連載
posted:2017.6.14 from:秋田県男鹿市/南秋田郡五城目町 genre:旅行
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
editor profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●エディター/ライター。コロカル編集部員。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画、美術、カルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではその土地のおいしいものを食べるのが何よりも楽しみ。
credit
撮影:蜂屋雄士
秋田の暮らしの風景を映し出し、世界で約300万回再生され
話題となっている映像シリーズ『True North, Akita.』。
これまで五城目町と上桧木内、そして男鹿半島が舞台となってきた。
3作目の男鹿篇は昨年末に展示形式で公開されていたが、
現在は再編集されたかたちでウェブでも公開されている。
そして、撮影で訪れた各地域を巡る小さなツアーが、
制作チーム〈augment5 Inc.〉によって開催された。
ツアーには都内から子連れの家族ふた組が参加。
プロデューサーの井野英隆さんをはじめ、映像に関わったスタッフも
同行・案内するという、少し変わったスタイルで実施された。
1日目は秋田駅に集合した後、男鹿半島へ。
美しい海岸線や、八郎潟を干拓した大潟村をぐるっと見渡せる寒風山の展望台を経て、
向かったのは半島の北側に位置するかつての北浦町。
ハタハタ漁で有名な地域だが、かつては北前船の寄港地として
東北の中でも早い時代から栄えていた場所だ。
陸路が中心となった現在は、国道や電車でのアクセスがいい半島の南側から入り、
ゴジラ岩、ナマハゲの五社堂、男鹿水族館〈GAO〉、夕日スポットとして有名な
入道崎あたりまでが主力観光地となっているため、
ここ北浦エリアまで訪れる人は珍しい。
今回のツアーでこの北浦を訪れるのは、
『True North, Akita.#3』の男鹿篇に登場する漁師の一家、
石川さん一家が暮らしているからだ。
北浦漁港のすぐ裏で、井野さんたちが撮影でも拠点にしていた宿、
亀屋旅館に立ち寄りそのまま漁師一家、石川さんご家族のもとへ。
実際に漁に出るのは信之さん、修勢さん親子 。
高齢化の進む男鹿の漁師の中で、親子で海に出る船はとても珍しい。
そして石川さん一家がさらにすばらしいのは、
親子3世代が同じ屋根の下で一緒に暮らしていることだ。
信之さんの奥さんの柾美さん、修勢さんの奥さんの雅子さん、
そして3人の子どもたちという8人の大家族の暮らしは
いつもにぎやかで笑顔が溢れている。
到着すると夕方前だというのにすでに食卓には豪勢な夕食の支度が整っている。
早過ぎると思われるかもしれないが、日の出前に仕事を始める漁師は朝早く、
18時頃にはだいたい寝てしまう。
生活のサイクルも、この豊かな海の暮らしとともにあることを感じさせてくれる。
今朝あがったばかりの甘鯛やヒラメの刺身、あんこうのとも和え、
旬のかれいの煮つけ、海の幸盛りだくさんのちらし寿司など、
新鮮な魚料理が豪華に並ぶ。
でも石川さん一家にとって変わらぬいつもの食卓だという。
お魚がおいしいのは言わずもがな、どの料理も絶品なのは、料理担当の柾美さんの、
男鹿半島の魚を知り尽くしたうえでの料理の腕前あってのもの。
新鮮な魚を最高の状態で味わえる機会もなかなか少ない。
「うちの母ちゃんと父ちゃんの息子でほんとによかったと思う」と修勢さん。
石川家は代々漁師で修勢さんで5代目。
北浦の海で育った修勢さんは、漁師仲間からも一目置かれる父を見て
「漁師っておもしろそうだ」と思い、
幼い頃から男鹿で漁師になることだけを考えてきたという。
ただ修勢さんが地元男鹿の海洋高校を出て漁師になる頃、
父の信之さんは北海道での遠洋や鮭漁、関東での線路工事などの仕事で、
長く秋田を離れることも多かったという。
もっと男鹿の海を知りたい、腕を上げたいと思っていた修勢さんは
「父ちゃん、戻ってきてくれ」と素直に伝えたそうだ。
そうして信之さんは再び地元に戻ってきた。
「息子が父を家に呼び戻すなんて、ふつうと逆だな」と修勢さん。
いまでは親子で同じ船に乗り、修勢さんの弟の知幸さんもまた
男鹿の海でエビやカニの漁をする。
「一人前になるにはまだまだ」と言う信之さんだが、
息子とふたりで船に乗れることはうれしそうだ。
地元の多くの漁師は高齢で跡継ぎがおらず、次々と船を捨て海を離れていってしまう。
毎日のように親子で船に乗る石川さんたちはいまではとても珍しく、
地元の漁師も「男鹿の漁師の希望だ」と語る。
食事をする間も、「とにかく漁師はおもしろい」と、
豪快な笑い声をはさみながらたくさん海の話をしてくれる石川さん親子。
とにかく男鹿の海が大好きなことが、そこで生きているプライドとともに伝わってくる。
