47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
福島でコロカルが向かったのは、いわき市の〈いわき万本桜プロジェクト〉。
それは、途方もなく壮大な計画
10年先、30年先。それとも100年先、200年先のことになるでしょうか。
ここいわき市で、世界一の桜の風景を眺められるようになるのは。
見渡すかぎりの山々すべてが桃色に染められるのは。
その景色を見るために世界中から人々が押し寄せ、
その美しさに立ちすくみ、感嘆の溜息をもらすのは。
「ここに来てよかった」「いつかまた訪れたい」「ここが好き」と、
人々がそう思わずにはいられない場所になるのは。
やがて来るその日のために、いわきの里山に9万9千本の桜の苗木を
丁寧に丁寧に1本1本植樹していくという、途方もなく壮大な計画が進められています。
〈いわき万本桜プロジェクト〉。
僕らはその中心人物である志賀忠重さんに会いに来ました。
このプロジェクトに込めた志賀さんの想いやお話をお聞きし、
ほんのわずかでも僕らにもお手伝いをさせてもらえないかと思って。

いわき万本桜プロジェクト事務所の前に掲げられたこの絵は、30年先の未来のいわき市の姿を描いたもの。小鳥がさえずり、燃えるような桜が咲く、美しい春の到来を予言しています。
はじまりは、怒りと悔しさ
まずは、2013年に制作されたパンフレットに
『プロジェクトのはじまり』というタイトルで掲載されている
志賀さんの文章をここにそのまま引用させていただきます。
負の遺産
私たち日本人全員の意思で原発を利用し事故を起こしたために、
未来の子どもたちへ、負の遺産を残してしまうことになってしまいました。
これは永年にわたる放射能の身体への影響、
永く使えない土地、そばに行きたくない地域を残してしまうことなのです。
さらに経済的には天文学的な負債を抱えなければなりません。
このような負の遺産を残してしまうことにすごい悲しさ、
悔しさをいまさらながら感じています。
なんとかならないものなのでしょうか!
春、桜の花が満開に咲いているのを見て、20年後、30年後の子どもたちに
山一面の桜を見てもらおうと思い立ちました。
万が一、いわきに住めなくなった時でさえ、
いわきを愛していた人たちの気持ちが伝わるぐらい、
たくさんの桜を植えたいと思っています。
飛行機から見ても分かるくらい、たくさんの思いを込めた木を植えたいです。
まず近くの山から。
1人ひとりの記念樹として、1本1本に参加してくれた人の名前をつけます。
最終目標は9万9千本です。
2011年3月に発生した福島第一原子力発電所事故以降、
いわき市は「第一原発からわずか50キロの土地」と位置づけられることになります。
事故発生直後の日々、多くの市民が身を寄せた避難所には十分な物資が届けられず、
その理由はトラックの運転手が「福島原発の近くには行きたくない」からだった
という話を志賀さんは伝え聞いたそうです。
愛するふるさとが、ほんの一瞬にして「だれも近寄りたくない場所」にされてしまった、
その悔しさや悲しみや怒りは、地元の人々にとってどれほど深かったでしょう。
だからこそ、志賀さんやプロジェクトの賛同者の方たちの怒りと願いの行き着く先は
「この土地を、みんなが行きたいと願う場所にすること」なのです。

植樹の目標数が「9万9千」なのは、中国では「99」という数字が「永遠」を表すものだから。このプロジェクトの支援者である、中国出身の国際的アーティスト蔡國強さんと強い絆で結ばれ、かつては中国に学校をつくったこともあるという経歴をもつ志賀さんは、中国との縁を大切にされています。

豪快でエネルギーにあふれた笑顔と丸太のような太い腕をもつ、いわき万本桜プロジェクトの中心人物、志賀忠重さん。そのパワーと魅力に吸い寄せられるように、いわきのまちにたくさんの人が集まってきます。










































































































































