〈サルビア〉の活動に学ぶ、
地域の魅力を伝えるものづくりとは

写真提供:サルビア photo:masaco

〈サルビア〉のデザイナー、セキユリヲさんのお話会を開催

北海道は、お盆を過ぎると朝晩はグッと気温が低くなり、秋の気配が漂うようになる。
そんな短い夏が終わりを告げる頃、グラフィックデザイナーのセキユリヲさん一家が、
わが家にやってきた。

セキさんと出会ったのは、15年以上も前のことになる。
わたしが編集長を務めた、絵とものづくりの雑誌『みづゑ』のアートディレクションを
セキさんにお願いしたこときっかけとなり、以来さまざまな仕事をともにしてきた。
昨年には、セキさん一家が北海道第2の都市である旭川からほど近い
東川町に古家つきの土地を手に入れ、東京との二拠点生活を始めたこともあって、
北海道で会う機会が徐々に増えつつある。

今年も夏の1か月間、セキさん一家は東川町に滞在。
その合間をぬって、わたしたちが住む岩見沢に立ち寄ってくれた。
セキさんがせっかく来てくれるのであれば、今回、ぜひともお願いしたいことがあった。
地元の仲間と立ち上げた、岩見沢の山里をPRする活動〈みる・とーぶ〉の
今後の展開について、彼女の意見を聞いてみたいと思っていたのだ。

セキユリヲさんは、何度か岩見沢を訪ねてくれるなかで、〈みる・とーぶ〉のロゴデザインをしてくれた。

セキさんは、これまでもわたしたちの活動を見守ってくれており、
〈みる・とーぶ〉という名前も一緒に考えてくれた。
岩見沢の山里一帯は東部丘陵地域と呼ばれているが、
もっとワクワクするような響きがほしいと考えた名前で、
ロゴデザインもセキさんが手がけてくれた。

リンゴや稲、汽車、雪といった東部丘陵地域らしいモチーフを散りばめてもらい、
これによって〈みる・とーぶ〉の活動が具体化する
大きなきっかけをつくってくれたのだった。
このロゴをサイトのイメージに使ったり、マップの表紙にしたりしつつ、
この春に札幌市資料館で開催した〈みる・とーぶ〉展へとつながった。

今年の4月に札幌市資料館で1週間〈みる・とーぶ〉展を開催。東部丘陵地域に住む作家の工芸品とともに、手づくりが好きな地元有志がつくった作品も展示した。

〈みる・とーぶ〉が生まれて約1年が経ち、次の展開を模索していたこともあり、
セキさんを囲んだお話会を企画。
お話会は「地域ならではのものづくりの可能性とは何か」をテーマとし、
東部丘陵地域の毛陽地区にある交流センターで、8月15日に開催した。
お盆のお休み期間ではあったが、地元だけでなく、札幌や
遠くは帯広からも人々が集まりにぎやかな会となった。

毛陽の交流センターでお話会を行った。左がセキユリヲさん。わたしが6月に立ち上げた、クリエイティブなゲストを招くイベント〈みる・とーぶSchool〉の第3回目の企画として開催した。

お話会にスペシャルなおやつを。この地域で採れたブルーベリーを使った手づくりケーキ。

前半では、セキさんのこれまでの活動について話してもらった。
セキさんのものづくりは、大量生産・大量消費と一線を画す
独自のスタンスを取っており、〈みる・とーぶ〉が活動するうえでも、
大きなヒントになると思ったからだ。

毛利悠子、大きな作品への旅。
札幌国際芸術祭2017
参加アーティストが旅する北海道

撮影:在本彌生

札幌市内各所で開催され、話題となっている札幌国際芸術祭(SIAF)2017。
公式ガイドブック『札幌へアートの旅』では、
参加アーティストたちによる北海道の旅も紹介している。
その中から、札幌市立大学で作品を展示中の毛利悠子さんの寄稿を掲載。
「スカイウェイ」と呼ばれる、キャンパスをつなぐ長い空中廊下で展開される作品に
インスピレーションを与えた旅。
ぜひこの文章を読んでから作品を体験してほしい!

北海道の海、そして炭鉱遺産へ

大きな作品がつくりたいと思った。
それは、今回のゲストディレクターである大友良英さんから
SIAF2017へのお誘いの電話をもらった時点でうっすらと考え始めたことなのだけれど、
それが、空間的に大きいものなのか、大きな彫刻のことなのか、
時間が長いものなのか、音が大きなものなのか、その時点ではまだ見当もついていない。

大きな北海道の大地で大きな作品を制作する! といささか単純すぎる思考回路に
自分でもあきれつつ、特に具体的な目標を決めずにふらっと旅に出ることにした。
偶然に出会った風景からひとつの道筋を見つけられればと淡い期待を込めながら。

とはいえ、選択肢がメチャクチャ多い北海道。
小樽、根室、別海、知床などを横断していたら、SIAFの会期が終わってしまう。
ひとまず気になっていた場所をさらっと2泊3日にあてはめてみると、
意外にすてきな道のりになった。
石狩の海から始まり、ゆっくりと河口の上流へと身を任せて
音威子府(おといねっぷ)まで北上する、という行程だ。

SIAFスタッフ斎藤ふみさんの運転で、まずは真勲別川(まくんべつがわ)のほとりにある
〈石狩川治水史資料館(川の博物館)〉へ。
ここは事前に電話予約することで、普段は水流管理をしている方が
わざわざ展示の説明をしてくれるシステム。

展示物からは、当時の水害から田畑を守るために
どのような土木の発展があったかが学べる。
実際につくられた人工の川(放水路)を眺めることもできた。
そこから少し北上すると、日本海側にある石狩湾に着く。
初めて訪れる北海道の海で、しばらく深呼吸をした。

数年前、詩人の吉増剛造さんが制作した多重露光写真の作品『廃バス』を購入した。
錆びた亡霊のような姿で写されたバスが
廃材のユートピアのように見えるところが気に入っているのだが、
実はこの光景は湾からもう少しだけ河口のほうに行ったところで撮影されたものだったと、
この数か月後に吉増さん自身から教えてもらうことになる。

前回のSIAFでは水が大きなテーマでもあり、川や海を見ることから旅がスタート。

水の流れをさかのぼるように移動し三笠市に到着。
前回のSIAFと同じ2014年、
ここで〈そらち炭鉱(やま)の記憶アートプロジェクト2014〉という
アートプロジェクトが展開されていた。

私は前回のSIAFに参加していたので、炭鉱の跡地で展示されている
岡部昌生さんや端 聡さんのインスタレーションの噂は耳にしていたのだが、
自分の展覧会準備に追われてしまい、結局訪れることはかなわなかった。
そういった経緯もあったので、アートプロジェクトが
行なわれている時期ではなかったけれど、訪れてみることにした。
かつて北海道の産業を支えた場所はどのようなところなのだろう。

夕張で炭鉱遺産を活用したまちづくりに取り組んでいる
〈清水沢アートプロジェクト〉の佐藤真奈美さんに案内していただく。
まずは幌内(ほろない)炭鉱跡地で、石炭を輸送した線路や
坑口跡(入口はブロックで塞がれていた)などを手づくりの路上地図に沿って見学する。

夏にぴったりなハイヒールを履いていたところ、佐藤さんに
「えーと、その靴だと一気にダメになります」と指摘され、
大荷物を積んだ車のなかから長靴を引っぱりだしてもらった。
ワンピースに長靴を履いて、なんだかグーニーズ気分(そんなシーンはない)。
建物跡には草木がまとわりついているが、当時の炭鉱仕事の様子へと想像が膨らむ。

続いて訪れた旧幌内変電所は、つい先日まで使われていたのではないかと思うほど
しっかりとした建物だった。
大正中期(約100年前)に建てられたというのに、やけに生々しい。

ふと足元を見ると、乳白色の茶碗のようなものがいくつも転がっている。
陶器でできた碍子(がいし)であった。
建物の外観と比べるとまだつるりと真新しく、握ると少しヒンヤリした。
思わず持ち帰りそうになったけれど、グーニーズ的には、
持って帰ることで大きな岩が転げ落ちてくる展開になるのでグッとこらえた。

送電などに使われる、絶縁のための陶磁器製の器具、碍子。作品に使いたい欲望が……。

さらに2、3分ほど歩いたところには、
炭山と地域守護の山神信仰を司る幌内神社の跡があった。
現在は本殿などの建物はすべて撤去されていて、
石が崩れた灯籠や鳥居だけが残されていた。
炭鉱は平成元年に閉山し、建物だけが残された。
草木がまとわりついて遺跡のようになったもの、まだ生々しく建ち続けるもの、
そして跡形もなく消えていったものが同居する、不思議な空気が漂う場所だ。

さらにもう少しだけ車を飛ばして、旧市街地をまわってみる。
そこで目にしたのは数々の廃屋だった。
建具や家具は瓦礫となって、将棋崩しの駒のように青空の下に積まれている。
これらは人の手によって積み上げられたのではなく、むしろ人が住まなくなった途端に
雪の重みによってきれいに押し潰されていったのだという。

瓦礫といえば、東日本大震災後の福島県浪江町を訪れた際に見た
トラクターによって道路脇に積まれた建具や街路灯が思い起こされたが、
ここの印象はそれとはまた少し違ったものだった。

雪で潰れていく炭鉱住宅。北海道の隆盛の象徴であり失われていく風景である炭鉱に、ぐっとくるという毛利。

〈大漁居酒屋てっちゃん〉と
〈レトロスペース坂会館〉は
札幌の知られざる至宝!?

撮影:藤倉翼

現在開催中の札幌国際芸術祭(SIAF)2017。
まちなか会場の北専プラザ佐野ビルに展示されている
「大漁居酒屋てっちゃんサテライト」と「レトロスペース坂会館別館」は
ともに札幌に実際にあるお店や施設がもとになっている。
今回は、SIAFでもひときわ異彩を放っている、このふたつの展示について紹介。

ガラクタを集積し、唯一無二の空間をつくったふたりの男に注目せよ!

