昨年の秋から約半年間、飛騨地域で〈未来の地域編集部 準備室〉が立ち上がった。
これからは地域自らが発信すべく編集部の立ち上げを目指し、
コロカル編集部がお手伝い。
その一環として「編集・ライターワークショップ」が開催された。
そのなかで参加者が実際に取材して書き上げた記事を公開する。
地域に暮らしているからこそ書ける取材内容は、
地域発信における「未来の姿」だといえる。
岐阜県の北部、小さなまち、飛騨古川には、
築100年以上の古民家を改装したカフェ〈壱之町珈琲店〉があります。
この小さなカフェは、今から18年前にオープンしました。
毎日たくさんの人が訪れます。0歳の赤ちゃんから90歳を超えたおばあちゃんまで。
この小さなまちの小さなカフェに、どうして毎日
これほど多彩な人が訪れるのでしょうか。
このお店をいつも訪れる常連さんと、店主の方にお話をおうかがいしました。
まずお話をおうかがいしたのは、東京から飛騨へ移住してきた松本剛さんです。
松本さんは、全国で森林の事業をしているトビムシという会社で、
飛騨の木を使った商品の開発をしています。
東京の本社に勤めながら全国のさまざまな地域に関わっているなかで、
地域で暮らしながら仕事がしたいと思うようになり、
2011年9月、飛騨古川に移住しました。
現在は飛騨を拠点に、東京やその他の地域を行ったり来たりしながら仕事をしています。

松本さんにとってこのお店はどんな場所なのでしょうか。
「家とかではできない考えごとをしたいときや、
ぼーっとしたいときにひとりで来るんだけど、
実は“ひとりになりたいけれど、ほんとにひとりにはなりたくはないとき”なんだよね。
それが都会のカフェとは違うところ」
本当にひとりになりたいときは、ここは不向きだから、と松本さんは言います。
「この場所は、自分のキャラクターに合っているのかもしれない。
僕はみんなでわいわい話すというのはそんなに得意じゃなくて、
基本的にひとりがいいんだけど、本当にひとりぼっちだと寂しくなっちゃう。
このお店では、知り合いに会えば軽く挨拶はするけれど、
会っちゃったから話さなきゃいけないという感じではないんだよね。
会った人と話したいことがあったら話し込んだりもするし、挨拶だけのときもある。
そういうこのお店の空気感が自分の感覚と合っているのかもしれない。
(店主の森本)純子さんは、お客さんに声をかけてもくれるし、
放っておいてもいてくれる。そういう感じだから、
このお店に来るお客さんもそんな感じの空気感。
温度と湿度がきちんと調整されている空間みたい。
心地がいい、程よい距離感。なかなかない場所だよね」

店内にある大きな一枚板のテーブル席。お客さんは思い思いの席に座ります。ほかのお客さんと近すぎず、離れすぎない距離感も、このお店が持つ心地よい空気感をつくっているのかもしれません。
仕事で飛騨を訪れるお客さんを連れてくることもあるのだそうです。
「仕事のお客さんにこのまちを紹介するとき、
〈壱之町珈琲店〉は必ず見てもらいたい場所だと思っている。
古川というまちの魅力を体現していて、
これが『僕の好きな飛騨古川だよ』って自慢したい場所のひとつ。
古川の魅力って、美しく伝統的なまち並みと、
その家ひとつひとつをちゃんと住む場所として人が使っていて、
みんなが心地よく暮らしているところ。
このお店は建物も古川らしい伝統的な建物だし、
お客さんとお店の人との距離感にも、古川らしい魅力がそのまま感じられる。
程よい暮らしや人間関係など、全部入っている場所だよね。
初対面のお客さんに対しても、
純子さんはいつもの感じでやわらかく接してくれるでしょ。
古川に初めて来た友だちや仕事相手に『あ、いいとこ住んでるね』って
言ってもらいたいから絶対連れてくる」
店主の森本純子さんと話すというより「会いたくて」、お店を訪れる人も多いようです。
あたたかいのに近すぎない距離感。
このお店が18年も続いている陰には、
実は見えない「純子さんの気持ち」が隠れているのかもしれません。
「お店をやっていくときに、『常連さんさえ来てくれればいい』とか
『商売と割り切ってドライに』とか決めて営業する方が楽なんだろうけれど、
このお店は、開店以来18年の間、いい塩梅であることを諦めずに、
ずっとチューニングし続けてきた結果、この雰囲気を保っているんだろうなと思う。
それを維持していくことは意識的にがんばらなきゃできないこと。
だからこそ、その心地よさを壊さないように、お客さんも自然と協力したいと思える。
地元の人も、旅行者も、移住者も、みんな誰もがここに来ると、
誰かと出会うことができる場所。
そういう場所をつくることって、実はすごく難しいと思う」

店内には古民家のつくりを生かしたお座敷席も。赤ちゃんや小さなお子様連れに人気です。
お店の人の暮らしも、お客さんが大切に思う。そんな関係性がそこにはありました。
「前にね、連休中の稼ぎ時にもかかわらず、
店先に『親族が集まるBBQに参加するのでお店休みます』って
臨時休業の理由が書いてあったことがあって。この商売っ気のなさ。
東京とかだと、売り手と買い手という関係になってしまうけれど、
ここではお店の人とお客さんという線引きがすごく曖昧。
『あ、BBQなら仕方ないですよね』って思えるお店なんだよね。
お店の人だって人間だし、その人の暮らしもあるから。
顔の見える範囲で経済が回っている古川の雰囲気と、
このお店の持っている雰囲気がそうさせるのかな。
前に東京のイベントでカレーを何十人分もつくることになったとき、
道具とかオペレーションについて純子さんに相談したことがあったんだけど、
惜しげもなく〈壱之町珈琲店〉のカレーのレシピを教えてくれたことがあったんだよ。
カレーはこのお店の看板メニューのはずなのに、材料の銘柄まで全部教えてくれて。
それも関係性の話につながる気がする。
お客さんとお店側という線引きがないことのいい例だよね」

壱之町珈琲店の看板メニュー、カレーライス。これを目指して来るお客さんも多くいます。
松本さんは、このまちに引っ越してきて、
このお店のどんな場面を見てきたのでしょうか。
「自分が見て来た範囲でしかないけど、
この数年間でこのまちで生まれた新しい取り組みのなかには、
〈壱之町珈琲店〉がなかったら生まれなかったものも
あるんじゃないかなと思ってしまうんだよね」
と語る、松本さん。
「都会のコワーキングスペースのように、
『こんなものがあります』みたいなわかりやすいことは言えないけど、
ここはむしろ、じんわりと小さな変化が生まれる場所だと思う。
UターンやIターンの人たち、地元の人や移住者の人、
毎日いろんな人たちがこのまちで暮らしながらいろんなことに挑戦するなかで、
その出会いや話し合いの場所のひとつに必ずこの場所があって。
いろんな人の人生を変えているんだろうけれど、そんなたいそうな言い方よりも、
毎日の暮らしやその暮らしが少し変化するきっかけの場面には、
実はこのお店の存在があったという方がしっくりくる。
そういう場所があるまちって意外と少ないんじゃないかな」
自身も、新しいことに挑戦するときはいつも、
このお店でそっと背中を押される気がするという松本さん。
このお店に立ち寄ることで、前向きな気持ちになれる人は多いのかもしれせん。