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子どもが朝市に出店?
松浦真さん・智子さんが展開する
教育プログラム 秋田そだち Vol.3

PEOPLE
vol.041

posted:2017.1.16   from:秋田県南秋田郡五城目町  genre:暮らしと移住

sponsored by 秋田県

〈 この連載・企画は… 〉  ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。

writer profile

Ikuko Hyodo

兵藤育子

ひょうどう・いくこ●山形県酒田市出身、ライター。海外の旅から戻ってくるたびに、日本のよさを実感する今日このごろ。ならばそのよさをもっと突き詰めてみたいと思ったのが、国内に興味を持つようになったきっかけ。年に数回帰郷し、温泉と日本酒にとっぷり浸かって英気を養っています。

credit

撮影:中田健司

秋田の豊かな自然と風土のなかで育まれてきた人、そして育まれていく子どもたち。
秋田の恵みをたっぷり受けながら暮らす人を全3回のシリーズでお伝えしていきます。

直感で移住を決めた結果は……?

移住の決め手は人それぞれだが、直感というのはとても大事な要素かもしれない。
2016年4月に大阪から一家4人で秋田県五城目町に移住してきた、
松浦真さん・智子さんご夫婦の話を聞いていると、そう思えてしまう。

知り合いだった丑田さんご夫婦が移住していたこともあり、
2015年の7月に初めてここに遊びにきました。
いろいろお話を聞きながら案内してもらったなかで、
周辺の環境や〈BABAME BASE〉の窓から見える景色がすごくすてきだったので、
ふたりで相談して移住することに決めました」(智子さん)

BABAME BASEとは、旧馬場目小学校の校舎を利用した施設で、
起業した人やコミュニティ活動をする人たちが入居するシェアオフィス。
松浦さんたちが運営する合同会社〈G-experience〉もここに入っている。

「そのとき、五城目町に到着してまだ2時間くらいしか
経っていなかったんですけどね(笑)。窓から景色を眺めながら、
『人生一度しかないのだから、ここに住むべきだね』
『うん』と決めてしまった感じです」(真さん)

五城目町地域活性化支援センター、通称〈BABAME BASE〉にはさまざまな人たちが集い、まちの活性化が進む。

松浦さん夫婦の移住の決め手となった、BABAME BASEからの景色。

もちろん、それまで移住を考えたことがなかったわけではない。

「どこか田舎に行きたいね、とは話していました。
7歳の息子と5歳の娘がいるのですが、子どもたちが大きくなるにつれて、
人口の密集した都市部での子育てだったり、
マンモス校の教育環境などに限界を感じるようになって。
かといって具体的にどこへ移住するかは、決めかねていたのですが。
実際移住してみて、ストレスが10分の1に減りましたね」(智子さん)

秋田市から車で約30分ほどのところにある五城目町。八郎潟からもほど近く、豊かな自然が広がる。

松浦さんたちが初めて五城目町を訪れたときに滞在した〈シェアビレッジ町村〉。築130年を超える古民家を改築。「年貢」と呼ばれる年会費を払うと「村民」になれる。「寄合」という名の飲み会も。

子どもたちが商品を企画して朝市に出店

生まれも育ちも大阪で、仕事のパートナーでもあるふたりは、
2007年にNPO法人〈cobon〉を立ち上げ、大阪を拠点に
小学生を中心とした教育プログラムを実施してきた。

cobonの活動で代表的なのが、まちづくり体験型ワークショップ〈こどものまち〉。
子どもたちが自ら考えて、架空のまちづくりを行うワークショップで、
30年以上の歴史があるドイツの「ミニ・ミュンヘン」がモデルとなっている。

「子どもたちが100人から多いときは500人くらい集まって行うのですが、
そのまちのルールや必要と思う仕事を自分たちでつくって、まちを運営していきます。
そのプロセスが働き方や生き方そのものを自分で考える手助けとなるのです」(真さん)

