連載
〈 この連載・企画は… 〉
日本のローカルにはおいしいものがたくさん。
地元で愛されるお店から、お取り寄せできる食材まで、その味わい方はいろいろ。
心をこめてつくる生産者や料理する人、それらを届ける人など全国のローカルフードのストーリーをお届けします。
writer profile
Kei Sasaki
佐々木ケイ
ささき・けい●埼玉県出身。食、酒、旅を軸に、全国各地を取材し記事を執筆。雑誌連載は『BRUTUS』『dancyu』『Hanako』ほか。JSA認定ワインエキスパート。
credit
撮影:ただ(ゆかい)
いまこんなときだからこそ、地域のおいしいものをお取り寄せしたい。
〈eatrip〉など多彩な活動で知られ、全国のおいしいものを知り尽くした
料理人・野村友里さんに、家での食事を楽しく、
豊かにしてくれるものを教えてもらいました。
野村さんセレクトのお取り寄せセットを
インタビューとともに紹介する3回シリーズです。
5月某日。表参道〈GYRE〉4階にある〈eatrip soil〉に野村友里さんを訪ねると、
夏のような陽射しが照りつけるベランダの小さな庭から
「こっち、こっち」と、手招きして出迎えてくれた。
都会の真ん中の、ビルの4階に庭があるなんて。
不思議な気持ちで外に出てみると、ミントにローズマリー、
セージなどのハーブがわさわさと茂っていて、
アーティーチョークやレモンもいきいきとした様子。庭というよりは、小さな農園だ。
「気持ちいいでしょう? 最近は、ここで過ごす時間が一番楽しい。
何時間でも過ごせてしまうんです」
額ににじんだ汗をぬぐいながら、野村さん自身の表情もいきいきとしている。
「土の地面があって、空が開けて、陽の光がまっすぐ届く。
小さなお子さんがお母さんと一緒に買い物に来ると、
必ずといっていいほど『帰らない!』って、言うんです。
『レモンを採っていいよ』と言うと、こんな小さな実でも
とてもうれしそうに摘んでくれる。
この場所をつくって、本当に良かったと思う瞬間です」
2020年1月にリニューアルオープンした表参道GYRE。
4階〈GYRE.FOOD〉は、「循環」をテーマに、
レストラン、オール・デイ・ダイニング、バー、
そして野村さんが手がけるグロサリーショップeatrip soilが、
1000平米もの広々とした空間にシームレスに連なる。
「eatrip soilは、たった30平米足らずの小さな店。
でも一番、人の“暮らし”に近い。
私がこれまでやってきたことの延長線上にある、大事な店なんです」
Page 2
野村さんが原宿の路地裏にレストラン〈eatrip〉をオープンしたのは2012年。
東北を中心に首都圏にも大きな被害をもたらした東日本大震災の翌年のことだ。
「震災は私の生き方、考え方を根本から変える大きな転機になりました。
流通がストップし、1次産業がない都市の食の脆弱さが露わになった。
お金がいくらあっても、“食べる”、つまり“生きる”ことがままならない。
一方で、産地も都市の存在なしでは成り立たない。
生産する地方と、消費する都市と。経済価値だけが行き来する二極化した関係を抜けて、
リスペクトし合える“つながり”をつくっていかなければならないと強く感じたんです。
言い換えれば、距離ではなく、価値観で結ばれる“つながり”。
それを伝えていく役割を果たしていきたいと」
日本全国、さまざまな土地へ出かけ、生産者と親交を深めるにつれ、
彼らの生き方、考え方に共感、尊重し、一票を投じる行動こそが
真の「消費」であることに気づいたという。
「たとえ市場価格より100円、200円高かったとしても、
何倍ものことを教えてくれるから。自然との共存やサステイナビリティ、
費やされた時間や手間暇、土地に代々受け継がれている知恵。
何より、そうして育まれるもののおいしさといったら!」
eatripで食材を扱うだけでなく、国内外のシェフを産地へ案内し
生産者を広く紹介したり、東京や全国の産地でさまざまな食のイベントを行ったりと、
距離ではなく価値観で結ばれる人の輪を少しずつ、広げてきた。
そんな野村さんが考える次のステージが、レストラン以上に、
