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北海道を掘り下げるタブロイド紙
『THE KNOT SAPPORO Magazine』
が生まれて

うちへおいでよ!
みんなでつくるエコビレッジ
vol.118

posted:2020.8.5   from:北海道札幌市  genre:暮らしと移住 / 旅行

〈 この連載・企画は… 〉  北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/

Art Direction by Ryo Ueda [COMMUNE], Photo by Ikuya Sasaki

地域のカルチャーを取り上げる新たなメディア

北海道で生きる人々と、地域のカルチャーを取り上げる新しいメディアが生まれた。
『THE KNOT SAPPORO Magazine』は、8月1日に札幌でオープンしたホテル
〈THE KNOT SAPPORO〉が年2回刊行するタブロイド判フリーペーパーだ。
アートディレクターは札幌を拠点に活動する〈COMMUNE〉の上田亮さんで、
上田さんに声をかけてもらい、私は編集長を務めた。

〈THE KNOT SAPPORO〉。ラウンジにはデザインの違う椅子が並べられ遊び心を感じさせる。(photo:Tsubasa Fujikura)

〈THE KNOT SAPPORO〉。ラウンジにはデザインの違う椅子が並べられ遊び心を感じさせる。(photo:Tsubasa Fujikura)

THE KNOTは2017年、横浜を皮切りに、新宿、広島、札幌にも拠点を持つ。
コンセプトは「旅するホテル」。その土地の特性を生かし、
地域ごとに、それぞれ内装やアメニティ、食にもこだわっている。

札幌は「大自然の大都会」を軸に据え、
建築には札幌軟石や赤れんがなど地元らしい素材を取り入れ、
道内で活動するアーティストらの作品を壁面に設置したりなど、
この場所のために作家に作品制作を依頼する、
いわゆるコミッションワークも行っている。

『THE KNOT SAPPORO Magazine』も、ホテルの情報は控えめに、
北海道を深く掘り下げるメディアであり、これらを通じて、THE KNOTは
宿泊だけでないアートやカルチャーが生まれる場所をつくり出そうとしている。

ラウンジからはアーティスト国松希根太さんの作品が見える。タイトルは『HORIZON』。地平線のようにも水平線のようにも見える風景だ。(photo:Tsubasa Fujikura)

ラウンジからはアーティスト国松希根太さんの作品が見える。タイトルは『HORIZON』。地平線のようにも水平線のようにも見える風景だ。(photo:Tsubasa Fujikura)

特集は「MOUNTAIN IS」。
第1号では、THE KNOTに縁のある人々を紹介するものにしようと考え、
ホテルに併設されたギャラリーのオープニングを飾る展示を行った
フリーランスのキコリである〈outwoods〉足立成亮さんと、陣内雄さんを取り上げた。

山は私にとっても思い入れの強いテーマ。
一昨年に山を購入し、以来、新しい視点で山の価値を見出そうとする山主や
林業者に興味を持ち、折りに触れ取材をしてきた。

足立さんには1年ほど前に、別の媒体で取材をしたことがある。
そのとき、芸術祭にアーティストのひとりとして参加し、
文章も書く足立さんの姿を見て、キコリに対するイメージが
ガラリと変わったのを覚えている。

また、陣内さんには今回が初めての取材となったが、林業関係者から、
次世代の林業をつくるためにアグレッシブに活動している人だと聞いており、
ぜひ一度会ってみたいと思っていたのだ。

ちなみに、アートディレクターの上田さんとの出会いも山がきっかけ。
前々から上田さんは山に家を建てたいと考えており、
この連載で私が山を買ったことを知ってくれて、
友人を介して会ったのが交友の始まりだ。

photo:Ikuya Sasaki

photo:Ikuya Sasaki

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なぜ山に惹かれ、キコリを続けているのか?