『True North, Akita.』の映像について感想を尋ねると、あまり多くは語らないものの
「ふだんからあんな感じ。日常をよくあんな映像にしてくれたなって感心してしまった」
と修勢さん。
真剣に話し込む間に、東京から来たツアーの参加者家族ともすっかり仲良くなり、
子どもたち同士も一緒に遊び、はしゃぎ回っていた。
こんなふうに、自然と地元の人たちの暮らしの時間のなかで交流できることが、
この旅の醍醐味なのだ。
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2日目、翌日は朝から〈里山のカフェににぎ〉へ。
男鹿半島は海と山が驚くほど近く接している。
北浦漁港から車を走らせると5分もしないうちに美しい里山の風景が現れ、
これほど景色が変わるものかと驚いてしまう。
里山のカフェににぎは、歴史や民俗学にも詳しい猿田真さんの
実家の古い家を改装したカフェで、民宿の許可も取得したばかりだ。
1階はカフェと民宿、2階に猿田さん家族と母親の2世帯で暮らしている。
猿田さんは高校卒業後に上京、10年近く東京で暮らしたあと
Uターンし地元北浦に戻ってきた。
この店は『True North, Akita.#3』撮影中の情報収集や打ち合わせ、
休憩場所としてなくてはならない拠点となり、
何かあるとスタッフは何度も猿田さんを訪ねたという。
この地域の歴史や暮らしについて話しながら、周囲を案内してくれる猿田さん。
田んぼの畦道を歩いていると、見えはしないものの、
どこからか生き物が出てくるのではという気配が感じられる。
そんな自然と隣り合わせで暮らすことを、猿田さんは楽しんでいるようだった。
猿田さんは秋田に戻ってしばらく地元の介護施設や不動産会社で働いていたが、
地域のことを考え、県内の作家がつくる陶器やガラスの器を集めたギャラリーと、
民宿をやりたいと思っていた。
しかし周辺で気軽に立ち寄れる場所もないことから、
まず人が集まれるカフェを始めることにした。
音楽好きで趣味がDJという猿田さんは、CDやレコードはもちろん、
器のセレクトにもセンスが光る。
いまは器の販売や農家民宿も始め、少しずつやりたいことをかたちにしているが、
まだ周辺に仲間が少ないことが悩みだという。
「なかなか縁を結ぶのが大変なので、まずは県外の方の力も借りて
ファンを増やしていきたい。今後は自分のところだけじゃなくて、
男鹿温泉郷にある老舗旅館のスペースも有効活用したり、
地域の人と連携しながらおもしろいことができたら。
お客さんがどうしたら喜んでくれるかと、自分がここでどう生きていくか、
両方を探りながらやっていきたいと思っています」
ところでこのカフェの名称の「ににぎ」とは、
古事記にも登場する猿田彦命にゆかりのあるニニギノミコトからとった名前だそう。
名前からも猿田さんの地域に対する想いが感じられる。
土地の神様に守られ、地元の人に愛されるカフェなのだ。
2日目午後は男鹿半島をあとにして
『True North, Akita.#1』の舞台になった五城目町へ。
まずは広大な田んぼを自転車で走り抜けるシーンで登場する
渡邉康衛さんが社長を務める酒蔵〈福禄寿〉を訪ねた。
〈新政酒造〉など秋田若手蔵元5人で結成している〈NEXT 5〉のメンバーでもあるが、
その中でも元禄元年(1688年)創業で秋田で最も古い蔵のひとつとされており、
建物は登録有形文化財に指定されている。
〈福禄寿〉では蔵から湧き出る中硬水を仕込み水に使い、
全国でも人気のある〈一白水成〉などを造っている。
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この日の晩ごはんは、川遊びのシーンに出演した、
鎌倉から移住した竹内さんのご家族とともに、
夜だけひっそりオープンするという八郎潟の〈大黒屋〉へ。
実は五城目にも昼間営業している人気食堂の〈大黒屋〉があるのだが、
隣町にも同じ名前の人気店があるということを聞いて、
スタッフたちが行ってみたのだという。
ふたつの店に接点はなかったが、同じ名の店があることは双方の店主は知っており、
『True North, Akita.』がきっかけで関係者が行き来するようになって、
互いの店のことを少しずつ知るようになったのだとか。
この八郎潟〈大黒屋〉は小熊カチ子さんがひとりで切り盛りしている。
なんと89歳とは思えない手つきで手際よく料理をつくってくれた。
お通しから、煮物、手羽先の唐揚げや〆のラーメンまで、どれも素朴でおいしい。
八郎潟は大規模な干拓事業によって広大な農地に生まれ変わっているが、
もとは琵琶湖に次ぐ日本で2番目に大きい湖だった。
約20年にも及ぶ干拓事業には多くの若者が全国から集められ、
移住してきた労働者で溢れかえっていたという。
そんな仕事で疲れた若者に手料理をおなかいっぱい食べさせようと始めた店なのだ。
たくさんの若者が時間を過ごした〈大黒屋〉は、
まるで親しい人の家に遊びに来ているかのような空間だった。
竹内さん一家は、横浜出身の健二さん、東京は葛飾柴又出身の治子さん、
