはず」
と、野村さんは言う。
「暮らしのなかの食を変えることは、決して難しいことではない。
朝の食卓に、情景が思い浮かぶおいしさをプラスするだけでも十分。
そんな、きっかけになる一品をご紹介できたらと思います」
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profile
Yuri Nomura
野村友里
のむら・ゆり●〈eatrip〉主宰/料理人。長年おもてなし教室を開いていた母の影響で料理の道へ。ケータリングフードの演出や料理教室、雑誌での連載やラジオ出演などに留まらず、イベント企画・プロデュース・キュレーションなど、食の可能性を多岐にわたって表現している。2012年に〈restaurant eatrip〉(原宿)を、2019年11月に〈eatrip soil〉(表参道)をオープン。生産者、野生、旬を尊重し、料理を通じて食の持つ力、豊かさ、おいしさを伝えられたら、と活動を続ける。著書に『eatlip gift』『春夏秋冬おいしい手帖』(共にマガジンハウス)『Tokyo eatrip』(講談社)『TASTY OF LIFE』(青幻舎)など。
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