三宅島といえば、火山を思い浮かべる人も多いだろう。
特に広く報道された2000年の噴火では、
当時、人的被害はなかったものの全島避難を余儀なくされた。
現在は2500人ほどの島民が自然と対峙しながら、平穏な暮らしを取り戻している。
三宅島では、過去噴火が繰り返され、
近年では、1940年、1962年、1983年、2000年と続き、
そのたびに、島の地形を変えている。
島そのものが“むき出しの自然”を感じさせる。

上空から見た三宅島の様子。(提供:三宅島観光協会)
調布空港から小型機で約50分。
三宅島へ向かう上空から島を見下ろすと、
溶岩流が流下し、海岸へ張り出すように形成された岬や溶岩扇状地、
噴火により陥没した地形・カルデラの出現など、地形変化を見て取れる。
今回は、分野を問わず活躍中のモデル・前田エマさんが、
三宅島のダイナミックな自然を体感する旅に出た。
彼女もまた、飛行機の窓に張りついて、島の様子を興味深げに眺めていた。

冬でも湿度が高く、温暖な気候。南国のような雰囲気がある。
島に降り立つと、2月にしては15度と温暖で、
加えてヤシの木が並んでいるその様子からは想定していたより緊張感はなく、
とても穏やかな心持ちでいられた。
しかし、この後、心揺さぶる自然の脅威を目の当たりにすることになる。
空港から、三宅島自然ガイド〈mahana〉の菊地ひとみさんの案内で
椎取(しいとり)神社に向かう。
約30キロメートルの三宅島一周道路を走っていると、
のどかな風景が一変し、見たことがない光景が眼前に飛び込んできた。

木々の緑と白のコントラストが目立つ。
鬱蒼とした森の中から、まるで流木のように白く色が抜けた木々が
こちらを見下ろしている。

空に伸びる白い木々。思わず目を奪われる圧倒的存在感。
椎取神社はその名の通り、スダジイ(椎木の一種)の巨木が茂っており、
秋になると実が取れることからその名がついた。
鳥居の赤さより、ひと際存在感を放つ白い巨木たちは、
2000年の噴火によって立ち枯れてしまった、言わば“白骨化”したスダジイなのだという。
腐った木や枯れ木とは違って、石膏のようにしっかりと密度があって硬くなっている。
赤い鳥居は2006年に建て替えられたもので、
もともとあった拝殿と鳥居は、噴火による泥流に埋もれていた。

鳥居の脚がすっかり埋もれている。

拝殿も泥流に飲まれ、もう中に入ることはできない。
ここは2000年の噴火の影響を大きく受けた場所で、
人的被害はなかったものの、火山灰や火山ガス、泥流によって
植物たちは壊滅的被害を受けた。
自然ガイドの菊地さんは、当時の様子を次のように話す。
「2000年6月26日の噴火を機に山頂から噴煙を伴う噴火が発生し、
これが8月にかけて次第に活発化していきました。
8月18日には上空14000メートルまで噴煙が立ち上り、
無風だったため島内全域に降灰。
そして雨が降るとともに、山頂や山腹から泥流になってここに流れ着き、
次第に堆積していったという経緯があります。
島全体の60%近くの緑が消失したんです」

噴火後、オオバヤシャブシやイタドリ、ススキなど生命力の強いパイオニア植物を中心に、緑の再生が始まった。
拝殿や鳥居は泥流に飲まれ、木々は立ち枯れた。
しかし、19年という歳月をかけ、緑は徐々に再生し、
白骨化した木々の根元から、新たな命が芽吹いていった。

反り出した岸壁の下に本殿が。青々とした茂みに、神秘的な空間が広がる。ひとりではなかなか立ち入らないところも巡ることができるのは、地元ガイドならでは。
これだけの被害を受けながらも、木の下部は生きている。
新しい森の形成がすでに始まっていたのだ。
「木の上部は白く白骨化しているけど、下部は白くならずに生きている。
“生”と“死”が混在した1本の木に、自然の脅威と生命力を感じます。
本殿は荘厳な雰囲気の中にあって、なんだか心が浄化されました」とエマさん。
現在は60%以上も緑は再生し、年々山頂にも緑が広がっているそうだ。
「島の人々は、その変化を見続け、たくましく著しく成長している
自然を間近に感じている」と菊地さんは話してくれた。