ガラクタ。
この言葉はSIAF2017を知る大切なキーワードだ。
ゲストディレクターとなった大友良英さんは、
この芸術祭に「ガラクタの星座たち」というサブタイトルをつけた。

SIAFの会場、札幌の北東に位置する〈モエレ沼公園〉は、もともとは“ガラクタ”の墓場。
不燃ゴミの最終処分場だったこの地を、イサム・ノグチがアートによって
“再生”させた取り組みを心にとめながら、企画を紡いでいったという。
そして、もうひとつのメイン会場である〈札幌芸術の森〉には、
クリスチャン・マークレーのような、
“ガラクタ”に新たな命を吹き込むアーティストを集結させた。

また、まちの中心地、すすきのの雑居ビルでは、
昭和の“ガラクタ”を大量に集めた札幌在住のふたりにスポットを当てた。
SIAF2017のバンドメンバー(企画メンバー)の上遠野敏さんの企画によって、
これまではアーティストと呼ばれたことのない市井の人々の参加が実現したのだ。

すすきのにある〈大漁居酒屋てっちゃん〉の店主・阿部鉄男さんと、
道民には馴染みのある〈坂ビスケット〉を製造する坂栄養食品の取締役開発部長で、
〈レトロスペース坂会館〉の館長でもある坂一敬さんだ。
まちなか会場のひとつ、すすきのの北専プラザ佐野ビルには、
てっちゃんと坂会館の様子を藤倉翼さんが撮影した写真で紹介するとともに、
阿部さんが描いた絵画や坂館長の秘蔵コレクションも展示されている。

アーティストであり札幌市立大学の教授でもある上遠野敏さんが北専プラザ佐野ビルで企画したのは、「札幌の三至宝 アートはこれを超えられるか!」。三至宝として挙げられたのが〈大漁居酒屋てっちゃん〉(写真)と、〈レトロスペース坂会館〉、〈札幌秘宝館〉の蝋人形「春子」だ。(撮影:藤倉翼)

別館の展示は、坂館長と中本副館長の手によってつくられた。上遠野さんによると「館長は、蜂が巣をつくるように、本館と別館を往復してこの場をつくりあげていった」そう。(撮影:藤倉翼)

てっちゃんも坂会館も、モノで埋め尽くされ、異様なエネルギーに共通項を見出せる。
しかし、ふたりに詳しく話を聞いていくと、
そのアプローチに大きな差があることに気づかされた。
この記事では、ふたりの違いに焦点を当てながら、
この類いまれなる空間が生み出された訳を探ってみたい。

暮らす場所としての「島」。
奄美大島・加計呂麻島を訪れて
移住について考えてみた

生き方、働き方、暮らし方を変えたいと思ったとき、
どんな場所で何をして暮らそうか。いろいろ考えると思います。

5年前、私たちもたくさん考え、家族で話し合い、小豆島に引っ越すことにしました。
なんで小豆島なの? と聞かれることがありますが、
小豆島にはたくちゃん(夫)のおじいちゃんちがあって、
何度か訪れたことがあって、いい場所だなぁと思っていたから。
私たちはたまたま小豆島に縁があったのですが、それでもいろんな本を読んだり、
人から話を聞いたりして、沖縄もいいなぁなんて考えたりもしていました。

最終的に「小豆島で暮らそう」と決めた理由はいろいろありますが、
そのひとつとして「島」であることは大きかったと思います。

移住しようかどうか考えていたときに読んだ雑誌で、
いまでも私たちのバイブルみたいな感じで大切に持っているのが
『ブルータス』の島暮らし特集(2011年9月1日号)。
「たとえば、いま、あなたが都会を離れて島で暮らすとしたら。」
私たちの人生を変えた一冊かもしれないです(笑)。

その雑誌の中で、小豆島での暮らしも紹介されていたのですが、
小豆島と同じくらい印象に残っていたのが、奄美大島での暮らし。
あー、なんてすてきなところだろうと思いましたが、行ったこともないし、
遠そうだし、そこで暮らすというイメージが全然浮かびませんでした。

なんとなく気になる存在として心の中にあった「奄美大島」。
実はこの夏、その奄美大島に行けることに!
島で暮らしていても、島への憧れの気持ちは昔と変わらず。
あの雑誌を読み返したりしながら、ワクワクをふくらませて行ってきました。

というわけで、今日はちょっと小豆島から離れて
「小豆島日記 番外編」として、奄美大島のことを書きますね。

憧れの島、奄美大島と加計呂麻島へ

奄美大島へは、関西国際空港からバニラエアで約1時間半。
鹿児島県に属していて、九州と沖縄の間にあります。
小豆島よりもずっと大きな島で、島の北側にある奄美空港から、
古仁屋(こにや)という島の南側にある港までは、車で約2時間。
今回は、奄美大島とその南にある加計呂麻島(かけろまじま)に
3泊4日で行ったのですが、もっともっと時間がいるなぁという感じでした。

奄美大島に到着した途端にザーザー降りの雨。奄美大島は雨が多く、日照時間が日本で一番短いとも言われているそう。

奄美大島といえば「鶏飯」。ご飯の上に、鶏肉、卵、ネギなどをのせて、出汁をかけていただきます!

やっぱり本州とは違う景色。植物がパワフル。

奄美大島の自然のこと、歴史のこと、暮らしのこと、ここでは書ききれないのですが、
いろんなことが私の想像と違っていて、とにかく本当に濃い旅でした。
沖縄とはまた全然ちがう場所。
やっぱり行ってみて自分で感じてみなければ、わからないもんです。

マングローブ原生林。カヤックに乗ってマングローブの中を冒険できます。

海の向こうにあるのは加計呂麻島。海の青さに引き込まれてるいろは(娘)。

奄美大島の南にある加計呂麻島。諸鈍(しょどん)という集落にあるデイゴの並木道。

二拠点暮らしから一拠点へ。
出産を機に、暮らしを変える

第三子の出産を機に考える、新しい暮らしと仕事

北海道にエコビレッジをつくりたい、そんな夢を掲げて連載を始め、
この回で丸2年となった。
これまでのことを一度振り返ってみるのにちょうどよい時期かな? 
と思っていた矢先、自分の暮らしを見つめ直す大きな出来事がやってきた。
予定日より1か月弱早く、7月中旬、第三子が産まれたのだ。

予定日より早く生まれたため、1日保育器で過ごしたが、その後はスクスク元気に育ってくれている。

思い返せば、自分にとって出産は人生の大きな節目となっている。
第一子が産まれて半年後に起きたのが東日本大震災。
震災は、小さなわが子をこれからどうやって育てていくのかを
あらためて考えるきっかけとなり、東京から北海道への移住を決断した。
幸いなことに、当時務めていた東京の出版社は、在宅勤務で働くことを認めてくれ、
それから3年ほど北海道と東京を往復しながら勤めを続けた。

しかし、第二子が産まれた年に、その出版社が民事再生法を申し立て、
私はフリーランスの編集者として独立した。

そして、今回、第三子の出産と重なったのは、岩見沢の市街地から、
人口わずか400人ほどの山間部の美流渡(みると)地区への転居だった。

長男6歳、長女3歳。赤ちゃんとの初対面。「小さい〜、かわいい〜」と興味津々の様子だった。

改装中の古家。現在の住まいは、岩見沢の市街地。そこから車で30分ほどのところが、転居を予定している美流渡地区。山間の美しい景色が広がる。

わが子の誕生と自身の転機が重なったのは、偶然と言えば偶然なのだが、
出産は、まるで自分も生まれ変わったような感覚を味わう体験と言えるため、
新しい気持ちで暮らしを始める、とてもよいタイミングとなっているのは確かだ。

この美流渡への転居にあたって、わたしが目標としているのは、
二拠点暮らしから一拠点暮らしへのシフトだ。
都会と田舎の両方の良さを取り入れようとする二拠点暮らしは、
ウェブや雑誌でも話題のライフスタイルとなっているが、
2012年から約5年、東京と北海道を往復してきたわたしとしては、
できれば早く北海道へしっかりと根をおろしたいという気持ちのほうが勝っている。

私の本業は編集者。
主にアートやデザインの専門誌や書籍などの仕事が多く、
依頼のほとんどは東京の出版社からだ。
月に1回、1週間から10日ほど東京に滞在して打ち合わせや取材を行い、
北海道に持ち帰って原稿をまとめたり編集をしたりしてきたが、
第三子が産まれたいま、二拠点の往復は、当分のあいだ難しい状況となった。

しかも、第二子もまだ3歳。
2歳の頃までは、飛行機代がかからないので一緒に東京に連れて行っていたが、
これからは留守番を強いることになるだろう。
別れ際に泣かれたりすると、こちらも本当に辛い気持ちになり、
東京滞在中も気が気ではなくなってしまう。

こうしたこともあって、子どもが小さいうちは、
やっぱり拠点はできるだけひとつのほうがいい、というか、
そうするしか方法はないんじゃないかというのが、わたしの考えだ。

いまのところは出産後も、東京の出版社から仕事の依頼はやってきているが、
やはり一度は直接顔を合わせて打ち合わせたいという案件も多く、
徐々に東京の仕事は減らさざるを得なくなるだろう。
そのため、いま仕事の内容を根本から変えていく必要に迫られている。

出産後6日間で退院。退院の日、家族でささやかに誕生日を祝った。

人気陶芸家・内田鋼一が
萬古焼のデザインミュージアムを
立ち上げた理由

萬古焼を産業とデザインの視点から見直す

三重県四日市市にある〈BANKO archive design museum〉。
萬古焼を産業とデザインの面から紹介する小さなミュージアムだ。
四日市で作陶する陶芸家の内田鋼一さんが2015年に立ち上げ、運営している。

内田さんは、世界一のレストランと名高い〈ノーマ〉が2015年に東京にやってきた際、
食器のセレクトを担当したソニア・パークのスタイリングで器が使われるなど、
人気の高い陶芸家だが、このミュージアムは内田さんの作品を売るギャラリーではない。
あくまで萬古焼のデザインミュージアムだ。

〈BANKO archive design museum〉の建物は、以前は銀行として使われたこともあるが、もともとは萬古工業会館の建物。

名古屋周辺の地域は、美濃や多治見、瀬戸や常滑など、焼きものの産地が多い。
江戸中期に四日市で発祥し、明治時代に産業として発達した萬古焼は、
六古窯と呼ばれるような産地に比べると歴史も浅く、知名度も低いが、
現在も土鍋のシェアは8~9割を占める。

「このあたりは、伝統的な産地もあれば、TOTOやINAX、ノリタケなど
産業的な焼きものの企業もあって、伝統と産業が健在です。
そのなかで、四日市の萬古焼はちょっと特殊。
萬古焼をアーカイブしながら、産業とデザインの面から
その特徴を見せられるようなミュージアムがつくれたらと思いました」と内田さん。
まずは、その展示品を見ながら、萬古焼の特徴を教えてくれた。

常設展示はいくつかのテーマに分かれているが、
なかでも特徴的なのが「統制陶器」や「代用陶器」と呼ばれるもの。
戦中から戦後しばらくのあいだ、生産者や生産数がわかるように
管理番号がつけられた焼きものは統制陶器、
金属が不足したため、本来金属製のものを陶器でつくったものが代用陶器と呼ばれる。
暗い時代が生み出したものだが、そこにはユニークなアイデアや創意工夫が見てとれる。

