連載
posted:2015.1.6 from:岩手県奥州市 genre:ものづくり
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
プロダクトをつくる、場をつくる、伝統をつなぐシステムをつくる…。
今シーズン貝印 × colocalのチームが訪ねるのは、これからの時代の「つくる」を実践する人々や現場。
日本国内、あるいはときに海外の、作り手たちを訪ねていきます。
editor profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
photographer
Suzu(Fresco)
スズ
フォトグラファー/プロデューサー。2007年、サンフランシスコから東京に拠点を移す。写真、サウンド、グラフィック、と表現の場を選ばず、また国内外でプロジェクトごとにさまざまなチームを組むスタイルで、幅広く活動中。音楽アルバムの総合プロデュースや、Sony BRAVIAの新製品のビジュアルなどを手がけメディアも多岐に渡る。https://fresco-style.com/blog/
お米からエタノールを製造し販売する「ファーメンステーション」。
会社を立ち上げた代表取締役の酒井里奈さんは、
食品メーカーや化粧品メーカーなどの化学系企業出身というわけではなく、
もともとは銀行や外資系証券会社に勤めていたという、異色の経歴をもつ。
銀行員時代に国際交流基金に出向していた酒井さん。
NPOに支援している同法人で仕事をするなかで、
社会問題を解決するビジネスの存在を知り、
「いつかは自分の思い描くテーマでこのようなビジネスに関わりたい」と思っていた。
あるとき、生ゴミからエネルギーをつくることができると知って発酵に興味を持つ。
当時勤めていた証券会社を辞め、東京農業大学応用生物科学部醸造学科に入学。
「日本人の食生活に欠かせない酒、みそ、醤油などはすべて発酵食品。
発酵は微生物によって行われています。
そんな微生物の働きを取り出すと医薬品になったり、環境技術にも応用できるのです」
と、発酵の面白さを語る酒井さん。
発酵・醸造という日本の伝統文化は、
バイオテクノロジーへとつながっていると気づいたのだ。
その後、岩手県胆沢町(当時。現在は奥州市)が取り組んでいた、
お米からエタノールをつくるプロジェクトに関わるようになり、
コンサルタントとして実証実験に参加するようになる。
胆沢地区の航空写真を見せてくれた。
農地エリアと住宅地エリアが大きく分断されておらず、
広大な農地のなかに家屋が点在している。
つまり自分の家の、目の前に田んぼをつくることができる。
これは散居と呼ばれ、水が豊かな水田エリアの特徴のひとつ。
胆沢は、富山の砺波、島根の出雲と並んで日本三大散居のひとつに数えられている。
「えぐね」と呼ばれる防風・防寒のスギを家の周囲に植え、
春には水面がきらきら光る水田のなかに点々と家がある美しい里山の風景を生みだす。
しかし、水を湛えた田んぼに混じって、茶色の田んぼが多く見られる。
これは休耕田、もしくは耕作放棄地。胆沢の田んぼの3分の1がそれで(転作田を含む)、
全国平均でも同様の割合である。
地域によっては大豆や小麦に転作するケースもあるが、
胆沢はその作付けに向いていない。
なにより“お米をつくりたい”という米農家のプライドや気持ちも大きく、
同時に、美しい散居の風景も守っていきたいという思いがあった。
そこで胆沢町は、
海外のとうもろこしやさとうきびからつくるバイオエタノールの例を参考に、
海外視察にも積極的に出かけ、実証実験を始めた。
5年前に発酵ベンチャー「ファーメンステーション」を立ち上げていた酒井さんは、
この実証実験にコンサルとして参加し、実験終了にあわせて事業を引き継いだ。
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ファーメンステーションの中心事業は、お米からエタノールをつくること。
さらに石けんや消臭スプレーも発売している。
その原料や工程からでる廃棄物はゼロに等しい。しかも地域ですべて循環している。
胆沢の農業組合法人「アグリ笹森」は、
当初3000平方メートル程度の耕作放棄地を借り上げた(昨年はその約3倍)。
ここに植えているのは食用ではない多収穫米。
ファーメンステーションのエタノールはこのお米が原料。
破砕したお米と水と酵素と酵母を簡易発酵蒸留装置に入れて発酵させ、
エタノールをつくる。装置はオリジナルで作製、1台で発酵と蒸留ができる。
月曜日に仕込んで、木曜日の朝に完成するという。
「うちのエタノールは1日がんばっても1リットルできません。
教科書的に考えると、その倍は採れる計算ですが、
実は発酵を途中でやめているような状況なんです。
残渣をにわとりの餌にしているので、糖質をにわとりのために残してあるのです」
循環のため、自分たちが採りすぎない。サステナブルな考え方。
「酒蔵と同じような工程です。実は大学時代の知識より、
岩手と福島の酒蔵、そして秋田の麹屋さんに教えてもらった技術を応用しています」
酒井さんはエタノールづくりを、お酒づくりになぞらえる。
「濃度の高い米焼酎をつくっているようなもの。
エタノールの沸点は、通常80℃くらいですが、
この機械での蒸留は減圧しているので比較的低温で大丈夫です。
うちのエタノールの香りがよいといわれるのはそれもあると思います。
高級な焼酎は減圧蒸留なんですよ。香り成分が壊れにくい」
ゆっくり丁寧に、手間をかけることで、当然ながら収量は落ちてしまう。
始めからわかっていたことだが、コストが高くつく。
99%以上のエタノールをつくることもできる。それでクルマを走らせることもできる。
しかしコストが大きすぎて、業界比200倍の価格になってしまうという。
しかし、それでも買い手はある。
原料のトレーサビリティがしっかりしていること、
その原料であるお米が無農薬米であること。
それらが付加価値となって、買い手は少しずつ増えている。
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オリジナル商品として、消臭スプレー〈コメッシュ〉と石けん〈奥州サボン〉を発売。
コメッシュは使ってみるとかすかに日本酒の香りがするが、
すぐにいやな臭いとともに消える。
「納豆菌の仲間のBSK菌が働いて、臭いの元といわれる酢酸がすぐに95%消えます。
BSK菌は、有用微生物として長年利用されている天然のバクテリアです。
臭いを消すのではなく、分解して別の物質に変えているというメカニズムです」
即効性があり、使ったこともバレないということで人気が高まっている。
現在、日本で流通しているエタノールは、
輸入のさとうきびやとうもろこしを原料とするものがほとんどだ。
しかしお米からお酒(アルコール)はつくっている。
しかも日本古来から伝わる発酵・醸造という手法で。
だったらお米からのエタノールづくりも必然といえるのではないか。
「難しいサイエンスだと興味を持ってもらえないかもしれない。
でもこれは発酵です。
実験ではなく、お酒やみそづくりの延長にエネルギーがあると感じてほしい。
また、もっと微生物の面白さも広めたいです。
発酵製品が好きなひとはたくさんいるけど、
必ずしも生化学的なメカニズムを知っているわけではないので」
よく考えてみると、日本独特の“いいもの”は発酵にたどりつく。
日本の発酵技術が生かされた、お酒や味噌と同じようにつくられた石けんやスプレー。
そう考えるとなんだかホッとするし、身近に感じてくる。
後編:お米とエタノールから地域の循環も生みだす。「ファーメンステーション」後編 はこちら
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