連載
posted:2020.7.13 from:新潟県三条市 genre:活性化と創生
〈 この連載・企画は… 〉
地域を見つめることで新しい日本が見えてくる。
新しい視座で日本の地域を再発見していく人にインタビューする新ローカル論。
writer profile
Kotaro Okazawa
岡澤浩太郎
おかざわ・こうたろう●1977年生まれ。編集者、ブックレーベル・八燿堂主宰。『スタジオ・ボイス』編集部などを経て2009年よりフリー。19年、東京から長野に移住。興味=藝術の起源、森との生活。個人の仕事=『murmur magazine for men』、芸術祭のガイドブックなどの編集、『花椿』などへの寄稿。趣味=ボルダリング(V5/1級)。
https://www.mahora-book.com/book/
credit
写真提供:スノーピーク
アウトドアメーカー〈スノーピーク〉の3代目社長である
山井梨沙さんの初の著書『FIELDWORK─野生と共生─』が、7月16日に発売される。
自然のなかで独自の感性を培ってきた山井さんが、いま伝えたいこととは。
2020年3月末、大手アウトドアメーカー〈スノーピーク〉の社長に、
山井梨沙さんが弱冠32歳で就任したニュースは、世間を驚かせた。
同社創業者の幸雄さんを祖父に、2代目社長(現会長)の太さんを父に持つ
3代目にあたる山井さんは、2012年の入社以来、
アパレル事業を立ち上げるなど数々の新事業を展開していく。
その根底にある理念は、自然と人間との接点を持つことを通して、
「野生」と「人間性」を取り戻すこと。
原点には幼い頃から親しんだキャンプの経験があるのだと、山井さんは語る。
「いまでも4月~10月までのオンシーズンはほぼ毎週のようにキャンプしています。
スノーピークのキャンプイベントや
お取引先様とのキャンプミーティングも多いのですが、
プライベートでは東京のファッション業界のお友だちを連れて行くこともあります。
最初はみんな『虫がイヤ』『汚れる』ってすごく躊躇するんですけど、
やっているうちにだんだん積極的になる。
外の気温や風や鳥の鳴き声を感じたり、焚火を囲んでコミュニケーションしたりすると、
都市生活で使っていない野生の感覚が、誰でも呼び起こされるんですよね」
もちろん、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため
緊急事態宣言が発令されていた時期は、外出すらままならなかった。
しかし山井さんはこの間、東京でほとんど人と会わないまま
リモートワークを続けながらも、大きな気づきを得られたという。
「テクノロジー、特にオンラインで人と人がつながれることに
とても可能性を感じました。例えばinstagramでヴァーチャル焚火イベントなど、
週に約10コンテンツをライブ配信したら、最大で約1万人が見てくれたり、
オンラインストアにチャットの接客サービスを導入したら、
EC売り上げの8割を占めるほどに新規のお客さんが増えたり。
なにより、外出ができない状況で、みんな自然に対する欲求が
すごく高まっていることを実感しました」
実際に、SNSでつながった新規ユーザーからは、
「これを機に、コロナ明けはキャンプに行きたい!」
という声がとても多く寄せられたという。
確かに、当たり前のことがそうではなくなったとき、
いままで外に出て何かを体験することが日常的にどれほど大切なことだったか、
痛感した人は少なくないのではないだろうか。
「文明や都市によって、人間と自然は切り離され、遠ざけられていますが、
人と自然が結びつくことや、自然のなかで人と人がつながることは、
本来あるべき姿であり、人間にとって必要なことです。
コロナの影響で暮らし方や働き方を見つめ直す人が増え、
『東京じゃないと働けない/住めない』という価値観ではなくなったと思うんです。
だからこれからも、都市だけでなく
自然で過ごすことも必要だという提案をしていきたい」
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その言葉通り、スノーピークは創業から約60年にわたって、
自然と都市をつなげるさまざまなきっかけづくりを行ってきた。
アウトドアを軸に、都市生活者には「アーバンアウトドア」のコンセプトを掲げ、
キャンプ用品がない人にはグランピングの場を提供し、
各地の伝統文化や土地の風土に触れる参加型ツアー
〈LOCAL LIFE TOURISM〉を企画し、
「野遊び」をキーワードにした地方創生を展開する――。
そしてユーザーと一緒に行うキャンプイベントは、ユーザー同士のつながりを生み、
いまでは約50万人のコミュニティに発展した。
「『スノーピークのおかげで同じ価値観の仲間ができて、本当に人生が豊かになった』
という声をすごくいただけるんです。我々の目的は、商品を売ることではなく、
商品を通じて自然のなかで人と人をつなげること。