一見、鉄製品と見紛うようなガスコンロの代用陶器。模してつくられているのがおもしろい。

戦前から戦中にかけ国の政策として国民に貯金を推奨したため、多くの貯金箱がつくられた。時代を反映した萬古焼。

また、四日市は東海道沿いに位置する交通の要衝であり、四日市港もあるため、
萬古焼は早くから輸出向けの陶器を多くつくってきた。
アールヌーヴォー調のデザインの器や、陶製のキューピー人形なども展示されており、
このキューピーを見るために来館する人もいるほど、コレクター垂涎ものなのだとか。

アールヌーヴォーを意識したと思われる輸出向けの花瓶。中国趣味が感じられる器も。

萬古焼にまつわる道具類の展示もおもしろい。
江戸時代などの古い萬古焼は木型を使ってつくられており、
急須などの丸いものをつくる木型も、心棒を抜くと
バラバラに分解できるような構造になっていたり、精巧にできている。
石膏型を使う陶器はよくあるが、木型でつくる技法は萬古焼ならではだという。

木型を使ってつくるのも萬古焼の特徴。よく見ると型に模様がついているが、これは急須の内側に模様がつくようになっている。この木型の技術も途絶えてしまったそう。

人にスポットを当てた展示もある。
例えば陶磁器デザイナーの第一人者、日根野作三の仕事に注目したコーナー。
あまり知られていない人物だが、四日市をはじめ各地の焼きものの産地に赴いて
デザイン指導を行い、濱田庄司をして
「戦後日本の陶磁器デザインの80%は日根野氏がつくられた」
と言わしめたデザイナーなのだ。

日本各地の陶磁器に大きな影響を与えた日根野作三(1907~1984年)。そのデザイン帳など、貴重な資料も展示。北欧の食器やテキスタイルにありそうな模様も見られる。

もうひとり、人にスポットを当てた展示では、魯山人の料亭〈星岡茶寮〉の支配人を務めた古美術評論家の秦秀雄を紹介。彼が高く評価した萬古焼の作家、笹岡春山の手捻りの急須は手になじむ形。

萬古焼にはいろいろな特徴があるが、
「これが萬古焼」というようなわかりやすい形や柄があるわけではない。
利便性の高い土地柄ゆえに、メーカーや窯が、輸出に目を向けたり、
国内需要の高い土鍋をつくるなど、それぞれが販路を持ち
自由に活動してきたため、ひとつのまとまりとしては捉えにくい。
それが萬古焼の強みでもあり、弱みでもあると内田さんはいう。

「こうやって歴史をひもといて、検証しながら見てみると、
ほかの産地がやらないようなこと、できないことを、
すき間産業のように知恵を絞ってやってきたのが萬古焼なんだと思います。
そこには、デザインというものが大きく関係しているということを、
いろいろな歴史背景を含めて見せられたらいいなと」

カラーバリエーションの多さも萬古焼の特徴。ビビッドな黄色はモダンな味わい。

そのほか〈松岡製陶所〉を紹介するコーナーも。北欧で親しまれるストーンウェア=炻器(せっき)も、実は萬古焼のメーカー松岡製陶所がつくっていた。

また、このミュージアムをつくるにあたって、
地域ゆかりの人たちでつくりたかったという。

ミュージアムの設計を担当したのは、かねてから萬古焼で商品をつくったりなど、
内田さんとも親交のあるデザイナーの小泉誠さん。
ミュージアムのロゴとなっているやわらかい手書き文字は、
四日市の高校に通っていたというイラストレーターでデザイナーの大橋歩さん。
萬古焼の歩みを紹介する壁面のイラストは、四日市生まれの後藤美月さんが描いている。

BANKO archive design museumの文字は三重県出身の大橋歩さんによる。

ミュージアムの公式書籍『知られざる萬古焼の世界』にも後藤美月さんのイラストが掲載されている。

魅惑のミュージアム
〈シゲチャンランド〉へ!
廃材や自然物から生まれるアート

いよいよスタートした、札幌国際芸術祭(SIAF)2017。
札幌のまちとアートをぜひ楽しんでほしいが、
公式ガイドブック『札幌へアートの旅』では、SIAF以外にも、
「類いまれなるものをつくる人々」として、独創的なものづくりをする人と
北海道のアートの旅を楽しめるような場所を紹介している。
そのなかから、今回はちょっと特異な個人ミュージアム〈シゲチャンランド〉をご紹介。

これは、なんだ? 見たことのないような作品群

札幌市内から東に約310キロ離れた、北海道の津別町に、
魅惑のミュージアム、〈シゲチャンランド〉がある。
手がけたのは、東京でイラストレーターとして活躍していた立体作家の大西重成さん。

もともと牧場だった施設跡地の建物をリノベーションした各展示棟には、
流木や廃材などから生まれたチャーミングな作品たちが生き生きと展示され、
訪れる人の心を癒し、虜にしているのだ。

さらに2017年、大西さんはすぐ近くに、津別町とともに
〈あいおいアートコミュニティークラブ〉(通称、A2C2)を開き、
アートプロジェクト〈Neo Folk〉も始動させた。

〈あいおいアートコミュニティークラブ〉。(写真提供:A2C2)

駐車場では、こちらの作品がお出迎えしてくれる。

まずは、シゲチャンランドから見てみよう。
敷地に一歩入るやいなや、見たこともない
廃材のかわいくも奇妙な怪獣たちに圧倒される。

「一体これは……?」と驚く一方で、
どこか愛らしい作品群は、見れば見るほどハマってしまう。
流木などの自然物に加え、ペイント缶を開いたものがお面になっていたり、
暮らしのなかで、見たことのある生活用品が使われている。

大西さんが、作品を解説しながら、敷地を案内してくれた。

東京で雑誌や広告でイラストレーションの仕事をしたあと、50歳で津別町に戻り、立体造形物をつくり始めた。

展示室は、目や口など人の器官が名づけられていて、全体でひとつの生命体を表している。

シゲチャンランドは、現在14の展示棟がある。
入り口付近の7棟がオープン時につくられたものだ。

例えば、「口」と描かれた展示棟はもともとサイロだったところ。
中に入ると、天井に向かっていまにも動きだしそうな、
『ナノナノ族』が展示されている。
流木とヤシの実から生まれたものだが、どこか神秘的な雰囲気がある。

『ナノナノ族』。流木につけられたヤシの実は、大西さんが東京にいたときに、横浜の中華街のココナッツジュースが入っていたものにひと目惚れして拾ったもの。

続いては、うってかわって、とても華やかな展示室「頭」。
天井には、ベッドカバーに描かれたレモンが擬人化されていたり、
レコードがまるで観葉植物のようになっていたり、
サッポロビールや雪印チーズなどの商品パッケージが、
廃材とともに、ポップでコミカルに展示されている。

ランド中央にある棟「頭」。もともと母屋だった建物を改修。扉には、サッポロビールの缶の切り出されたパッケージが、まるでテキスタイルのように美しく貼られている。

光が入り、明るくカラフルな空間。

この作品群は、大西さんが東京でコマーシャルの仕事をしていたときに
つくられたものも多く、先ほどの作品とは雰囲気が異なる。
「僕のなかには、シビアなところ、陽気なところ、ずるいところ、
エロチックなところもあって、それがすべて各展示室で暴露されているんです。
人間なんてこんなもんだろうと、あんまりかっこつけたくなくて」
と大西さんは笑う。

ここにいるとなんだか楽しい気分になり、気持ちが解放されていくような……。
「この展示室は、知的障害者と呼ばれる方が急に楽しそうにし始めたり、
忙殺されているサラリーマンが『癒される』と、ずっととどまっていたりするんですよ」

シャンパンのコルクから生まれた『元気君』。ひとりひとりナンバリングされていて、200体以上あるが、「これはほんの2割にも満たない。アイデアが出なくなったら、こればっかりつくって、ひと部屋をこればかり展示してもいいかな」と大西さん。

続いて「鼻」と描かれた2階建ての展示棟には、
流木から生まれた生き物のような立体作品が、多数展示されている。
牛舎を改修した2階建ての建物は柱や梁がむき出しになっていて、
白い壁が続く美術館ではないのに、ピンと張りつめた、
洗練された空気が流れているのが不思議だ。

SIAF巡りと楽しむグルメ!
スタッフや地元ライターおすすめの
札幌のおいしいお店、厳選10店

いよいよ8月6日からスタートする札幌国際芸術祭(SIAF)2017。
今回は、公式ガイドブック『札幌へアートの旅』にも掲載されている
芸術祭企画メンバーや地元ライターおすすめの札幌の飲食店をご紹介。
SIAFを巡りながら、札幌のおいしいものもご堪能あれ!

まずは、さっぽろテレビ塔から札幌市資料館まで
東西にのびる大通公園周辺のエリアから。

エゾ鹿のレアステーキも絶品!
〈山猫バル〉

札幌時計台の裏にある中小路。ビル街の中、グリーンに彩られたテラスが目を引く
〈山猫バル〉は、宮澤賢治の『注文の多い料理店』に登場する山猫軒がモチーフ。
隠れ家的な佇まいの中で、ヨーロッパの家庭料理をアレンジした
道産の旬の食材をおなかいっぱい味わえる、人気のお店だ。

季節によって産地が変わる「エゾ鹿のレアステーキ」(1980円)。ここで食べて鹿肉の概念が変わった! という地元のお客さんもいるほどのおいしさだ。

山猫バル一番人気のメニューは、「エゾ鹿のレアステーキ」。
北海道ならではの新鮮さはもちろん、ジューシーかつボリューム感も満点の逸品だ。
旬を生かした月替り料理や、日替わりの黒板メニューも豊富。
蒸し野菜やオイル煮などのストウブ鍋料理もおすすめだ。

オープン以来の人気メニュー、量り売りで提供する「角煮のバケットサンド」(600円/10cm)はおつまみにも。

時計台の鐘の音を近くに聞きながら、ワインやお酒とともに
土地の恵みを心ゆくまで楽しめる、旅の夜にぴったりの場所。
パフェやケーキなど魅力的な手づくりデザートも揃っているので、
最後は札幌の定番になりつつある「シメパフェ」を味わってみてはいかが?

information

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山猫バル

住所:札幌市中央区北1条西2丁目11-1 23山京ビル1階

TEL:011-206-0566

営業時間:11:30~15:00(L.O.14:30)、17:00~24:00(L.O.23:00、土・日曜・祝日は夜営業のみ、日曜・祝日は〜23:00 L.O.22:00)

