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〈清流の国ぎふ芸術祭
Art Award IN THE CUBE 2017〉
新しい公募展の芸術祭がめざすもの

ローカルアートレポート
vol.076

posted:2017.5.30   from:岐阜県岐阜市  genre:アート・デザイン・建築

supported by 岐阜県

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

editor profile

Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。コロカル編集部員。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画、美術、カルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではその土地のおいしいものを食べるのが何よりも楽しみ。

credit

撮影:鈴木静華

「身体のゆくえ」をめぐるキューブ空間

岐阜市にある岐阜県美術館では〈清流の国ぎふ芸術祭 
Art Award IN THE CUBE 2017〉(AAIC)が開催されている。
公募によって選ばれた作品が展示された現代美術展だが、
特徴的なのは、大型の立方体の空間の中でそれぞれの作品が展示され、
そのキューブが美術館の館内、一部館外に設置されているということ。
それぞれ作品の形態も技法も素材も異なり、
いろいろな作品世界が見られるショーケースのような展覧会になっている。

このフレームが規定で決められたキューブの大きさ(W4.8m×D4.8m×H3.6m)。この空間の中にそれぞれの作品が展示される。〈清流の国ぎふ芸術祭 Art Award IN THE CUBE 2017〉は、6月11日まで岐阜県美術館で開催中。

県展をリニューアルすることが発端となり、新しく誕生したAAIC。
第1回目となる今回は「身体のゆくえ」というテーマで、
新しい才能の発掘と育成を目的に開催された。
選ばれた15組の作家たちは年齢層も幅広く、
活動の拠点も地元岐阜から東京、関西までさまざま。

バラエティに富んだ作品が並ぶが、作品のユニークさもさることながら、
審査員の顔ぶれがすごい。
美術家のO JUN氏や中原浩大氏、小説家の高橋源一郎氏、
哲学者の鷲田清一氏、ダンサーの田中泯氏など、
県の公募展の審査員にしては異例ともいえるような顔ぶれだ。
さぞかし有名なキュレーターやディレクターが後ろで糸を引いているのかと思いきや、
地元の美術関係者たちが中心となった企画委員会により議論され、
岐阜県が中心となった実行委員会が運営しているのだそう。

「アートでまちおこしをという出発点ではなく、
本気で現代美術の新しい潮流をつくりたいというのが企画委員会の考えなんです。
みなさんとても真剣で、一生懸命、議論しながら進めてきました。
伝統を大切にしながら、新しいものを生み出していこうという、
岐阜ならではの公募展になったと思います」
と、岐阜県文化創造課の鳥羽都子さん。熱い思いがつくりあげた展覧会のようだ。

中原浩大賞を受賞した『Mimesis Insects Cube』。メガネや文具などいろいろなものを解体した部品を再構成してつくった昆虫の造形物がキューブを埋め尽くす。作家の森貞人さんは1950年生まれで愛知県を拠点に活動。

三輪眞弘賞を受賞した『移動する主体(カタツムリ)』は、まずキューブの外から見た瞬間、度肝を抜く。中にはまた別の「身体」が。長野と東京を拠点とするチーム〈耳のないマウス〉による作品。(写真提供:清流の国ぎふ芸術祭Art Award IN THE CUBE 実行委員会)

展覧会がスタートして2日目、岐阜県美術館の館長である
日比野克彦さんによる作品講評会があった。
講評といっても、単に日比野さんが新人作家に対して
評価やアドバイスを下すのではなく、会場をめぐりながら、
その場にいる作家と対話しながら作品のねらいなどを紹介していく会となった。

『縫いの造形』は、糸で紙を縫い、キューブの壁に縫いつけた作品。キューブの中に入ってみると不思議な感覚に包まれる。中村潤さんは京都出身のアーティスト。

中村潤さんの作品『縫いの造形』は、キューブと同じ大きさの紙のキューブをつくり、
いろいろな糸を縫い込んで、それを少しずらしてキューブの壁に縫いつけるという作品。
一見、静かな作品に見えるが、制作はキューブを出たり入ったりしながら
縫うという動作の連続で「私の体はキューブのそこらじゅうに満ちてます」と中村さん。
日比野さんは、「針がぶすっと刺さったり、針に糸が滑る振動が伝わったり、
縫うという行為の快感ってありますよね」と共感したようす。

日比野さんは過去に、半透明のプラスティックの段ボールを挟んで
ふたりひと組で向き合い、針を刺し合って縫いながら
絵を描いていくというワークショップをしたことがあるそう。
針と糸が行ったり来たりすることで、知らない人とのあいだに、
ある種の関係性が生まれるという。
中村さんは、紙はひとりで縫い、壁はふたりで縫ったそうだ。

