地元で愛される絶品コロッケと 手仕事のすてきなマグを手に入れて 宍道湖へGO!

47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
島根でコロカルが向かったのは、松江の宍道湖とその周辺。

宍道湖は松江のシンボル。絶景の夕日が見られたらラッキー

松江に住む人々の憩いの場所といえば、宍道湖です。
全国で7番目に大きな湖で、東西約17キロ、南北約6キロ、周囲は約47キロ。
淡水と海水が入り交じる汽水湖のため、淡水魚と海水魚が共存し、魚種が豊富。
スズキ、モロゲエビ、ウナギ、アマサギ(ワカサギ)、シジミ、コイ、シラウオは、
「宍道湖七珍」と呼ばれ、郷土料理として観光客にも人気です。

そのなかでも、一番有名で親しみ深いのは、ヤマトシジミ。
シジミの味噌汁は島根人のソウルフードともいえます。
朝早く宍道湖沿いを散歩すると、たくさんの小さな船がぷかぷかと浮かんでいて、
シジミ漁をしている様子を見ることができます。

宍道湖でシジミ漁をする風景は、松江の朝の風物詩。湖の自然を守り、シジミを増やすため、操業時間や休漁日などが細かく決められています。

湖畔を散歩するのは本当に気持よく、観光客も地元の人も気ままにくつろいでいます。
マラソンをする人、犬の散歩をする人、子どもたちと一緒に遊ぶ家族もいれば、
結婚式の記念写真を撮っている新郎新婦まで!
のどかな風景があちこちで見られます。

宍道湖畔のお肉屋さんがつくる、和牛たっぷりのコロッケ

さて、その宍道湖畔、宍道湖大橋からもほど近いところに、
ぽつりと一軒、お肉屋さんがあります。

お店を見ているとひっきりなしに、お客さんが出たり入ったり。
〈ミートショップきたがき〉は、〈しまね和牛〉を中心に肉を販売していますが、
ここには大変な人気のオリジナル〈手造りビーフコロッケ〉があります。
和牛の上質な素材をふんだんに使い、
ジャガイモよりお肉のほうが少し多い、ベストバランスな配合。
砂糖は一切使っていないのに、肉の甘みと旨みがじゅわっと口の中にしみわたり、
何もつけずに食べても十分な味わいの深さです。
しまね和牛は肉のきめが細かく、濃厚な味わいが特徴だそうです。

ずらりと並んだ揚げ物お惣菜コーナーにワクワク。ハーブ鶏を使ったから揚げもおいしいですよ。

いまでは、多い日にはコロッケだけで1日2000個売れることもあるそうですが、
発売当初は15個つくっても10個余る、というくらい人気がなかったそう。
そこで、あちこちでコロッケを食べ比べしたり、料理の本を買って研究したり。
つくり方を何度も試行錯誤して、やっといまのおいしさにたどり着いたとか。
500個売れたときはうれしくて、ショートケーキを買ってお祝いしたそうです。

社長の北垣隆さん。気さくなお人柄ながら、肉の話を熱心に語ってくださいました。

〈大王わさび農場〉 安曇野市の日本一のわさび田へ。 北アプルスのふもとで、 豊かな自然に癒される!

47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
長野でコロカルが向かったのは、北アルプスのふもと、
安曇野市にある〈大王わさび農場〉。

北アルプスの雪解け水が育む日本最大級のわさび田

安曇野市一帯は、北アルプスの雪解け水が伏流水となり、
1日70万トンの水が至るところで湧き出しています。
この清らかな水は真夏でも水温が15度を超えることはありません。
こうした豊富な湧水と冷涼な気候を生かして
安曇野市で約100年前から栽培されているのがわさびです。
実は、長野県はわさびの生産量が全国1位ですが、その9割を占めるのが安曇野産。
市内の穂高地区には100を超えるわさび田がありますが、
なかでも群を抜いて大きいのが、4万5000坪(15ヘクタール)という広さを誇る
〈大王わさび農場〉です。

4万5000坪に広がるわさび農場。この面積は畳9万枚に相当するのだそう。(撮影:内山温那)

湧水の水温は1年を通して平均13度に保たれています。水はそのまま飲めるほどきれい。

「農場」と名がつくものの、こちらはいわゆる観光農園で、
安曇野の自然を多くの人に体験してほしいという思いから入場は無料。
情緒あふれる水車小屋やのどかな遊歩道など、安曇野を満喫できる憩いの地です。

農場の脇を流れる川は、湧水からなる〈蓼川(たでがわ)〉と一般河川の〈万水川(よろずいがわ)〉。この地点で二河川は合流してひとつの川になります。

年間入場者数は、なんと約120万人。
いまや安曇野を代表する一大観光地となっています。
わさび田がなぜそんなに人気に……? と侮ることなかれ。
その理由は、ここを訪れてこそわかります。

日本有数の水揚げ量を誇る境港で、 新鮮な魚介と海辺の風景を楽しむ

47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
鳥取でコロカルが向かったのは、境港の漁港と市場と海辺のまち。

海辺で楽しむ海の幸三昧

鳥取県には、全国に誇れるすばらしい漁港、〈境漁港〉があります。
境港市のある弓浜半島は、三方が海に開けており、
お隣の島根県から半島がぐいっと突き出して防波堤の役割をしているという、
自然条件に恵まれた漁港として、古くから発展していました。
地元の漁船だけでなく、全国から漁船が寄港し、水揚げする基点となっています。

境漁港で水揚げされるのは、主にアジ、イワシ、サバ、紅ズワイガニ、スルメイカなど。
かつては9年連続で50万トン以上の水揚げ量があったこともあり、
1992年からは5年連続日本一の水揚げ量を記録しました。
現在はカニの水揚げ量日本一を誇り、紅ズワイガニの加工では、
全国の8割のシェアを持っています。
水揚げされた大量の魚介をすぐに捌くために、
日本屈指の水産加工技術を誇ることも、境漁港の特徴のひとつです。

境港でとれた新鮮な水産物を購入することができます。

ここを訪ねるならやはり朝。
まずは、漁港の近くにある、〈境港水産物直売センター〉へ。
魚市場に隣接し、その日に水揚げされた新鮮な魚介がいっぱいです。
観光客だけでなく、地元の人も気軽に買いに来る、生活市場です。
季節によって並ぶものは変わりますが、冬のシーズンは松葉ガニ、
春は最近地元で力を入れている境港サーモン、夏になるとマグロや岩牡蠣、
そして白イカは夏から晩秋にかけて、紅ズワイガニは9月から6月頃まで楽しめます。

朝から賑わっています。白ハタ(ハタハタの一種)、モサエビ、ノドグロ、白イカ、そして鳥取ではババチャンと呼ばれるゲンゲなど、この地域ならではの海産物が並びます。

お店の人が手に持っているのはエテガレイの干物。「境港は景色もよくて、食べ物もおいしい。いいところだよ」

海水浴場にオープンした コワーキングスペース 〈co-ba niigata seapoint〉

47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
新潟でコロカルが向かったのは、海水浴場のメッカ、関屋浜。

「海の家」という「仕事場」

目に映るのは海と砂浜、青い空。
波音が絶え間なく耳に響き、潮風が頬に触れ、心が開放感で満たされてゆく。
日本海の懐に包まれたこの場所は、意外にもコワーキングスペース。
〈co-ba niigata seapoint〉といいます。

昨年までは真夏の海水浴シーズンだけにオープンする海の家だったものを、
冬から春にかけてリノベーションし、迎えた今年。
夏はもちろん「海の家」だけど、夏場以外でも利用可能な
「コワーキングスペース」でもあるという、
シーズンオフのない多目的空間へと変貌を遂げたのです。

たった一歩、足を踏み出せばそこは砂浜。co-ba niigata seapointは海の家でもあり、いつでも誰でも利用できる「オープンな仕事場」でもあるのです。

洋風2階建てのco-ba niigata seapointのメインとなる1階フロア。
その半分を占めるコワーキングエリアには、
快適に仕事ができるようワーキングデスクとチェアがいくつも並び、
Wi-Fiが飛び、共有パソコンやプリンター、ロッカーも設置され、
ちょっと横になって休めるソファーも、
打ち合わせや会議のためのスペースも確保されています。
他方、もう半分を占める飲食エリアはくつろぎの空間で、
足を伸ばして食事のできるローテーブルなどあり、のんびり過ごせます。

コワーキングエリアは月間利用の契約ができますが、
1日利用も可、2時間だけでももちろんOK。
8人くらいなら会議スペースもあるので
プロジェクトチーム全員で出張ミーティングもいいでしょう。
ざっぱぁーん……と寄せては返す波音をBGMに仕事に取りかかることが可能。

1階フロアのコワーキングエリアに並ぶのは、さまざまなイス、ソファー、テーブルなどなど。空いている場所を気分に合わせて自由に選んで利用できます。海を見て仕事するのがおすすめですが、「気持ちよすぎて仕事にならない」可能性もあります。