これまで2万人を超える子どもたちにこうしたプログラムを提供してきたが、
直感で移住した五城目町では、さらにそれを進化させたプログラムが
実現可能であることに気づく。
松浦さんが着目したのは、この地で520年もの歴史がある朝市だった。

「こどものまちはあくまでも架空のまちをつくる設定でしたが、
〈キッズクリエイティブマーケット〉は、小学生が実際に
五城目町の朝市に出店するプロジェクトなんです」(真さん)

例えば2016年9月に行われた、第1回キッズクリエイティブマーケットでは、
日々疲れているお母さんのために子どもたちが3、4人でチームを組んで、
商品やサービスを企画・販売。お母さんが毎日どんな行動をして、
その都度どんなことを感じているのかをリサーチして書き出し、
お母さんの気持ちに寄り添って、商品やサービス内容を考えた。

その結果生まれたのが、肩こりに悩むお母さんのためのマッサージ券、
木の枝や松ぼっくりなどをLEDで装飾したクリスマスツリーのような鑑賞用商品、
お母さんや家族の願いが叶うミサンガなど。
これらを〈ごじょうめ朝市plus+〉で販売して、
2時間で合計2250円の売り上げを出したそう。

キッズクリエイティブマーケットでのワンシーン。肩こりに悩むお母さんにマッサージするのも商品のひとつ。(写真提供:G-experience)

ほかにもユニークな商品がいろいろ。世界的なアーティスト、ジェームズ・タレルの作品にインスパイアされて、朝でも夜の空間になる体験型アートも登場。子どもたちの商品開発の力に脱帽。(写真提供:G-experience)

「自分たちがつくりたいものではなく、ニーズを汲み取り、
ユーザーに喜ばれるものを考える。
仕事であれば当然のことですが、学校で受け身になっているだけでは、
なかなか身につかない力といえます。

いい仕事っていうのは、受け取った側だけでなく、
やった側もうれしかったりするじゃないですか。
相手が求めていることを確認して、きちんと届けることの大切さを
子どもの頃から当たり前に感じてほしいし、仕事は選ぶだけじゃなくて、
つくることができるのだと知ってほしいんですよね。
“つくる仕事”ではなく“選ぶ仕事”というのは、どうしても数が限られてしまうし、
就職する時点で何かと比べていいか悪いかを判断する、
相対的なものになってしまいます。

私たちは普段、ふたつの商品のどっちが安いかとか、
1000円の差で機能がどう違っているのかなど、
消費者目線で瞬時にものを選ぶクセがついていますよね。
仕事や会社を消費者目線で選んでしまうと、誰かと比べることでしか、
良し悪しを判断できないような人生になってしまう。

一方で、自分でつくればおのずと愛着が生まれるし、
それを必要としている人に届けるという考え方が根づいていれば、
あとはそこに専門的な学びを付随していけばいいんです」(真さん)

移住して半年足らずで、このようなイベントを実現してしまったことに驚くが、
五城目町だったからできたのだと松浦さんは感じている。

「子どもが朝市にこんなに簡単に出店できる場所なんて、
おそらくほかにはないですよね。520年以上続いているからこそ、
すぐに受け入れてくださる懐の深さがあったのだと思います。
そういう意味でもまちのことを知れば知るほど、
先進的な教育活動ができる場所だという思いが強くなっています」(真さん)

ここでは先進的な教育活動の可能性を感じると話す松浦真さん。

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松浦さんたちが取り組むハイブリッドスクーリングとは?

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学びの場を組み合わせるハイブリッドスクーリング

先進的な教育活動の可能性を感じる理由は、
子どもの少なさという一見ネガティブなところにもある。

「五城目町には1小1中1高しかなく、小学生は300名弱しかいません。
いままで住んでいた大阪市は、小学校だけで200校くらいありますが、
いわゆる公教育ではひとつの学校に特定のプログラムを導入しようとすると、
同地域のほかの学校でも同じようなことをしなければ、
教育機会の均等という意味でよろしくない。
だからある学校でちょっと変わったことをやろうと思っても、
ほかではできないからちょっと待った、ということになってしまうのです。
その点、五城目町は小中高それぞれ1校だけなので、
いろんなことに柔軟に対応しやすいというメリットがあるんです」(真さん)

