全国の商店街には、その土地を物語る魅力がいっぱい!
そこでしかお目にかかれないおいしいものとの出合いも楽しみのひとつです。
酒ライターの岩瀬大二さんが、タカラ「焼酎ハイボール」〈ドライ〉にあう
最高のアテを探すべく、全国の商店街を巡ります。
これぞ! というアテをテイクアウトして、焼酎ハイボールとの相性をレポート。
思わず喉が鳴る至極の組み合わせをご覧あれ!
今回は、東京都江東区の砂町銀座商店街です。

「変わらない良さは、情」下町の愛され商店街でアテ探し
前回訪れたのは夏の名残の太陽と青空の「淡路島」。
今回は晩秋から冬へ。空気は冷たく硬く感じる季節。
となれば、心と体を元気に、健やかにしてくれるアテが欲しくなる。
いや、アテだけではなく、
なにかあったかい気持ちにしてくれる雰囲気も欲しくなる。
そのふたつの出合いを求めて向かうとなれば、やはり東京・下町方面。
東京江東区は砂町銀座商店街、通称・砂町銀座に向かおう。
狙いはふたつ。こだわりの味噌とアテでもうまい名物丼だ。

有名な商店街ながら入口には派手さもないし、ランドマーク的なものもない。でも、それこそが砂町銀座らしい。生鮮食品からはじまり今では多様な業態の店があるけれど、全国的な定番チェーンは少なく、それがまた砂町銀座らしさをかたちづくっているようだ。
砂町銀座は外から訪れる客にとって
アクセスがいいとはいえない場所にある。
最寄りの駅でいえば都営新宿線・西大島駅か、東京メトロ東西線の東陽町駅だが、
どちらも都営バスに乗り換えて10分ほどかかる。
周囲に名の知れた観光スポットもない。
それでも東京有数の商店街に数えられるのは、しっかり地元の暮らしのなかにあり、
外から来る人にはその地元の暮らしが感じられること。
砂町銀座と名づけられたのは1932(昭和7)年。
30軒程度の店からはじまった歴史。
あの銀座のように……という、発展への願いは無情にも打ち砕かれる。
戦争。1945(昭和20)年の東京大空襲により焼け野原に。
しかし、そこから人々の生活は少しずつ活気を取り戻し、
焦土となった年から18年をかけて砂町銀座は原型を取り戻した。
高度経済成長の時代を経て1975(昭和50)年ごろからは、
大規模な団地やマンション建築が周辺で進み人口は一気に増加。
地元の暮らしのために、肉、魚、野菜の廉価な生鮮3品を扱ってきた砂町銀座は、
その軸足がしっかり守られながら、規模を拡大していく。
といっても幅5メートルほどの狭い、昔ながらのメインストリートは変わらずに。

歩いていると確かに野菜を扱う店は多い。
冬が来れば欲しくなるもののひとつが根菜類。
季節と体、酒飲み心はどうしたって連動している。
〆に根菜がたっぷりはいった味噌汁はどうだろう。
焼酎ハイボールにアテとしてもあう味噌汁がいい。
具材が多ければアテにもなる。
シンプルに根菜の甘味と恵みを感じるために、
うまい味噌とあわせてみよう。















































































