きれいすぎずどこか雑多な印象もあり、明るく開放的な雰囲気。気どらずに、気楽に、のんびりと過ごせそう。

〈Japonica Lodge (ジャポニカロッジ)〉 テントと寝袋にお試しで泊まれる! キャンプ場のようなゲストハウス

47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
東京でコロカルが向かったのは、観光客でごったがえす浅草。

日本のアウトドアメーカーのみを揃えたショールーム

最近では海外から日本を訪れる人、いわゆるインバウンド観光は、
地方部にも広まっています。
それでも観光客の多くは、まずは東京がベース。そのなかでも浅草は、
和のテイストを感じられるとあって外国人観光客に昔から人気のエリアです。
その浅草に新しいスタイルの宿が昨年誕生しました。
店内には寝袋やテント、アウトドアチェアが並んでいます。
ココは、……キャンプ場?
屋内なのにアウトドアフィールドさながらの光景が
浅草の隅田川沿いに広がっていました。

この〈Japonica Lodge〉を手がけているのは、赤穂雄磨さん。
観光業を目指して〈観光創造ラボ〉という会社を立ち上げました。

「当初は、ゲストハウスに旅行代理店の機能を付帯させれば
手っ取り早いと思っていたんですが、
ゲストハウスをそれなりの規模でやろうと思うと、大きな資本が必要になってきます。
それに物件数も少ないし、東京は改装などの条件も厳しいんです」

そこで赤穂さんは、自身が登山などをたしなんでいたこともあり、
自然やアウトドアを好きな人を集めるための仕組みを考えました。
答えは単純明快、登山用品を扱うこと。
しかも、日本のアウトドアメーカーのみを集めました。

そのあり方はユニークなもの。なんと屋内なのに、
テントや寝袋に宿泊できるというスタイルなのです。
ただ泊まるということでなく、テントや寝袋を
実際に試すことができるというコンセプト。
つまり、すべてに値札がついていて、販売しているのです。

「登山用品は安くないので、購入するにあたって二の足を踏む方が多いのは事実です。
ショールームなどで、サイズの確認としてのお試しはできたりしますが、
寝心地などの使用感は、やはり実際に寝てみないとわからないと思います」

ぎっしりとテントが設置されています。

新作のテントも取り揃えています。

店頭でちょっと試すだけでなく、実際に1泊寝てみれば、
また違う感想を持つかもしれません。
実際に使用したお客さんの感想は、各メーカーにフィードバックされているそうです。

「中小企業のメーカーさんのお手伝いをしたいという思いもあります。
例えば、これから海外に打って出たいというメーカーさんにとっては、
海外のお客様からのレビューなどは特に参考になると思います」

2段ベッドならぬ、2段テント!

実際に寝てみました。寝袋とマットだけという山小屋スタイルの宿泊もあります。

浅草という土地柄、そしてゲストハウスという特性上、
海外からのお客さんも多く、彼らが日本のメーカーのアウトドアギアを使ってくれます。
日本のアウトドアギアは、多湿な気候に合わせてつくられていますし、
欧米の人にはサイズが小さいかもしれません。
そういった意見も、メーカーにとっては貴重な声。

「アウトドア初心者の意見は、ある種、独特の意見になりますから、
それはそれでメーカーさんにとっておもしろい意見になります。
逆に、すでに旧モデルを使っている上級者で、
その新作を試しに来たという人も、もちろん歓迎です。
より使用感に即した突っ込んだ意見になりますからね」

宿泊して使用してみて気に入ったら、購入してもいい。
その場合は、商品代金から宿泊代が差し引かれるのでご安心を。
宿泊代の負担はありません。

テントサイトの手前にはショールーム。

いまにもたき火が始まりそう。BBQグリルも売っています。

〈USHIO CHOCOLATL ウシオチョコラトル〉 空と海、カカオの香りに包まれる、 丘の上のチョコレート工場。

47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
広島でコロカルが向かったのは、尾道市向島にあるチョコレート工場
〈USHIO CHOCOLATL(ウシオチョコラトル)〉。

カカオ豆と砂糖のみでつくるチョコレート

チョコレート工場だなんて、一度は夢見たことのある場所のひとつ、ですよね。
絵本や映画の中だけの話ではなく、尾道にもあるんです。

尾道駅そばから渡船に乗ること約5分。
幅300メートルほどの尾道水道を渡り、尾道市街の向かいに位置する向島へ。
本州と四国をつなぐ〈しまなみ海道〉沿いにある、
尾道側から数えてひとつ目の島で、周囲をぐるりと海に囲まれています。

車を走らせること15分ほどで、〈USHIO CHOCOLATL〉に到着です。
目の前には連なる家々と海、そして空。
思わず「う~ん」と伸びをしたくなる気持ちのよい景色が広がっています。

USHIO CHOCOLATLがあるのは、尾道市の施設〈立花自然活用村〉の2階。1階には郷土資料館、同フロアにはレンタル可能な会議室もあります。「新聞にここが閉鎖状態になっている情報が出ていたことを教えてもらいました。ちょっと浮世離れしたところがよかったんです」と工場長の中村真也さん。

中村さんは福岡県、宮本さんは兵庫県、栗本さんは広島市内と、
生まれた場所も育った場所もバラバラの3人ですが、
共通しているのは「なんだかおもしろそう」
「会いたい人に会うために」といった理由で、数年前に尾道に移住してきたところ。
尾道駅の商店街にあるカフェで働いたり、
お客さんとして出入りしていたことをきっかけに出会い、
「いつか何かを一緒にできたら……」という想いを抱くようになっていたといいます。

お気に入りの場所で乾杯。右から、工場長の中村真也さん、宮本篤さん、栗本雄司さん。チョコレートづくりから販売まで、さまざまな仕事をみんなでこなします。ビールを片手におしゃべりが止まらない、陽気な仲間たち。

ビールにも意外と合うUSHIO CHOCOLATLのチョコレート。チョコレートになる前の、砕いたカカオ豆に砂糖をまぶしただけのものをつまみながら飲むなんてこともあるそう。

USHIO CHOCOLATLの前には気持ちいい景色が広がります。このベンチも彼らのお気に入りの場所。と言っても、遊んでばかりいるわけじゃありません……。

山を楽しむ「山活!」 十数年後の山の未来へ 想いを馳せて

春に欠かせない山の手入れとは?

エコビレッジづくりの可能性を探るために、この春、わたしは山を買った。
ここに家を建てたりビレッジ化したりするプランはまだまだ先の話になるが、
木が伐採された笹原のようなこの地をどのように活用していくのか、
いま計画を練る段階に入っている。
山での活動、略して「山活!」と勝手に命名し、
まず、わが山の隣の土地を所有し、山に詳しい日端義美さんに弟子入り(?)しつつ、
山の手入れや楽しみ方を教わることを始めている。

ゴールデンウィークは絶好の「山活!デー」だ。
日端さんは、わが山のとなりとともに、岩見沢の上幌地区にも山を持っている。
5月2日、この上幌の山で、日端さんが理事を務める〈みどりのおやゆび チュプ〉の
メンバーによる、春のこの時期に欠かせない山の整備が行われた。
〈みどりのおやゆび チュプ〉とは、以前この連載(第7回)で紹介した
岩見沢を中心に活動をしている〈自然エネルギーを考える会〉が、
NPO法人の申請をするにあたって新たにつけた名称で、
日端さんの山で自然の恵みを暮らしに還元する
さまざまな活動を行っている(ちなみにわたしもメンバー)。

まず行われたのが、山ブドウとコクワの棚上げ。枝を棚に広げるようにすると秋に実が収穫しやすくなる。

棚上げしていない状態のコクワ。蔓が絡みついたような状態になっている。コクワは、サルナシという木の愛称。実は素朴な甘みがあってキウイフルーツに似た味わいがする。

クルミなどの幹から出た新しい枝を剪定する。この枝より上部にある枝の生育を妨げないようにするための作業。

この日のメインの作業となったのはニセアカシアの駆除だ。
幼木のうちに根元から切り倒し、切り株に農薬を塗布するというもの。
ニセアカシアは北米原産のマメ科の木で、荒れ地でもよく育つことから、
緑化のために、明治以降に導入された。
ハチミツの蜜源になるなど役立つ面もあるようだが、
繁殖力が旺盛なため、生態系バランスが崩れてしまう恐れも指摘されており、
近年では駆除が必要だと考えられるようになっている。

たしかに日端さんの山を歩いてみると、草原のあちこちに
ニセアカシアの幼木が1〜2メートルくらい伸びているのを見つけることができた。
しかも根元から切り倒しても、脇から再び芽が出てくるようで、
簡単には駆除できないものだという。
外来種が多くなっている現状を考えると、木々を伐採した土地を放置しておくだけでは、
多様性を持つ本来の森の姿に戻るわけではないのだということを実感した。

草原となっているところにもニセアカシアの幼木が多数見つかった。数か月で1メートル以上も伸びるという。

息子も伐採のお手伝い。ニセアカシアには大きなトゲがあるので、刺さらないように注意しながら。

みんなで汗を流したあとは、この時期の山のお楽しみ!
フキ、ヨモギ、イラクサ、ニリンソウなど山菜採りに精を出した。
「今日の晩のおかずが一品これでできるねー」なんて、
おしゃべりしながら葉をつんでいく。
日端さんをはじめ会のメンバーのみなさんは、山菜にもとても詳しく、
これは胡麻和えにするといいよなど、食べ方もいろいろと教えてくれた。