それに4人兄弟のにぎやかな家族。
この日はたまたま兄弟のうちひとりがいなかったが、それでもにぎやか。
特にチャキチャキの下町育ちの治子さんの話が楽しくて、みんなを笑わせてくれた。
竹内さん一家はもともと鎌倉で暮らしていたが、
子どもたちをもっとのびのび育てたいという思いから移住を考え、
健二さんが仕事で毎月通っていた秋田に移住した。
最初は秋田市内に住んでいたが、もっと何もない、
自然が豊かなところを求めて五城目にやって来たのだそう。
いまはあれしちゃダメ、これしちゃダメなんて言わなくて済む環境に、
満足しているようだ。
五城目には古民家を活用した〈シェアビレッジ〉がある。
茅葺の古民家を再生させ、コミュニティをつくっていくプロジェクトだ。
「年貢」と呼ばれる会費を払うことで村民となり、
宿泊したりイベントに参加することができる。
現在、村民は1800名ほどに広がり、
香川県三豊市仁尾の古民家でも2軒目を展開している。
また、移住希望者や、初めてその地域を訪れる人のための拠点として
地域活性化支援センター、通称〈BABAME BASE〉があり、
多くの起業家や地域おこし協力隊などが事務所を構えている。
世界各国の学生や研究者、首都圏からの旅行者が
地元で暮らす人と出会い、人のつながりができ、
おもしろいことをやろうとする人たちが、いま五城目に集まりつつある。
それは、コロカルでも以前『True North, Akita.#1』の記事や
BABAME BASEで活動する丑田香澄さんについての記事でも、紹介してきた。
「秋田の人って、ほんとは地元愛が強いんだけど、
口に出さないし、何もないって言うんです。
でも外から来た人が『いいところだ』って示してあげると、『そうだろ』って(笑)。
すごくプライドを刺激するんだと思う。
デザインや映像って、そういう力がすごくあると思います」と治子さん。
帰る頃にはすっかりツアー参加者たちと打ち解けた竹内さん一家。
「今度はうちに遊びに来て、家に誰もいなくても泊まっていいから」
と、名残惜しく挨拶して別れた。
映像を見た人が、秋田に行きたいと思ってくれて、実際に人を動かせたら。
前にそんなことを語ってくれた井野さん。今回はまだ試験的なツアーだが、
一番のねらいは、参加者が「自分からつながりを生みだしていくこと」だという。
「その土地の暮らしを知らないまま、ここに行ってこれを見たほうがいいとか、
これを食べたほうがいい、ということをしても、
地域の魅力の断片的なことしかわからないと思うんです。
それよりも、その地域の人がどんな家に暮らしているとか、
地元の仲間とどんな店に行くとか。
そんなことをまず最初に知ってもらえたらいいなと思って。
まあ、今回は自分が行きたいところに連れ回してるだけなので、
僕はおもしろいんですけど(笑)。少しでもそれが伝わってほしいなと」
名所を回るのとは全然違う体験。こんな旅もあるのだ。
そして次は、各自が会いたいと思えば、会いに行くこともできる。
そんな縁をつくることを、井野さんは望んでいるのだろう。
そして映像シリーズの最新作にして最後となるのは鹿角篇だ。
青森や岩手との県境に接し、旧南部藩に位置した鹿角市は、独特の文化を育んできた。
華やかな「花輪ばやし」が有名なかつての繁華街も若者が減り始め、
シャッターを下ろしたままのお店も増えている。
そんな商店街の仕事納めからお正月までを映し出している。
「いままでで一番リアリティがあるかも知れません。
商店街の人たちは店の奥や2階に住まいがあり、
本来暮らしと仕事は一体になっていたはずです。
けれども、いまは仕事が外にあって移動も便利だけど、
家族はバラバラ、生活が切り離されている気がします。
でも、いまシャッターが下りているお店でも、近い未来にそうなる店でも、
その向こう側には食卓があって、笑顔が溢れていて、
幸せの原型みたいなものが残っているかもしれない。
そう信じて、年末年始にいろんなお宅を訪問して、
シャッターを上げて食卓に上がりこみ、
外出すると言えば慌てて追いかけて行くような、思い出深い撮影でした」
あるとき秋田の小学校から井野さんに問い合わせがあり、
『True North Akita.』を授業で子どもたちに見せたいという話があったそうだ。
井野さんは、そんな広がり方もあるんだ、と驚いたという。
「今度このテーマ曲をつくってくれた青谷明日香さんのアルバムがリリースされ、
『True North Akita.』のテーマも2曲収録されるんですけど、
それに合わせて譜面を出したいんです。
音楽の授業やリコーダーで、小学生でも簡単に歌ったり
演奏できるようなものにしたいと思っています」
学校からの帰り道、子どもがリコーダーであのメロディを吹きながら家へと帰っていく。
そんな光景に出会う日を、井野さんは夢見ている。
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里山のカフェににぎ
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