連載
posted:2016.7.11 from:広島県尾道市 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Akiko Saito
齋藤あきこ
さいとう・あきこ●宮城県出身。図書館司書を志していたが、“これからはインターネットが来る”と神の啓示を受けて上京。青山ブックセンター六本木店書店員などを経て現在フリーランスのライター/エディター。
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地元のよさは、じつは外の人のほうがよく見えるもの。
そんな地元のよさを、最大限に引き出してくれるイベント、
〈DINING OUT(ダイニングアウト)〉。
レクサスのスポンサードのもと、毎回異なる地域を舞台として行われる、
食を通じた地域振興プロジェクトだ。
プロデューサーやスタッフたちが現地に足繁く通っては綿密な現地リサーチを行い、
その土地ならではのテーマを設定。
土地のものを使った二晩限りのプレミアム・レストランを、スペシャルな会場で開く。
これまでに佐渡や有田で行われ、その模様はコロカルでもお伝えしてきた。
今回は、2016年3月26日(土)と27日(日)の2日間にわたり、
広島県尾道市を舞台に行われた第8弾、
〈DINING OUT ONOMICHI with LEXUS〉をレポート!
今回のテーマは「フュージョン」。
尾道市は、中世以来、商人の重要な交通路として重宝された〈尾道水道〉、
3つの山からなる〈尾道三山〉に囲まれたところ。
そこに、尾道水道によって集積した人やもの、文化を外部から柔軟に受け入れ、
異質なものを見事に融合させながら発展してきたまち。
ダイニングアウトの使命は、地元の人が知らないことを把握すること。
ホスト役をつとめたアレックス・カーさんは、
もともと尾道には思い入れがあった、尾道のツウだ。
「尾道の人は、尾道のことを全部知っています。
でも知っているだけに、そのすばらしさを新しい目で見ていないんです。
地方創生のネックは、地域の人が“プライドを持たない”こと。
もし尾道の人も、“尾道は宝物”と誇りを持ってくれたら……。
私は尾道を知る人として、この地を初めて訪れる人に、
このまちが持つたくさんの歴史や文化、文明、大自然を
重苦しくないよう、圧倒させないように伝えたいと思っています」
長い歴史と、たくさんの遺産を持つ尾道の魅力を、
どうやったら最大限に伝えられるのか?
そのバランスが、今回のチャレンジだった。
尾道を会場に選んでから、3か月かけてテーマを設定。
新しいものと古いものが交差する、「フュージョン」がテーマに選ばれた。
そして練り上げられたのが、「社会科見学をエンターテインメントに」というプラン。
レストランの会場は尾道で最も古い歴史を誇る、国宝の〈浄土寺〉。
料理を手がけるのは、世界最速でミシュランを獲得したレストラン
〈TIRPSE〉の仕掛け人であり、若きレストランプロデューサーの
大橋直誉さんがキュレーションしたシェフたち。
それを実際に見て味わえるのは、各日30人のゲストだけというプレミアムなイベントだ。
尾道に2日間だけ出現したレストランは、まるで夢の中の景色のよう。
ダイニングアウトのスタートは、尾道の展望台から。
最初のおもてなしは、尾道のてっぺんから眺める景色。
展望台で振る舞われるお料理も見事。イカをいったん冷凍させてから調理したもの。
コリコリした歯ごたえがおいしい。
展望台ではお料理とともに、瀬戸内の柑橘のカクテル、ミモザが振る舞われる。
すばらしい眺めとともに飲むお酒はたまらなくおいしい。
この展望台、観光客はほとんどいないが、
地元の方にとっては、遠足で訪れるようなお馴染みの場所。
まさに“社会科見学がエンターテインメントになった”演出だった。
尾道の絶景を堪能したあとは、この日だけレストランになる浄土寺へ。
ここは、聖徳太子の創建と伝えられ、足利尊氏が戦勝祈願をしたほか、
位の高い人をもてなすための建物として使われてきた。
お殿様が来なくなって以来、宴が開かれたのは、実に数百年ぶりのこと。
日本建築らしく、障子を取り払えばそこはまるで野外レストランのよう。
奥庭には伏見城から移築したといわれる茶室〈露滴庵(重要文化財)〉が覗く。
ここはかつて、殿様や勅使のみが入ることができた客殿。
こんな場所で、今日のためにつくられたフルコースを味わえるなんて!