定休日:不定休

駐車場:なし(近隣にコインパーキングあり)

http://www.mamma-cr.com/yamaneko

知る人ぞ知る、道内各地のご当地焼き鳥
〈鳥のきんちゃん〉

「ご当地焼」(北見焼200円、ほか1本140円)、「季節の漬物盛り合わせ」、「きんちゃん煮込み」(350円)、季節もののやちぶきのお浸し。奥様特製ゼリーは女性限定のサービス。

地下鉄大通駅からすぐの通りにあるレトロなビル、4丁目会館2階。
カウンターだけの焼き鳥屋〈鳥のきんちゃん〉は、知る人ぞ知る老舗店だ。

焼き鳥を焼き続けて41年という店主の松本 潔さんが
炭火で焼く手打ちの串は、どれも旨みたっぷりのおいしさ。
名物は、北海道各地の名物焼き鳥をアレンジした「ご当地焼」だ。
美唄、室蘭など5種類の串に、オリジナルのラム串「月寒焼」がプラス。
それぞれのルーツをうかがいながら、北海道ならではの味を堪能しよう。

昭和の雰囲気をそのまま残す店内。コの字型カウンター席の奥は、松本さんの焼き姿を間近で見られる特等席。

最盛期は20種類にもなる自家製の漬物も、隠れた人気メニュー。
かつて市場へ卸していたというお母様直伝の季節の漬物は
焼き鳥にもぴったりで、ついお酒が進んでしまう逸品ばかりだ。

人情味あふれる松本さんご夫妻と語らいながら
おいしい焼き鳥とともに杯を重ねる、格別なひとときを。

information

map

鳥のきんちゃん

住所:札幌市中央区南1条西4丁目7-2 4丁目会館2階

TEL:011-241-8051

営業時間:17:00~23:00(土曜は~22:00)

定休日:日曜・祝日

駐車場:なし

小豆島に新しい遊び場が誕生!
ボルダリングジム〈ミナウタリ〉

改修した倉庫に、大きなクライミングウォールが!

ここ最近、小豆島では新しいお店のオープンが続いています。
倉庫を改修したカフェ、そうめん工場を改修した衣類や雑貨のセレクトショップ、
海辺の一軒家を改修した創作郷土料理のお店。
この数か月の間に次々とオープンし、
そしてまだいまもオープン準備中のお店がいくつか。
コーヒースタンド、パン屋、それから串焼き屋さんもできるという噂。

小豆島にUターンやIターンしてきた私たちと同世代の人たちがやっているお店が多く、
オープンの話を聞くたびにワクワクします。
また小豆島に行きたくなる場所、おもしろい場所が増えるな〜と。

そんな新しくオープンした場所のひとつが〈MINA. UTARI(ミナウタリ)〉。
小豆島で初のボルダリングジムです。

小豆島初のボルダリングジム。今年5月にオープンしました。

オーナーの渡利さんご夫妻。

ジムを運営されているのは、1年半前に東京から引っ越してこられた
渡利知弘さん、みきさんご夫婦。
今年の年明けに、町の企画で期間限定のボルダリングスペースがつくられたのですが、
そのときにもスタッフとして活動されてました。

その期間限定のボルダリングスペースが終わり、
今度は個人的にボルダリングできる場所をつくる! と話されていたので、
「また小豆島でボルダリングを楽しめる!」と
島のボルダリング好きたちはその完成をとても楽しみにしていました。

場所は、土庄港から車で10分ほどのところ。
もともと鉄工所だった大きな倉庫。そこを自分たちの手で改修。
大きなスペースの中に、大きなクライミングウォール。
自分たちの手でこんなスペースをつくりあげられるなんて、
ほんとにすごいなあと思います。

この鉄工所感が個人的にはすごく好き。

ボルダリング専用の靴に履き替えます。

いろは(娘)は、山登り好きのおばあちゃんから譲ってもらった靴をはいて登ります。

〈みる・とーぶ〉の次なる目標は?
地域PR活動を継続していくには

〈みる・とーぶSchool〉第2弾! 子ども電車づくりワークショップ

北海道にも暑い夏がやってきた。
さくらんぼがたわわに実るこの季節になると、必ず訪ねてくれる友人がいる。
この連載でも何度か紹介している、アクセサリーデザイナーの岩切エミさんだ。
毎年夏に、札幌市資料館でクリエイター仲間とイベントを行っており、
それに合わせて岩見沢にも立ち寄ってくれるのだ。

せっかくエミさんがくるのなら、子どもたちとワークショップをやってもらいたいと、
先月からスタートした〈みる・とーぶSchool〉の第2回目を企画。
テーマとなったのは、「子ども電車づくり」。
ダンボールに布やカラーテープを貼って車両をつくって遊ぶというものだ。

開催したのは7月3日、わたしたち一家がこれから移住をしようと考えている
岩見沢の中山間地・美流渡(みると)にある公園だ。

しかし、なんとわたし自身は体調不良で欠席に……。
こともあろうに主催者がいないという事態になったが、
いつも一緒に〈みる・とーぶ〉の活動を行っている
地域おこし推進員(協力隊)の友人たちや同級生のお母さん、
そして夫のサポートで、なんとか無事にワークショップを開くことができた。
みんな快く仕事を引き受けてくれて、本当にありがたかった。

しかも、ワークショップに参加した12名の子どもたちは、
躊躇することなく電車づくりを楽しんでくれたそうで、
和気あいあいとした雰囲気だったという。
最後に車両を連結して公園を走り回り、
帰るときまで、それをずっと身につけてくれていた子も多く、
エミさんも「とっても幸せな時間だったよ」と笑顔で話してくれた。

思い思いの素材を貼って、かわいらしい電車ができていく。「いいのができたね~」とエミさんもニッコリ。

布だけでなく、ボタンやビーズなども貼ってアクセントに。

完成したら連結させて出発! 走っていたら糸が切れて、思い思いに子どもたちは駆け回る。開催した公園は、美流渡みんなの森広場。美流渡は炭鉱のまちとして栄えた歴史があり、この公園は、当時通っていた万字線・美流渡駅の跡地。子ども電車の復活は感慨深いものがあった。

〈みる・とーぶ〉とは何か? 継続的活動のために必要なこととは?

さて、この日、実はもうひとつ重要な計画があった。
今年の4月、エミさんとともに、札幌市資料館で、
岩見沢の美流渡を含む中山間地(東部丘陵地域)をピーアールする
〈みる・とーぶ展〉を開催しており、その反省会を行うことになっていたのだ。
この会もわたしは欠席となってしまったが(涙)、
会議を記録してもらい、内容を共有することができた。

話し合いの内容を聞いて、いま〈みる・とーぶ〉が抱える問題点が、
浮き彫りになっていることがわかった。

昨夏に、エミさんに誘われ、札幌市資料館で東部丘陵地域の
ピーアールイベントをすることになり、それから9か月、
活動名を決め、ロゴをつくり、参加作家を募り、展示販売する作品をつくってきた。
準備にはメンバーそれぞれかなりの時間を要したこともあり、
4月のイベント開催後は、あまり頻繁に活動をしておらず、
次の目標も明確ではなかった。

〈みる・とーぶ〉のアドバイザー的な役割を担ってくれていたエミさんは、
こうした状況を知り、いくつかの提案をしてくれた。

札幌市資料館で4月に開催した〈みる・とーぶ展〉。“東部”丘陵地域を“見る”をもじってこの名前をつけた。地域に住む工芸作家や陶芸家の作品とともに、手づくりの好きな有志がつくった、さまざまな商品を展示販売した。

SIAF(サイアフ)ってなんだ? 
大友良英によるサブストーリーから
見る札幌国際芸術祭2017

8月6日から札幌で開催される札幌国際芸術祭(SIAF)2017。
今回は、具体的にどんなアーティストが参加し、
どんな作品が見られるのか、その一部を紹介していこう。

SIAF2017のテーマは「芸術祭ってなんだ?」。
これはSIAF2017ゲストディレクター大友良英さんが発した問いで、
その答えは、サブテーマ「ガラクタの星座たち」にもヒントが隠されている。
このテキストは、公式ガイドブック『札幌へアートの旅』の
特別付録にも収録しているので、ぜひ手にとってほしい。

そしてもうひとつのSIAF2017を巡るサブストーリー
「たった1枚のノイズだらけのレコードから広がる世界だってあるのだ」からは、
大友さんの個人史から生まれたアイデアが、多くの人と化学反応を起こすことにより、
この芸術祭がまたとない独自のお祭りになりそうなことがわかる。

ガイドブックでは、サブストーリーにそって巡るコースのほか、
いくつかのモデルコースを提案しているが、ここでは、
このサブストーリーに登場するアーティストやプロジェクトを具体的に紹介しながら、
SIAF2017をひもといていこう。

貴重な音楽シーンをアーカイブし続ける、沼山良明

大友さんが「わたしにとって本当に大きなものでした」と語る沼山良明さんとの出会い。
SIAF2017のエグゼクティブアドバイザーでもある沼山さんは、
1983年より札幌を拠点にNMA(NOW MUSIC ARTS)を主宰し、
即興や実験的な音楽を中心としたコンサートを企画してきた。

SIAF2017では、『NMAライブ・ビデオアーカイブ』が、札幌市資料館で公開される。
沼山さんが企画した200グループを超えるアーティストのライブを撮りためた、
貴重な記録映像だ。こういった前衛的な音楽シーンが、
個人によってアーカイブされているということにぜひ着目してほしい。

ガイドブックでは、沼山さんがNMAにまつわる
北海道の思い出深い旅についても執筆している。

これがアート? ものの新しい見方を提示する、クリスチャン・マークレー

大友さんのサブストーリーのタイトルにもある
「たった1枚のノイズだらけのレコード」の作者であるクリスチャン・マークレー。
いまや現代美術の世界でよく知られているマークレーは、
大友さんに衝撃を与えた80年代半ば頃から、
ターンテーブル奏者として知られるようになり、
大友さんともつながりの深いアーティストだ。

The Daily Eye

今回は、札幌芸術の森での展覧会「NEW LIFE: リプレイのない展覧会」に参加し、
『Six New Animations』などの作品が展示される。
これは、道ばたに落ちているさまざまな物が“旅する”映像アニメーション。
一見ゴミのように見えるものから、何やら新しい世界が広がっていくかのようだ。

Six New Animations 2016 (c)Christian Marclay. Courtesy White Cube and Paula Cooper Gallery

元旅館をリノベーション!
小豆島で働く人のための
〈うえむらシェアハウス〉

移住者の悩みと働き手を探す企業の悩みを解決する

小豆島にはいまもたくさんの人たちが移住してきています。
現在の島の人口は、3万人弱。
私たちが引っ越してきた5年前は3万人以上いて、
そこからすでに3000人くらい減っているわけで、
どれだけ移住者がいてもやっぱり人口減少しています。