ヨモギ。すりつぶして団子に入れるだけでなく、若芽は天ぷらにしてもおいしいそうだ。

可憐な白い花をつけるニリンソウ。こちらもおひたしなどで食べられる。

つんだ山菜を家に帰ってさっそく調理。写真はイラクサ。葉にトゲがあるが、ゆでて胡麻和えにしてみると、葉の味が濃くておいしい。

山の上の城? 瀬戸内海の島で一番高い 〈星ヶ城山〉を登る

まだまだ知らないところだらけ! 不思議な光景に出会う

小豆島での暮らしも4年目。
地図で見ると小さな島ですが、暮らしてみるとほんとに大っきな島。
いまだに知らない場所、行ったことがない場所が島の中にたくさんあります。

5月の連休に私の両親が島に来ていたので、
せっかくだから行ったことがないところへ行ってみよう! というわけで島探検へ。
新緑が美しいこの季節、さてどこに行きましょか。

私がずっと気になっていて行けてなかったのが
〈星ヶ城山〉(ほしがじょうやま)という小豆島で一番高い山。
標高817メートルで、瀬戸内海の島々の中で一番高い場所です。

そびえ立つヒノキ林の写真だったり、石を積み上げたお城のような建物の写真。
友人たちが星ヶ城山で撮った写真を見て、
いったいどんなところなんだろうといろいろと想像していました。

いまの季節、山の中を歩くのはさぞ気持ちいいだろうな。
そうだ、星ヶ城山に行こう!
連休最後の日の午後、山を登ることに。

星ヶ城山の駐車場までドライブ。

山歩きの道が整備されていて、楽しみながら歩けます。

星ヶ城山に登るにはいくつかのコースがあります。
標高ほぼ0メートルの草壁港から3時間くらい歩いて登る本格的なコース。
ロープウェイなどで寒霞渓山頂まで行き、そこから1時間弱くらい歩いて登るコース。
そして一番気軽に行けるのが、星ヶ城園地の駐車場まで車で行き、そこから歩くコース。
今回は初めてということもあり、一番気軽なコースで(笑)。

駐車場に着くと、まわり一面ヒノキの森。
その中の道をえっさほいさと進んでいきます。
まっすぐにそびえ立つ木々。少し冷たい空気。
歩いているだけで気持ちいい。

まっすぐそびえ立つヒノキの森。圧巻。

〈マムシソウ〉というらしい。あちこちに生えていました。

ひんやりとした空気の中、歩くだけで気持ちがいい。

星ヶ城山には東峰(標高817メートル)と西峰(標高805メートル)があります。
登っていくと途中に分かれ道が。

東峰と西峰に向かう分かれ道。

東峰に向けて登っていきます。

レタスの村の大変革。 川上村の女性たちに 起き始めた変化とは

女性たちのアイデアで村を変えていく

八ヶ岳の麓に広がる、長野県南佐久郡川上村。
人口4000人ほどの小さな村ながら、標高1300メートルの
冷涼な気候で育まれるレタスは、日本一の出荷量を誇っています。
世帯の平均年収が2500万円という裕福な村なのですが、レタス栽培は重労働。
収穫時期となる夏場は、深夜1時くらいに起きて暗いなかで収穫が行われ、
朝採りの新鮮なレタスが首都圏などに出荷されます。

そんなレタス農家を陰で支えているのが、女性たち。
そのなかでも家事と育児の両立で、
自由な時間をなかなか持てないお嫁さんたちを中心に、
村ではいま、小さな変化が起きようとしています。

日本一の出荷量を誇る川上村のレタス。その農家を支える女性たちが動き出しました。

〈KAWAKAMI Re:BRANDING事業〉というプロジェクトは、
「変わることは、希望。」という事業コンセプトのもと、
村が抱えるさまざまな問題を解決しながら、村民の意識改革を促すもの。
村の女性たちが家の中だけでなく、社会的にも活躍できる場や機会を創出するのが、
柱のひとつになっています。
その実現のためにつくられた仕組みが〈KAWAKAMI IDEA FOREST〉で、
村の女性などから出たアイデアを、企業や専門家のサポートを得ながら
事業化していくことを目指します。

村の農産物などを活用した新しい特産品のアイデアを募集する
「地域特産品事業アイデア部門」と、
ライフスタイルを向上させる事業のアイデアを募集する
「地域ライフスタイル事業アイデア部門」の2部門でさっそく募集をしたところ、
村内外46名の応募者から106点のアイデアが寄せられました。
そして2月21日に開催された
『KAWAKAMI 地域イノベーションアイデアコンテスト 2016』で、
一次選考を通過した8点のアイデアがプレゼンテーションされました。
こうした試みは初めてなので、どんなアイデアが出てくるのか
予測がつかない不安はあったものの、蓋を開けてみると興味深いものがズラリ。

最優秀賞を受賞した「Mama's Rescue『森の手当て屋さん』」は、
病院のない川上村の課題に着目。
アロマテラピーなど薬草を使った自然療法で、
病気を未然に防ぐことを目的とした地域社会をつくるという、
いかにも女性の視点らしいアイデアでした。
ほかにも、おにぎりをレタスで包んだ「レタむすび」の商品アイデアをSNSで募り、
決勝大会を川上村で開催する「全国レタむすび選手権 in 川上村」や、
さるなしのジャムとヨーグルトと川上村の水で作る「さるなっしーでラッシー」と、
川上村産レタスと白菜を使った「川上ぎょうざ」を商品化し、
ご当地グルメにするアイデアなどなど。

『KAWAKAMI 地域イノベーションアイデアコンテスト 2016』には審査員としてライフスタイルプロデューサーの村上萌さんやコロカル編集長の及川卓也も参加。

最優秀賞に選ばれた川上知美さんの提案する『森の手当て屋さん』は、アロマテラピーによるストレスケアやハーブティーを提供することなどにより、病気を未然に防ごうというアイデア。

またコンテストと同時に、『#discoverkawakami』と名づけた
ワークショップが開催され、ライフスタイルプロデューサーの村上萌さんとともに、
村の女性たちが川上村のいいもの、いいところを話し合う場も。
参加した女性は、次のような感想を述べています。

「いままでは周りに何か言われるのが怖くて、こんなことがしたいと
言えずにいましたが、コンテストとワークショップを通して
たくさんの人に関わらせていただき、共感してもらったり刺激をもらって、
自分でも何かできるかも、何かしてみたいと思うようになりました」

ワークショップなどを通じて、女性たちに希望や自信が生まれていったよう。

声をつないで、縁をつくる。 移住者を引き寄せる広島県の試み

1年で30世帯をマッチングしたサポートセンター

2014年度から移住・定住促進に力を入れて取り組んでいる広島県。
相談窓口の設置やセミナーの開催、
移住サポートメディア『HIROBIRO』での情報発信など、
移住希望者に向けてアプローチを行ってきた。

なかでもきめ細やかなフォロー態勢で、移住希望者から支持されているのが、
東京交通会館6階にある〈ひろしま暮らしサポートセンター〉だ。
NPO法人ふるさと回帰支援センター内にあるこのサポートセンターでは、
県職員の平野奈都子さんがひろしまライフスタイリストとして常駐し、
移住希望者と受け入れる側である広島県内の地域、双方をつなぐ役割を果たしている。

このセンターの利用者のうち、2015年度に移住を決めたのは30世帯。
ひと月に2世帯以上が、広島での生活を始めたことになる。

平野さんに広島の魅力について尋ねると、
「大都市もあり、海も島も山もあること。
さらにそれぞれが近い距離に位置しているので、
広島市内に住みながら週末は自然を楽しめますし、
山海に住んでいても1時間で都市に出られるコンパクトさです」という答えが。

新たな暮らしを求めてやってくる人々の声を聞き、地域の人につなげること。
同時に、受け入れ側のニーズを把握し、移住希望者に伝えること。

今回はここでのサポートを受け、東京から瀬戸内海に浮かぶ
大崎下島に移住した写真家のトム・宮川コールトンさんと、
広島県庄原市出身で、広島市からUターンして
現在は広島市内で飲食店を経営しながら、自然農法に取り組む栗栖伸明さんを訪ねた。

灘五郷のお酒をめぐる旅。 歴史ある神戸の酒造〈櫻正宗〉と 3杯でほろ酔い〈三杯屋〉

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神戸出身で、コロカルで『たびのみ散歩』
連載中のイラストレーター平尾香さん。
お酒好きな平尾さんが、日本酒の産地である神戸灘五郷をめぐる旅を
2回にわたりお届けします。

神戸、酒造めぐりの旅へ

酒蔵めぐりのたびのみ散歩は、灘五郷とよばれる神戸の東側。
たくさんの酒造メーカーが日本酒をつくっているのです。
神戸生まれの神戸育ちの私ですが、最近もっぱら日本酒好き、
地元の酒蔵めぐりにワクワク。