給仕を務めるのは、地元の飲食店で働くスタッフたち。
地元の人たちを巻き込むユニークな試みだ。
スタッフのユニフォームは、尾道の対岸にある
帆布工場で織られる帆布でバッグなどを制作している、
〈立花テキスタイル研究所〉が手がけたオリジナルのエプロン。
全員が席に着くと、いよいよ料理の提供へ!
料理の案内人を務めるのは、大橋さん。
異なる個性を持つ、異ジャンルの料理人6人を集め、コースをつくり上げた。
「フュージョンということで、お皿ごとにコンセプトを出し、
そのコンセプトに合うシェフを招聘して、彼らが内容を考えています。
フランス料理、イタリアン、和食、それらがひとつになって、
いろいろ食べてもらうのが目的です」
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最初にアペリティフとして出されたのは、なんと、温められたお酢。
1500年前から尾道で酢をつくっている〈尾道造酢〉で60年前につくられた、
家宝の酢を3種類ブレンドしたもの。
お湯割りなので、香りが華やかに引き立つ。
口に含んで見ると……まったく酸っぱくない!
上質なウイスキーのような、古い木の匂い。
アミノ酸が全面に出て、ふくよかな旨み成分を感じる。
だが60年前につくられたときの材料は醸造主も把握しておらず、
成分分析でも解析することができなかったそう。
続いては、第一の皿。
〈鮨 心白〉の店主、石田大樹氏による日本料理の盛り合わせ。
ダイニングアウトの歴史に敬意を払い、
前回の開催地である有田の器の上に、尾道の料理をのせた。
お料理は、尾道で採れる、広島牡蠣の原種である〈しまがき〉と、
欧州牡蠣のクレールオイスターがひと皿に。
八反草(広島の酒米の先祖)、黒米(飯米の先祖)、田島の生海苔など、
土地の素材をふんだんに使っている。
花ワサビとわさびの煮こごりは、ハーブが鮮烈な味わい。
醤麹をつぶしてペーストにして、わさびの花を少し。
熟成ということで歴史を感じてもらえるよう、2週間熟成させたアナゴを天ぷらにした。
ペアリングには、白麹でつくった日本酒〈Shell Lovers〉を。
続いては、大阪の西天満のモダン中華〈Chi-fu〉のオーナーシェフ、
東浩司氏による前衛的な中国料理。
Chi-fuは宮廷料理を洗練させ、より現代的なスタイルで提供しているレストラン。
見た目はまるでブーケのような華やかさの、よもぎクレープだ。
お寺ということで精進料理になっている。
その上には、苦味のあるハーブ、アイスプラント、うるい、すみれ、
ふきのとうのピュレ、プティベール、パンジーなどの季節の花、
因島のだいだいのジュースで煮たカブがのる。
しまなみという島の特徴を生かし、ソースには瀬戸田レモン、
だいだいを味噌に入れたものが使われている。
ペアリングは2009年の〈竹鶴BY21〉の熱燗。
まるで紹興酒のような香りがする。
味噌との組み合わせがバツグンにいい。
続いてはフランス料理。
パリの人気店〈Clown Bar〉のシェフ、渥美創太氏によるトマトパイ。
パイといっても、トマトをパイで包んでオーブンで焼き、
提供されるのは、そのパイを剥がしたトマトという凝った料理。
赤いカブのソースにはビーツのジュースとハイビスカスのエッセンスが。
トマトにナイフを入れると、中身がどろっと出てくる。
濃厚なバターの香りがたまらない。
ペアリングは、フレッシュ感のある日本酒で、無濾過の〈神雷〉の生原酒。
日本酒をひと口飲むと、料理の印象がまったく変わるのは、まさにペアリングの力。
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ここでコースはブレイク。