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何かに気づくまで、取材を続けていく姿勢

今回の取材で、心に決めていたことがある。
通り一遍の話を聞いただけで、わかったようなことは書かないことだ。
デザイナーもカメラマンも取材者もみんな道内のメンバーなので、
もし1回の取材だけでは理解できないことがあったら、また取材をさせてもらおう。
効率を優先させない記事づくりをしようと思った。

6月9日、取材の日。
足立さん、陣内さんがずっと整備を続けている札幌南高等学校林の現場を訪ねた。
この現場は、札幌南高等学校が明治44年に取得した山林で、敷地は約120ヘクタール。
生徒たちの環境学習に利用されており、
現在、一般財団法人によって管理が行われている。

陣内さんはこの学校のOBであり、一般財団法人の理事も務め、
約10年前からこの山の整備に乗り出した。
7年前からは足立さんも加わり、敷地のすべてに
「森林作業道」と呼ばれる道をつくろうとしている。

札幌南高等学校林でパワーショベルを使って道づくりをする足立さんと陣内さん。(photo:Ikuya Sasaki)

札幌南高等学校林でパワーショベルを使って道づくりをする足立さんと陣内さん。(photo:Ikuya Sasaki)

山で5時間ほど現場作業に立ち会い、その後2時間ほど、まちで対談を行った。
陣内さんには初めての取材だったこともあり、翌週に再び時間をとってもらい、
自分の中で何かが腑に落ちるまで話を聞いていった。

インタビューの内容はタブロイド紙を読んでいただきたいのだが、
長い取材時間をかけるなかでハッと気づいたことをここに書いておきたい。

足立さんについては、昨年取材をしたときから、ずっと謎が残っていた。
彼はなぜ山に惹かれキコリを続けているのか、その根源はどこにあるのかという問いだ。
現場作業に立ち会った後のインタビューで私はしつこくたずねた。
山に向かうモチベーションがどこから来るのか、情熱の在処について。
しかし、それでも理解が届かない先があるように思えた。

取材後に原稿を書き始めていくうちに、私が投げかけた質問は、
実はあまり意味がなかったのではないかと思った。
足立さんが山に向かっているのではなく、山が足立さんを呼んでいるのではないか、
そんな風に思えてきたからだ。

道づくりの作業に支障が出る木を伐る足立さん。足立さんは〈outwoods〉という屋号で札幌を拠点にキコリとして活動している。(photo:Ikuya Sasaki)

道づくりの作業に支障が出る木を伐る足立さん。足立さんは〈outwoods〉という屋号で札幌を拠点にキコリとして活動している。(photo:Ikuya Sasaki)

そして、原稿を書き終え印刷にまわり、
あらためて記事を読み返してさらに気づいたことがあった。
足立さんの言葉は、ときどき真意が計れないことがあるのだが、
思い返してみると、それは人間側の都合ではなく、
森や山に仮に意思のようなものがあったとしたら、
それを代弁しているのではないかと感じたのだ。

どの木を伐り残すのか。足立さんは木と相談しながら決めていくという。
道をつくるために土を掘り返すとき、木の根を傷つけざるを得ない瞬間があるが、
そのときじっと木と向かい合い「どんな痛がり方をしているのか」を見るのだという。
いつも目線は木のほうを向いている。
ちょっと不思議な感覚なのだが、代弁者であると捉えると、
足立さんの言葉の意味がスッと理解できる気がした。

photo:Ikuya Sasaki

photo:Ikuya Sasaki

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半生を振り返るインタビュー

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足立さんにはなぜ山に向かうのか、その1点について質問を続けたが、
陣内さんとは、彼の人生を俯瞰するような取材になればと思った。
別の日に時間をとってもらったとき、
「生まれてからいままでのことを話してください」とお願いした。

子どもの頃、絵を描き立体をつくることに熱中し、その後、建築家を目指したが、
農村や山間部などで暮らす人々の生活技術に着目し、その視線は山へと向けられた。
山というフィールドでの活動は、キコリだけでなく、森の素材による商品の開発や営業、
山と人とのつながりを深めようとするNPO法人の運営など多岐にわたるが、
その道筋がいまようやくひとつになって、求めていたビジョンに近づいたのだという。

作業の合間のランチタイム。裸足で気持ち良さそうに寝そべる陣内さん。現在、キコリが家を建てるという「キコリビルダーズ」というプロジェクトを進めている。(photo:Ikuya Sasaki)

作業の合間のランチタイム。裸足で気持ち良さそうに寝そべる陣内さん。現在、キコリが家を建てるという「キコリビルダーズ」というプロジェクトを進めている。(photo:Ikuya Sasaki)

