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のどかな五城目町に
子育て世代が集まるワケとは?
丑田香澄さん 秋田そだち Vol.2

PEOPLE
vol.040

posted:2016.12.16   from:秋田県南秋田郡五城目町  genre:暮らしと移住

sponsored by 秋田県

〈 この連載・企画は… 〉  ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。

writer profile

Ikuko Hyodo

兵藤育子

ひょうどう・いくこ●山形県酒田市出身、ライター。海外の旅から戻ってくるたびに、日本のよさを実感する今日このごろ。ならばそのよさをもっと突き詰めてみたいと思ったのが、国内に興味を持つようになったきっかけ。年に数回帰郷し、温泉と日本酒にとっぷり浸かって英気を養っています。

credit

撮影:中田健司

秋田の豊かな自然と風土のなかで育まれてきた人、そして育まれていく子どもたち。
秋田の恵みをたっぷり受けながら暮らす人を全3回のシリーズでお伝えしていきます。

故郷秋田をなんとかしたい

魅力的な人が、魅力的な人を磁石のように引き寄せている地域が秋田にある。
八郎潟の東部に位置する五城目町だ。
秋田市と隣接しているこのまちは、市の中心から車で30分ほど。
ビルがなくなり、住宅街がなくなり、田んぼと山の間に集落が点在するような
風景に変わって、さらにしばらく車を走らせて辿り着くようなのどかな場所だ。

以前コロカルで紹介した、秋田県の映像プロジェクト〈True North, Akita〉vol.1の撮影の舞台ともなった五城目町。(画像:augment5 Inc.)

丑田香澄さんが夫と当時3歳の娘とともに、五城目町に移住したのは2014年春。
秋田市出身の丑田さんは、東京の大学に進学して、
就職先の大手IT企業でご主人と出会い結婚。五城目町への移住を切り出したのは、
意外なことに東京出身のご主人のほうだった。

「私としては、秋田は好きだけど、やりたい仕事は都会にあると思い込んでいたので、
東京にそのまま住み続けるんだろうなと漠然と思っていました」

そんな丑田さんの心境が変化するきっかけはいくつかあったが、
最も大きかったのは、子どもが産まれたことだった。

「東京では車通りの多いところに住んでいたので、
『絶対に飛び出しちゃダメだよ』と子どもの手をギュッと握り、
公園に着いてようやく離せるような状況でした。
私が生まれ育った秋田市もいまはだいぶ整備されたのですが、
小さい頃はひとりで勝手に外へ遊びに出かけて、
トンボなんかを捕まえているような感じだったんですよね」

マンションの中でも階下に響かないように、静かに歩くよう注意したり、
家の中でも外でも気を張っていなければいけなかった。
出産を通してライフスタイルや価値観が大きく変わる女性は多いけれども、
丑田さんの場合、それまで考えもしなかった起業をしてしまう。

「最初に就職した会社は3年くらいで飛び出してしまい、
より自分らしく働ける道を模索しながら右往左往していました。
そんななかで出産後の女性を支援する、〈ドゥーラ協会〉という法人を
仲間と一緒に2012年につくったんです」

ベビーシッターが赤ちゃんをお世話する存在だとしたら、
ドゥーラというのは赤ちゃんを育てるママをサポートする存在。
アメリカやイギリスではひとつの職業としても確立されているが、
里帰り出産の文化が根づいてきた日本では、地域の産婆さんや
出産した女性の母親が育児や生活のフォローをするのが一般的だったため、
それほど必要とはされてこなかった。

しかし出産年齢の高齢化により親の世代もまた高齢化し、
育児を手伝ってもらうことが難しくなったり、
近隣とのコミュニケーションが希薄な都市生活で、
困ったときにすぐに頼れる人がいなかったりという理由で、
ここ数年、産後うつの発症率が増えているのだそう。

丑田さん自身は、幸いそういった状況に陥らなかったものの、
ある助産師との出会いがきっかけで、これと思える仕事を見つけることに。

「やりがいのある仕事だったので、夫が秋田で事業をやりたいと言い始めたとき、
最初はやっぱり悩みました。ただ、秋田で子育てをしたい気持ちもあったし、
私にとっての次のテーマとして、おこがましいんですけど、
秋田をなんとかしたいっていう思いもどこかにあったんですよね。
故郷から聞こえてくるニュースは、少子高齢化が進んでいるとか、
自殺率が高いとか、悲しいことばかりだったので……」

故郷を離れている身としては、たくさんあるはずの明るいニュースを
かき消してしまうほど気がかりだったのだろう。
そして自分と同じく、母親として奮闘する女性の
さまざまな価値観に触れたことも大きかったのかもしれない。
ドゥーラ協会の直接的な運営を仲間に託して、
丑田さんは代表から理事という立場になり、家族とともに移住することを決意した。

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豊かさと刺激が共存する暮らしとは?

