連載
posted:2017.8.15 from:北海道札幌市 genre:アート・デザイン・建築
PR 札幌国際芸術祭実行委員会
〈 この連載・企画は… 〉
2017年8月6日から10月1日まで開催される「札幌国際芸術祭(SIAF)2017」。
その公式ガイドブック『札幌へアートの旅』をコロカル編集部が編集しました。
この連載では、公式ガイドブックの特別バージョンをお届けします。
コロカルオリジナルの内容からガイドブックでしか見られないものまで。
スマートフォン&ガイドブックを手に、SIAF2017の旅をぜひ楽しんで!
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
現在開催中の札幌国際芸術祭(SIAF)2017。
まちなか会場の北専プラザ佐野ビルに展示されている
「大漁居酒屋てっちゃんサテライト」と「レトロスペース坂会館別館」は
ともに札幌に実際にあるお店や施設がもとになっている。
今回は、SIAFでもひときわ異彩を放っている、このふたつの展示について紹介。
ガラクタ。
この言葉はSIAF2017を知る大切なキーワードだ。
ゲストディレクターとなった大友良英さんは、
この芸術祭に「ガラクタの星座たち」というサブタイトルをつけた。
SIAFの会場、札幌の北東に位置する〈モエレ沼公園〉は、もともとは“ガラクタ”の墓場。
不燃ゴミの最終処分場だったこの地を、イサム・ノグチがアートによって
“再生”させた取り組みを心にとめながら、企画を紡いでいったという。
そして、もうひとつのメイン会場である〈札幌芸術の森〉には、
クリスチャン・マークレーのような、
“ガラクタ”に新たな命を吹き込むアーティストを集結させた。
また、まちの中心地、すすきのの雑居ビルでは、
昭和の“ガラクタ”を大量に集めた札幌在住のふたりにスポットを当てた。
SIAF2017のバンドメンバー(企画メンバー)の上遠野敏さんの企画によって、
これまではアーティストと呼ばれたことのない市井の人々の参加が実現したのだ。
すすきのにある〈大漁居酒屋てっちゃん〉の店主・阿部鉄男さんと、
道民には馴染みのある〈坂ビスケット〉を製造する坂栄養食品の取締役開発部長で、
〈レトロスペース坂会館〉の館長でもある坂一敬さんだ。
まちなか会場のひとつ、すすきのの北専プラザ佐野ビルには、
てっちゃんと坂会館の様子を藤倉翼さんが撮影した写真で紹介するとともに、
阿部さんが描いた絵画や坂館長の秘蔵コレクションも展示されている。
てっちゃんも坂会館も、モノで埋め尽くされ、異様なエネルギーに共通項を見出せる。
しかし、ふたりに詳しく話を聞いていくと、
そのアプローチに大きな差があることに気づかされた。
この記事では、ふたりの違いに焦点を当てながら、
この類いまれなる空間が生み出された訳を探ってみたい。
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てっちゃんの店主・阿部さんが、店内にさまざまなものを貼り出したきっかけ。
それは恥ずかしがり屋の性格からくるものだったという。
26歳ですすきのに店を構え、お金のない学生でもお腹がいっぱいになるようにと、
すべてのメニューを198円均一で提供していた阿部さん。
このとき厨房にいる自分の姿が見えにくくなるようにと、
短冊状のメニューを天井からたくさんつるしていたという。
当時の店名は〈若者とフォークの居酒屋〉。
「レコードジャケットもたくさん飾っていてね。
初めてのお客さんとの話も弾んで、こりゃあいいなあと思ったね」と当時を振り返る。
こんなふうに店内を何かで飾ることは以前からやっていたが、
店の名前をてっちゃんと変え、現在の場所に店を移すことになった20年前に、
それがさらにエスカレートしていった。
仕事のないお正月の3日間、店の近くのホテルに泊まり、
朝から晩まで、あらゆる壁にコラージュを行った。
なかでもたくさん貼ったのはメンコ(阿部さんはパッチと呼ぶ)。
「子どもの頃、パッチがヘタなのか、いつも友だちに取られていた記憶がある。
うちは貧乏だったから、なかなか買ってもらえなくて、いつも悔しくて。
それがいま古道具屋さんで売ってるから、懐かしいなぁ、欲しいなぁと
集めていったんだよね」
その後も、雑誌の切り抜きや100円ショップで見つけたお気に入りを
壁に飾り続けており、現在も増殖中だ。
これほどまでに阿部さんをコラージュへとかき立てたものとは何か?