降り立った阪神魚崎駅から六甲山を見上げると、
山頂あたりに3月というのに雪が積もって寒い空。
神戸は山と海に挟まれたまち。六甲山から吹き降ろす北風、
阪神タイガースの応援歌としても有名な六甲おろしが、
お酒の発酵を促す麹のをつくるのになくてはならない風なのです。

海へと流れる住吉川の河川敷を流れに沿って歩きます。
川の水は、マンションが立ち並び、国道が横切る
まちの中を流れているとは思えないほど澄んでいて、水量も豊富です。
六甲山からの急流は、その昔、日本酒の原料のお米を精米する水車に
好都合だったのです。

そして、山田錦を生んだ兵庫の豊かな土地でつくられるお米、
六甲山の花崗岩を通ったミネラル分の多い地下水と
日本酒の原材料の調達にも恵まれていました。
運送面でも海が近く、江戸へ運ばれた灘のお酒はたちまち大評判。
多くの好条件がお酒づくりを支えていたのですね。

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国道43号線と阪神高速の南側が、酒蔵のまちなみ。
蔵風の落ち着いた建物に瓦屋根の塀、杉玉を掲げた入り口、
松並木の道、色とりどりの酒瓶ケースが積み上げられた駐車場など。
寒造りの繁忙期、ダクトから白い湯気がたちこめ、ほんのりお酒の香りも漂っています。

その昔、木造の酒蔵がいくつも連なって建ち、水車が回り、
白い帆をあげた船が海に浮かんでいたと想像をめぐらせながら歩いていると、
六甲おろしの風で体も冷えてきました。
そろそろ本格的にお酒が飲める〈櫻正宗〉の記念館〈櫻宴〉へ。
木造蔵があった場所に震災後建てられた、
ダイニング、展示スペース、ショップなどが集合した複合施設です。
館内は、木造蔵の古材などがふんだんに使われて落ち着いた雰囲気。
古い酒づくりの道具やレトロなポスター、ロゴの入った粋な酒器などの展示も楽しい。

櫻正宗は、創業1717年と歴史ある酒蔵。
正宗とつく名前の日本酒は全国に多数あるけれど、
その名前を一番最初につけたのは、ここ櫻正宗の6代目当主の太左衛門氏。
仏教経典から正宗という音読みが「セイシュ」に近く縁起もいいので名づけたところ、
人気にあやかる同業者が続出し、正宗は清酒の代名詞となり広まったそう。
リンを多く含む酒造に適した宮水の発見。原料の米をさらに精米してつくる
高精白米仕込みという吟醸酒のおいしいお酒をつくり、
櫻正宗の酵母が最もすぐれた酵母として、1号酵母の名前で全国に領布されたり。
櫻正宗のストーリーは、酒席のネタに尽きないのです。

育てた花でブーケをつくりたい。 北海道へ移住した花屋さん

美流渡を訪ねて2か月で移住を決断した理由

4月16日、岩見沢の山間部、美流渡(みると)地区に小さな花屋さんがオープンした。
人口が1000人を割り込み店舗の閉鎖も目立つこの地区に、
新しいお店ができたのは何年ぶりのことになるのだろう。
いま、わたしはこの地区の空き家を利用してゲストハウスをつくろうと考えているので、
近くに花屋さんができたことは、とてもうれしいできごとだった。
しかもこのお店を開いたのは、横浜から移住してきた大和田誠さん、由紀子さん夫妻だ。
わたしも美流渡への移住を計画していることもあって、
大和田さんがなぜここで花屋を開いたのか、その経緯を聞いてみたいと思っていた。

開店して2日目にお店を訪ねてみると、大和田さん夫妻は満面の笑顔で迎えてくれた。
お店の名前は〈Kangaroo Factory〉。
もともとオーストラリアの花が好きだったことからつけた名前だ。
ここはショップ兼工房となっており、
全国からフラワーアレンジメントの注文を受け発送も行っている。
ちょうどわたしの夫の誕生日が近かったことから、ブーケをひとつ頼むと、
真っ赤なダリアを中心に、さまざまな種類のグリーンをあしらってくれた。

「本当はもっと地元の花やハーブなどを増やしていきたいと思っているんですよ」
と誠さんは言う。由紀子さんも、
「地元の花を使って、この地の景色が感じられるようなアレンジにしたい」
と語っていた。

大和田誠さん(左)と由紀子さん(右)。ふたりは22年前に横浜で花屋を始め、その後、一軒家を借りてフラワーアレンジメントを制作するアトリエ〈Kangaroo Factory〉を設立した。

店内の様子。木製ドラムを白くペイントするなど手づくりで改装を行った。

店内のいたるところに美流渡の野山でとれた木の実や蔓などが飾られていた。

もともとKangaroo Factoryという名前は、大和田さん夫妻が
横浜で10年間、店舗を構えず注文によるフラワーアレンジメントを
制作していたアトリエにつけられていた名前だった。
個性的なアレンジが話題となりファンも定着していたが、
2014年に新天地となる北海道へ移住した。

きっかけとなったのは、美流渡で十数年のあいだパン屋〈ミルトコッペ〉を営み、
リンパ・ドレナージュ・セラピスト(リンパの流れをよくして血行を促進するセラピスト)
としても活躍する中川文江さん(連載14回)のすすめによるものだ。
中川さんは北海道だけでなく関東にもサロンを開いており、
由紀子さんがこのサロンに通ったことから交友が始まったという。

中川さんの誘いを受けてから、大和田さん夫妻の動きは早かった。
まず、2014年夏に花の生産が盛んで北海道とも気候が近い、
オランダへ視察旅行に出かけ、花との関わりを見つめ直す機会を得た。
その後、秋になって実際に美流渡を訪れ、この地にひと目惚れしたという。
地元の人々から温かな歓迎を受け、また満点の星空に心奪われ、
移住を即決意したそうだ。
そしてふたりは、たった2か月で横浜のアトリエを引き払い、
北海道へとやってきたのだった。

「ずっと横浜のアトリエで制作を続けていたとしても、
きっと充実した暮らしはできていたはずです。
けれど、ぼくたちは花を自分たちで育ててそれを売る、
そんな花屋になりたいと思っていたんですね」と誠さんは語る。
オランダを旅行中に、自分たちの理想としていた自家栽培をする花屋さんと出会い、
「やってみたらいい」と勇気づけられたことも大きかった。
また、誠さんは当時47歳。
50歳になる前に新しいことを始めたいという気持ちもあり、
「さまざまなタイミングが重なって」、
移住するならいましかないという思いに駆られたという。

美流渡の春は遅い。4月中旬だが、窓の外にはまだ大きな雪の山が残っている。

人と人とのつながりをつくる 小豆島の伝統行事 「肥土山農村歌舞伎」

みんなでつくる、つないでいく、伝統の舞台

1週間前からその日の天気予報がずっと気になってました。
5月3日。
年に一度の村の伝統行事、肥土山農村歌舞伎の日です。

晴れマークが続いているのに、なぜかその日だけ雨。
それもテレビのニュースでは大荒れになるとも。
どうにか雨の時間がずれますようにとずっと願っていました。

こんなに天気のことを気にするのは年に数回あるかないか。
というのも、農村歌舞伎は屋外の舞台で行われます。
舞台には屋根がありますが、観覧席(桟敷)には屋根もないし、
もちろん椅子なんかもありません。
地面にゴザを敷いて座ってみます。
気持ちのいい気候のなかで、お弁当を広げて、
家族や友人たちとワイワイしながら歌舞伎を見る。
それをしてもらいたい〜!

雨予報だったので、地元の大工さんが仮設の屋根を設置してくれました。

朝から猛烈な風。のぼりがバタバタとはためき、土が舞い上がっていました。

そして迎えた当日。
朝起きると昨日までの暑いほどの晴天が一変。
空は曇り、ビュービューとすごい風。
なんでよりによってこの日に。

まぁでも、天気だけはどうしようもない。
あとはひどくならないことを祈り、舞台に向かいました。

年に一度のこの日のために、多くの人が関わり準備を進めてきました。
表に立つ役者さんだけでなく、裏を支える人たちがたくさんいます。
すべてのとりまとめをするのは、今年の担当組の組長さん。
今年はそんな天気予報だったので、地元の大工さんたちが
仮設だけども強い風にも負けない屋根を組んでくれました。
そしてお母さんたちは、毎回稽古のときにお茶やお菓子を用意してくれたり、
当日も朝2時台からみんなのお弁当づくり。
着付け、化粧、音響、大道具……、みんなそれぞれの役割を担います。

お母さんたちがつくってくれたお弁当。

役者の子どもたち。お弁当をみんなで食べて本番に備えます。

逗子の海と食材を知り尽くした 〈AMIGO MARKET〉で テイクアウト!