「意外なところから針が出てきたり、私が何かを描こうと思っても、
向こうは思っていなかったり、裏にまわると思ってもいない形が表れたり。
いろいろなせめぎ合いがありましたね。
自分以外の体との関わりがとても感じられました」と中村さん。

「縫っているときの、あの感覚が好きでたまらないという人じゃないと、ここまでできないですよね。糸が持っている力、縫うという行為に何かある気がします」(日比野)「潜って出て、潜って出て、ひたすらニヤニヤしながら制作してました(笑)」(中村)

カラフルな糸は、中村さんの亡くなった祖母が
編んだセーターをほどいてとってあったという毛糸や、
自分が小さいときに気に入って持っていたひも、人からもらったものある。

「縫い目を見ると、自分のセーターだったり、もらったプレゼントだったり、
それぞれ連想するものがあって、こうして見ると不思議な気持ちがします。
ほかの人の物にはほかの物語があって、それが重なり合わず、
併走するくらいでちょうどいいと思っています」

中村さんは今回の制作で、次の作品につながる大きな手応えを感じたようだ。

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岐阜ゆかりのアーティストも

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岐阜に育まれたアーティスト

この展覧会を機に、岐阜にUターンした作家もいる。
架空の動物であるユニコーンを、実在する生き物のように生々しく表現した
『蘇生するユニコーン』をつくった平野真美さんだ。

岐阜出身で、進学した名古屋造形大学には実家から通っていたが、
さらに深く現代美術を学ぶため上京し、東京藝術大学大学院先端藝術表現専攻で、
メディアアーティストの八谷和彦さんの研究室に学んだ。
その後、東京で働きながら制作を続けているときにこの公募があることを知り
「私にぴったりだ」と思って応募したという。

『蘇生するユニコーン』。表面だけでなく、ユニコーンの内部には血がめぐり、骨格や内蔵、筋肉もある。心臓と肺に生命維持装置をつなぎ、血液循環を行うことで蘇生する。

東京のことはよくわからず、どこか疎外感を感じていたという平野さん。
東京にはアーティストの共同アトリエは多いが、
ひとりで制作するほうが性に合っているという平野さんは、
そういう場所では活動しにくく、かといって個人のアトリエを
外に持つことは難しいので、狭い自宅で制作をしていたそう。

一方で、名古屋での展覧会に出展することもあり、たびたび帰ってくるように。
「そうなるとあまり東京へのこだわりもなくて。
岐阜でもこうやって発表の機会があるならと思って、戻ってきました」

今後は、岐阜にアトリエを構えて、ユニコーンの作品も
制作を続けていきたいと考えている。
「岐阜には美術館やギャラリーはあるけれど、
作家主導のような現代美術の場ができると、双方にメリットがあると思います。
この芸術祭を機に、そんなことも提案していけたらと思っています」

地元を離れるまでは、郷土愛はあまり感じることがなかったという平野さん。
「岐阜はどの方向を向いても遠くに山が見えるのが好き。
木や風や空がすごく自然にある感じがして、安心感があるんです。
一度離れて帰ってくると、地元は居心地がよくて活動しやすい。
その岐阜で、こういう芸術祭があるのはうれしいです。
ここで成長していきたい」と笑顔で話す。

平野真美さんは1989年岐阜県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程先端藝術表現専攻修了。グループ展に「REN-CON ART PROJECT 連茎する現代アート」(名古屋市芸術創造センター)など。

特色のあるキューブが並ぶなか、ひときわ異彩を放っているのが、
安野太郎さんの『THE MAUSOLEUMー大霊廟ー』。
ケーブルにつながれた12台のリコーダーが何やら不穏な音楽を奏でている。
これは、人類が滅んだあとも情報を交換しながら音楽を奏でる自動演奏装置なのだ。

これまでもコンピュータ制御による自動演奏で
「ゾンビ音楽」を創作してきた安野さんだが、
これほど大がかりな作品を単独で発表するのは初めて。
「持てる力を全部投入した」と話す。

人類を葬送する音楽を自動で奏でる『THE MAUSOLEUMー大霊廟ー』は、高橋源一郎賞受賞。送風機で空気を送りリコーダーが鳴っているが、送風が止まるときも見もの。

安野さんは、東京音楽大学で作曲を学んだ後、
今回のAAICの審査員でもある三輪眞弘氏が教授を務める、
岐阜県大垣市にある情報科学芸術大学院大学[IAMAS]に進学。
それが音楽とテクノロジーを使った現在の作風につながっている。

設営中は、ほかのアーティストたちも現場にいて、刺激があったという。
「みんな本気で大賞を狙っていたと思います。必死さが違いました。
通常のトリエンナーレや芸術祭にはない本気度があったと思います」