それでも毎年人口の約1%にあたる300人弱の
30〜40代を中心とした人たちが外から移り住んでくれることはすごいことで、
それがこの先何十年と続いていくと、島の高齢化を止めることができるそう。

移住者が増え続けることに加えて、地場産業がもう一度元気にならないといけない、
新しい産業、ビジネスを生み出さないといけないなど課題はたくさんありますが。

この移住に関して、大きな問題のひとつが「受け入れられる家が少ない」ということ。
移り住みたくても、即入居できる家が少なかったり、家賃が高かったり。
ちなみに小豆島の賃貸物件の平均家賃は約4.5万円で、
高松市の平均家賃とあまり変わらないのだそう。

一方で、島の小さな企業で、働き手を募集しているところはけっこうあります。
島外から働きに来てくれる方がいればぜひお願いしたいけれど、
住む家まで面倒はみられないというのが実情。

そんな移住希望者が抱える悩みと働き手を探している島の企業の悩みを解決する。
そのためにこの7月にオープンするのが〈うえむらシェアハウス〉です。

元旅館をリノベーションした〈うえむらシェアハウス〉。

かつてはお遍路宿だっただけあって、広い玄関が迎えてくれます。

うえむらシェアハウスは、北に寒霞渓の山々、南に内海湾を望む、
草壁港から車で約3分の場所にあります。
もともとお遍路さんたちを迎える宿〈大倉旅館〉だった建物を改修。

とてもレトロなタイル張りの共有洗面所。

各部屋は、当時の部屋名そのままで。

運営は、小豆島・豊島への移住促進と空き家活用促進活動を行う
NPO法人〈Totie(トティエ)〉がしています。

内覧会でお話される小豆島町長。共有リビングにて。

島のイタリアンレストラン〈FURYU〉のケータリングも。

各スペースの説明をされるトティエの大塚一歩さん。

アーティストと子どもが一緒に遊ぶ
〈みる・とーぶSchool〉
過疎地域につくる独自の学びの場

画家・MAYA MAXXが再び美流渡にやってきた!

北海道の春はあっという間に過ぎ去り、6月になると初夏の兆しが感じられる。
新緑の美しいこの季節に入ると、
道外の友人たちが、ここ岩見沢を訪ねてくれる機会が増え、
わが家には楽しい出来事がいろいろと起こるようになる。

6月下旬、京都からやってきてくれたのは、画家・MAYA MAXX。
わたしがアートとイラストレーションの雑誌『みづゑ』の編集長をしていた頃に出会い、
15年以上、家族ぐるみでおつき合いをさせてもらっている大切な友人だ。

MAYA MAXX『見えぬものを見るように』2016 何必館・京都現代美術館での個展『黒から玄へ』より。

MAYA MAXXは愛媛県生まれの画家。
1993年よりこの名で活動を始め、2008年には活動の拠点を東京から京都へ移し、
〈何必館・京都現代美術館〉で毎年のように個展を開催。
また、『らっこちゃん』や『ちゅっちゅっ』などの絵本の刊行でも知られている。

わが家を訪ねてくれたのは2度目。
1度目は、昨年2月に、地元の北海道教育大学岩見沢校で行われた市民向けイベント
〈あそびプロジェクト〉でワークショップと講演を行うためにやってきた。
このとき併せて、わが家族がこれから転居しようと考えている、
岩見沢の中山間地・美流渡(みると)の小中学生を集めたワークショップ
開いてもらったこともあり、今回再びこの地で
子どもたちと絵を描く機会をつくってもらうことにした。

今回、MAYA MAXXはプライベートでの来道だったが、
ワークショップを快くOKしてくれ、ありがたいことに画材一式まで提供してくれた。
こうしてMAYA MAXXの地元・今治でも開催したことのある、
タオル素材のポンチョに絵を描くという
子ども向けのワークショップを開催することとなった。

昨年2月、美流渡の中学校体育館で開催したMAYA MAXXと絵を描くワークショップ。大画面に手と足を使って大地となる色を塗り、上から筆で美流渡の風景を描いた。

開催に際して、このワークショップに〈みる・とーぶSchool〉という名前をつけた。
岩見沢の美流渡地区を含む中山間地一帯を東部丘陵地域と呼ぶため、
“東部”を“見る”でみる・とーぶ。

この連載でも紹介したように、4月に札幌で、
地元有志によるイベント〈みる・とーぶ展〉を開催しており、
それに続く新しい試みが、この〈みる・とーぶSchool〉となる。

わが家が転居を決めてから、この東部丘陵地域に関わることが多くなるにつれ、
過疎化によるさまざまな問題があることを知った。

そのひとつが、子どもたちの教育だ。
転居に先立ち息子はすでに美流渡の小学校に通わせているが、全生徒数はわずか6名。
一時は教育委員会から統廃合の方針が出されたこともあったり
(現在、この方針は保留の状態)、近隣には児童館など
放課後に子どもを預かってもらう施設がなかったりと、
どうしても行政の手が行き届かない場所となっている。

また、息子を生徒数の少ない学校に通わせることに対して、
充分な教育が受けられるのかと疑問を口にする友人もいた。

そんななかで、もし行政の手が回らない部分があるのであれば、
親たちが工夫することで、東部丘陵地域らしい学びの場がつくれるんじゃないか? 
そんな想いがわたしにはあった。

すでに地域の人々は、人数が少ないからこそ、
運動会などの学校行事に積極的に参加しているし、
PTA主催のイベントにも熱心な人が多いこともあり、
親が子どもたちへ向けた何かを企画をするのは、
この地域ではとても自然なことのように思えた。

しかも、MAYA MAXXの来道のあとにも、クリエイターの友人たちが、
美流渡を訪ねてくれることになっており、それならば月1回ペースで、
〈みる・とーぶSchool〉が開けるのではないかと考えたのだ。

美流渡の運動会。保育園、小学校、中学校合同で行われ、約30名の子どもたちが参加。玉入れ、綱引き、リレーなど親が参加する競技も多数ある。

美流渡地区には児童館がないため、今春から小学校の親たちで〈美流渡ほうかごあずかりの会〉を始めた。親が交代で子どもたちを見守る。

のんちゃんが巡る、札幌のまち。
SIAF2017の舞台の一部を紹介!

8月6日から10月1日まで札幌を舞台に開催される札幌国際芸術祭(SIAF)2017。
2014年にスタートし、3年に1度開催されるこの芸術祭がもうすぐ幕を開ける。
2回目の開催となる今回は、ゲストディレクターに音楽家の大友良英を迎え
狭義のアートにとどまらない、さまざまな作品やアーティストがまちを彩る。
例えば美術館だけでなく、まちなかや公園、市電でも作品が展開されるのだ。
今回は、開幕を控えた札幌のまちを、“創作あーちすと”のんが巡り、
SIAFの舞台の一部をご紹介!

歴史ある建造物! 札幌市資料館

大通公園の西に位置する札幌市資料館は、札幌控訴院として
1926年(大正15年)に建てられた、歴史ある建造物。
入り口や階段のステンドグラスなど、趣ある建物に思わず見入るのんちゃん。

会期中、札幌に滞在しながらあちこちに出没する予定のミュージシャン、テニスコーツが
この資料館の部屋を拠点としたり、市民とアーティストによるアートプロジェクトも。
1階にはSIAFラウンジがあり、インフォメーションセンターにもなっている。

とにかく長~い! 狸小路商店街

北海道で最古の商店街のひとつ、狸小路商店街も、SIAF2017の舞台に。
狸小路商店街は、西1丁目から西7丁目まで、
約1キロにわたり約200軒が軒を連ねるアーケード。
まちの人たちの暮らしを支える店から観光客でにぎわう店まで、
活気にあふれる商店街だ。

この狸小路商店街に、「狸小路TV」が出現。
特設スタジオから番組を配信し、商店街の店舗に設置されたテレビに流れたり
上映やトークイベントを通じて、テレビ表現を見つめ直していくという企画だ。

狸小路の映画館、シアターキノ

その狸小路6丁目に位置する映画館〈シアターキノ〉に立ち寄ったのんちゃん。
シネコンなどでは上映されにくい、良質な映画をラインナップしている。
実は、SIAF開幕前日の8月5日から、のんちゃんが主演した
映画『この世界の片隅に』がこの劇場で上映されるのだ。
シアターキノの壁には、ここを訪れた監督や俳優たちのサインがびっしり。
のんちゃんのサインもどこかにあるので、探してみて。

シアターキノに併設されたカフェ〈キノカフェ〉には、映画のパンフレットがたくさん!
まちなかのビルの中とは思えないような、ほっと落ち着ける空間。
会場巡りに疲れたら、ここでひと休みするのもいいかも。

料理家・山脇りこさんの
心と体にじんわり効くレシピ。
昆布だしと海苔の精進スープ

疲れているときにこそ、本格だしを

毎日料理をするのは大変です。
ひとり暮らしでは面倒だし、働きながら子育てしながらの食事づくりは
毎日が綱渡り……なんて声も聞こえてきそう。
そんな日常で、だしをひくなんて到底無理とあきらめている方も多いかもしれません。
でも、疲れているときほど、じんわりだしの効いた汁ものが体に沁みるもの。

「そんな方にこそ、だしを引くことをおすすめしたいんです。
部屋がちらかっていても、疲れてボロボロでも、
10分でおいしい昆布だしのスープが味わえます」
と教えてくれたのは、料理家の山脇りこさん。

「前の晩から昆布をぽんと水に入れておくと簡単にいいだしが取れます。
加熱する場合は60度で30分から1時間ほど加熱するといいのですが、
じっくり水に漬けておくだけでうまみの出る昆布は、世界一手軽なだしだと思います」

ひと晩冷水に浸けただけ、という昆布水を味見させていただくと……「!」
これで充分いいお吸い物になるのではと思うようなうまみが口中に広がりました。

今回はこの昆布水を使って、心と体を整える精進スープをつくります。
精進と聞くと、ちょっともの足りない地味な味を想像しますが、
海苔にトマトとうまみの強い食材を加え、見た目も華やか、
しっかりした味わいの、体に沁みるスープができました。

コーヒー1杯の値段で、おいしい昆布だしが味わえる

ただし、おいしいだしを取るには、どんな昆布でもいいというわけではありません。
昆布には真昆布、羅臼昆布、利尻昆布など産地によって種類があり、
味わいも少しずつ違います。
産地まで出向き、昆布漁の船にも乗せてもらったことがあるという山脇さん。