47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
神奈川でコロカルが向かったのは、逗子海岸〈AMIGO MARKET〉。

映画館にある軽食コーナーをオーガニックに

海水浴はしなくても、ビーチで太陽&潮風とともに過ごすのは気持ちがいいものです。
都心から近いビーチエリアとして人気の逗子海岸。
せっかくならちょっとしたピクニック気分で、おつまみとビールでも楽しみたい。
そんなとき、ビーチに持っていくのに最適のデリが逗子海岸のすぐ近くにあります。
〈AMIGO MARKET〉です。

オープンしたのは2015年6月。店主の井上園子さんはもともと、
お隣にある〈CINEMA AMIGO〉という映画館カフェのキッチンで働いていました。
現在の場所が空くことになり、AMIGO MARKETを構想したと言います。

店主の井上園子さん。ガラス越しのキッチンで調理中。

「せっかくなら、CINEMA AMIGOと連携したものがおもしろいねと、
CINEMA AMIGO館長の(長島)源ちゃんと話していたんです。
映画館にはホットドッグやポップコーンを買える軽食コーナーがありますよね。
あのような使い方をできるように、サンドウィッチやガレット、
フォカッチャ、デリなどの軽食を中心にしたお店にしたんです」と言う井上園子さん。

サーモンとクリームチーズのサンドウィッチと、平飼い卵とブルーチーズのサンドウィッチを注文しました。

フォカッチャは定番商品。

AMIGO MARKETのオープン以降、
サンドウィッチやデリなどを購入し、映画を観に行く人が増えました。
よくある映画館フードは、ちょっとアメリカンなファストフードという印象ですが、
AMIGO MARKETの場合は、オーガニックだったり、食材にこだわったもの。
それらの仕入れ先も、当たり前のように
地元のつながりのなかで顔の見える関係性ばかりです。

「例えば、野菜はどうする? パンはどうする? スイーツはどうする?
などと考えていくのが普通だと思いますが、うちの場合は、
このあたりでいいものを真摯につくっている人たちがたくさんいて、
迷う必要がありませんでした。
わざわざ新しい業者を検討する必要もなかったんですよね」

ショーケースの中にはデリ。季節の食材を使っているので、メニューはだいたい1週間ごとに変わるそう。

逗子、鎌倉、葉山エリアは、働き方も自然体の人が多く、
週4日営業のお店なんてザラにあります。
それは生産性や経済性というモノサシではなく、
ライフスタイルのなかで身の丈を大事にし、自分で責任を持ってこだわりたいから。

「ちゃんと食材を選んで、なるべく手づくりで、
自分が心地よく料理して働けるペースとなると、
実際にお店をオープンできるのは週4日程度というのは理解できます。
1日は仕込みや仕入れに使ったり、勉強やインプットの時間が必要。
そのくらいのペースでないと、いいものを提供していけないんです」

とはいえ、実は、井上さんが掲げるコンセプトに
「オーガニックなコンビニ」というものがあります。
なるべく多く店を開けていたいというのです。

「さきほど言ったこととは矛盾しますが、
営業日はなるべく減らしたくないので、週休1日にしています。
このあたりでは珍しいですよ。そういったカルチャーをリスペクトしながらも、
最適なやり方を考えていけばできると思って、いまは試行錯誤していますね」

福岡市民の心のオアシス! 国内屈指の水景公園 〈大濠公園〉の1日

47 都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
福岡でコロカルが向かったのは、福岡市内の〈大濠公園〉。

市民に愛される自然公園

ニューヨークにセントラルパークがあるように
福岡には〈大濠公園〉があります。
というのは言い過ぎかもしれませんが、福岡市の中心部にある大濠公園は、
それくらい福岡市民に親しまれている公園です。
福岡藩初代藩主・黒田長政が築いた福岡城址のお濠の跡を生かした大きな池を中心に、
その周囲約2キロメートルが遊歩道・ジョギングコースとして整備された自然公園です。

公園が誕生したのは、昭和4(1929)年のこと。
その後、昭和54(1979)年には園内に〈福岡市美術館〉が開園し、
次いで〈日本庭園〉〈能楽堂〉が完成。
いまや福岡の夏の風物詩として広く知られる西日本大濠花火大会が
実施される会場でもあり、市民にとってかけがえのない場所です。

大濠公園は総面積が約40万平方メートルで、
そのうち半分以上を池が占める国内有数の水景公園でもあります。
そんな雄大な公園であるにもかかわらず、福岡の中心・天神エリアから
徒歩15~20分程度で行けるというアクセスのよさが魅力。
地下鉄なら天神駅からわずか2駅、それこそ10分以内で公園に着くという距離感です。

公園中央に浮かぶ松島からの眺め。

天神のど真ん中から少し足を延ばすだけで、自然あふれる光景が待っているなんて、
とても贅沢なこと。耳を澄ませば野鳥の声が聞こえ、とても心が落ち着きます。

水面では水鳥たちが優雅に泳いでいます。

池の中央、松島へと渡る観月橋。島には松の木が生い茂り、木陰にひんやりと涼しい風が吹きぬけます。

なんと亀まで泳いでいました。

時間帯により異なるさまざまな表情

大濠公園は朝、昼、晩と、その時間によって表情を変化させます。
朝はゆるやかに時間を過ごす人が多く、
コーヒーを片手に読書を楽しむ姿がちらほら見受けられました。

午後になると、ベンチでお弁当を食べる人、
家族でレジャーシートを広げてピクニック気分を楽しむ人たちが増えてきます。

犬の散歩をしている人も多く見かけます。

そして、食後の運動がてら、ボートに乗って優雅な水上散歩を満喫する人もちらほら。

園内のボートハウスではレンタルボートも受け付けています。詳細は公式ページより。

スワンボートは30分1000円。ボートからの公園の眺めもすてきですよ。

あめんぼボートは1名用が30分600円、2名用は30分1000円。ペダルをこぐと結構な運動に。

潮風に吹かれて味わう、 淡路の春の風物詩・くぎ煮。

47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
兵庫でコロカルが向かったのは、淡路島の〈藤本水産〉。

小さいくぎ煮はご飯に、大きいくぎ煮はおつまみに

春の訪れを伝えてくれる春告魚。
神戸や淡路の春告魚といえば、くぎ煮で知られるいかなごです。
くぎ煮とはとれたてのいかなごを炊くことで、
身がきゅっと締まり釘のように折れ曲がる姿からつけられたと伝わる名前。

毎年2月下旬から3月初旬の解禁日から、約1か月にわたって水揚げされるいかなごは、
しんこと呼ばれる稚魚から、ふるせと呼ばれる成魚まで、
日に日に大きくなりつつ、連日水揚げが行われます。

漁期間の最後で大きめのいかなご。

それと同時に忙しくなるのが界隈の家庭の台所です。
鮮度が命のいかなごを手に入れたら、それぞれの家の味でくぎ煮を炊き上げて、
ご近所や遠方に暮らす家族や知人に送るのが、この地方の春の風物詩。
鮮魚店にはいかなごを求める人で行列ができ、
まち全体が醤油の香りに包まれることからも、
熱の入りようがうかがえるというものです。

淡路島の北西に位置する育波浦(いくはうら)は、
春はいかなご、初夏から秋はしらすで知られる漁港。

その目の前にある〈藤本水産〉が最も賑わうのもいかなごの季節です。
いかなご漁は2艘の船が袋状の網を引いて群れごととる船曳網という漁法。
早朝から昼前まで、何度も漁場と港を行き来しながら漁を行います。

生のいかなごを釜に投入!

くぎ煮は生きたままのいかなごを使うのがセオリーですから、
港に上がったいかなごは鮮度が命。
藤本水産ではセリ落としたらすぐに作業場へと運び、
醤油、酒、みりん、砂糖を刻んだショウガとともに大きな鍋に入れ、
40~45分ほどかけて炊き上げます。

味つけは藤本家のレシピをもとに、照りを出すよう仕上げたもの。
特別にのぞかせてもらった作業場では、18もの釜がフル稼働。
次々とくぎ煮が炊き上げられていて、甘辛い香りが鼻をくすぐります。

「出始めの小さなしんこを炊いたものはご飯のおともに。
漁も終わりになる頃のふるせを炊いたものは、魚自体に味がのってくるので、
それだけで味わうおつまみにおすすめです」とは3代目の山下雅令さん。

藤本水産の3代目、山下雅令さん。

その言葉どおり、小さなくぎ煮は白いご飯が欲しくなり、
大きなくぎ煮は噛むといかなごの旨みが口に広がります。
控えめに効かせたショウガと、甘過ぎない醤油味が藤本水産の味。

旬である春に数トンの量を炊き上げたくぎ煮は、1年を通して店頭に並ぶため、
いつでも手に入れることができるのも魅力です。

加えて漁の季節だけのお楽しみは、釜揚げのいかなご。
さっと塩釜で茹で上げたものは、醤油やポン酢で食べるのはもちろん、
ワケギと酢みそ和えにするのも地元での定番だとか。

春の陽気とともに楽しむ、 衣・食・充実のまち、大須。

47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
愛知でコロカルが向かったのは、名古屋で注目のエリア、大須。