安野太郎さんは1979年埼玉県生まれ。ブラジルと日本のハーフ。情報科学芸術大学院大学修了。この作品の原型となる「ゾンビオペラ『死の舞踏』」(フェスティバル/トーキョー2015)でコンセプトと作曲を担当。

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テーマパークのように五感で体験する展覧会

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地域の芸術祭の新しいかたち

自身も岐阜県出身の館長、日比野さんは、
テーマパークのようなおもしろさがある展覧会だと語る。
「キューブというフレームがあることで、
その中に入ったときに自分の体がどう反応するか。
美術館に作品を鑑賞しに来るというより、
五感を使って、そこに身を投じるような体験ができると思います」

単にキューブを使った公募展というだけでなく「芸術祭」と銘打っているのも特徴。AAICは今後も3年に1度開催していく予定で、その間もリニューアルした県展など、
何かしら芸術祭というかたちで行っていくという。

「いま地域でのトリエンナーレや芸術祭は乱立しています。
そのなかで清流の国ぎふ芸術祭は、豊かな自然というような場の力ではなくて、
キューブというフレームを置くことで、空間を捉える人間の力という意味での
場の力を考えました。そこに人がいないと成立しないような空間で、
人というものにフィーチャーしていきたい」

ホワイトキューブを飛び出すという芸術祭が増えるなか、
敢えてキューブの中のキューブに入っていく。
けれど、アーティストにとっては力量が試される場になるということは、
今回の展示を見ても明らかだ。

日比野克彦さんは1958年岐阜市生まれ。東京藝術大学美術学部長、岐阜県美術館館長。AAICの企画委員でもある。

岐阜県美術館では「これってなんやろーね?」から始まる美術の楽しさを伝えるナンヤローネプロジェクトを展開。美術館のショップもご覧のとおり。

「岐阜市ということで言えば、ここは濃尾平野の山ぎわなんですけど、
金華山という山から濃尾平野が見渡せるんです。
尾張があって、遙か向こうには江戸がある。
そこで今回でいえば15人の若き信長が天下取りに挑むみたいな(笑)、
濃尾平野のはしっこの山の上から自分の世界が想像できるという、
そういう土地の力はあるかもしれません」

また、もともと工芸などものづくりが盛んな岐阜県には、
デザイナーやアーティストを支える職人はたくさんいる。
「それも歴史が育んだ気質だと思います。
逆にアイデアがあっても、技術や経験値がない若手アーティストもいる。
それをかたちにできるように技術的にサポートするプロフェッショナルチーム、
作品の見せ方にも関わってくるくらいのファクトリーをつくる。
実際今回もそういう技術のプロがいたし、
それはこの芸術祭のひとつの特徴になっていくと思います」

壁画で使われるフレスコの技法で描いた作品『透明の対話』。キューブの外側に支持体があり、彩色したらその表層を剥離してキューブの内側に貼っている。作家の松本和子さんは京都拠点のアーティスト。

大賞は東京を拠点とするチーム〈ミルク倉庫+ココナッツ〉の『cranky wordy things』。モニターには、眠りかけのメンバーの意識と無意識のはざまの状態が映し出され、何気なく置かれた物がポルターガイストのように勝手に動き出す。われわれの身体はどこにあるのか……?

岐阜市では図書館やギャラリーなどを併設した市の文化複合施設
〈ぎふメディアコスモス〉が2015年にオープンした。
岐阜県美術館の向かいにも岐阜県図書館があり、
今後このエリアにさらに新しい施設が誕生する予定だ。

「結果的に美術館に来ることが目的じゃなくてもいいというか。
あそこに行くと何か違う空気感があるよねというエリアにしていきたい。
人が集まってきて、気づきがあって、
何かを日常に持ち帰ることができるようなしかけをつくっていきたいです」

学芸員の鳥羽さんも、
「アートやカルチャーなどクリエイティブな仕事をしたい人が
名古屋や東京に出て行くような状況のなかで、
少しでも地域で文化産業に携われる人が増えていけば」と期待を込める。

次回のAAICは2020年。
そこに向け、清流の国ぎふ芸術祭は新たなスタートを切ったばかりだ。

information

map

清流の国ぎふ芸術祭 
Art Award IN THE CUBE 2017

会期:2017年4月15日(土)~6月11日(日)

会場:岐阜県美術館

http://art-award-gifu.jp/

関連プログラム 高橋源一郎講演会「芸術の未来」

日時:2017年6月3日(土)14:00〜16:00

会場:岐阜県美術館 講堂

参加費:無料(事前申込不要、先着100名程度)

出演:高橋源一郎(小説家、文学者/明治学院大学教授)

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