そして自分たちの仕事によってお客さまの人生価値を高めることです。
これはたぶん、スノーピークにしかできないことです」
2019年12月には、それまで掲げていた「自然指向のライフスタイル」から、
「ライフバリュー(人生価値)の提供」へミッションステートメントを改定したという。
いまやスノーピークは、プロダクトを製造販売するメーカーとしてのあり方を超えて、
コミュニティ=場を育むという、言わばプラットフォームの創造に挑戦している。
「人間が生きるすべてのライフステージにスノーピークがある、
ということを目指してやっていきたい。
プロダクトのかたちになるかはわかりませんが、都市文明におけるiPhoneのように、
自然における“生活必需品”をつくりたいんです。
いま企んでいるのは、新潟の本社の周囲にある広大な土地で、
衣食住、働く、遊ぶ、学ぶのすべてをスノーピークの品質で体験できる場所を
開発すること。そして、実際に住むことができる“村”もつくりたいんです(笑)」
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新潟と東京、そして地方都市を行き来する毎日を過ごす山井さんにとって、
現在の都市のあり方に対する違和感が大きくなったのは、
2019年の夏がきっかけだったという。
秋田から東京への帰途、車で通った常磐道から見た、黒や緑のビニールシートの風景。
東日本大震災から約10年経っても、福島原発から100キロ圏内は、
いまだに足を踏み入れることすら叶わないことを思い知らされた。
「正直、私はもう3.11を気にせず生活していたので、かなりショックでした。
文明という機能を動かすために自然がどれだけ犠牲になっているか。
あの風景を目の当たりにして、何ともいたたまれない気持ちになりました。
同時に、都市と自然の両方をバランスよく生きるという、
スノーピークの基本的な考え方や活動は、やっぱり間違ってなかったと実感したんです」
同じ価値観を共有できる人と出会えるきっかけが多いのは、
都市の一番の魅力だと、山井さんは言う。
そして、電気、ガス、水道、スマートフォンなど「文明のインフラ」なくしては、
いまや地球上では生きていけないことも認めている。
しかし、山井さんはつけ加える。
「ただ、文明は“豊か”なのではなく“便利”なものであって、
人間が本来持っている豊かさは自然なんです。
これからの都市は人が住む場所ではなく、
国の仕組みや秩序を維持するための“機能”として存在してほしい。
そして都市と自然が分かれているのではなく、自然という大きな枠の中に
都市も人間も植物も動物も、すべてが混在しながら包括されている状態に、
戻さないといけない。私の考えるこの“ネオネイチャー”の状態になれば、
さまざまな社会問題だって、きっと解決できると思うんです」
祖父の代から自分へと継承され、スノーピークという企業に培われている考え方を、
いまこそ伝えなくてはならない――
福島の風景を見てそんな使命感に駆られ、山井さんは7月16日に
著書『FIELDWORK─野生と共生─』(マガジンハウス)を刊行する。
野生とは何か、都市と自然の共存はどのように可能なのか、
そしてスノーピークが描く未来とは。
そうした思想が綴られているほか、山井太さんとの親子対談も収録されている。
「この本は、いままで当たり前だと思っていたものに対して
『そうではないのかもしれない』という気づきや疑問を与える内容になっています。
特に未来をつくっていく次世代の人たちには、
スマートフォンで調べずに自分で考える時間をつくるとか、
画面で見るのではなく自分の足を使って見に行くとか、
そんなふうに日常の小さなアクションが変わるきっかけになってくれたらと思います」
プライベートと仕事の境目がないという山井さんに、
個人としての最終的な目標は何か、最後に尋ねてみると、
「世界を変えたいです(笑)」という答えが返ってきた。
一企業として、一個人として、できることに限界がないことは、
スノーピークと山井さんのこれからの歩みが、きっと証明するだろう。
profile
Lisa Yamai
山井梨沙
やまい・りさ●株式会社スノーピーク代表取締役社長。1987年、新潟県生まれ。祖父は同社創業者の山井幸雄、父は代表取締役会長の山井太。文化ファッション大学院大学で服づくり、洋服文化を専攻し、ドメスティックブランドに約1年間勤務。2012年、スノーピークに入社し、アパレル事業を立ち上げる。その後、アパレル事業本部長、企画開発本部長、代表取締役副社長を経て、2020年3月より現職。
information
『FIELDWORK─野生と共生─』
著者:山井梨沙
発行:マガジンハウス
2020年7月16日(木)発売
刊行記念イベント
7月15日(水)20時より、山井梨沙さんによるトークイベントを開催。Instagramライブ配信を行います。詳しくはこちら。
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