ただお料理をお行儀よく食べるだけじゃない、のがダイニングアウト。
席を立ち、お寺の厨房に案内される。
ここには約300年前につくられた、日本に現存する最古のかまどがある。
天然木の大きな梁は、かまどから立ち上る薪の煙で真っ黒になっている。
釜で炊き上げられたばかりの、ツヤツヤと輝く白飯が振る舞われる。
お米は広島県産の〈源五郎米〉。炊き上げたのは、鮨 心白の石田氏。
羽釜が大きくて、何回も失敗を重ね試行錯誤したそうだ。
源五郎米は、ゲンゴロウが住むくらい、きれいな水でつくられたお米。
甘みがあって、ものすごくおいしい。
おかずは不要、お米だけでバクバク食べられてしまう。
昔の人はこんなにおいしいお米を食べていたのかと、衝撃の味だった。
ブレイクでは、アレックス・カーさんによる、浄土寺の内部を解説するツアーも。
ふすまに描くモチーフや色の使い方で、客間のランクづけをしていたのだという。
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腹ごなしをしたところで、第2部へ。
第2部の第1皿はお好み焼き。
大阪〈パセミヤ〉の中川善夫シェフによる、独創的なお好み焼き。
パセミヤは、デンマークの〈NOMA〉も来日時に訪れた店。
メインの具のボタン肉は、さばいてから素早く調理し熟成させることで
臭みを出さず旨みを生かす調理法を用いた。
ソースはクレソンとマヨネーズ。
こごみ、ぜんまい、かんぞうなど、日本のハーブが使われている。
ペアリングはエビスビール。
続いては真鯛、牡蠣の泡、でべら(瀬戸内でとれる小さなひらめ)など、
瀬戸内の魚と瀬戸内産のだいだいを使ったブイヤベースだ。
手がけたのは、外苑前のフレンチ、〈Abysse〉の目黒浩太郎シェフ。
ブイヤベース発祥の地、マルセイユの三ツ星で修業した目黒シェフだけに、
その腕は確か。目黒シェフはこのブイヤベースのレシピを、
“尾道に残していくもの”としてつくりあげた。
尾道のレストランで、目黒シェフのブイヤベースをいつか味わえるかもしれない。
ペアリングは、〈三次ワイナリー〉の2013年のメルロー。
コースのラストを飾るのは、お待ちかねのデザート。
〈TIRPSE〉のシェフパティシエ、中村樹里子による濃厚な桜のアイスクリーム。
求肥の中に、マッシュしたスナップえんどうピュレとビスキュイが。
いままでに味わったことのない、独創的で不思議な味わいが余韻を残す。
コースが終わると、スタッフ全員がライトアップされた庭に集結し、ご挨拶。
2日間のために、述べ100人以上のスタッフが動き、
完璧にプロデュースされた宴をつくり上げた。
大橋氏のキュレーションによる、
まるで映画『アベンジャーズ』のような精鋭シェフたち、
尾道のすばらしい素材をあますところなく生かした、
シェフたちのイマジネーションあふれる料理。
そして広島の地元のスタッフたちによる、温かいおもてなし。
そのすべてに贈られる拍手は、しばらく止むことがなかった。
いまでは各地から「来てほしい」と絶えずリクエストがあるというダイニングアウト。
次回はいったい、どこがその舞台となるのだろう?
information
DINING OUT ONOMICHI with LEXUS
開催日:2016年3月26日(土)~ 27日(日)
会場:広島県尾道市 浄土寺
出演:大橋直誉(レストラン・プロデューサー)、アレックス・カー(東洋文化研究家)
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