「同じ真昆布でも浜によって味が違うんです。
真昆布の産地は北海道の南茅部(みなみかやべ)ですが、7つある浜のうち、
川汲(かっくみ)、安浦(やすうら) 、尾札部(おさすべ)の3つが
日本最上級品の採れる浜。昆布の善し悪しが浜だけで決まってしまうのは
生産者の努力が報われないようでちょっと悔しい気もしますが、
ワインなどでいうテロワールですよね。
いい浜の近くには山から川が流れ込んでいてミネラルが豊富。
すべては自然の摂理なんですね」

いい味の昆布はやはり値も張るもので、一般的に200グラム1500〜2000円ほど。
山脇さんの昆布水は、水1.5リットルに昆布30〜35グラムを使います。
確かにちょっとぜいたくではありますが、およそコーヒー1杯分。
それでスープ10杯のだしが取れると考えれば、存分に味わえる値段です。

長崎の旅館で生まれ育った山脇さんにとって、だしはソウルフード。
「毎朝目覚めると、厨房から一番だしのいい香りがふわ〜っと漂ってくるんです」
料理家になってすぐだしの教室を始めたのも、
自分の食べてきたものの中心にだしがあると感じていたからだと言います。

「日本人としてとか、料理の基本だからとか、そういう発想はないんです。
ただ自分で引いただしは特別においしい。おいしいでしょ?って伝えたかった。
料理って本当はとても楽しいもの。
でも今みんな忙しくてそれどころではないって生活を送っていますよね。
そんななかでもできることの楽しさを伝えたいなぁと思うんです。
今回のスープも、とっても簡単ですよ」

「うまみ」の食材を知っておくと便利 

昆布は言わずと知れた、うまみの王者。さらに、うまみ成分の豊富な
海苔、トマトを加えてつくるのが今回の精進スープです。

「このスープも、昆布、トマト、海苔のトリプルグルタミン酸。うまみ成分の中でも私たちの体に親和性が高いのがグルタミン酸なので、疲れた体をリセットしたいときにぴったりです」(山脇さん)

〈HOMEMAKERS〉の梅仕事、
梅コンポートと梅干しづくり

この季節といえば! 梅の収穫から梅干しづくりまで

6月になるとスーパーの入口付近に並び始める梅!
その隣には、大きなガラス瓶や梅干しざる、
梅酒づくり用のホワイトリカーなんかが並びます。
そう、6月は梅収穫&梅仕事の季節です。

毎年5月中旬くらいから、そろそろ梅が大きくなってきたねぇ、
いつ収穫しようかと、畑の見回りをしながらそわそわしてきます。

うちにはじいちゃんが残してくれた梅の木が3本あります。
段々畑の一角に梅の木が植えられているのですが、
軽トラックで行けない場所にあるので収穫して運ぶのはひと苦労。
さらにまわりのみかん畑が少しずつ荒れ始めていて、
草刈りなどのメンテナンスもとても大変(というか、できていない、汗)。

でも立派な梅の木は毎年大粒の梅をつけてくれるので、
なんとか手入れして収穫し続けたいなと思っています。

大きな梅の実がいっぱい。

ひとつひとつ手でもぎって収穫。

今年はその梅の木と、知り合いの人に、もう採らないから採ってもいいよと
教えてもらった梅の木の実を収穫をしました。
大粒の梅が枝にたくさんついている姿はなんとも幸せ。
あー、宝物がいっぱいある。
ひとつずつ手でもぎってかごに入れていきます。
農薬も肥料も使わず、ほとんど自然のまま育った梅ですが、
思ったよりもきれいな実が多く、梅の木のパワーに驚かされます。

大きな梅の木なので、高いところは木登りして剪定しながら収穫。

上のほうの陽がよくあたるところはすでに黄色く熟してて、そのまま梅干しにできそう。

かごいっぱいに収穫した梅ちゃんたち。

収穫した梅は、傷なしパーフェクトなA品、
ほんのちょっとだけキズがあったりシミがあったりするA'(エーダッシュ)品、
キズありだけど使えるよねのB品、
これはちょっと厳しいねのC品に分けていきます。

そしてなるべくその日のうちに注文してくれた方に発送します。
今年もたくさんの方々にお届けできました。
小豆島の梅が全国各地に飛び立っていって、
そこでおいしい梅干しや梅シロップにしてもらってると想像すると
とてもうれしくなります。

買った山に、いよいよ植林。
費用は? 木の種類は? 
素人なりに考える

植林って何? 未知の世界に足を踏み入れる

昨年岩見沢で買った山には、購入後に私たちが果たさなければならない“約束”があった。
もとの地主さんは森林組合に加入しており、広さ8ヘクタールの土地のうちの
1ヘクタールが国や北海道の補助金を利用して植林されていた。
その後、木は伐採したのだが、伐採後には再び植林をする必要があるそうで、
この“約束”を、新しい土地の所有者となった私たちが引き継ぐかたちとなっていたのだ。

今年、いよいよ植林を進めることになり、
6月初旬に、森林組合の担当者・玉川則子さんと、
北海道空知総合振興局森林室の栗田健さん、
そして植林を実際に行う〈千歳林業〉の千葉大輔さんが、私たちの山にやってきた。

現地で植林会議! 左から、栗田さん、山を一緒に購入した農家の林さん、わが夫、千葉さん、玉川さん。

図面を見ながら植林する場所を確認。

植林の対象となる土地は、道路脇から約1ヘクタールの範囲。
植林なんて、まったくの未知の世界で、いったいいくらかかるのか、
自分たちはどんなことをしなければならないのか、わからないことだらけだったが、
森林組合の玉川さんは、とても丁寧に教えてくれた。

概要をザックリ説明すると、国や北海道から約9割の補助があるので、
私たちが負担する金額は十数万円。
このくらいの広さだと植える木は約2000本。
植える作業も、その後の下草刈りや間伐にも補助があり、
業者がやってくれるとのことで、特に私たちが管理しなくても大丈夫という。

「こちらで手続きなども全部やりますので、特に難しいことはありませんよ」
と笑顔の玉川さん。

現場でより具体的な話し合いが行われ、
道路から山に入る道の部分は植林せずに残すことなど、
いろいろと私たちの希望を取り入れながら計画づくりを進めてくれた。
玉川さんと栗田さん、千葉さんは経験豊富で、サクサクッと物事を決めていく。
「ああ、こうやってプロにお任せしていけば、植林は順調に進んでいくんだなぁ」
と実感したが、ひとつだけ、森林組合の提案と異なる希望が私たちの中にはあった。

森林のプロフェッショナルたちが、植林の段取りを打ち合わせ。

植林する場所には、伐採後に残された枝がうず高く積み上げられている。追加でお金がかかるそうだが、植林の際に重機などを使ってこれらを取り除くこともできるという。また、この枝をウッドチップにして木質バイオマスの燃料にする取り組みも岩見沢近郊で始まっているそうだ。

それは、どんな木を植えるのかということ。
普通は苗も安価で鹿などの被害に遭いにくい、トドマツなど針葉樹を植え、
50年ほどで伐採するそうだが(うちの娘と息子が50歳を超えている!)、
できれば広葉樹を植えたいという想いがあったのだ。

広葉樹でよく知られているのはナラなどドングリがなる木。
山の共同購入者である農家の林宏さんは、ナラなどの木を植えて、
ゆくゆくは椎茸栽培のためのホダ木にしたいと考えていた。
私もこの話を聞いたとき、広葉樹を植えるのはすてきだなあと感じた。
東京に住んでいたときも、公園でドングリを拾ってきては、
鉢に植えて育てて楽しんでいたこともあり(意外によく育つ!)、
自分としても馴染み深い。

また、私たちの山は木がほとんど伐採されているのだが、
土地の様子をじっくり見ていると、
ナラの幼木がいたるところに生えていることもあって、
相性もいいんじゃないかと、素人考えに思っていたのだ。

伐採された跡地に生えている幼木。ナラの木が多い。

こちらはオニグルミ。どちらも広葉樹なので、植林も広葉樹がよさそうに思うが……。

人気映像からリアルな旅へ。
『True North, Akita.』
秋田の暮らしと人に出会う旅

男鹿半島の海と里山の暮らしに触れる

秋田の暮らしの風景を映し出し、世界で約300万回再生され
話題となっている映像シリーズ『True North, Akita.』。
これまで五城目町と上桧木内、そして男鹿半島が舞台となってきた。
3作目の男鹿篇は昨年末に展示形式で公開されていたが、
現在は再編集されたかたちでウェブでも公開されている。

『True North, Akita.#3』男鹿篇 (c)augment5 Inc

そして、撮影で訪れた各地域を巡る小さなツアーが、
制作チーム〈augment5 Inc.〉によって開催された。
ツアーには都内から子連れの家族ふた組が参加。
プロデューサーの井野英隆さんをはじめ、映像に関わったスタッフも
同行・案内するという、少し変わったスタイルで実施された。

1日目は秋田駅に集合した後、男鹿半島へ。
美しい海岸線や、八郎潟を干拓した大潟村をぐるっと見渡せる寒風山の展望台を経て、
向かったのは半島の北側に位置するかつての北浦町。
ハタハタ漁で有名な地域だが、かつては北前船の寄港地として
東北の中でも早い時代から栄えていた場所だ。

陸路が中心となった現在は、国道や電車でのアクセスがいい半島の南側から入り、
ゴジラ岩、ナマハゲの五社堂、男鹿水族館〈GAO〉、夕日スポットとして有名な
入道崎あたりまでが主力観光地となっているため、
ここ北浦エリアまで訪れる人は珍しい。

今回のツアーでこの北浦を訪れるのは、
『True North, Akita.#3』の男鹿篇に登場する漁師の一家、
石川さん一家が暮らしているからだ。

北浦漁港のすぐ裏で、井野さんたちが撮影でも拠点にしていた宿、
亀屋旅館に立ち寄りそのまま漁師一家、石川さんご家族のもとへ。
実際に漁に出るのは信之さん、修勢さん親子 。
高齢化の進む男鹿の漁師の中で、親子で海に出る船はとても珍しい。

そして石川さん一家がさらにすばらしいのは、
親子3世代が同じ屋根の下で一緒に暮らしていることだ。
信之さんの奥さんの柾美さん、修勢さんの奥さんの雅子さん、
そして3人の子どもたちという8人の大家族の暮らしは
いつもにぎやかで笑顔が溢れている。

『True North, Akita.#3』映像シーンより。(c)augment5 Inc

到着すると夕方前だというのにすでに食卓には豪勢な夕食の支度が整っている。
早過ぎると思われるかもしれないが、日の出前に仕事を始める漁師は朝早く、
18時頃にはだいたい寝てしまう。
生活のサイクルも、この豊かな海の暮らしとともにあることを感じさせてくれる。