大須商店街から少し外れた場所に、新たな動き

名古屋エリアでひときわ賑わいを見せる〈大須商店街〉。
名称の由来でもある〈大須観音〉を中心に“寺町”として栄え、
400年以上の歴史を誇ります。
現在では、若者からご老人まで、週末ともなれば
人でごった返す繁華街のひとつです。

ショッピングを楽しみながら、ちょっと小腹が空いたら食べ歩きができる大須は、
名古屋で暮らす人々にとって、身近に存在する「遊び場」。

ここには、古くから続く老舗も数多くありますが、
時代の移り変わりとともに新陳代謝を繰り返し、
ニューアドレスが次々と追加されていく活発なまちでもあります。

実は最近、商店街から少し外れた場所に店を出す、
若者たちの動きがちらほらと現れました。
新しい感覚を持った彼らはどのような思いで、
このまちに店を構え、生活をしているのでしょう。

「店内の内装も、ロフトのベンチも自分で全部つくりました」と話すのは、
もともと建設業者に勤務していたという〈YES AND CO〉店主・松澤茂延さん。

2013年、24歳だったという彼は、誰のサポートを受けるわけでもなく、
商店街の喧騒から少し遠ざかった位置にある、
雑居ビルの最上階にひっそりと店をオープンしました。

白を基調としながらも、やや無骨な印象の店内空間が広がる〈YES AND CO〉。

「先日、2周年を迎えたんですけど、イベントとか特に企画していなくて、
気づいたら過ぎてて……。お客さんに教えてもらいました(笑)」

そんなゆるさもたまらない松澤さんの店に出入りする人だけが知っている、
秘密のチルアウトスペースがこの店にはあるんです。

のんびりするのにも最適なテラスは、仲間たちの憩いの場

テラスからまちを見渡しながら飲むビールは格別! 過ごしやすい天候の季節ならではの楽しみ方です。

店から直結しているこの秘密のテラス。利用しているのは、お客さんだけではなく、
彼と仲良くしている他店のスタッフたちも時間を見つけては遊びに来たりするのだそう。
「憩いの場というか、完全に溜まり場です(笑)」と松澤さん。

昨年、自分のお店を大須に開業した、〈karisome〉店主のしろさんも、
学生時代、この場所にお客さんとして、足を運んでいたうちのひとりなのだそう。

〈karisome〉店主・しろさん。

〈karisome〉は、2015年の5月にオープンしたばかりのニュースポット。

〈karisome〉は、バイヤー、ウェブショップ、店頭での接客と、
三者がそれぞれ役割を持つ、男性3人による古着&セレクトショップ。

「レディース/メンズの垣根は特に決めていなくて、
服を選んだ人が決めればいいという思いから、
服の並べ方もただ色で分けているだけなんです」としろさん。

そしてしろさんが店を始める前に、アルバイトをさせてもらっていたのが、
同じく大須に店を構える、セレクトショップ〈fro・nowhere〉。

研ぎ澄まされたセンスが光る、ドメスティックブランドを中心にセレクト。
衣類だけでなく、海外の雑誌やZINE、アートブックなども並んでいて、
コアな服好きが集う店としても知られています。

松澤さんや、しろさんとも仲がいい、〈fro・nowhere〉スタッフの
蓑島いちこさんも含め、3人は全員20代。

若くして、好きなことの延長線上に仕事を据え、自分たちの居場所を見つけた彼らは、
大須というまちを、また更新していく存在と言えるでしょう。

そんな彼らも行きつけの、大須の人気テイクアウトショップをご紹介。

台湾で大人気の日本通! 男子休日委員会が積丹に行く。

男子休日委員会

彼らの写真と文字で切りとられた「日本」は、日本人の僕たちをも深く惚れ込ませる。
彼らの名前は〈男子休日委員会〉。
dato、奕凱、Azonaの3人が2012年に結成した創作ユニット。
「你的生活是我遠道而來的風景(君の生活は遠くから来た私の風景)」
というコンセプトのもとに、一貫し「休日」をテーマにした、
生活と旅行にまつわる創作を展開。
著作に『左京都男子休日』『北海道央男子休日』。
そのほか、台湾の無印良品の「MUJI to GO」、香港Airbnb、Lomographyなどの
国内外のブランドとのコラボ企画など、彼らの世界観は海外からも注目されている。
今回コロカルでは彼らの完全書き下ろしの「積丹海岸男子休日」をお届け。
(by LIP)

積丹海岸男子休日

旅行は常にたくさんの貴重な「一期一会」の積み重ねででき上がっている。
一度きりの体験で残る思い出は特に心に刻まれるからだ。
ところが「一期一会」よりも魅力的なのは、「同じ場所を再び訪ねる」喜びだ。
北海道の積丹(しゃこたん)半島には僕たちにとって、
2回訪ねたことによって得られた蒼い海の思い出がある。

僕たちは2012年と2014年にウーフ(WWOOF)で
北海道西北にある積丹半島を訪ねた。積丹半島は三面を海に囲まれ、
名産のウニに惹かれてこの地に足を運んだ美食家は少なくなく、
さらに曲がりくねった海岸線には絶景が点在している。
僕たちの滞在先の農場は美国町にあり、バス停から美国港までは遠くなかった。
1回目のウーフのある休日、グラスボートのチケットを買って、
遠方からの観光客と共に積丹の海を体験した。

グラスボートは2階建てで、透明の船底が海面下に浸かっていた。
船が出発すると、下の階の客室で魚が自由自在に泳いでいる絶景を見れる。
海の底に散らばる一粒一粒のウニもはっきり見えて、
ウニが口の中で溶けたときの新鮮な甘みを思い出した。

ボートがしばらく海の真ん中に停まっていると、乗客は次々とデッキに上がった。
デッキでは船員さんに食パンを渡され、まだ状況もよく把握できないでいると、
カモメの群れが素早く飛び寄り、僕と周りの乗客を驚かせた。
僕は周りの人のように食パンを高く上げると、一瞬でカモメに取られた。
楽しくなって笑いながらカモメに餌をやっているうちに、船が再び動き出した。
船首に座る僕たちは、飛び跳ねた海水の水しぶきでずぶ濡れになったが
それもまた楽しかった。
思いもよらずこのグラスボートでの出来事は忘れられない旅の思い出になった。

ついに山を購入。 「山活!」がスタート!

地元の人たちとのつながりから実現した山の購入

ついに山を買いました!
東京で暮らしていたときは、まさか自分が山を買うなんて想像もしなかったけれど、
いろいろな縁があって土地が手に入った。
まずひとつ目の縁となったのが、この連載第1回で紹介した
農家の林宏さんが山を買うというアイデアを私に教えてくれたことだった。

昨夏に林さんが山の土地を探していると知って以来、
一緒に山を探すようになり、そして今回、山を共同購入することになった。
もうひとつの縁は、岩見沢にふたつの山を持ち、
山のことにとても詳しい日端義美さんとの出会いだ(連載第7回)。
日端さんは、私たちに地主さんを紹介してくれ、
また山でのさまざまな楽しみ方を教えてくれたのだった。

地主さんと土地購入の話が具体的にまとまったのは、
昨年の雪が本格的に降り出し始めた頃だった。
山の広さは約8ヘクタール(ちなみに東京ドーム1個分が4.7ヘクタール)。
岩見沢の市街地から車で30分弱のところにある。
この地域の山林の値段は、相場によると1ヘクタール20〜30万くらいのようだが、
それよりも安い金額設定に地主さんがしてくださった。
購入金額についてここで書くことは控えるが、
値段というものは「あってないようなもの」であることを今回知った。

山の達人である日端さんが、あるときこんなことを言っていたのを思い出す。
「地主さんがずっと大事にしてきた土地を譲ってもらうわけだから、
自分ができる最大限のところを示すという誠意が必要だよね」
確かに日端さんの言うとおりで、不動産屋から土地を買うのとはわけが違う。
土地には地主さんの想いがつまっていて、値段などはつけられない場所であるはずだ。
そこを譲っていただくのだから、相場という観点よりも、
地主さんと購入側の気持ちから出てきた金額設定というのが何より大切なんだと思う。

山の土地を買うなんて初めての経験だが、加えて土地登記の手続きについても、
司法書士に頼まず自分たちでやろうということになった。
司法書士に手続きを頼むと10万円以上はかかるらしい。
林さんが知人に聞いたところによると、
「3回くらい法務局に行けば、自分たちでも手続きはできる」のだという。
そこで、地主さんと売買契約書を自分たちで取り交わし、
法務局で必要書類の作成方法について教わりながら手続きを進めていった。
割り印の押し方も、収入印紙の貼り方もわからない私だったが、
林さんが書類の作成から法務局のアポ入れなど、どんどん進めてくれたことで、
登記をスムーズに進めることができた(林さんのおかげ!)。

いざ、法務局へ! この日は法務局で書類作成の説明を受けた。その後書類を提出し、最後に登記が完了した証明書をもらいに行き、本当に3回訪ねて手続き完了。半月ほどかかった。

こんな経緯があって、3月末、晴れて土地が手に入り、
さっそく林さんと山を訪ねることにした。
どうしてもすぐに山に行きたかったのにはわけがある。
整備されていない山にはたいてい笹など下草がたくさん生えていて、
思うように歩くことができない。
けれどこの時期は、まだ一面が雪に覆われており、
その上を歩くことができるため行動範囲がかなり広がるのだ。
しかも、雪がギュッと圧縮されているので、
カンジキがなくても上を歩くことができるところもいい。

これが購入した山! 木がほとんど伐採されているので、奥に見える木々の手前までが境界。8ヘクタールの広さは一望ではとらえきれない。

「台日系カルチャー」を発信! 台湾と日本をつなぐ〈LIP〉とは

photo:簡子鑫

台湾と日本をつなぐ〈LIP〉とコロカルのコラボ企画がスタート。
colocal 台湾版』では、コロカルからセレクトした記事を繁体字でお届け。
またコロカルでは、日本通の台湾人から見た日本のローカルを紹介していきます。

『colocal 台湾版』オープン!