半世紀をたどる長いインタビューを終え、原稿を書き、
そのチェックを陣内さんにお願いしたとき、彼からこんな返信を受け取った。

「こんなことやってきたんだ~と振り返り、今後10年の目標を考えていましたが、
インタビューをきっかけに方向が定まりました」

何時間も話を聞いていると、ときどき予想もしなかったことに遭遇する。
取材相手が自覚していなかったことが現れ出て、
お互いに何かに気づくという幸福な瞬間がある。
これは20年くらい取材記事をつくり続けてきて、ほんの数回しかない体験なのだが、
そんな場が生まれていたように思えて、うれしくなった。

どんなルートで道をつけるのか。木を見上げて風の流れを見ながら決めることもある。(photo:Ikuya Sasaki)

どんなルートで道をつけるのか。木を見上げて風の流れを見ながら決めることもある。(photo:Ikuya Sasaki)

特集とともに、記事ではコミッションワークを行ったアーティストの中から、
国松希根太さんと相川みつぐさんの取材も行った。

そのほか、ライターの森廣広絵さんに執筆をお願いして、
ホテルの1階にある老舗和菓子店〈札幌千秋庵〉と
道内で広く展開するコンビニエンスストア〈セイコーマート〉の企業理念の取材と、
ホテルのレストラン〈LES BOIS(レ ボア)〉を監修した料理人の三枝展正さんと、
三枝さんが信頼を寄せるアスパラ農家の赤木陽介さんの対談を行った。

『THE KNOT SAPPORO Magazine』。料理人の三枝展正さんと農家の赤木陽介さんの対談記事。

『THE KNOT SAPPORO Magazine』。料理人の三枝展正さんと農家の赤木陽介さんの対談記事。

全体を通じて奇をてらった言葉はなく、上田さんのデザインも
とても静かなトーンでまとめられている。
創刊号というお祭り感は感じられないけれど(笑)、
人や企業の単なる紹介ではなく、本質的なことを探っていこうという姿勢が、
一本しっかりと貫かれていると思った。

これまでさまざまな書籍シリーズの立ち上げや
雑誌のリニューアルに携わってきたが、振り返ってみると
「どう誌面を見せていくのか」という、レイアウトや見出しのつけ方など
テクニカルな部分に多くの神経を注いできたように思う。

これはどんな新人であっても、雑誌や書籍のトーンに合った
クオリティの高い記事づくりをするためには必要なことではあるが、
平たく言えば格好をつけるやり方とも言える。

今回も、もちろん最初にコンセプト決めは行ったものの、
ローカルで暮らす私たちの身近な題材を、
仕事でも暮らしのうえでも仲間となっているみんなでつくるという、
いい塩梅の「素」の状態で編集できたことは、意外にもこれが初めてだったように思う。

「山とは何か?」という質問に、陣内さんは
「山は山、当たり前すぎて山としか言いようがない。
みんな遊びに来てくれればわかるのにね」と答えてくれた。

足立さんも、山というと山岳というイメージが強いが
「山は木を伐りに行く場でオレらにとっては現場」と、
まちの人が捉える意味とのギャップがあり、
なかなか共通言語が見つからないと語ってくれた。

『THE KNOT SAPPORO Magazine』。足立さんと陣内さんの対談記事。山とは何かについて語った。

『THE KNOT SAPPORO Magazine』。足立さんと陣内さんの対談記事。山とは何かについて語った。

私が彼らと同じように山に対する捉え方ができているのかは定かではないが、
都会で暮らしていた頃よりは共感度が高くなっているように思う。
そして、やがては都会の人にも、山への共通言語ができていったら、
それはすてきなことだと思う。

地方から発信することの意味は、この地に暮らすからこそ感じられる独特の感覚を、
素朴にそのまま出していくことなのではないかと私は感じている。
それを『THE KNOT SAPPORO Magazine』の編集をしながら、実証していきたい。

information

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THE KNOT SAPPORO 
ザ ノット札幌

住所:札幌市中央区南3条西3丁目16-2

TEL:011-200-5545

Mail:hellosp@hotel-the-knot.jp

Web:https://hotel-the-knot.jp/sapporo/

タブロイド判フリーペーパーは、各地のTHE KNOTやホテル周辺の店舗に設置。ホテルオープンに合わせ併設された〈KADO Gallery〉で足立さん、陣内さん、outwoodsのメンバーである山内麻由美さんらが行う展示『outwoodsとヤマと街―森から見える 街から覗くー』は10月中旬まで開催。

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