今朝あがったばかりの甘鯛やヒラメの刺身、あんこうのとも和え、
旬のかれいの煮つけ、海の幸盛りだくさんのちらし寿司など、
新鮮な魚料理が豪華に並ぶ。
でも石川さん一家にとって変わらぬいつもの食卓だという。

お魚がおいしいのは言わずもがな、どの料理も絶品なのは、料理担当の柾美さんの、
男鹿半島の魚を知り尽くしたうえでの料理の腕前あってのもの。
新鮮な魚を最高の状態で味わえる機会もなかなか少ない。
「うちの母ちゃんと父ちゃんの息子でほんとによかったと思う」と修勢さん。

石川家は代々漁師で修勢さんで5代目。
北浦の海で育った修勢さんは、漁師仲間からも一目置かれる父を見て
「漁師っておもしろそうだ」と思い、
幼い頃から男鹿で漁師になることだけを考えてきたという。

ただ修勢さんが地元男鹿の海洋高校を出て漁師になる頃、
父の信之さんは北海道での遠洋や鮭漁、関東での線路工事などの仕事で、
長く秋田を離れることも多かったという。
もっと男鹿の海を知りたい、腕を上げたいと思っていた修勢さんは
「父ちゃん、戻ってきてくれ」と素直に伝えたそうだ。

そうして信之さんは再び地元に戻ってきた。
「息子が父を家に呼び戻すなんて、ふつうと逆だな」と修勢さん。

漁師の現場ほどおもしろいものはないと話す修勢さん(左)。

いまでは親子で同じ船に乗り、修勢さんの弟の知幸さんもまた
男鹿の海でエビやカニの漁をする。
「一人前になるにはまだまだ」と言う信之さんだが、
息子とふたりで船に乗れることはうれしそうだ。

『True North, Akita.#3』映像シーンより。(c)augment5 Inc

地元の多くの漁師は高齢で跡継ぎがおらず、次々と船を捨て海を離れていってしまう。
毎日のように親子で船に乗る石川さんたちはいまではとても珍しく、
地元の漁師も「男鹿の漁師の希望だ」と語る。

食事をする間も、「とにかく漁師はおもしろい」と、
豪快な笑い声をはさみながらたくさん海の話をしてくれる石川さん親子。
とにかく男鹿の海が大好きなことが、そこで生きているプライドとともに伝わってくる。

どうしたら魚がかかるか考えながら網をつくるのも漁師の仕事。ものづくりはどんな仕事でもおもしろいという信之さん。

『True North, Akita.』の映像について感想を尋ねると、あまり多くは語らないものの
「ふだんからあんな感じ。日常をよくあんな映像にしてくれたなって感心してしまった」
と修勢さん。

真剣に話し込む間に、東京から来たツアーの参加者家族ともすっかり仲良くなり、
子どもたち同士も一緒に遊び、はしゃぎ回っていた。
こんなふうに、自然と地元の人たちの暮らしの時間のなかで交流できることが、
この旅の醍醐味なのだ。

初夏の小豆島、
友人たちと楽しむおすすめスポット

オリーブビーチで水遊び、戸形崎海岸でピクニック

またこの季節がやってきましね、梅雨。
小豆島は梅雨入り初日、朝からしっかりとした雨が降り続いてました。
ここから蒸し暑い日があったり、少し肌寒い日があったり、
それでも少しずつ気温は上がっていき、
1か月後には灼熱の太陽が照りつける夏がやってきますね。ひゃっ。

その夏がやって来る前のいまの時期、初夏。
5月くらいから6月にかけての晴れの日の小豆島はほんとに気持ちがいいです。
からっとした空気、澄んだ青い空、まぶしい新緑、きらきらの海。
こんな気持ちのいい場所で暮らしている、もうそれだけで贅沢だなと思います。
(あ、ちなみに年中そんなわけはなく、夏はしっかり暑いし冬はしびれる寒さです、笑)

フェリーのデッキから眺める島。晴れた日はほんとに気持ちがいい。

この気持ちのいい5月は、たくさんの友人や家族が島に遊びに来てくれました。
友人たちを案内しつつ、私も久々に島のいろんな場所をまわりました。

どこがいいかなー。
島にはいいところがたくさんあるので、いつもすごく迷います。
「きれいだねー」で終わってしまう場所ではなく、
心地いい時間だったりエキサイティングな時間だったり、
そういう時間を過ごせる場所に一緒に行きたいなと。

例えば海に行くにしても、そこでどうやって過ごそうか。
小さい子なら砂遊びとか波打ち際でちゃぷちゃぷ遊ぶだけでも楽しいし。
お弁当を持っていって(つくれなければスーパーでお惣菜とかお弁当を買えばいい!)、
ヤシの木陰で海を見ながら食べるとか。

小豆島は比較的からっとした空気の日が多いので、
夏でも木陰にいれば、海からの風もあってとても心地いいです。
高いお金を払わなくても、贅沢な時間を過ごせます。

穏やかなオリーブビーチ。波打ち際でちゃぷちゃぷ。

戸形崎海岸。この大きなヤシの木陰が特等席。

戸形崎の岩場遊びも楽しい。

DIY女子が空き家改装スタート。
過疎地に若者を呼ぶ、シェアハウス

引っ越しまでカウントダウン。改装は間に合うの?

わたしたち一家が古家の改装を続けている岩見沢の山間・美流渡(みると)に、
頼もしいリノベ仲間がいる。
この冬には、築50年以上経っているのではないかと思われる空き家を1軒取得。
実際に家を直すという体験をしながら、友人たちとともに
改修の勉強をしてみたいとリノベーションに乗り出している

また、遅々として進まないわが家の改装状況を心配して、
Facebookで仲間を呼びかけ手伝ってくれることもある。
そして、なんとこの春には、さらなる改装に着手。
美流渡の隣、毛陽地区の大きな一軒家をシェアハウスにしようと計画中だ。

こんなふうに書くと、どんな屈強な男性かと想像すると思うが、実は28歳の女性。
この連載にも登場している、地域おこし推進員の吉崎祐季さんだ。

これまでインテリアデザイナーとして、
家の内装をつくりかえたり家具をつくったりはしたことがあるが、
大工さんのように本格的に床を張ったり基礎を直したりは未経験。
けれど、困難な問題に直面しても、持ち前のバイタリティとDIY精神を生かして、
どんどんリノベを進めていっている。

毛陽地区にある大きな一軒家。築40年以上でゆったりした間取り。2階には4室もある(8畳間と6畳間)。

広々としたリビング。壁や天井をつくりかえようと考えているそう。

改装前の部屋。どの部屋にも大きな押し入れがあって使いやすそう。

毛陽地区につくろうとしているシェアハウスの状況を見に行ったのは5月25日。
吉崎さんも、このシェアハウスの入居者のひとりになっているそうで、
今月中に引っ越さなければならないという待ったなしの状態。
引っ越しの準備も考えると、すでに改修は終わっていないとまずそうな気もするが、
まだ壁も床も完成していない状況。

「いろいろ実験しようと思ってやっていたら時間がかかっちゃって(笑)。
シェアハウスなので防音が大切かなと、壁に断熱も兼ねてグラスウールを入れたり。
畳を板張りにしたことがなかったので、それにも挑戦してみようと」

壁は珪藻土。漆喰よりも調湿性能が高いとされ、ざらっとした独特の味わいの壁になる。

部屋と部屋のあいだの壁は防音を重視。壁を慎重にはがして断熱材を入れると、かなり音が聞こえなくなった。

壁には防音対策として遮音シートと石膏ボードを上張りし、さらに珪藻土を塗った。
床下にも断熱材を入れたり、せっかくならと、どんどん構想が広がっていったそうだ。
引っ越しのことを聞くと、さすがに顔を曇らせる吉崎さんであったが、
それでも工夫した点について聞くと、楽しそうに話してくれた。

畳の部屋をフローリングに代える。床の下にも断熱材を敷き詰める。

友人たちが手伝いに来てくれる。ペンキ塗りは、みんなでワイワイと楽しくできる作業。

かつお節の元祖
「潮かつお」を求めて西伊豆へ。
枝元なほみさんのつくる、
うまみのスープ

スープをもって、出かけよう

本格的な夏が始まる前の、爽やかな季節。
この時期にふらりと海や山へ出かけるのもいいものですよね。
アウトドアというほどでなくても、バスケットに食材をぽんぽん詰めて、
冷やしたスープを持って海へドライブ……なんてどうでしょうと
半ばこちらの願望をご相談した相手は、料理家の枝元なほみさん。

「この時期の海、気持いいですよね。
ひと晩水に浸けておくだけでいい味の出る、
外に持って行くのにぴったりのスープありますよ~」
と満面の笑みで応えてくれました。
枝元さんが取り出してきたのは、茶色の塊。これは一体……?

「“潮かつお”っていう、かつおを塩漬けにしたもの、かつお節の原型です。
トマトと一緒に水に浸しておくと、うまみがゆっくり溶け出して
おいしいスープがとれるんです」

潮かつおの産地が今も静岡県の西伊豆にあるとのことで、
工場見学を兼ねて、海辺で「海の香りのスープ」を楽しもうということに。
初夏の海を眺めながら、かつおの塩気とトマトの酸味が染み出した、
うまみのスープをいただきます。

日本各地に眠る、力のある食材

料理家として活躍する一方、日本各地の地域に眠る食材に光を当て、
食文化を見直す活動にも力を入れている枝元さん。
そのなかで料理への向き合い方も変わってきたのだそう。

「料理の仕事は、もっともっとっておいしさを足していくようなことが多いんですが、
食材だけで充分おいしい、力のある食べものがあることに気づいたんです。
今の世の中には甘い、うまい、とろける……なんて
おいしさを表現する言葉がたくさんあるけど、そんな言葉を寄せつけないような、
もっと力のある食材。潮かつおもそのひとつです。
ほんとうの意味で人を養う食っていうのかな、生きることと近い場所にあるような」

「食べものとしての風格が違う」と枝元さんの表現する食材。
頭よりも体が反応する、細胞が喜ぶような食べもの。
そのひとつに挙がったのが、潮かつおでした。

潮かつおの切り身をスライスしているところ。酢で塩抜きすれば、生ハムのようにも食べられる。

日々生産地へ出向いて、料理講習会を行ったり、レシピ開発・商品開発を行う枝元さん(中央)。カネサ鰹節商店の5代目・芹沢安久さん(左)と、従業員の鈴木敏郎さん(右)と。

今も潮かつおをつくっている地域があるので行ってみませんかと
枝元さんに誘っていただき、まさにその潮かつおでつくったスープをもって
一路向かったのは、西伊豆の田子地区。

