連載
posted:2022.3.30 from:静岡県焼津市 genre:暮らしと移住 / 活性化と創生
PR 静岡県焼津市
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Emi Ishida
石田絵美
いしだ・えみ●埼玉県出身。ファッションやカルチャーを軸に、WEB・紙媒体で編集・執筆を行う。旅行では地元のみなさんが集まる食堂や居酒屋を訪ねるのがマイルール。酒とおいしいものをこよなく愛する飲兵衛。
静岡市から電車で約10分。
東京にも1時間20分ほどで出られる焼津市。
江戸時代からカツオやマグロなどの水産業が盛んで、
静岡県で愛されている黒はんぺんは、このまちの名産品となっている。
現在まちの人口は約13.7万人。
郊外に住宅地が広がる一方で、駅前の商店街の人通りはまばら。
「昔は隣を歩く人と肩が触れるくらい
駅前の商店街も賑わっていたそうです。
シャッター街とまではいわないですが以前よりは少し寂しくなっていますね」
そう語るのは、焼津駅前商店街でコワーキングスペース
〈Homebase YAIZU〉を運営する〈株式会社ナイン〉の代表・渋谷太郎さん。
焼津には若者が少ないというが、
ここHomebase YAIZUにはクリエイターの卵となる若者が集まっている。
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Homebase YAIZUは、かつてこの地で
黒はんぺん製造工場だった店舗をリノベーションしてつくられた。
できる限り自分たちで手を加え、
少しずつ改装を行って2018年にオープンした。
「焼津っていい意味で余白が多いから、活動を始めやすく、実行しやすいんですよ。
東京はプレーヤーが多くて、いろんな人がさまざまな活動をしている。
何をやるにしても、時間もお金もかかってしまうから、新しいものを生み出しづらい。
でも焼津は、何かをやろうと思ったときにすぐ行動に移せるし、実行しやすいんですよね」
渋谷さんは、焼津で生まれ育ち、就職を機に上京した。
現在は東京と焼津の2拠点で生活しながら
デザインとクリエイターの力で焼津のまちづくりをサポートしている。
「勤めていたWeb制作会社を退職後、
仕事で関わっていた〈デジタルハリウッド〉の人に
〈デジタルハリウッドSTUDIO静岡〉への出張に誘われたんです。
『明日だけど行く?』って。
予定もあったから迷ったんですが、一緒に行くことにしました。
その後も仕事を通していろんな人とつながっていきますが、
いま思うと、あれが焼津に関わることになったきっかけだったし、
“ノリよく働く”ことの大切さを知りました」
その出張でデジタルハリウッドSTUDIO静岡の人を紹介され、
同校を卒業する人材を採用した。
社員第1号だったその方は、卒業制作として
焼津駅前のギャラリーのWebサイトを制作していたそうだ。
そして彼を通じて焼津市の行政の人や、
商店街の人、物件を紹介してもらうことになる。
「Homebaese YAIZUの物件は、築80年ほどの建物で
かつて黒はんぺんの製造工場だったこともあったそうです。
その後は別のテナントも入っていたみたいですが
ここ5年ほどは空き物件でした。
物件の大家さんを紹介してもらい、
その人から『自由にやっていいよ』って言われて、
自分たちのオフィス兼みんなが仕事をできる
コワーキングスペースをつくろうという話になりました」
当時、焼津駅周辺には仕事ができる場所がなく
出張で訪れたサラリーマンたちも駅前にある温泉施設の休憩所で
パソコンを広げて仕事をしている姿が見られたそうだ。
そこで渋谷さんは自分たちのオフィスとしてはもちろん、
誰でも自由に使えるコワーキングスペースをつくることを考えた。
「利用者とは、積極的にコミュニケーションをとるようにしています。
Web業界を目指している人がいたら、
アルバイトで僕の会社の仕事を手伝ってもらったり、
『この人がやりたいことにはあの人を紹介すればできそう』と考えて
何か始めたい人同士をつなげたり。そこに来てくれた人や話から広がっていき、
まちづくりなどの仕事につながっていくんです」
Homebase YAIZUで開催される勉強会や交流会などから、
大小さまざまなプロジェクトが立ち上がっていくそうだ。
「今も東京と焼津の2拠点で生活していますが、
やはり地域に集まれる場所、活動拠点があるのは大きいですね。
それまではあまり“拠点”というものの重要性を感じてなかったんです。
特に行政の人が言うような“活動拠点”は、
『つまらなくて人が集まっていない場所』という印象を持っていて。
でも、実際に活動してみると場所があるって大事だな、と感じました。
スペースがあるだけで、同じような価値観を持った人が集まってくる。
そこで会話が生まれ、おもしろいことを一緒にしようとなるんです」
例えば、「Homebese YAIZUの前にあるベンチに人を座らせるには?」
という企画を、交流会で飲みながら考えたことがあるのだという。
その会話の輪のなかには若い人も商店街のおじさんもいたのだとか。
「しっかり計画を立てて行うプロジェクトもありますが、
気軽に会話ができる環境をつくって場所を提供して会話をするなかで
生まれるプロジェクトも少なくありません。