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田舎にこそ多様な出会いがある

10年ぶりに住み始めた故郷は、「別に悲壮感が漂っているわけでもなく、
帰ってきてよかったと本当に思えるような場所だった」とあっけらかんと笑う。

「秋田に帰ることを周りの人に伝えたとき、
『子育てするにはよさそうだよね。私は仕事をしたいから東京にいるけど』
みたいな反応がほとんどだったんです。田舎のよさを享受する分、
刺激は薄れると信じて疑わない感じだったのですが、
実際に暮らしてみたら全然そんなことはなくて。
周囲の価値観に縛られていたことに気づきました」

子育てに関するメリットを尋ねると、真っ先に出てきたのが「多様な出会い」。
普通に考えると、人口の多い東京のほうが多様な出会いがありそうだが、
こちらも実際はそうではないらしい。

「東京でマンション暮らしをしていると、
周りがどうしても同じような属性の人になりがちですし、
子どもが小さかったこともあり、娘が接する大人といえば
親、保育園の先生、ママ友くらいでした。
だけどここでは、近所のおじいさん、おばあさんが気軽に抱っこしてくれるし、
農家の人もいれば経営者もいる。最近はさらに大学生や外国人もまちにいたりして、
下手したら東京以上にいろんな出会いがあるんです」

閉校した小学校の校舎を利用した、五城目町地域活性化支援センター〈BABAME BASE〉。ここが丑田さんの現在の職場。

2000年に竣工したこの建物は、学校として十数年しか使われなかったため、まだかなり新しい。廊下にはなぜかハンモックが。

現在は五城目町地域おこし協力隊として、移住や起業支援を行っている丑田さん。
刺激が薄れるどころか濃くなっていると感じるのは、
仕事場でもある五城目町地域活性化支援センター〈BABAME BASE〉の存在も大きい。
2013年3月に閉校した馬場目小学校の校舎を活用したこの施設は、
起業やコミュニティ活動をする人が入居しているシェアオフィス。
周辺ののどかすぎる風景とは裏腹に、かなり熱い場所となっている。

「最初は3社からスタートしたそうですが、いまは13社が入居しています。
私が東京にいた頃からの知り合いは、五城目町に遊びに来て
その日に移住を決めて入居していますし、幅広く活動していたその友人が
ここに移住したことを聞きつけて、Uターンしてきた人もいて。
私たちの想像を超えておもしろいことが起き始めているんです」

教育、農林業、ものづくり、ITなど、多分野のベンチャーが広がっている。

BABAME BASEには県内外から視察者が多数訪れている。

豊かさと刺激が共存する暮らし

想像を超えた連鎖は、移住者だけでなく、地元の人たちをも巻き込んでいる。

「五城目町で出会ったママ友のひとりに、
『ディズニーランドの近くに住んでいたのに、
どうしてわざわざこんな田舎に来たの?』と聞かれたんです。
たしかにディズニーランドは好きだけど、近いからといって毎週行くわけじゃない。
それならこっちでプラネタリウム並みの夜空を毎晩眺めて、
行きたいときにディズニーランドに行ったほうがいいかなと(笑)」

都会に暮らす人を羨ましく思っていたのに、
わざわざこの地を選んで都会から移り住んだ人たちは、
自然や人の温かさなど当たり前すぎることに感動している。
そんな姿を見て、「羨ましがるのではなく、身近にあるものに目を向けよう」
と思い始めたママ友たち。

田舎だし、子どもがいるからヨガを習いに行けないと諦めていたけれど、
大自然のなかでヨガをするイベントを企画して、秋田市から講師を呼んでみたら、
町外からも参加者が集まったり。
子育てで仕事をしばらく休んでいた女性が、BABAME BASEの一室にサロンを構え、
出張をメインとした美容室を開業したり。
移住者に触発されて、地元の女性たちもさまざまなかたちで挑戦を始めている。

小学校の保健室だった場所を借りて、〈いちご美容室〉を開業した、五城目町出身の畠山智美さん。店名は「一期一会」から。「ここはひとりだけど、ひとりじゃない感覚がいいですね」

地域おこし協力隊のデスクがある事務室は、職員室だった場所。起業家のみならず、研究者やアーティストまで、多様な人が交錯し、さまざまな挑戦をしているのが特徴的。

丑田さんと同じく地域おこし協力隊の柳澤龍さん。東京大学大学院の先生と共に、五城目高校における、偏差値ではない軸での探求型リーダー育成プログラム「五城目ソーシャル・ラボ」を実施している。

「五城目町の朝市は520年もの歴史があるんですけど、
少子高齢化の影響もあってここ数年は閑散としていて。
こんなに長く続いている朝市をなくしたくはないけれど、
個人で解決できる問題ではないと誰もが思っていたんですよね。
だけど若い人も気軽に出店できたらいいんじゃないかって、
地域のママたちが言い出して。

例えばいつかカフェをやりたいと思っている人が、
お菓子やコーヒーを売ったりできるようなチャレンジの場と位置づけて、
私たちも地域おこし協力隊としてサポートしたんです。
そして定期朝市の日曜日にあたる日を〈ごじょうめ朝市plus+〉と名づけて、
新規出店者を募集したのですが、いまはチャレンジャーもお客さんもいっぱいで
かなり盛り上がっていますよ」

ドゥーラ協会での活動を通して、都市部で地縁がなく、ひとりで育児を抱え込み、
不安を感じたり、悩んでいた女性にたくさん会ってきたからこそ、
世代や属性を超えたつながりがどんどん生まれることの贅沢さを実感している丑田さん。
子育てと仕事は両立できるし、豊かさと刺激は共存しうることを、
五城目町の暮らしは教えてくれる。

「秋田をなんとかしたいなんて大それたことを考えていましたけど、
いまは起業に限らずやりたいことに挑戦して、楽しく暮らす人たちが増えることが、
地域活性化なのかなと思っています」

information

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BABAME BASE 
五城目町地域活性化支援センター

住所:秋田県南秋田郡五城目町馬場目字蓬内台117-1

http://babame.net/

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