この時期の伊豆は、山々が濃い緑と淡い緑のグラデーションに彩られ、
初夏の香りがむんむん。沼津から1時間半ほど車を走らせて船原峠を越えると、
鏡のように静かな海が広がっていました。

〈清流の国ぎふ芸術祭
Art Award IN THE CUBE 2017〉
新しい公募展の芸術祭がめざすもの

「身体のゆくえ」をめぐるキューブ空間

岐阜市にある岐阜県美術館では〈清流の国ぎふ芸術祭 
Art Award IN THE CUBE 2017〉(AAIC)が開催されている。
公募によって選ばれた作品が展示された現代美術展だが、
特徴的なのは、大型の立方体の空間の中でそれぞれの作品が展示され、
そのキューブが美術館の館内、一部館外に設置されているということ。
それぞれ作品の形態も技法も素材も異なり、
いろいろな作品世界が見られるショーケースのような展覧会になっている。

このフレームが規定で決められたキューブの大きさ(W4.8m×D4.8m×H3.6m)。この空間の中にそれぞれの作品が展示される。〈清流の国ぎふ芸術祭 Art Award IN THE CUBE 2017〉は、6月11日まで岐阜県美術館で開催中。

県展をリニューアルすることが発端となり、新しく誕生したAAIC。
第1回目となる今回は「身体のゆくえ」というテーマで、
新しい才能の発掘と育成を目的に開催された。
選ばれた15組の作家たちは年齢層も幅広く、
活動の拠点も地元岐阜から東京、関西までさまざま。

バラエティに富んだ作品が並ぶが、作品のユニークさもさることながら、
審査員の顔ぶれがすごい。
美術家のO JUN氏や中原浩大氏、小説家の高橋源一郎氏、
哲学者の鷲田清一氏、ダンサーの田中泯氏など、
県の公募展の審査員にしては異例ともいえるような顔ぶれだ。
さぞかし有名なキュレーターやディレクターが後ろで糸を引いているのかと思いきや、
地元の美術関係者たちが中心となった企画委員会により議論され、
岐阜県が中心となった実行委員会が運営しているのだそう。

「アートでまちおこしをという出発点ではなく、
本気で現代美術の新しい潮流をつくりたいというのが企画委員会の考えなんです。
みなさんとても真剣で、一生懸命、議論しながら進めてきました。
伝統を大切にしながら、新しいものを生み出していこうという、
岐阜ならではの公募展になったと思います」
と、岐阜県文化創造課の鳥羽都子さん。熱い思いがつくりあげた展覧会のようだ。

中原浩大賞を受賞した『Mimesis Insects Cube』。メガネや文具などいろいろなものを解体した部品を再構成してつくった昆虫の造形物がキューブを埋め尽くす。作家の森貞人さんは1950年生まれで愛知県を拠点に活動。

三輪眞弘賞を受賞した『移動する主体(カタツムリ)』は、まずキューブの外から見た瞬間、度肝を抜く。中にはまた別の「身体」が。長野と東京を拠点とするチーム〈耳のないマウス〉による作品。(写真提供:清流の国ぎふ芸術祭Art Award IN THE CUBE 実行委員会)

展覧会がスタートして2日目、岐阜県美術館の館長である
日比野克彦さんによる作品講評会があった。
講評といっても、単に日比野さんが新人作家に対して
評価やアドバイスを下すのではなく、会場をめぐりながら、
その場にいる作家と対話しながら作品のねらいなどを紹介していく会となった。

『縫いの造形』は、糸で紙を縫い、キューブの壁に縫いつけた作品。キューブの中に入ってみると不思議な感覚に包まれる。中村潤さんは京都出身のアーティスト。

中村潤さんの作品『縫いの造形』は、キューブと同じ大きさの紙のキューブをつくり、
いろいろな糸を縫い込んで、それを少しずらしてキューブの壁に縫いつけるという作品。
一見、静かな作品に見えるが、制作はキューブを出たり入ったりしながら
縫うという動作の連続で「私の体はキューブのそこらじゅうに満ちてます」と中村さん。
日比野さんは、「針がぶすっと刺さったり、針に糸が滑る振動が伝わったり、
縫うという行為の快感ってありますよね」と共感したようす。

日比野さんは過去に、半透明のプラスティックの段ボールを挟んで
ふたりひと組で向き合い、針を刺し合って縫いながら
絵を描いていくというワークショップをしたことがあるそう。
針と糸が行ったり来たりすることで、知らない人とのあいだに、
ある種の関係性が生まれるという。
中村さんは、紙はひとりで縫い、壁はふたりで縫ったそうだ。

「意外なところから針が出てきたり、私が何かを描こうと思っても、
向こうは思っていなかったり、裏にまわると思ってもいない形が表れたり。
いろいろなせめぎ合いがありましたね。
自分以外の体との関わりがとても感じられました」と中村さん。

「縫っているときの、あの感覚が好きでたまらないという人じゃないと、ここまでできないですよね。糸が持っている力、縫うという行為に何かある気がします」(日比野)「潜って出て、潜って出て、ひたすらニヤニヤしながら制作してました(笑)」(中村)

カラフルな糸は、中村さんの亡くなった祖母が
編んだセーターをほどいてとってあったという毛糸や、
自分が小さいときに気に入って持っていたひも、人からもらったものある。

「縫い目を見ると、自分のセーターだったり、もらったプレゼントだったり、
それぞれ連想するものがあって、こうして見ると不思議な気持ちがします。
ほかの人の物にはほかの物語があって、それが重なり合わず、
併走するくらいでちょうどいいと思っています」

中村さんは今回の制作で、次の作品につながる大きな手応えを感じたようだ。

増えていく仲間たち、
小豆島カルチャーのいま

〈旅する台所研究家〉の出版記念イベント開催!

先日、島のカフェ〈タコのまくら〉で、トークイベント
「ばあちゃんの幸せレシピ~出版記念~」が行われました。
トークしてくれたのは、〈旅する台所研究家〉という
すてきな肩書きをもつ中村優ちゃん。

以前から小豆島に何度も来てくれていて、イベントなどでも
〈HOMEMAKERS〉のお野菜を使ってくれたりして、友人でもある優ちゃん。
その彼女が最近『ばあちゃんの幸せレシピ』という本を出版したので、
その出版記念イベントとして今回また小豆島に来てくれました。

旅する台所研究家の中村優ちゃん。

優ちゃんが世界中のばあちゃんたちから教えてもらった人生のレシピが1冊に。

優ちゃんとは小豆島カメラのイベントも一緒に企画したことがあります。

この本には、優ちゃんが3年かけて15か国で100人以上のばあちゃんを訪ね、
恋愛話から苦労話までいろんな話をしながら教えてもらった、
幸せに生きるための料理と人生のレシピがすてきな写真とともにまとめられています。

料理のレシピというより、ばあちゃんたちの料理を通して見える
人生のレシピという感じ。
これだけたくさんのばあちゃんたちに出会い、台所に一緒に立ち、
料理をつくり、話を聞き、写真を撮り、それを1冊の本としてまとめる、
その優ちゃんのパワーにいつもびっくりします。
ちなみに本の中には、小豆島のばあちゃんも登場してます。

優ちゃんの話はほんとにとてもおもしろい。
ばあちゃんの言葉そのままで話してくれて、
まるで自分も直接話を聞いていたような気分になる。
80歳以上の、料理上手でロックなばあちゃん。
戦争を乗り越えて何もないところから何かを生み出してきた人たちは
最高にクリエイティブ。そんなばあちゃんたちの話は、
どう生きるか、悩んだり迷ったりする私たち世代にとってぐっとくる。

『ばあちゃんの幸せレシピ』でも登場する、スリランカのおばあちゃんから教えてもらった緑のおかゆも振る舞われました。

HOMEMAKERSの野菜たちも。

優ちゃんが旅するなかで覚えたいろんな料理をつくってくれました。ひと皿で盛れないほどたくさん。

古家を見つけてから1年半。
たったひとりで取り組む
悪戦苦闘の改装のゆくえは?

だんだんズレていく、引っ越し計画

岩見沢の山間の美流渡(みると)に古家を見つけてから、1年半が経った。
古家を私たちが改装中という話題は、地域の人たちにも広まっており、
「いつ引っ越すの?」「改装終わった?」などと、
顔を合わせるたびに聞かれることが多くなっている。

当初の目標は、息子が小学校に上がる4月。
改装をするのは大工である夫。
夫は最初、春には床と壁を張り終えて家の中にテントを貼って(?)、
「キャンプでもなんでもして住みながら直せばいい」と語っていた。

しかし、私の本業である編集の仕事も忙しく、
そうなると子どもの面倒を見るのはどうしても夫となってしまって、
思うようにはかどらず。
特に3月、4月は、子どもの卒業式やら入学準備やらで、
あれよあれよという間に月日は過ぎてしまった。

いつの頃からか、夫は「引っ越しは、ゴールデンウィーク明けだな……」
とつぶやくようになり(私に面と向かっては言わない)、
家族の間でなんとなくの合意事項となっていった。
4月に入り、息子は転居先にある美流渡の小学校へ通うようになり、通学は車。
現在の自宅から30分かけて夫が送り迎えをする生活が始まっている。

そして、ついに目標だったゴールデンウィークが過ぎ、
最近では「夏休み前だな……」と夫はつぶやいている。
息子もだんだん心配になっている様子で、
「とうちゃん、いつ家はできるの?」と質問すると
「まだ、壊しているんだよ~!」と夫。
「えっ、つくってるんでしょ!」
「いや壊してからなんだよ!」という噛み合わない会話になり……。

美流渡の古家のまわりには、芝桜やチューリップがたくさん咲く。前の住人が愛情をかけて庭をつくっていた様子がうかがえる。

家の前には壁や床をはがして出た木材が。薪ストーブに利用しようとしている。

夫がほとんどひとりで手がけている古家の改装は、
いまようやく内部の壁や床をすべてはがし終わって、柱や梁だけの状態となった。
築40年以上、壊し始めの頃は、堆積したほこりやリスやネズミの糞が凄まじく、
夫は扁桃腺が腫れて1週間寝込むこともあった。

その後も、いろいろと思いがけないことの連続だったようで、
梁があまりに複雑に組まれていたり、床をはがせば基礎部分の木が腐っていたりと、
頭を悩ませる日々。
「あの家は全部壊して新しく建て直したほうがいい」と、何度つぶやいたかわからない。

床板をはずした状態。すっかり躯体だけになっている。

湿気の多い部分は、床付近の木が腐っていた。家も少し傾いているようで、夫はこれから基礎を直すつもりのようだ。