子どもの頃お祭りが楽しみだったそうで、
夜店みたいな雰囲気にしたかったという阿部さんには、
コラージュによって自己表現をしようという意識はまったくない。
「よくここまでやってくれた!」とお客さんが喜んでくれるのが何よりうれしいそうで、
誰かを楽しませたい、アッと言わせたいという気持ちからきているのだ。
これは、特製の刺身の盛り合わせにも共通する意識。
ひとつのネタを食べると次のネタが顔を出し、これで一人前かと思うほど迫力満天。
さらに女性と子どもには、生野菜とフルーツが無料で振る舞われ、
手頃な値段でお腹いっぱいになってもらいたいという、阿部さんの心意気がうかがえる。
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飲食店が乱立するすすきので、40年以上も繁盛店として続けていくのは
並大抵のことではないはずだ。
朝は3時30分に起床して仕入れへと向かい、夜は22時まで働いている。
1日の睡眠時間はたったの4時間だが、
「昔からやっているからぜんぜん平気」と阿部さん。
それどころか空き時間を見つけては、さまざまなことに夢中になっている。
いつかマジックショーをやってみたいと、何十年も練習を続けているし、
今回SIAFで展示されている油絵にのめり込んだ時期もあった。
お客さんに誘われて10年ほど前に、定休日を利用して絵の教室に通い始め、
週に2枚は必ず仕上げることにしていた。
そして、「枚数を描かなければうまくならない」という先生の言葉から、
とにかく猛烈に描いたという。
朝起きてすぐ布団の上で描いたり、一時は従業員にも内緒にして、
仕込みの合間に3つの絵の教室を掛け持ちしていたことも。
「よく、てっちゃんは負けず嫌いだねって言われるんだ(笑)。
でも、それがなかったら成長しないよね。やるならうまくなりたいじゃない」
昨年、メインで通っていた絵の教室が閉鎖となり、油絵は小休止中。
「体がなまってきた」と感じたそうで、現在はジムに通い詰めている。
「あと数年したら店を辞めて、世界一周をしてみたいね。
僕の人生はこれから始まるって思っているの。それには体が丈夫じゃなきゃダメでしょ。
いま68歳だから、ウエイトの負荷の目標は68キロ。
100歳になったら100キロにしたいよね。筋肉って死ぬまで衰えないらしいよ」
ウエイトトレーニングは辛いが、達成したあとの爽快感は
何ものにもかえがたいのだという。それは仕事も同じこと。
そして阿部さんは最後に、「人生は常に上り坂、これからだね〜」と笑顔を見せた。
お客さんを喜ばせたいという想いと、何事にも精一杯取り組む姿勢。
言葉にすると当たり前のことだが、これを何十年も“本気”で続ける阿部さんだからこそ、
大漁居酒屋てっちゃんという唯一無二の場所が生み出せたのだと実感した。
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一方のレトロスペース坂会館の坂一敬館長は、
阿部さんとは対照的な眼差しを持っているように思う。
阿部さんが「お客さんの笑顔」に目を向けているとするならば、
坂館長は「失われてゆくモノ、しいたげられたモノたちの悲哀」を
じっと見つめ続ける人物だ。
所狭しとあるモノたちは、単にそこに置かれているのではない。
館長独自の眼差しで手が加えられたり、組み合わせられたりしているものだ。
例えば会館入口付近に置かれている、多数の縛られた裸のきせかえ人形。
これはSM趣味からくるものではなく、
隠れキリシタンに対する館長なりのオマージュだ。
あるとき会館に、遊び終えたきせかえ人形が多数持ち込まれたことがあった。
その多くが髪の毛が切られたり、体が傷つけられていたり、落書きされたり。
服もない状態だったという。
人形といえども、服を買えば1枚何千円もする。
なんとか裸のまま展示できないかと考え、館長が思いついたのが、人形を縛ること。
さらに、人形とともに置かれたのは、
ロザリオや踏み絵、キリシタン灯籠、マリア観音のレプリカだ。
「例えば原爆資料館では、原爆が落ちると
どのような状況が起こるのかを見せていますよね。
それと同じようにキリシタンが受けた拷問を、
この人形を通じてイメージしてもらいたかったんです」
権力によって弾圧された人々へ想いを馳せるとともに、
館長は、戦争や災害で無惨な死をとげた人々や社会的にしいたげられた人々など、
弱者を見つめ続けており、その眼差しは失われゆく技術を持った職人にもおよぶ。
かつては、引く手あまただった映画の看板描き。
写真プリント技術の向上やコンピュータの導入により、
看板を描く職人たちはまたたくまに消えていった。
このままでは、すべてがなくなってしまうと危惧した館長は、
職人たちにキャンバスを渡し、絵を描いてもらったという。
「画家は大勢いますが、絵を売って食べている人はほとんどいません。