松浦さんたちが、そんな地の利を生かして取り組もうとしているのが、
「ハイブリッドスクーリング」という学びのスタイル。
小中高の不登校は、いまや全国で年間約18万人にも上っているが、
いじめの問題や、集団生活に対する苦手意識、
勉強そのものが好きではなかったりなど、理由はいろいろ考えられる。
学校の教育システムが合わない、というのもそのひとつではないだろうか。

「例えば小学2年生のうちの息子は、得意な教科は別として、
それ以外は集中するまで時間がかかってしまい、
45分の授業時間の後半から集中し出したりします。
実際のところ、学校の時間割はかなり管理的ですよね。

私たち大人も、いまから45分間打ち合わせをして、
そのあと別件の打ち合わせを45分するよういわれても、
時間通りに終わらせるのは難しいし、
ようやく乗り始めたときに区切られてしまうのはつらい。
だからそのスタイルが合わないような子は、例えば部分的にホームスクーリングにして、
自分のペースで勉強してもいいと思うのです」(真さん)

息子の駿(はやお)くんが学校へ通っているのは、年間授業日数の3分の2程度。
取材に訪れたのは学校へ行かない日だったようで、
松浦さんがオフィスを構えるBABAME BASEで勉強をして、
智子さんに採点してもらったり、それが終わると校庭を元気に走り回ったりしていた。

BABAME BASEで勉強をする駿くん。

得意な算数は、学校の授業よりかなり先の内容を勉強している。好きなことはどんどん伸ばし、そうではないことは自分のペースで。

BABAME BASEの校庭を元気に走り回る。

「学校を批判するつもりはまったくなくて、
学校にしかできないこともたくさんあります。
学校のよさと、ホームスクーリングのよさ、
さらには地域のおじいさん、おばあさんとのコミュニケーションや、
お祭りへの参加など生きた学びが得られる場など、
個人に合った環境を組み合わせて学ぶハイブリッドスクーリングが、
これからの時代、ますます必要になると思っています」(真さん)

たしかに学校がそれぞれの子どもに合うかどうかは、
これまで軽視されてきた点かもしれない。
学校が合わないと感じている子どもが劣等感を抱いたり、
不登校児の親が責任を感じたりなど、ネガティブな思い込みを
変えてあげることが大事なのだ。

「大阪ではちょっと学校へ行かなかったりすると、
周囲から深刻に捉えられてしまうんです。
そのことで子どもや母親も学校へ行かなかったことを、
必要以上に重く受け止めて落ち込んでしまい、負のスパイラルに陥ってしまう。
その点ここでは、『学校はどうしたの?』と聞かれはするけど、
『ここで勉強してます』と答えれば済んでしまう。
それが子どもにとっては、とてもありがたいんですよね」(智子さん)

移住してきてからストレスがかなり減ったと話す智子さん。

松浦さんの友人でもある〈6 rock(ロク)〉の荒西浩人さんにつくってもらった木のブロックで家づくりをして遊ぶ。

松浦さんのこうした試みは、不登校にはなっていないけれども
通いづらさを感じているような子どもの母親にも、ある種の安心感をもたらしている。

「最近は五城目町だけでなく、秋田市内の人からも相談を受けたりします。
子どものときは、どうしても世界がここしかないと思い込んでしまいがちですが、
違う可能性があることを少しでも見せてあげられたら、
しんどいときに道が開けるし、それだけですごく楽になれる。
学校に合わない子は合わないなりの学び方をできるし、
伸ばせる能力があるのだと言ってあげられると、本人も親も、
周りの教育環境もよくなっていくと思うんですよね」(真さん)

都会ではできない教育環境を創出するため、
松浦さんたちは五城目町に新たな種をまいたばかりだ。

真さんおすすめの絶景ポイント「森山」の頂上に連れていってもらった。遠くに八郎潟が見える。

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