初めまして。LIP (リップ)です。

私たちは台湾と日本をつなぐ「台日系カルチャー」を発信すべく、
2010年から台湾と日本を行ったり来たりしながら活動している
クリエイティブエイジェンシーです。
このたび『colocal 台湾版』をコロカル編集部さんと一緒につくらせていただきます!

『colocal 台湾版』は、もともとの『colocal(日本語)』サイトと連動し、
最新かつ厳選された日本のローカル情報を台湾に向けて繁体字でお届けしていきます。
さらに台湾のクリエイターやアーティストにも登場していただき、
彼ら彼女たちのおすすめする日本のローカル情報もあわせて発信していきます。

台湾の皆さんがもしかするとまだ知らない日本のローカル情報を
どんどん発信していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

左・田中佑典(企画・プロデューサー)、右・西山美耶(アートディレクター)。

台湾と日本でつくる「台日系カルチャー」の発信。

台日系カルチャーマガジン『離譜』最新号Vol.13のテーマは「職」。

まずは我々LIPの簡単な自己紹介から。
私たちLIPの主な活動として台湾と日本両国で
台日系カルチャーマガジン『離譜』を発行しています。
また東京では台湾の最新カルチャーを発信するイベント『台灣好塾』、
そして台北では日本のローカルカルチャーを発信するイベント『日本好塾』と
ふたつのオリジナルイベントを開催しています。
さらに今年2016年1月より『カルチャーゴガク』という
カルチャーのための語学教室をスタートしました。

東京の荻窪にあるカフェ〈6次元〉で開催している
『台湾好塾(たいわん はおじゅく)』。
このイベントではLIPの感じる台湾を伝えるために
テーマ内容に沿ったオリジナルテキストを作成して発信。
さらに最新かつリアルな情報や空気感を伝えたいため、
できる限り台湾からのゲストも交えて行っています。

今年2016年からスタートした『カルチャーゴガク室 台湾編』では
台湾式の中国語を教えております。
内容はファッション、文学、デザイン、音楽、映画、食、カフェ……
などのカテゴリーの授業から選択式で受講が可能です。
近年台湾に行く日本人、特にクリエイターやアーティストも増えるなかで、
現地で簡単な言葉や表現でも話せるようになったら
もっともっと台日系カルチャーはおもしろく、より深くなると思っています。

台湾でも「ローカル」が注目されています!

最近、台湾でも「ローカル/地方」が注目されています。
例えばもともと台北で働いていた人たちが、
地元に戻ってブランドをスタートしたり、なかにはお店や旅館をつくったり、
その地方のライフスタイルやカルチャーを発信する
雑誌の刊行をするなど、地方への移住やUターンも増えています。

また昨今、日本にやって来る外国人旅行者数は台湾に限らず増えていますが、
注目すべきはその行き先。
その他の国だと東京や大阪など大都市圏への旅行者が多いなかで、
台湾人は地方に行く人たちが増えています。

台湾で大人気のユニット〈男子休日委員会〉。彼ら以外にも
台湾人の独自の目線で発信する日本の旅関連の書籍や雑誌も増えています。

ちちぶメープルプロジェクト vol.8 日本初のシュガーハウスオープン!

森の循環を発信する〈MAPLE BASE〉誕生!

前回に引き続き、開店準備の様子をお伝えします。
とうとう、シュガーハウスの店名が決まりました!
秩父から森の循環を発信する拠点=〈MAPLE BASE(メープルベース)〉と言います。
日本初のシュガーハウスということで、準備をしてきましたが、
そもそも日本人にとって馴染みのないシュガーハウスという施設は
多くの知らない人に説明するのがとても大変。
「シュガー」と聞くと、どうしても白い砂糖をイメージしてしまうので、
「太る」とか「健康によくない」といった印象を持たれてしまいます。
加えて、カナダとはメープルシロップをつくっている背景や目的、
規模もまったく違います。
秩父ならではのシュガーハウスのあり方を模索していった結果、
たどり着いたのが〈MAPLE BASE〉なのでした。

MAPLE BASEのロゴ。秩父から森の循環始まります!

ただ国産のメープルシロップをつくるというもの珍しさだけではなく、
地域に永続的に根づいていけるように、
地域の人と地域外の人が関わり続けられるような仕組みづくり、
その拠点となるベースを目指していきます。
このコラムでずっと発信してきましたが、

木と関わり続けるのは本当に長い年月と労力が必要です。
メープルの活動を通じて、本当に未来につながる
理想の森づくりが行えるのかどうか、実際誰もわかりません。
でも、いま始めないと何も変えられない! 
と若干フライング気味に走り始めたこのプロジェクト。
この熱い気持ちを「カタチ」にしてくれたのが、
岩手で循環型プロジェクトを行っている〈ファーメンステーション〉です。

岩手県奥州市の、のどかな田園風景のなかで広がる循環の輪。さまざまな刺激とインスピレーションをもらっています。

ファーメンステーションは、岩手県の奥州で休耕田で米を栽培し、
エタノールを製造しています。
そのようすは以前コロカルでも紹介されていますが
そこでできたエタノールを化粧品の原材料やアロマの材料にしたり、
製造過程で出てくる米もろみ粕をにわとりの飼料にしたりと、
無駄なく地域内で資源を循環させています。
いわば、循環のエキスパートであるファーメンステーションに協力いただき、
「循環の見える化」を図りました。

この循環の輪が広がることで、森は変われるはず……!

カエデの花壇が完成!

秩父には、日本にある28種類のカエデのうち21種類が生えています。
いままで聞くことはあっても、実際にすべて見たことはありませんでした。
これまでカエデの活動を通して、たくさんの方にお会いすることができましたが、
もともと建築設計をやられていた加藤佳英さんと
元農林振興センター職員の斎藤透さんとの出会いは、それを可能にしてくれました。
加藤さんは、自宅でイロハモミジの苗を1万株以上育てていて、
市や県の公共施設などに寄贈しているのです。

加藤さんの自宅はイロハモミジに囲まれた「モミジ御殿」。紅葉のシーズンは圧巻の美しさ!

秩父をモミジで赤く彩り、住民や観光客に喜んでもらいたいと、
エネルギッシュに活動している加藤さんからは、たくさん刺激をもらいました。
そして、斎藤さんは林業のプロとして活躍されていて、
秩父の21種類のカエデを調査研究しています。
木材加工品についてもさまざまな取り組みをされていて、
これからもいろいろなことを教えてもらいたいと思っています。

ふたりが丹精込めて育てた秩父産カエデの赤ちゃん。成長が楽しみです。

この強力なサポーターのおふたりの力を借りて、
敷地内の殺風景な前庭にカエデの花壇をつくりました。
「カエデで花壇?」と思うかもしれませんが、
まだまだ赤ちゃんの苗なので、花壇サイズがちょうどいいのです。

カエデの花壇の打ち合わせ中。完成は実物をご覧ください。

それぞれ葉っぱの形も違えば、生育環境も違うので、育てるのは簡単ではないですが、
MAPLE BASEのひとつの大きな目玉になるでしょう!