暮らしに近いグロサリーショップだったのだ。
Page 3
「もともとeatripの一角でもやってきたことを、一歩前に進めたかたち。
モノをモノとして売るだけの場所にはしたくない。
どうすればひとつのプロダクトの背景や生産者の人柄、仕事を伝えることができるか。
考えれば考えるほど、地面や空といった、産地との共通項が不可欠に思えたんですよね」
2012年に開業したeatripは、東日本大震災で得た教訓を生かし、
伝えていく場として年月を重ねてきたが、皮肉にもeatrip soilは、
開業からすぐに、新型コロナウイルスの脅威という未曽有の災難に見舞われることに。
感染拡大防止のため、飲食店は営業自粛を余儀なくされ、
ある部分では震災のとき以上に人々の生活は変わらざるを得ない状況を強いられている。
4月上旬に緊急事態宣言が出されてすぐは、GYREも全館休業となったが、
野村さんの思いを受け入れてもらうかたちで、
eatrip soilはその後も週に3、4日、時間を短縮して営業を続けた。
「だって、ここはライフライン、暮らしの食を支える場所ですから。
まだオープン間もないのに、必要として日常的に足を運んでくださる方々がいる以上、
扉を開いておきたいと」
全国各地の生産者と、距離ではなく価値観のつながりを築いてきた野村さんは、
震災のときと異なり、いまの事態を静かに受け入れていると話す。
「未知のウイルスは人口の密集する都市部で、より猛威をふるっています。
一方で、全国の生産者の方々に連絡すると、畑の上の暮らしは微動だにせず、
日常が守られていると。都会がダメ、田舎がいいではなく
“よりよく生きる”ために本当に必要なことは何なのか」
こんな時代だからこそ、伝えたいものがある。野村さんは言葉を続ける。
「例えば、朝のお味噌汁をつくるとき、昆布と削り節からきちんと出汁をひいてみる。
自粛期間を経験して、家で過ごす時間を見直すことができたいまだからこそ、
“時間がつくる味”のありがたみをより感じることができるでしょう。
出汁をひく時間だけでなく、昆布や鰹節そのものが、
長い時間をかけてつくられたもの。醤油ひとつ、味噌ひとつ。
基本の調味料が変わることで、時を思い、人を思う時間が生まれる」
たとえ市場価格より100円、200円高かったとしても、
何倍ものことを教えてくれるもの。
味の向こうに人の仕事が、生き方が見えるもの。
eatrip soilの棚に並ぶのは、野村さんが自信を持って、そう断言する食材ばかりだ。
「鹿児島県南さつま市〈坊津の塩〉は、
信じられないくらいプリミティブな製法で塩をつくっている。
海からホースでザーッと水を汲み上げて、家族総出で、手作業で。
この塩の丸みのある旨みを味わうたびに、いつもご家族の顔と海の景色を思い出します。
一方で〈マルカワみそ〉のような生産力のある企業でも、
自家製酵母での味噌づくりにチャレンジされていたりする。
都市と地方同様、個人と企業の二極化も無意味。
個々がどう考え、何をしているかなんですよね」
出汁や塩、醤油、味噌など家庭の味づくりの土台となる調味料。
野村さん自身の日常にも欠かすことができないものたちを紹介してもらった。
いま、そしてこれから、生活を見直す機会に試してみたいものばかりだ。
information
profile
Yuri Nomura
野村友里
のむら・ゆり●〈eatrip〉主宰/料理人。長年おもてなし教室を開いていた母の影響で料理の道へ。ケータリングフードの演出や料理教室、雑誌での連載やラジオ出演などに留まらず、イベント企画・プロデュース・キュレーションなど、食の可能性を多岐にわたって表現している。2012年に〈restaurant eatrip〉(原宿)を、2019年11月に〈eatrip soil〉(表参道)をオープン。生産者、野生、旬を尊重し、料理を通じて食の持つ力、豊かさ、おいしさを伝えられたら、と活動を続ける。著書に『eatlip gift』『春夏秋冬おいしい手帖』(共にマガジンハウス)『Tokyo eatrip』(講談社)『TASTY OF LIFE』(青幻舎)など。
Feature 特集記事&おすすめ記事