学校などで教えることで収入を得ている人が大半です。
それに比べたら、看板描きは絵を売って食べている人。
本当のプロの画家と言えるんじゃないでしょうか?」
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きせかえ人形は服を着ておらず、看板描き職人に頼んだ絵にも裸体が描かれるなど、
坂会館の展示物には女性のヌードがモチーフになったものが多い。
しかし、これらはエロティックなイメージを好んで集めているのではないという。
「女性の裸が、ブラジャーなどで隠されたり、簡単に見られなくなってくると、
社会が保守化していると感じられます。先日、会館に警官がやってきて、
表に飾っていた大正時代の赤玉ポートワインのポスターを写した絵が、
わいせつだと苦情があったので善処せよというのです。
上半身裸の女性ですが、これは壽屋洋酒店(現・サントリーインタナショナル)が
宣伝に使ったもので、以前は多くの人が見ていたものですよ。
こうした動きの次にくるのが思想に対する弾圧です。
いま日本にすごくよくない風が吹いている」
館長は、そのほかの展示物でも、私たちの暮らしに警鐘を鳴らしている。
例えば、過去と現在のオルゴールが比較して置かれているコーナーがある。
「昔はすべて金属でできていましたが、
いまは歯車の部分にプラスチックが使われている。
これではプラスチックがすり切れて、時間が経てば使えなくなってしまう。
昔のモノには、心が入っています。職人さんは壊れないようにつくってきましたし、
戦争でモノのない時代を経験した日本人は、モノを大切に使いました。
それがいまでは、機械化され粗悪な素材が使われ、すべてが使い捨てになり、
世の中にはゴミがあふれてしまっている。
私は社会が悪い方向に向かっているんじゃないかと思っています」
女性のヌードへの過剰反応や繰り返される大量消費。
こうした社会に対して、もしかしたらこのスペースを守り続けていることで、
館長は闘いを挑んでいるのではないか?
そして、壁に飾っていた瀬戸内寂聴の言葉に話がおよんだとき、
このスペースは館長の表現の場なのだということが腑に落ちた。
「ここには『せめて体制に反抗しなければ、何のための芸術ですか?』
と書いてあります。文学、絵画、写真など芸術というものは、
ときには体制とぶつかることもあるはずです。
でも、ぶつからなければ井の中の蛙になってしまうと僕は思います」
取材の最後に会館について書かれた本
『蒐める! レトロスペース・坂会館』(著:北野麦酒)を購入しサインを求めると、
「志・忘るべからず」と書き添えてくれた。
そのとき思わず、「館長の志とはなんですか?」と聞いてみると、
「権力者に頭を下げるような生き方はしない」という答えが返ってきた。
ニコニコと笑顔を絶やさず、
自分なりのユーモアを込めた世界をつくりあげるてっちゃん。
対して社会情勢をシニカルにとらえ、権力の弾圧に闘いを挑む坂会館。
大きく違うふたつの場の在り方を、ぜひ芸術祭で体感してもらえたらと思う。
そのための近道となるのは、当事者の話を聞くチャンスを逃さないことだ。
SIAF2017では、大漁居酒屋てっちゃんの店内見学ツアーが実施され、
タイミングが合えば、阿部さんから直接話を聞くチャンスもある。
また、北専プラザ佐野ビルで展開されるレトロスペース坂会館別館では、
館長室が用意され、会場で坂館長に会える機会がつくられるという。
ふたりから、そこにあるモノたちに向けた想いを聞いていくと、
たんなる“ガラクタ”という認識を超えて、
そこには生き生きとした表情が隠れていることに気づくはずだ。
information
北専プラザ佐野ビル
住所:札幌市中央区南5条西3丁目2(展示会場は地下1階、5階)
開館時間:13:00〜20:00
休館日:月曜(8月7日、9月18日開館)
料金:まちなか共通券 500円、パスポート提示で無料
information
大漁居酒屋てっちゃん
住所:札幌市中央区南3条西4丁目 カミヤビル7階
TEL:011-271-2694
営業時間:17:00〜22:00
定休日:水・日曜・祝日
SIAF 店内ツアー
8月7日(月)〜9月30日(土)15:00〜16:00(水・日曜を除く)
15時まで(時間厳守)にカミヤビル1階立て看板前集合。
*店舗の都合上、少数の定員となります
information
レトロスペース坂会館
住所:札幌市西区二十四軒3条7丁目3-22
TEL:011-632-5656
開館時間:11:00〜18:30
休館日:日曜・祝日(土曜は不定休)
information
札幌国際芸術祭2017
information
完全コンプリートガイド 札幌へアートの旅
札幌国際芸術祭2017公式ガイドブック
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