ゆるくやっているからいろんな人が入りやすいし、
自分の考えを言いやすいのかもしれません」
「ゆるく行っている」という渋谷さんの言葉は
冒頭の「余白」というキーワードとも同様の意味を持つのだろう。
「いま、焼津は大きく動き出しているタイミングだと感じています。
ここ数年、駅前を中心に活動する人が集まったり、
新しい建物をつくるだけでなく古い建物や文化を生かしたり、
代替わりをした老舗のご主人が新しい商品を生み出そうとしたりと、
今までとは違う新しい焼津になろうという試みが
まちのあちらこちらで行われています。
新しい視点を持った、焼津の外の人や若い人たちにとっては
関われる“余白”がたくさんあるんじゃないかって思いますね」
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そんな渋谷さんの会社には、
市役所やまちの商工会議所からの相談も多い。
「行政に関わる人たちからはよく
『若い人たちを集めたい、戻ってきてほしい』
『商店街に買い物客を呼び戻したい』という相談を受けることが多いですね。
その問題を解決するには何かイベントをやるだけでは不十分です。
僕らが考える解決策のひとつとして、商店街の場合であれば
買い物客よりも、お店をやりたい人たちを集めたほうがいいと思っています。
当たり前ですけど、何もないところに人は集まりません。
だから、何かをやりたいと思っているクリエイターを集めるほうが
順番としては先なんです」
渋谷さんの考えるクリエイターの定義は広い。
私たちが考える何かを創造する人以外にも
これから始めようとする人や新しいことに挑戦する人のことも指すのだ。
「僕たちがやっているのは焼津“らしさ”を見つけること。
商品でも人材でも昔からあるものでも、
そのなかから“おもしろいポイント=素材”を探すんです。
それをクリエイターたちと一緒に考え、料理すると、
既存のものが新しいものに“化ける”。
その化学反応のようなものを、これまでの仕事のなかで何度も味わってきました。
素材の良さを見つけてクリエイターに正しく渡せれば、ちゃんと輝くんです」
「だから、物を生み出せる側の人材を集めることが大切だと思います。
集まった人材のなかで『じゃあ、商店街で何をやろうか』って考えていけば、
商店街に買い物客を呼び戻す解決策も見えてくると思っています。
ただ、欲を出して素材にいろいろ盛り込んでしまうと
“らしさ”がぼやけてしまうんです」
焼津は水産業、そしてそれらの加工業が盛んな歴史あるまちだ。
ゆえに地域の人たちは焼津愛に溢れているという。
渋谷さんの語る“素材”もまた豊富にあり、まちの人たちは焼津“らしさ”を
たくさん詰め込みたい、伝えたいと考えてしまうのだ。
「あれこれあるおもしろポイントや素材のなかから
一番伝えたいことを僕らが入って整理し、
ユーザー側から見たときに一番興味を引くポイントを
依頼者と一緒に見つけていくようにしています」
「地域の人たちから依頼を受けて仕事をするときに
大切だと感じていることがあって、それは運営側に入ってもらうということ。
たとえば、移住検討者を集めるためにイベントをする場合は、
依頼者を運営側に入れるのも大切ですが、
ここでいう移住検討者を、お客さんとしてもてなすよりも、
一緒に運営者側に入ってもらったほうがいいなと思っています。
僕らがサポートに入らずに自分たちだけで自走できるのが
本来あるべき姿だと思います。
ずっと僕らがお手伝いするというのも良くないですしね」
渋谷さんは、素材を見つけて今ある地域の素材の中からその魅力を引き出し、
消費者に伝わるかたちに変えることで、商品やサービスとして
新しい「焼津らしさ」を持った価値を生み出し、
ビジネスとして成り立つまでのサポートを行っている。
この仕組みのことを「らしさで自走する地域経済」と名づけていて
ノウハウを地元企業に提供したいと考えている。
最後に、渋谷さんのクリエイターの見つけ方や
豊富な人脈づくりの秘訣を聞いてみた。
「飲み会でも交流会でも誘われたらとりあえず行くことです。
フットワークが軽いように見えるでしょ。でもね、実はめんどくさがりなんです(笑)
だから意識的にやっているのかもしれません。
僕自身、あの時にデジタルハリウッドの人の出張に同行しなかったら
商店街の人とつながらなかったですしね。
自分でも人を集めて交流会をしたこともありますし、
人をつなぐのもよくやります。そういうのが好きな性分なんでしょうね」
「その人らしさというか、何がやりたいんだろうっていうことを
とりあえず聞くようにしています。
仕事でやりたいことでも、その人の夢の話でもいいんです。
会話をすればそれが見えてくるし、
その人が今必要としている人材を紹介することもできる。
お互いのやりたいことを支え合うような関係を築けるって理想的ですよね」
焼津に限らず、何かしたいと考えている人、
地元を盛り上げたいと思案している行政は少なくない。
いいものをつくり、自走させて経済として生かす。
まちづくりの担い手というと
大規模なプロジェクトを行っているように聞こえるかもしれない。
でも、渋谷さんが行っていることはとてもシンプルだ。
どのまちでも余白があればできるはずである。
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