肥土山農村歌舞伎、 本番までの100日間

今年も伝統行事、農村歌舞伎の舞台へ

毎年5月3日に開催される「肥土山農村歌舞伎」。
私たちが暮らす小豆島・肥土山地区で300年以上続く農村の伝統行事です。
今年もまたその季節がやってきました。

肥土山農村歌舞伎は、自治会、歌舞伎保存会の方々が中心になって毎年準備を進めます。
肥土山自治会の中には6つの組があり、
去年は私たちの組が担当組でした(6つの組で順番に担当していきます)。
歌舞伎の担当組は準備をするだけでなく、役者としても出演します。
去年、たくちゃん(主人)といろは(娘)はふたり揃って歌舞伎の舞台に立ちました。

そして今年!
去年から歌舞伎保存会に入ったたくちゃんは今年も役者として出ることに。
いろはも子どもたちだけだけで演ずる子ども歌舞伎に出ることに。
というわけで、今年も歌舞伎本番に向けてふたりは稽古の日々です。
そんな日々のことを今日は書こうと思います。

●1月23日(土)
年が明けて、
「今年の歌舞伎は誰が出るんだろうね~」
「なんの演目をやるんだろうね~」
なんて話がちらほらされるように。
「いろはちゃん、今年も歌舞伎よろしくね。」
と言われたり。
ほんとに今年も出るのかなと思ってましたが、
去年、役を演じたいろはは意外とやる気。
すんなりと今年も出ることに決まった本番101日前。
まだどんな役になるかはわかりませんが、
今年も化粧をして衣装を着て舞台に立つことに。

●2月16日(火)
顔合わせ。
子ども歌舞伎の役者全員が初めて集まりました。
今年は小学1年生~6年生まで10名で演じます。
初めて集まったと言っても、毎日放課後子ども教室で
一緒に過ごしている近所の友だちたち。
学年が違ってもここの子どもたちはみんなほんとに仲がいい。
演目と配役が発表され、友だちの名前を台本に書き込みます。

今年の子ども歌舞伎の演目は『恋女房染分手綱 重の井子別れの段(こいにょうぼうそめわけたづな しげのいこわかれのだん)』。

台本は読めない漢字だらけ。ふりがなをうちます。

●2月22日(月)
セリフの読み合わせ。
台本は読めない漢字だらけ。
大人の私でも読めない漢字や意味のわからない表現がたくさん。
ふりがなをうって、とにかくまずは自分のセリフの確認。
この日から歌舞伎本番まで週2回練習が続きます。
台本3ページにわたるような長いセリフがある子も。
それも昔の言い回し、そして歌舞伎独特のイントネーション。
こんなの覚えられるんだろうか。

●3月3日(木)
セリフの読み合わせが続きます。
もうセリフを暗記し始めてる。
子どもたちすごい。
そして友だちたちと夜集まって練習するのがとても楽しそうです。

●3月6日(日)
練固め(ねりがため)。
「ねりがため」なんて、最初は読めませんでした。
キックオフみたいな日です。
歌舞伎に関わる人たち全員で集まって挨拶をして、ごはんを一緒に食べます。
子どもたちも自己紹介。

練固め(ねりがため)の日。みんなで頑張りましょう! の乾杯。

子ども歌舞伎に出る子どもたちの自己紹介。

●3月7日(月)
今日から立ち稽古。
地元の公民館には歌舞伎の練習部屋があります。
動きも確認しながら練習。
練習が終わってから、かつら合わせ。
いろはは人生で初めてちゃんとしたかつらをかぶりました。

立ち稽古スタート。練習着と練習用の小物。

今回の演目はみんなですごろくをするシーンがあります。普段と同じように遊ぶ。

かつらの試着。

8300枚の棚田再生に汗を流し、 千年の里山風景を堪能する

47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
岡山でコロカルが向かったのは、美作市の棚田が広がる集落。

新緑の季節、千枚田の里をめざして

岡山市内から北東に向けて、吉井川沿いに車を走らせること約1時間。
一路、山奥へ山奥へ。若葉の淡い緑が車窓を流れます。
この時期の木々はふつふつと音がしそうなほど生の力に満ちていて、
山の空気に、都会での疲れがすっと抜けていくよう。

向かうは、岡山県美作市上山地区。
山間を縫うように走り、この道でまちがってないよね……
と不安になりかけた頃、ようやく上山の看板が見えました。
ぱっと視界が開け、目に飛び込んできたのは田んぼ、田んぼ、田んぼ――。
視界の端から端まで、大空の下に一面の棚田が広がります。

〈上山の千枚田〉は、奈良時代が起源ともいわれ、
最盛期には8300枚が連なっていたというほどの規模だったのだとか。
精緻に積み上げられた石垣はいまも健在で、ちょっとした遺跡のよう。
6月になれば田んぼには水が張られ、秋には稲穂が黄金色に。

その景観を見るだけでも心は洗われるのだけれど、上山での過ごし方のおすすめは、
この棚田づくりに参加するという、新しい旅のスタイル。
土地の人たちとふれあい、みんなで田んぼで汗をかく。
普段とはひと味違う、田舎を体験できそうです。

上山の千枚田は、四季折々の顔を見せてくれます。(写真提供:英田上山棚田団)

8300枚の棚田を復活させたい

いまでは美しい上山の棚田ですが、実はほんの10年前まで、
ここ一帯の田んぼは雑草に埋もれ、見る影もありませんでした。

1970年代に始まった減反政策の頃から、大きな機械の入らない棚田は、
どんどん耕作放棄されていったのです。

その荒れた土地を、約10年前から再生し始めた希有な集団があります。
その名も〈NPO法人 英田上山棚田団〉。
大阪からの通い人と、移住者から成る集団です。

棚田団は、メンバーのひとりのお父さんが上山へ移住し、
水路掃除を手伝ってもらおうと大阪の息子を呼び寄せたことに始まりました。
息子さんは友人知人と連れだって、頻繁に上山へ通うように。
このメンバー十数名が、いつしか「8300枚の棚田を見てみたい」と、
田んぼを覆っていた草を刈り始めたのです。

めいっぱい太陽の光を浴びて、青空の下で汗をかく。
真夏にはちょっと過酷では……と思われる草刈りも、
普段都会で暮らす彼らにとっては、爽快な楽しみに。

「みんなで汗を流したあとの温泉と、ビールが最高!」と、
毎週のように東京や大阪から通ってくる人も現れ始めました。

活動9年目にして、約1600枚(15ヘクタール)の田んぼが
元の姿を取り戻しています。

2008年、活動開始から2年目。まだ草ぼうぼうの状態だった、荒れた棚田。(写真提供:高田昭雄)

2015年、活動8年目。ひとつ前の写真と同じ場所から撮影した再生後の棚田。昔と同じように、手作業の櫨干し(はぜぼし)が行われています。(写真提供:高田昭雄)

北海道にも春がきた。 いよいよ空き家の改装スタート!

改装の第一歩は除雪から……

4月3日、岩見沢の美流渡(みると)地区にある空き家のカギをもらい、
いよいよこの場所の改装計画が始まることになった。

そのために、なによりも先にやらなければならないのが除雪作業。
北海道内で有数の豪雪地帯として知られる岩見沢。
その中でも美流渡は山間部にあり、この時期になっても
まだまだ雪がたっぷり残っている。
カギを開けて中に入るためには、玄関先まで
とにかく雪かき(この地域の人は雪ハネという)をしなければならない。

……といっても、私は東京育ちで、まったくの素人。
下手にやっても迷惑なので、夫がひとり黙々と雪と格闘することになった。

道路は路面が見えているが、手つかずの場所は4月に入っても雪が1メートルほど積もっている。除雪機を使わず手作業となったため、ここに3日ほど通うことになった(夫が)。ようやく家までの道が開けた。

さて、この連載で何度か書いてきたように、私はこの赤い屋根の空き家を、
エコビレッジづくりの足がかりにしようと考えている。
まずは、大工である夫にここを改装してもらって、
ゲストハウスをつくろうと思っていて、その計画がようやく具体的に動き始めた。

私は夫に、友人たちが宿泊でき、小さな子どもたちが遊べ、
そして私たちが暮らせるスペースにしたいと、大まかな要望を伝えているのだが、
細かな点はすべて夫にお任せというかたちになっている
(あれこれ首を突っ込みすぎると喧嘩になるので)。
夫は一応わかってはくれているようだが、改装方法について多くを語ろうとはしない。
あまり突っ込んで聞いても煙たがられるだけなので、
こちらも話題にすることはめったにない。

そんななか、友人との飲み会の席で、ご機嫌な夫が、
ついに改装計画を語ってくれたのだった。
その内容はこんな感じだ。
まず、壁などはすべて壊し、電気や水道の整備から始める。
あの空き家は、現在お風呂場に水道の蛇口がなく、
台所から水をホースで引っ張ってきており、無理な増築の跡があるようだ。

また、1階は台所と居間、その奥には床の間や
寝室として使えるスペースがあるのだが、全部壁を取払いワンフロアにするという。
2階のプランは検討中のようだが、夫としては吹き抜けをつくり、
ポールを立てて子どもたちが滑り降りる(消防士の出動シーンに出てくるような)、
そんなしかけも考えているらしい。

さらに、「イメージは〈アルテピアッツァ美唄〉のような内装」と友人に語った夫。
岩見沢に近い美唄(びばい)にある〈アルテピアッツァ美唄〉は、
彫刻家・安田侃(かん)さんがつくった野外彫刻公園で、
屋内の展示スペースとして旧栄小学校の木造校舎を利用している。
床は木、壁は漆喰で、懐かしい木造校舎の雰囲気を残しつつ、
洗練された心地いい空間をつくり出していて、夫は前々から気に入っていた場所だった。

この空き家は、玄関から廊下があり居間へとつながるが、廊下部分の壁をすべて取り壊し、ワンフロアにしようと計画中。

2階は2部屋。1室は床を壊して吹き抜けにするか、ゲストが寝られるスペースにするかを検討中だ。

扉にはめ込まれたガラスにはさまざまな模様がついている。改装でこうしたガラスも生かせるとおもしろそうだ。